野岩鉄道会津鬼怒川線

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会津鬼怒川線
湯西川橋梁(五十里湖)を渡る野岩鉄道6050系
湯西川橋梁(五十里湖)を渡る野岩鉄道6050系
路線総延長 30.7 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V直流

会津鬼怒川線(あいづきぬがわせん)は、栃木県日光市にある新藤原駅福島県南会津郡南会津町にある会津高原尾瀬口駅を結ぶ野岩鉄道(やがんてつどう)が経営する鉄道路線である。愛称は「ほっとスパ・ライン」で、路線名と併せて同社の広報で使用されている。

概要[編集]

東武鉄道鬼怒川線会津鉄道会津線のそれぞれ終点をつなぎ、東京と福島県会津地方を短絡するルート[1]の一部を構成し、快速列車やAIZUマウントエクスプレスを始めとして東京(浅草)・日光・鬼怒川温泉方面、会津田島・会津若松・喜多方方面からの直通列車が通り抜ける。

栃木県と福島県の県境にある急峻な山間部を通る。起点新藤原駅標高は425.3m、終点会津高原尾瀬口駅の標高は722.5m、駅ではもっとも高い位置にある男鹿高原駅の標高は約765mとなっている。鉄道建設公団により高規格な路線として建設されたため、単線30.7kmのほとんどがトンネル、高架・橋梁による直線区間で構成されており、全駅停車の列車でも全線の所要時間は約35分・表定速度は約50km/hとなっており、平地の鉄道と変わらない高速運行が可能となっている。トンネルは18、橋梁64か所ある。

川治湯元駅以北の本路線沿線にはほとんど民家は無いなど、沿線の人口は希薄で、定期利用者は極度に少なく、利用客の大多数が観光・保養客など沿線外からの中距離を移動する定期外利用で占められている。

沿線の駅のうち、最北端の会津高原尾瀬口駅のみが福島県南会津町内にあり、残りの駅は全て栃木県日光市内に所在する。沿線・周辺地域に鬼怒川川治湯西川塩原奥鬼怒湯ノ花など多くの温泉地があることを広くPRするため、2006年3月のダイヤ改正にあわせて路線愛称「ほっとスパ・ライン」の使用を開始した。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):30.7km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:9駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式
  • 最高速度:80km/h

運転[編集]

以下の列車種別が設定されている。あるいは設定されていた。先述の路線性格から、東武鉄道伊勢崎線日光線鬼怒川線および会津鉄道会津線との直通運転が基本で、中距離輸送(あるいはその連絡)を主体としている。

列車種別[編集]

