京浜急行電鉄

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京浜急行電鉄株式会社
Keihin Electric Express Railway Co.,Ltd.
京浜急行電鉄本社(泉岳寺駅A1出入口)
種類 株式会社
市場情報
東証1部 9006
略称 京急、京急電鉄、京浜急行
本社所在地 108-8625
東京都港区高輪二丁目20番20号
設立 1948年昭和23年)6月1日(注1)
業種 陸運業
事業内容 旅客鉄道事業 他
代表者 取締役社長 石渡恒夫
資本金 394億円(2008年3月31日現在)
売上高 1,231億円(単独)
3,143億円(連結)
どちらも2008年
従業員数 1,470人(2008年3月31日現在)
決算期 3月末日
主要子会社 川崎鶴見臨港バス
関係する人物 立川勇次郎
雨宮敬次郎
望月軍四郎
五島慶太
田中百畝
外部リンク http://www.keikyu.co.jp/
特記事項:注1:当時の東京急行電鉄から分離する形で、新設の当社が陸上交通事業調整法による合併前の旧京浜線を引き継いだ。なお、当社鉄道事業を創業した会社の設立(創立)は1898年明治31年)2月15日(大師電気鉄道株式会社)。
  

京浜急行電鉄株式会社(けいひんきゅうこうでんてつ、英称Keihin Electric Express Railway Co.,Ltd.)は、東京都港区に本社を置く大手私鉄である。

東証一部に上場し、芙蓉グループを構成する企業の一つで、京急グループの中核企業である。通称京浜急行(けいひんきゅうこう)または京急電鉄(けいきゅうでんてつ)、略称京急(けいきゅう)。グループ全体でのコーポレートスローガンは、「あんしんを羽ばたく力に」


目次

概要

京浜急行電鉄は、東京都港区から品川区大田区神奈川県川崎市横浜市、さらに三浦半島へ至る鉄道路線を運営している。近年は羽田空港へのアクセス鉄道としても利用されている。また都営地下鉄浅草線京成電鉄押上線本線東成田線北総鉄道北総線相互乗り入れを実施しており、千葉県北部の千葉ニュータウン成田空港まで乗り入れている。交通事業のほかに流通事業・サービス事業・不動産事業なども経営する。

過去の略称は京浜電気鉄道時代の「京浜」が使われており、1963年昭和38年)には湘南電気鉄道時代の駅名であった「湘南-」を「京浜-」に改称し統一させた。しかし昭和30年代前半から子会社の名前などに「京急」を使うようになり、一時は「京浜」と「京急」の略称が混在していたが、次第に「京急」の方が定着していったことから1987年(昭和62年)6月1日には同年に民営化した東日本旅客鉄道(JR東日本)との差別化も意識し、コーポレートアイデンティティ (CI) の一環として、それまで「京浜-」としていた10駅の駅名冠称を「京急-」に改め、略称を「京急」に統一した。なお、2007年平成19年)12月1日よりポスターチラシ類などにおいて「京急電鉄」の名称および新ロゴマークを使用開始し、順次変更している。なお、「京急-」という名称は同社の登録商標になっている。

近畿日本鉄道京阪電気鉄道西日本鉄道などと共同で、空港アクセスPRなど相互の旅客誘致運動を推進している。

現在の京浜急行電鉄は列車の運行業務を主として行っており、土木設備は京急建設、電力設備は京急電機、車両整備は京急ファインテック鉄道駅業務は都営地下鉄浅草線との共同使用駅であり、東京都交通局の管理駅である泉岳寺駅を除く全駅が京急ステーションサービスなどの自社100%出資の子会社にそれぞれ業務を委託している。また電鉄本体は現業職員の採用も行っておらず、総合職で採用した社員が転属する以外は運転士車掌は京急ステーションサービスから試験を経て選抜された者が電鉄本体に移籍し、教習を受けて仕事に就くという形を取っている。

コーポレートスローガン

  • 「めざす未来へ ふれあい京急」(1988年 - 1998年)
  • 「新しい出会いに夢のせて」(1998年 - 2008年)
  • 「あんしんを羽ばたく力に」(2008年 - )

