八戸線

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JR logo (east).svg 八戸線
陸中八木駅に停車中のキハ40
八戸線の路線図
路線総延長 64.9 km
軌間 1067 mm

八戸線(はちのへせん)は、青森県八戸市八戸駅から岩手県久慈市久慈駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線地方交通線)である。

八戸駅 - 鮫駅間には、「うみねこレール八戸市内線」という愛称が付けられている。

概要[編集]

気仙沼線大船渡線山田線三陸鉄道とともに「三陸縦貫鉄道」を構成する路線の一つである。沿線の眺望は田園・高架・都市・工業団地・海岸・丘陵とさまざまに変遷する。近年は安全だけでなく景色も楽しめるように配慮されている[2]

2010年12月4日東北新幹線の八戸 - 新青森間開業に伴い、東北本線の八戸 - 青森間が青い森鉄道に移管され、大湊線とともに、他のJR在来線と接続のない孤立路線となった(なお、大湊線は新幹線とも接続しないため、八戸線とは若干状況が異なる)。2007年11月、JR東日本が新幹線延伸後も八戸線を運営していく方針であることを正式に発表している[3]。なお、青春18きっぷは青森または野辺地から八戸まで青い森鉄道線の駅で途中下車しないことを条件に使用が認められる特例が新たに設けられた。

2011年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)で全線が不通となっていたが、2012年3月17日までに全面復旧した。

路線データ[編集]

  • 管轄(事業種別)・区間(営業キロ
  • 軌間:1067 mm
  • 駅数:25駅(起終点駅含む)
    • 起終点駅を含めたすべての駅が八戸線所属駅となっている。なお、起点の八戸駅は2010年12月3日までは東北本線所属[4]であったが、翌日から同線が青い森鉄道へ移管されたため、JRの駅としては八戸線所属に変更された。
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式
    • 八戸 - 八戸貨物間 単線自動閉塞式
    • 八戸貨物 - 本八戸間 自動閉塞式(特殊)
    • 本八戸 - 久慈間 特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
  • 最高速度:85 km/h
  • 運転指令所:盛岡総合指令室(八戸貨物駅 - 久慈駅間 CTC

全線東日本旅客鉄道盛岡支社の管轄である。在来線の八戸駅は青い森鉄道管轄であるが、共同使用駅のため、盛岡支社管内のJR駅としても扱われる(なお、東北新幹線の八戸駅は盛岡支社が直轄)。

運行形態[編集]

八戸線は現在普通列車のみの地域輸送に特化された運行形態となっている。2014年3月15日改正時点で、八戸駅 - 久慈駅間全線通し列車1日9往復に加え、八戸駅 - 鮫駅間には1日10往復の区間列車が設定されており、この区間については昼間の閑散時間帯でも1時間あたり1本程度の運転間隔となっている[5]。朝の下り便にはいわて銀河鉄道線小鳥谷駅および青い森鉄道線三戸駅を始発駅とする直通列車がそれぞれ1本ずつ設定されている。当線と東北本線(現在のいわて銀河鉄道線・青い森鉄道線)を直通する列車としては、1970 - 1980年代前半には優等列車として急行「深浦」や急行「なつどまり」などが、また1990年代前後には東北本線一戸・二戸・三戸・三沢・野辺地方面直通の普通列車が多数設定されていたが[6][7][8]1996年の東北本線盛岡以北区間への701系電車投入に伴い当線のディーゼル気動車列車の東北本線乗り入れは限定的となり[9]、朝下り便の東北本線(当時)盛岡方面から当線に直通する前述の2本を除き解消されている[5]。また、久慈駅から南方に延びる国鉄久慈線が1984年三陸鉄道へ転換され北リアス線となる以前は1日3本程度が久慈線直通で普代駅まで運転されていた[7]。1999年以降は、毎年夏に三陸鉄道北リアス線・南リアス線などからなる三陸縦貫鉄道を経由して八戸駅から仙台駅まで直通する臨時快速列車「リアス・シーライナー」が運転されていたが、東日本大震災で三陸縦貫鉄道の各線が不通となったため2011年以降は運転されていない[10][11]

