阪急神戸本線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
阪急電鉄 神戸本線
神戸本線を走る8000系(岡本 - 御影)
神戸本線を走る8000系(岡本 - 御影)
阪急神戸本線の路線図
路線図
路線総延長 32.3 km
軌間 1435 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式直流
最高速度 115 km/h
直線主体の阪急神戸本線の線路

神戸本線(こうべほんせん)は、大阪府大阪市北区梅田駅から兵庫県神戸市中央区神戸三宮駅までを結ぶ阪急電鉄鉄道路線。神戸本線自体を指して、またはその支線を含めて通称神戸線と呼ばれる。

概要[編集]

阪神間を高速で走行することを前提に建設されたため、ほぼ直線的に大阪・神戸間を結んでいる。最初期の計画では伊丹付近の開発を名目に敷設免許を申請したことから、現行よりも北よりの伊丹駅門戸厄神駅付近を通るルートとなっていた。その後、阪神間の短絡を目的に現在のルートに変更されたため、伊丹線を建設することとなった。また、阪神間の住宅地を並行する阪神本線JR神戸線東海道本線)よりも山手を通っている。

直線区間が多く、また大都市圏内の私鉄路線としては駅間距離が比較的長いため、普通列車も含めてほぼ全区間で100km/h前後の速度(最高速度は115km/h)で運転される。

ただし、御影駅手前(大阪方面)にはS字に迂回するカーブが存在する[1]ため、この区間では最高90km/hに制限される。この区間では長らく最高65km/hに制限され減速を強いられてきたが、線形改良(緩和曲線延長・ロングレール化・カント修正)により1993年7月に最高70km/hに、2006年10月に最高90km/hに向上した。

梅田駅 - 西宮北口駅間は大阪平野を走りほぼ平坦であるが、西宮北口駅 - 神戸三宮駅間、特に夙川駅 - 春日野道駅間は山沿いのルートを取った関係で六甲山地の麓を走るため、16.7 - 30.3‰の勾配が断続的に存在する。

神崎川駅西側の神崎川橋梁には防潮扉が設置されており、台風接近による高潮や、地震後の津波等への対策として閉鎖されることがある。この場合、梅田駅 - 園田駅間は運休(このうち梅田駅 - 十三駅間は神戸本線のみ運休)となるが、過去には十三駅 - 神崎川駅間で上り線のみを利用して折り返し運転されたことや、園田駅に用意されている折り返し線を利用して園田駅 - 三宮駅間の普通列車のみで折り返し運転をしていたこともある。梅田駅 - 西宮北口駅間の代替路線としては、宝塚本線(梅田駅 - 宝塚駅)・今津(北)線(宝塚駅 - 西宮北口駅)を経由するよう案内されたことがある。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):梅田駅 - 神戸三宮駅間 32.3km
  • 軌間:1435mm
  • 駅数:16駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:115km/h
  • 車両基地西宮車庫

運行形態[編集]

阪急電鉄は神戸高速鉄道東西線神戸三宮駅 - 新開地駅間の第二種鉄道事業者であり、自社線扱いの「神戸高速線」として神戸三宮駅から新開地駅まで直通運転をしている。

平日は9時 - 22時頃、土曜・休日は7時 - 19時頃まで特急普通がそれぞれ10分間隔(土曜・休日の19時以降も同様に12分間隔)で運転される基本ダイヤとなっている。平日の夕ラッシュ時間帯にはそれに加えて神戸方面行きのみ通勤急行が運転されるほか、平日、土曜・休日ともに22時以降は特急に代わり快速急行が運転される。平日の朝ラッシュ時間帯は15分サイクルとなっており特急、普通のほかに通勤特急と通勤急行、準急(後者2つは梅田方面のみ)、急行(神戸方面のみ)も運転される。

土曜は休日ダイヤが適用されている。以前は、月曜から土曜までが平日ダイヤ、日曜・祝日が休日ダイヤで運転されていたが、関西では京阪電鉄に次いで1992年12月に宝塚線、1993年2月に京都線で土曜ダイヤを導入しており、これに続く形で神戸線も1993年7月に土曜ダイヤを導入した。ちなみに当時、相互直通運転を行っていた山陽電鉄、神戸高速鉄道東西線・山陽電鉄本線に乗り入れていた阪神電鉄も同日から土曜ダイヤを導入している。のちにこの土曜ダイヤは、休日ダイヤを基本に、輸送力の不足する朝のみ西宮北口発梅田行の普通を増発するパターンとなり、2006年10月28日のダイヤ改正[2]以降は完全に廃止されて休日ダイヤへ統合された(ただし、休日ダイヤで運転する8月中旬のお盆期間と年末の平日朝のみ、臨時で西宮北口発梅田行の普通を増発)。

乗務員は西宮北口駅で交替することがあり、交替した運転士が西宮北口駅発車時、警笛吹鳴を行うことがある。

日中の運転本数は次の通りである。

日中の運行パターン
駅名

種別
梅田 神戸三宮 新開地 山陽
電鉄

直通
本数
本数 特急 6本
普通 6本
山陽姫路 2本

以下に各種別の詳細を示す。列車の時刻は特記なければ2006年10月28日のダイヤ改正時点のもの。現行の停車駅は「駅一覧」を参照。

特急[編集]

神戸本線の代表的種別で、深夜を除きほぼ終日運転される。早朝に西宮北口駅始発新開地行きがあるほかは、梅田駅 - 神戸高速線新開地駅(一部は高速神戸駅)間の運転である。平日朝ラッシュ時は10両編成運転もあり、神戸三宮行きも運転される。1930年の運転開始以来、戦時中阪神・淡路大震災直後を除き、ほぼ一貫して設定されている。停車駅は永らく十三駅と西宮北口駅のみ(1930年の運転開始当初は西宮北口駅のみ、のちに十三駅を追加)であったが、阪神・淡路大震災後の1995年6月12日の改正で岡本駅に、2006年10月28日の改正で夙川駅に、それぞれ新たに停車するようになった[2]2000年から沿線の王子動物園ジャイアントパンダが公開されており、行楽シーズンには最寄り駅である王子公園駅に臨時停車することもあったが、現在では行われていない。昼間時は十三駅 - 西宮北口駅間の115km/h運転のため7000系以降のワンハンドル車に運用が限定され、この115km/h運転を行う特急をA特急と呼ぶ(代走で5000系が運用されることもある)。

