予土線

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JR logo (white).svg 予土線
土佐大正駅に停車中の普通列車
土佐大正駅に停車中の普通列車
予土線の路線図
路線総延長 76.3 km
軌間 1067 mm

予土線(よどせん)は、高知県高岡郡四万十町若井駅から愛媛県宇和島市北宇和島駅に至る四国旅客鉄道(JR四国)の鉄道路線地方交通線)。

愛媛県と高知県を結ぶ唯一の鉄道路線で、土佐くろしお鉄道中村線予讃線を結んでいる。高知県内では四万十川の上流部に沿って走る路線であることから、「しまんとグリーンライン」の愛称が与えられている。

なお、土佐くろしお鉄道中村線からの分岐点は、正確には若井駅ではなく中村線の若井駅 - 荷稲駅間にある川奥信号場である。若井駅 - 川奥信号場間は土佐くろしお鉄道中村線にも属する重複区間となっている。また、当路線各駅の駅ナンバリングは番号部分に限り、土讃線高知駅からの通し番号になっている。

路線データ[編集]

  • 管轄(事業種別):四国旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 路線距離(営業キロ):76.3km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:20(起終点駅含む)
    • 予土線所属駅に限定した場合、終点の北宇和島駅(予讃線所属[1])が除外され、19駅となる。なお、起点の若井駅はかつて中村線所属[1]であったが、同線が土佐くろしお鉄道へ転換されたため、JRの駅としては予土線所属ということになる(川奥信号場も同様)。ただし、JR四国公式サイトの会社案内では若井駅を総駅数から除外しており、この解釈に従うと予土線所属駅は18駅となる。
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
    • CTCPRC(宇和島に設置)[2]
      • 国鉄四国総局発表によるもの)
  • 最高速度:
    • 若井駅 - 川奥信号場間 110km/h
    • 川奥信号場 - 江川崎駅間 85km/h
    • 江川崎駅 - 北宇和島駅間 65km/h
  • 最急勾配:30標準勾配としては 26.1‰=北宇和島駅 - 務田駅間)
  • 最小曲線半径:160m
  • 輸送密度:252人(2011年度)

沿線概況[編集]

北宇和島 - 吉野生間は軽便鉄道であった名残から低規格で非常にカーブが多く、この区間の列車は極度に低速である。逆に江川崎 - 若井間は1970年代に新たに開通した高規格路線で、比較的高速の運転が行われる。

清流四万十川沿いに走る線として有名で、土佐大正 - 江川崎間は蛇行する四万十川を串刺しにするように線路が敷かれており、進行方向のどちらからでも四万十川を見ることができる。この区間では風景を写真におさめる人も多々おり、非常に眺めの良い絶景が続く。毎年5月頃に十川駅前では四万十川の両端で「こいのぼりの川渡し」を見ることができる。江川崎以西は流域に人家の多い支流(広見川)沿いに走るが、川の風情は本流ほどではない。

そのように恵まれた沿線風景を旅客誘致につなげる目的で、国鉄時代の1984年から、トロッコ列車清流しまんと号」の運行が開始された。国鉄・JRグループとしては最初のトロッコ列車で、以後各地の国鉄・JR線でトロッコ列車が運行されるようになった。

途中にある半家駅はその読み方からクイズ番組などに取り上げられることが多い。「若い(若井)と言われ喜び、ハゲ(半家)と言われて怒り出す。大正(土佐大正)、昭和(土佐昭和)があって、なぁーせ(方言で何故)明治(、平成と続くことも)がない」と地元で謡われている。


運行形態[編集]

幹線交通路からは外れた閑散路線であり、全列車が普通列車で、江川崎 - 宇和島間の1往復をのぞきワンマン運転を行っている。

高知県側からは土讃線窪川駅から列車が発着している。窪川駅発着の列車の場合、窪川 - 若井間は土佐くろしお鉄道の鉄道路線であるので、この区間は土佐くろしお鉄道の運賃200円(2012年現在)を別途要する。学校が休みの期間中は、車内で「青春18きっぷで乗り通す人は若井 - 窪川間の運賃を払う」ようアナウンスされる。

