特別急行列車

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特別急行列車用車両の例
日本国有鉄道183系電車

特別急行列車(とくべつきゅうこうれっしゃ)とは、鉄道における広義の急行列車の一種で、狭義の急行列車の上位に位置する列車種別である。「特別急行」を略して特急(とっきゅう)ともいい、基本的には「特急」で通用している。

鉄道会社鉄道路線ごとに多少の違いはあるものの、概ねその路線で最も早く目的地に到達する列車に与えられる呼称である[1]

目次

[編集] 日本国外の例

米国には、豪華な列車に、特別料金を支払って乗車する上等客のみを扱う"LIMITED"と呼ばれる列車が1910年代から運転されたが、「特急」にぴたりとあてはまる列車種別は無い。

欧州では、古くから特別急行列車の運転が盛んで、イギリスでは19世紀にすでに運転されていた。また、イタリアでは1936年から電車による特急列車が運転された。その後、1957年にはヨーロッパ各地を日帰りで行き来できるビジネスライクなTEE列車網が整備され、これらの列車には特別急行券を必要とした。その後はインターシティ"InterCity (IC)" 列車に変更された。これは都市間連絡を主たる目的とする在来線優等列車であり、かつ平均停車間隔も長いものでは100kmを超えるが、短いものでは20kmにも満たないという点で、現在のJRの特急列車に限り無く近い性質を有していると言える。

21世紀の今日、欧州ではTGV、ICEなどのいわゆる新幹線タイプの特急列車が中心だが、かつては「ラインゴルト」、「ミストラル」、「ゴールデンアロー」、「セッテベロ」などの著名な特急列車が運転され、速度だけでなくその走行区間において、最も豪華な列車として運転されていた。これらの特急列車はほとんどが一等(三等級時代は一、二等)のみで編成され、パーラーカーや食堂車やバー、ブチックやラウンジを備えていた。これらの列車には当然特別急行券を必要としたが、他の列車より高額であったようだ。

[編集] 特急の訳語

通常、英語訳には、かつての米国の例にならいLimited Expressが当てられるが、米国では鉄道旅客輸送の衰退に伴いほとんど死語になっている。事業者によっては、“Limited Exp.”,“Ltd. Express”,“LTD. EXP.”などがあるが、京王電鉄はSpecial Expressとしている。また、JR九州の特急列車には、車体にIntercityのロゴを塗装してあるものがある。

フランス国鉄では、かつて在来線特急列車の種別名にRapidを用いていた。Rapidは日本では快速列車の訳語である。

よくExpress(エクスプレス)を特急と勘違いしている人がいるがこれは急行であり、特急ではない。

[編集] JR・国鉄の特別急行列車

[編集] 沿革・概要

[編集] 戦前特別急行列車の創始とその終焉

特別急行(特急)列車が設定される前、急行列車より速い列車には「最急行」という種別をつけることがあった。その中でも1906年(明治39年)4月16日に、国有鉄道の新橋駅神戸駅間で設定された「最急行1・2列車」は、運賃以外に初めて速達サービスのための料金を徴収する列車となるなど、現在の有料特急・急行の元祖と位置づけられるものであった。

特別急行」の種別を初めて用いたのは、1912年(明治45年)6月に前述した「最急行1・2列車」を区間延長する形により、関釜連絡船を介して中国・欧州などへの国際連絡運輸の一翼を担う「大陸連絡列車」として、新橋駅下関駅間で運転を開始した1・2列車である。編成内容も一等車二等車のみで展望車が最後尾に連結されるなど、「日本の国威」を対外宣伝するためのような存在であった。1914年(大正3年)12月東京駅が開業すると、1・2列車も東京駅始発となった。

1923年(大正12年)7月、同区間に三等車のみで構成された3・4列車が運転開始される。そこからも分かるように、この列車はどちらかと言えば大衆向けの設定であった。昭和に入ると特急列車に「列車愛称」が付けられるようになり、新しい列車の設定も見られたが、間も無く戦争に突入したため、結局戦前の特急列車は下記の4種のみにとどまった。また戦前の特急列車は、東京以西の路線(東海道本線山陽本線鹿児島本線長崎本線)のみで設定されていた。そして太平洋戦争の激化により、1944年(昭和19年)4月を以て「富士」を最後にそれらは全て廃止され、日本の特急列車は一旦消滅した。

