JR東日本209系電車
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| JR東日本209系電車 | |
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0番台京浜東北・根岸線仕様
(2006年10月8日、さいたま新都心駅にて撮影) |
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| 起動加速度 | 2.5km/h/s(4M6T) 3.3km/h/s(1000番台、6M4T) |
| 営業最高速度 | 110 km/h |
| 設計最高速度 | 110 km/h |
| 減速度 | 3.5km/h/s(常用最大) 4.0km/h/s(非常) |
| 車両定員 | 先頭車141名・中間車156名*1 先頭車147名・中間車162名*2 |
| 全長 | 20,420mm*3 (20,000mm*4) |
| 全幅 | 2,880mm |
| 編成質量 | 255.5 t *5 |
| 軌間 | 1,067 mm |
| 電気方式 | 直流1500V(架空電車線方式) |
| 編成出力 | 1520 kW(10両・6両編成) |
| 制御装置 | VVVFインバータ制御(GTOサイリスタ素子) |
| 駆動装置 | TD平行カルダン駆動方式 |
| ブレーキ方式 | 回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ |
| 保安装置 | ATS-AN,ATS-P,ATC,D-ATC |
| 製造メーカー | 東急車輛製造 川崎重工業 東日本旅客鉄道大船工場 (現・鎌倉車両センター) 東日本旅客鉄道新津車両製作所 |
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この表について
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209系電車(209けいでんしゃ)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)の直流通勤形電車。
目次 |
概要
旧国鉄から大量に引き継ぎ、老朽化が進んだ103系の置き換え、および、一部は輸送力増強用などとして、1993年(平成5年)4月より京浜東北線・根岸線・南武線に本格投入された。これまでの鉄道車両の製造・整備の方法を全面的に改めた新しい設計思想(バリューエンジニアリングの手法)が採用され、JR東日本では本系列以降の車両を「新系列車両」として区分している。
車両デザインは栄久庵憲司率いるGKインダストリアルデザインが手掛けた。1993年度通商産業省(現・経済産業省)選定グッドデザイン商品(当時)金賞・ブルネル賞奨励賞受賞。
JR東日本では、1986年(昭和61年)に常磐緩行線用としてVVVFインバータ制御を採用して製造した207系900番台を承継したが、結局同系列の量産には至らず、本系列より本格的にVVVFインバータ制御を導入した。このインバータ装置は三菱電機製で、素子にはGTOサイリスタが採用されている。
新しく開発された主電動機MT68型の定格出力は95kWと低いが、VVVFインバータ装置とともに用いる交流誘導電動機は、直流電動機と異なり、起動時などには1時間定格出力以上の過負荷使用を前提としており、実際には直流電動機150kW相当の出力を持っている。その結果、10両編成で4M6T(地下鉄直通用は従来通り6M4T)の動力車比率(MT比)でありながら205系京葉線仕様と同等の起動加速度2.5km/h/s・最高速度110km/hを達成している(歯車比は7.07)。また、整流子のない交流誘導電動機の採用はメンテナンスコストの削減にも貢献している。主電動機点検蓋の必要もない。台車については、構成部品数の少ない軸梁式のボルスタレス台車が新たに開発された。
内装も一新され、大型の熱線吸収ガラスの採用とカーテンの省略、スタンションポールの付いたバケット式の座席、そしてドア上の車内LED案内装置の設置など、メンテナンスの簡素化と同時に利用者へのサービス向上を意図したものとなっている。