窪川 - 宇和島間の列車のほか、江川崎・近永 - 宇和島間などに区間運転列車があり、1 - 3時間に1本運行されている。

輸送量が少ない事情から、古くは1960年代のキハ02形レールバス、1987年にはキハ32形などの小型気動車が投入された。一時高松 - 窪川 - 宇和島間運転の急行「あしずり」が1往復設定されていたことがあり、予土線内は快速となっていた[3]。直通がなくなってからもしばらくは窪川 - 宇和島間運転の快速が1往復残っていた時期があり、初期の宇和島駅からの「清流しまんと号」が連結されていた。

現在はキハ32形での運用のほか、キハ54形で運用される列車もあったり、2006年5月頃までは宇和島 - 江川崎間の1往復のみキハ185系(3000番台もしくは3100番台)が運用されたこともあった。

2010年頃より、車両の前面下部に鉄棒が装着されているが、これは沿線で増加するシカとの衝突を想定したもので、車両の下へ巻き込ませないための予防的措置である[4]

トロッコ列車[編集]

1984年夏に二軸無蓋貨車のトラ45000形トラ152462を改造して運行開始以来、春から秋にかけて「清流しまんと号」・「清涼しまんと」・「四万十トロッコ」・「しまんトロッコ」などの名称で運行され続けている。1997年にキクハ32形キクハ32 501も加わり「清流しまんと51・52号」として運転し、トロッコ列車が1日2往復していた時期もあった。なお、貨車改造トロッコに連結される気動車はエンジン出力の大きいキハ54形になる場合が多い。キクハ32形トロッコに連結される気動車はキハ185形である。貨車改造トロッコは2013年(平成25年)10月にキハ54形キハ54 4とともに九州旅客鉄道(JR九州)などの車両デザインを手掛けている水戸岡鋭治によってリニューアルされ「しまんトロッコ」の愛称をつけて運転している[5]

ホビートレイン[編集]

予土線では、利用促進を図るためホビートレインを企画し、運行している。2011年7月から、海洋堂ホビー館四万十の開業に合わせて、海洋堂のフィギュアを展示する海洋堂ホビートレインの運行を開始した[6]。当初は1年間ほどの運行予定であったが、期間が延長された。また、2013年7月にはリニューアルされ、以後も定期運用されている。また、予土線の全線開通40周年および宇和島 - 近永間開通100周年に合わせ、0系新幹線をイメージした鉄道ホビートレインを2014年3月15日から運行開始している[7]

臨時特急「I LOVE しまんと」[編集]

キハ185系臨時特急「I LOVE しまんと」(1997年、窪川駅)

1997年7月28日から8月18日の間、臨時列車ながら特別急行列車として「I LOVE しまんと」が高知 - 宇和島 - 松山間で運転された。2日間で1往復していた。同年9月以降の運転は高知 - 宇和島間1日1往復になり同年11月までの土曜・日曜・祝日と、1998年、1999年は7月 - 9月の土曜・日曜・祝日(夏休み期間は毎日)の間運行された。

運行時の状況
宇和島 - 江川崎間は路盤、線形が非常に悪くトロッコ列車並みの低速、さらに、松山 - 宇和島間、窪川 - 高知間は臨時列車のため行き違い、運転停車の連続で、松山 - 高知間は5時間以上、宇和島 - 高知間約154kmを3時間以上かけて走っていた。
使用車両
キハ185系2両(キハ185-1016+キハ185-9)。公募で選ばれたデザインの専用車両で運行された。前面にはかわうその顔が描かれており、側面はもとより車内天井、床面までペイントが施されていた。
なお、宇和島寄り1号車が禁煙指定席(12席が自由席)、高知寄り2号車が一般自由席であった。
停車駅
高知駅 - 松山駅間の運転では次の駅に停車していた。
高知駅 - 佐川駅 - 須崎駅 - 土佐久礼駅 - 窪川駅 - 土佐大正駅 - 十川駅 - 江川崎駅 - 松丸駅 - 近永駅 - 宇和島駅 - 卯之町駅 - 八幡浜駅 - 伊予大洲駅 - 内子駅 - 伊予市駅 - 松山駅
高知駅 - 宇和島駅間の運転では次の駅に停車していた。
高知駅 - 佐川駅 - 須崎駅 - 土佐久礼駅 - 窪川駅 - 土佐大正駅 - 土佐昭和駅(1999年のみ) - 十川駅 - 江川崎駅 - 松丸駅 - 近永駅 - 伊予宮野下駅(1998年から) - 宇和島駅