平日日中と土休日終日は高速神戸駅阪神本線の普通電車(高速神戸駅折り返し)との接続が考慮されている。また、梅田駅 - 宝塚駅間は宝塚本線の急行に乗車するよりも、実際には特急で西宮北口駅まで行き、今津(北)線に乗り換えたほうが宝塚駅へ先着することも少なくない。ただし同区間を今津(北)線経由で乗車するよう奨励(促進)する案内活動は、実際には行われていない。

通勤特急[編集]

特急の停車駅に伊丹線との接続駅である塚口駅を加えた種別。1995年6月12日の改正で運転を開始、2006年10月28日の改正で夙川駅に新たに停車するようになった[2]。平日朝ラッシュ時にのみ運転され、高速神戸・新開地発着以外にも神戸三宮行きもある。列車によっては10両編成運転もあるが、高速神戸・新開地発着列車は西宮北口駅または神戸三宮駅で2両を連結(梅田行き)あるいは切り離す(新開地方面行き)。停車駅は梅田駅から岡本駅までは快速急行と、岡本駅から新開地間は特急と同じで、快速急行との違いは六甲駅を通過するだけである。一時期は深夜時間帯にも運転されていた。

快速急行[編集]

深夜の速達型優等列車としての役割があり、早朝に新開地発梅田行が1本運転されるほかは基本的に22時以降の運転となる。1987年12月改正で運転を開始。平日の夕方ラッシュ時に入る前の時間帯、土曜日の昼間や、春秋の休日に、臨時列車として運転されたこともあった(通称「大運転」)。2006年10月28日ダイヤ改正で、通勤特急の夙川駅停車により通勤特急との停車駅の違いが六甲駅に停車するだけの違いになった。深夜時間帯には新開地発西宮北口行きの列車も運転している(これは同時間帯の特急からの格下げによるものである)。

急行[編集]

伊丹線との接続駅である塚口駅および西宮北口駅 - 神戸三宮駅間の各駅への速達列車として、早朝・平日朝ラッシュ時・深夜のみ運転される。早朝に神戸三宮発梅田行で1本、平日朝ラッシュ時と深夜23時以降に梅田発神戸三宮行または西宮北口行で運転されるが、土曜休日の深夜1本のみ梅田発新開地行きが運転される。特急と並び、戦前から存在する種別であり、長年停車駅が変わっていない。2001年のダイヤ改正までは平日夕方以降にも運転されていたが、今はその時間帯は通勤急行になっている。過去には高速神戸駅発着の列車も存在していた。

通勤急行[編集]

武庫之荘駅での乗降客の増加に起因する梅田駅 - 園田駅間の混雑率を緩和することを目的に設定された列車。1995年6月改正で運転を開始。急行と同じく塚口駅 - 神戸三宮駅間の各駅への速達列車として、平日ラッシュ時中心に運転される。なお朝方は神戸三宮発梅田行のみ、夕方・夜間は梅田発神戸三宮行のみの運転(折り返しの上りは普通で運転される)。朝方のうち3本は西宮北口駅から10両編成で運転している。2007年10月26日までは、このうち神戸三宮駅7:25発と7:38発の2列車について座席収納装置のある8200系が座席収納の状態で増結車両に充当されていた。また夕方・夜間の列車は必ず西宮北口駅で特急の待避を行う。

準急[編集]

平日朝ラッシュ時に今津線からの直通列車として、8両編成で宝塚発梅田行のみ運転される。今津線内では門戸厄神駅までの各駅と、神戸線の塚口駅、十三駅に停車する。1957年10月に運転を開始。梅田駅到着後は1本を除き折り返し急行となる。なお、西宮北口駅構内では神戸本線への連絡線を通過するが配線の関係上、運転停車(約1分)するものの旅客扱いは行わない。また、通勤急行が停車する武庫之荘駅には停車しないことから、神戸本線を走行する通勤急行よりも準急の方が実質格上という珍しい停車駅設定となっている(ただし路線図などでは準急が格下として扱われている)。これは、この種別が今津線直通のものしか存在しておらず、あくまで後述の「臨時急行」に対する「準急」であり、神戸本線の「(通勤)急行」に対する「準急」ではないからであると考えられる。

かつては仁川発梅田行も1本あったが、これは後に宝塚発に変更されている。1995年6月12日より2001年3月のダイヤ改正までは、平日夕方に3本の梅田発宝塚行があったが、この列車は今津線内の宝塚方面行きホーム有効長の関係上、6両編成で運転されていた(「阪急今津線」も参照)。

普通[編集]

各駅に停車する種別で、終日運転される。運転系統は主に梅田駅 - 神戸三宮駅間、梅田駅 - 西宮北口駅間で、昼間時は梅田駅 - 神戸三宮駅間で運転され、上下列車とも西宮北口駅で必ず特急との待避・接続を行うが、西宮北口駅出発後は梅田駅・神戸三宮駅まで先着するダイヤとなっている。なお平日ラッシュ時は園田駅、六甲駅で特急を待避する列車がある。阪神大震災前の日中は、平日・土曜日のみ特急が梅田駅 - 神戸三宮駅間を最速26分で運転していたため六甲駅での待避が強いられており、また日曜・祝日では六甲駅での待避をしない代わりに臨時列車の運転も考慮して園田駅での待避を行っていた。 なお高速神戸駅・新開地駅へは原則として早朝・平日朝ラッシュ時・深夜のみ乗り入れるが、平日夕方に運行本数調整のため西宮北口発高速神戸行が3本運転されている。このほか、平日朝に1本のみ武庫之荘発梅田行がある。

平日の夕方 - 夜間にかけて下り列車がすべて西宮北口駅折り返しになる時間帯がある。その時間帯は、通勤急行が西宮北口駅以西の各駅に停車することでカバーしている。

臨時列車[編集]

