相鉄本線

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相鉄 本線
横浜駅に進入する上り急行列車
横浜駅に進入する上り急行列車
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式直流
最高速度 100 km/h
1: JR東東海道本線横須賀線
2: ↑JR東:京浜東北線
3: 京急本線
1 2 3 4
4: 横浜市電
tSTRq
東急東横線
exSTRlg
vSTR STR uexLUECKE
vKRZt KRZt
みなとみらい線
exSTR
vSTRlf KRZu
JR東:根岸線
exSTRlf
eKRZu eKRZu
東急:東横線旧線
tSTRq
KRZt KRZt
横浜市営ブルーライン
STR STRlf
0.0 横浜駅
emKRZu emKRZu uexABZ3rg uexSTRrf
横浜市電
BHF STR uexLUECKE
0.9 平沼橋駅
eBHF STR uexLUECKE
1.4 古河電線駅 -1957
emKRZu emKRZu uexABZrf
横浜市電
BHF STR uexLUECKE
1.8
0.0
西横浜駅
eABZg2
uexÜWc3
ueÜWo+r
STR
-
1.0
保土ヶ谷駅 -1979
STR exSTRlf eABZlg uexSTRlf
BHF
2.4 天王町駅
BHF
3.3 星川駅
BHF
4.3 和田町駅
BHF
5.0 上星川駅
STRlg STR
JR貨物:東海道本線貨物線
eABZlg STR
神奈川東部方面線
vSTRlg STR
JR東海東海道新幹線
vSTR-DST STR
横浜羽沢駅
vSTR-xABZgl STRq KRZu STRq
JR貨物:東海道本線貨物線
xvSTR eBHF
6.2 新川島駅 1944休、1960
evSTRlf exSTRq eABZlg
神奈川東部方面線
STR BHF
6.9 西谷駅
STRlf STRq KRZu STRq
BHF
8.5 鶴ヶ峰駅
eBHF
9.3 二俣下川駅 1944休、1960廃
BHF
10.5 二俣川駅
ABZlf STRlg
いずみ野線
STR KHSTe
湘南台駅
BHF
12.2 希望ヶ丘駅
BHF
13.6 三ツ境駅
eBHF
14.5 二ツ橋駅 1944休、1960廃
BHF
15.5 瀬谷駅
BS2+l eBS2+r
TUNNELa exSTR
17.4 大和駅
tKRZ xKRZu
小田急江ノ島線
TUNNELe exSTR
BS2l eBS2r
BHF
19.3 相模大塚駅 -1975
eABZrg exKBSTr
厚木海軍飛行場
BHF
20.5 さがみ野駅 1975-
eBHF
21.3 大塚本町駅
BHF
21.8 かしわ台駅
STRrg ABZrf
KDSTe STR
かしわ台車両センター
DST
23.8
0.0
相模国分信号所
STRrg ABZlr STRq STRlg
厚木線
STRq KRZu ABZq+r STRlg STR
小田急:小田原線
STRq vSTRlg STR eABZrg eABZrf
JR東:相模線
24.6 海老名駅
vSTR KBSTe STR
STR
vKRZu STRq STRrf
0.0
2.2
厚木駅
vSTRe-
JR東:相模線

本線(ほんせん)は、神奈川県横浜市西区にある横浜駅と同県海老名市にある海老名駅を結ぶ、相模鉄道鉄道路線である。

目次

[編集] 概要

横浜市中心部に近い交通ターミナル横浜駅と横浜市内陸部・神奈川県県央地域大和市・海老名市)を結ぶ通勤・生活路線である。もともとは相模川の砂利を運ぶ貨物輸送のために海老名側から建設されたが、現在の起点は横浜駅であり海老名方面に向かう列車を「下り」としている。

横浜 - 二俣川間には二俣川駅で分岐するいずみ野線の列車が乗り入れる。路線の最高速度は100km/hだが、この区間は1駅ごとの距離が短く連続急勾配や曲線が多く、直線区間が少ないために75km/h程度の箇所が多い。逆に、二俣川から海老名までの区間では1駅ごとの距離が長くなり、比較的直線区間も多いので列車は90km/h以上で走行する箇所が多い。