製造コストを削減するため、車両製造会社ごとの車体工法の違いを容認したのも特徴である。従来の国鉄や地下鉄および関東地方の大手私鉄の車両は、複数のメーカーが共通の図面を用いて製造し、仕様に違いが出ないように考慮されていたが、本系列ではコンペにより選定し、東急車輛製造と川崎重工業の2社が製造を担当した。東急車輛製造が従来からの骨組み工法を改良[1]して対応したのに対して、川崎重工業は新しく開発したシート貼り合わせ工法(2シート工法[2])を採用しており、外観(窓枠隅の丸み、妻面のビードの有無など)に明らかな相違が見られる。また、内装についても東急車輛製造が従来の化粧板を基本とした組み立てに対し、川崎重工業製の車両でFRP(繊維強化プラスチック)製の内装パネルをビスにより固定する方式を採用するなど、随所に仕様の違いが存在する。また、JR東日本でも当初より自社での車両製造を計画し、東急車輛製造から技術供与を受けて自社の大船工場(現・鎌倉総合車両センター、現在工場機能は廃止)において試験的に中間車14両(920番台の2両含む)を製造し、翌1994年(平成6年)からは新津車両製作所を開設して本系列の自社生産を開始した。前身の新津工場→新津車両所時代も含めて同所で車両を製造したのは、107系に続く2例目である。
設計段階より廃車後のリサイクル計画が策定されるなど、環境問題にも配慮した設計となっている。
派生番台区分として、車体の幅を広げて輸送力を増加させた500番台、地下鉄直通(常磐緩行線⇔千代田線)用の1000番台、八高線・川越線用の3000番台がある。また、東京臨海高速鉄道の70-000系の基本設計は209系と同一であるが、こちらも2004年(平成16年)の組成変更時に6両がJR東日本に売却され、改造の上本系列の3100番台となって八高線・川越線に投入されている(後述)。これに伴い、不足した中間電動車2両が川崎重工業で新造された。
2008年(平成20年)現在、京浜東北線・根岸線、南武線、中央・総武緩行線、常磐緩行線と乗り入れ先の東京地下鉄(東京メトロ)千代田線、八高線・川越線で使用されている。このうち、京浜東北線・根岸線には2007年(平成19年)12月22日からE233系1000番台を現行の本系列の配置数と同数の830両が投入されるという発表がJR東日本からあった。また、交通新聞ではさらに同線用0番台全車の廃車と500番台の京葉線への転用が報道されている。
本系列はその後のE127系、E217系、E501系、701系の設計のベースとなり、さらに通勤形電車と近郊形電車を融合させた「一般形電車」であるE231系や、E233系、E331系、E531系へと発展している。本系列を起源とする「新系列電車」は、JR東日本における電車設計の標準となっただけでなく、他のJRや私鉄などの鉄道事業者の車両開発にも大きな影響を与えた。
開発の経緯
1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化後も、JR東日本では通勤形電車として国鉄時代に設計された205系を引き続き製造していた。しかし、国鉄時代大量配備された103系の老朽化による置き換え時期が近付きつつあり、また経済事情の変化や民営化に伴うコストダウンの必要性から、新しい設計思想に基づく新世代車両の開発が行われた。その結果、1992年(平成4年)に新世代車両の試作車として「901系」10両編成3本(30両、A, B, C編成)が登場し、京浜東北線・根岸線で試用された。
新系列車両の開発に当たっては、『重量半分・価格半分・寿命半分』が達成目標として掲げられた。「重量半分」とは、編成単位での総重量の削減と動力車比率の引き下げによる省エネルギー化、「価格半分」とは、軽量化と大量生産によるコストダウンを意味している。そして、「寿命半分」とは、新造から20 - 30年経過した際の車両の陳腐化や、技術進歩の恩恵を受けられなくなることなどを避けるため、税法上の鉄道車両の減価償却期間の13年間を大規模な分解補修を行わずに使用し、その段階で廃車にした場合でも経営上の影響を受けることがないようにするということが目的とされた。
新系列車両開発における主な施策は、次のとおりである。
- 車両本体の製造工法の見直しと新機軸の試用
- 車両や機材のメーカー選定にコンペ方式を導入
- 新しい車体構造の開発
- 台車の取り付け間隔を中央寄りに詰め、両端のドアの下にかからないようにして、車体の補強を少なくして軽量化(910番台およびサハ209-923・924を除く)
- 窓ガラスを外国製の大型1枚固定窓(天地960mm)にして部品点数を減少して軽量化
- 客用扉間の寸法を4800mmから4940mmに拡大し、編成全体でみてほぼ均等配置とする(910番台およびサハ209-923・924は4910mm)
- 内装の見直しと新機軸の試用
- 内装のモジュール化
- 中央天井部に蛍光灯台座、冷房ダクト・吹出口を一体成形したFRPユニットを採用
