横浜線
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| 横浜線 | |
|---|---|
| 路線総延長 | 42.6 km |
| 軌間 | 1067 mm |
| 電圧 | 1500 V (直流) |
| 最高速度 | 95 km/h |
横浜線(よこはません)は、神奈川県横浜市神奈川区の東神奈川駅と東京都八王子市の八王子駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 路線の概要
横浜線は、横浜市から町田市および相模原市を経由し、八王子市に至る全長42.6kmの路線である。起点の東神奈川駅で京浜東北線、終点の八王子駅で中央本線と八高線に接続する。路線名は「横浜」を名乗っているが、横浜駅は東神奈川駅から京浜東北線で一駅隣であり、横浜線の列車でも横浜駅へ直通しない列車も多い。東京地区の電車特定区間内の路線の一つである。
横浜線は、横浜市の北部から同市中心部へのアクセス路線として機能するとともに、東京都心から郊外に延びる複数の放射状路線と交差し、いわゆる環状路線としての機能も有している。したがって、郊外路線でありながら、割高な初乗り運賃の乗客も多いため、国鉄時代から数少ない黒字路線であった。
1908年に「横浜鉄道」という私鉄として開業したのが横浜線の始まりであり、当時は八王子や信州で生産されていた生糸を横浜へと運搬することを目的としていた。その後、1917年に国有化されたが、標準軌化試験や電化試験が行われたこともある。その後、1932年には横浜駅・桜木町駅への乗り入れが開始されたほか、1964年の東海道新幹線の開業で横浜線との交差箇所に新横浜駅が開業すると、横浜線は横浜市内と新幹線のフィーダー路線としても機能することとなる。さらに1960年代後半からは沿線開発の進行や大学の設置などにより乗客が増加したことから、1967年より輸送力増強のため複線化工事が順次行われ、1988年までに全線が複線化された。
国鉄末期に当時計画中だった横浜高速鉄道みなとみらい21線との直通運転計画が浮上していたが、国鉄の財政状況などが原因で中止となった[1]。
それ以降も首都圏の通勤路線として利用者が増加し、1994年からは混雑対策のために列車は片側6扉を有する車両を連結した上で8両編成が組まれている。2008年3月現在、臨時列車を除き特急・急行列車は設定されておらず、列車種別は快速と各駅停車の2種のみである。いずれも線内の折り返し運転が基本であるが、一部の列車は根岸線に直通するほか、朝夕は橋本 - 八王子間で相模線との直通列車も運転される。なお、1998年からの10年間は土曜・休日に横須賀線逗子駅までの直通列車が運行されていたが、湘南新宿ラインの増発の影響により、2008年3月15日のダイヤ改正で廃止された。
2008年3月31日に発表されたJR東日本の「グループ経営ビジョン2020-挑む-」において、横浜線は南武線・武蔵野線・京葉線とともに「東京メガループ」に指定された。私鉄との接続で重要な役割を担っているとして、今後利便性・快適性を輸送サービス・駅設備・生活サービスのそれぞれの面から向上させ、乗り換えの利便性を含めて今までより脚光を当てるとしている[2]。
[編集] 路線データ
- 路線距離(営業キロ)
- 軌間:1067mm
- 複線区間:全線
- 待避可能駅:4(小机・中山・町田・橋本)
- 電化区間:全線(直流1500V)
- 閉塞方式:複線自動閉塞式
- 保安装置:ATS-P
- 運転指令所:橋本CTCセンター
- 最高速度:95km/h
- 担当乗務区:東神奈川電車区・東神奈川車掌区
[編集] 運行形態
[編集] 列車種別と運行概要
以下に、2008年現在における、横浜線の運行形態を示す。
列車種別は、各駅に停車する各駅停車および主要駅のみに停車する快速が設定されている。
