総武本線
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| 総武本線 | |
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東京 - 銚子間全線で運転される特急「しおさい」
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| 路線総延長 | 145.4 km |
| 軌間 | 1067 mm |
| 電圧 | 越中島支線除き 1500 V 架空電車線方式 (直流) |
| 駅・施設・接続路線 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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総武本線(そうぶほんせん)は東京都千代田区の東京駅から千葉県銚子市の銚子駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。このほか、東京都墨田区の錦糸町駅で分岐して御茶ノ水駅に至る支線、並びに新小岩駅(新小岩操駅)から分岐して金町駅および越中島貨物駅に至る貨物支線をもつ。
なお、『鉄道要覧』やJRの事業基本計画上は錦糸町 - 御茶ノ水となっているが、東京 - 錦糸町間開業以前の起点の御茶ノ水駅には現在も0キロポストが存在する。
目次 |
[編集] 概要
東京都の都心から東へ伸び、そのベッドタウンである千葉県西部の各都市、同県の県庁所在地であり政令指定都市である千葉を通り、同県最東端の銚子へ至る路線である。東京と千葉県北東部の各地を結ぶ特急列車が全線を通して運行されているほか、都心から成田国際空港へアクセスする特急「成田エクスプレス」が当路線を経由している。
貨物支線を除く全線が東京近郊区間に含まれ、Suicaおよびこれと相互利用可能なIC乗車カードが利用できる。また千葉駅以西は電車特定区間に指定されており、区間外よりも割安な運賃が適用される。このうち錦糸町駅 - 千葉駅間は、快速電車や特急列車が走行する快速線と、各駅停車の電車が走行する緩行線が並行する線路別複々線となっている。
千葉駅以西は「総武線」と呼ばれることが多く、「総武本線」と呼ばれる場合は特急列車は全線、ローカル列車は千葉 - 成東・八日市場 - 銚子間を指すことが多く、JR東日本ウェブサイトの路線案内においてもそのようになっている[1]。なお、「総武線」と呼ぶ場合、中央線への乗り入れ区間も含めた三鷹 - 中野 - 新宿 - 御茶ノ水 - 船橋 - 千葉間の中央・総武緩行線全区間を指すことがある。
千葉駅以東では路線案内に用いられるラインカラーとして黄色(■)が用いられている。
[編集] 路線データ
- 管轄・路線距離(営業キロ):全長145.4km(支線含む)
- 軌間:1067mm
- 駅数
- 旅客駅:46駅(起終点駅を含む、金町駅を除く)
- 貨物駅:2駅(旅客併設駅を除く)
- 複線区間:
- 電化区間
- 新小岩操駅 - 越中島貨物駅間を除き全線直流電化 (1500V)
東京駅 - 馬喰町駅間および秋葉原駅 - 御茶ノ水駅間は東京支社、それ以外は千葉支社の管轄である。
[編集] 歴史
[編集] 概観
[編集] 背景
1872年(明治5年)に日本最初の鉄道が新橋 - 横浜間に開通した後の1877年(明治10年)代になり、日本鉄道会社が上野 - 高崎間に民間鉄道を開通して良好な営業成績を上げると、全国的に民営鉄道の建設のブームとなった。千葉県内でも、1877年(明治10年)代末に鉄道敷設の運動が高まったが、資金の問題から馬車鉄道の計画が多く、汽車による計画は20年まで公にされなかった。1887年(明治20年)11月に佐原の伊能権之丞らが発起した武総鉄道会社と、成東の安井理民らが発起した総州鉄道会社が相次いで創立の申請を行ったが、当時は従来からの水上交通の実績に対する評価が高く、利根運河の開削も決まったばかりだったため、千葉県知事・船越衛に鉄道は不要と建設許可を受けることができなかった。この経験から競願の不利益さを悟った両社の発起人は合併を協議し、1889年(明治22年)1月に総武鉄道株式会社を創立、利根運河との競合を避け、陸軍の支持が得られるように国府台、津田沼、佐倉等の軍営所在地を通るルートが採用され申請した。