自社のいずみ野線には乗り入れるものの、現在は他社の路線への乗り入れは無い。かつては終点海老名駅より小田急小田原線に入り本厚木駅まで乗り入れていたほか、歴史的経緯から現在のJR相模線とも縁が深く貨物や旅客列車が乗り入れていた(現在も相鉄向けの甲種車両輸送列車は相模線経由で運転されている)。現在は連絡線を建設し、他社線へ直通することで東京へ乗り入れる計画が進んでいる(詳しくは後述)。

[編集] 路線データ

  • 路線距離:24.6km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:18駅
  • 信号所数:1信号所(かしわ台 - 海老名間)
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 最高速度:100km/h

[編集] 沿線風景

[編集] 横浜 - 星川

横浜駅は自社の駅ビル相鉄ジョイナス2階に4面3線の頭端式ホームとして設置されている。発車後すぐにJR東海道本線横須賀線、それに帷子川と並走するも川はすぐに見えなくなる、駅名の由来になった平沼橋の下をくぐり、平沼橋駅に到着する。平沼橋を出ると右手に東京ガスガスタンクtvkハウジングプラザを見つつ西横浜駅に到着する。ホームの脇には留置線が並び、回送列車が留置されていることも多い。西横浜を出て北西にカーブしながらJR線と分かれて高架橋に上がっていくと、保土ヶ谷区に入りすぐに相対式ホーム2面2線の高架駅天王町駅へ到着する。この駅はかつての東海道程ヶ谷宿があった付近であり、周辺には昔ながらの寺社や商店街がある。天王町を過ぎると再び帷子川が見え隠れするようになる。また、線路からは見えないが数百メートル離れて国道16号(八王子街道)が並走を始めている。車窓に横浜ビジネスパークや高層団地等のビル群を見つつ、保土ケ谷区役所の最寄り駅の星川駅に到着。各駅停車は急行・快速の待ち合わせで数分停車することも多い。

[編集] 星川 - 二俣川

星川を出ると帷子川の渓谷地帯に入って行き、列車は川に沿うように谷を走る。もっとも、辺りは住宅地・商業地が続き、自然豊かな渓谷という雰囲気はない。横浜新道の下をくぐり和田町駅に到着する。この駅は横浜国立大学の利用者が多く、朝夕の時間帯には大学生で混み合う。また、駅を囲むように商店が多く建ち並び、賑わいを見せている。和田町を出ると帷子川を渡り、すぐに上星川駅に到着する。上星川を出ると上り勾配が始まる。東海道貨物線および環状2号線の下をくぐり、カーブを曲がって西谷駅に到着する。駅ホーム上には東海道新幹線が通過しているが新幹線に駅はない。西谷を出ると帷子川を渡り、旭区に入る。盛り土の路盤と上り勾配で高さを稼ぎながら南側の丘陵地に取り付くと鶴ヶ峰駅となる。当駅および二俣川地域は横浜市副都心に指定されており、近年再開発が行われた。鶴ヶ峰を出ると八王子街道や帷子川と分かれ、その支流である二俣川の渓谷を走るようになる。道路は県道40号横浜厚木線(厚木街道)と並走を始める。保土ヶ谷バイパスをくぐると支線のいずみ野線が分岐する二俣川駅である。本線の列車の多くはこの駅で少々停車する。駅付近に横浜市営地下鉄グリーンラインの延伸構想があるが、進展は見られていない。

