横浜線
| 路線総延長 | 42.6 km |
| 軌間 | 1067 mm |
| 電圧 | 1500 V(直流) |
| 最高速度 | 95 km/h |
横浜線(よこはません)は、神奈川県横浜市神奈川区の東神奈川駅と東京都八王子市の八王子駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。地元沿線地域での愛称は「ハマ線」[1]。
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[編集] 概要
横浜線は東京地区の電車特定区間内(E電)の路線のひとつであり、横浜市から町田市および相模原市を経由し、八王子市に至る全長42.6kmの路線である。起点の東神奈川駅で京浜東北線(『鉄道要覧』などの書類に記されている正式な路線名称は東海道本線)、終点の八王子駅で中央本線と八高線に接続する。路線名は「横浜」を名乗っているが、横浜駅は東神奈川駅から京浜東北線で一駅隣であり、横浜線の列車でも横浜駅へ直通しないものも多い。
横浜線は、横浜市の北部から同市中心部へのアクセス路線として機能するとともに、東京都心から郊外に延びる複数の放射状路線と交差し、いわゆる環状路線としての機能も有している。したがって、郊外路線でありながら、割高な初乗り運賃の乗客も多いため、JRの前身である日本国有鉄道(国鉄)が運営していた時代から数少ない黒字路線であった。
1908年に「横浜鉄道」という私鉄として開業したのが横浜線の始まりであり、当時は八王子や信州で生産されていた生糸を横浜へと運搬することを目的としていた。その後、1917年に国有化されたが、標準軌化試験や電化試験が行われたこともある。その後、1932年には横浜駅・桜木町駅への乗り入れが開始されたほか、1964年の東海道新幹線の開業で横浜線との交差箇所に新横浜駅が開業すると、横浜線は横浜市内と新幹線のフィーダー路線としても機能することとなる。さらに1960年代後半からは沿線開発の進行や大学の設置などにより乗客が増加したことから、1967年より輸送力増強のため複線化工事が順次行われ、1988年までに全線が複線化された。
国鉄末期に当時計画中だった横浜高速鉄道みなとみらい21線との直通運転計画が浮上していたが、国鉄の財政状況などが原因で中止となった[2]。
それ以降も首都圏の通勤路線として利用者が増加し、1994年からは混雑対策のために電車は片側6扉を有する車両(サハ204形)を連結した上で8両編成が組まれている。2010年12月現在、臨時列車を除き特急・急行列車は設定されておらず、列車種別は快速と各駅停車の2種のみである。いずれも線内の折り返し運転が基本であるが、一部の電車は根岸線に直通するほか、朝夕は橋本 - 八王子間で相模線の電車が乗り入れる。なお、1998年からの10年間は土曜・休日に横須賀線逗子駅までの直通電車が運行されていたが、湘南新宿ラインの増発の影響により、2008年3月15日のダイヤ改正で廃止された。
2008年3月31日に発表されたJR東日本の「グループ経営ビジョン2020-挑む-」において、横浜線は南武線・武蔵野線・京葉線とともに「東京メガループ」に指定された。私鉄との接続で重要な役割を担っているとして、今後利便性・快適性を輸送サービス・駅設備・生活サービスのそれぞれの面から向上させ、乗り換えの利便性を含めて今までより脚光を当てるとしている[3]。
全区間が旅客営業規則の定める大都市近郊区間の「東京近郊区間」、およびIC乗車カード「Suica」の首都圏エリアに含まれている。
[編集] 路線データ
- 路線距離(営業キロ)
- 軌間:1067mm
- 複線区間:全線
- 駅数:20(起終点駅を含む)
- 横浜線所属駅に限定すると、東海道本線所属の東神奈川駅と、中央本線所属の八王子駅[4]を除外した18駅となる。
- 待避可能駅:4(小机駅・中山駅・町田駅・橋本駅)
- 電化区間:全線(直流1500V)
- 閉塞方式:複線自動閉塞式
- 保安装置:ATS-P
- 運転指令所:橋本CTCセンター
- 最高速度:95km/h
- 担当乗務区:東神奈川電車区・東神奈川車掌区
東神奈川駅 - 橋本駅間がJR東日本横浜支社、相原駅 - 八王子駅間が同社八王子支社の管轄であり、橋本駅 - 相原駅間に支社境界がある[5][6]。
[編集] 沿線概況
| 停車場・施設・接続路線 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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海岸沿いの横浜市街から丘陵地帯を貫通、鶴見川の谷に分け入って相模野台地を抜け、関東山地の端にある多摩丘陵を超えて八王子盆地へと至る。全線が関東平野内にあり、線形は比較的良いが、途中にはトンネルや10‰連続勾配もあり、山越え路線の様相を呈する部分もある。
[編集] 東神奈川駅 - 新横浜駅間
東神奈川駅を出ると北東方向に進み、内陸側から順に国道1号・横須賀線・東海道線・京浜東北線北行線・横浜線・京浜東北線南行線、少し間を空けて京急本線の順番で道路・線路が並ぶ。高架に上り、一旦南側(海側)に振れて京浜東北線の南行線の南側に出てから、京急本線子安駅付近で京浜東北線・東海道線・横須賀線の各複線、計6本を一気に越える。