- 1887年(明治20年)11月に申請された計画ルート
- 武総鉄道株式会社:本所-市川-船橋-千葉-佐倉-成田-佐原
- 総州鉄道株式会社:本所-市川-船橋-千葉-佐倉-八街
- 1889年(明治22年)1月に申請された計画ルート
- 総武鉄道株式会社:本所-市川-船橋-千葉-佐倉-八街
[編集] 総武鉄道
会社名称は上総国(かずさのくに)・下総国(しもうさのくに)と武蔵国を結ぶことから名づけられた。1894年(明治27年)7月に市川 - 佐倉間を開業し、同年12月には江戸川を越えて本所(現在の錦糸町)に達した。1897年(明治30年)5月に成東、同年6月には銚子まで延伸され全線が開通し、佐倉駅で成田鉄道との連絡も実現する。両国橋から都心部への延伸は1899年(明治33年)に本所 - 秋葉原間の免許[2]を得、1904年(明治37年)に両国橋(現在の両国)まで延伸され、ここを都心側のターミナルとした。両国橋駅を利用する旅客はすでに開業していた路面電車に乗り継いだ。なお、この当時は貨物扱いも両国で行い、ここから隅田川などの舟運を利用して物資が東京市内へと運ばれた。
1907年(明治40年)、鉄道国有法により買収・国有化され、官設鉄道の総武本線となった。
[編集] 近代化と戦争
鉄道開業により、総武本線の沿線には住宅地の拡大が両国から徐々に東側へ向けて始まった。また、1912年(大正元年)に最初の区間が開業した京成電鉄とは東京 - 船橋 - 千葉の都市間輸送で競合するようになり、東海道本線からは少し遅れたが総武本線の近代化に向けた取り組みが始まった。ただし、1923年(大正12年)9月1日には関東大震災で両国周辺で多数の犠牲者が出る惨事も起きた。復興計画が立てられる中、1926年(大正15年)には常磐線と連絡する貨物支線(新金線)、1929年(昭和4年)には東京湾岸に近い小名木川駅への支線(後の越中島支線)が開業し、旅客と貨物の分離が進められた。
震災復興をきっかけとして都心部への延伸が進められ [3] 、1932年(昭和7年)には、御茶ノ水 - 両国間が延伸され、同区間で電車の運転を開始した。これにより、総武本線は東京都心部で他の国鉄線と連絡するようになった。以降、1933年(昭和8年)3月に市川まで、同年9月には船橋まで電化区間が延長され、中央線中野まで緩行電車として直通運転を実施するようになった。1935年(昭和10年)には、千葉までの電化が完成した。以後、総武本線は千葉を境に、住宅地が広がる地域で近郊形電車が頻繁に運転される御茶ノ水方(西側)と、農村や漁村を蒸気機関車牽引の客車列車が結ぶ銚子方(東側)に性格が二分された。
第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)3月10日、沿線で米軍による無差別爆撃、東京大空襲が実行され、一夜にして約10万人が死亡し、両国・錦糸町・亀戸などの各駅には多くの被災者が避難した。また、アメリカ軍が九十九里浜に上陸する日本侵攻作戦が予測され、日本軍は本土決戦に備えた決号作戦により総武本線で大量の軍事輸送を行ったが、同年8月15日に日本はポツダム宣言受諾を発表し、沿線での大規模戦闘は回避された。
[編集] 戦後の改良