電車が東神奈川行で横浜駅へ行く場合は、終点の東神奈川駅で京浜東北線に乗り換える形となる。それ以外にも横浜市中心部へのアクセスを図るために東神奈川駅から京浜東北線を経て根岸線へ乗り入れる列車も設定されている。朝夕は一部の列車が磯子や大船、日中は毎時6本(快速2本・各駅停車4本)が桜木町まで乗り入れる。横浜駅を通る列車は全体の3割程であるが、東神奈川止まりの列車に対しても、ある程度京浜東北線との接続が考慮されている。
このほか、朝夕のラッシュ時には相模線の列車が橋本 - 八王子間に乗り入れている。
[編集] 各駅停車
すべての駅に停車する種別である。接近放送では「各駅停車」、発車案内板(発車標)では「各停」と案内される。
起点の東神奈川から終点の八王子まで全線通しで運転する列車のほか、京浜東北・根岸線の横浜経由で桜木町・磯子・大船まで直通運転する列車もあるが、日中を除いて少ない。朝・夕、夜間帯は東神奈川発着となるため、横浜方面へ(から)は東神奈川で乗り換えとなる。このほか、東神奈川側の輸送力を高めるため、東神奈川 - 橋本間や東神奈川 - 町田間などの区間列車も運転される。なお、八王子 - 橋本間と八王子 - 町田間にも各1往復設定されている。
また、平日日中などにおいて「快速」の前に走る「各停」は上りが中山、下りが町田で連絡する。ただし土休日の一部は上りが町田で連絡する。臨時特急「はまかいじ」号の運転日には、上り・下りともに町田で連絡する。同列車以外の運転日にも町田で待避するようなダイヤになっている。
[編集] 快速
2008年3月15日現在、日中に約30分間隔で八王子 - 桜木町間を運転し、土休日ダイヤの一部列車は大船まで運転する。快速運転区間は東神奈川 - 相模原間である。
すべての列車が京浜東北線・根岸線と直通運転を行う。
東神奈川 - 八王子間の全線で見ると、現在の快速は全20駅のうち7駅を通過し、各駅停車に比べて7 - 8分程度所要時間が短い。快速が連続して通過する駅は古淵・淵野辺・矢部の3駅で、他はほぼ1駅おきに停車する。
- 停車駅
- (根岸線・京浜東北線内は各駅停車 - )東神奈川駅 - 菊名駅 - 新横浜駅 - 鴨居駅 - 中山駅 - 長津田駅 - 町田駅 - 相模原駅から八王子駅までの各駅
- 接続(日中)
- 上り:橋本で始発の各駅停車・中山で各駅停車に連絡。
- 下り:東神奈川で始発の各駅停車・町田で各駅停車に連絡。
[編集] 停車駅の変遷
計画当初は東神奈川・中山・町田・橋本・相原・片倉・八王子の7駅だった。しかし、新幹線の乗客に利便性をもたらさないなど問題があるため、見直した結果、新横浜と鴨居の2駅が追加され、1988年3月13日の登場時は下記の9駅が停車駅となった。なお、東急線との連絡駅である菊名と長津田も通過駅だった。
- 当初の停車駅
- 東神奈川駅 - 新横浜駅 - 鴨居駅 - 中山駅 - 町田駅 - 橋本駅 - 相原駅 - 片倉駅 - 八王子駅
登場当初は日中に60分間隔で運転され、上下線とも中山駅と橋本駅で待避をするように設定された。中山駅では、待避する各駅停車は上りホームの2番線に停車するが、下りの快速は跨線橋を隔てた下りホームの1番線に停車するため、鴨居駅を快速の停車駅とすることで、普通から快速への乗り換えの便を図った。ただし、1990年以降は中山駅での下り快速待避は設定されなくなった。また、横浜線部分が2面3線の橋本駅の上りも同様に快速から各駅停車への乗り換えには跨線橋を渡る必要があったが、相模原駅に快速が停車するようになったことで解消された。
なお、かつての快速は信号システムの関係で通過駅は45km/hに減速していた。そのため、停車駅の割には所要時間がかかっていた。現在は改良され、減速なしで通過している。ただし、矢部駅の東神奈川方面の列車はホームがカーブしている上にその先にすぐ踏切があるため、45km/hに減速されている。また、特急「はまかいじ」は現在もすべての通過駅を45km/hに制限されている。