[編集] この時期の特急列車
  • 富士(ふじ) 1929年(昭和4年)9月、当時の国有鉄道を運営していた鉄道省は前述した1・2列車に「富士」と命名した。これは日本初であり、また公募によるもので(公募については列車愛称を参照)、後述する「櫻」・「燕」もそこから命名されている。「富士」は戦前の日本を代表する列車となり、一等展望車を最後尾に連結していた。1942年(昭和17年)11月関門トンネルの開業により「富士」は運転区間を長崎駅まで延長、翌年博多駅までに短縮し、1944年(昭和19年)4月に廃止された。
  • 櫻(さくら) 1・2列車に「富士」と命名されると同時に、3・4列車には「櫻」と命名。1934年(昭和9年)12月までは、「富士」に対して十数分先行するような時刻で運転された。前述した「大衆列車」としての使命を全うして運転されていたが、1942年(昭和17年)11月に急行列車に格下げられた。
  • 燕(つばめ) 1930年(昭和5年)10月、東京駅~神戸駅間に一・二・三等の各等をすべて連結した列車として運転を開始。この列車には所要時間を短縮するために様々な工夫がなされ、1934年(昭和9年)12月には東京駅~大阪駅間を8時間で運転、戦前の最高記録を打ち立てた。1943年(昭和18年)10月に廃止。
  • 鷗(かもめ) 1937年(昭和12年)7月、東京駅~神戸駅間に運転を開始。前述した「櫻」・「燕」の補助的性格の強い列車であった。1943年(昭和18年)2月に廃止。

[編集] 太平洋戦争後の復活とその後の展開

終戦直後は、石炭・車両・整備の状況が戦時中以上に悪化したこともあって、特急列車どころか普通の列車すらまともに運転できない状態となり、1947年(昭和22年)の1月から4月に掛けては急行列車まで全廃された。その後、それらの状況がやっと好転して来た1949年(昭和24年)9月、東京駅~大阪駅間に「へいわ」が運転開始される。同区間を9時間で結び、速度こそ戦前の水準に及ばなかったが、この時1944年(昭和19年)以来5年振りに展望車・食堂車が復活するなど、見るべきことは多かった。

[編集] 特徴のある特急列車

その後、特急列車は次第に各線で設定・増発され、特徴ある物も増えた。戦後の特急列車史に残る列車としては、下記の列車などが挙げられる。(新幹線は除く)

  • 「つばめ」・「はと」 1950年(昭和25年)1月、前述した「へいわ」を運転開始3ヶ月で「つばめ」と改称し、戦前の名列車の名前が蘇った(戦後は「つばめ」と平仮名書き)。同年6月、同区間にその姉妹列車として「はと」が登場する。更に同じ年の10月には東京駅~大阪駅間の所要時間を戦前同様の8時間とし、1956年(昭和31年)11月には7時間30分にまで短縮する。後述する「こだま」が登場するまで、「つばめ」・「はと」は戦後の国鉄を象徴する列車として走り続けた。
  • あさかぜ 1956年(昭和31年)11月、東京駅~博多駅間に戦後初の夜行特急列車として登場した。関西圏を深夜時間帯に通過したりするなど、話題に尽きない列車であった。2年後の1958年(昭和33年)10月には使用車両を新型の20系客車に置き換え、初の「ブルートレイン」となった。
  • はつかり 1958年(昭和33年)10月に上野駅青森駅間、即ち戦前戦後を通じて初めて東京以北へ向かう特急列車として設定された。当初は客車を使用していたが、2年後の1960年(昭和35年)12月にこれまた日本で初めての気動車による特急列車となった。1968年(昭和43年)10月の改正で電車特急となる。
  • こだま 1958年(昭和33年)11月、東京駅~大阪駅間に電車を使用した特急列車として登場。当初同区間を、それまでの機関車列車の所要時間より40分も早い6時間50分で結び、電車の優位性を見せ付けた。2年後の1960年(昭和35年)6月には、それを更に6時間30分にまで短縮している。これによって東京~大阪間の日帰りが可能となったことから「ビジネス特急」と呼ばれ、東海道新幹線の開業まで東海道本線の代表列車として疾走した。

[編集] 特急列車運行の全国展開

特急列車が普及したダイヤ改正として著名なものには、1961年(昭和36年)10月1日の改正(通称「サン・ロク・トオ」ダイヤ改正)と、1968年(昭和43年)10月1日の改正(通称「ヨン・サン・トオ」ダイヤ改正)がある。1961年(昭和36年)の改正ではそれまで東北・東海道・山陽・鹿児島・長崎の各本線と常磐線でしか運転されていなかった特急列車が全国の幹線を走り始め、1968年(昭和43年)の改正では、それまではその名の通り「特別」な列車であった特急列車が、需要の多い線区では1964年(昭和39年)10月に開業した東海道新幹線と同様ネットダイヤ化が進み、大衆化をも推し進めることになった。