戦後、被災地域の復興や高度経済成長による東京都市圏の人口急増により、千葉以西が複線電化、千葉以東が単線非電化という総武本線の輸送事情は逼迫した。そのため、新たに発足した日本国有鉄道(国鉄)は1964年(昭和39年)に決定した通勤五方面作戦の重要な一部として総武本線の輸送力増強に着手した。その中核として、国鉄初の本格的な都市内地下鉄道になる東京 - 錦糸町間の新線建設を含む東京 - 千葉間の快速線建設が決定され、1972年(昭和47年)に東京 - 錦糸町 - 津田沼間が開業した。これにより起点が御茶ノ水から東京に変更され、新設された東京駅の地下ホームからは新たに設定された房総方面への特別急行列車が発着した。一方、総武鉄道時代から東京と千葉以東を結ぶターミナルとなっていた両国駅は、急行列車の発着は残されたものの、その重要性が大きく低下した。その後、1980年には横須賀線との直通運転(SM分離)が開始され、1981年には千葉まで複々線区間が延長されて、当初の計画は完成した。これにより、国鉄による輸送は高速化され、国鉄は東京 - 船橋・千葉の都市間輸送で京成電鉄より優位に立った。また、1969年には営団地下鉄(現在の東京地下鉄)東西線が西船橋 - 津田沼間に乗り入れ、特に通勤輸送で総武本線(中央・総武緩行線)の負担を大きく軽減していた。
一方、千葉以東の近代化も徐々に進み、通勤路線としての性格が強まった。1968年(昭和43年)に佐倉(成田線の成田)まで電化、1974年(昭和49年)には銚子までの電化が完成し、東京からの直通電車特急「しおさい」の運行が開始された。さらに、紆余曲折を経て1978年(昭和53年)に新東京国際空港(現在の成田国際空港)が開港すると、総武本線と成田線は京成電鉄を補完する鉄道アクセスルートとなった。
このような状況で1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化を迎え、総武本線は施設保有と旅客輸送がJR東日本、貨物輸送がJR貨物へ承継された。ただし、銚子漁港からの鮮魚・醤油輸送がトラックに切り替えられて銚子 - 新生の貨物線が廃止されたように、総武本線での貨物輸送量は減少していた。
また、総武本線の大部分を管轄する国鉄千葉鉄道管理局(民営化後はJR東日本千葉支社)では分割民営化に反対する国鉄千葉動力車労働組合(千葉動労)の勢力が強く、1985年11月29日に同労組が実施した分割民営化反対ストライキの際にはこれを支持する革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)により国電同時多発ゲリラ事件が発生した。特に浅草橋駅は国鉄職員を含む約120人の同派グループにより破壊・放火された。分割民営化後も千葉動労はJR東日本との対決を続け、特に千葉以東では同労組のストライキによる列車運行の停止が毎年起こった。
[編集] 民営化後の展開
総武本線を受け継いだJR東日本は総武本線の改良を続け、新型ATSの設置を進めた。また、当初は貨物線で計画していた京葉線を旅客営業兼用に転換し、国鉄末期の1986年(昭和61年)の第1期区間開業に続いて1990年(平成2年)に東京駅乗り入れを実現させた。内房線・外房線直通列車は定期特急の大半と快速の一部が総武本線(快速線)から京葉線に移行し、乗客の転移もあって、総武本線(快速線)の過密緩和に役立った。
1991年(平成3年)には成田新幹線の施設を転用した成田空港旅客ターミナルへの鉄道乗り入れが実現し、総武本線(および成田線)では空港連絡特急「成田エクスプレス」の運行が始まって、アクセス路線としての重要性を増した。ただし、1985年以降の東関東自動車道の延伸により、高速バス(かしま号、犬吠号、利根ライナー号、あそう号、東京 - 八日市場線)の運行が拡大されると、「しおさい」などの「成田エクスプレス」以外の特急列車は本数削減や一部区間の普通列車化が行われ、総武本線(および成田線・鹿島線)は東京と千葉県北東部・茨城県南東部を結ぶ都市間輸送で劣勢に立っていることが明確となった。
現在では、銚子などまではほとんどJRが使われておらず、道路も混んでおり、道路事情もよくないことから、総武本線で特急の高速化と増発などが望まれている。
2000年(平成12年)の運輸政策審議会答申第18号では、2015年までに整備すべき路線として新浦安(京葉線) - 船橋 - 津田沼間の新線建設(船橋 - 津田沼間は3複線化)が提唱された。千葉方面からの総武本線の列車は津田沼から新線に乗り入れ、新浦安から京葉線経由で東京駅へ、あるいはこれも2015年を整備目標とする新宿・三鷹方面への延伸線に向かうことが想定されている。また、新木場 - 新浦安間の建設(複々線化)と新木場からの東京臨海高速鉄道(りんかい線)乗り入れも明記されたが、運営会社のJR東日本はこの建設計画についてまだ正式な発表を行っていない。