[編集] 二俣川 - 大和

二俣川を出るといずみ野線の線路は徐々に高度を上げていく。本線はその高架橋の下をくぐり、谷沿いの住宅地を走る。右手には用水路並の川幅になった二俣川が並走する。間もなく希望ヶ丘高校の最寄り駅である、希望ヶ丘駅に到着する。周辺には戦後開発された広大な住宅地が広がっている。希望ヶ丘を出ると再び上り勾配が始まる。瀬谷区に入ってすぐに掘割区間になり瀬谷区役所最寄り駅の相鉄線で一番標高の高い所にある三ツ境駅に到着する。駅には駅ビル「三ツ境ライフ」が併設されている。三ツ境を出ると雰囲気が変わり、谷ではなく相模野台地の小高い丘の上を走るようになり、アンダーパスとなっている中原街道を越えて瀬谷駅に到着する。この駅は神奈川東部方面線構想に伴う特急運転のため、待避線を設けて2面4線化される予定である。また、将来的には地下駅とする構想もある。路線はこの後も住宅街の中を通り、境川の上を鉄橋で渡り大和市へ入る。線路は地下へ潜り始め、大和駅に着く。もともとは地上駅だったものの、国道467号の渋滞緩和のためなどで地下化された。小田急江ノ島線の乗り換え駅であり、1分程度停車する列車が多い。両社の共同使用駅であり、改札を通らずに乗り換えることができる。

[編集] 大和 - 海老名

大和を出てしばらくすると再び地上に出て厚木飛行場の横を通り、東名高速道路の上をまたぐと相模大塚駅である。飛行場での飛行訓練による轟音が車内からでも聞こえることがある。駅構内には留置線が並び回送列車が止まっていることもある。相模大塚を出ると海老名市に入り、さがみ野駅に到着する。駅前にはショッピングセンターの「さがみ野ライフ」がある。さがみ野を出るといったん座間市に入るが、座間市内には駅は設けられていない。再び海老名市に戻るとかしわ台である。駅構内は広大で相鉄線のかしわ台車両センターがあるために多くの留置車両を見ることができる。かしわ台を出ると台地を下り始め目久尻川を渡り快走する。団地群を左に見ていると、その先に路線が分かれる場所がある。これが相模国分信号所で、列車は停車せず通過していく。分かれていく路線はかつての貨物線の厚木線である。その後相模川河岸段丘を下り始め、すぐに小田急小田原線が並走しその車両基地である海老名検車区が見えてくると終点の海老名駅である。時間帯によっては丹沢山地などへ向かう登山者を見ることも多い。

[編集] 列車種別と運転本数

相鉄のダイヤパターンは急行各駅停車だけで、急行は二俣川駅で各駅停車に接続するというものであったが、1999年に快速が設定された。2010年現在のダイヤでは速達列車として急行と快速が設定されており、両種別とも横浜駅 - 二俣川駅の区間で通過運転を行うことで速達性を確保している。将来的にはさらなる速達性を確保し、神奈川東部方面線の開業による横浜駅の利用客減少を抑えることを目的に特急を設定する構想がある。

運転本数は平日朝ラッシュ時に1時間25本程度を確保している。混雑率は150%程度とされているが、横浜駅の出口に近い車両は特に混雑する傾向がある。使用車両は10両編成か8両編成かということで大別され、各形式による限定運用はない。基本的に急行と快速は10両編成でラッシュ時の一部に8両編成が、各停は同8両を中心にラッシュ時は10両編成も充当される。

現在、日中のダイヤパターンは平日が20分サイクル、土休日が30分サイクルとなっている。

また、1週間の分け方は「平日」と「土休日」の2つである。かつては「土休日」が「土曜」と「休日」に分けられ、合計3パターンであった時もあった。

[編集] 急行

そのルーツは1960年代に運転され始めた準急列車である。横浜駅 - 二俣川駅間をノンストップで走り、二俣川駅以西は各駅に停車し事実上この区間の各駅停車である。本線の最上位の列車種別であり終日運転される。

日中の横浜駅 - 海老名駅間の所要時間は約30分である。基本的には本線の全線を走り通すが、平日朝ラッシュ時の一部には大和駅発着、早朝にはかしわ台駅始発の区間列車がある。いずみ野線には臨時列車を除き乗り入れず、基本的に全列車が本線海老名方面のみを走る。かつては休日日中などに限定されていたが、現在は平日朝ラッシュ時に最短3分おき、土休日と平日日中は約10分おきに運転で平日で約280本、土休日は約200本の設定がある。