さらに住宅地を通り抜けて国道1号を越え、北へ向かっていくと大口駅に着く。大口を出るとすぐに東海道貨物線の高架下を潜り、寺尾トンネル手前までは直線が続き、水道道を越え、まもなく寺尾トンネルに入る(上りは新寺尾トンネル)。トンネルを出た後は直線が続き、やがて旧綱島街道と東急東横線を越えて築堤の菊名駅に着く。菊名駅を出てしばらく住宅街の中を進むと切り通しに入り、東海道新幹線との接続駅である新横浜駅に着く。この付近は元来は堤の上を走っていたが、新幹線開業時に切り通しになった。
[編集] 新横浜駅 - 中山駅間
新横浜駅を出ると環状2号線をくぐる。そこから鳥山川の手前までは北側がオフィスやホテルが立ち並び、南側が倉庫やラブホテルが立ち並んでいる。鳥山川を渡ると一気に田園地帯となり、北側に日産スタジアムがある。そして県道13号線の新羽踏切を渡ると2面3線のホームと2本の留置線を有する小机駅に到着する。小机駅を出るとしばらく引き上げ線が並走し、第三京浜の手前まで続く。そして第三京浜をくぐり、まもなく城山トンネル(上り線 80m 下り線は新城山トンネル 75m)を抜け、鶴見川と並走する。そして横浜上麻生道路をくぐると鶴見川沿いには農地や工場が広がり、一方反対側は住宅街となり、そして鴨居駅に着く。鴨居駅を出ると鴨池大橋をくぐり、鶴見川沿いを進む。白山ハイテクパーク、チーズ工場を横目に、しばらくすると鶴見川から離れ、川和踏切を渡るとまもなく横浜市営地下鉄グリーンラインとの接続駅である中山駅に着く。
[編集] 中山駅 - 町田駅間
中山駅を出ると、鶴見川の支流である恩田川が見え、恩田川側は農地が広がり、反対側は近年拡張された横浜市道都市計画道路山下長津田線を挟んで住宅街となる。一旦切り通しに入るが、またすぐ恩田川が見え、農地が広がっている。しばらくするとまた切り通しに入り、十日市場駅に着く。
十日市場駅を出ると西田架道橋にて東名高速道路を越えて、しばらく住宅街の中の切り通しを通り、国道246号を越えてしばらくすると東急田園都市線が並走するようになり、長津田駅に着く。長津田駅を出ると東急田園都市線をくぐり、しばらく東急長津田検車区の横を通り、このあたりで神奈川県横浜市から東京都町田市に入る。そして崖線の縁を進むと成瀬駅に着く。成瀬駅を出ると切り通しを進み、町田街道を潜りしばらくすると町田駅に着く。周囲には繁華街が広がっている。
なお、中山駅 - 成瀬駅間の恩田川とおおむね併走する区間では、同河川の支流である梅田川や岩川などを跨ぐ橋梁がある。このうち、岩川を跨ぐ橋梁では上下線で上からの見た目が多少異なる橋梁で跨ぐため、上下線が極僅かに離れたところを走る(上り線が下り線から離れる)。
[編集] 町田駅 - 橋本駅間
町田駅を出ると小田急小田原線の高架を潜り、ここから先橋本駅の先まで駅構内以外はほぼ直線の緩やかな上り勾配となる。高架を潜ると右側を建設中の町田市役所が通る。この後しばらく境川と併走する。町田市側は町田市民ホール付近までは商業施設や予備校などが見受けられるが、そこを過ぎ、都道52号線を潜ったあたりからは住宅街となる。一方、相模原市側は崖の上に市街地が広がっているため、境川べりは緑地となっている。そして境川を渡り、相模原市内に入ると住宅街の中の切り通しを進み、古淵駅に着く。古淵駅を過ぎると地表面とほぼ同じ高さを走行する。住宅街を進み、カルピス相模工場、青山学院大学相模原キャンパスを横目に進むと在日米軍相模総合補給廠へ続いていた側線などの遺構が残る淵野辺駅に着く。淵野辺を出ると陸橋2本をくぐってすぐに矢部駅に着く。この区間は800mと横浜線の中で最も駅間が短い。矢部駅から相模原駅までの間は南側が市街地、北側が相模総合補給廠となり、しばらくすると相模原駅に着く。相模原駅を出るとしばらくして工業地帯となり、そして北側に橋本駅の電留線が、西側にアリオ橋本が見える。相模線が合流し、京王相模原線の高架をくぐると橋本駅に着く。駅周辺には超高層マンションが林立する。
[編集] 橋本駅 - 八王子駅間
橋本駅を出ると市街地を進み、国道16号が本線は陸橋で側道は踏切という形態で交差する。しばらく住宅街の中を進みカーブにかかる。このカーブの途中にある田尻踏切(第43号踏切)のあたりが横浜線内最高地点となる。そして境川を再度渡ると町田市に戻り、町田街道と交差して相原駅に着く。相原駅を出るとしばらくして相原トンネル(上り線 367m 下り線は新相原トンネル 985m)を通る。このトンネルの中間地点あたりで八王子市に入る。そして造成地や新興住宅街の中を抜けると横浜線で一番新しい駅である八王子みなみ野駅に着く。八王子みなみ野駅を出ると国道16号を越えて片倉駅に着く。片倉駅を出ると京王高尾線を潜り、やがて右側に京王線と合流し、しばらく併走する。併走していた京王線と別れ、進路を西に変えると今度は右側に中央本線・八高線と併走して八王子駅に着く。
[編集] 運行形態
日中は下記の列車がそれぞれ20分間隔で運転されている。