特急「スカイツリートレイン南会津号」
2013年4月30日より特定日に運行を開始した。当路線を介し、東武伊勢崎線北千住駅 - 会津線会津田島駅を結ぶ。当路線内では新藤原、川治湯元、湯西川温泉、上三依塩原温泉口、会津高原尾瀬口に停車する。
当路線内での特急料金は370円(2014年4月1日改定)である。
東武鉄道所有の東武634型電車(車両愛称「「スカイツリートレイン」)が充当される。
快速「AIZUマウントエクスプレス」
2005年3月1日より運行を開始した。当線を介し東武日光線東武日光駅・鬼怒川線鬼怒川温泉駅 - JR只見線会津若松駅間を直通運転する列車種別である。当線内では男鹿高原以外の各駅に停車。鬼怒川温泉駅で、新宿・浅草方面発着の特急(スペーシア)きぬがわ」・「きぬ」と連絡している。
会津鉄道所有のAT-700・750形気動車(車両愛称「AIZUマウントエクスプレス」)と、AT-600・650形気動車(車両愛称「AIZU尾瀬エクスプレス」)が充当される。なお、気動車列車の運転には甲種内燃車動力車操縦士運転免許が必要であることから、運転業務を会津鉄道に委託しており、会津鉄道運転士が鬼怒川温泉・東武日光駅まで通し乗務する。
「AIZUマウントエクスプレス」のほか2006年3月18日から「AIZU尾瀬エクスプレス」の列車名で鬼怒川温泉駅 - 会津若松駅間直通列車が1往復運行されていたが2013年3月16日のダイヤ改正で廃止された。
トロッコ列車「湯めぐり号」
2012年3月25日より特定日に運行されている。当線を介し東武鬼怒川線鬼怒川温泉駅 - JR只見線会津若松駅を直通運転する列車種別である。会津若松方面のみの運転であり、鬼怒川温泉方面は運転されない。当路線内では新藤原、竜王峡、川治湯元、湯西川温泉、上三依塩原温泉口、会津高原尾瀬口に停車する。
乗車にはトロッコ整理券が必要である。
会津鉄道所有の「お座トロ展望列車」編成(お座敷車AT-103・トロッコ車AT-351・展望車AT-401の3両編成)が使用される。
快速・区間快速・普通
早朝夜間を除いて東武鬼怒川線からの列車が直通(または新藤原駅で接続)し、さらに会津高原尾瀬口駅から会津線会津田島駅まで直通する。種別は多岐に渡るが、当線内はすべて各駅に停車する。車両はこれら3社が所有する6050系電車が共通運用される。かつては東武鉄道所有の3扉・4扉通勤電車(東武8000系5050系3070系等)も使用されていたが、行楽客主体の当線においては不評であり、また抑速発電ブレーキ非搭載の車両(8000系など)では運転上の問題もあり、現在ではすべて6050系で運転されている。なお、電車列車の運転には甲種電気車動力車操縦者運転免許が必要であることから、会津鉄道の委託を受け、野岩鉄道運転士が会津田島まで通し乗務する。
線内では原則2両編成で運転され、東武鉄道と直通する列車は新藤原や鬼怒川公園などで解増結が行われる。臨時夜行列車「尾瀬夜行」「スノーパル」浅草駅出発日の翌日の1往復に限り4両編成での運転がある。その場合、車両運用の関係で350系で運転されることがある。
臨時夜行列車「尾瀬夜行」「スノーパル」
東武鉄道から直通運転される夜行列車で、シーズンの週末・土曜を中心に下り列車のみ設定される。詳細は「東武鉄道夜行列車」を参照。
野岩鉄道6050系100番台
2008年10月撮影

過去の列車種別[編集]

快速急行・急行
かつては快速急行「おじか」、後に急行南会津」などの座席指定制列車が浅草駅 - 会津高原駅(当時。会津鉄道一部電化後は会津田島駅)間で運転されていた。快速急行は6050系、急行は東武鉄道350系4両編成で運転。AIZUマウントエクスプレスの運転開始と共に、当線への直通運転は廃止となった。
区間急行
2006年3月18日改正で設定された種別で当線内は各駅に停車。当線内では上り最終の区間快速の後に会津田島発が1本運転されていた。2009年6月6日改正により新栃木駅で系統が分離され、当線内での運転は廃止された。

利用状況[編集]

輸送実績[編集]

会津鬼怒川線の輸送実績を下表に記す。 表中、輸送人員の単位は万人。輸送人員は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年度別輸送実績
年 度 輸送実績(乗車人員):万人/年度 輸送密度
人/1日
特 記 事 項
通勤定期 通学定期 定 期 外 合  計
1986年(昭和61年) 0.6 2.0 58.5 61.1 2,268 開業
1987年(昭和62年) 1.4 4.9 106.0 112.3 1,930  
1988年(昭和63年) 1.9 3.9 91.0 96.8 1,654  
1989年(平成元年) 1.8 3.9 99.1 104.8 1,752  
1990年(平成2年) 2.4 2.8 107.0 112.2 1,887 会津鉄道会津線と直通運転開始
1991年(平成3年) 2.4 2.9 112.2 117.5 1,977  
1992年(平成4年) 2.4 2.3 105.3 110.0 1,843  
1993年(平成5年) 2.7 2.8 96.6 102.1 1,684  
1994年(平成6年) 3.3 2.9 93.8 100.0 1,657  
1995年(平成7年) 2.7 2.7 90.2 95.6 1,552  
1996年(平成8年) 2.1 2.7 82.6 87.4 1,425  
1997年(平成9年) 2.1 2.7 76.9 81.7 1,304  
1998年(平成10年) 1.8 2.8 70.6 75.2 1,192  
1999年(平成11年) 1.4 2.6; 69.7 73.7 1,169  
2000年(平成12年) 1.2 2.9 63.6 67.7 1,068  
2001年(平成13年) 1.2 2.6 64.3 68.1 1,052  
2002年(平成14年) 1.5 2.3 62.2 66.0 1,032  
2003年(平成15年) 0.6 1.6 59.6 61.8 959  
2004年(平成16年) 0.9 1.6 53.3 55.8 875  
2005年(平成17年)     52.8 54.8    
2006年(平成18年) 0.7 1.5 52.2 54.4 843  
2007年(平成19年)     51.0 53.5    
2008年(平成20年)     49.6 53.1    
2009年(平成21年) 1.5 2.5 44.9 48.9 756  
2010年(平成22年)     42.5 46.1    