なお、総武快速線(東京 - 千葉間)の詳細については、総武快速線の沿革を参照されたい。
[編集] 年表
[編集] 本線
- 1894年(明治27年)7月20日 総武鉄道 市川 - 佐倉間開業。
- 1894年(明治27年)12月9日 本所(現在の錦糸町) - 市川間延伸開業、四ツ街道駅(現在の四街道駅)開業。
- 1895年(明治28年)4月12日 中山駅開業。
- 1895年(明治28年)9月11日 津田沼駅開業。
- 1897年(明治30年)5月1日 佐倉 - 成東間延伸開業。
- 1897年(明治30年)6月1日 成東 - 銚子間延伸開業。
- 1898年(明治31年)1月25日 猿田駅開業。
- 1898年(明治31年)2月25日 松尾駅、干潟駅開業。
- 1899年(明治32年)4月28日 平井駅開業。
- 1899年(明治32年)5月24日 小岩駅開業。
- 1899年(明治32年)9月13日 稲毛駅開業。
- 1899年(明治32年)10月12日 日向駅開業。
- 1904年(明治37年)3月29日 亀戸駅開業。
- 1904年(明治37年)4月5日 両国橋(現在の両国) - 本所間延伸開業。同日開業の東武亀戸線が両国橋 - 亀戸間に乗り入れ開始。
- 1907年(明治40年)8月29日 両国橋 - 亀戸間複線化。
- 1907年(明治40年)9月1日 鉄道国有法により買収、国有化。
- 1907年(明治40年)11月1日 四ツ街道駅を四街道駅に改称。
- 1908年(明治41年)6月17日 平井 - 小岩間、市川 - 船橋間、稲毛 - 千葉間複線化。
- 1908年(明治41年)7月17日 船橋 - 津田沼間複線化。
- 1908年(明治41年)9月15日 亀戸 - 平井間、津田沼 - 稲毛間複線化。
- 1908年(明治41年)10月14日 小岩 - 市川間複線化。
- 1909年(明治42年)10月12日 国有鉄道線路名称設定 総武本線。
- 1910年(明治43年)3月27日 東武亀戸線の両国橋 - 亀戸間への直通運転廃止。
- 1911年(明治44年)3月4日 四街道 - 佐倉間に物井信号所開設。
- 1912年(大正元年)11月1日 千葉 - 四街道間に都賀信号所開設。
- 1914年(大正3年)9月10日 南酒々井駅開業。
- 1915年(大正4年)5月1日 本所駅を錦糸町駅に改称。
- 1915年(大正4年)9月11日 中山駅を下総中山駅に改称。
- 1922年(大正11年)4月1日 信号所を信号場に改称。
- 1926年(大正15年)2月14日 平井 - 小岩間に新小岩信号場開設。
- 1928年(昭和3年)7月10日 新小岩信号場が駅に昇格し新小岩駅開業。
- 1931年(昭和6年)10月1日 両国橋駅を両国駅に改称。
- 1932年(昭和7年)7月1日 御茶ノ水 - 両国間延伸(複線、旅客営業のみ)。同区間で電車の運転開始。
- 1933年(昭和8年)3月15日 両国 - 市川間電化。
- 1933年(昭和8年)9月15日 市川 - 船橋間電化。中央線中野まで緩行電車として直通運転開始。
- 1935年(昭和10年)7月1日 船橋 - 千葉間電化。
- 1935年(昭和10年)9月1日 本八幡駅開業。
- 1937年(昭和12年)4月5日 物井信号場が駅に昇格し物井駅開業。
- 1942年(昭和17年)10月1日 西千葉駅開業。
- 1951年(昭和26年)7月15日 新検見川駅開業。
- 1958年(昭和33年)4月1日 榎戸駅開業。
- 1958年(昭和33年)11月10日 西船橋駅開業。
- 1959年(昭和34年)10月1日 旭町駅を旭駅に改称。
- 1960年(昭和35年)6月1日 倉橋駅開業。
