八戸線
| 路線総延長 | 64.9 km |
| 軌間 | 1067 mm |
| 停車場・施設・接続路線 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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八戸線(はちのへせん)は、青森県八戸市の八戸駅から岩手県久慈市の久慈駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(地方交通線)である。
八戸駅 - 鮫駅間には、「うみねこレール八戸市内線」という愛称が付けられている。
目次 |
概要 [編集]
三陸縦貫線を構成する路線の一つである。
2010年12月4日の東北新幹線の八戸 - 新青森間開業に伴い、東北本線の八戸 - 青森間が青い森鉄道に移管され、大湊線とともに、他のJR在来線と接続のない孤立路線となった(なお、大湊線は新幹線とも接続しないため、八戸線とは若干状況が異なる)。2007年11月、JR東日本が新幹線延伸後も八戸線を運営していく方針であることを正式に発表している[2]。なお、青春18きっぷは青森または野辺地から八戸まで青い森鉄道線の駅で途中下車しないことを条件に使用が認められる特例が新たに設けられた。
路線データ [編集]
- 管轄(事業種別)・区間(営業キロ)
- 軌間:1067 mm
- 駅数:25駅(起終点駅含む)
- 起終点駅を含めた全ての駅が八戸線所属駅となっている。なお、起点の八戸駅は2010年12月3日までは東北本線所属[3]であったが、翌日から同線が青い森鉄道へ移管されたため、JRの駅としては八戸線所属に変更された。
- 複線区間:なし(全線単線)
- 電化区間:なし(全線非電化)
- 閉塞方式:
- 八戸 - 八戸貨物間 単線自動閉塞式
- 八戸貨物 - 本八戸間 自動閉塞式(特殊)
- 本八戸 - 久慈間 特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
- 最高速度:85 km/h
- 運転指令所:盛岡総合指令室(八戸貨物駅 - 久慈駅間 CTC)
全線東日本旅客鉄道盛岡支社の管轄である。在来線の八戸駅は青い森鉄道管轄であるが、共同使用駅のため、盛岡支社管内のJR駅としても扱われる(なお、東北新幹線の八戸駅は盛岡支社が直轄)。
運行形態 [編集]
現在は普通列車のみ運転されている。2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で全線が不通となっていたが、2012年3月17日全線で運転再開した。震災前と同様、八戸駅 - 久慈駅間を直通する列車が1日9往復運転されている。ほかに八戸駅 - 鮫駅間の区間列車があり、この区間では1時間あたり1本程度運転されている。また、下りにいわて銀河鉄道線・青い森鉄道線からの乗り入れ列車として、小鳥谷駅→鮫駅間・三戸駅→鮫駅間の系統が1日各1本ずつ、上りには鮫駅の始発列車として青い森鉄道線直通の青森行きが運転されている。1990年代前半までは、東北本線(現在の青い森鉄道線)二戸・三戸・三沢・野辺地・青森方面への乗り入れ列車が多数設定されていたが、1996年に東北本線盛岡以北にも701系電車が導入されたことにより次第に減っていった。また、久慈駅から南方に伸びる国鉄久慈線が1984年に三陸鉄道へ転換され北リアス線となる以前は、1日3本程度が久慈線直通で普代駅まで運転されていた。1999年以降は、毎年夏に三陸鉄道北リアス線・南リアス線などからなる三陸縦貫線を経由して仙台駅まで直通する臨時快速列車「リアス・シーライナー」が運転されていたが、2011年は東日本大震災で三陸縦貫線が不通となったため運転されていない。