- これには前もって灯具やラインデリア、スピーカーなど配線を含め取り付けておき、隣接ユニットとはコネクトを結線しながら構体に取り付けるだけで天井艤装が完了するという合理的な工法である
- 濃色の熱線吸収ガラスの採用による日除けカーテンの省略
- 日本初のフランス・フェベレイ社製電気式ドアエンジン(従来は空気式)の試験的な採用
- 1人分ずつ独立したバケット式シート(これも日本国外製)の採用。座面クッションは従来のバネ式からウレタン樹脂に変更し、固めの座り心地となる。また、仕切りを兼ねてシート途中に握り棒(スタンションポール)が設置された。座席の構造も壁だけで支える片持ち式となり、座席の下は空洞で蹴込み板がない。
- 座席の1人当たりのスペースを従来形車両より20mm広い450mm幅に、また、座面高さは従来型車両と同一の430mmだが、クッションの沈み込み量が少ない分実質的には高くなっている。
- 車内照明用蛍光灯の配置を従来のレール方向の他に枕木方向に並べたものも試用
- 液晶ディスプレイ装置の試用
- 電気機器の見直しと新機軸の試用
- 他
民営化後のJR各社では、コストダウン策として車両部品や軌道設備用品に日本国外メーカー製品の採用を模索していた。そのため、日本国外製の機器や内装が多く採用されており、一部は量産車にも反映されている。
後述するが、901系ではVVVFインバータ装置や内・外装などで編成ごとに異なる仕様のものが採用され、量産化に向けた最終的な技術の選択と調整が行われた。その結果、VVVFインバータ装置についてはC編成で使用された三菱製GTO素子タイプが、CPにはA編成に使用されたスクリュー式装置が、制御装置はB編成で使用されたワンハンドル式がそれぞれ採用され、1993年に量産車が209系として生産開始された。その量産車ではJR東日本の通勤形電車としては初めてとなるLED車内案内表示装置[3]とドア開閉チャイムがドア上に設置された。
番台区分
試作車(900・910・920番台)・量産車(0番台以降)・950番台(後にE231系900番台へ改番)を登場順に記述する。
試作車
1992年3月に登場し、浦和電車区に10両編成3本(30両)が配置された。当初は901系と称したが、1994年(平成6年)1月~3月に量産化改造を行った上で本系列の900・910・920番台とされた。901系としての落成当初は上部側面帯の色が黒色であったが、量産化に伴いスカイブルーに変更された。
0番台の仕様と極力合わせる量産化改造が行われたが、主要機器はそのままであった。この特殊仕様が保守上の弱点となったことや、車体の老朽化が0番台と比べると顕著となったことから、E233系の導入を待たずして500番台を中央・総武緩行線から転属させ、不足分をE231系の導入で補った。
量産車との相違点は、ドア開閉チャイムがないこと、ドア上のLED次駅名表示器を搭載していないこと、車椅子スペースがない、車体の号車番号表示がステッカーではなくアクリル札を使用していること、スカートが小形であること、6扉車が連結されていないこと、などである。また、当初乗務員室仕切りは窓が3枚並び、遮光幕としてリニアモーター駆動の横引き式プリーツカーテンが設置されたが、量産化改造時に運転台背面は非常救出口に、中央の窓は通常のロールブラインドの遮光幕にそれぞれ改められた。
1992年5月7日から営業運転を開始した。開始当日はA編成とC編成が使用され、先頭車の前面にはヘッドマークが取り付けられたほか、大宮駅・桜木町駅では「21世紀の通勤電車 デビュー」と称し、出発式セレモニーが実施された。
2006年に試作車のB編成(ウラ91)を皮切りに翌年の3月にはC編成(ウラ92)が、同年の8月にはA編成(ウラ90)が東大宮へ疎開回送された。その後3編成とも長野総合車両センターへ廃車回送されている。2008年4月1日現在、クハ209-901のみ車籍が残っている。
3編成とも試作車であるため、それぞれの仕様は大きく異なっている。901系登場時の各編成の主な仕様は次の通り。
900番台
- 元901系A編成で、製造会社は川崎重工業。
- 制御装置は富士電機製のパワートランジスタ素子(1200V-300A)1C1M(1基につき1個のモータを制御)方式を採用。素子の耐圧が低かったため、各VVVF装置を直列に接続している。各VVVF装置の直流入力にバランス抵抗を接続し、各主電動機の付加分担変化に対して入力電圧のバランスを確保する方式であったが制御が不安定であり、量産車の主回路方式の候補から真っ先に外れた。量産化改造後も引き続き使用されたが、京浜東北線のデジタルATC化に対応できなかったため、2001年(平成13年)に量産車と同じ装置に交換された。
- 車体は2シート工法(川崎重工業独自の製造方法)