- 1990年代 - 下りの緩急接続が町田駅の1か所(一部は橋本駅での接続が存続して2か所のまま)となった。
- 1994年12月3日 - 長津田駅が停車駅に追加。
- 1997年4月1日 - 八王子みなみ野駅が開業し、停車駅に追加。
- 1998年3月14日 - 相模原駅が停車駅に追加。
- 1998年5月2日 - 土曜・休日に横須賀線逗子駅までの直通運転(1往復)を開始。
- 1999年12月4日 - 運転間隔が約40分から約30分に変更され、上りの緩急接続も大半が町田駅で行われるようになった。また、この日から快速通過駅の制限速度が廃止された(矢部駅の東神奈川方面を除く)。
- 2006年3月18日 - 菊名駅が停車駅に追加。それに関連して上りの緩急接続の大半が再び中山駅で行われるようになった(八王子駅では中山駅で待避する各駅停車が快速の9分前に発車)。
- 2008年3月15日 - 湘南新宿ライン(横須賀線 - 宇都宮線)増発に伴い、横須賀線逗子駅までの直通運転(1往復)を廃止。
[編集] 臨時列車
- 臨時特急「はまかいじ」
- 横浜国際総合競技場(現・日産スタジアム)や横浜アリーナでの大規模催事の際には、中山駅や小机駅を発着駅とする臨時列車が設定される場合がある。また、横浜国際総合競技場での大規模催事の際には快速が小机駅に臨時停車する場合がある。
- 横浜国際総合競技場にて2002 FIFAワールドカップの試合が行われた際には、当時は快速通過駅だった菊名駅に快速が臨時停車したこともあった。
- 2008年9月23日の開業100周年イベントでは、全線で485系「やまなみ」を使用した臨時快速列車「横浜線100周年号」や、松本 - 東神奈川間で「彩」を使用した臨時快速列車「横浜ものがたり号」が運転された。それ以前にも13日に松本から磯子まで、14日に桜木町から白馬まで183・189系を使用した臨時快速列車「ベイドリーム横浜号」が運転された。その他、必要に応じて修学旅行用の団体臨時列車が主に田町車両センター配置の183系を使用して運転される。
[編集] 沿線概況
| 駅・施設・接続路線 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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[編集] 全般
海岸沿いの横浜市街から丘陵地帯を貫通、鶴見川の谷に分け入って相模野台地を抜け、関東山地の端にある多摩丘陵を超えて八王子盆地へと至る。全線が関東平野内にあり、線形は比較的良いが、途中にはトンネルや10‰連続勾配もあり、山越え路線の様相を呈する部分もある。
[編集] 東神奈川 - 新横浜
東神奈川駅を出るとしばらくは東海道本線、横須賀線、京浜東北線、国道1号線と併走する。やがて高架になり京急本線子安駅付近で京浜東北線・東海道本線・横須賀線の各複線、計6本を一気に越える。そのため、この手前で東神奈川駅からの京浜東北線の間という状態から、同線の南行を乗り越して、同線の外側に出る。
さらに住宅地を通り抜けて国道1号線を越え、北へ向かっていくと大口駅に着く。この辺りからは閑静な住宅街が広がる。大口を出るとすぐに東海道貨物線の高架下を潜り(この貨物線に旅客列車を走らせる計画があり、現在は貨物列車のほか、一部の湘南ライナーが通っている)、寺尾トンネル手前までは直線が続き、水道道を越え、まもなく寺尾トンネルに入る(上りは新寺尾トンネル)。トンネルを出た後は直線が続き、やがて旧綱島街道と東急東横線を越えて築堤の菊名駅に着く。菊名駅を出てしばらく住宅街の中を進むと、切り通し(元来は堤の上を走っていたが、新幹線開業時に切り通しになった)に入り、東海道新幹線との接続駅である新横浜駅に着く。
[編集] 新横浜 - 中山