直通特急[編集]

元は2008年秋より運転を開始した、春・秋行楽期限定の嵐山駅直通の臨時列車嵐山線各駅のホーム有効長の関係で6両編成であり、7000系のうち特定の編成が充当される。2009年秋までは臨時という種別で運転し、直通運転に充当した編成には専用のサボや、ドア側面にはその旨を表示するステッカーが用意された。2010年春の行楽期より、新たに直通特急という種別が与えられ、直通運転に充当される編成には専用の「直通特急」の種別幕が追加された。運転日は、春・秋の行楽期の特定の土曜・日曜・祝日(運転日は公式ウェブサイトなどで随時発表される)で、高速神戸駅と今津線経由の宝塚駅発着がそれぞれ1日1往復運転される。この列車は十三駅でスイッチバックして京都本線に直通するため、梅田駅には乗り入れない。神戸本線内の停車駅は、高速神戸駅発着が快速急行と同一、宝塚駅発着が準急と同一。高速神戸駅発は六甲駅で特急を待避する(高速神戸行は待避なく高速神戸駅まで先着するが、代わりに後続の列車が数分程度時刻を変更する)。

高速神戸駅に停車中の直通特急・嵐山行き

臨時急行[編集]

阪神競馬場での競馬開催日夕方には、今津線仁川駅発梅田行の臨時急行が運転される(仁川駅発15:30頃 - 17:00で最短10分間隔)。途中の停車駅は塚口駅、十三駅のみであり、西宮北口駅は配線の都合上通過する(「阪急今津線」の記事も参照)。かつては梅田駅発仁川行も運転されていたが、現在は行われていない。

梅田行に関しては、本来のダイヤでは西宮北口駅始発である定期列車の急行の一部を運休させて仁川駅始発臨時急行として振り替えていた時期があり(西宮北口駅の時刻表にも明記されていた)、西宮北口駅では運休扱いだが塚口駅以東では運転されている、という現象が生じていたことがあった。仁川行に関しては、午前中に梅田駅発が20分程度の間隔で運転されてきたが1990年代のダイヤ改正で廃止され、以降は桜花賞宝塚記念といった阪神競馬場でのGI開催日朝のみ3本(梅田駅発8:37・8:57・9:17)の運転となっていた。だが利用客減少などの理由により、2006年10月28日のダイヤ改正で運行中止された[3]

このほか、昭和50年代までは、週末の夕方に三宮駅(現・神戸三宮駅)または六甲駅発梅田行の臨時急行が運転されていたことがあったが、これらは前面に掲げられる列車種別板には「臨急」の2文字しか書かれず、行き先等が一切入っていなかった。

なお、「準急」が運転を開始した時は「臨時急行」と称され、列車表示板も2文字のみで「臨急」となっていたが、前記「臨急」と停車駅が異なり、混乱を避けるためにのちに改称された。

使用車両[編集]

現在の使用車両[編集]

神戸本線の車両は原則として8両編成で運転される。ただし、朝ラッシュ時には2両を増結し、10両で運転する列車が数本(うち2本は増結を含む10両のまま固定)ある。また京都本線との直通特急は6両で運転される。

運行される車両は以下のとおり。

過去の使用車両[編集]

歴史[編集]

ルート選定[編集]

箕面有馬電気軌道阪神急行電鉄と社名を改め、1920年に十三駅 - 神戸(のちの上筒井駅、現在の神戸市中央区坂口通2丁目に位置した)間を開業させたのが始まり。ルートに関しては、沿線開発を考慮して人家のほとんど無かった山手沿いを直線で突き抜けるように敷設することにした。

前述の通り、当初の予定では現行線より北側、後に建設された山陽新幹線に近い伊丹門戸厄神東光寺を経由するルートでの敷設が検討されていたが、灘循環電気軌道の買収を機にルートの短絡を追求し、尼崎市内において現行よりもやや南よりのルートを計画したものの、阪神間の短絡を図りつつ伊丹への交通の便も確保するようにした結果、伊丹線を建設するとともに、結局は塚口駅・西宮北口駅を経由する現行ルートを採用した。その結果、当初予定よりも高速運転が可能になった。

また、神戸本線は先行して開業していた宝塚本線と同じく軌道法準拠で敷設されたものの、高規格であることから同法本来の制限速度であった時速25マイル(約40km)よりも高い、時速35マイル(約56km)での運行が認可された。後には、さらに110km/hまで軌道法準拠でスピードアップを行っている。

さらに駅間距離も先行して開業していた阪神本線より長く取られ、特に神崎川駅 - 西宮北口駅間に至っては、開業時は途中駅が塚口駅1つのみとされており、その駅間平均距離は5.75kmにも達していた(後の昭和期における住宅開発で、園田駅と武庫之荘駅が追加開業した)。

なお建設時は第一次世界大戦勃発のため、鉄鋼などの資材価格が高騰しており、船成金と呼ばれていた岸本汽船・松岡汽船に資金援助を求めたほか、神崎川駅 - 西宮北口駅間では鉄の使用を節約すべく、日本初のコンクリート製電柱を採用した。

当初、梅田駅 - 十三駅間では併用軌道の宝塚本線に乗り入れていたが、後に同区間が高架・専用軌道化された際に宝塚本線と分離された(なお地上の旧線は北野線として、1949年まで存続する)。

1936年には高架線で三宮駅(開設当時は神戸駅を名乗った。以下、三宮駅とあるのは現在の神戸三宮駅)への乗り入れを果たす。神戸への高架線での乗り入れに関しては、三宮駅へは地下線で乗り入れるよう阪急に要望していた神戸市と対立したため工事が遅れ、上筒井駅が16年間暫定ターミナルとなっていた(「阪神急行電鉄#三宮高架乗り入れ騒動」の項目も参照のこと)。

阪神電気鉄道との確執[編集]