※設定本数は上下線の合計。

[編集] 快速

いずみ野線延長を機に新設された種別で、横浜駅 - 二俣川駅において星川駅鶴ヶ峰駅に停車する、急行よりも下位の列車種別である。全列車がいずみ野線に直通する。

日中の横浜駅 - 二俣川駅の所要時間は約13分であり、同区間を走行する急行よりも2分程度遅い。設定当初は朝ラッシュ時と日中のみで日中は12分おきに運転されていたが、やがて10分おきに運転となった。2006年のダイヤ改正では1日の本数はほぼ据え置かれたものの、運転を20分おきにとしたために運転時間が大幅に拡大され、早朝深夜を除くほぼ終日(土曜休日は夕方過ぎまで)の運転となっている。西谷駅の改良工事に関連して行われた2012年5月1日改正ダイヤから平日朝は運行しておらず(2012年4月末までは約12分おきで運行していた)、現在の運転本数は土休日朝、日中と夜が20分おきの運転のみとなっている。

いずみ野線が湘南台駅まで延長される1999年3月10日直前の同年2月27日に新設された(同年3月9日まではいずみ中央行として運転)。いずみ野線内は各駅に停車し、事実上その区間においての各駅停車である。

[編集] 各停

各停は各駅停車の略称でその名の通り各駅に停車する。かつては全区間を走り通していたが、現在は早朝深夜を除いて多くはいずみ野線湘南台方面への直通列車のほか、二俣川駅や大和駅までの区間列車に充当される。急行や快速が各駅に止まる区間があるためにこれらの区間では補完列車としての面が強い。海老名駅までの全区間を乗り通した時の所要時間は約40分だが、前述のように全区間を走り通す列車は早朝・深夜時間帯のごく一部のみとなっている。前述のような区間列車のほかにも、横浜駅 - 二俣川駅の列車が平日ラッシュ時前後に、また横浜駅 - かしわ台駅や二俣川駅 → 海老名駅間を走るものが始発終電に運転されている。

多くの時間帯で二俣川駅で急行や快速の接続を待つが、朝ラッシュ時には接続を待たずに発車する。また、星川駅や西谷駅において急行と快速を待避することが多い。しかし、後述の直通運転を行うための西谷駅の工事を2012年5月以降開始しているので、2012年5月1日以降のダイヤでは西谷駅での待避は行われない。

急行や快速の通過する駅がある横浜駅 - 二俣川駅においてはラッシュ時には約7分おきに、日中は約10分おきに運転となっており、1日の設定本数は平日約280本、土休日約200本であり、それぞれ約180本となっている。その内の約140本はいずみ野線湘南台方面への直通となり、残りが二俣川以遠に乗り入れるが多くは大和止まりで、大和以遠を走るのは上下合わせても10本前後となる。

一部車両の方向幕式車両では、誤乗防止のため本線系統の各停といずみ野線系統のもので種別幕の色を変更している(後述)。

[編集] 過去の種別

[編集] 準急

1960年代、横浜駅周辺を自社で取得・開発していた相鉄が横浜駅周辺に県央地域の買い物客を呼ぶために設定した。横浜駅 - 希望ヶ丘駅間をノンストップで走り、希望ヶ丘駅以西は各駅に停車していた。後に二俣川駅にも停車するようになり、さらにその後「急行」に変更され現在に至っている。

[編集] 種別カラー

2007年11月3日ダイヤ改正時から一部の種別カラーが以下のように変更されており、現在は新旧カラーが混在している状態である。また車両に装備されている種別カラーについても記載する。

変更内容
特急 特急 新旧とも橙色(現在の設定はなし)
急行 急行 新旧とも赤色
準急 赤色(現在の設定はなし)
通勤快速 緑色(現在の設定はなし)
快速 快速 緑色→青色
本線・各駅停車※ 本線・各駅停車 新旧とも黒色
いずみ野線・各駅停車 いずみ野線・各駅停車 青色→黒色