歴史

京浜急行発祥の地記念碑(川崎大師駅
京急全線ランドサット衛星写真
川崎以北拡大
川崎-金沢八景間拡大
金沢八景以南拡大

現在の京浜急行電鉄の元となったのは、旧東海道川崎宿に近い六郷橋から川崎大師まで標準軌で開通した大師電気鉄道である。同社は日本で三番目、関東では最初の電気鉄道会社であった。

東京市電との相互乗り入れを目論み、軌間を開業時の標準軌から一旦は1372mmの馬車軌間へ改軌を行うが、後に子会社となる湘南電気鉄道による三浦半島方面の延伸線への乗り入れを行うために、再度標準軌に改軌された。

1942年には陸上交通事業調整法に基づく戦時統合により東京急行電鉄(いわゆる大東急)に併合されるが、1948年に京浜急行電鉄、小田急電鉄、京王帝都電鉄(現:京王電鉄)の3社に分離し、現在に至る。

年表

  • 1898年明治31年)2月15日 - 大師電気鉄道株式会社設立。
  • 1899年(明治32年)1月21日 - 六郷橋 - 大師間 (2.0km) 営業開始。
  • 1899年(明治32年)4月 - 京浜電気鉄道株式会社に社名変更。
  • 1901年(明治34年)2月1日 - 大森停車場前 - 八幡(現・大森海岸) - 六郷橋間開業。
  • 1902年(明治35年)6月28日 - 蒲田(現・京急蒲田) - 穴守間開業。
  • 1902年(明治35年)9月1日 - 六郷橋 - 川崎(現・京急川崎)間開業。
  • 1904年(明治37年)3月1日 - 全線を標準軌から馬車軌間に改軌。
  • 1904年(明治37年)5月8日 - 品川(現・北品川) - 八幡間開業。大森停車場前 - 八幡間が大森支線となる。
  • 1905年(明治38年)12月24日 - 品川(現・北品川) - 神奈川間開通。
  • 1913年大正2年)12月31日 - (旧)穴守 - 穴守間開業。1914年には(旧)穴守駅付近に羽田駅(後の稲荷橋駅、現・穴守稲荷駅)が開業。
  • 1925年(大正14年)3月11日 - 高輪 - 北品川間開業。
  • 1927年昭和2年)8月27日 - 自動車事業開始。
  • 1930年(昭和5年)2月5日 - 高輪 - 横浜間開通。
  • 1930年(昭和5年)4月1日 - 湘南電気鉄道の1路線として黄金町 - 浦賀間と金沢八景 - 湘南逗子間が標準軌(1435mm)にて開業。
  • 1931年(昭和6年)7月4日 - 大船 - 片瀬間にて日本初の有料道路事業開始(京浜急行線)。
  • 1931年(昭和6年)12月26日 - 日ノ出町駅まで延伸された湘南電気鉄道と横浜から野毛山をトンネルで抜け標準軌で敷設された京浜電気鉄道延長線が接続され、横浜 - 浦賀間で相互直通運転開始。
  • 1933年(昭和8年)4月1日 - 高輪駅を廃止し品川駅へ乗り入れ。全線を標準軌に改軌。品川 - 浦賀間直通運転開始。
  • 1937年(昭和12年)3月8日 - 大森支線、大森停車場前 - 大森海岸間を廃止。
  • 1941年(昭和16年)11月1日 - 京浜電気鉄道と湘南電気鉄道・湘南半島自動車が合併し、この時に現在の路線網の骨格がほぼ完成した。
  • 1942年(昭和17年)5月1日 - 小田急電鉄と共に東京横浜電鉄へ合併。東京急行電鉄(東急)が発足。