新横浜駅を出ると環状2号線をくぐる。そこから鳥山川の手前までは北側がオフィスやホテルが立ち並び、南側が倉庫やラブホテルが立ち並んでいる。鳥山川を渡ると一気に田園地帯となり、北側に日産スタジアムが見えて来る。そして県道13号線の新羽踏切を渡ると2面3線のホームと2本の留置線を有する小机駅に到着する。小机駅を出るとしばらく引き上げ線が並走し、第三京浜の手前まで続く。そして第三京浜をくぐり、まもなく城山トンネル(上り線 80m 下り線は新城山トンネル 75m)を抜け、鶴見川と並走する。以前はこの区間で鶴見川が警戒水位に達し、運転を見合わせることが多々あったが、日産スタジアム周辺に多目的遊水地が整備されたため、それも過去の出来事となった。そして横浜上麻生道路をくぐると鶴見川沿いには農地や工場が広がり、一方反対側は住宅街となり、そして鴨居駅に着く。鴨居駅を出ると鴨池大橋をくぐり、鶴見川沿いを進む。しばらくすると鶴見川から離れ、川和踏切を渡るとまもなく中山駅に着く。中山駅周辺は、横浜市営地下鉄グリーンラインの開業を見越して物件会社が次々にマンションなどを建設したため、2000年代以降、中山近辺の景色はがらりと変わってしまった。
[編集] 中山 - 町田
中山駅を出ると、鶴見川の支流である恩田川が見え、恩田川側は農地が広がり、反対側は近年拡張された横浜市道都市計画道路山下長津田線を挟んで住宅街となる。一旦切り通しに入るが、またすぐ恩田川が見え、農地が広がっている。しばらくするとまた切り通しに入り、十日市場駅に着く。
恩田川と併走する区間では、同河川の支流である梅田川や岩川などを跨ぐ橋梁がある。このうち、岩川を跨ぐ橋梁では上下線で上からの見た目が多少異なる橋梁で跨ぐため、上下線が極僅かに離れたところを走る(上り線が下り線から離れる)。
十日市場駅を出ると西田架道橋にて東名高速道路を越えて、しばらく住宅街の中の切り通しを通り、国道246号線を越えてしばらくすると東急田園都市線が並走するようになり、長津田駅に着く。長津田駅を出ると東急田園都市線をくぐり、しばらく東急長津田検車区の横を通り、このあたりで東京都町田市に入る。そして崖線の縁を進むと成瀬駅に着く。成瀬駅を出ると切り通しを進み、町田街道を潜りしばらくすると町田駅に着く。周囲には沿線最大の繁華街が広がっている。
[編集] 町田 - 橋本
町田駅を出ると小田急小田原線の高架を潜り、ここから先橋本駅の先まで駅構内以外はほぼ直線の緩やかな上り勾配となる。しばらく境川と併走する。町田市側は町田市民ホール付近までは商業施設や予備校などが見受けられるが、そこを過ぎ、都道52号線を潜ったあたりからは住宅街となる。一方、相模原市側は崖の上に市街地が広がっているため、境川べりは緑地となっている。そして境川を渡り、相模原市内に入ると住宅街の中の切り通しを進み、古淵駅に着く。古淵駅を過ぎると地表面とほぼ同じ高さを走行する。住宅街を進み、カルピス相模工場、青山学院大学相模原キャンパスを横目に進むと在日米軍相模総合補給廠へ続いていた側線などの遺構が残る淵野辺駅に着く。淵野辺を出ると陸橋2本をくぐってすぐに矢部駅に着く。この区間は横浜線の中で最も駅間が短い。矢部駅から相模原駅までの間は南側が市街地、北側が相模総合補給廠となり、しばらくすると相模原駅に着く。相模原駅を出るとしばらくして工業地帯となり、そして北側に橋本駅の電留線が見える。相模線が合流し、京王相模原線の高架をくぐると橋本駅に着く。駅周辺には超高層マンションが林立する。
[編集] 橋本 - 八王子
橋本駅を出ると市街地を進み、国道16号線が本線は陸橋で側道は踏切というスタイルで交差する。しばらく住宅街の中を進みカーブにかかる。このカーブの途中にある田尻踏切(第43号踏切)のあたりが横浜線内最高地点となる。そして境川を再度渡ると町田市に戻り、町田街道と交差して相原駅に着く。相原駅を出るとしばらくして相原トンネル(上り線 367m 下り線は新相原トンネル 985m)を通る。このトンネルの中間地点あたりで八王子市に入る。そして造成地や新興住宅街の中を抜けると横浜線で一番新しい駅である八王子みなみ野駅に着く。八王子みなみ野駅を出ると国道16号線を越えて片倉駅に着く。片倉駅を出ると京王高尾線を潜り、やがて右側に京王線と合流し、しばらく併走する。併走していた京王線と別れ、進路を西に変えると今度は右側に中央線、八高線と併走して八王子駅に着く。