八戸駅 - 久慈駅間の列車のうち1日1往復は、ジョイフルトレイン「うみねこ」(キハ48形改造)を利用して運転される。ただし、普通車両で運転される場合もある。なお、2010年7月から9月までの土曜・休日には三陸鉄道北リアス線宮古駅まで直通運転された(下りは、久慈駅→宮古駅間は臨時快速として運転、上りは通常の定期列車を直通化させた形で運転)。また、2011年4月29日以降の週末を中心に、八戸 - 階上でリゾートうみねこ編成車両による定期列車が1往復運転されている。当初、同年4月23日より、八戸駅 - 久慈駅 - (三陸鉄道北リアス線経由) - 宮古駅間で運転される予定だったが、3月11日に発生した東日本大震災による大津波によって甚大な被害(沿線駅舎の冠水・浸水や線路流出など)を出したことによって運転できなくなったため、計画が変更されたことによるものである[4]。
1960年ころまでは、尻内(現在の八戸)発始発列車の発車時刻は、4時少し過ぎと東京・山手線の始発より早かった。
なお、大半の区間が海沿いを走る当路線であるものの、陸中中野駅 - 陸中夏井駅間では内陸を走り、侍浜をサミットとして峠越えが存在する。このため、特に非力で知られるキハ40形・キハ48形気動車では駅間に渡って30km/h程度での運行を強いられている。JRに残る国鉄型気動車の大半がエンジン換装による性能向上が図られた現在でもほとんどが原型車であり、八戸都市計画都市高速鉄道八戸線として連続立体交差化が行われ高架線が続く八戸市内を含め、60 - 70 km/h 程度の速度での運転である。中でも、馬淵川橋梁においては機関車牽引列車は 30 km/h 、気動車列車は 40 km/h の速度制限を受けるなど、列車の運転速度は全体的に低い。近隣非電化線区のキハ100系列気動車への置き換えが完了し速度向上の図られた2011年現在では、「リゾートうみねこ」以外の車両が非冷房のままである上に、ワンマン運転が行われておらず各無人駅での車掌による運賃収受が行われていることと相まって、一昔前の非電化路線の姿を残す貴重な存在となっている。
過去の臨時列車 [編集]
「優等列車の沿革」の節を参照
車両 [編集]
以下において車種は特記なければ気動車である。
- キハ40形・キハ48形 - 八戸運輸区所属。主に2 - 3両で運転。
過去に使用された車両 [編集]
- 以上はいずれも、現在の八戸運輸区所属
- 盛岡客車区(現在の盛岡車両センター)所属
歴史 [編集]
日本鉄道により、1891年に開業した本線(後の東北本線)が、八戸の中心市街から離れてしまったことから、1894年に尻内から分岐して八ノ戸を結ぶ支線を敷設したのが始まりである。同年中に八ノ戸から湊へ延伸され、この状態で日本鉄道は1906年に公布された鉄道国有法により1907年11月1日に買収され官設鉄道に編入後、1909年に八ノ戸線と命名され、1924年に八戸線と改称された。1924年より、八戸(現在の本八戸)から分岐して種市への延伸工事が行なわれ、翌年には陸中八木、1930年に久慈まで延長されて八戸線が全通した。
八戸 - 久慈の経路設定にあたっては、当時の陸軍より岩手県大野付近が鉄鋼の原材料供給地であること、有事の際の鉄道破壊を懸念し、海岸線より内陸の大野付近を通過することが望ましいと主張していたが、結局海岸線を通過するルートとなった[5]。
1975年に当線の実質的延長線である久慈線が普代まで開業したが、こちらは国鉄再建法の施行により特定地方交通線に指定され、1984年に第三セクターの三陸鉄道へ転換されている。
陸中八木駅にはJR線における最後の腕木式信号機があったが、2005年6月28日に色灯化され廃止された。タブレット閉塞式を用いて運転していたが、本八戸 - 久慈間で軌道回路検知式化の工事が進められ、2005年10月には同区間の特殊自動閉塞化が完成し、2005年12月のダイヤ改正時にCTC化された。
2011年3月11日の東日本大震災により宿戸駅 - 陸中中野駅の間で大津波による浸水や線路の流出・水没事故が発生。これにより全線で不通となったが、段階を追って復旧工事を行い、2012年3月17日のダイヤ改正で全線での運行が再開された。JR東日本の東北地方被災地域では7つの路線が地震や津波による路線・駅舎崩壊や浸水などの被害を受けて部分的に運休する区間がある中、全線復旧の第1号となった。復旧工事を行うに当たり、津波や浸水が予想される駅では駅舎に避難経路を作り、また、線路から高台に避難ができるルートも設定された[6][7]。
年表 [編集]