リゾートうみねこ

八戸駅 - 久慈駅間の列車のうち1日1往復は、ジョイフルトレインうみねこ」(キハ48形改造。後述の「リゾートうみねこ」とは別)を使用して運転される。ただし、普通車両で運転される場合もある。なお、2010年7月から9月までの土曜・休日には三陸鉄道北リアス線宮古駅まで直通運転された(下りは、久慈駅→宮古駅間は臨時快速として運転、上りは通常の定期列車を直通化させた形で運転)。また、2011年4月29日以降の週末を中心に、八戸 - 階上で「リゾートうみねこ」編成車両による定期列車が1往復運転されている。当初、同年4月23日より、八戸駅 - 久慈駅 - (三陸鉄道北リアス線経由) - 宮古駅間で運転される予定だったが、3月11日に発生した東日本大震災による大津波によって甚大な被害(沿線駅舎の冠水・浸水や線路流出など)を出したことによって運転できなくなったため、計画が変更されたことによるものである[12]

当線は大半の区間で海沿いを走るが、陸中中野駅(標高約41m) - 陸中夏井駅(標高約9m)間の約13kmは内陸部を走行するが[5][13]、この区間は侍浜駅付近(標高約155m)を頂点とする勾配区間で 30 km/h 程度で走行する。ほか長苗代駅 - 本八戸駅間の馬淵川橋梁においては機関車牽引列車は 30 km/h 、気動車列車は 40 km/h の速度制限を受けていたり、もともと当線で運用されている八戸運輸区所属車(キハ40形・キハ48形)はJRに残る国鉄型気動車の大半がエンジン換装による性能向上が図られた現在でも原型車がほとんどであり、八戸都市計画都市高速鉄道八戸線として連続立体交差化が行われ高架線が続く八戸市内を含め60 - 70 km/h 程度で運転されており、列車の運転速度は全体的に低い。

近隣非電化線区のキハ100系列気動車への置き換えが完了し速度向上の図られた2011年現在では、「リゾートうみねこ」以外の車両が非冷房のままである上に、ワンマン運転が行われておらず各無人駅での車掌による運賃収受が行われていることと相まって、一昔前の非電化路線の姿を残す貴重な存在となっている。

2013年10月19日より団体臨時列車としてレストラン列車「Tohoku Emotion(東北エモーション)」の運転が開始された。

過去の臨時列車[編集]

車両[編集]

キハ40形・キハ48形
キハ48形「うみねこ」

以下において車種は特記なければ気動車である。

  • キハ40形・キハ48形 - 八戸運輸区所属。主に2 - 3両で運転。
    • 定期運用ではうみねこを含めて冷房改造された車両が無く、ワンマン化された車両も元大湊線使用車両のみであるためオリジナル車両の国鉄時代からの変更点は塗色とトイレの汚物処理装置設置くらいである。反面、現在では数少なくなった扇風機設置車両であるほか、ドア数が少ないことや片引き戸が存在することから冬季は暖気が漏れにくい構造となっている。また旧来のセミクロスシート車両であるため、快適性という面では優れている。
    • 2012年の全線運行再開後からは津波対策として車内に避難用梯子が搭載されている。
    • リゾートうみねこもキハ48形の改造車である。
  • キハ110系700番台
    • レストラン列車「Tohoku Emotion(東北エモーション)」で使用。

過去に使用された車両[編集]

以上はいずれも、現在の八戸運輸区所属
盛岡客車区(現在の盛岡車両センター)所属

歴史[編集]

日本鉄道により1891年に開業した本線(後の東北本線)の駅が海沿いの八戸市街から離れた尻内に設置されたことから、1894年に尻内駅(現在の八戸駅)から分岐して八ノ戸(現在の本八戸駅)を結ぶ支線を敷設したのが始まりである。同年中に八ノ戸から湊へ延伸され、この状態で日本鉄道は1906年に公布された鉄道国有法により1907年11月1日に買収され官設鉄道に編入後、1909年八ノ戸線と命名され、1924年八戸線と改称された。1924年より八戸(現在の本八戸)から分岐する種市への路線延伸工事が行なわれ、翌年には陸中八木、1930年に久慈まで延長されて八戸線が全通した。

八戸 - 久慈の経路設定にあたっては、当時の陸軍より岩手県大野付近が鉄鋼の原材料供給地であること、有事の際の鉄道破壊を懸念し、海岸線より内陸の大野付近を通過することが望ましいと主張していたが、結局海岸線を通過するルートとなった[14]

1975年に当線の実質的延長線である久慈線が普代まで開業したが、こちらは国鉄再建法の施行により特定地方交通線に指定され、1984年に第三セクター三陸鉄道へ転換されている。