- 側窓は大型1枚窓
- 7人掛け座席部の中央の荷棚を省略(量産化改造に際し増設)
- スクリュー式空気圧縮機(量産車に採用)
- 直動空気式ドアエンジン
- 2ハンドル式マスター・コントローラー(量産化改造に際しワンハンドル化)
- 2007年度は本系列からE233系1000番台への置き換えに伴う予備車として残存していたが、同年8月28日に運用を離脱し、浦和電車区から東京総合車両センターへ回送、さらに同月30日には同センターから大宮総合車両センター車両検査科東大宮センター(東大宮操車場)に疎開回送された。なお、疎開回送の際、脱線試験に使用される9号車のサハ209-901が抜かれた9両編成で回送された。
910番台
- 元901系B編成で、製造会社は東急車輛製造。
- 制御装置は東芝製GTO素子(4500V-500A)1C1M方式(後に255系に採用)。1C1Mであるが、VVVF装置を4個並列に接続する個別分散方式となっている。2001年のデジタルATC化に際してはVVVFインバータのソフトを変更したため、ベクトル制御対応になり、停止寸前に非同期モードが入るなど走行音が若干変化している。
- 車体は在来工法を改良したもの
- 前面FRPの厚さが他の編成より薄い
- 台車間距離は13800mm、先頭車全長は20340mm
- 側窓は2分割方式
- レシプロ式空気圧縮機
- 電気式ドアエンジン
- つかみ棒の設置によるつり革の省略(量産化改造に際しつかみ棒を撤去しつり革を設置)
- 蛍光灯を枕木方向に配置
- 空調の送風にダクトレス方式を採用
- 客用ドアガラスは金属金具押さえ支持。900・920番台は接着式
- 側面の行先方向幕は偶数号車のみに設置
- 1ハンドル式マスターコントローラー(形状を改良した上で量産車に採用)
- 2006年(平成18年)12月26日に運用を離脱し、浦和電車区から東大宮操車場へ疎開回送された。
920番台
- 元901系C編成で、製造会社は川崎重工業(1~3・6~10号車)とJR東日本大船工場(4・5号車)。
- 制御装置は三菱製GTO素子(2500V-2000A)による3レベル制御1C4M方式(量産車に採用)
- 車体は川崎重工業製造分が2シート工法、大船工場分が在来工法の改良型
- 大船工場分の台車間距離は13800mm
- レシプロ式空気圧縮機
- 直動空気式ドアエンジン
- 側窓は川崎重工業分が1枚窓、大船工場分が2分割方式
- 6号車の車内に液晶式の情報モニタ装置を設置(後に撤去)
- 大船工場分は蛍光灯を枕木方向に配置
- 2ハンドル式マスターコントローラー(量産化改造時に1ハンドル化)
- 2007年3月7日に運用を離脱し、浦和電車区から東大宮操車場へ疎開回送された。
0番台
1993年に登場した量産車である。京浜東北線用は2月15日より、南武線用は4月1日より営業運転を開始した。前面は踏切事故対策として骨組を追加して強度を向上させたほか、スカートを大形化、運転室スペースを拡大、運転台背面に非常救出口を設置した。空気圧縮機にドイツ・クノール社製スクリュー式を採用し、1~6次車は電動発電機 (MG) のような甲高い動作音が特徴である。
動作音運転席のマスター・コントローラーに左手操作のワンハンドル式を採用。ドアエンジンは量産初期ロットでは従来と同じ日本製の空気式が採用されたが、ウラ(浦和電車区の電略)16編成(3次車)から外国製の戸挟み安全装置付き電気式に変更された。ドア開閉時のチャイムと、扉上部に3色LEDディスプレイによる次駅表示などを行う旅客案内表示器を装備している。また、先頭車には車いすスペースが設置されたほか、連結面に転落防止幌が設けられた。
2007年10月1日現在、浦和電車区に10両編成78本(780両)と中原電車区に6両編成2本(12両)の合計792両が配置され、京浜東北線・根岸線、南武線で運用されている。MT比は京浜東北・根岸線用が4M6T、南武線用は4M2Tであり、MT比が高い南武線の車両はVVVFインバータ装置の設定を変更しており、インバータおよびモータから発する変調音が異なる。
京浜東北線・根岸線用の車両は登場当初全車が4扉車の編成であったが、ウラ36編成(1995年度製造分で最初の新津車両製作所製車両)から6号車に6扉車を連結した編成となり、1996年(平成8年)から1997年(平成9年)にかけて6扉車サハ208形を多く製造して従来の編成の6号車と差し替え、全編成への6扉車連結を完了させた。なお、従来の編成の6号車(サハ209形)は他の編成に組み込まれている。6扉車を連結した編成には先頭車の前面と6扉車の扉の上部に「6DOORS」のステッカーを貼付している。車内の座席は折り畳み式で、平日の初電~9時30分は座席を使用することができない。