[編集] 歴史
- 1908年(明治41年)9月23日 - 八王子や信州で生産された生糸を横浜へ輸送することを目的として、横浜鉄道によって東神奈川 - 八王子間(26.4M≒42.49km)が開業。東神奈川駅、小机駅、中山駅、長津田駅、原町田駅(現在の町田駅)、淵野辺駅、橋本駅、相原駅、八王子駅の9駅で開業。相原 - 八王子間に北野聯絡所を開設。
- 1910年(明治43年)4月1日 - 内閣鉄道院が借り上げ。八濱線(はっぴんせん)となる。
- 1911年(明治44年)12月10日 - 貨物支線 東神奈川 - 海神奈川間(1.2M≒1.93km)開業。海神奈川駅開業。即日鉄道省が借り上げ。
- 1912年(大正元年)8月10日 - 北野聯絡所廃止。
- 1917年(大正6年)5月 - 原町田 - 橋本間で輸送力増強のための標準軌化試験を実施。8月まで。
- 10月1日 - 国有化され、鉄道院横浜線となる。
- 1923年(大正12年)9月1日 - 関東大震災で小机駅、原町田駅が倒壊。
- 1925年(大正14年)4月 - 東神奈川 - 原町田が電化。東海道本線電化のための試験であり、この時点ではまだ横浜線の旅客列車は電車化されていない。
- 1926年(大正15年)9月1日 - 菊名駅開業。
- 1930年(昭和5年)4月1日 - 東神奈川 - 海神奈川間の貨物支線 (2.0km) を東海道本線の貨物支線に変更。マイル表示からメートル表示に変更(東神奈川 - 八王子間 26.4M→42.6km)。
- 1932年(昭和7年)10月1日 - 東神奈川 - 原町田間が電車化、桜木町駅まで直通運転を開始。原町田駅で運行系統を分断。
- 1933年(昭和8年)10月1日 - 原町田間 - 八王子間にディーゼルカーが投入。
- 1936年(昭和11年)1月 - 相模鉄道(現:相模線)が橋本 - 八王子間乗り入れ開始。
- 1941年(昭和16年)4月5日 - 原町田 - 八王子間が電化、全線電化完了に伴い全線直通運転復活。相模原駅が開業。
- 1942年(昭和17年)11月14日 - 相原 - 八王子間に片倉信号場を開設。
- 1945年(昭和20年) - 横浜大空襲で東神奈川駅全焼。
- 1947年(昭和22年)12月20日 - 大口駅が開業。
- 1949年(昭和24年) - 日本国有鉄道発足。国鉄横浜線となる。
- 1950年(昭和25年)9月1日 - 淵野辺 - 相模原間に相模仮乗降場を開設。在日米軍相模総合補給廠の人員輸送のために開設された。
- 1957年(昭和32年)10月1日 - 相模仮乗降場を駅に格上げし矢部駅が開業。
- 12月28日 - 片倉信号場を駅に格上げし片倉駅が開業。
- 1959年(昭和34年)4月1日 - 東海道本線貨物支線 東神奈川 - 海神奈川間が廃止。
- 1962年(昭和37年) - 小机 - 中山間に鴨居信号場を開設。
- 12月25日 - 鴨居信号場を駅に格上げし鴨居駅が開業。
- 1964年(昭和39年)5月19日 - 根岸線桜木町 - 磯子間開業に伴い、直通区間を磯子駅まで延長。
- 10月1日 - 東海道新幹線開業により新横浜駅が開業。
- 1967年(昭和42年)10月22日 - 菊名 - 新横浜間が複線化。
- 1968年(昭和43年)2月4日 - 新横浜 - 小机間が複線化。
- 1972年(昭和47年)10月2日 - 103系投入開始。
- 1978年(昭和53年)10月2日 - 小机 - 中山間が複線化。
- 1979年(昭和54年)4月1日 - 中山 - 長津田間が複線化。十日市場駅、成瀬駅が開業。