新聞輸送[編集]

朝の列車で県紙朝刊の輸送を行っている(2007年5月現在)。下り4833Dが高知新聞を、上り4832Dが愛媛新聞を数十部積み、共に江川崎駅で業者に引き渡している。

歴史[編集]

宇和島鉄道株式会社が乗客誘致のために造成した文殊公園の石碑
文殊公園の石碑裏面 宇和島鐵道會社の文字が見える

予土線は、私鉄の宇和島鉄道によって開業した軌間762mmの軽便鉄道が出自である。宇和島鉄道発起人の今西幹一郎はかつて宇和島-吉野生村間の鉄道計画に参画していたが不況により実現しなかった。1910年ころ伊予鉄道井上要に宇和島地方の交通事情の話をしたところ、井上より鉄道計画の再考を助言されたため有志を募り宇和島鉄道を出願。1911年に免許状が下付された。株式の申込も東京方面の実業家から得ることができたが今西、井上などの役員が去るなど社内の混乱もあり1914年になって開通した[8]

宇和島側から吉野生までの路線で宇和島線と称しており、また他の国鉄路線と接続のない孤立路線であったが、1941年(昭和16年)にのちに予讃線となる宇和島 - 卯之町間が開業し、これに合わせて1,067mm軌間への改軌と起点付近の線路の付け替え工事を実施し、北宇和島が起点となった。

第二次世界大戦後に愛媛(伊予)と高知(土佐)を結ぶことを目的に2回に渡る延長が実施され、1974年(昭和49年)の全線開通に合わせて旧国名の頭文字をとって予土線とした。愛媛と高知を結ぶ鉄道はこのほか松山 - 佐川間[9]や宇和島 - 宿毛 - 中村 - 窪川間[10]などが計画されていたが、実現したのは予土線だけである。

国鉄末期の特定地方交通線の廃止に際しては、輸送量では存続基準を満たしていなかったが、並行道路の未整備を理由に存続した。しかしこれに関しては、当時窪川町で計画されていた原子力発電所と絡んだ政治決着であるとの指摘もある[11]

年表[編集]

  • 1896年(明治29年)1月:宇和島鉄道に対し仮免状下付(宇和島-吉野生村間)[12]
  • 1897年(明治30年)
    • 4月21日:免許状下付[13]
    • 4月:宇和島鉄道株式会社設立[14]
  • 1905年(明治38年)4月15日:会社解散決議[15]
  • 1911年(明治44年)
    • 3月27日:宇和島鉄道に対し鉄道免許状下付(八幡-旭間)[16]
    • 9月:宇和島軽便鉄道株式会社設立(取締役井上角五郎[17]
  • 1914年(大正3年)10月18日:宇和島鉄道により宇和島 - 近永間が開業[18]。蒸気動力。
  • 1923年(大正12年)12月12日:近永 - 吉野(現在の吉野生)間が開業[19]
  • 1931年(昭和6年)3月26日:宇和島鉄道、ガソリン動力併用認可を受ける。同年中に気動車(ガソリンカー)を1両のみ導入。
  • 1933年(昭和8年)8月1日:宇和島鉄道が国有化され宇和島線となる。宮野下駅を伊予宮野下駅に、中野駅を二名駅に、吉野駅を吉野生駅に改称[20]。機関車6両、ガソリンカー1両、客車11両、貨車42両を引き継ぐ[21]
  • 1941年(昭和16年)7月2日:全線を1067mm軌間に改軌。宇和島 - 務田間の旧線を廃止し、北宇和島 - 務田間の新線が開業。北宇和島駅が起点となる。旧線上にあった高串駅、光満駅廃止。
  • 1953年(昭和28年)3月26日:吉野生 - 江川崎間が開業。
  • 1960年(昭和35年)10月1日:真土駅開業。
  • 1974年(昭和49年)
    • 3月1日:江川崎 - 若井間が開業し全通。予土線と改称。
    • 9月:CTC化。
    • 10月1日:貨物営業廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により四国旅客鉄道に承継。


駅一覧[編集]