備考
- 車内には、「この電車は、従来の半分以下の電力で走っています。」と表記されたステッカーが試作車も含めて貼付されている。
- ウラ19・21編成では現在日本テレコム(現・ソフトバンクテレコム)の協力の下にコンテンツ編集・配信センターで蓄積されたコンテンツを駅などに設置された無線伝送装置から無線LANで受信し、車両内にリアルタイムで配信する「デジタルモニタ」というサービスを実験している(過去にウラ35編成で実験していた)。この実験車両では中吊り広告を撤去している。
- ウラ57編成は落成後しばらく電動車ユニットごとに異なる新型VVVFインバータ装置を搭載して試運転を実施していた。試験終了後は通常のインバータ装置に交換された。
- ウラ67編成のクハ209-69は、蒲田電車区構内で脱線事故を起こした影響で台枠が歪んだため、車体が代替新造された。内装品などの一部は元の車体のものが再利用されているが、これは修理扱いで書類上廃車とはされていない。
- ウラ78編成では、一時期試験的に乗車促進メロディがラッシュ時の混乱を防止するため10時~16時の間のみ使用されていた(現在は不使用)。
- ウラ51・54~66編成と南武線用2編成の運行番号表示器はマグサイン式からLED式に交換された。また、ウラ2編成は大宮方(クハ209-2)のみ運行番号表示をLED式とされたが、大船方(クハ208-2)は原型のマグサイン式のままとなっている。
- ウラ49~52編成と南武線用2編成(クハ209-13・68、クハ208-13・68)はデジタル無線装置を搭載しているが、ウラ49~52編成に関しては、無線切り替えスイッチをアナログ側に固定、南武線用2編成は、2009年2月1日よりデジタル無線の使用を開始した。
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運行番号表示をLED式に交換したウラ61編成(2007年12月10日、田町駅にて撮影) |
京浜東北線のウラ78編成に搭載されている車外スピーカー(2008年3月2日、東神奈川駅にて撮影) |
3000番台
1996年3月16日の八高線(八王子~高麗川間)電化開業時に用意された単線区間仕様車で、ハエ61編成が川崎重工業製である他は東急車輛製造製である。川越・八高線(八王子~高麗川~川越間)で使用されている。列車交換時の停車時間が長いことを考慮して、客用扉が半自動(ドアスイッチを設置)となっている点以外は0番台と同一スペックである。
また、基本番台では先頭部と車体部の境目に垂直の黒いラインが存在していたが、E501系に合わせて、この番台からは廃止されている。
3100番台とともに、川越車両センターに4両編成4本(16両、ハエ61~64編成)が配置されている。
2006年12月1日から運行区間の乗降方法が終日ボタン式になったため、ドアの開け方を表記したステッカーがドア上に貼付された。
ハエ63編成は可変座席が設置されていた時期があった。
950番台
1998年(平成10年)10月に落成したE231系の試作車であり、2000年(平成12年)6月に量産化改造を行ってE231系900番台に改番された。三鷹車両センターに10両編成1本(10両)が在籍し、中央・総武緩行線で運用されている。詳細はE231系900番台の項を参照のこと。
500番台
中央・総武緩行線の103系を置き換えるために1998年11月に登場した。このグループは新津車両製作所が初めて独自に設計した車両である。
同線では本系列の次世代の通勤車両(→E231系通勤タイプ)の投入が計画されていたが、老朽化した103系に車両故障が頻発したため、当時製造中であったE217系の車体構造を流用した本番台が急遽投入されたという経緯があり、過渡的かつ折衷的な車両となっている。そのため、170両(10両編成17本)の新製にとどまり、以後は2000年登場のE231系通勤タイプに引き継がれた。
主なスペックは0番台と同一であるが、E217系をベースとした2950mmの拡幅車体(従来車より150mm拡大)とされた。従来車では先頭車の車体が中間車に比べて420mm長かったが、本番台では中間車と同じ19500mmに揃えられた。その関係で先頭車の第1ドア・第2ドア間の寸法が短くなり、従来車ではすべて7人掛けであった扉間の座席がこの部分のみ6人掛けとなっている。座席のクッションも、廃棄時のリサイクルを考慮しウレタンからポリエステルに変更、従来より硬めの座り心地となった。側面の扉間窓は従来車がすべて固定式であったのに対し、第1ドア・第2ドア間(先頭車を除く)と第3ドア・第4ドア間にある4枚(先頭車は2枚)の車端寄り3分の2が1枚下降窓に変更された。ちなみに、先頭車は第2ドア・第3ドア間の固定窓が0番台と同じ手法で開閉窓に変更された(後述)。さらに、行先表示器をLED式に変更した他、台車中心間隔が0番台より500mm拡げられ、同時期に製造された950番台(E231系900番台)と同様の13800mmとなっている。