陸中八木駅にはJR線における最後の腕木式信号機があったが、2005年6月28日に色灯化され廃止された。タブレット閉塞式を用いて運転していたが、本八戸 - 久慈間で軌道回路検知式化の工事が進められ、2005年10月には同区間の特殊自動閉塞化が完成し、2005年12月のダイヤ改正時にCTC化された。

2011年3月11日東日本大震災により宿戸駅 - 陸中中野駅の間で大津波による浸水や線路の流出・水没事故が発生。これにより全線で不通となったが、段階を追って復旧工事を行い、2012年3月17日のダイヤ改正で全線での運行が再開された。JR東日本の東北地方被災地域では7つの路線が地震や津波による路線・駅舎崩壊や浸水などの被害を受けて部分的に運休する区間がある中、全線復旧の第1号となった。復旧工事を行うに当たり、津波や浸水が予想される駅では駅舎に避難経路を作り、また、線路から高台に避難ができるルートも設定された[15][16]

年表[編集]

  • 1893年(明治26年)3月21日 尻内(現在の八戸) - 湊間の支線敷設を閣議決定・認可。
  • 1894年(明治27年)
    • 1月4日 日本鉄道が尻内(現在の八戸) - 八ノ戸(現在の本八戸)間を開業。八ノ戸駅を新設。
    • 10月1日 八ノ戸 - 湊間を延伸開業。湊駅を新設。
  • 1906年(明治39年)11月1日 鉄道国有法により日本鉄道が買収・国有化され官設鉄道の路線となる。
  • 1907年(明治40年)11月1日 八ノ戸駅を八戸駅(初代)に改称。
  • 1909年(明治42年)10月12日 国有鉄道線路名称制定により八ノ戸線となる。
  • 1924年(大正13年)11月10日 八戸 - 種市間を延伸開業。鮫・種差・階上・種市の各駅を新設。八戸線に線名を改称(尻内 - 種市間・八戸 - 湊間)。
  • 1925年(大正14年)11月1日 種市 - 陸中八木間を延伸開業。陸中八木駅を新設。
  • 1926年(大正15年)7月11日 陸奥湊駅を新設。
  • 1930年(昭和5年)3月27日 陸中八木 - 久慈間を延伸開業し八戸線が全通。陸中中野・侍浜・陸中夏井・久慈の各駅を新設。
  • 1934年(昭和9年)6月1日 尻内-鮫間ガソリンカー運転開始[17]長苗代・小中野・白銀の各駅を新設。
  • 1944年(昭和19年)4月1日 八戸 - 湊間の旅客営業を休止。
  • 1954年(昭和29年)8月5日 角の浜・玉川・宿戸の各駅を新設。
  • 1956年(昭和31年)
    • 11月19日? 大久喜、金浜、大蛇の各仮乗降場を新設。
    • 12月10日 大久喜・金浜・大蛇の仮乗降場を駅に改める。
  • 1959年(昭和34年)2月5日 平内駅を新設。
  • 1961年(昭和36年)
    • 4月15日 陸奥白浜駅を新設。
    • 12月25日 有家駅を新設。
    • 12月 久慈市・野田村・種市町・普代村が830万円の鉄道債券を引き受け、久慈 - 盛岡間の直通列車(準急)の運行開始。
  • 1966年(昭和41年)3月25日 青森県営専用線(後の八戸臨海鉄道)の分岐点として北八戸信号場を新設。
  • 1970年(昭和45年)10月1日? 青森県営専用線が八戸貨物駅へ延長されたため北八戸信号場を廃止。
  • 1971年(昭和46年)
    • 2月1日 八戸駅を本八戸駅に改称。
    • 4月1日 尻内駅を八戸駅(2代)に改称。
    • 10月28日 C58239によるSLさよなら列車運転。
  • 1975年(昭和50年)7月20日 久慈線の久慈 - 普代間が開業。
  • 1977年(昭和52年)7月 長苗代 - 陸奥湊間高架化。
  • 1982年(昭和57年)11月15日 鮫 - 久慈間の貨物営業を廃止。
  • 1984年(昭和59年)
    • 2月1日 陸奥湊 - 鮫間の貨物営業を廃止。
    • 4月1日 久慈線を廃止、三陸鉄道に転換。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 本八戸 - 湊間を廃止。
  • 1986年(昭和61年)
    • 8月1日 プレイピア白浜臨時乗降場を新設。
    • 11月1日 本八戸 - 陸奥湊間の貨物営業を廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道(第1種・八戸 - 久慈間)、日本貨物鉄道(第2種・八戸 - 本八戸間)が承継、プレイピア白浜臨時乗降場を臨時駅に改める。
  • 1993年(平成5年)12月1日 ダイヤ改正により、全列車が気動車での運転。
  • 2002年(平成14年)12月1日 種差駅を種差海岸駅に改称。
  • 2003年(平成15年)4月1日 SLうみねこ号運転。
  • 2004年(平成16年)10月16日 種市駅・侍浜駅での列車交換が廃止され交換設備撤去、侍浜駅無人化。
  • 2005年(平成17年)
    • 7月6日 階上 - 久慈間特殊自動閉塞化。
    • 10月 本八戸 - 階上間特殊自動閉塞化。
    • 12月10日 CTC化、小中野・白銀・階上・陸中八木の各駅を無人化。
  • 2011年(平成23年)
    • 3月11日 東北地方太平洋沖地震とこれにより発生した大津波により全線で不通。
    • 3月18日 八戸 - 鮫間で運行を再開。
    • 3月24日 鮫 - 階上間で運行を再開。
    • 3月30日 階上 - 久慈間で代行バス運行開始(列車による運転再開見込みが立たないため)。
    • 4月7日 東北地方太平洋沖地震の余震発生により全線で再び不通。
    • 4月10日 八戸 - 階上間で運行を再開。階上 - 久慈間で代行バス運行を再開。
    • 8月8日 階上 - 種市間で運行再開。
  • 2012年(平成24年)3月17日 種市 - 久慈間で運行再開。これにより全線で運転が再開[18]。なお、当初の全面再開は4月の予定だった。臨時駅のプレイピア白浜駅を廃止[19]