- 1980年(昭和55年)4月1日 - 原町田駅が淵野辺方に0.4km移転、町田駅に改称。
- 9月27日 - 町田 - 淵野辺間が複線化。
- 1981年(昭和56年)6月1日 - 車両の所属が蒲田電車区に集約され、東神奈川電車区の配置がなくなる。
- 1985年(昭和60年)3月14日 - 根岸線への直通区間を大船駅まで延長。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道が承継。日本貨物鉄道が長津田 - 八王子間の第二種鉄道事業者となる。東神奈川 - 長津田間の貨物営業廃止。
- 1988年(昭和63年)3月6日 - 相原 - 八王子間が複線化、全線の複線化完了。
- 1989年(平成元年)2月26日 - 205系の投入完了に伴い、103系が引退。
- 1991年(平成3年)3月16日 - 相模線の全線電化により、横浜線への定期列車の直通運転開始。
- 1994年(平成6年)12月3日 - 2号車に6扉車サハ204形100番台の組み込み開始、順次全編成を8両編成化。7両編成と8両編成が混在していた時期に、8両化された編成の先頭車前面には「8CARS」のステッカーが貼り付けられたが、ステッカーは全編成の8両編成化が完了した際に全編成から取り外された。
- 1996年(平成8年)4月27日 - 臨時特急「はまかいじ」の運転を開始。
- 10月1日 - 東日本旅客鉄道横浜支社が発足し、東神奈川 - 橋本が横浜支社管内となる。
- 12月1日 - 横浜支社発足に伴い、全車両が蒲田電車区から大船電車区に転属。
- 1997年(平成9年)4月1日 - 八王子みなみ野駅が開業。
- 1998年(平成10年)5月2日 - 土曜・休日に根岸線経由で横須賀線逗子駅への直通列車を設定(各駅停車・快速各1往復)。
- 2000年(平成12年)7月1日 - 大船電車区が大船工場と統合され、鎌倉総合車両所に組織変更。
- 2004年(平成16年)6月1日 - 鎌倉総合車両所が鎌倉総合車両センターに名称変更。
- 2006年(平成18年)3月18日 - 根岸線列車増発に伴い各駅停車の横須賀線乗り入れを中止。快速が菊名に停車。
- 4月1日 鎌倉総合車両センターが工場機能(旧・大船工場)の閉鎖に伴い、鎌倉車両センターに名称変更。
- 2007年(平成19年)3月18日 - 八王子車掌区の廃止に伴い、車掌は全列車東神奈川車掌区が乗務(相模線直通列車を除く)。
- 2008年(平成20年)3月15日 - 湘南新宿ライン増発に伴い快速列車の根岸線経由横須賀線逗子駅までの直通運転を廃止。
- 9月13日・14日 - 開業100周年を記念し、上りは松本から磯子まで、下りは桜木町から白馬まで臨時快速列車「ベイドリーム横浜号」を運転。
- 9月23日 - 横浜線開業100周年。全線で臨時快速列車「横浜線100周年号」を、松本 - 東神奈川間で臨時快速列車「横浜ものがたり号」を運転。ともに長野総合車両センターの189系車両「彩」で運行。
- 2009年(平成21年)4月1日 - 横浜線及び首都圏の各駅が、終日全面禁煙となる。
[編集] 車両と編成
[編集] 現行の車両
| 基本編成 | |||||||||
| ←大船・桜木町・東神奈川 | 八王子→ | ||||||||
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| 相模線直通編成 | |||||||||
| ←茅ヶ崎・橋本 | 八王子→ | ||||||||
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横浜線の列車は、各駅停車・快速ともに終日8両編成が基本である。首都圏の通勤路線であることから、車両は片側4扉、ロングシートの車内構成を持つ、ステンレス車体の205系0番台車が使用されている。このうち2号車には、混雑対策として6扉車を組み込むのが基本である。6扉車は朝の通勤時間帯に座席が収納され、9時まで座席を使用することができない。車内トイレの設備はないが、弱冷房車は編成中程の5号車に設定されている。