- 上り:八王子駅 → 桜木町駅間の快速、橋本駅 → 桜木町駅間の各駅停車、八王子駅 → 東神奈川駅の各駅停車の順にそれぞれ1本
- 下り:桜木町駅 → 八王子駅間の快速、東神奈川駅 → 橋本駅間の各駅停車、桜木町駅 → 八王子駅間の各駅停車の順にそれぞれ1本
合計すると1時間あたり9本(3本×3)の運転になっている。
日中を除くほぼすべての時間帯において横浜線は東神奈川駅発着となるため、横浜方面へ向かう場合は東神奈川駅で京浜東北線に乗り換える必要がある。日中は主に同線に乗り入れて桜木町駅発着で運転されている。朝・夕夜間帯は磯子駅・大船駅発着が中心であるが、運行本数が1時間に1-3本程度と非常に少なくなる。また、横浜方面からも同様に朝・夕夜間帯は東神奈川駅で乗り換えとなる。なお、東神奈川駅発着の場合、使用する番線は列車により異なる。基本的に3番線を横浜方面からの直通電車と八王子方面からの折り返し電車の発着に使用するが、平日・土休日の朝と日中の東神奈川発着、夕夜間帯の一部は2番線を八王子方面からの折り返し電車の発着に使用する(東神奈川駅を参照)。
横浜線は朝・夕夜間帯のラッシュ時を中心に非常に混雑する。2007年の国土交通省調査によるピーク時最混雑区間の1時間平均混雑率は小机→新横浜間で193%となっている。ただし編成内で大きく偏っているため、各駅では構内に最混雑号車を掲示し、分散乗車を促している[要出典]。
毎日朝夕(平日と土曜・休日では時間帯が異なる)には相模線の電車が橋本駅 - 八王子駅間に乗り入れている。
相模原市を中心に横浜線の中央本線相模湖・大月方面への直通運転の要望があるが、JR側は八王子駅の構内配線などを理由に消極的な姿勢を見せている[7]。相模原市は2006年に相模湖駅を含む相模湖町、2007年に藤野駅を含む藤野町を合併しており(現在はともに同市緑区)、直通運転が実施されれば旧両町地域と相模原市中心部とが直結される。
[編集] 列車種別
[編集] 快速
平日は日中、土休日は朝から夕方にかけて運転する。平日と土休日の日中は20分間隔で桜木町駅 - 八王子駅間を運転している。土休日の朝は間隔が開く部分ある。快速運転区間は東神奈川駅 - 相模原駅間である。すべての電車が京浜東北線・根岸線に乗り入れている。
東神奈川駅 - 八王子駅間の全区間で見ると、快速は全20駅のうち7駅を通過し、主要駅などの13駅に停車する。快速が連続して通過するのは古淵駅・淵野辺駅・矢部駅の3駅で、他はほぼ1駅おきに通過する。
日中の場合は、上りが橋本駅で同駅始発の各駅停車桜木町行きと、中山駅で快速の前を走る各駅停車東神奈川行きに、下りが東神奈川駅で同駅始発の各駅停車橋本行きと、町田駅で快速の前を走る各駅停車八王子行、橋本駅で快速の前を走る橋本止まりの各駅停車とそれぞれ連絡する(東神奈川駅下りや橋本駅上りは、同じホームではなく隣のホームに移動する必要がある)。また、土休日の上りの一部は町田駅でのみ各駅停車に連絡する。
- 停車駅:大船駅 - (根岸線・京浜東北線内は各駅停車) - 東神奈川駅 - 菊名駅 - 新横浜駅 - 鴨居駅 - 中山駅 - 長津田駅 - 町田駅 - 相模原駅 - 橋本駅 - 相原駅 - 八王子みなみ野駅 - 片倉駅 - 八王子駅
計画当初は東神奈川駅・中山駅・町田駅・橋本駅・相原駅・片倉駅・八王子駅の7駅だった。しかし、新幹線の乗客に利便性をもたらさないなど問題があるため、見直した結果、新横浜と鴨居の2駅が追加され[要出典]、1988年3月13日の登場時は下記の9駅が停車駅となった。なお、東急線との連絡駅である菊名駅と長津田駅も通過駅だった。
- 当初の停車駅:東神奈川駅 - 新横浜駅 - 鴨居駅 - 中山駅 - 町田駅 - 橋本駅 - 相原駅 - 片倉駅 - 八王子駅
登場当初は日中に60分間隔で運転され、上下線とも中山駅と橋本駅で待避をするように設定された。中山駅では、待避する各駅停車は上りホームの2番線に停車するが、下りの快速は跨線橋を隔てた下りホームの1番線に停車するため、鴨居駅を快速の停車駅とすることで、各駅停車から快速への乗り換えの便を図った。ただし、1990年以降は中山駅での下り快速待避は設定されなくなった。また、横浜線部分が2面3線の橋本駅の上りも同様に快速から各駅停車への乗り換えには跨線橋を渡る必要があったが、相模原駅に快速が停車するようになったことで解消された。
かつての快速は信号システムの関係で通過駅は45km/hに減速していたが、現在は改良され、減速なしで通過している。ただし矢部駅での上り電車は、ホームがカーブしていることとすぐ先に踏切があることにより45km/hに減速している。また、臨時特急「はまかいじ」は現在もすべての通過駅で45km/hに制限されている[要出典]。
- 1988年3月13日:快速運転開始(当初の快速停車駅は前記)。
- 1990年代:下りの緩急接続が町田駅の1か所(一部は橋本駅での接続が存続して2か所のまま)となった。
- 1994年12月3日:長津田駅が停車駅に追加。
- 1997年4月1日:八王子みなみ野駅が開業し、停車駅に追加。
- 1998年3月14日:相模原駅が停車駅に追加。
- 1998年5月2日:土曜・休日に横須賀線逗子駅までの直通運転(1往復)を開始。