[編集] この時期の著名な列車
  • 白鳥 1961年(昭和36年)10月、大阪駅~青森駅・上野駅(信越本線経由)間を結ぶ気動車による特急列車として登場。直江津駅で上野編成と青森編成とを切り離し・併結すると言う、同時に登場した「かもめ」とともに、日本初の分割・併結を行う特急列車となった。1965年(昭和40年)10月に、上野への編成が上野駅~金沢駅間の「はくたか」として独立、そして1972年(昭和47年)10月には使用車両を電車に変えるが、その後も2001年(平成13年)3月まで大阪駅~青森駅間1040.0kmを結ぶ、在来線では日本最長距離を走る昼行特急列車として君臨し続けた。
  • 富士 1964年(昭和39年)10月に、東京駅~大分駅間を結ぶ寝台特急列車として登場、翌1965年(昭和40年)10月から運転区間を西鹿児島駅(現、鹿児島中央駅)まで延長し、1980年(昭和55年)10月に運転区間を短縮するまでは、東京駅~西鹿児島駅間を日豊本線経由で1574.2kmを走る、日本最長距離走行の特急列車であった。

[編集] エル特急の登場とその後の展開

1972年(昭和47年)10月より一部の昼行特急には、「エル特急」と言う愛称が与えられた。後に従来の急行列車を昇格して特急列車とした際にもこの扱いを行うことが多かった。しかしJR東日本2002年(平成14年)12月にエル特急を名称上全廃するなど、その数は次第に減少しつつある。その一方でJR北海道においては、案内掲示や放送において「エル特急」と明記・明言し、エル特急、寝台特急、臨時特急を除く特急は「特別急行」と放送されている。

1972年(昭和47年)から1985年(昭和60年)に掛けて山陽新幹線東北新幹線上越新幹線と言った新幹線が次々と開通するにつれ、長距離を走る特急列車は新幹線に取って代わられる形で次第に減少し、それと引き換えに新幹線の沿線から離れた都市と、新幹線との連絡・接続を図る、中~短距離の列車が増えていった。

1985年(昭和60年)3月より2002年(平成14年)12月までの間、東北本線(宇都宮線)高崎線などでは同線内相互間の輸送を目的とした一部のエル特急を「新特急」と称していた。元々は、短・中距離の急行列車を増収のためほとんど停車駅は変えず特急列車に格上げした物で、定期券でも乗車できることとし、料金も50km以下の区間は急行料金と同額とするなど、特急と急行の中間的な設定にされた。しかし前述のような理由で設定された特急であり、使われていた185系電車はそれまでの特急列車の車両より設備が劣り、関西では快速列車に使うような車両にデッキを付けただけのような物であったため、設定当初には「体のいい料金値上げ」・「最悪の特急」・「有料新快速」などといった陰口も叩かれた。2001年(平成13年)12月にそれ以外の列車と特急料金が同額になり、「新特急」を列車名に冠する必要が無くなったためか翌年消滅した。

2004年(平成16年)3月に九州新幹線が開通して以来、JR九州は「きりしま」のうち霧島神宮・国分発着のものや、「はやとの風」、また2009年10月10日から運転予定の「海幸山幸」といった臨時特急列車などが存在するが、これらの列車は停車駅こそ限定されてはいるもの、いずれも同区間を走る普通列車と同等か、それより遅い便も存在する。これは速達性を意味する「特別な急行列車」の意味ではなく、新幹線との接続性を重視しているものや、また車内設備のサービスに対して料金を取るか取らないかどうかや、観光に特化したサービスの提供などといったサービスの違いで「快速列車」・「普通列車」などと区分するために、「特急列車」を名乗らせているものである。

[編集] 編成について

編成_(鉄道)」、「特急形車両」、および「Category:列車編成図」も参照

1950年代までは客車による長大編成が組まれた。しかし、1960年代以降、速達化を計る観点から、昼行列車から使用車種を電車気動車へ変更してゆく事となった。

この初例としては、運用の効率化を図った登場時の151系電車を用いた「こだま号」の編成がある。詳細はこちらを参照されたいが、これは、簡易食堂「ビュフェ」付き三等車と二等車を編成中央に組み込んで8両編成で運用するものであったが、速達化・快適性の向上がなされたため、在来特急列車の電車化を行う際には、運用の効率化よりも在来編成との摺り合わせがなされたため、10 - 12両で運用された。

しかし、利用者が少ないとされた線区での使用が予想されたキハ82系気動車では食堂車一等車(→グリーン車)を各1両備えた6両編成を基本とした編成が基本とされた。

電車でも二等車(→普通車)の両数の差があるものの、編成が短くなり、おおむね8 - 12両程度で運用される従来のものから大きく変容するようになる。

その初例として、1976年(昭和51年)に設定された佐世保線エル特急「みどり」では485系電車新製車両では最も短い4両編成で運用される事例がみられるようになった。ただし、「みどり」の事例は「かもめ」と併結運転を行う多層建て列車として運行する関係もあり、線路容量が小さい路線での措置として異例とされた。

本格的な短編成化として知られるようになったのは、高速バスとの競争が激しくなった鹿児島本線エル特急「有明」である。この列車群では、車種統一を図った1984年(昭和59年)以降改造車両を用い1本あたりの編成組成を短くする代わりに本数を増発する手法を採ったため、1986年(昭和61年)には「3両編成を組んだ特急」が運行されるようになった。