- 1963年(昭和38年)4月28日 房総東線(現・外房線)のスイッチバック解消のため千葉駅を西千葉方向に0.8km移転。
- 1964年(昭和39年)10月1日 飯倉駅開業。
- 1965年(昭和40年)9月30日 千葉 - 四街道間複線化。都賀信号場が昇格し都賀仮乗降場開業。
- 1965年(昭和40年)12月20日 東千葉駅開業。
- 1966年(昭和41年)9月25日 四街道 - 物井間複線化。
- 1968年(昭和43年)2月25日 物井 - 佐倉間複線化。
- 1968年(昭和43年)3月28日 千葉 - 佐倉( - 成田)間電化。都賀仮乗降場が昇格し都賀駅開業。
- 1968年(昭和43年)6月1日 新小岩駅から貨物扱い・操車場業務を分離して新小岩操駅開業。
- 1971年(昭和46年)7月5日 亀戸 - 新小岩間3線化。
- 1972年(昭和47年)6月4日 新小岩 - 津田沼間複々線化。
- 1972年(昭和47年)7月15日 東京 - 錦糸町間開業(複線、旅客営業のみ)。起点を東京に変更し、錦糸町 - 御茶ノ水間を支線として分離。錦糸町 - 亀戸間複々線化、亀戸 - 新小岩間5線化。
- 1974年(昭和49年)10月1日 両国 - 新小岩操間貨物営業廃止。
- 1974年(昭和49年)10月26日 佐倉 - 銚子間電化。全線電化完成。
- 1979年(昭和54年)7月7日 新検見川 - 千葉間複々線化。
- 1980年(昭和55年)11月28日 稲毛 - 西千葉間に黒砂信号場開設。
- 1981年(昭和56年)7月5日 津田沼 - 新検見川間複々線化。
- 1981年(昭和56年)10月1日 東船橋駅、幕張本郷駅開業。
- 1986年(昭和61年)11月1日 成東 - 銚子間貨物営業廃止。新小岩操駅を廃止し新小岩操車場に降格。
- 1987年(昭和62年)3月31日 新小岩操車場が貨物駅に昇格し新小岩操駅開業。
- 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道に承継。新小岩操 - 成東間は、日本貨物鉄道が第二種鉄道事業者となる。
- 1993年(平成5年)10月24日 錦糸町 - 市川間でATS-P使用開始。
- 1993年(平成5年)10月31日 市川 - 千葉間でATS-P使用開始。
- 1994年(平成6年)10月28日 千葉 - 佐倉間でATS-P使用開始。
- 1999年(平成11年)3月31日 佐倉 - 成東間の日本貨物鉄道の第二種鉄道事業廃止。
- 2001年(平成13年)2月4日 佐倉 - 成東間でATS-P使用開始。
- 2004年(平成16年)2月29日 東京 - 錦糸町間ATCからATS-Pに変更。
[編集] 越中島支線
- 1929年(昭和4年)3月20日 亀戸 - 小名木川間開業。
- 1958年(昭和33年)11月10日 小名木川 - 越中島(現在の越中島貨物)間延伸開業。
- 1971年(昭和46年)7月5日 起点を新小岩操に変更。
- 1986年(昭和61年)11月1日 起点を小岩に変更(新小岩操駅廃止のため)。
- 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道に承継。日本貨物鉄道が第二種鉄道事業者となる。
- 1990年(平成2年)3月10日 越中島駅を越中島貨物駅に改称(京葉線越中島駅との区別のため)。
- 2000年(平成12年)12月2日 小名木川駅廃止。
[編集] 新金線
- 1926年(大正15年)7月1日 新小岩 - 金町間開業。
- 1964年(昭和39年)9月25日 電化。
- 1986年(昭和61年)11月1日 起点を小岩に変更(新小岩操駅廃止のため)。
- 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道に承継。日本貨物鉄道が第二種鉄道事業者となる。
[編集] 貨物支線
[編集] 運行形態
[編集] 地域輸送
総武本線は、運転系統から主に3系統に分かれる。
[編集] 東京・御茶ノ水 - 千葉間