収入実績[編集]

会津鬼怒川線の収入実績を下表に記す。 表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

年度別収入実績
年  度 旅客運賃収入:千円/年度 運輸雑収
千円/年度
総合計
千円/年度
通勤定期 通学定期 定 期 外 手小荷物 合  計
1986年(昭和61年) 3,957 ←←←← 343,104 0 347,061 692 347,753
1987年(昭和62年) 3,763 6,122 572,684 0 582,569 24,868 607,437
1988年(昭和63年) 4,797 5,464 487,986 0 498,247 32,652 530,899
1989年(平成元年) 5,855 3,726 534,049 0 543,630 32,590 576,220
1990年(平成2年) 4,012 5,400 571,506 0 580,918 33,601 614,519
1991年(平成3年) 5,924 4,297 612,157 0 622,378 32,984 655,342
1992年(平成4年) 6,321 3,527 599,457 0 599,457 33,506 642,811
1993年(平成5年) 7,008 4,769 590,493 0 602,270 33,141 635,411
1994年(平成6年) 8,699 4,365 580,292 0 593,356 30,130 623,486
1995年(平成7年) 7,531 4,309 575,754 0 587,594 28,752 616,346
1996年(平成8年) 6,625 4,959 544,105 0 555,689 35,189 590,878
1997年(平成9年) 6,574 5,539 502,846 0 514,959 36,559 551,818
1998年(平成10年) 5,237 5,350 460,970 0 471,557 37,883 509,440
1999年(平成11年) 4,511 5,218 446,732 0 456,461 36,102 492,563
2000年(平成12年) 4,102 5,760 407,383 0 417,245 28,644 445,889
2001年(平成13年) 3,705 5,420 398,962 0 408,087 29,178 437,265
2002年(平成14年) 4,141 5,021 387,771 0 396,933 31,678 428,611
2003年(平成15年) 1,934 3,107 364,949 0 369,990 39,801 409,791
2004年(平成16年) 2,503 2,597 330,270 0 335,370 43,928 379,298
2005年(平成17年)              
2006年(平成18年) 1,949 2,720 298,954 0 303,623 47,854 351,477
2007年(平成19年)              
2008年(平成20年)              
2009年(平成21年) 4,218 2,459 259,393 0 266,070 48,763 314,833

歴史[編集]

五十里湖(海尻付近)空撮画像
中央部は湯西川に架かる野岩鉄道会津鬼怒川線の湯西川橋梁と国道121号の赤夕大橋。

改正鉄道敷設法別表に掲げる予定線のうち第33号の「栃木県今市ヨリ高徳ヲ経テ福島県田島ニ至ル鉄道…(以下略)」の一部である[2]。北側では会津線・只見線磐越西線を経て同表第26号の「山形県米沢ヨリ福島県喜多方ニ至ル鉄道」である日中線、南側では日光線を経て同表第35号の「栃木縣鹿沼ヨリ栃木ヲ經テ茨城縣古河ニ至ル鐡道」と結び、山形県米沢市茨城県古河市[3]を結んで奥羽本線東北本線とを短絡する野岩羽線構想の一部を形成していた[4]

その後、日本鉄道建設公団建設線(野岩線)として建設が進み、予定線のうち東武鬼怒川線と並行する今市 - 藤原間を除き、橋梁トンネルを含むほとんどの鉄道施設が完成していた[5]が、国鉄再建法により工事が凍結された。

しかし、鉄道の開通を目指す地元自治体などにより第三セクター方式での運営が決まり、設立された野岩鉄道が引き継いで開業した。この際、東武鬼怒川線新藤原駅に接続し直通運転を行うことが決まり、非電化で建設された路線を電化する工事を追加で実施している[2]