但し、電車による短編成化には運用上の限界があり、2両編成の電車特急列車は1990年(平成2年)登場の札幌駅旭川駅間運行の臨時特急「モーニングエクスプレス」があったものの、1994年(平成4年)には使用車両であるJR北海道785系電車所定の4両編成に戻され、以降電車での短編成運行は485系・JR東日本253系電車JR東海373系電車による3両編成が最小になる。

しかし、気動車ではキハ82系気動車の編成を元に設計したキハ181系気動車キハ183系気動車では「大出力エンジンを積む」や(後者のみであるが)「寒冷地仕様のため先頭車両は非貫通」とした事もあり、例えばキハ181系気動車は2両で運行することは可能であるが、「トイレがない」・「座席数が少ない」という問題もあった。

そこで、1986年に運用を開始したキハ185系気動車は2両編成で運用可能とした設計とし、実際にJR四国高徳線のエル特急「うずしお」の運用開始時に運用を実施した。なお、同車両は2008年現在2 - 3両の短編成で運用される事が多く、当初よりの所有会社であるJR四国では主に徳島県内の特急列車群で、一部はJR九州が購入し久大本線豊肥本線を運行する特急列車群で運用されている。

なお、キハ185系気動車以降では「急行形気動車の置き換え」ないしは「地域輸送の高速化」という観点から、西日本旅客鉄道(JR西日本)では2両固定編成での運用を前提としたJR西日本キハ187系気動車を新製した。

客車については定員が少ない寝台車を中心にして運行されたこともあるため、A寝台・食堂車・電源車を込みで10 - 15両程度の長大編成を組んでいたが、14系客車ではサービス電力を高出力ながら乗客を乗せない専用の電源車ではなく、編成の端に連結する緩急車より供給する関係で6両程度で組成をすることとなり、その編成単位の組み合わせで運行されるようになった。

しかし、1980年代以降、長期的な夜行列車寝台列車の凋落傾向から必ずしも10両程度の需要がないことから、廃止直前の「彗星」の様に開放式B寝台車のみの4両編成で運行された列車も存在した。また、「富士」・「はやぶさ」は、運行末期である2005年より2009年の廃止までは門司駅以降のJR九州管内での編成が6両で運行し、東京駅 - 門司駅間ではそれを2編成組み合わせた12両で運行されていた。

2009年現在、最短とされる「北陸」ではA寝台連結で8両編成で編成されており、他方、「北斗星」・「トワイライトエクスプレス」・「カシオペア」では終着駅である札幌駅のホーム最大有効長に合わせた12両編成となっている。

[編集] 新幹線列車の扱い

新幹線で運行される列車も特急列車として分類される。

1975年(昭和50年)3月まで速達タイプの「ひかり」と各駅停車タイプの「こだま」は料金に区別があった。また、1972年(昭和47年)3月までは「ひかり」は超特急、「こだま」は特急として区別していた。

1992年(平成4年)3月に登場した「のぞみ」も「ひかり」・「こだま」とは料金に格差が設けられている。ただし、2003年(平成15年)10月1日に「のぞみ」にも自由席を設定したが、これについては「ひかり」・「こだま」と同一料金である。

在来線と直通する列車も特別急行列車と定義されている。このため、博多南線運行列車や「つばさ」・「こまち」も特別急行列車である。

[編集] 特急料金

沿革にある通り、JRの場合特急列車を利用する場合、乗車券のほかに特別急行券(特急券)が必要である。料金などの詳細については、「特別急行券」の項を参照されたい。

特急列車への定期乗車券での乗車は原則として認められていないが、近年は特例として一部の列車・路線で定期乗車券に自由席特急券ないしは立席特急券を追加すれば乗車が認められるようになってきている。現在では、自由席については昼行列車の全列車が定期乗車券との組み合わせで乗れるようになった。しかし、指定席は認めていない場合も多い。

[編集] 特急料金が不要な区間

普通列車が一切無いなどの理由で、特急列車に乗車しても特急料金が掛からない区間がある。詳細は「特別急行券」項中の「特急料金不要の特例区間」を参照のこと。

[編集] 車両

他の種別の列車の車両と異なる特急形車両を使っており、高速性能や、座席などの車内設備が他の種別の列車用より優れている。原則として特急列車に専用されるが、末端区間で普通列車になる場合や、運用の関係で普通列車として運転される場合もある。

[編集] トレインマーク

方向幕#ヘッドマーク」も参照

国鉄時代の特急の特色として、綺麗なデザインが施されたヘッドマークがある。丸い金属製のもので、客車端部に設置したものである。戦前にすでに運行されていた「富士」「さくら」の列車愛称命名時に取り付けを行ったのが端緒である。

戦後、1950年に復活した特急「へいわ号」以降、特急列車のシンボルとして取り付けられ、「つばめ」「はと」以降では特別急行列車牽引機関車の前面に掲げる事例が生まれるようになった。

