本八戸駅

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本八戸駅*
南口(2011年10月)
南口(2011年10月)
ほんはちのへ - Hon-Hachinohe
長苗代 (2.1km)
(1.8km) 小中野
所在地 青森県八戸市内丸一丁目6-17
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
日本貨物鉄道(JR貨物)**
所属路線 八戸線
キロ程 5.5km(八戸起点)
電報略号 ホハ
ハヘ(改称前)
駅構造 高架駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
1,236人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1894年明治27年)1月4日
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
* 改称経歴
- 1907年 八ノ戸駅→八戸駅
- 1971年 八戸駅→本八戸駅
** 貨物列車の発着はなく、休止状態
本八戸駅
ほんはちのへ - Hon-Hachinohe
(2.7km)
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 八戸線(貨物支線)
キロ程 0.0km(当駅起点)
開業年月日 1894年(明治27年)10月1日
廃止年月日 1985年(昭和60年)3月14日
ホーム(2011年10月)
しばらく残っていたタブレット仮置き場(2007年7月、のちに撤去)

本八戸駅(ほんはちのへえき)は、青森県八戸市内丸一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)八戸線の駅である。

八戸市の市街地に最も近い駅である。愛称は「本八(ほんぱち)」。

駅構造[編集]

島式ホーム1面2線を有する高架駅で、直営駅(駅長・助役配置)である。八戸線がタブレット閉塞だった時代は、ホーム中央の駅長事務室で当務駅長が運転扱いを行っていた。また夜間は当務駅長以外は出札担当の駅員のみ勤務していたため、改札業務はしていなかったが、CTC導入後は最終列車まで改札業務を行うようになった。管理駅であり、長苗代駅 - 階上駅間の各駅を管理している。

駅舎は高架橋の下部にある。みどりの窓口(営業時間5時30分 - 22時00分・途中で営業を休止する時間帯あり)、指定席券売機1台、びゅうプラザ(営業時間10時00分 - 17時30分、日曜祝日・年末年始休み、海外旅行非取扱店)、自動券売機2台、待合室、NEWDAYSJR東日本リテールネット営業)がある。駅スタンプが設置されており、利用の際は改札事務室に申し出るようになっている。

2008年7月1日よりびゅうプラザのセールス業務は八戸駅に移転した。

のりば[編集]

1 八戸線(上り) 長苗代八戸方面
2 八戸線(下り) 久慈方面

貨物取扱[編集]

JR貨物の駅は車扱貨物の臨時取扱駅となっているが、貨物列車の発着はなく、専用線も接続していない。

JR貨物の施設として、八戸市城下三丁目に「本八戸駅貨物扱所」がある。この本八戸駅貨物扱所は、八戸線長苗代駅 - 本八戸駅間で分岐し、馬淵川沿いに500mほど北上する路線の終端にある。ただし2006年6月より貨物列車の発着はなくなり、休止されている。かつてはここへの路線は本八戸駅から分岐していたが、旅客駅の高架化により長苗代駅方からの分岐に変更された。なお分岐点より本八戸駅構内の扱いとなり、手前には場内信号機(本八戸方、貨物扱所方)が設置されている。

この貨物扱所から、馬淵川沿いにさらに北上する青森県営専用線が存在した。八戸工業港にあるこの路線の終点から、米軍油槽所へ至る専用線が分岐し三沢駅へ石油輸送貨物列車が運行されていた。さらに以前には、出光興産新日本石油(現・JX日鉱日石エネルギー)・コスモ石油ジャパンエナジー(現・JX日鉱日石エネルギー)の八戸油槽所への専用線もあり、航路継走石油輸送の拠点となっていたほか、大平洋金属八戸製作所への専用線もあった。

利用状況[編集]

  • 2013年度の乗車人員は1日平均1,236人である。八戸市中心部に比較的近いため利用客が多い。
  • 2005年度の発送貨物は8,800トン、到着貨物は2,220トンであった。
乗車人員推移
年度 一日平均乗車人員
2000 1,841
2001 1,787
2002 1,730
2003 1,625
2004 1,529
2005 1,520
2006 1,458
2007 1,516
2008 1,507
2009 1,443
2010 1,357
2011
2012 1,260
2013 1,236

駅周辺[編集]

北口[編集]

南口[編集]

バス路線[編集]

高速バス[編集]

(南部バスのりばからの発車)[1]

一般路線バス[編集]