大阪 - 神戸間には、開業時既に国鉄東海道本線(省線)と阪神電気鉄道本線が開通しており、特に後者は高頻度運転を行うことによって東海道本線から多くの乗客を移行させることに成功していたため、並行する阪急の新線建設には反発し、いろいろと横槍を入れた。それは後々まで尾を引き、例えば西宮神社で祭事がある際に阪急では西宮戎駅という臨時駅を設置して乗客に対処したが、当時阪神地域の電力事業も行っていた阪神電鉄では乗客をとられるのが面白くないのか、その臨時駅から神社までの街灯をすべて消してしまうといった、まるで子供の喧嘩のようなことも行ったという。阪急も仕返しとして、阪神傘下の摂津電気自動車による香枦園駅(現在の香櫨園駅) - 苦楽園間無軌道電車(トロリーバス)敷設計画を牽制する形で、甲陽線の建設を行ったりしている(その他の抗争についてはこちらも参照)。さらに阪神では、第二阪神線という対抗路線の建設まで目論んだ。

時代が変わり、戦後昭和40年代になると、神戸高速鉄道に両者の電車が直通するようになり、さらに国鉄分割民営化で誕生した西日本旅客鉄道(JR西日本)が「アーバンネットワーク」と銘打って東海道本線(JR神戸線)の阪神間輸送に力を入れるようになると、両者とも乗客数が減少する事態になって競い合うどころではなくなってきた。1995年の阪神・淡路大震災で各社とも大きな被害を受けると、いち早く復旧したJRへの乗客流出傾向が鮮明になり、定期券の利用に関して、梅田駅 - 三宮駅間を含む磁気式の通勤定期券を利用している場合に限り、阪急・阪神双方の梅田駅・三宮駅で、また三宮駅 - 高速神戸駅間を含む通勤定期券を利用している場合は阪急・阪神双方の三宮駅から高速神戸駅までの神戸高速線内各駅(花隈駅西元町駅元町駅)で、それぞれ乗降ができる制度[6]が1996年10月から実施されるなど、協調する面も見られるようになり、村上ファンドによる阪神株の買い集めを経て、遂には両者の経営統合による「阪急阪神ホールディングス」および「阪急阪神東宝グループ」の誕生に至った(阪急・阪神経営統合を参照)。

開業から終戦までの推移[編集]

開業時、「綺麗で早うて、ガラアキ、眺めの素敵によい涼しい電車」をキャッチコピーとして大阪梅田駅 - 神戸上筒井駅間を50分(開業から5日間は60分)で結び、国鉄の大阪駅 - 三ノ宮駅間51分、阪神の同60分に対して優位に立った(対する阪神のキャッチコピーは「またずにのれる阪神電車」で、その通り電車の頻発運行で対抗した)。西宮以西の三線が近接する区間では、阪急がもっとも高台を走っていることから戦前には大阪湾なども眺められ、まさに「眺めの素敵によい」路線であった。阪急の総帥小林一三は、開業まもない時期の神戸本線の電車に試乗して「眼下に阪神を見下ろして高速で走るのは実に爽快であった」とも述べていたという。

1936年10月29日には大阪湾の神戸沖で観艦式(天皇が、隊列して航行する各艦艇を海上で閲兵する行事)が行われ、大日本帝国海軍の有する戦艦巡洋艦航空母艦が集まった。阪急では前述した展望の良さを生かし、軍艦を見ようと詰め掛けた乗客を捌くべく、宝塚本線の車両や若手社員を動員して終夜運転なども行い、輸送に努めた。しかし、変電所の容量不足で電車が動かなくなるトラブルも起こったという。

宅地開発[編集]

沿線が過疎であったことから乗客数は多くなく、必然的に沿線開発と、阪神間直通客の確保に力を入れざるを得なくなった。

沿線開発の方では宝塚本線開業時同様、住宅開発が積極的に進められた。この頃になると、阪急のみならず芦屋六麓荘、関西土地などといった民間宅地開発業者も開発に参入するようになり、結果として伊丹西宮七園夙川六麓荘町御影など良好な住宅地が沿線に形成され、のちにこれらの新興住宅地は、高級住宅街となった。これらの開発はそれ独自の文化も生み出し、後に阪神間モダニズムと呼ばれるようになる。

直通客の確保[編集]

他方、電車の速達化が積極的に推し進められるようになる。もともと阪神本線と比較して駅数が少なく、各駅停車でも前述したような速達運転が行われていた神戸本線であるが、1922年5月には集電装置を他の私鉄に先駆けてポールからパンタグラフに交換し、同年12月には梅田駅 - 上筒井駅間の所要時間を40分に短縮した。1926年には前述したように梅田駅 - 十三駅間の線路別複々線専用軌道化が完成して35分とし、そして1930年4月1日には強力な200馬力級電動機を搭載する[7]900形を使用して途中西宮北口のみ停車する特急を新設し、30分にまで短縮する。速度向上はその後も続き、1932年10月には28分、1934年7月には25分とした。1936年4月には三宮までの乗り入れを達成するが、距離が若干伸びたにもかかわらず、より高出力な電動機[8]を搭載する920形の投入が行われ、西宮北口駅のみ停車による25分運転を維持した。この特急運転は、太平洋戦争の戦況が悪化した1944年まで続けられた。

1934年からは、鉄道省が運営する東海道本線でも電化の完成によって急行電車(急電)の運転が開始されており、大阪駅 - 三ノ宮駅間を途中無停車により24分で結んでいた。阪急の三宮乗り入れとスピードアップは、これへの対抗の意味も含んでいたといわれている。また線形が悪くスピードアップがしにくい阪神では、元町までの地下線による延伸を1936年に行っており、高頻度運転により「大阪・神戸の中央へまたずにのれる」というアピールを行っている。

阪急では特急の運転に伴い、梅田駅正面に「神戸ユキ急行電車のりば」・「神戸行特急廿五分」と掲げてアピールした。ちなみに、この大阪梅田 - 神戸三宮間25分運転での表定速度は、高速運転を行ったことで知られる新京阪鉄道(後、京阪電気鉄道新京阪線→阪急電鉄京都本線)のP-6形による「超特急」の表定速度(京阪京都 - 天神橋間34分30秒運転で、73.7km/h)よりも高い78.0km/hで、戦前の記録では阪和電気鉄道の「超特急」が記録した81.6km/hについで日本第2位を誇った。これは現在もなお、阪急の特急の最速である。