なお、寝台列車の「あさかぜ」などでも当初は特急用車両を使用していないこともあり、取り付けを行ったが、20系客車化されて以降、客車列車が寝台特急に限定されたこともあり、寝台特急のシンボルとなり好評を博した。その一方で、取り外しが面倒、費用が嵩む、あるいは盗難などの理由で1975年には東京発、西日本 - 九州方面のブルートレイン7列車以外はすべて撤去されてしまった。

国鉄エル特急の「つばさ」とトレインマーク(上野駅

しかし、このトレインマークは軒並み鉄道ファンや子供たちの間で評判で、ブルートレインブームを巻き起こした。加えて漫画『銀河鉄道999』のヒットなどにより、鉄道による長距離旅行が大流行した。それを受け、自動車、航空機など交通の多様化にともなう旅客減少により、採算が悪化、事業再興の機を窺っていた国鉄は千載一遇のチャンスとばかり、1978年10月にはすべての電車特急にイラストを施した絵付きトレインマークを採用することになる。このトレインマークは子供達だけでなく、鉄道ファンやその他一般人にも大きく受け入れられ、ブルートレインと並んで旅客特急にブームを呼び寄せ、トレインマークをデザインしたグッズや特急を掲載した図鑑や絵本が人気を呼び、鉄道写真に興味を持つ人も多く誕生した。

一方、相対的に輸送旅客数が少ない非電化路線にはキハ80系を筆頭とする気動車特急が走行していた。高山本線の「ひだ」を除いて、絵入りのトレインマークは採用されていなかったが、1985年1月には全路線の気動車特急にも絵入りトレインマークが採用されるようになった。

しかし、1987年4月1日に国鉄が民営化され、JRが発足すると各社はこぞって脱国鉄色を目指すようになり、加えて鉄道車両の老朽化、陳腐化などに伴い、高速性、居住性の改善など性能に優れた近未来的な新型車両を採用していく中で、JR東日本を中心にLEDを利用したマークが採用されたり、トレインマークを掲げないものも増加していったりした。一方で、車両を特徴付けるサインやロゴマークは重視された。また、JR四国185系気動車のように図案をより簡略化したり、JR西日本の北近畿ビッグXネットワークの各特急列車のように、図案を統一化したものも増えてきた。また、そのブームの旗手となった寝台特急が次々と廃止に追い込まれていく中で、多くの鉄道ファンや子供たちが魅せられたイラスト付きのトレインマークは過去を回想させるものとなりつつある。

[編集] 特急電車

昭和初期より、特別急行列車とは異なる運行種別として、特急電車(とっきゅうでんしゃ)と呼ばれる列車が阪和電気鉄道で運行されていた。阪和間の都市間列車で、特急料金不要の転換クロスシート車を用いたなど、列車としての性格は私鉄の料金不要の特別急行列車ないしは、現在の特別快速列車に相当する。尚、同鉄道には超特急なる列車種別も存在した。

戦時中に一旦廃止されるが、国鉄時代の1950年10月に流電こと52系電車を投入して復活する。その後、国鉄の称号改正で快速直行となる。この列車は現在の紀州路快速に相当する。

[編集] 私鉄の特別急行列車

私鉄では南海鉄道1926年(大正15年)に、初めてこの名前の列車を運転したと言われている(詳細は不明)。

私鉄では、鉄道会社によってJRと同様に利用するためには乗車券のほかに特急料金が必要な物と、乗車券だけで利用できる物、および座席指定車と料金不要の自由席車の両方を連結したものの3種類がある。その経緯については急行電車も参照のこと。

また、私鉄にはオリジナルの列車種別が設定されていることも多く、用途や行先を冠することで、複数の「特急」が設定されているケースも少なくない。また、近年では、ラッシュ時に「通勤ライナー」的な性格の列車が運転されているケースも多い。

[編集] 有料特急

種別としての性格は、東武鉄道など特別急行料金を徴収する国鉄の特急列車と同等のものと、名古屋鉄道や京浜急行電鉄など本来急行料金は設定していなかったが、座席指定料として運賃とは別に料金を徴収するようになったものとがある。

JRと同様に、高速性、車内設備などが他の種別に使用している車両に比べて優れている特急用の専用車両が使用されており、差別化を図っている。一部の私鉄や第三セクター鉄道には、JR線から特急列車が乗り入れている(一部は相互直通運転を実施)。