- 1999年12月4日:運転間隔が約40分から約30分に変更され、上りの緩急接続も大半が町田駅で行われるようになった。この日から快速通過駅の制限速度が廃止された(矢部駅の東神奈川方面を除く)。
- 2006年3月18日:菊名駅が停車駅に追加。そのため、上りの緩急接続の大半が再び中山駅で行われるようになった。
- 2008年3月15日:湘南新宿ライン(横須賀線 - 宇都宮線)増発に伴い[要出典]、横須賀線逗子駅までの直通運転(1往復)が廃止。
- 2010年3月13日:毎時1本が増発され、運転間隔が約30分から約20分になる。
[編集] 各駅停車
終日運転される。朝・夜間帯は横浜線内の折り返し運転を中心とする。日中は毎時6本運行されるが、このうち3本が京浜東北線・根岸線経由で桜木町駅まで運転されており、毎時3本運転される快速とあわせ毎時6本が桜木町駅まで乗り入れる。磯子駅・大船駅まで直通する電車もあるが、これらは朝・夜間帯のみの運転となる。
区間列車は橋本駅 - 東神奈川駅・根岸線方面での運転が主体となるが、平日・土休日共に朝晩には町田駅 - 東神奈川駅間の列車も運行される。また、夜間停泊や出入区の関係で、橋本駅 - 八王子駅間と町田駅 - 八王子駅間の列車が上下各1本、小机駅始発下り列車が3本、中山駅始発下り列車が1本ある。この他に、朝夕には橋本駅 - 八王子駅間で相模線直通電車が運転される。
日中において、快速の前を走る各駅停車は上りが中山駅、下りが町田駅で待ち合わせをする。その他上りが橋本駅、下りが東神奈川駅で始発の各駅停車が快速との待ち合わせを行う(東神奈川駅や橋本駅では同じホームではなく隣のホームに移動する。ただし、橋本駅ではなく次の相模原駅で乗り換えれば同一ホームでの乗り換えができる)。なお、土休日の朝上りの一部は中山駅ではなく町田駅で快速との待ち合わせを行うほか、臨時特急「はまかいじ」が運転される土休日には、上り・下りともに町田駅で待ち合わせをする(同列車が運転されない場合でも町田駅で時間調整を行う。いわゆるカラ待避)。
[編集] 臨時列車
横浜国際総合競技場(現在の日産スタジアム)や横浜アリーナでの大規模催事の際には、小机駅・中山駅・町田駅を発着駅とする臨時列車が設定されることがあるほか、快速が小机駅に臨時停車する場合がある[要出典][8]。これらの時刻表はJRのサイト上をはじめとしたインターネット上では発表されず、主に東神奈川駅などの時刻表に別途掲示が行われる[要出典]。横浜国際総合競技場にて2002 FIFAワールドカップの試合が行われた際には、当時は快速通過駅だった菊名駅にも快速が臨時停車している[要出典]。
2008年9月23日の開業100周年イベントでは、全線で485系「やまなみ」を使用した臨時快速列車「横濱線100周年号」[9]や、松本駅 - 東神奈川駅間で「彩」を使用した臨時快速列車「横濱ものがたり号」が運転された[10]。それ以前にも13日に松本駅から磯子駅まで、14日に桜木町駅から白馬駅まで183・189系を使用した臨時快速列車「ベイドリーム横濱号」が運転された[11]。
また、2011年春には富士急行線直通の臨時快速列車「富士河口湖号」が運転される予定であったが、東北地方太平洋沖地震の影響で2011年夏に延期された[12]。
そのほか、修学旅行用の団体臨時列車が主に田町車両センター配置の183系を使用して運転されることがある[要出典]。
[編集] 臨時特急「はまかいじ」
1996年4月27日より、横浜と甲州や信州エリアの松本駅を結ぶ臨時特急「はまかいじ」が運転されている。運転開始当初は横浜駅 - 甲府駅間の運転だったが、乗客増に合わせて小淵沢駅・上諏訪駅と徐々に区間が延長され、2003年以降は横浜駅 - 松本駅間で落ち着いている。毎週土休日に1往復運転されているが、冬季(12月上旬から翌年3月末までの約4か月間)は年末年始や三連休パス利用日など指定された土曜・休日のみの運転となる。
車両は田町車両センター配置の185系B編成(200番台7両)のうち、D-ATCに対応したB3 - B5編成の3本が使用されている。以前は2往復運行されており、長野総合車両センター配置の183・189系N編成(6両)を使用したこともあった。中央本線の「かいじ」とは別にぶどう・かもめ・富士山をデザインした専用のヘッドマークが用意され、185系では側面方向幕は行先に関係なく「特急はまかいじ」で統一されている[13]。
[編集] 貨物列車
現在、定期的に運転される貨物列車は存在しないが、ダイヤ上では不定期の貨物列車が設定されており、主に長津田駅発着の甲種鉄道車両輸送として運転される。これは、JR東日本と東京急行電鉄の連絡線(車両授受線)が長津田駅構内にあるためで、東京急行電鉄・横浜高速鉄道・地下鉄半蔵門線向けに製造された新車は、すべて八王子駅・横浜線・長津田駅経由で東急長津田検車区へ搬入される。