便宜上、末端部の全列車が直通する窪川駅および宇和島駅も含めた区間を記載する。

  • 予土線の定期列車は全列車普通列車(すべての駅に停車)
  • 線路(全線単線) … ◇・∧:列車交換可、|:列車交換不可
会社

路線名

番号
駅名 駅間営業キロ 若井からの
営業キロ
接続路線・備考 線路 所在地
TK26 窪川駅 - 4.4 四国旅客鉄道土讃線 高知県 高岡郡
四万十町
TK27 若井駅 4.4 0.0 土佐くろしお鉄道中村線中村方面)
四国旅客鉄道予土線 G27
  川奥信号場 - 3.6 (中村線と予土線の実際の分岐点) 幡多郡
黒潮町
G28 家地川駅 5.8 5.8   高岡郡
四万十町
G29 打井川駅 4.9 10.7  
G30 土佐大正駅 6.9 17.6  
G31 土佐昭和駅 8.9 26.5  
G32 十川駅 4.5 31.0  
G33 半家駅 7.9 38.9   四万十市
G34 江川崎駅 3.8 42.7  
G35 西ヶ方駅 2.7 45.4  
G36 真土駅 5.9 51.3   愛媛県 北宇和郡
松野町
G37 吉野生駅 1.7 53.0  
G38 松丸駅 2.3 55.3  
G39 出目駅 3.5 58.8   北宇和郡
鬼北町
G40 近永駅 1.6 60.4  
G41 深田駅 2.1 62.5  
G42 大内駅 2.9 65.4   宇和島市
G43 二名駅 1.5 66.9  
G44 伊予宮野下駅 2.2 69.1  
G45 務田駅 0.9 70.0  
G46 北宇和島駅 6.3 76.3 四国旅客鉄道:予讃線松山方面)
G47 宇和島駅 1.5 77.8  
  • ※:窪川駅 - 若井駅間は土佐くろしお鉄道中村線、北宇和島駅 - 宇和島駅間は四国旅客鉄道予讃線

予土線内は始発駅・終着駅・他路線と接続する駅を含めてみどりの窓口が設置されている駅が皆無である[22]。ただし、両端の駅から全列車が直通している窪川駅宇和島駅には設置されている。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  2. ^ 京三サーキュラー VOL.64 2013 No.5の概要(社内報) - 京三製作所 ※「01 四国旅客鉄道株式会社 予土線CTC装置・PRC装置」を参照。
  3. ^ 特にこの列車の下りは、高松駅を予讃線経由の急行「うわじま」の数分後に発ち、宇和島にはその次の「うわじま」より数分先着するというもので、曲がりなりにも高松 - 宇和島の先着列車としての機能も持っていた。
  4. ^ シカと列車の衝突事故に悩むJR各社、全国の「シカ対策担当者」による会議(朝日新聞2010年12月16日夕刊)
  5. ^ 「しまんトロッコ」の運行開始について - 四国旅客鉄道、2013年7月29日
  6. ^ 予土線で“海洋堂ホビートレイン”を運行 - 鉄道ホビダス、2011年3月1日
  7. ^ 「鉄道ホビートレイン」の運行開始日の決定等について - 四国旅客鉄道、2014年1月27日
  8. ^ 『愛知県鉄道苦行史』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  9. ^ 鉄道敷設法別表第102号。全区間未開業。
  10. ^ 鉄道敷設法別表第103号第105号ノ3。宇和島 - 宿毛間は未開業(宿毛線)、宿毛 - 窪川間は土佐くろしお鉄道宿毛線中村線として開業。
  11. ^ 最後のマイレール 開通ごめん・なはり線 第1部 波乱の軌跡(3) 直撃、再建法”. 高知新聞 (2002年6月10日). 2010年6月16日閲覧。
  12. ^ 『鉄道局年報. 明治28年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  13. ^ 『鉄道局年報. 明治37年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  14. ^ 『日本全国諸会社役員録. 明治36年』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  15. ^ 「私設鉄道株式会社解散」『官報』1905年5月9日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  16. ^ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1911年3月30日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  17. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第20回』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  18. ^ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1914年10月22日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  19. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1923年12月25日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  20. ^ 「鉄道省告示第330・331号」『官報』1933年7月25日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  21. ^ 『鉄道省鉄道統計資料. 昭和8年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  22. ^ 他には男鹿線もこれに該当する。

関連項目[編集]