名古屋鉄道と南海電気鉄道では、座席指定車と料金不要の自由席車の両方がある特急列車が運転されている。

運行会社 会社としての統一したブランド名・通称 運行路線 列車愛称など その他
1.自社の専用車両を用いて運行する有料特急
小田急電鉄 小田急ロマンスカー 小田原線 「はこね」・「スーパーはこね」・「さがみ」 「はこね」・「スーパーはこね」は箱根登山鉄道に乗り入れ
江ノ島線 「えのしま」  
全線 「ホームウェイ」 ホームライナー的性格列車
小田原線・多摩線 「メトロはこね」・「メトロさがみ」・「ベイリゾート」「メトロホームウェイ」 「ベイリゾート」は臨時列車
東京地下鉄 千代田線有楽町線
東武鉄道   日光線系統 スペーシア「きぬ」・「けごん」、「きりふり」・「ゆのさと」・「しもつけ」 使用車両の差違による料金の差違がある
伊勢崎線系統 りょうもう  
西武鉄道 レッドアロー 池袋線秩父線狭山線 「ちちぶ」・「むさし」・「ドーム」 「ドーム」は西武ドームでの埼玉西武ライオンズ主催野球開催日及びその他イベント時に運行される臨時列車
新宿線 小江戸  
京成電鉄 スカイライナー 本線 「スカイライナー」・「モーニングライナー」・「イブニングライナー」 京成には無料の特急も運転されているため、特急より上位の列車種別として「ライナー」と考えた方が良い
富士急行 フジサン特急 富士急行線 フジサン特急 旧称「ふじやま」。専用車両である2000形電車が使用できない場合には代替として運行される。
長野電鉄   長野線 A特急「ゆけむり」・B特急  
富山地方鉄道   本線立山線 うなづき」・「アルペン特急 立山線特急には愛称がない
名古屋鉄道 名鉄特急 瀬戸線以外の全線。ただし、例外あり   全席指定の列車種別が「ミュースカイ」となっている。
「ミュースカイ」以外は、一部特別車快速特急、一部特別車特急に変更。[2]
近畿日本鉄道 近鉄特急 線区多数別項参照 特色のある車両については車両愛称はあるが、列車愛称としては公式には「名阪ノンストップ特急」のみ 詳細は近鉄特急を参照されたい。
南海電気鉄道   南海本線空港線 ラピート(α・β) 全車座席指定制を採用
高野線 「こうや」・「りんかん」
本線 サザン 全列車一部座席指定制
2.指定席車(特急用車両)と自由席車(一般用車両)の両方を連結する特急(一般用車両は料金不要)
名古屋鉄道 名鉄特急 瀬戸線以外の全線。ただし、例外あり   特別車はリクライニングシート、一般車は通常転換クロスシート車または転換セミクロスシート車のいずれか。「ミュースカイ」以外は、こちらに統合。名鉄特急の項参照のこと。
南海電気鉄道   本線・和歌山港線 「サザン」 指定席車はリクライニングシート車であるが、自由席車は通勤形のロングシート。全部の便がこの編成で運転される。
3.定期的にJRとの乗り入れの特急列車を運行(JRの片乗り入れ)
青い森鉄道   青い森鉄道線 「北斗星」・「カシオペア 特急料金のみ設定し、寝台料金の設定無し
IGRいわて銀河鉄道 いわて銀河鉄道線
伊豆箱根鉄道 駿豆線 踊り子 特急料金の設定無し
伊勢鉄道 伊勢鉄道伊勢線 南紀 特急料金のみ設定。グリーン料金の設定無し
4.定期的にJRとの乗り入れの特急列車を運行(相互乗り入れ)
小田急電鉄 小田急ロマンスカー 小田原線 あさぎり JR車両使用列車の場合その旨を時刻表で明記
東武鉄道 スペーシア 日光線・鬼怒川線 「スペーシアきぬがわ」・「スペーシア日光」 JR車両の場合は「スペーシア」は用いない
北越急行   ほくほく線 はくたか 自社車両自体の管理をJR西日本に委託
伊豆急行   伊豆急行線 「踊り子」・「スーパービュー踊り子」・「リゾート踊り子」 2100系電車「リゾート21」による「リゾート踊り子」登場前までは類型3。ただし、同列車は臨時列車である。
北近畿タンゴ鉄道   北近畿タンゴ鉄道宮福線宮津線 はしだて」・「文殊」・「タンゴエクスプローラー」・「タンゴディスカバリー JR所有車両は電車、自社車両は気動車と乗り入れ車両種が異なる。
智頭急行   智頭急行線 スーパーはくと」・「スーパーいなば 自社車両の管理をJR西日本に委託
土佐くろしお鉄道   中村線宿毛線 南風」・「しまんと」・「あしずり 自社所有車両の管理をJR四国に委託。

[編集] 料金不要の特急

他の列車種別より停車駅が少なく、いわゆる最速達列車種別として用いる場合のものがほとんどである。そのため他の種別の列車と同じく、通勤形車両を用いるのが一般的である。ゆえに、このタイプの「特急」はJRにおける「特別快速」と同義の種別であると考えることができるが、一部の私鉄には快速に相当する種別を「特急」として、その上に「快特(快速特急)」といった、さらに上位の種別を設定している会社もある。しかし、競合する他社の鉄道路線がある場合には、料金不要の列車と言えども車内設備や性能の優れた専用車両を充当することがある。