- 1893年(明治26年)3月21日 尻内(現在の八戸) - 湊間の支線敷設を閣議決定・認可。
- 1894年(明治27年)
- 1906年(明治39年)11月1日 鉄道国有法により日本鉄道が買収・国有化され官設鉄道の路線となる。
- 1907年(明治40年)11月1日 八ノ戸駅を八戸駅(初代)に改称。
- 1909年(明治42年)10月12日 国有鉄道線路名称制定により八ノ戸線となる。
- 1924年(大正13年)11月10日 八戸 - 種市間を延伸開業。鮫・種差・階上・種市の各駅を新設。八戸線に線名を改称(尻内 - 種市間・八戸 - 湊間)。
- 1925年(大正14年)11月1日 種市 - 陸中八木間を延伸開業。陸中八木駅を新設。
- 1926年(大正15年)7月11日 陸奥湊駅を新設。
- 1930年(昭和5年)3月27日 陸中八木 - 久慈間を延伸開業し八戸線が全通。陸中中野・侍浜・陸中夏井・久慈の各駅を新設。
- 1934年(昭和9年)6月1日 長苗代・小中野・白銀の各駅を新設。
- 1944年(昭和19年)4月1日 八戸 - 湊間の旅客営業を休止。
- 1954年(昭和29年)8月5日 角の浜・玉川・宿戸の各駅を新設。
- 1956年(昭和31年)
- 1959年(昭和34年)2月5日 平内駅を新設。
- 1961年(昭和36年)
- 1966年(昭和41年)3月25日 青森県営専用線(後の八戸臨海鉄道)の分岐点として北八戸信号場を新設。
- 1970年(昭和45年)10月1日? 青森県営専用線が八戸貨物駅へ延長されたため北八戸信号場を廃止。
- 1971年(昭和46年)
- 1975年(昭和50年)7月20日 久慈線の久慈 - 普代間が開業。
- 1977年(昭和52年)7月 長苗代 - 陸奥湊間高架化。
- 1982年(昭和57年)11月15日 鮫 - 久慈間の貨物営業を廃止。
- 1984年(昭和59年)
- 2月1日 陸奥湊 - 鮫間の貨物営業を廃止。
- 4月1日 久慈線を廃止、三陸鉄道に転換。
- 1985年(昭和60年)3月14日 本八戸 - 湊間を廃止。
- 1986年(昭和61年)
- 8月1日 プレイピア白浜臨時乗降場を新設。
- 11月1日 本八戸 - 陸奥湊間の貨物営業を廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道(第1種・八戸 - 久慈間)、日本貨物鉄道(第2種・八戸 - 本八戸間)が承継、プレイピア白浜臨時乗降場を臨時駅に改める。
- 1993年(平成5年)12月1日 ダイヤ改正により、全列車が気動車での運転。
- 2002年(平成14年)12月1日 種差駅を種差海岸駅に改称。
- 2003年(平成15年)4月1日 SLうみねこ号運転。
- 2004年(平成16年)10月16日 種市駅・侍浜駅での列車交換が廃止され交換設備撤去、侍浜駅無人化。
- 2005年(平成17年)
- 7月6日 階上 - 久慈間特殊自動閉塞化。
- 10月 本八戸 - 階上間特殊自動閉塞化。
- 12月10日 CTC化、小中野・白銀・階上・陸中八木の各駅を無人化。
- 2011年(平成23年)
- 3月11日 東北地方太平洋沖地震とこれにより発生した大津波により全線で不通。
- 3月18日 八戸 - 鮫間で運行を再開。
- 3月24日 鮫 - 階上間で運行を再開。
- 3月30日 階上 - 久慈間で代行バス運行開始(列車による運転再開見込みが立たないため)。
- 4月7日 東北地方太平洋沖地震の余震発生により全線で再び不通。
- 4月10日 八戸 - 階上間で運行を再開。階上 - 久慈間で代行バス運行を再開。
- 8月8日 階上 - 種市間で運行再開。
- 2012年(平成24年)3月17日 種市 - 久慈間で運行再開。これにより全線で運転が再開[8]。なお、当初の全面再開は4月の予定だった。臨時駅のプレイピア白浜駅を廃止[9]。
優等列車の沿革 [編集]
- 1959年(昭和34年)7月 盛岡 - 大鰐(青森経由)間を運行する準急「八甲田」の一部車両を鮫発着とする。八戸線内は普通列車。
- 1960年(昭和35年)12月 秋田 - 鮫間を結ぶ準急「白鳥」が運行開始。奥羽本線・東北本線・八戸線経由で運転。