また、車両の外面には黄緑と緑(■■)による2色の帯を巻き、横浜線のラインカラーとして他路線との識別を行っている。根岸線への乗り入れも行うことから、乗客の誤乗防止のため、行先表示器に路線名(「横浜線」)の交互表示を行っているほか、2002年頃から側面の表示幕をウグイス色の地に黒文字としている。
一方、相模線との直通運転を行う列車は4両編成である。これは同線で用いられている編成で、ラインカラーは青と水色(■■)の2色帯となっており、車両には205系500番台が充てられる。同番台は前面デザインが異なるほか、乗客がスイッチ操作によりドアの開閉を行う半自動ドア機構を備えている。この半自動ドア機構は相模線のみで使用され、横浜線内では車掌の操作により自動開閉する[3]。輸送量の少ない相模線での運用が主であることから6扉車は連結されていないが、弱冷房車は1両設定されている。
8両編成は鎌倉車両センター所属の28本が使われ、このうち増発のために2009年に転入してきた1編成は6扉車が組み込まれていない。また、相模線直通の4両編成は国府津車両センター所属であり、の13本が使用される。
[編集] 過去の車両
205系電車投入以前は以下の車両が用いられていた。
72系電車は、基本4両編成および付属3両編成があり、4両編成または7両編成で運転され、7両編成の場合は基本編成の東神奈川寄りに付属編成を連結していた。塗色は同系標準のぶどう色2号単色であった。他の路線と同様に、初期車から最終形、改造車、車体更新車が入り乱れて運転された。また、クモニ13形との併結が72系の最終日まで定期運用として存在していた。
103系電車は、その導入当初において京浜東北線・根岸線と同じスカイブルーの車体色だったことから、同線へ乗り入れる際の誤乗防止を目的に、先頭車の前面へ「横浜線」と書かれた大型のサインボードを掲出していた。サインボードの掲出は、横浜線のラインカラーとして黄緑6号(ウグイス色)に変更された後も継続され、103系電車が205系電車に置き換えられるまで続けられた。また、ウグイス色以外の車両が連結された場合、その車両の側扉上には「横浜線」のステッカーが貼付されていた。このほか、1988年の開業80周年を記念して車体に果物をラッピングした「フルーティトレイン」や、桜を外面にラッピングした「アネックストレイン」を運転したことがある。また、方向幕においては、原町田駅が町田駅へと改称された時、町田行列車は「原町田」から原の字を消しただけの「_町田」という表示になっていた。
[編集] 駅一覧
- 各駅停車は下表の全駅に停車する(表中では省略)。特急「はまかいじ」停車駅はかいじ (列車)を参照。
- 接続路線欄の東日本旅客鉄道の路線名は、旅客列車の運転系統上の名称である。
- 凡例
- ◆・◇:貨物取扱駅(◇は定期貨物列車の設定なし)
:特定都区市内「横浜市内」の駅- 停車駅 … ●:停車、|:通過
| 駅名 | 駅間営業キロ | 累計営業キロ | 快速 | 相模線直通 | 接続路線 | 所在地 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| - | 0.0 | ● | 相模線茅 ヶ崎まで直通 |
東日本旅客鉄道:京浜東北線(横浜駅経由根岸線大船駅まで直通運転) 京浜急行電鉄:本線(仲木戸駅) |
神奈川県 | 横浜市 神奈川区 |
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| 2.2 | 2.2 | | | |||||
| 2.6 | 4.8 | ● | 東京急行電鉄:東横線 | 横浜市 港北区 |