※先述したように、本線系統といずみ野線系統の各停の色分けは一部車両の方向幕のみで、路線図や時刻表では、本線系統の各停でも青色で表記されていた。また上表の通り、この色は現在の路線図や時刻表では快速に使用されている。

[編集] 他社路線への直通計画

現在自社のいずみ野線にしか乗り入れていないが、いくつかの乗り入れが計画されている。特に都心直通プロジェクトと称した最初の2つの路線をもって「神奈川東部方面線」(仮称)と呼ぶ。

[編集] 相鉄・JR直通線(仮称)

東日本旅客鉄道(JR東日本)と相模鉄道は、両線の駅を結ぶ連絡線を新設し相互乗り入れすることで協議を始めることに合意した。それによると、相鉄本線西谷駅からJR東海道貨物線横浜羽沢駅までの約2.7キロ間に線路を新設し、東海道貨物線・横須賀線を経由して湘南新宿ライン新宿駅に乗り入れる計画である。また2013年に開通予定の東京 - 上野間の東北縦貫線への直通も検討している。2010年3月25日に着工され、開業予定は2015年4月としていたが、2013年4月23日に整備主体の鉄道建設・運輸施設整備支援機構と相模鉄道が共同で、東海道貨物線との接続部の工事の遅れを理由として、公式に開業時期を2018年度に変更すると発表した。

[編集] 相鉄・東急直通線(仮称)

さらに上記の相鉄・JR直通線に加え、東京急行電鉄と相模鉄道は、両線の駅を結ぶ連絡線を新設し相互乗り入れする計画をまとめた。それによると、相鉄・JR直通線の横浜羽沢駅から東急東横線目黒線日吉駅までの約10キロ間に線路を新設し、日吉駅から東急線に乗り入れて東京都心方面へ乗り入れる計画である。開業予定は2019年4月としている。

なお、東横線は2013年3月16日から東京地下鉄(メトロ)副都心線との相互直通運転を開始しており、さらにその先の東武東上線西武池袋線にも乗り入れる見通しである(この2路線も副都心線との相互乗り入れを行っている)。ただし、これらの路線が東横線を経由して本路線まで乗り入れてくるのか、あるいは東急方面の乗り入れ路線は東横線・目黒線どちらなのかなど、具体的なことは決まっていないが、2013年時点では東急目黒線と東横線にそれぞれ乗り入れを行うと想定されている。なお、西武鉄道は社内向け広報誌において「現時点で副都心線、東横線を介した相鉄方面への乗り入れは実施しない」と示している。

[編集] 小田急小田原線への乗り入れ

海老名駅から小田急電鉄小田原線本厚木駅まで乗り入れの復活、もしくは相鉄の路線を延伸する計画もあるのだが、相鉄の株主である小田急電鉄が難色を示していること、海老名駅の改築計画が白紙になってしまうので、実現の目途は立っていない。

[編集] 相模線への乗り入れ

かつて、厚木線を介してJR相模線に乗り入れる計画があった。相鉄は元来は現在の相模線を運営しており、第二次世界大戦中の1944年に国(国鉄)に買収されてしまったが、国鉄末期には買い戻すことも検討したとされる。なお、両線は厚木駅構内で線路がつながっており、1998年までは貨物列車の連絡が行われていた。現在もJR線上を甲種輸送されてきた相鉄向けの新型車両の引渡しが行われる。

[編集] 歴史

本路線は、1926年神中鉄道により省線程ヶ谷(現・保土ヶ谷)駅 - 海老名村河原口間の軌道敷設特許の請願が行われたのがはじまりである。762mmゲージ軌道として申請したが、その後1067mmゲージの軽便鉄道に変更している。開業は1926年二俣川 - 厚木間からで、その後順次横浜へ向かって延伸を重ねていった。当初は保土ヶ谷駅に乗り入れる予定であったが、最終的には横浜駅起点になった。沿線はさしたる産業もない農村地帯であり、相模川で採取される砂利輸送を主眼に置いての開業であった。1929年には西横浜までの延伸開業と同時に西横浜 - 程ヶ谷間の貨物線も敷設し、国鉄との貨車連絡が図られた[1]。ただしこの時点ではこの貨物線は構内の連絡線としての扱いであり、正式に免許を受けて開業するのは1948年(昭和23年)9月13日のことである[2]