優等列車の沿革[編集]

この節には、JIS X 0213:2004 で規定されている文字(橅編成(ぶなへんせい)の1文字目)が含まれています(詳細)。
  • 1959年(昭和34年)7月 盛岡 - 大鰐青森経由)間を運行する準急「八甲田」の一部車両を発着とする。八戸線内は普通列車。
  • 1960年(昭和35年)12月 秋田 - 鮫間を結ぶ準急「白鳥」が運行開始。奥羽本線東北本線・八戸線経由で運転。
  • 1961年(昭和36年)
    • 9月 準急「白鳥」を改称して準急「岩木」とし、青森駅で系統分離。
    • 10月1日 準急「八甲田」を改称し準急「しもきた」運行開始。八戸線内は普通列車。
  • 1962年(昭和37年)7月1日 久慈 - 盛岡間を結ぶ全線準急の「うみねこ」が運行開始。
  • 1965年(昭和40年)10月1日 鰺ケ沢 - 鮫間を結ぶ準急「岩木」が運行開始。
  • 1966年(昭和41年)
    • 3月5日 「うみねこ」を準急から急行列車に格上げ。
    • 10月1日 急行「うみねこ」廃止。2両編成12時間半で久慈 - 上野間を結ぶ急行「三陸」運行開始。
  • 1967年(昭和42年)12月 鮫→上野間で臨時夜行急行「はちのへ」運転。
  • 1968年(昭和43年)
    • 3月25日 「岩木」が急行列車に格上げ、上り列車の始発駅を深浦に変更。
    • 8月 鮫→上野間で臨時夜行急行「はちのへ」運転。常磐線経由。
    • 10月1日 久慈 - 上野間の急行「三陸」を急行「八甲田」に統合。青森 - 鮫間に急行「なつどまり」運転開始(青森 - 大湊間に運転する編成を青森 - 野辺地間で併結)。急行「岩木」を急行「深浦」に改称。
    • 当時の八戸線内の急行列車停車駅。
  • 1970年(昭和45年)10月1日 急行「八甲田」の久慈編成廃止。久慈 - 盛岡間の急行「うみねこ」復活。
  • 1971年(昭和46年)7月 盛岡 - 陸中八木間で臨時急行として「たねさし」運転開始(八戸線内は普通列車)。
  • 1972年(昭和47年)
    • 3月15日 久慈 - 盛岡の急行「うみねこ」廃止。急行「深浦」の運転区間を陸中八木まで延長(ただし、八戸線内は普通列車)。
    • 7月 「たねさし」運転区間を盛岡 - 種市間に短縮、八戸線内は普通列車として運転。以降、1974年(昭和49年)までの夏季に運転。また、八戸 - 久慈間臨時快速「久慈」運転開始。
  • 1973年(昭和48年)2月1日 快速「久慈」定期化。
  • 1975年(昭和50年)7月 「たねさし」全区間急行列車として、盛岡 - 種市間で運転。
  • 1976年(昭和51年)7月 「たねさし」臨時快速へ格下げ。以降1980年(昭和55年)までの夏季に、盛岡 - 種市で運転。
  • 1978年(昭和53年)10月2日 急行「なつどまり」が快速列車に格下げ(運転区間・併結運転はそのまま)。
  • 1981年(昭和56年)7月 「たねさし」運転区間を盛岡 - 久慈間に延長。以降1991年(平成3年)までの夏季に運転。
  • 1984年(昭和59年)3月31日 久慈線の三陸鉄道移管に伴い、この日限りで下り快速「久慈」が普代行きから久慈行きに短縮。
  • 1985年(昭和60年)7月 快速「うみねこ」として盛岡 - 久慈間臨時運転。
  • 1988年(昭和63年)
