希望ヶ丘駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
希望ヶ丘駅
駅舎(2007年8月9日)
駅舎(2007年8月9日)
きぼうがおか - Kibōgaoka
SO10 二俣川 (1.7km)
(1.4km) 三ツ境 SO12
所在地 横浜市旭区中希望が丘
駅番号 SO11
所属事業者 相模鉄道
所属路線 本線
キロ程 12.2km(横浜起点)
駅構造 橋上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
33,973人/日
-2012年-
開業年月日 1948年昭和23年)5月26日

希望ヶ丘駅(きぼうがおかえき)は、神奈川県横浜市旭区中希望が丘にある、相模鉄道本線である。駅番号はSO11

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線の地上駅で、橋上駅舎を有している。2000年までは各ホーム別に地上駅舎が存在していた。橋上駅舎竣工後も各ホーム横浜寄りに公道と連絡するスロープが設置されている(利用するには駅員の許可が必要)。

出入口 - 改札コンコース間と改札内コンコース - ホーム間を連絡するエスカレーターが各4基設置されている。なお、2011年には出入口 - 改札外コンコース間と改札内コンコース - ホーム間を連絡するエレベーターも各2基設置された。

旭区発足40周年記念として、2009年7月15日から数日間、「A列車で行こう」を列車接近メロディとして試行導入していた[1]

のりば[編集]

1 本線 大和海老名方面
2 本線 二俣川横浜湘南台方面

駅構内施設[編集]

改札外

駅改札内駅ナカ

  • 2番線横浜方面ホーム上
    • クイック&リラクゼーション西洋館

利用状況[編集]

1日あたり乗車人員の推移

2012年度の1日平均乗降人員は33,973人である[2]。近年の1日平均乗車人員推移は下記のとおり。

年度 1日平均
乗車人員[3]
1998年 18,241
1999年 17,635
2000年 17,714
2001年 17,408
2002年 17,301
2003年 17,236
2004年 17,139
2005年 17,092
2006年 17,034
2007年 17,483
2008年 17,717
2009年 17,725
2010年 17,687
2011年 17,360
2012年 17,267

駅周辺[編集]

駅は帷子川の支流である二俣川が流れる谷に位置し、周囲を丘陵地に囲まれている。川はホームの下では暗渠構造とされている。

駅の北側に神奈川県道40号横浜厚木線厚木街道)が通っている。駅周辺は商店街(希望が丘商店会)があり、周囲の高台には住宅街が広がっている。

南口のバスロータリーから4本の道路が延び、一番東側の道路は「訓練校通り」と名付けられた。その当時、神奈川総合高等職業訓練校に向かう道であったことによるものだが、その後同校は独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構関東職業能力開発促進センター(愛称・ポリテクセンター関東)と名称が変更された。また、その西隣の道路は神奈川県立希望ヶ丘高等学校に向かう通りで「高校通り」と名付けられている。

北側[編集]

南側[編集]

そうてつローゼン 希望が丘店

バス路線[編集]

最寄りのバス停は、南口のロータリーにある「希望ヶ丘駅」となる。以下の路線が相鉄バスにより運行されている。路線の詳細は相鉄バス#旭営業所担当路線を参照。

  • <旭18> 二俣川駅南口行/緑園都市駅行(平日・土曜朝1本のみ) 相鉄

歴史[編集]

  • 1948年昭和23年)5月26日 - 開業。
    当初は2輛連結で、朝夕の通勤時も1時間1本位の運行[4]
  • 1958年昭和33年)11月1日 - 複線化。[5]
  • 1965年(昭和40年)12月20日 - 北口駅舎完成、23日より営業開始[6]
  • 1966年(昭和41年)12月15日 - 南口駅舎改築完成[7]
  • 2000年平成12年)3月26日 - 駅舎橋上化。
  • 2011年(平成23年)
    • 11月24日 - 駅エレベーター設置工事の作業中に発生した火花が埃に引火し、コンコース - 1番線(海老名方面)ホーム間のエスカレーター動力部が損傷する火災事故が発生した[8]。これに伴い、同エスカレーターは2012年1月まで運転が停止される事態となった。
    • 12月 - エレベーターが予定通りに全基が完成。運用開始。
  • 2012年(平成24年)4月 - 駅舎側面の駅名が掲げられている部分の更新により相鉄のグループマーク[9]が取り付けられた。また、同時期に駅構内の案内板(案内サイン)などがLED照明を用いた省エネルギータイプのものに取り替えられている。

駅名の由来[編集]

戦後、相模鉄道沿線では早期に住宅地開発を始めた駅で、戦後の混乱期から立ち上がり、「明るい未来を目指す」という願いが込められた一般公募により駅の名称が決まった。地名は駅名に由来している。
東京都世田谷区の主婦が「希望ヶ丘」という名称を投稿し、採用された。[10]

地名では希望丘の「が」が平仮名表記であるが、駅名では希望丘の「」が漢字表記になっている。また当駅に入る神奈川県道40号横浜厚木線(厚木街道)の交差点の名称は「希望丘駅入口」となっている。近辺の学校や建物の名称もが入り交じっている。

記念乗車券[編集]

当駅 - いずみ野線ゆめが丘駅間の硬券乗車券「ゆめきぼきっぷ」を、その駅名にちなみ「夢と希望を結ぶ」として販売しており、受験生や就職活動者の縁起物となっている。特に、受験シーズンが近くなると購入者には絵馬が併せてプレゼントされるのに加え、当駅とゆめが丘駅には願い事を書いた絵馬を掛ける「絵馬掛け」が構内に設置される。設置期間が終了すると寒川神社にて「お焚き上げ」が行われる。なお、2009年度発売分は絵馬と卓上カレンダーと併せて販売された(通信販売を除く)。

物語の舞台[編集]


隣の駅[編集]

相模鉄道
本線
特急
通過
急行・快速・各駅停車
二俣川駅(SO10) - 希望ヶ丘駅(SO11) - 三ツ境駅(SO12)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 旭区誕生40周年、旭ジャズまつり20回開催を記念して相鉄線4駅で「JAZZ」駅メロディを試験導入 (PDF) 2009年7月17日、相模鉄道
  2. ^ 相鉄グループHP「相鉄乗降人員」
  3. ^ 横浜市統計ポータル http://www.city.yokohama.lg.jp/ex/stat/index2.html#3
  4. ^ 兼平二男 「希望が丘の町のはじまりと会活動の歴史」「希望が丘町内会冊子」1985年(昭和60年)、8ページ
  5. ^ 兼平二男 「希望が丘の町のはじまりと会活動の歴史」「希望が丘町内会冊子」1985年(昭和60年)、9ページ
  6. ^ 『相鉄五十年史』1967年、107ページ
  7. ^ 『相鉄五十年史』1967年、110ページ
  8. ^ 希望ヶ丘駅コンコースでの火災発生について(お詫び) (PDF) - アーカイブ
  9. ^ 相鉄グループブランド:グループマーク
  10. ^ 兼平二男 「希望が丘の町のはじまりと会活動の歴史」「希望が丘町内会冊子」1985年(昭和60年)、8ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]