開業後の収支は大幅な赤字であり、1935年上期にようやく黒字を計上した。その後1940年代になると、沿線には厚木海軍飛行場など軍施設が立地するようになり、旅客・貨物いずれの輸送量も増加傾向を示すようになった。この時期には、輸送改善のため電化が進められたが、最低限の資材で電化するため、変電所は自社のものを建設した他に小田原線などの変電所からも受電することになった。そのため二俣川駅を境に架線電圧が異なる(二俣川以西1500V、以東600V)状態となり、全線が1500Vに統一されたのは1946年であった。終戦直後の混乱期には、資材・人員不足の中で輸送を維持するため、経営体力のある東京急行電鉄に経営を委託し、1945年から1947年まで「東急厚木線」としての運行が続いた。

戦後は沿線の宅地化が急速に進行し、輸送力増強を順次進めていった。1952年に西横浜 - 上星川間を複線化したのを皮切りに、1974年までかけて全線の複線化を進めていった。また、起点である横浜駅周辺はかつて町外れの場末であったが、相鉄自身の手により商業開発が進められた。1956年に横浜駅名店街を開業させたのを手始めにして、一大商業拠点へと変貌させていった。一方、沿線の宅地化はとどまるところを知らず、例えば1960年から1965年までの5年間で輸送密度が2倍になるほどであった。前述した複線化と並行して長編成化も進められ、1957年の4連運転開始、1965年の6連化と順次編成を伸ばし、1981年には10連運転を開始している。[3][4]

貨物輸送については、旅客輸送の伸長とは対照的に1960年代以後は衰退傾向となった。開業時から続いた砂利輸送については、相模川の砂利採取禁止により1964年までで終了した。代わって同年から保土ヶ谷 - 厚木間のセメント輸送が開始されたが、1979年以降は保土ヶ谷駅における国鉄との連絡貨物扱いが廃止されて、国鉄相模線で厚木まで運ばれてきた貨車を厚木駅構内で輸送するのみになった。また線内各駅の貨物取扱駅も縮小されていった。一方、厚木基地への燃料輸送は遅くまで取り扱いが続けられた。しかし1998年にはこれも輸送が終了し、貨物列車の運転はなくなった。[1]