なお、車両製造メーカーから出場した車両は、作業やダイヤの関係で八王子駅にて一夜を明かした後、翌日の昼ごろのダイヤでDE10形ディーゼル機関車(JR貨物新鶴見機関区川崎派出所属)の牽引により長津田駅へと輸送されるが、輸送される車両が長編成の場合は、長津田駅の線路配線などの問題から八王子駅でおおむね3両 - 6両程度に編成を分割し、八王子駅到着の翌日と翌々日の2回に分けて輸送される。また、東京急行電鉄より地方鉄道等へ車両を譲渡する場合にも、長津田駅発の甲種輸送列車が運行される場合がある[要出典]。東京急行電鉄向けの車両輸送は、かつては菊名駅で行われていたが、東急田園都市線の開業および長津田検車区の開設により長津田駅へ変更され、菊名駅の連絡線も撤去された。
現行のダイヤにおいて、貨物列車では先行電車の後を追うように走行するダイヤとなっており、途中駅での待避や追い抜きはない[要出典]。
かつては生糸の輸送を中心とした貨物輸送が盛んで、多くの駅に貨物ホームがあったが、貨物輸送需要の減少により1960年代までに一部の駅を除いて貨物取扱を終了した。1960年代以降は淵野辺駅・橋本駅・相模線南橋本駅などから伸びる専用線や、貨物扱所(貨物ホームなど)の規模が比較的大きかった小机駅・原町田駅・淵野辺駅・橋本駅での貨物の取扱が主体となったが、その後も東名高速道路の開通や国鉄貨物輸送の減少、ヤード輸送方式の全廃、接続する専用線の廃止などにより、そのほとんどが1980年代までに姿を消していった。唯一最後まで残ったものが南橋本駅発着のセメント輸送列車だが、これも1996年3月13日の発送をもって廃止となり、横浜鉄道開業当時から90年近く続いた横浜線の貨物輸送は、甲種輸送を除いてその歴史に幕を下ろした。
1996年の定期貨物列車廃止以降、横浜線では甲種輸送以外の貨物列車が運転されることはなかったが、2005年に長津田駅までの臨時貨物列車が運転された[要出典]。これは、町田駅で当時行われていたバリアフリー化工事で、新たに設置することとなったエスカレーター機材の運搬・設置を目的としたもの。横浜線で甲種輸送以外の貨物列車が運転されるのは約9年ぶりで、JR貨物のコンテナ車が入線するのは開業以来初めてのこととなった。
2010年時点では小机駅・淵野辺駅など、当時の貨物側線が残っている駅がある[要出典]。
[編集] 車両と編成
[編集] 現行の車両
すべて電車で運転されている。
| 横浜線 | ||||||||
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← 大船・桜木町・東神奈川
八王子 →
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| 相模線直通列車 | ||||||||
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← 茅ヶ崎・橋本
八王子 →
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横浜線では、相模線直通電車を除く全電車が鎌倉車両センター所属の205系0番台8両編成で運行されている。片側4扉の通勤型電車であり車内トイレの設備はないが、弱冷房車は編成中程の5号車に設定されている。
1994年12月3日のダイヤ改正から、当線でもっとも混雑する東神奈川寄りの2号車に6扉車両のサハ204形[14]を組み込み、順次8両編成化された。現在は、2009年に京葉車両センターから転用された元武蔵野線用の1編成を除くすべての編成に6扉車が組み込まれている。6扉車では、朝の通勤時間帯に座席が収納され、9時まで座席を使用することができない[要出典]。また、中央・総武線や埼京線で見られるような先頭車前面の「6DOORS」のステッカーは貼付されていない。
車両の外面には黄緑と緑(■■)による2色の帯を巻き、横浜線のラインカラーとして他路線との識別を行っている。京浜東北線・根岸線への乗り入れも行うことから、乗客の誤乗防止のため、前面の行先表示器で路線名(「横浜線」)の交互表示を行っているほか、2002年頃から側面の行先方向幕をラインカラーと同様のウグイス色の幕に交換している[要出典](表示幕交換開始当初はウグイス地に白文字であったが、視認性の問題により黒文字に変更された[要出典])。
一方、相模線直通電車は同線用の205系500番台4両編成(国府津車両センター所属)が使用されている。同番台はラインカラーが相模川をイメージした青と水色(■■)の2色帯となっており、前面のデザインが異なるほか、乗客がスイッチ操作によりドアの開閉を行う半自動ドア機構を備えているが、横浜線内では半自動扱いは行われずに車掌の操作で自動で開閉される[要出典][15]。輸送量の少ない相模線での運用が主であり、編成が短いことから6扉車は連結されていないが、弱冷房車は1両設定されている。
なお、横浜線用車両の配置は鎌倉車両センターであるが、ほかの路線とは違い実際の配置区所へ帰区(出入庫)する運用はごくわずかで、実質的には橋本派出所が横浜線の中心的な車両基地となっている[要出典]。しかし、橋本派出所だけでは車両を収容しきれないため、東神奈川派出所と、八王子駅・橋本駅・町田駅・中山駅・小机駅・東神奈川駅に夜間停泊を兼ねて分散して留置される[要出典]。
[編集] 過去の車両
205系投入以前は以下の電車が用いられていた。