1999年(平成11年)度製の2次車(510編成以降)からシングルアーム式パンタグラフ(PS33A)が装備されたが、E231系とは取り付け方向が逆(パンタグラフの肘が車体中央部向き)である。
0番台と違い、6扉車は連結していない。先頭部は白色処理で、銀色処理が基本のE231系と印象が異なっている。
本番台は当初習志野電車区に集中投入されたが、2000年に京浜東北線のD-ATC化改造に伴う予備車確保と導入後の輸送力増強用として2編成が習志野電車区から浦和電車区に転出し、その代替として習志野電車区にE231系を投入した。さらに2006年10月にから翌2007年3月にかけて浦和電車区に所属している本系列の試作車置き換えのために3本が同区に転出し、その代替として三鷹車両センター(当時・三鷹電車区)にE231系が投入された。これは2005年10月から2006年3月まで浦和区に一時貸し出されたミツ515編成も含まれ、同月の返却時に帯色が103系などと同じ黄5号(他の500番台車両は黄1号)となっていた。
2009年4月1日現在、三鷹車両センター(習志野電車区所属車が配置統合により転属)に10両編成12本(120両)、浦和電車区に10両編成1本(10両)、京葉車両センターに10両編成4本(40両)が配置されている。京葉車両センターの車両は、京浜東北線・根岸線へのE233系1000番台投入に伴い、浦和電車区から転入したもので、京葉線用として同線の201系の一部を置き換える予定である。
京葉車両センター配置編成は2008年12月1日から営業運転を開始[4]した。
E217系と同じく制御装置・機器類の更新をすることが2006年12月5日に、自動放送装置の整備をすることが2007年3月6日に、それぞれJR東日本のプレスリリースで発表され、三鷹車両センター所属車については、2008年6月27日に自動放送装置の取り付けが完了した。
1000番台
常磐緩行線と帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)千代田線の信号保安システム更新に伴う列車増発に伴い、1999年12月4日のダイヤ改正から営業開始した番台区分である。
松戸車両センターに10両編成2本(20両)が配置されている。同線で運用している203系・207系900番台と区別されることなく共通で運用に就いている。
地下鉄直通仕様のため、営団との相互乗り入れ協定に準拠した2800mm幅車体で、先頭車の長さは中間車と同一のため第1ドア・第2ドア間の長さが短くなっており、その間の座席が6人掛けであるのは500番台と同様である。台車中心間距離については0番台と同様の13300mmであるが、雨樋端部が千代田線内で限界を支障するため先端が斜めに削られている。先頭車前面の非常口の新設、電動車の比率向上(6M4T)により起動加速力を3.3km/h/sに強化、剛体架線に対応したPS21形パンタグラフを搭載するなどの仕様変更がある。また、主電動機はE231系と同一のMT73形に変更されている。その他の仕様は同時期に生産された500番台に準じており、車いすスペースは営団車に合わせて2・9号車に設けられている。
側面の行先表示器は行先と路線名を交互に表示するタイプで、路線名の部分は「常磐線・各駅停車」「千代田線直通・各駅停車」「常磐線直通・各駅停車」(それぞれ「・」を境に2段表示)と表示される。ただし、この部分の設定は車掌の裁量による部分があるのか千代田線・常磐線内でも「○○線直通~」のままの場合もある。また、これを表示せずに行先のみの固定表示となっていることもある。また、案内装置は千代田線内でもJR線と同様の表示が行われているため、千代田線の駅ナンバリングには対応していない。
なお、203系と207系900番台の置き換え用として2008年(平成20年)夏頃よりE233系2000番台が導入されることが2007年3月6日に発表されたが、同月8日付けの交通新聞によると、E233系導入後も引き続き使用されることが伝えられている。
3100番台
2005年(平成17年)に川越・八高線(八王子~高麗川~川越間)に投入された番台区分である。