電車特定区間であるこの区間は、快速電車(総武快速線、案内上は「総武線快速」)と各駅停車(総武緩行線、案内上は「中央・総武線各駅停車」)の2系統に分かれており、線路やダイヤグラムもそれぞれ独立している。快速電車は東京駅 - 錦糸町駅で地下線を走行し、東京駅以南は東海道本線を介して横須賀線と直通運転を行っている(旅客案内上は東海道本線の区間も含めて「横須賀線」と称される)ほか、総武本線も含めた千葉以南・以東の各線に直通する列車もある。一方、各駅停車(黄色帯の電車)は錦糸町駅から御茶ノ水駅方面への支線へ乗り入れ、同駅から中央本線の三鷹駅(夜間の一部は武蔵小金井駅・立川駅)まで直通するが、千葉以南・以東への乗り入れは無い。また平日の朝夕には西船橋駅で東京地下鉄東西線から緩行線津田沼駅に乗り入れる電車もある。
[編集] 千葉 - 銚子間
千葉以東では普通・快速・通勤快速の3種別が存在する。普通列車は旭 - 銚子間と成田 - 銚子間の区間列車を除きすべて千葉駅に乗り入れるが、一部区間で普通列車となる特急列車を除き千葉駅以西へは乗り入れない。逆に快速・通勤快速列車は臨時列車を除き、すべて千葉駅以西の快速線に乗り入れる。快速・通勤快速列車は佐倉から成田駅・成田空港駅へ向かう列車と佐倉止まりの列車がほとんどで、佐倉以東当線を走行する列車は、朝の成東発上り1本と、夜間の成田空港・成東行きとその折り返し(どちらも佐倉 - 成東間普通列車)のみである。
なお、千葉 - 佐倉間および松岸 - 銚子間は、成田線佐倉 - 松岸間を経由する列車も乗り入れている。
日中は次のような列車がおよそ1時間当たり各1本ずつ運行される。
- 千葉 - 成東 - 銚子間の普通
- 千葉 - 成東間の普通
- 千葉 - 佐倉 - (成田線) - 松岸 - 銚子間の普通
- (横須賀線 - 総武快速線) - 千葉 - 佐倉 - (成田線) - 成田空港間の快速(エアポート成田)
[編集] 使用車両
総武緩行線の車両については当該記事を参照。
- E217系電車(快速・通勤快速、東京 - 成東間)
- 211系3000番台電車(普通、千葉 - 銚子間)
- 113系電車(普通、千葉 - 銚子間)
[編集] 優等列車
総武本線を走行する優等列車は以下のとおり。
以下は朝(東京・新宿方面行き)・夜(千葉・銚子方面行き)のみ運転。
「成田エクスプレス」が運行開始するまでは、外房線直通の「わかしお」や内房線直通の「さざなみ」も総武本線(総武快速線)経由で運転されていたが、成田エクスプレス運行開始後は京葉線・蘇我駅経由となった。
[編集] 駅一覧
[編集] 東京駅・御茶ノ水駅 - 千葉駅間
ここでは駅名のみを列挙する。営業キロ・停車駅・接続路線などの詳細については、総武快速線および中央・総武緩行線を参照。
- 本線
- 東京駅 - 新日本橋駅 - 馬喰町駅 - 錦糸町駅 - 亀戸駅 - 平井駅 - 新小岩駅 - 小岩駅 - 市川駅 - 本八幡駅 - 下総中山駅 - 西船橋駅 - 船橋駅 - 東船橋駅 - 津田沼駅 - 幕張本郷駅 - 幕張駅 - 新検見川駅 - 稲毛駅 - (黒砂信号場) - 西千葉駅 - 千葉駅
- 支線(錦糸町駅 - 御茶ノ水駅)
- 錦糸町駅 - 両国駅 - 浅草橋駅 - 秋葉原駅 - 御茶ノ水駅
[編集] 千葉駅 - 銚子駅間
- 凡例
- 停車駅 … ●:停車、|:通過
- 単線/複線 … ∥:複線区間、◇:単線区間(列車交換可能)、|:単線区間(列車交換不可)、∨:これより下は単線、∧:終点(交換可能)
| 駅名 | 駅間営業キロ | 東京 からの営業キロ |
快速 | 通勤快速 | 接続路線 | 単線/複線 | 所在地 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 直通運転区間 | 総武快速線東京駅経由 ○快速…横須賀線久里浜駅まで ○通勤快速…横須賀線逗子駅まで |
||||||
| 千葉駅 | - | 39.2 | ● | ● | 東日本旅客鉄道:総武線(快速)(直通あり・上記参照)・総武線(各駅停車)・外房線・内房線[* 1] 千葉都市モノレール:1号線・2号線 京成電鉄:千葉線(京成千葉駅) |