  • 八戸市営バス
    • 中心街方面
    • 郊外方面
      • [P8] ラピア <バスセンター> 行(郵便局通・工業高校前・ラピア経由)
      • [P51] 舟見町 <ラピア> 行(郵便局通・工業高校前・ラピア経由)
      • [H58] 多賀台団地行(八太郎・三菱製紙前・浜市川経由<一部、「循環」便あり>)
      • [H59] シルバークリニック行(八太郎・小田経由)
      • [130円バス] 市内循環線(沼館一丁目・シンフォニープラザピアドゥ・ラピア方面)
  • 南部バス
    • 中心街方面
      • [F4] 八戸営業所 <二ツ家> 行(十六日町経由)
      • [C5] 中心街(八日町)
      • [J45] 是川縄文館行(吹上・中居林経由)[始発]
      • [J40] 是川団地 <支所前> 行(吹上・中居林・是川縄文館<一部便のみ>・縄文学習館前・是川支所前経由)
      • [S100] 階上庁舎行(吹上・市民病院・工業大学前・石ノ鉢経由)
      • [S102] 階上中学校行(吹上・市民病院・工業大学前・階上庁舎経由)
      • [S103] 階上行(循環:吹上・市民病院・階上庁舎経由)
      • [F111] 市ノ沢行(十六日町・二ツ家・泥障作・道の駅なんごう経由)
      • [F116] 市ノ沢→軽米行(十六日町・二ツ家・泥障作・道の駅なんごう・西里経由)
      • [J112] 荒谷 <島守> 行(吹上・中居林・是川縄文館<一部便のみ>・縄文学習館・是川支所前・島守経由)
      • [J120] 大野行(吹上・中居林・こどもの国前・水野・田代経由)
    • 郊外方面
      • [P8] ラピア行(郵便局通・工業高校前経由)
      • [P8] ピアドゥ・ラピア行(沼館一丁目・ピアドゥ前経由)
      • [H52] 河原木団地(南口)→八戸城北病院(八太郎・小田前・石堂二丁目・馬淵大橋・石堂東口方面、片回り循環)
      • [H55] 河原木団地(南口)行(八太郎・小田前経由)
      • [ シルバーフェリーシャトルバス ] (直行)フェリーターミナル
    • つばめタクシー六戸町のタクシー会社)
      • イオンモール下田シャトルバス
        • 「ホテルセレクトイン本八戸駅前」向かい側のシャトルバス案内板近くからの発車となり、バスプール内には入らない。

歴史[編集]

  • 1894年明治27年)1月4日 - 日本鉄道八ノ戸駅(はちのへえき)として開業。八戸からの路線延伸時に開設された終着駅で、一般駅であった。
  • 1894年(明治27年)10月1日 - 路線が湊駅まで開業。
  • 1906年(明治39年)11月1日 - 日本鉄道が国有化官設鉄道の駅となる。
  • 1907年(明治40年)11月1日 - 八戸駅に改称。
  • 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定により、八ノ戸線(現在の八戸線)所属駅となる。
  • 1971年(昭和46年)2月1日 - 本八戸駅に改称。
  • 1971年(昭和46年)10月1日 - 専用線発着を除く貨物の取扱を廃止。
  • 1973年(昭和48年)10月11日 - みどりの窓口設置。
  • 1974年(昭和49年)10月1日 - 本八戸 - 湊間の旅客営業が廃止され、貨物支線となる。
  • 1977年(昭和52年)7月 - 高架化。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - 湊駅までの貨物支線が廃止。荷物の取扱を廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本・JR貨物の駅となる。
  • 2005年平成17年)10月 - 本八戸駅 - 階上駅間特殊自動閉塞化によりタブレット授受がなくなる。
  • 2005年(平成17年)12月10日 - 八戸線CTC化により運転扱い廃止、陸奥湊駅・鮫駅・階上駅管内が当駅の管理下となる(これ以前、当駅の管理下にある駅は長苗代駅・小中野駅のみだった)。指定席券売機を設置。
  • 2006年(平成18年)6月 - 当駅貨物扱所 - 三沢駅間の米軍基地への石油輸送が終了。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - 「びゅうプラザ八戸」が本八戸駅長管理下となり、「びゅうプラザ本八戸駅」に改称し、同時に海外旅行取扱を廃止。

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
八戸線
長苗代駅 - 本八戸駅 - 小中野駅

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2010年12月3日まではシリウス号も本停留所に乗り入れていた。

外部リンク[編集]