同線の103系3000・3500番台を置き換える際、当初全編成を205系3000番台で置き換える計画だったが、途中で計画を変更し、2004年10月16日のダイヤ改正で東京臨海高速鉄道の70-000系全編成の10両編成化に伴う編成組み替えの際に余剰となった先頭車4両と中間車2両の計6両をJR東日本が購入し、ドアスイッチの設置を伴う半自動ドア機能追加などの改造を行った他、不足する中間車2両(モハ209・208-3101。結果として209系最後の新製車ともなった)は新製された。ほとんどが改造車のため、先頭車形状や室内設備などに70-000系の仕様が多く残っている。
3000番台とともに川越車両センターに4両編成2本(8両、ハエ71・72編成)が配置されている。ハエ71編成は先頭車が70-000系からの編入車であるが、中間車は新製車で、他の209系と同様にGTO素子を用いたインバータ装置を搭載している他、車内の内装と座席の色を先頭車に合わせている。ハエ72編成は全車が70-000系からの編入車であるが、先頭車の扉上部にある車内の旅客案内表示器は全扉配置のままとなっている。中間車は2002年製で、案内表示器が千鳥配置となっている上、ドアの構造がハエ71編成と同様に異なっている。
新旧の車両番号対照は次の通り。
- ハエ71編成:70-020 - 70-029 → クハ209-3101 - クハ208-3101
- ハエ72編成:70-030 - 70-027 - 70-028 - 70-039 → クハ209-3102 - モハ209-3102 - モハ208-3102 - クハ208-3102
側窓開閉化改造
試作車と0・3000・3100の各番台車では、側窓が各車端部の2枚(先頭車)ないし4枚(中間車)しか開かない構造になっていた。これを補うために貫通路の上部に換気口があり、異常時などで指示があった場合にはカバーのネジを緩めて開くことができるようになっている。しかし、2005年に京浜東北線大森~蒲田間で列車(ウラ3編成)が長時間にわたって立ち往生した際に、換気性能の悪さから多数の乗客が体調不良を訴え、停電時における長時間停車時の問題点が浮上した。このため、側面の大窓を開閉可能とする改造工事が緊急性の高い京浜東北線・根岸線用0番台については下十条運転区において、他線の車両については各車両基地で改造作業が施工された。ただし、試作車は対象外となった。
この改造では、車体の構造上と改造工事の簡略化を図るためにE231系のような1枚下降式ではなく、窓を縦方向に二分割し、大きい方の部分に上段下降、下段固定の2段窓を用い、さらに改造対象は各車両6枚の大側窓のうち4枚に限定されている。編成数が多いことから各編成の4・5・7号車の窓改造が優先的に行われ、それが完了した後は順次他の号車の窓改造を行った。ただし、6号車の6扉車は工事対象外であった。また、南武線用0番台と3000・3100番台についても全車両に施工され、500・950(現・E231系900番台)・1000番台はE217系後期車と同様に先頭車の車体中央の窓のみ施工された。2005年末のウラ38編成(2両の片側のみ)から工事が始まり、2007年4月までに完了した。
ホーム検知装置の取り付け
営業運転中にホームのない場所でドアが開く事故を防止するため、浦和電車区所属の全83編成を対象に、ホームの有無を超音波センサーで検知する、ホーム検知装置を取り付ける工事が行われた。操作する車掌スイッチ側にホームがない場合や、オーバーランで列車がホームから外れた場合、全てのドアが開かない。従来どおり非常コックでの開操作は可能であり、緊急時にこの装置が妨げとなることはない。当初は試作車3編成も対象とされていたが、E233系1000番台への置き換えが発表され、それに先駆けて試作車が廃車になることから試作車は対象外とされ、後に三鷹車両センターから転入した500番台3編成は試作車の代わりに対象として含まれた。
設置箇所は、両先頭車の前端両側で、高さはホームに揃えてある。外付けとなったため、センサーと信号線カバーが目立つ。運転室内には車掌スイッチの上にホーム検出を知らせる装置が取り付けられた。前後どちらかのセンサーでもホームが無いことを検知した場合、開操作を行っても扉が開かないうえ、警報が鳴る仕組みとなっている。全車が浦和電車区で施工され、2007年3月までに完了した。なお、後に登場するE233系1000番台でもこの装置は装着している。ちなみに、廃車になった編成のホーム検知装置は小山車両センターに配置されている一部のE231系に転用されている。
訓練機械