また開業時から1942年まで、梅田駅 - 十三駅間を移動する乗客は宝塚本線の電車を利用するように定められ、神戸本線の電車には乗車できなかった。これは郊外路線の宝塚本線と、都市間路線の神戸本線を完全に分ける施策によるといわれているが、宝塚本線のラッシュ時には大混雑する列車の横を、さほど乗客が乗っていない神戸本線の電車が追い抜いていくこともあったとされ、乗客からの評判は悪かったとされる。

三宮駅乗り入れ後、西灘駅(現在の王子公園駅) - 上筒井駅間の旧線に関しては、支線の上筒井線として1940年まで90形単行による折り返し運行が行われた。

終戦後[編集]

終戦後の1949年、神戸本線での特急運転が再開された。このとき十三駅を停車駅に加えた。梅田駅 - 三宮駅間での特急所要時間は1949年の運転開始当初30分で、その後はおおむね28分で推移した。1993年の改正ダイヤで、平日のみ停車駅を維持したまま25分台(正確には梅田駅 - 三宮駅間25分50秒の運転であるが、時刻表は1分未満の端数を切り捨てるために、25分の表記がなされた)での運転を復活させ、1995年1月17日阪神・淡路大震災兵庫県南部地震)前日の1995年1月16日まで続けられた(とはいえこの頃には、山陽新幹線はおろか、JR在来線の新快速が大阪駅 - 三ノ宮駅間21分運転を実施していた)。

震災により神戸本線も西宮北口駅 - 夙川駅間の高架橋、それに神戸阪急ビルが破壊されるなど甚大な被害を受け、暫定運行を強いられた。そんな中、同じように被災していた阪神間鉄道で、JR神戸線が4月に先行して全線開業を果たした。これにより、JRを利用するようになった乗客がそのまま戻ってこなくなるという事態も招き、阪急と阪神にとって経営上の打撃となった。

全線復旧した1995年6月以後は、すべての特急がJR摂津本山駅に近接する岡本駅へ停車するようになった。これは競合による同駅の乗客減少を食い止めるという目的のみならず、それ以前は平日日中の普通が六甲駅で特急の通過待ちを行っていた[9]関係で普通の所要時間が延びており、神戸市内から御影駅 - 夙川駅間の各駅へ向かう乗客などには不評であったため、日中に関しそれを解消する目的があった。同時に、通勤時間帯の需要に応じた列車種別を新たに設けている。

また2006年10月には経営統合を行った阪神とともに、5か月後の2007年3月に開設されるJRのさくら夙川駅へ対応するためダイヤ改正が行われ、阪急神戸本線では特急が夙川駅に停車し、同駅における甲陽線との接続改善を実施した。併せて線形・自動列車停止装置 (ATS) が改良されて神崎川駅 - 西宮北口駅間の最高速度を115km/hに引き上げたことにより、特急は停車駅を一駅増やしたにも関わらず、昼間時では梅田駅 - 三宮駅間の所要時間が10秒 - 60秒短縮された。

現在の神戸本線特急の梅田駅 - 神戸三宮駅間所要時間は、最速で上り下り共に27分となっており、戦後の最速である1993年改正ダイヤに比べて約1分延びている。

京都本線との直通特急[編集]

1949年12月3日、神戸駅(現在の神戸三宮駅) - 京阪神京都駅(現在の大宮駅)間に直通特急の運転が開始された。当時の京都本線は1500V電化、神戸本線は600V電化と電圧が異なっていたことから、800系2編成を複電圧車に改造し、直通列車に充当することとした。

直通特急の停車駅は西宮北口・十三・高槻市西院で、梅田駅には入線せず十三駅構内の折り返し線を用いて直通を行う形態をとっていた[10]

しかし通し利用の乗客数は少なく、1951年10月8日に京神間直通特急の運転は廃止された。2008年になって前記の嵐山駅への直通特急が運転され始め、臨時列車ながら事実上復活した。

山陽電気鉄道との直通運転[編集]

1968年の神戸高速鉄道東西線開業後は、阪急の列車が山陽電気鉄道須磨浦公園駅まで、山陽の列車が六甲駅までと相互直通運転を行っていたが、阪神が山陽姫路駅 - 阪神梅田駅間で直通特急の運転を開始した1998年2月、山陽との直通運転は中止されている。

  • 直通運転開始以来、阪急側からの列車は、ごく一部の例外を除き、終日、特急が直通していた。ただし山陽電鉄線への乗り入れは、ホーム長の制約などから、6両編成に限定されていた(直通運転開始前の特急は7両が標準)。
  • 後の8両編成化においても、山陽直通特急は6両の制約が付き纏った。このため、輸送力が必要な平日朝夕時間帯の列車については、1970年(昭和45年)12月改正以降、三宮駅での増結・解放が行われるようになった。
  • 特急の慢性的な輸送力不足に対応するため、1984年(昭和59年)3月25日改正より、休日の山陽直通列車はすべて普通となり、特急は全列車が新開地駅・高速神戸駅発着となり8両編成化された(高速神戸駅発着の特急は阪神電鉄の車両が新開地の折り返しホームを使用するための処置であった)。1987年(昭和62年)12月13日改正からは、平日昼間(主に9時から15時)の山陽直通列車もすべて普通となり、同時間帯の特急は新開地駅・高速神戸駅発着の8両編成に統一され、輸送力の増強が行われた。その一方で、すべての須磨浦公園駅発着の特急が、三宮駅での増結・解放の対象になったわけではなく、最も利用客が多い平日朝夕に、須磨浦公園駅発着の特急が6両で運転されるような事態も発生した。
  • 1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災で、一部区間が不通となったため、山陽電鉄線への直通は中止された。同年8月より山陽電鉄線への直通が再開されたが、平日の終日、土休日の梅田駅発の15時まで(15時以降は普通のみ)は特急が直通するようになり、須磨浦公園駅・東須磨駅発着の特急は6両編成で運転されるようになった(一部は三宮駅で増結・解放を行う)。この状態で1998年(平成10年)の直通運転中止を迎えることとなる。
  • 現在では直通運転は行われていないが、臨時列車などの運転に対応するため、乗り入れ免許はそのまま維持されており[11]、1998年 - 2000年頃の夏に掛けて、須磨海水浴場等への乗客輸送で臨時特急「ドルフィン号」として7・8月の土曜・日曜・祝日限定で梅田駅から山陽電鉄須磨浦公園駅まで運転されていたことがある。