[編集] 年表

  • 1915年(大正4年)6月25日 - 省線程ヶ谷駅 - 海老名村河原口間の軌道敷設特許請願。762mmゲージの軌道として申請したが、1918年(大正7年)に1067mmゲージの軽便鉄道に変更している。[3]
  • 1926年(大正15年)5月12日 - 神中鉄道により二俣川 - 厚木間開業。
    • 12月1日 - 星川(現在の上星川) - 二俣川間開業。
  • 1927年(昭和2年)5月31日 - 北程ヶ谷(現在の星川) - 星川間開業。
  • 1929年(昭和4年)2月14日 - 西横浜 - 北程ヶ谷間開業。同時に西横浜 - 程ヶ谷間の国鉄連絡貨物線も開業。
    • 4月1日 - 厚木 - 中新田口間開業。
  • 1930年(昭和5年)
  • 1931年(昭和6年)10月25日 - 平沼橋 - 西横浜間開業。
  • 1933年(昭和8年)
    • 4月1日 - 北程ヶ谷駅を星川駅に、星川駅を上星川駅に改称。
    • 4月16日 - 二俣下川駅(鶴ヶ峰 - 二俣川間)開業。
    • 12月27日 - 横浜 - 平沼橋間開業し全通。
  • 1934年(昭和9年)8月20日 - 古河電線駅(平沼橋 - 西横浜間の古河電工付近)開業。
  • 1941年(昭和16年)11月25日 - 相模国分 - 厚木間旅客営業廃止。厚木 - 中新田口間廃止。相模国分信号所 - 海老名間開業。海老名駅から小田急小田原線相模厚木駅(現在の本厚木駅)まで気動車で直通運転開始。神中鉄道発足時からの悲願であった厚木町(現・厚木市)乗り入れを他社線直通運転ながら達成した。
  • 1942年(昭和17年)6月1日 - 横浜 - 西谷間直流600V電化。
  • 1943年(昭和18年)
    • 4月1日 - 相模鉄道が神中鉄道を合併。東急小田原線相模厚木駅までの直通運転廃止(小田急は1942年(昭和17年) - 1948年(昭和23年)の間、東急に合併されていた)。
    • 8月1日 - 西谷 - 二俣川間直流600V電化。
    • 12月23日 - 相模大塚 - 海老名間直流1500V電化。
  • 1944年(昭和19年)
    • 新川島駅、二俣下川駅、二ツ橋駅(瀬谷 - 三ツ境間)休止。
    • 6月 - 星川 - 上星川間の常盤園下駅休止。
    • 9月20日 - 二俣川 - 相模大塚間直流1500V電化。
  • 1945年(昭和20年)6月1日 - 東京急行電鉄に経営委託。
  • 1946年(昭和21年)
    • 2月 - 海老名駅から東急小田原線本厚木駅までの直通運転再開。
    • 3月1日 - 柏ヶ谷駅開業。
    • 4月1日 - 柏ヶ谷駅を大塚本町駅に改称。
    • 12月26日 - 横浜 - 二俣川間架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。
  • 1947年(昭和22年)6月1日 - 東京急行電鉄への経営委託を終了し自営化。
  • 1948年(昭和23年)
    • 5月26日 - 希望ヶ丘駅開業。
    • 9月13日 - 保土ヶ谷 - 西横浜間の貨物線が営業線として開通。
  • 1951年(昭和26年)11月18日 - 西横浜 - 上星川間複線化。
  • 1952年(昭和27年)
    • 5月27日 - 上星川 - 西谷間複線化。
    • 8月15日 - 休止中の常盤園下駅を移転し、和田町駅として営業再開。
    • 9月25日 - 西谷 - 鶴ヶ峰間複線化。
    • 12月15日 - 鶴ヶ峰 - 希望ヶ丘間複線化。
  • 1957年(昭和32年)
    • 1月 - 古河電線駅廃止。
    • 1月18日 - 横浜 - 西横浜間複線化。
  • 1958年(昭和33年)11月1日 - 希望ヶ丘 - 三ツ境間複線化。
  • 1960年(昭和35年)
    • 2月20日 - 準急列車の運転開始。[3]
    • 8月1日 - 休止中の新川島駅、二俣下川駅、二ツ橋駅廃止。
    • 11月1日 - 三ツ境 - 大和間複線化。
  • 1964年(昭和39年)11月5日 - 大和 - 相模大塚間複線化。小田急小田原線本厚木駅への直通運転廃止。準急を急行に改称。[3]
  • 1966年(昭和41年)4月1日 相模大塚 - 大塚本町間複線化。
  • 1967年(昭和42年)4月10日 - 大塚本町 - 電車基地間複線化。
  • 1968年(昭和43年)3月27日 - 天王町駅付近高架化。
  • 1973年(昭和48年)9月28日 - 電車基地 - 相模国分信号所間複線化。
  • 1974年(昭和49年)3月28日 - 相模国分信号所 - 海老名間複線化。全線複線化完成。
  • 1975年(昭和50年)8月17日 - 大塚本町駅を移転し、さがみ野駅に改称。かしわ台駅開業。
  • 1979年(昭和54年)10月6日 - 保土ヶ谷 - 西横浜間の貨物線廃止。
  • 1993年(平成5年)8月1日 - 大和駅付近地下化。
  • 1998年(平成10年)9月30日 - 貨物列車運転休止。
  • 1999年(平成11年)2月27日 - 快速列車の運転開始。