    • 3月13日 このときのダイヤ改正により、三戸→久慈間・久慈→三沢間を運行する快速列車の名称を「久慈」から「こはく」に変更。快速「なつどまり」の鮫編成を快速「うみねこ」に変更。青森 - 野辺地間における併結運転は上り列車のみ実施。
    • 7月 仙台 - 八戸間で「三陸パノラマ号」を運行。(八戸線内は定期列車に併結)。
  • 1989年(平成元年)12月 盛岡 - 鮫間で臨時快速「エーデルワイス」運転。
  • 1990年(平成2年)5月 盛岡 - 鮫間で臨時快速「はるかぜ」運転。
  • 1991年(平成3年)4月 盛岡 - 鮫間で臨時快速「エーデルワイス」運転。
  • 1992年(平成4年)7月 「たねさし」運行区間が一戸 - 久慈間に短縮。
  • 1993年(平成5年)
    • 7月 「たねさし」この年の運転をもって廃止。
    • 12月 「こはく」運行区間を三戸→久慈間、久慈→八戸間に変更。
  • 1994年(平成6年)12月 「こはく」運行区間を三戸 - 久慈間に固定。
  • 1995年(平成7年)12月1日 「こはく」運行区間を八戸 - 久慈間に短縮。
  • 1996年(平成8年)3月16日 快速「うみねこ」八戸 - 鮫間廃止。
  • 1997年(平成9年)2月1日 快速「うみねこ」を電車化、701系での運転に。
  • 1999年(平成11年)7月31日 夏に久慈 - 仙台間で運転されていた臨時快速「リアス・シーライナー」が八戸まで運転区間延長(以後、2010年まで毎年運転)。
  • 2000年(平成12年)12月2日 快速「こはく」廃止(普通列車へ格下げ)。
  • 2002年(平成14年)12月1日 快速「うみねこ」廃止。愛称はキハ48を改造した「ジョイフルトレインうみねこ」が継承。
  • 2004年(平成16年)
    • 7月17日 盛岡 - 青森間(山田線・北リアス線・八戸線経由)で臨時快速「キハ58ぐるっと北リアス号」運転。
    • 7月18日 青森 - 鮫間で「なつかしの急行なつどまり号」が復活運転。
    • 7月19日 青森 - 盛岡間(山田線・北リアス線・八戸線経由)で臨時快速「キハ58海の日号」運転。
  • 2007年(平成19年)9月8日 八戸 - 階上間で、びゅうコースター風っこによる臨時快速「風っこシーガル号」運転(同年9月7日から3日間の運転予定だったが、初日の運行が台風9号の影響で八戸線内での運転の見合わせに伴って運休し、2日間のみに短縮された)。
  • 2008年(平成20年)
    • 7月24日 臨時快速「リアス・シーライナー」がこの日未明に発生した地震のため、八戸行きが気仙沼線気仙沼駅で運転打ち切り、25日の仙台行きが運休。
    • 9月6日7日 八戸 - 階上間で臨時快速「風っこシーガル号」運転。
  • 2009年(平成21年)7月25日26日 八戸 - 久慈間で臨時快速「風っこシーガル号」運転(久慈行きは「風っこシーガル久慈」、八戸行きは「風っこシーガル八戸」として運転)。
  • 2010年(平成22年)3月27日28日 八戸 - 久慈間で、リゾートしらかみ橅(ブナ)編成車両による臨時快速「八戸線全通80周年記念号」運転。
  • 2013年(平成25年)10月19日 レストラン列車「Tohoku Emotion(東北エモーション)」を運転開始。