横浜線での電車運転開始当初から72系への車種統一までは、20m車のいわゆる40系(クモハ40・クモハ41・クモハ60・クハ55・クハニ67など)や、40系の17m車に相当する33系・50系(どちらも後のクモハ11・クモハ12・クハ16・クモニ13など)が用いられた。基本的には1両編成のいわゆる単行列車から4両編成程度に組まれ、主に根岸線内と原町田の間で用いられた。のちの原町田駅 - 八王子駅間の電化に伴い全線での運転を開始している[要出典]。
72系は、基本4両編成および付属3両編成があり、4両編成または7両編成で運転され、7両編成の場合は基本編成の東神奈川寄りに付属編成を連結していた[要出典]。塗色は同系標準のぶどう色2号単色であった。他の路線と同様に、初期車から最終形、改造車、車体更新車が入り乱れて運転された。また、40系(33系)17m車のクモニ13形との併結が72系の最終日まで定期運用として存在していた[要出典]。
103系は当初、基本4両編成1本のみが存在した[要出典]。のちに本格的に導入が開始されると103系は全て7両編成に揃えられたものの、車両の組成は統一されておらず、中間に先頭車(クモハ103)が1両挟まれた編成や2両(クモハ103・クハ103)挟まれた編成など、様々な編成が混在するようになった[要出典]。その後、72系の撤退による103系統一の際には、すべての編成が中間に先頭車が挟まれない7両固定編成に揃えられている[要出典]。また、京浜東北線のATC化までには両先頭車がATC対応の高運転台車に差し替えられ、導入当初からの低運転台車はすべて置き換えられた[要出典]。なお、編成から抜かれた中間先頭車のクハ103・クモハ103を含むATC非対応の低運転台先頭車は、仙石線や中京地区、蒲田電車区に所属する京浜東北線の中間先頭車などに転用されている[要出典]。
103系の導入当初は京浜東北線・根岸線と同じスカイブルー(青22号)の車体色で運行されていた[要出典]。103系の所属する蒲田電車区には京浜東北線用の車両も配置されており、予備車両も共通だったためである[要出典]。のちに東神奈川電車区にも103系が導入されるが、こちらは山手線と同じウグイス色(黄緑6号)の車両も多く含まれていた[要出典]。その後、徐々に黄緑6号に統一されていくが、車両の差し替えも頻繁に行われていたため、長期間に亘って2色が混在する状態となっていた[要出典]。このため、京浜東北・根岸線との誤乗防止を目的に、横浜線で運用されるすべての編成に先頭車の前面へ「横浜線」と書かれた大型のサインボードを掲出していた。このサインボードの掲出は、東神奈川電車区と蒲田電車区統合による、ほぼ全ての車両の黄緑6号(ウグイス色)への統一後も継続され、103系が205系に置き換えられるまで続けられた[要出典]。また、ウグイス色以外の車両が連結された場合、その車両の側扉上には「横浜線」のステッカーが貼付されていた[要出典]。このほか、1988年の開業80周年を記念して車体に果物をラッピングした「フルーティトレイン」や、桜を外面にラッピングした「アネックストレイン」を運転したことがある[要出典]。また、方向幕においては、原町田駅が町田駅へと改称された時、町田行電車は「原町田」から原の字を消しただけの「 町田」という表示になっていた[要出典]。
[編集] 歴史
- 1908年(明治41年)9月23日:八王子や信州で生産された生糸を横浜へ輸送することを目的として、横浜鉄道によって東神奈川駅 - 八王子駅間(26.4M≒42.49km)が開業。東神奈川駅・小机駅・中山駅・長津田駅・原町田駅(現在の町田駅)・淵野辺駅・橋本駅・相原駅・八王子駅が開業。相原駅 - 八王子駅間に北野聯絡所が開業。
- 1910年(明治43年)4月1日:内閣鉄道院が借り上げ、八浜線(はっぴんせん)となる。
- 1911年(明治44年)12月10日:貨物支線 東神奈川駅 - 海神奈川駅間(1.2M≒1.93km)開業。海神奈川駅が開業。即日鉄道省が借り上げ。
- 1912年(大正元年)8月10日:北野聯絡所が廃止。
- 1917年(大正6年)
- 1923年(大正12年)9月1日:関東大震災で小机駅・原町田駅が倒壊。
- 1925年(大正14年)4月:東神奈川駅 - 原町田駅が電化。東海道本線電化のための試験であり、この時点ではまだ横浜線の旅客列車は電車化されていない。
- 1926年(大正15年)9月1日:菊名駅が開業。
- 1930年(昭和5年)4月1日:東神奈川駅 - 海神奈川駅間の貨物支線 (2.0km) が東海道本線の貨物支線に変更される。マイル表示からメートル表示に変更(東神奈川駅 - 八王子駅間 26.4M→42.6km)。
- 1932年(昭和7年)10月1日:東神奈川駅 - 原町田駅間が電車化、桜木町駅まで直通運転を開始。原町田駅で運行系統が分断される。
- 1933年(昭和8年)10月1日:原町田駅間 - 八王子駅間にディーゼルカーが投入。
- 1936年(昭和11年)1月:相模鉄道(現在の相模線)が橋本駅 - 八王子駅間乗り入れ開始。
- 1941年(昭和16年)4月5日:原町田駅 - 八王子駅間が電化され、全線電化。これに伴い全線直通運転復活。相模原駅が開業。