  • 1942年(昭和17年)12月1日 - 久里浜線、横須賀堀ノ内 - 久里浜間が開業。
  • 1945年(昭和20年)1月7日 - 大師線、桜本まで開通。
  • 1948年(昭和23年)6月1日 - 東京急行電鉄の第3会社として京浜急行電鉄株式会社(当社)が設立。東京急行電鉄から現在の当社線を譲り受けて営業開始。
  • 1949年(昭和24年) - 東京証券取引所に株式上場。
  • 1952年(昭和27年)1月1日 - 大師線、塩浜 - 桜本間を川崎市交通部(現・川崎市交通局)に譲渡。
  • 1956年(昭和31年)4月20日 - 穴守線、穴守稲荷 - (旧)羽田空港間開業。
  • 1963年(昭和38年)11月1日 - 穴守線を空港線に改称。久里浜線に久里浜検車区および久里浜工場(当時)を開設させ、野比(当時)まで開通。
  • 1966年(昭和41年)3月27日 - 久里浜線、津久井浜まで開通。
  • 1966年(昭和41年)7月7日 - 久里浜線、三浦海岸まで開通。
  • 1968年(昭和43年)6月21日 - 品川 - 泉岳寺間開業。都営浅草線と直通運転開始。
  • 1974年(昭和49年)5月26日 - 横浜駅下り専用ホームを撤去し島式1面2線に(→2006年7月22日に再設置)。
  • 1975年(昭和50年)4月26日 - 久里浜線、三崎口まで開通。
  • 1984年(昭和59年)7月1日 - 大船 - 片瀬間の有料道路事業廃止。
  • 1985年(昭和60年)3月2日 - 逗子線、京浜逗子・逗子海岸両駅を統合し、新たに新逗子駅を開業。
  • 1986年(昭和61年)12月26日 - 東京 - 弘前間に夜行高速バス「ノクターン号」運行開始。
  • 1987年(昭和62年)6月1日 - 「京浜-」と名の付く10駅を「京急-」に改称。
  • 1991年平成3年)1月15日 - 空港線、穴守稲荷 - (旧)羽田空港間休止(1993年廃止)。
  • 1993年(平成5年)4月1日 - 空港線、穴守稲荷 - 羽田(現・天空橋)間開業。
  • 1994年(平成6年)4月1日 - 「ルトランカード」によるストアードフェアシステム導入(パスネット普及に伴い2002年10月使用停止)。
  • 1998年(平成10年)11月18日 - 空港線、天空橋 - 羽田空港間が開業し、現在の路線がすべて開通。
  • 2000年(平成12年)12月20日 - パスネット導入。
  • 2003年(平成15年)10月1日 - 自動車事業を京浜急行バス株式会社に継承し、分割する。
  • 2004年(平成16年)11月24日 - ホテル京急とともに西武鉄道株式会社の株式を計260万株を購入する(後に西武ホールディングスに移行する)。
  • 2005年(平成17年)10月7日 - 久里浜線、三崎口 - 油壺(仮称)間の免許を廃止。
  • 2006年(平成18年)11月14日 - 全駅への自動体外式除細動器 (AED) 設置を完了。
  • 2007年(平成19年)3月18日 - PASMOを導入、Suicaとの相互利用開始(その後、在庫僅少により横須賀中央・上大岡・横浜・品川の各定期券センターを除き発売中止、同年10月1日より全駅で発売再開)。
  • 2008年(平成20年)2月25日 - 会社創立110周年の一環として、駅係員と乗務員の制服を一新。