0番台の一部電動車MM'ユニットを、廃車後、クハ208形・クハ209形と同様の運転台を新設(廃車の運転台は再用されておらず、全くの新造である)して訓練車に改造したもので、首都圏の訓練センターに残る、103・105系ベースの訓練機械を置換えるため、2連3本が投入された。 旧モハ209・208-76は大宮総合訓練センターに、旧モハ209・208-39(大船工場製)が横須賀線久里浜駅構内の横浜支社総合訓練センターに、旧モハ209・208-40が武蔵野線新秋津駅構内の八王子支社訓練センターにそれぞれ配置された。いずれも機械扱いで車籍はない。
MUE-Train
在来線用試験電車MUE-Train[5](ミュートレイン)は、在来線車両の技術革新のために製作された試験電車で、2008年10月に元ウラ2編成から7両が改造された。川越車両センターに配置され、10月より宇都宮線・高崎線などで各種試験を開始した。 車番は全て種車のままで、形式のみ「ハ」→「ヤ」に変更されているものの、試験走行時は従来と逆向きで運行されている(上野寄り先頭車が7号車)[6][7]。
その他
- 鉄道博物館に本系列の京浜東北線・根岸線仕様車のモックアップがあり、運転シミュレータとして使用されている。
- 簡素化された内・外装に加え、登場当初「13年後に廃車を検討する」が「10年程度で廃車する」または「メンテナンス不要の使い捨て電車」などと報道されたことで、鉄道ファンの中にも誤解が生じ独自の俗称が付けられたほどだが、今では完全に定着しており、当時のような侮蔑的な用い方は激減している(鉄道車両・船舶の俗称を参照)。
- 福島県白河市にあるJR東日本総合研修センターには、本系列をベースにしたE991系なる研修用機械がある。
- 優先席付近のつり革は、浦和電車区配置の0番台を除き、2008年3月までにオレンジ色のE233系タイプのものに交換された。
今後の予定
京浜東北線・根岸線用の0・900番台は、車両故障が多発するようになった上、搭載されている電機系機器の生産の縮小・終了が相次いだことから、保守が難しくなった走行機器の更新を行わずに2007年12月から2010年にかけてE233系1000番台に置き換える発表がなされた(既述)。900番台・910番台・920番台は0番台より先に運用を離脱して、一旦東大宮操車場に疎開回送され、その後長野総合車両センターに廃車回送された。また、2007年11月より0番台の疎開回送と廃車回送も開始され、なかには青森車両センターや直江津駅構内などに疎開された編成もある(現在は一部の車両が東京総合車両センター、大宮総合車両センター、秋田総合車両センターで転用改造を受けている[8])。0番台で最初に廃車回送されたのは2007年12月14日に長野総合車両センターへ回送されたウラ37編成であった。一方で南武線用0番台の一部と500・1000・3000・3100番台は電子機器の更新を実施して引き続き運用を続ける予定である。また、中央・総武緩行線用の500番台は自動放送装置が設置されている。
脚注
- ^ ただし、コストダウンのため自動溶接を大幅に採用するなどしている。
- ^ プレス機械を有効活用する方式で、プレスした2枚のパネルで強度を確保する工法。この工法は側構体に楕円型の凹凸(穴)を設けたインターパネル(内板)に車体外板の組み合わせて強度を確保する。
- ^ 次停車駅を日本語と英語で表示。順番は漢字→英語→半角片仮名である(例:次は 東 京 →Next Tokyo→次は トウキョウ)。
- ^ 「209系500番台、京葉線で営業運転を開始」交友社『鉄道ファン』railf.jp 鉄道ニュース 2008年12月3日
- ^ MUltipurpose Experimental Train(多目的試験車)の略称。
- ^ "JR東日本プレスリリース" (2008-10-07). 2008-11-04 閲覧。
- ^ 『鉄道ダイヤ情報』 交通新聞社、2008年11月。
- ^ 最初に転用改造を受ける目的で入場された車両は元ウラ22編成。
関連商品
- Nゲージ鉄道模型として、0番台がTOMIX(トミーテック)から、500番台がTOMIXと関水金属 (KATO) 、マイクロエースから製品化されている。1000番台は東京堂から発売されている。また3000番台が限定品でTOMIXから発売された。
- Bトレインショーティーでは、2009年2月現在、すべての番台(950番台はE231系、900・910・920番台は901系として)および京葉線以外の路線色が製品化されている。また、プラレールでも製品化されている。
関連項目
- JR東日本の在来線車両 (■国鉄引継車を含む全一覧 / ■カテゴリ) ■Template ■ノート
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- 東京臨海高速鉄道70-000系電車