- 1942年(昭和17年)11月14日:相原駅 - 八王子駅間に片倉信号場が開設。
- 1945年(昭和20年):横浜大空襲で東神奈川駅が全焼。
- 1947年(昭和22年)12月20日:大口駅が開業。
- 1949年(昭和24年):日本国有鉄道発足。国鉄横浜線となる。
- 1950年(昭和25年)9月1日:淵野辺駅 - 相模原駅間に相模仮乗降場を開設。在日米軍相模総合補給廠の人員輸送のために開設された。
- 1957年(昭和32年)
- 1959年(昭和34年)4月1日:東海道本線貨物支線 東神奈川駅 - 海神奈川駅間が廃止。
- 1962年(昭和37年)
- 小机駅 - 中山駅間に鴨居信号場が開設。
- 12月25日:鴨居信号場が駅に変更され鴨居駅が開業。
- 1964年(昭和39年)
- 1967年(昭和42年)10月22日:菊名駅 - 新横浜駅間が複線化。
- 1968年(昭和43年)
- 1972年(昭和47年)10月2日:103系が運用開始。
- 1978年(昭和53年)10月2日:小机駅 - 中山駅間が複線化。
- 1979年(昭和54年)
- 1980年(昭和55年)
- 4月1日:原町田駅が淵野辺寄りに0.4km移転し、町田駅に改称。
- 9月27日:町田駅 - 淵野辺駅間が複線化。
- 1981年(昭和56年)6月1日:車両の所属が蒲田電車区に集約され、東神奈川電車区の配置がなくなる。
- 1985年(昭和60年)3月14日:根岸線への直通区間が大船駅まで延長。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道が承継。日本貨物鉄道が長津田駅 - 八王子駅間の第二種鉄道事業者となる。東神奈川駅 - 長津田駅間の貨物営業廃止。
- 1988年(昭和63年)
- 1989年(平成元年)2月26日:205系の投入完了に伴い、103系が「さよなら運転」を行い営業運転を終了。
- 1991年(平成3年)3月16日:相模線の全線電化により、横浜線への定期列車の直通運転開始。
- 1994年(平成6年)12月3日:2号車に6扉車サハ204形100番台の組み込み開始、順次全編成を8両編成化。7両編成と8両編成が混在していた時期に、8両化された編成の先頭車前面には「8CARS」のステッカーが貼り付けられたが、ステッカーは全編成の8両編成化が完了した際に全編成から取り外された。
- 1996年(平成8年)
- 1997年(平成9年)4月1日:八王子みなみ野駅が開業し、快速停車駅に追加。
- 1998年(平成10年)5月2日:土曜・休日に根岸線経由で横須賀線逗子駅への直通電車が設定(各駅停車・快速各1往復)。
- 2006年(平成18年)3月18日:根岸線電車増発に伴い横須賀線直通の各駅停車を廃止。快速が菊名駅に停車。
- 2007年(平成19年)3月18日:八王子車掌区の廃止に伴い、車掌は全電車東神奈川車掌区が乗務(相模線直通電車を除く)。
- 2008年(平成20年)
- 3月15日:湘南新宿ライン増発に伴い横須賀線直通の快速電車が廃止。
- 9月13日・14日:開業100周年を記念し、上りは松本駅から磯子駅まで、下りは桜木町駅から白馬駅まで臨時快速列車「ベイドリーム横濱号」が運転。
- 9月23日:横浜線開業100周年。長野総合車両センターの485系車両「彩」を使用し、全線で臨時快速列車「横濱線100周年号」を、松本駅 - 東神奈川駅間で臨時快速列車「横濱ものがたり号」が運転。
- 2009年(平成21年)4月1日:横浜線を含む首都圏の各駅が、終日全面禁煙となる。
- 2010年(平成22年)3月13日:ダイヤ改正で快速の運転間隔が30分から20分に変更。
- 2011年(平成23年)
- 2013年度までに東京圏輸送管理システム (ATOS) の導入開始予定[16]
[編集] 駅一覧
- ◆・◇:貨物取扱駅(◇は定期貨物列車の設定なし)、
:特定都区市内制度の「横浜市内」エリアの駅 - 停車駅
- 各駅停車…すべての駅に停車
- 快速…●印の駅は停車、|印の駅は通過
- 特急「はまかいじ」…「かいじ (列車)」を参照
- 接続路線…東日本旅客鉄道の路線名は運転系統上の名称(正式路線名とは異なる)
- 横浜 - 東神奈川間の営業キロは、1.8km
| 駅名 | 駅間営業キロ | 累計営業キロ | 快速 | 接続路線 | 所在地 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| - | 0.0 | ● | 東日本旅客鉄道:京浜東北線(一部直通運転) 京浜急行電鉄:本線(仲木戸駅) |
神奈川県 | 横浜市 | 神奈川区 | |
| 2.2 | 2.2 | | | |||||
| 2.6 | 4.8 | ● | 東京急行電鉄:東横線 | 港北区 | |||
| 1.3 | 6.1 | ● | 東海旅客鉄道:東海道新幹線 横浜市営地下鉄: |
||||
| 1.7 | 7.8 | | | |||||
| 3.1 | 10.9 | ● | 緑区 | ||||
| 2.6 | 13.5 | ● | 横浜市営地下鉄: |
||||
| 2.4 | 15.9 | | | |||||