路線

駅長所在駅は品川平和島京急蒲田羽田空港京急川崎川崎大師神奈川新町横浜日ノ出町上大岡金沢文庫追浜横須賀中央京急久里浜三浦海岸の15駅。駅長所在駅ごとに管区が置かれ、泉岳寺駅とここに挙げた15駅以外の駅は、いずれかの駅長に属する被管理駅となっている。なお、駅長もその他の駅係員同様、京急ステーションサービスの社員である。

京浜急行電鉄・路線図


速達列車

京急各線は歴史的に京浜間・三浦半島への輸送を東海道線京浜東北線横須賀線東急東横線と、また近年では空港連絡輸送で東京モノレールと競合していることもあり、料金不要の速達列車である快特特急を中心としたダイヤを組んでおり、速達性を前面に出して列車を運行している。また、平日の夕ラッシュ時には本線久里浜線ホームライナーに相当する有料列車「京急ウィング号」を設定している(詳しくは列車記事を参照)。

本線の品川 - 横浜間では、数億円を投じた線路施設改良工事によって、関東の私鉄ではつくばエクスプレスに次ぐ最高120km/h運転を実現している(曲線区間が多い横浜以南は最高110km/h)。最も停車駅が少ない快特は泉岳寺 - 三崎口間の表定速度が約60km/h、通過運転を行う品川 - 堀ノ内間に限れば同じく約70km/hとなっている。これは構想時から高架を使い高速運転を目指したつくばエクスプレスの快速などと比較すれば劣るが、小田急電鉄快速急行東武鉄道快速と並び首都圏の私鉄列車では速い部類に入る上、1時間に1本ほどしか設定されていないそれら2列車に比べて本数が多い(日中は10分に1本)。

しかし、京急の路線は高速運転を行うことを前提に計画されたものではなく、路面電車や地方鉄道が発祥である(「#歴史」参照)。現在でも速度制限を受ける曲線が多数存在するため、走行中に細かな加減速を繰り返し、可能な限り制限速度いっぱいで走ることでこの速度を実現している。このため、起動加速のみならず高速域での加速性能にも優れた車両を開発・投入している。普通列車も速達列車の運行を妨げないよう車両の走行性能いっぱいで走る場合が多い。

このため、曲線部での高速走行や急な加減速の連続が影響し、他社の路線と比べ、よく揺れる印象がある。また、慣れない乗客が乗り物酔いを起こすといった問題もあったが、新型車両の増備に伴い、改善されてきた。

京急は大幅な遅延や運行見合わせが比較的少なく、JRなどに比べて定時運転に信頼を持たれている。また、事故や故障などの障害が発生した際には規定ダイヤの回復よりも輸送力の確保を優先する傾向が強い。その際は状況に応じて列車種別や行先が随時変更されるため、通常通りの接続が行なわれなかったり車庫のある駅で突然運転が打ち切られることもある。

車両

京急の車両はすべて東急車輛製造および川崎重工業製で、ほぼ半々の割合で製造されている。2006年4月1日現在、758両を保有する(事業用車・緊急予備車・休止車両・保留車を除く)。各形式の詳細、使用線区、運用などについてはそれぞれの記事を参照されたい。

外観

経営・技術面など多方面から範としたアメリカパシフィック電鉄の影響から、創業以来の伝統として車体広告車などの例外を除いて車体は赤く塗装されており、会社のイメージカラーにもなっている。塗色のパターンは幾度か変遷があり、現在では、窓下に白帯が入るもの、窓周りが白く塗られているもの(800形で初めて採用され、現在では600形・2100形・新1000形で採用している)がある。2007年3月に登場した京急初のステンレス車両・新1000形6次車以降では車体幕板と腰板に赤色のラッピングを施し、さらに窓下に白帯を入れアクセントとした。

車両設計についても独自の哲学を持ち、他の大手私鉄では1970年代には両開き式側扉、前面下部2灯の前照灯が主流となっていた中、1980年代まで通勤形電車に片開き式側扉や前面上部1灯の前照灯を採用していた。このほか、前面下部にアンチクライマー(乗り上げ止め)を遅くまで採用、長らく非塗装ステンレス車を採用せず、アルミ製車体であっても普通鋼製車体と同様の塗装を施すといった特徴が見られる。また、車外の灯具にはLEDを使用していたが、当初導入したLED灯具の経年輝度低下が問題になったことから交換コストや簡便性を検討し、現在では順次電球に戻している。しかし、経年輝度低下問題が解決したことから新1000形8次車の車側灯でLEDが再び採用された。

種別・行先表示

600形の黒地方向幕
行先が2行表示されている1500形の白地方向幕
新1000形のLED方向幕
2100形の「ウィング号」の方向幕

視認性の問題から行先表示に3色LED表示器は導入しなかったが、フルカラー・白色LEDが実用化され視認性に特に問題なかったこと、多くの色を表現でき種別案内が色で可能になったこと、行先の増加や運転系統の変化に伴い幕交換が多数発生している現状を踏まえ、2005年(平成17年)以降製造車両から本格採用した(なお、乗り入れ先の各社はその逆で、3色LEDは導入しているが、フルカラー・白色LEDは採用していない)。

方向幕搭載車は、以前は黒地に白抜き文字の表示であったが、現在では白地のローマ字入り幕に交換が進んでいる。かつては行先板を使用していた名残りから「新町(神奈川新町)」「文庫(金沢文庫)」など省略駅名を表示していたが、現在は大半の車両が正式な駅名を表示するようになっている。また、特殊な表示形態として以下のものがある。

