中原電車区
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| 中原電車区 | |
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車両展示会で賑わう中原電車区。電車区のすぐ側を南武線本線の高架が通る。
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| 鉄道事業者 | 東日本旅客鉄道 |
| 管轄支社 | 横浜支社 |
| 所属略号 | 横ナハ |
| 電車配置両数 | 239両 |
| 合計配置両数 | 239両 |
| 備考 | 2009年4月現在のデータ |
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この表について
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鶴見線を走る205系1100番台。
中原電車区(なかはらでんしゃく)は、神奈川県川崎市中原区上小田中5丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地である。運転士も所属する。同社横浜支社の管轄。
南武線の武蔵中原駅 - 武蔵新城駅間に並行する形で用地があるが、電車の出・入庫は武蔵中原駅から行われる。
目次 |
[編集] 配置車両の車体に記される略号
「横ナハ」…横浜支社を意味する「横」と、中原を意味する「ナハ」から構成される。
[編集] 歴史
南武線の前身である南武鉄道の開業以来、矢向駅構内に矢向電車区があったが、それが手狭になったために現在地に移転され、1960年4月25日に開設された。なお、登戸駅構内に電留線を作る案もあったが、現在のところ実現していない。また、矢向駅構内には中原電車区矢向派出所と、車両基地跡には矢向駅電留線が設置されている。
JR東日本移行後の1988年には、鶴見線の車両基地であった弁天橋電車区(東テシ)配置車両が転入している。なお弁天橋電車区跡には鶴見線営業所が置かれ、通常は、鶴見線・南武線浜川崎支線用車両は鶴見線営業所に留置されている。
略号は日本国有鉄道(国鉄)時代の当初は東京鉄道管理局管轄であったことから「東ナハ」であったが、のちに武蔵小杉駅以北が東京西鉄道管理局管轄とされたため、「西ナハ」とされた。JR東日本への移行により再び「東ナハ」となったが、1996年10月の横浜支社の発足により同支社に移管されたため、現在の「横ナハ」となった。
[編集] 配置車両と運用
南武線・鶴見線用の電車が配置されている。2009年4月1日時点の配置車両は以下の通り[1]。
| 電車 | 気動車 | 機関車 | 客車 | 貨車 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|
| 239両 | 0両 | 0両 | 0両 | 0両 | 239両 |
- 205系電車(225両)
- 6両編成32本、3両編成9本、2両編成3本の計44本が配置されている。ただし、3両編成は鶴見線営業所に常駐する。
- 6両編成は南武線(川崎駅 - 立川駅間)、2両編成は南武支線(尻手駅 - 浜川崎駅間)、3両編成は鶴見線(鶴見駅 - 扇町駅・大川駅・海芝浦駅間)で運用されている。山手線・中央・総武緩行線・埼京線からの転入車のうち、先頭改造車(1000・1100・1200番台)が18本、落成時点から先頭車である編成は11本となっている。なお、南武支線用と鶴見線用はすべての編成が先頭改造車である。
- 先頭車前面の編成番号表記は、新製時より所属している編成がプレート式、転属車がテープ式になっている(ナハ15編成の6号車・ナハ35編成の1号車を除く)。
- クモハ12形(1両)
- 書類上、1両のみ(クモハ12052)が保留車として当区に配置されているが、現車は車体を整備の上東京総合車両センター西エリアにて保管されている。
[編集] 過去の車両
- 103系(1982年6月 - 2006年4月)
- 101系(1972年 - 2003年12月)
- クモハ12形( - 1996年3月)
- 鶴見線大川支線で運用された。前述の通り、書類上だがクモハ12052号が当区に保留車として配置されている。
- モハ72系( - 1978年)
[編集] 運転士の乗務範囲
- 定期列車
- 南武線:川崎駅 - 立川駅間
[編集] その他
2008年、中原電車区構内で電動発電機の点検中にアークが発生する事故が起きた(作業員は重傷)[2]。この事故以降、首都圏の電車の床下に装備されている高圧機器には注意を促す警告シールが貼られるようになっている。
[編集] 脚注
- ^ 交友社「鉄道ファン」2009年7月号
- ^ 横浜地本管内で傷害(火傷)事故発生 (PDF) - ジェイアール労働組合
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