- 1961年(昭和36年)
- 1962年(昭和37年)7月1日 久慈 - 盛岡間を結ぶ全線準急の「うみねこ」が運行開始。
- 1965年(昭和40年)10月1日 鰺ヶ沢 - 鮫間を結ぶ準急「岩木」が運行開始。
- 1966年(昭和41年)
- 1967年(昭和42年)12月 鮫→上野間で臨時夜行急行「はちのへ」運転。
- 1968年(昭和43年)
- 1970年(昭和45年)10月1日 急行「八甲田」の久慈編成廃止。久慈 - 盛岡間の急行「うみねこ」復活。
- 1971年(昭和46年)7月 盛岡 - 陸中八木間で臨時急行として「たねさし」運転開始(八戸線内は普通列車)。
- 1972年(昭和47年)
- 1973年(昭和48年)2月1日 快速「久慈」定期化。
- 1975年(昭和50年)7月 「たねさし」全区間急行列車として、盛岡 - 種市間で運転。
- 1976年(昭和51年)7月 「たねさし」臨時快速へ格下げ。以降1980年(昭和55年)までの夏季に、盛岡 - 種市で運転。
- 1978年(昭和53年)10月2日 急行「なつどまり」が快速列車に格下げ(運転区間・併結運転はそのまま)。
- 1981年(昭和56年)7月 「たねさし」運転区間を盛岡 - 久慈間に延長。以降1991年(平成3年)までの夏季に運転。
- 1984年(昭和59年)3月31日 久慈線の三陸鉄道移管に伴い、この日限りで下り快速「久慈」が普代行きから久慈行きに短縮。
- 1985年(昭和60年)7月 快速「うみねこ」として盛岡 - 久慈間臨時運転。
- 1988年(昭和63年)
- 3月13日 このときのダイヤ改正により、三戸→久慈間・久慈→三沢間を運行する快速列車の名称を「久慈」から「こはく」に変更。快速「なつどまり」の鮫編成を快速「うみねこ」に変更。青森 - 野辺地間における併結運転は上り列車のみ実施。
- 7月 仙台 - 八戸間で「三陸パノラマ号」を運行。(八戸線内は定期列車に併結)。
- 1989年(平成元年)12月 盛岡 - 鮫間で臨時快速「エーデルワイス」運転。
- 1990年(平成2年)5月 盛岡 - 鮫間で臨時快速「はるかぜ」運転。
- 1991年(平成3年)4月 盛岡 - 鮫間で臨時快速「エーデルワイス」運転。
- 1992年(平成4年)7月 「たねさし」運行区間が一戸 - 久慈間に短縮。
- 1993年(平成5年)
- 7月 「たねさし」この年の運転をもって廃止。
- 12月 「こはく」運行区間を三戸→久慈間、久慈→八戸間に変更。
- 1994年(平成6年)12月 「こはく」運行区間を三戸 - 久慈間に固定。
- 1995年(平成7年)12月1日 「こはく」運行区間を八戸 - 久慈間に短縮。
- 1996年(平成8年)3月16日 快速「うみねこ」八戸 - 鮫間廃止。
- 1997年(平成9年)2月1日 快速「うみねこ」を電車化、701系での運転に。
- 1999年(平成11年)7月31日 夏に久慈 - 仙台間で運転されていた臨時快速「リアス・シーライナー」が八戸まで運転区間延長(以後、2010年まで毎年運転)。
- 2000年(平成12年)12月2日 快速「こはく」廃止(普通列車へ格下げ)。
- 2002年(平成14年)12月1日 快速「うみねこ」廃止。愛称はキハ48を改造した「ジョイフルトレインうみねこ」が継承。
- 2004年(平成16年)
- 2007年(平成19年)9月8日 八戸 - 階上間で、びゅうコースター風っこによる臨時快速「風っこシーガル号」運転(同年9月7日から3日間の運転予定だったが、初日の運行が台風9号の影響で八戸線内での運転の見合わせに伴って運休し、2日間のみに短縮された)。
- 2008年(平成20年)
- 2009年(平成21年)7月25日・26日 八戸 - 久慈間で臨時快速「風っこシーガル号」運転(久慈行きは「風っこシーガル久慈」、八戸行きは「風っこシーガル八戸」として運転)。
- 2010年(平成22年)3月27日・28日 八戸 - 久慈間で、リゾートしらかみ橅(ブナ)編成車両による臨時快速「八戸線全通80周年記念号」運転。
駅一覧 [編集]
- ◇:貨物取扱駅(定期貨物列車の発着なし)