| 2.0 | 17.9 | ● | 東京急行電鉄:田園都市線・こどもの国線 | ||||
| 成瀬駅 | 2.3 | 20.2 | | | 東京都 町田市 |
|||
| 町田駅 | 2.7 | 22.9 | ● | 小田急電鉄:小田原線 | |||
| 古淵駅 | 2.8 | 25.7 | | | 神奈川県 | 相模原市 | 南区 | |
| 淵野辺駅 | 2.7 | 28.4 | | | 中央区 | |||
| 矢部駅 | 0.8 | 29.2 | | | ||||
| 相模原駅 | 1.8 | 31.0 | ● | ||||
| 橋本駅 | 2.8 | 33.8 | ● | 東日本旅客鉄道:相模線[* 1] 京王電鉄:相模原線 |
緑区 | ||
| 相原駅 | 1.9 | 35.7 | ● | 東京都 | 町田市 | ||
| 八王子みなみ野駅 | 2.9 | 38.6 | ● | 八王子市 | |||
| 片倉駅 | 1.4 | 40.0 | ● | 京王電鉄:高尾線(京王片倉駅)[* 2] | |||
| 八王子駅◆ | 2.6 | 42.6 | ● | 東日本旅客鉄道:中央線・八高線 京王電鉄:京王線(京王八王子駅) |
|||
[編集] 廃止信号場
- 北野聯絡所 : 1912年廃止、片倉駅 - 八王子駅間、八王子駅まで約0.80km
[編集] その他
- 1985年にはアイドルバンドいんぐりもんぐり (INGRY MONGRY) が「よこはまらいん」という曲を発表している。
- 1991年に初版が発行された斎藤栄作の「JR横浜線殺人旅行」という作品がある。
- 2008年の開業100周年を記念して、205系の一部編成に103系で使われていたサインボードを再現した記念ヘッドマークを先頭車の前面に装着している。また開業100周年の日には小机駅でイベントがあり横浜ものがたり号の展示などのほかに、横浜線100周年記念ヘッドマークレプリカ・携帯ストラップ・限定駅弁・せんべい・限定パンなども販売された[17]。
[編集] 脚注
- ^ 「ハマ線」名物、荷物電車と"奇跡の3本並び" 昭和の残像 鉄道懐古写真 マイナビニュース 2011年10月5日
- ^ 後に東急東横線と直通運転を行う形態に変更の上、2004年2月1日に開業した。
- ^ 「グループ経営ビジョン2020-挑む-」 (PDF) - 東日本旅客鉄道 2008年4月1日
- ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年 ISBN 978-4533029806
- ^ JR東日本事業概要 (PDF) - 東日本旅客鉄道 会社要覧 p. 4
- ^ 位置としては相原方の最初の踏切である大戸踏切の付近(東神奈川起点35.4km地点)。
- ^ 神奈川県鉄道輸送力増強促進会議 H19年横浜線 - 神奈川県 [リンク切れ]
- ^ 横浜線の行先方向幕に含まれる全ての行先には「快速」表示も存在しており、小机・中山・町田・橋本行きの快速表示も可能である[要出典]。但し臨時列車を含め、これら行先での快速の運転実績はない。
- ^ 快速“横濱線100周年号”,「やまなみ」で運転 - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2008年9月24日
- ^ 横浜線100周年記念で「いろどり(彩)」走る - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2008年9月24日
- ^ 快速“ベイ・ドリーム横濱号”運転 - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2008年9月14日
- ^ 快速“富士河口湖”号運転 - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2011年8月7日
- ^ 長野総合車両センター配置の183・189系では、はまかいじ号用の「松本」「横浜」「鎌倉」の行先が全車両に用意されている。[要出典]
- ^ 横浜線で用いられている車両はサハ204形100番台。ただし1編成のみサハ204形0番台。
- ^ ただし、相模線との分岐点である橋本駅では、八王子行も含めて相模線ホームに発着するため、半自動扱いとなる[要出典]
- ^ JR東日本:会社要覧2010 安全 (PDF) - 東日本旅客鉄道
- ^ いよいよ横浜線は開業100周年を迎えます (PDF) - 東日本旅客鉄道八王子支社・横浜支社プレスリリース 2008年7月17日
[編集] 参考文献
- 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳 - 全線・全駅・全廃線』4 関東2、新潮社、2008年。ISBN 978-4-10-790022-7。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 横浜線 - 東日本旅客鉄道
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