こうした例は、JR東日本東海道本線横須賀線ならびに東急東横線と競合する京浜急行電鉄中央線快速と競合する京王電鉄総武快速線と競合する京成電鉄、中京地区で東海道本線と競合する名古屋鉄道JR京都線JR神戸線と競合する阪急電鉄京阪電気鉄道阪神電気鉄道山陽電気鉄道鹿児島本線と競合する西日本鉄道に見られる。

料金不要の「特急」もしくはそれに類する種別の列車を運行する私鉄
運行会社 運行線区 使用車両の座席配置 備考
京成電鉄 本線押上線東成田線 基本的にロングシート車[3]  
芝山鉄道 芝山鉄道線 京成線直通列車種別
北総鉄道 北総鉄道北総線  
東京都交通局 浅草線 乗り入れ列車種別がそのまま援用されるが、例外もある。当該運行項目及びエアポート快特を参照のこと。
京王電鉄 京王線高尾線 ロングシート車 過去には相模原線直通でも運行されたが、廃止されている。
東京急行電鉄 東横線 基本的にロングシート車[3] 東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい21線は直通運転。
横浜高速鉄道 みなとみらい線
京浜急行電鉄 本線久里浜線空港線逗子線 基本的にロングシート車[3]中心だが、時間帯によっては快特の約半数は転換クロスシート車 夕方以降に運転される「京急ウィング号」は品川駅から乗車する場合に着席料金が必要。
名古屋鉄道 瀬戸線を除く全線。ただし例外あり。 自由席車は3扉転換クロスシートまたはセミクロスシート車とされているが、増結する際に限ってはロングシート車でも運用することもある。 列車種別「ミュースカイ」以外は指定席と自由席を混結。詳細は名鉄特急の項も参照。
阪急電鉄 京都線 3扉セミクロスシート車の9300系およびロングシート(9300系以外)が中心だが、時間帯によっては2扉転換クロスシート車の6300系が使用される  
神戸線 ロングシート車。ただし8000系のごく一部(宝塚線所属車は全車)のみセミクロスシート車での運用もある。  
宝塚線 阪急宝塚線・能勢電鉄直通「日生エクスプレス」を参照のこと。
能勢電鉄 妙見線日生線
京阪電気鉄道 京阪本線鴨東線 料金不要の特急列車として最高の設備を誇る転換クロスシート車、8000系が主力であるが、朝夕ラッシュ時及び日中の枚方市発着便はロンシシートの6000系または7200系及びセミクロスシート車の9000系が充当されている。 詳細は京阪特急を参照のこと。
南海電気鉄道 南海線和歌山港線 基本的にロングシート車[3] 難波-和歌山市間の特急は、平日、休日とも2往復が全車自由席ロングシート車で、残りは特急「サザン」が指定席と自由席ロングシート車を混結で運転される。
阪神電気鉄道 本線 かつてはロングシート車ばかりであったが、現在ではセミクロスシート車が増えている。  
神戸高速鉄道 東西線 直通特急」以外相互乗り入れ会社種別による各駅に停車する。
山陽電気鉄道 本線 セミクロスシート車 阪神電気鉄道と直通のため。山陽電鉄の特急用車両はすべてセミクロスシート車となっている。
一畑電車 北松江線 転換クロスシート車またはロングシート車 転換クロスシートの車両は「スーパーライナー」として運転。
西日本鉄道 天神大牟田線 転換クロスシートの専用車両が中心。但しラッシュアワー時には乗客数が増える関係上、ロングシートタイプの通勤型車両が使用されることがある。 尚、特急車両は前述のラッシュアワー時には、乗客数の少ない区間の普通列車として間合い運用されることがある。

[編集] 「特急」を冠する列車種別のバリエーション

ここには、「特急」を含む「特急」以外の列車種別並びに、「特急」を名乗らないが「特急」に比肩する列車種別の名称を記する。なお、「」内の事業者では、過去に運行をしていたとされる。