  • エアポート快特と快特を区別するため、エアポート快特には「快特」の文字の前に飛行機のマークを表示する(他社の車両も同様)。京成線内から羽田空港へ向かうエアポート快速についても同様に「(飛行機マーク)快速」の表示を行う。
  • 泉岳寺行上り快特は品川まで「品川方面泉岳寺」と表示する(搭載車に限る)。
  • 京急ウィング号」の種別表示「Wing」は横幅の広い行先表示箇所に表示され、行先が種別表示箇所に表示される。
  • 京成線への直通列車のうち、京成佐倉成田空港行に接続するエアポート快特と快特は京急線内で「成田空港方面 佐倉」と表示する。また、京成線内でも表示することがある。
  • 北総線への直通列車は品川まで「品川・日本橋方面 印西牧の原」もしくは「品川・日本橋方面 印旛日本医大」と2行に分けて乗り入れ先を強調した行先を表示する。なお、新1000形のLED車は前面は「品川方面 印西牧の原」もしくは「品川方面 印旛日本医大」と2行に分けて行先を強調した表示がなされ、側面は1行で同じように表示する。

仕様

都営地下鉄線に乗り入れる列車は、片側3扉で、貫通扉を備え、火災などの非常時に運転室正面から脱出可能な編成に限定される。現在、この条件を満たすのは1000形1500形600形・新1000形である(ただし、1000形については、2008年11月7日に乗り入れ運用を終了した)。

形式呼称は、京成電鉄東京都交通局と同様に「…系」ではなく「…形」を使用し、形式番号が乗り入れている3社・局と重複しないように2000番台より若い数字を用いる(ちなみに大東急時代は5000番台が振られていたが、分離独立時に5000を引いて一斉に改番した)。また、京急では必ずしも編成を固定しておらず、1500形を中心に現在でも編成替えが多く行われていることから編成を表す「…F」(「編成」を意味する英単語Formationの頭文字)などの呼称は用いない。

先頭車両(制御車)は一部の事業用車を除きすべて電動車となっており、他社局の乗り入れ車両についても先頭台車は重量の重く安定している電動台車に限定している。これは京急線内では脱線事故などの際に転覆事故へと被害を拡大させないこと、軌道回路の正確な検知を行うことで素早く確実な分岐器の転換・信号の開通・踏切の動作が求められているためである。過去には京成の3500形旧3000系列などの先頭付随台車の車両や、当時先頭車が電動車でなかった北総7000形が例外的に入線した時期もあったが、現在は一切の例外を認めていない。

また、ボルスタレス台車は走行安定性の観点から現在に至るまで採用されておらず、軸受支持についても600形で一旦軸梁式が採用されたものの、2100形以降は走行安定性確保から円筒案内式へと戻され、現在では新幹線以外の新車で同方式を採用する国内唯一の事業者となっている。

一見保守的ともいえる一方で、独シーメンス社製主制御器ノルウェー製座席、スウェーデン製座席カバーを使用するなど、諸外国の技術導入も積極的である。また、起動加速度は全車両で3.0 - 3.5km/h/s と高めに設定されている一方、直流モーターを使用する車両は弱め界磁制御の領域を広く取るなどして高速性能も確保している。

かつて運行していた週末座席指定特急では禁煙プレートに号車札を差し込み、灰皿を置いて喫煙可能にしていた名残で、現在の600形まで独特の形をしていた禁煙プレートを採用していた。

現役車両

過去の車両

京浜急行電鉄分離独立後に在籍した過去の車両は以下の通り。いずれも廃車時の形式。東急統合時と1965年、1966年に改番が実施され、製造時とは形式名が変更されている車両が多い。

開業期から京浜急行電鉄成立以前までに下記3形式の木造車両が在籍した。形式はいずれも製造時のもの。一部は京急分離独立後にも在籍していた。このほか、大師電気鉄道開業時から大正時代まで木造2軸電車が在籍していた。

設備

運転保安装置は全線で乗り入れ先各線と共通の1号型ATSを採用していたが、2009年(平成21年)2月14日よりC-ATSに更新した。検車区は久里浜の車両管理区を中心に金沢検車区新町検車区を加え計3か所を有する。