駅一覧[編集]

  • ◇:貨物取扱駅(定期貨物列車の発着なし)
  • 定期列車は全列車、臨時駅を除く全駅に停車。
  • 線路(全線単線) … ◇・∨・∧:列車交換可、|:列車交換不可
愛称 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 線路 所在地
うみねこレ丨ル八戸市内線 八戸駅 - 0.0 東日本旅客鉄道東北新幹線
青い森鉄道青い森鉄道線(直通あり)
青森県 八戸市
八戸貨物駅 - 1.7  
長苗代駅 3.4 3.4  
本八戸駅 2.1 5.5  
小中野駅 1.8 7.3  
陸奥湊駅 1.7 9.0  
白銀駅 1.3 10.3  
鮫駅 1.5 11.8  
  陸奥白浜駅 5.7 17.5  
種差海岸駅 2.1 19.6  
大久喜駅 2.2 21.8  
金浜駅 3.0 24.8  
大蛇駅 1.0 25.8   三戸郡
階上町
階上駅 1.7 27.5  
角の浜駅 2.0 29.5   岩手県 九戸郡
洋野町
平内駅 2.6 32.1  
種市駅 2.1 34.2  
玉川駅 3.9 38.1  
宿戸駅 1.9 40.0  
陸中八木駅 3.1 43.1  
有家駅 2.7 45.8  
陸中中野駅 2.6 48.4  
侍浜駅 6.0 54.4   久慈市
陸中夏井駅 7.3 61.7  
久慈駅 3.2 64.9 三陸鉄道北リアス線

廃止区間[編集]

( ) 内は営業キロ

貨物支線(1985年3月14日廃止)
本八戸駅 (0.0) - (貨)湊駅 (2.7)

廃止駅[編集]

過去の接続路線[編集]

  • 尻内駅(現在の八戸駅):南部鉄道 … 1968年5月17日休止、1969年4月1日廃止

脚注[編集]

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  1. ^ 今尾恵介(監修) 『2 東北』 新潮社〈日本鉄道旅行地図帳:全線・全駅・全廃線〉、東京、2008年ISBN 978-4-10-790020-3
  2. ^ 八戸線沿線の樹木伐採へ現地視察 - 東奥日報、2013年6月16日(47NEWS)
  3. ^ 『鉄道ピクトリアル』2008年2月号 (Vol. 800)、2008年、 p. 166。
  4. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  5. ^ a b c JTB時刻表 2014年5月号(JTBパブリッシング)
  6. ^ 時刻表 1975年月10月号(日本交通公社)
  7. ^ a b 時刻表 1980年月10月号(日本交通公社)
  8. ^ 時刻表 1990年月3月号(日本交通公社)
  9. ^ 時刻表 1997年3月号(日本交通公社)
  10. ^ JTB時刻表 2010年7月号(JTBパブリッシング)
  11. ^ JTB時刻表 2011年7月号(JTBパブリッシング)
  12. ^ 春の増発列車 運転計画と一部運転取り止めについて (PDF) - 東日本旅客鉄道盛岡支社プレスリリース、2011年4月22日
  13. ^ Yahoo!Japan地図 岩手県久慈市夏井町
  14. ^ 『新編八戸市史』近現代資料編2、八戸市、2008年、p. 382。
  15. ^ 八戸線に津波避難ルート JR盛岡支社72か所設定 - 岩手日報、2012年2月12日
  16. ^ JR八戸線、全線で運転再開 - デイリー東北、2012年3月18日
  17. ^ 『鉄道省年報. 昭和10年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  18. ^ 八戸線 全線運転再開日のお知らせ (PDF) - 東日本旅客鉄道盛岡支社プレスリリース、2011年12月16日
  19. ^ 2012年3月 ダイヤ改正について (PDF) - 東日本旅客鉄道盛岡支社プレスリリース、2011年12月16日

関連項目[編集]