- 定期列車は全列車、臨時駅を除く全駅に停車。
- 線路(全線単線) … ◇・∨・∧:列車交換可、|:列車交換不可
| 愛称 | 駅名 | 駅間営業キロ | 累計営業キロ | 接続路線 | 線路 | 所在地 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| うみねこレ丨ル八戸市内線 | 八戸駅◇ | - | 0.0 | 東日本旅客鉄道:東北新幹線 青い森鉄道:青い森鉄道線(直通あり) |
∨ | 青森県 | 八戸市 |
| 八戸貨物駅 | - | 1.7 | ◇ | ||||
| 長苗代駅 | 3.4 | 3.4 | | | ||||
| 本八戸駅◇ | 2.1 | 5.5 | ◇ | ||||
| 小中野駅 | 1.8 | 7.3 | | | ||||
| 陸奥湊駅 | 1.7 | 9.0 | ◇ | ||||
| 白銀駅 | 1.3 | 10.3 | | | ||||
| 鮫駅 | 1.5 | 11.8 | ◇ | ||||
| 陸奥白浜駅 | 5.7 | 17.5 | | | ||||
| 種差海岸駅 | 2.1 | 19.6 | | | ||||
| 大久喜駅 | 2.2 | 21.8 | | | ||||
| 金浜駅 | 3.0 | 24.8 | | | ||||
| 大蛇駅 | 1.0 | 25.8 | | | 三戸郡 階上町 |
|||
| 階上駅 | 1.7 | 27.5 | ◇ | ||||
| 角の浜駅 | 2.0 | 29.5 | | | 岩手県 | 九戸郡 洋野町 |
||
| 平内駅 | 2.6 | 32.1 | | | ||||
| 種市駅 | 2.1 | 34.2 | | | ||||
| 玉川駅 | 3.9 | 38.1 | | | ||||
| 宿戸駅 | 1.9 | 40.0 | | | ||||
| 陸中八木駅 | 3.1 | 43.1 | ◇ | ||||
| 有家駅 | 2.7 | 45.8 | | | ||||
| 陸中中野駅 | 2.6 | 48.4 | | | ||||
| 侍浜駅 | 6.0 | 54.4 | | | 久慈市 | |||
| 陸中夏井駅 | 7.3 | 61.7 | | | ||||
| 久慈駅 | 3.2 | 64.9 | 三陸鉄道:北リアス線 | ∧ | |||
廃止区間 [編集]
( ) 内は営業キロ
- 貨物支線(1985年3月14日廃止)
- 本八戸駅 (0.0) - (貨)湊駅 (2.7)
廃止駅 [編集]
- プレイピア白浜駅:鮫駅 - 陸奥白浜駅間、2012年3月17日廃止
過去の接続路線 [編集]
- 尻内駅(現在の八戸駅):南部鉄道 … 1968年5月17日休止、1969年4月1日廃止
脚注 [編集]
- ^ 今尾恵介(監修) 『2 東北』 新潮社〈日本鉄道旅行地図帳:全線・全駅・全廃線〉、東京、2008年。ISBN 978-4-10-790020-3。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』2008年2月号 (Vol. 800)、2008年、 p. 166。
- ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
- ^ 春の増発列車 運転計画と一部運転取り止めについて (PDF) - 東日本旅客鉄道盛岡支社プレスリリース、2011年4月22日
- ^ 『新編八戸市史』近現代資料編2、八戸市、2008年、p. 382。
- ^ 八戸線に津波避難ルート JR盛岡支社72か所設定 - 岩手日報、2012年2月12日
- ^ JR八戸線、全線で運転再開 - デイリー東北、2012年3月18日
- ^ 八戸線 全線運転再開日のお知らせ (PDF) - 東日本旅客鉄道盛岡支社プレスリリース、2011年12月16日
- ^ 2012年3月 ダイヤ改正について (PDF) - 東日本旅客鉄道盛岡支社プレスリリース、2011年12月16日
関連項目 [編集]
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