種差海岸

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種差海岸(たねさしかいがん)は、青森県八戸市東部にある海岸下北半島から続く穏やかな砂浜の景観と三陸海岸の険阻な岩礁と断崖の磯浜の景観がちょうど混ざり合う地点にある。国指定名勝1937年指定)。

なお、地名の種差の由来には諸説あるが、アイヌ語の「タンネエサシ」(長い岬)から来ているという説が有力視されている。

種差海岸階上岳県立自然公園に指定されており、また日本の白砂青松100選新日本観光地百選などに選定されている。良質な鳴砂の砂浜でも知られている。

目次

[編集] 概要

全長10kmにもなる海岸は非常に変化に富んでおり、北部の蕪島や葦毛崎付近では荒々しい岩石が露出した磯が見られる一方、白浜海水浴場の近辺は穏やかな砂浜が発達する。また、種差海岸駅の近辺は芝生が敷かれ、海岸に発達した松原との調和が絶妙である。

司馬遼太郎は、「どこかの天体から人がきて地球の美しさを教えてやらねばならないはめになったとき、一番にこの種差海岸に案内してやろうとおもったりした。」【『陸奥のみち』(1978 年・朝日文庫)】と激賞しているほか、佐藤春夫宮澤賢治草野心平井伏鱒二など多くの文化人が訪れている。

とりわけ大正の広重と謳われた、鳥瞰図絵師吉田初三郎は、種差海岸芝生地に別邸を構え、家族も移住して戦中・戦後の画業の拠点としており、高松宮宣仁親王や、斉藤実など政財界の要人、文化人が初三郎の別邸に通った記録が残されている。種差海岸の国立公園化に向けて大いに運動した初三郎は、二代市長神田重雄と並んで、国指定名勝としての種差海岸の生みの親でもある。近年の地図ブームにも乗って、地元でも吉田初三郎の種差海岸での業績が注目されてきている。

[編集] 蕪島

八戸市の北東部に蕪島がある。太平洋戦争の際に軍の港湾建設工事の一環で陸続きとなる。島内には厳島神社が鎮座。ウミネコの繁殖地として知られ(国指定天然記念物)、その鳴き声は八戸港とともに音の原風景100選にも選定されている。

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