この直通運転に見られる、他社線乗り入れによって自社の輸送力に制約が発生する問題は、阪神なんば線直通運転開始後の近鉄奈良線に対しても指摘されている。

年表[編集]

  • 1920年(大正9年)7月16日:阪神急行電鉄が十三駅 - 神戸駅(のちの上筒井駅)間を開業。
  • 1926年(大正15年)7月5日:梅田駅 - 十三駅間が高架化。複線の別線を新設し宝塚本線と分離。
  • 1930年(昭和5年)4月1日:特急運転開始(全線所要時間30分、西宮北口駅のみ停車)。
  • 1934年(昭和9年)7月1日:特急の所要時間を25分に短縮、以後、「阪神間25分」は「快速阪急」の象徴となる。
  • 1936年(昭和11年)
    • 4月1日:西灘駅(現在の王子公園駅) - 神戸駅(現在の神戸三宮駅)間が開業。西灘駅開業。これまでの神戸駅を上筒井駅に改称、西灘駅 - 上筒井駅間は上筒井線となる。特急は距離延伸にもかかわらず25分運転を維持。
    • 9月12日:園田駅開業。
  • 1937年(昭和12年)10月20日:武庫之荘駅開業。
  • 1940年(昭和15年)5月20日:上筒井線廃止。
  • 1947年(昭和22年)4月1日:戦時中に運転休止されていた急行が復活。
  • 1949年(昭和24年)
    • 4月1日:戦時中に運転休止されていた特急が復活(所要時間30分、昼間12分間隔、十三と西宮北口に停車)。
    • 12月1日:最高速度110km/h認可。
    • 12月3日:神戸駅 - 京阪神京都駅(現在の大宮駅)間直通の特急を運転開始。
  • 1950年(昭和25年):特急の所要時間を28分に短縮。
  • 1951年(昭和26年)10月8日:神戸駅 - 京阪神京都駅間直通特急を廃止。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 平日昼間の運転間隔を12分から10分に短縮。特急・普通が昼間10分間隔で運転されるダイヤは、現在まで60年以上続いている。
  • 1957年(昭和32年)10月1日:平日朝の今津線直通準急が運転を開始。
  • 1967年(昭和42年)10月8日:架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。
  • 1968年(昭和43年)
    • 3月20日:ダイヤ改正により、神戸高速鉄道方面への直通運転(三宮駅以西は回送扱い)を開始。
    • 4月7日:神戸高速鉄道・山陽電気鉄道と相互直通運転を開始。神戸駅を三宮駅と改称。
  • 1970年(昭和45年)12月14日:ダイヤ改正により、平日朝夕、三宮駅での須磨浦公園発着の特急の増結・解放運用を開始。
  • 1978年(昭和53年)3月10日:全線を軌道法に基づく軌道から地方鉄道法に基づく鉄道に変更。
  • 1979年(昭和54年)7月1日:園田駅付近高架化完成。
  • 1984年(昭和59年)
    • 3月25日:西宮北口駅の平面交差解消。休日の須磨浦公園直通列車はすべて普通列車となる。
    • 5月5日:六甲駅構内で山陽電気鉄道回送列車との衝突事故発生。
    • 6月1日:西灘駅を王子公園駅と改称。
  • 1985年(昭和60年)10月19日:平日朝の特急10両運転を開始。
  • 1987年(昭和62年)12月13日:ダイヤ改正。十三駅・塚口駅・西宮北口駅・夙川駅・六甲駅に停車する快速急行の運行を開始。特急は阪神間26 - 27分にスピードアップ。休日昼間も10分間隔運転。平日朝夕を除き、須磨浦公園直通列車は普通列車となる。
  • 1993年(平成5年)7月18日:ダイヤ改正により、梅田駅 - 三宮駅間の特急25分運転が復活。土曜ダイヤ導入。
  • 1995年(平成7年)
    • 1月17日:阪神・淡路大震災で全線が不通に。
    • 1月18日:梅田駅 - 西宮北口駅間での運転を再開。
    • 2月13日:御影駅 - 王子公園駅間が復旧し運転を再開。同区間で普通列車の折り返し運転を開始。
    • 3月13日:王子公園駅 - 三宮駅間が復旧し運転を再開。御影駅 - 三宮駅間で普通列車の折り返し運転を開始。
    • 4月7日:夙川駅 - 岡本駅間が復旧。同区間で普通列車の折り返し運転を開始。
    • 6月1日:岡本駅 - 御影駅間が復旧。神戸高速鉄道の三宮駅 - 花隈駅間復旧に伴い、夙川駅 - 神戸高速鉄道新開地駅間で普通列車の折り返し運転を開始。
    • 6月12日:西宮北口駅 - 夙川駅間が復旧し、神戸本線全線での運転を再開。これに合わせてダイヤ改正を実施し、特急の停車駅に塚口駅を加えた通勤特急、急行の停車駅に武庫之荘駅を加えた通勤急行の運行を開始。岡本駅が特急をはじめとする全列車の停車駅に。今津(北)線を経由する夕方の準急を運転開始。
    • 8月13日:神戸高速鉄道東西線の新開地 - 高速長田間の復旧に伴い、山陽電気鉄道須磨浦公園駅までの乗り入れを再開。須磨浦公園直通は平日・休日とも終日、特急が主体となる。
  • 1998年(平成10年)2月15日:山陽電気鉄道との相互直通運転を中止し、神戸高速鉄道新開地駅までの乗り入れへと変更。
  • 2001年(平成13年)3月10日:今津(北)線を経由する夕方の準急を廃止。全列車8両編成化。
  • 2006年(平成18年)10月28日:昼間時間帯の神崎川駅 - 西宮北口駅における最高速度が115km/hに引き上げられ(阪急線内で最速、日本の民鉄4位)、特急・通勤特急が新たに夙川駅に停車[2]。また、このダイヤ改正により、梅田発仁川行の「臨時急行」が廃止(仁川発梅田行の臨時急行は存続)。
  • 2010年(平成22年)3月14日:これまでの路線図における「神戸線」という表記を、「神戸本線」に統一。
  • 2013年(平成25年)12月21日:三宮駅を神戸三宮駅に改称、同時に全駅に駅ナンバリング導入[12][13]