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| 1.3 | 6.1 | ● | 東海旅客鉄道:東海道新幹線 横浜市営地下鉄:■ブルーライン (B25) |
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| 1.7 | 7.8 | | | |||||
| 3.1 | 10.9 | ● | 横浜市 緑区 |
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| 2.6 | 13.5 | ● | 横浜市営地下鉄:■グリーンライン (G01) | ||||
| 2.4 | 15.9 | | | |||||
| 2.0 | 17.9 | ● | 東京急行電鉄:田園都市線・こどもの国線 | ||||
| 成瀬駅 | 2.3 | 20.2 | | | 東京都 町田市 |
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| 町田駅 | 2.7 | 22.9 | ● | 小田急電鉄:小田原線 | |||
| 古淵駅 | 2.8 | 25.7 | | | 神奈川県 相模原市 |
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| 淵野辺駅 | 2.7 | 28.4 | | | ||||
| 矢部駅 | 0.8 | 29.2 | | | ||||
| 相模原駅 | 1.8 | 31.0 | ● | ||||
| 橋本駅 | 2.8 | 33.8 | ● | ● | 東日本旅客鉄道:相模線 京王電鉄:相模原線 |
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| 相原駅 | 1.9 | 35.7 | ● | ● | 東京都 | 町田市 | |
| 八王子みなみ野駅 | 2.9 | 38.6 | ● | ● | 八王子市 | ||
| 片倉駅 | 1.4 | 40.0 | ● | ● | 京王電鉄:高尾線(京王片倉駅:北西約500m) | ||
| 八王子駅◆ | 2.6 | 42.6 | ● | ● | 東日本旅客鉄道:中央線・八高線 京王電鉄:京王線(京王八王子駅) |
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[編集] 廃止信号場
- 北野聯絡所 : 1912年廃止、片倉 - 八王子間、八王子駅まで約0.80km
[編集] その他
- 1985年にはアイドルバンドいんぐりもんぐり (INGRY MONGRY) が「よこはまらいん」という曲を発表している。
- 1991年に初版が発行された斎藤栄作の「JR横浜線殺人旅行」という作品がある。
- 2008年の開業100周年を記念して、205系の一部編成に103系で使われていたサインボードを再現した記念ヘッドマークを先頭車の前面に装着している。また開業100周年の日には小机駅でイベントがあり横浜ものがたり号の展示などのほかに携帯ストラップ、限定駅弁、せんべい、限定パンなども販売された。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 後に東急東横線と直通運転を行う形態に変更の上、2004年2月1日に開業した。
- ^ JR東日本「グループ経営ビジョン2020-挑む-」資料 http://www.jreast.co.jp/investor/gv2020/pdf/guide2.pdf
- ^ ただし、相模線との分岐点である橋本駅では、八王子行も含めて相模線ホームに発着するため、半自動扱いとなる。
[編集] 外部リンク
- 横浜線の昔 - 横浜線の今と昔を見ることができる、横浜線専門のページ。
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