「特急」を冠する列車種別のバリエーション
類型 種別名称 運行会社 その他
別途料金を徴する 別途料金不要
1 「特急」より上位 スカイライナー・モーニングライナー・イブニングライナー 京成電鉄 -  
京急ウィング号 京浜急行電鉄 - 定員制
エアポート快特 - 京浜急行電鉄(本線泉岳寺駅~京急蒲田駅間、空港線のみ)、東京都交通局(浅草線)  
快速特急 名古屋鉄道(名古屋本線犬山線広見線常滑線河和線知多新線 名古屋鉄道(名古屋本線、犬山線、広見線、常滑線、河和線、知多新線) 別項快速特急も参照のこと 指定席と自由席が併結している。名鉄特急も参照
- 「阪急電鉄(京都本線)」  
京阪電気鉄道京阪本線鴨東線 平日の夕方・出町柳行きのみ運行している。京阪特急も参照のこと
快特 - 京浜急行電鉄逗子線、大師線除く)、東京都交通局(浅草線)、京成電鉄(本線、押上線、東成田線)、芝山鉄道  
ミュースカイ 名古屋鉄道(名古屋本線、犬山線、広見線常滑線空港線 - 快速特急が全席指定になったもの
ノンストップ特急(甲特急) 近畿日本鉄道 - 近鉄特急直行便も参照されたい
直通特急 - 阪神電気鉄道、神戸高速鉄道(東西線)、山陽電気鉄道 直通特急 (阪神・山陽)を参照のこと。
超特急 - 阪和電気鉄道」、「新京阪鉄道」、「京阪電気鉄道」、「愛知電気鉄道 すべて昭和初期のもの。超特急を参照されたい。
2 「特急」より下位 準特急 「小田急電鉄」、「近畿日本鉄道」 京王電鉄 準特急を参照のこと。
通勤特急 - 京成電鉄(本線、押上線、東成田線) 「通勤特急」の一員としていわゆるホームライナーを指す場合もあるが、本稿では正式に列車種別として使用したもののみとする。 京成電鉄では、現在運転中の列車は3代目で過去に存在。そのうち2代目は特急より上位だった。
阪急電鉄(神戸線・京都線) 阪急京都線では特急と同格。
東京急行電鉄(東横線)、横浜高速鉄道(みなとみらい線)  
S特急 - 山陽電気鉄道(本線) 山陽電気鉄道本線を参照のこと。なお、過去に通称で京浜急行電鉄(本線、久里浜線)で運行されたが、公式な列車種別ではそう呼ばれた事実が乏しい。
高速 - 「名古屋鉄道」、「近畿日本鉄道」 名鉄特急近鉄特急を参照のこと
3 「特急」と同格(千鳥運転など) 区間特急 - 阪神電気鉄道(本線) 阪神電気鉄道本線では朝ラッシュ時のみ運転。特急とは千鳥停車を行っているため、特急と停車駅数・所要時間に大差はない。
直行 - 西日本鉄道(天神大牟田線) 詳細は直行 (列車)も参照のこと
4 その他 特快速 - 神戸電鉄(有馬線三田線系統) 当初は特急と快速の中間に位置する列車として設定された。特急は廃止されたため、現在は特快速が同線内で最上位の列車種別となっている。

[編集] 特急乗務員

鉄道事業者によっては、特急列車に専用乗務員を充て、かつ特急乗務員専用行路を与えていることもある。特に運転士にいたっては、運転技術で選抜された者や、特別な研修・実地訓練を受けた者に対してその任務が充てられることがある。

  • JR各社(在来線)の場合 - 概ね制限はない(新任運転士でも乗務することがある)。
  • JR各社(新幹線)の場合 - 在来線運転士を数年間経験し、選抜試験を通過して研修と実地訓練を受け、操縦免許の転換試験に合格した者。ただし例外もある。
  • 近畿日本鉄道の場合 - 運転士と車掌を5年以上経験した者で、研修と実地訓練を受けた者。
  • 京阪電気鉄道の場合 - 一般列車を半年以上乗務した者。
  • 南海電気鉄道の場合 - 南海本線では選抜された者。高野線では希望調査。
  • 西日本鉄道の場合 - 一般列車を1年以上乗務し、研修を受けた者。

[編集] 鉄道以外における「特急」

バスにおいても、特に停車する停留所を限定している系統が「特急」を名乗る場合がある(例:特急仙台・山形線山陰特急バス)。ただしその中でも高速道路を主として走行する物は「高速バス」と呼ばれることが多い。「高速バス」「急行バス」の項目も参照のこと。

ちなみに阪急バスでは、高速バスの方向幕表示を通常「高速 高知」「高速 長野」などと表示しているが(LED幕車では行き先のみ表示)、スーパーノンストップ便に関しては「特急 福岡」「特急 有馬温泉」と標示し、「特急」を「高速」よりも格上の存在と位置づけている。

フェリーに関してはかつて「特急」と冠した「大阪高知特急フェリー」が存在した。

[編集] 脚注

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  1. ^ 過去において「準急より遅い列車を特急と称し、不当な料金を徴収している」との訴えがおこされた。その判決によれば、特急列車とは単に速度の速さのみに関らず、連結車両の優劣、運転時間帯、他の列車やバスなどとの接続時間などを総合的に判断して決定されるので、準急より遅い特急はあり得るというものだった。
  2. ^ 名鉄では特急用車両並みの設備がある座席指定の車両を特別車、一般用車両と同等の設備で自由席の車両を一般車と呼称している。
  3. ^ a b c d 「基本的にロングシート車」については、車端部のみ固定クロスシートを備えている車両も含む。鉄道車両の座席を参照のこと。

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