延伸計画[編集]

2004年10月の近畿地方交通審議会答申第8号で、「既存施設の改良に関し検討すべき主な事業」のうち、「乗り継ぎ利便性の向上に資する事業」として、三宮駅付近で神戸市営地下鉄西神・山手線との相互直通運転が盛り込まれた[14]

春日野道駅以西を地下化して直通するというもので、実現した場合は、現在の神戸三宮駅や神戸高速鉄道との相互直通運転は廃止となる可能性もある[15][16]。もっとも、2004年時点では神戸市側が難色を示しているという報道もあり[15][16][17][18]、その後進展していなかった。2013年12月になって、神戸市長の久元喜造が阪急神戸線と神戸市営地下鉄西神・山手線の直通運転案の検討に入る考えを示したことが報じられている[19]

また、近畿地方交通審議会答申第8号では、阪急・大阪市の提案により、大阪市営地下鉄四つ橋線西梅田駅 - 北梅田駅(仮称) - 十三駅間2.9kmの延伸が「中長期的に望まれる鉄道ネットワークを構成する新たな路線」として盛り込まれ[14]、2004年8月には「2015年頃を目途に、四つ橋線を十三駅まで延伸し、阪急神戸本線との相互直通運転を行う」との報道もなされた。ただし、答申自体は阪急との乗り入れに触れられておらず、現実には集電方式の違いや、西梅田駅とほぼ同深度にある阪神本線のトンネルが延伸の支障になるなどの問題があったことから、報道内容や実現性などが疑問視されていた。これに関連して、2006年12月に四つ橋線の十三駅までの延伸構想に関する報道がなされており、また阪急新大阪連絡線の整備構想もあわせて報道されたことから、阪急神戸本線と四つ橋線の相互乗り入れに関する内容は収束の傾向にある。

なお、この答申第8号では、京都本線と神戸本線の相互直通運転が「既存施設の改良に関し検討すべき主な事業」として挙げられている。

阪急武庫川橋梁(2011年5月撮影)
別線工法により旧鉄橋の両側に新設された、2004年3月竣工のコンクリート橋である。

新駅の設置計画[編集]

神戸本線では最も駅間距離の長い、西宮北口駅 - 武庫之荘駅間の武庫川橋梁上に、新駅を設置する構想がある。阪神・淡路大震災後、老朽化に伴う武庫川橋梁架け替え工事を行った際、旧鉄橋の両側にコンクリート橋を架橋することによって上下線間に島式ホームが設置できる程度のスペースが確保されたため、ここへ新駅を設置しようという動きが、特に西宮市側の住民により熱心に展開されている。新駅設置に向けて、2000年には「阪急武庫川駅誘致推進協議会」が結成され、1万人を超える署名を添えた陳情が西宮市議会で採択されたほか、山田知西宮市長(当時)が意欲を見せ(2008年12月10日の市議会本会議で発言)、阪急電鉄角和夫社長も前向きな意向を示すなど、具体的に動きを見せた時期もあった[20]が、市長交代などもありその後は暫く動きが途絶えた。ただ、2012年になり西宮市が新駅設置のための調査費を計上したことで、新駅設置へ向けて再び動きを見せるようになってきている[21]

駅一覧[編集]

凡例
●:停車、◆:今津線直通列車のみ通過、|↑:通過、↑:片方向のみ運転
  • 通勤特急:平日の朝のみ運転。
  • 急行:平日の朝・深夜、土休日の深夜のみ運転。阪神競馬開催時に梅田行きのみ運転される臨時急行は◆印の西宮北口駅を通過。
  • 準急:平日朝に梅田行きのみ運転。
  • 通勤急行:平日朝に梅田行きのみ、平日夕に神戸三宮行きのみ運転。
  • 普通:各駅に停車するため省略。
  • 接続路線の ( ) 内の英数字はその路線の駅の駅番号を表す。
  • 神戸本線の駅番号は2013年12月21日より導入[12][13]
駅番号 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 準急 通勤急行 急行 快速急行 通勤特急 特急 接続路線 所在地
HK-01 梅田駅 - 0.0 阪神電気鉄道本線
大阪市営地下鉄■ 御堂筋線 (M16)、■ 谷町線東梅田駅:T20)、■ 四つ橋線西梅田駅:Y11)
西日本旅客鉄道東海道本線JR京都線JR神戸線JR宝塚線)・大阪環状線大阪駅)、JR東西線北新地駅
大阪府 大阪市北区
HK-02 中津駅 0.9 0.9  
HK-03 十三駅 1.5 2.4 阪急電鉄宝塚本線京都本線 大阪市淀川区
HK-04 神崎川駅 1.7 4.1  
HK-05 園田駅 3.1 7.2   兵庫県 尼崎市
HK-06 塚口駅 3.0 10.2 阪急電鉄:伊丹線
HK-07 武庫之荘駅 2.1 12.3  
HK-08 西宮北口駅
阪急西宮ガーデンズ前)
3.3 15.6 阪急電鉄:今津線(梅田方面から一部直通運転:下記参照) 西宮市
HK-09 夙川駅 2.7 18.3   阪急電鉄:甲陽線
HK-10 芦屋川駅 2.7 21.0     芦屋市
HK-11 岡本駅 2.4 23.4   西日本旅客鉄道:東海道本線(JR神戸線)(摂津本山駅 神戸市東灘区
HK-12 御影駅 2.2 25.6    
HK-13 六甲駅 1.8 27.4     神戸市灘区
HK-14 王子公園駅
王子動物園王子スタジアム前)
1.8 29.2    
HK-15 春日野道駅 1.5 30.7     神戸市中央区
HK-16 神戸三宮駅 1.6 32.3   阪急電鉄:神戸高速線(一部直通運転:下記参照)
阪神電気鉄道:本線
神戸市営地下鉄Subway KobeSeishin.svg 西神・山手線 (S03)(三宮駅)、Subway KobeKaigan.svg 海岸線三宮・花時計前駅:K01)
神戸新交通ポートアイランド線 (P01)(三宮駅)
西日本旅客鉄道:東海道本線(JR神戸線)(三ノ宮駅
直通運転区間 西宮北口駅から
○準急…今津線宝塚駅まで
○臨時急行…今津線仁川駅まで
神戸三宮駅から
○急行・快速急行・通勤特急・特急…神戸高速線新開地駅まで
  • 上記のほか、春・秋の行楽期には、神戸高速線高速神戸駅発着・今津線宝塚駅発着で、神戸本線・京都本線経由嵐山線嵐山駅までの直通特急が運転される。神戸本線内の停車駅は高速神戸駅発着が快速急行、宝塚駅発着が準急と同じだが、十三駅より京都本線に転線するため、梅田駅には乗り入れない。
  • 神戸高速線内は全列車各駅に停車。
  • 神崎川駅 - 園田駅間で豊中市を通るが、駅はない。
  • 梅田駅ではJR東西線北新地駅との乗り換えには相当の時間がかかる。