[編集] 女性専用車

平日ダイヤの下記の時間帯において女性専用車が実施される。設定車両は横浜寄りから数えて4両目の弱冷房車となる。

  • 朝ラッシュ時間帯の7時30分から9時30分までに横浜駅に到着する横浜行全列車
  • 横浜駅を18時以降に発車する全列車(いずみ野線直通列車を含む)

平日日中および土休日ダイヤでは、女性専用車の設定は行われない。

本路線の女性専用車は、いずみ野線とともに2005年5月9日に初めて導入された。導入当初、夜間の設定は「横浜駅を22時以降に発車する全列車」となっていたが、同年12月5日からは現在の18時開始に設定時間帯が拡大された[5]

[編集] 駅一覧

  • 全駅神奈川県に所在。
  • 停車駅 … ●:停車、|:通過
    各駅停車はすべての駅に停車する(表では省略)
駅名 駅間キロ 累計キロ 快速 急行 接続路線 所在地
横浜駅 - 0.0 東日本旅客鉄道京浜東北線横浜線根岸線東海道線横須賀線湘南新宿ライン
東京急行電鉄東横線
京浜急行電鉄本線
横浜市営地下鉄■ ブルーライン (B20)
横浜高速鉄道みなとみらい線
横浜市
西区
平沼橋駅 0.9 0.9
西横浜駅 0.9 1.8
天王町駅 0.6 2.4 横浜市
保土ケ谷区
星川駅 0.9 3.3
和田町駅 1.0 4.3
上星川駅 0.7 5.0
西谷駅 1.9 6.9
鶴ヶ峰駅 1.6 8.5 横浜市
旭区
二俣川駅 2.0 10.5 相模鉄道いずみ野線(横浜方面から直通運転あり)
希望ヶ丘駅 1.7 12.2 いずみ野線直通
三ツ境駅 1.4 13.6 横浜市
瀬谷区
瀬谷駅 1.9 15.5
大和駅 1.9 17.4 小田急電鉄江ノ島線 大和市
相模大塚駅 1.9 19.3
さがみ野駅 1.2 20.5 海老名市
かしわ台駅 1.3 21.8
相模国分信号所 2.0 23.8 相模鉄道:厚木線(単線の貨物線、JR相模線厚木駅の南で接続)
海老名駅 0.8 24.6 東日本旅客鉄道:相模線
小田急電鉄:小田原線
緩急接続可能な駅
星川駅・西谷駅・二俣川駅・かしわ台駅(瀬谷駅は工事中のため現在は2面4線島式のうち外側2線を使用)

[編集] 「早春スケッチブック」の舞台として

1983年に放映されたフジテレビ制作(山田太一脚本)の連続ドラマ早春スケッチブック」の舞台として、希望ヶ丘駅周辺一帯や近接するいずみ野線南万騎が原駅付近を中心にロケが行われ、他に瀬谷駅周辺や横浜駅周辺、電車内でもロケが行われた。ちなみに、相模鉄道はこのドラマの制作に協力しており、オープニングでは旧6000系(クハ6517編成)が希望ヶ丘駅ホームに入線して来るシーンや、本編中に当時まだ宅地開発途上であった希望ヶ丘駅周辺の沿線風景、登場人物が電車に乗車しているシーンがよく登場している。

[編集] その他

東海地震の警戒宣言が発令された場合、相鉄本線は大和駅以西で運転を見合わせることになっている[6]

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 渡辺一策 「相模鉄道の貨物輸送」『鉄道ピクトリアル』672号、1999年、102-107頁。
  2. ^ 和久田康雄 『私鉄史ハンドブック』 電気車研究会、1995年12月20日、第2刷、78頁。
  3. ^ a b c d 柴田重利 『日本の私鉄13 相模鉄道』 保育社〈カラーブックス〉、1980年、149-151頁。
  4. ^ 青木栄一 「相模鉄道のあゆみ 戦後編」『鉄道ピクトリアル』672号、1999年、81-89頁。
  5. ^ 相鉄線「女性専用車」の運行時間を午後6時からに拡大 (PDF) - 相模鉄道、2005年12月11日。
  6. ^ 東海地震の防災対策 神奈川県

[編集] 関連項目