年表[編集]

  • 1966年(昭和41年)5月 - 滝ノ原 - 上三依(現・上三依塩原温泉口)間9.9kmの工事が認可[2]
  • 1969年(昭和44年)6月 - 上三依 - 中三依(現・中三依温泉)間5.1kmの工事が認可[2]
  • 1972年(昭和47年)8月 - 中三依 - 下野川治間11.3kmの工事が認可[2]
  • 1979年(昭和54年)年末 - 運輸省の予算編成で「国鉄地方線は原則として予算化しない」方針が打ち出される[2]
  • 1980年(昭和55年)9月20日 - 福島・栃木両県知事が運輸大臣に第三セクター方式による運営を要望[2]
  • 1980年(昭和55年)年末 - 下野川治 - 新藤原間の工事が認可[2]
  • 1981年(昭和56年)7月28日 - 野岩鉄道株式会社設立[2]
  • 1984年(昭和59年)5月 - 運輸省・大蔵省より電化が認められる[2]
  • 1986年(昭和61年)10月9日 - 新藤原 - 会津高原(現・会津高原尾瀬口)間 (30.7km) 開業。東武鉄道との直通運転開始
  • 1988年(昭和63年)10月19日 - 国道400号尾頭トンネルが開通し塩原温泉までバスにより20分で連絡可能となったため、下野上三依駅を上三依塩原駅に改称。同駅に行違い設備新設。座席指定制快速急行列車新設
  • 1990年(平成2年)10月12日 - 会津鉄道会津線会津高原 - 会津田島間電化にともない、直通運転開始
  • 1991年(平成3年)7月21日 - 急行列車「南会津」新設。独自の急行料金を設定したため、従前運行されていた座席指定制快速急行列車の種別呼称を変更。
  • 2005年(平成17年)3月1日 - 急行列車廃止、快速「AIZUマウントエクスプレス」新設
  • 2006年(平成18年)3月18日 - 路線愛称「ほっとスパ・ライン」使用開始。中三依駅を中三依温泉駅、上三依塩原駅を上三依塩原温泉口駅、会津高原駅を会津高原尾瀬口駅に改称。「AIZU尾瀬エクスプレス」が直通運転開始。
  • 2008年(平成20年)3月15日 - 「AIZUマウントエクスプレス」・「AIZU尾瀬エクスプレス」の停車駅に龍王峡駅・川治湯元駅・中三依温泉駅が追加される。
  • 2011年(平成23年)3月14日 - 東北地方太平洋沖地震の発生に伴う計画停電の影響により、東武鉄道各線・会津鉄道会津線との相互直通運転が休止される(3月20日再開)。
  • 2013年(平成25年)3月16日 - 「AIZU尾瀬エクスプレス」廃止。

駅一覧[編集]

●:停車 |:通過
快速:「AIZUマウントエクスプレス」
「AIZUマウントエクスプレス」以外は省略(各駅に停車)。
列車交換 … ◇・∨・∧:交換可、|:交換不可
駅名\種別 駅間営業キロ 累計営業キロ 快速 接続路線 列車交換 所在地
東武鬼怒川線直通運転
新藤原駅 - 0.0 東武鉄道鬼怒川線 栃木県日光市
龍王峡駅 1.7 1.7  
川治温泉駅 3.1 4.8  
川治湯元駅 1.2 6.0  
湯西川温泉駅 4.3 10.3  
中三依温泉駅 6.5 16.8  
上三依塩原温泉口駅 4.2 21.0  
男鹿高原駅 4.0 25.0  
会津高原尾瀬口駅 5.7 30.7 会津鉄道会津線 福島県南会津郡南会津町
会津鉄道会津線直通運転

脚注[編集]

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  1. ^ 東武伊勢崎線日光線・鬼怒川線 - 本路線 - 会津鉄道会津線・JR只見線磐越西線
  2. ^ a b c d e f g h i j 森山欽司 ─反骨のヒューマニスト─ 第二十三章 (PDF)”. 2013年8月17日閲覧。
  3. ^ 『山形県議会八十年史 2 大正篇』 山形県議会 1964年
  4. ^ 野岩羽線
  5. ^ 野岩羽鉄道

関連項目[編集]