廃駅[編集]

駅名は廃止時のもの。

過去の接続路線[編集]

  • 梅田駅:阪急北野線 - 1949年1月1日休止
  • 中津駅:阪神北大阪線 - 1975年5月6日廃止
  • 王子公園駅(当時は西灘駅):阪急上筒井線 - 1940年5月20日廃止。1936年までの神戸本線

主要駅の乗降客数[編集]

2012年平日のみの乗降客数は次の通り[22]

  • 梅田:524,578人
  • 十三:73,261人
  • 塚口:52,857人
  • 西宮北口:97,187人
  • 夙川:29,874人
  • 岡本:32,965人
  • 神戸三宮:113,367人

その他[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 神戸線建設時、ルート上に朝日新聞創業者の一人、村山龍平の邸宅(現・香雪美術館)があり、村山が近所のカネボウ社長武藤山治住友財閥総理事鈴木馬左也や近隣住民を誘って反対運動を行い、用地買収に難航したことによる。
  2. ^ a b c d 神戸線におけるATS(自動列車停止装置)の改良と、神戸線・宝塚線のダイヤ改正について (PDF) - 阪急電鉄プレスリリース
  3. ^ 『関西の鉄道』No.52 2007年新春号、関西鉄道研究会、2007年
  4. ^ 新型車両1000系 営業運転の開始日 及び 出発式について (PDF) - 阪急電鉄広報部(2013年11月8日)
  5. ^ 阪急3000系3054編成が正雀へ - railf.jp 2013年12月5日
  6. ^ 阪神電鉄との梅田・三宮間通勤定期券の相互利用について - 阪急電鉄
  7. ^ 端子電圧750V時1時間定格出力150kW、定格回転数780rpmの芝浦SE-140を搭載。ただし、当時の神戸本線は架線電圧が直流600Vであったため、端子電圧600Vとして本来の80パーセントに当たる120kWで使用される期間が戦後も長く続いた。
  8. ^ 端子電圧750V時1時間定格出力170kW、定格回転数810rpmの芝浦SE-151を搭載。こちらも900形のSE-140と同様、実際には端子電圧600Vで使用されたため、136kW級として運用される期間が長く続いた。
  9. ^ 10分間隔になって以降の休日日中の普通は六甲駅での通過待ちを行わなかった分、特急が途中で減速運転を強いられた。
  10. ^ 当時は梅田駅 - 十三駅間の三複線が完成しておらず、梅田駅発着の京都本線列車は宝塚本線の線路に乗り入れる形で運転を実施しており、神戸本線から十三線(当時の十三駅 - 淡路駅間の正式線路名称)へは十三駅で直接乗り入れることが可能であった。
  11. ^ ただ、阪急電鉄の第二種事業区間であった神戸高速鉄道東西線三宮 - 西代間のうち、新開地 - 西代間が2010年10月1日付で廃止となったこともあり、当面は直通列車が運転される見込みはない。
  12. ^ a b 〜すべてのお客様に、よりわかりやすく〜「西山天王山」駅開業にあわせて、「三宮」「服部」「中山」「松尾」4駅の駅名を変更し、全駅で駅ナンバリングを導入します (PDF) - 阪急阪神ホールディングス、2013年4月30日
  13. ^ a b 阪急京都線 大山崎駅〜長岡天神駅間で建設中の『西山天王山駅』を2013年12月21日に開業します! (PDF) - 阪急阪神ホールディングス、2013年6月5日。
  14. ^ a b 第8回近畿地方交通審議会資料 (PDF) - 近畿地方交通審議会
  15. ^ a b 阪急、神戸地下鉄と直結検討 三宮駅を地下化(Internet Archive) - 神戸新聞(2004年7月22日)
  16. ^ a b 新開地乗り入れ廃止も 阪急電鉄(Internet Archive) - 神戸新聞(2004年7月29日)
  17. ^ 阪急、神戸地下鉄乗り入れ「望ましい」 近畿交通審 - 神戸新聞(2004年10月09日)
  18. ^ 市長定例会見(Internet Archive) - 神戸市(2004年8月30日)
  19. ^ 阪急神戸線と神戸市営地下鉄、相互直通運転を検討へ - 朝日新聞、2013年12月9日
  20. ^ 「武庫川新駅」に意欲 阪急電鉄 - 神戸新聞(2008年12月17日)
  21. ^ 阪急「武庫川新駅」を検討へ 西宮市が調査費計上 - 神戸新聞(2012年2月17日)
  22. ^ 駅別乗降人員(上位50位)|阪急電鉄

参考文献[編集]

関連項目[編集]