∥ | 千葉市中央区 |
| 東千葉駅 | 0.9 | 40.1 | | | | | ∥ | ||
| 都賀駅 | 3.3 | 43.4 | ● | ● | 千葉都市モノレール:2号線 | ∥ | 千葉市若葉区 |
| 四街道駅 | 3.5 | 46.9 | ● | ● | ∥ | 四街道市 | |
| 物井駅 | 4.2 | 51.1 | ● | | | ∥ | ||
| 佐倉駅 | 4.2 | 55.3 | ● | ● | 東日本旅客鉄道:成田線[* 2] | ∨ | 佐倉市 |
| 南酒々井駅 | 4.0 | 59.3 | | | ◇ | 印旛郡酒々井町 | ||
| 榎戸駅 | 2.9 | 62.2 | | | ◇ | 八街市 | ||
| 八街駅 | 3.7 | 65.9 | ● | ◇ | |||
| 日向駅 | 5.8 | 71.7 | | | ◇ | 山武市 | ||
| 成東駅 | 5.2 | 76.9 | ● | 東日本旅客鉄道:東金線 | ◇ | ||
| 松尾駅 | 5.6 | 82.5 | ◇ | ||||
| 横芝駅 | 4.3 | 86.8 | ◇ | 山武郡横芝光町 | |||
| 飯倉駅 | 3.8 | 90.6 | | | 匝瑳市 | |||
| 八日市場駅 | 3.1 | 93.7 | ◇ | ||||
| 干潟駅 | 5.1 | 98.8 | ◇ | 旭市 | |||
| 旭駅 | 4.8 | 103.6 | ◇ | ||||
| 飯岡駅 | 2.7 | 106.3 | ◇ | ||||
| 倉橋駅 | 2.9 | 109.2 | | | ||||
| 猿田駅 | 2.6 | 111.8 | ◇ | 銚子市 | |||
| 松岸駅 | 5.5 | 117.3 | 東日本旅客鉄道:成田線[* 2] | ◇ | |||
| 銚子駅 | 3.2 | 120.5 | 銚子電気鉄道:銚子電気鉄道線 | ∧ | |||
[編集] 過去の接続路線
[編集] 貨物支線
(貨)は貨物専用駅を表す。
| 駅名 | 営業キロ | 接続路線 | 所在地 |
|---|---|---|---|
| 小岩駅 | 0.0 | 東日本旅客鉄道:総武本線(本線) | 東京都江戸川区 |
| (貨)新小岩操駅 | 2.3 | 東京都葛飾区 | |
| 金町駅 | 8.9 | 東日本旅客鉄道:常磐線 |
[編集] 廃止区間
- 貨物支線
- 銚子駅 (0.0km) - (貨)新生駅 (0.8km)
[編集] その他
佐倉 - 物井間が1968年に複線化される前は少し北側を走っていたが、複線化以前より営業距離が529m短縮されたにもかかわらず複線化後も修正していない。実際の東京 - 佐倉間の実際の距離は50kmもなく、東京 - 銚子間の実際の距離も120kmもない。しかしJRは国鉄の営業距離を引き継いでいるなどの理由で改定は予定していない[4][5]。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 例:JR東日本:駅構内図(千葉駅)、JR東日本:駅の時刻表(千葉駅) - 2009年4月26日閲覧
- ^ 横網町(両国付近) - 秋葉原間の建設は新橋 - 上野間竣工の時まで、という猶予がついていた。本所 - 両国橋間は山手線同様の煉瓦造りによる高架線を計画していたが、資金不足によりプレートガータによって建設となった。
- ^ 震災によって焦土となった延伸予定地周辺では、復興事業として区画整理が行なわれたため線路敷地の捻出が容易となった。直接買収を行なったのは駅拡張の必要な両国駅・御茶ノ水駅周辺や奇跡的に焼失を免れた神田佐久間町などにとどまった。
- ^ 「<JR総武線>佐倉―物井駅間、運賃取り過ぎ 実距離短縮を無視」毎日新聞 2002年9月27日
- ^ 宮脇俊三編『鉄道廃線跡を歩く 10』。JTB、2003年、p.96
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