土木設備

路線はかつての軌道線や地方鉄道に由来するため地上を走行する区間が多かったが、各地で立体交差化が進んでいる。近年は弘明寺 - 上大岡間の高架化や空港線の一部地下化が行われた。しかしながら、関東南部の大手民鉄では珍しく東京都区内においても主要道路に踏切が存在する。特に京急蒲田周辺では第一京浜環状八号線に跨るため慢性的な交通渋滞の要因となっており、2017年(平成29年)の完成を予定して連続立体交差化工事が行われている。

旅客案内施設

大規模な駅には発車時刻や行先などを表示するLED式表示装置、液晶式表示装置や反転フラップ式案内表示機が導入され、品川駅横浜駅などでは自動放送装置も導入されている。ドア数や車両数の違いや分割・併合の多さ、先着などの案内が複雑なため主要駅への自動放送装置導入には消極的だったが、詳細なアナウンスができるシステムが構築され、駅員によるアナウンスと遜色のない細やかな情報が提供されることが特徴である。

その他、接近する列車の種別が表示される簡易案内装置が多くの駅で導入されている。あくまで接近列車の種別を示すもので、JRのATOSのように次発列車の時刻・種別を案内するものではない。当初は機械式だったが、現在はLED式となっている。また、併せて列車接近自動放送(通過・停車別)が導入されている駅も多い。品川駅と京急蒲田駅では発着の多い羽田空港行の列車について羽田空港駅での出口案内も合わせて行う。

また、2008年(平成20年)11月18日より「京急駅メロディ大募集」として同年7月に一般公募により決定したご当地ソングが京急線内主要17駅(品川・青物横丁・立会川・平和島・京急蒲田・羽田空港・京急川崎・横浜・上大岡・金沢文庫・金沢八景・新逗子・横須賀中央・堀ノ内・浦賀・京急久里浜・三崎口)で、列車接近案内音(駅メロディ)として使用される予定であり、すでに対象となる全ての駅で使用が開始されている(それぞれの駅の採用曲は発車メロディ#接近メロディの項目を参照)。なお、青物横丁立会川平和島の各駅では使用開始と合わせてLED式・液晶式の2種類の表示装置が導入される。なお、ご当地ソングを鉄道事業者が採用している例はこれが初めてではなく、既に西日本鉄道で行っているが、西鉄では列車車内でのメロディでの採用に対して京急では駅の案内で使用している点が異なる。

ホームで駅員が監視業務をしていない駅では車掌がワイヤレスマイクを通じて駅ホームスピーカーを使い(一部の京成車は車外スピーカーで直接)、種別、行先、ドア閉めの告知をしており、笛や発車ブザーによる発車案内は主要駅を除き省略されている。通過待ちをする列車の乗務員はホームに立ち通過監視を行うほか、車掌による発車時のホーム監視は8両編成以下の場合乗務員室扉を開けて行う。

また、車両は羽田空港浦賀新逗子三崎口寄りを1号車とし、品川寄りを大きい数字(12両編成の場合12号車、8両編成の場合8号車)としている。

駅務施設

自動券売機は現在すべてがタッチパネル式多機能券売機となっているが、PASMOの導入に合わせてPASMO対応への改造が行われた。一部には定期券発行機能(新規含む)が搭載され、利便性向上を図っている。1994年(平成6年)4月1日には独自のストアードフェアシステムを導入し、対応するルトランカードの販売・利用が開始された。一方でパスネットの利用開始は機器更新が間に合わず、2000年(平成12年)10月14日のサービス開始時には導入せず2001年(平成13年)以降の予定としていたが、羽田空港駅開業に伴う乗客増加に対応すべく、2000年12月20日に前倒しで導入した(ただし導入当時は対応自動改札機が限定されていた)。

その他の駅の設備

2007年5月より全駅で公衆無線LANMzoneフレッツ・スポット)が利用可能となっている。

運賃

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2004年12月1日現在。

キロ程 運賃(円)
初乗り3km 130
4 - 6 150
7 - 10 190
11 - 15 230
16 - 20 270
21 - 25 300
26 - 30 350
31 - 35 410
36 - 40 470
41 - 45 550
46 - 50 620
51 - 55 690
56 - 60 760
61 - 65 830
66 - 67 900
特定運賃
JR線との競合のため、品川 - 横浜で290円、品川 - 京急川崎、京急川崎 - 横浜で220円の特定運賃を設定。
これに伴い、品川 - 神奈川・仲木戸、北品川・新馬場 - 横浜などの区間でも特定運賃を適用。
加算運賃
羽田空港発着の運賃は170円を加算。
天空橋 - 羽田空港のみの利用は加算運賃なし。
糀谷・大鳥居・穴守稲荷 - 羽田空港は300円、京急蒲田 - 羽田空港は330円の特定運賃。
加算運賃減額区間があるため、下に挙げる割引運賃適用区間以外への運賃は天空橋駅で乗車区間を分割した方が安くなる。
割引運賃
羽田空港 - 都営線各駅の運賃は、大人60円・小児30円の割引。
都営線を経由して東京メトロ線各駅との運賃は、都営線・東京メトロ線間の連絡特殊割引(大人70円)を適用。
羽田空港 - 都営線・京成線経由で北総鉄道北総線各駅までの運賃は、大人80円・小児40円の割引。
羽田空港 - 京成線空港第2ビル・成田空港の運賃は、大人90円・小児50円の割引。
品川 - 新馬場の各駅と泉岳寺を経由して都営浅草線大門 - 五反田、泉岳寺・三田を経由して都営三田線白金高輪 - 芝公園の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。
子安 - 日ノ出町の各駅(横浜を除く)とみなとみらい線新高島 - 馬車道の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。

割引乗車券

京浜急行線は、沿線に三浦半島、横浜といった有名観光地や羽田空港を擁し、観光客を始めとする利用者に向けて様々な割引乗車券を発売している。

三浦半島1DAYきっぷ/三浦半島2DAYきっぷ
京急本線金沢文庫駅 - 浦賀駅、逗子線・久里浜線全線及び三浦半島エリアの京浜急行バス指定区間が乗降自由、三浦半島の各種施設の優待特典が付く。各々1日ないし2日間有効。以前は横須賀市内エリアをフリー区間に収めたものも発売していた。
東京1DAYきっぷ
京急線乗車駅 - 品川駅の往復乗車券と、フリー区間となる京急線泉岳寺駅 - 品川駅及び東京都交通局都営地下鉄都営バス都電日暮里・舎人ライナー)が乗降自由。1日間有効。以前は「TOKYO探索きっぷ」の名称で発売していた。
横浜1DAYきっぷ
京急線横浜駅 - 上大岡駅及び横浜市営地下鉄ブルーライン横浜駅 - 上大岡駅(ただし阪東橋 - 弘明寺では途中乗降不可)、みなとみらい線全線、横浜市営バス(横浜都心部の一部区間)が乗降自由。1日間有効。
平和島温泉クアハウスきっぷ
乗車駅 - 平和島駅の往復乗車券と「平和島温泉クアハウス」の入場割引券。2日間有効。
弘明寺みうら湯きっぷ
乗車駅 - 弘明寺駅の往復乗車券と「みうら湯弘明寺店」の入場割引券。2日間有効。
東京湾フェリー往復きっぷ
京急線乗車駅 - 京急久里浜駅及び京急久里浜駅 - 久里浜港の京急バスと、久里浜港 - 金谷港東京湾フェリー往復乗車券。4日間有効。
京急羽田・ちか鉄共通パス
京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅の片道乗車券と都営・東京地下鉄共通一日乗車券。羽田空港駅でのみ発売。
東京トラベル1DAYパス
京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅の片道乗車券と都営地下鉄共通一日乗車券。羽田空港駅でのみ発売。
空の旅おでかけキップ
京急線羽田空港駅 - 東武本線各駅(一部除く)の割引乗車券。1日間有効。羽田空港駅でのみ発売。
羽得キップ
関東地区を除く近畿日本ツーリスト窓口のみ発売。京急線羽田空港駅 - 泉岳寺または横浜駅の往復割引乗車券。9日間有効。

広報誌

  • なぎさ(奇数月発行)
  • 京急線普通電車の旅(偶数月発行)

関連会社

京急グループ」を参照

関連項目

外部リンク

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