自転車

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かつて日本で主流であった実用車

自転車(じてんしゃ)とは、乗り手自身の人力を主たる動力源として車輪を駆動することで推進力を得て、乗り手の任意による進路で地上を走行する乗り物である。

概要[編集]

自動車などと比較して、移動距離当たりのエネルギーが少なく、路上の専有面積が少なく、有害な排出ガスが発生しない。また維持運用にかかる費用が安く、整備が容易である。また徒歩や走行と比較すると少ないエネルギーでより遠くに早く移動できるエネルギー効率は良く(後述)、日本や欧州諸国のような先進国を中心に、健康増進効果への期待や、環境(地球環境・局所的な環境の両方)への負荷の少ない移動手段として、自転車通勤が見直されている。

自転車の歴史[編集]

ドライジーネ
ミショー型ベロシペード
典型的なペニー・ファージング(オーディナリー)型自転車
安全型自転車の一例

自転車の歴史、特に黎明期の記録については現在もヨーロッパ各国を中心に資料の発掘と検証が続けられており、長らく定説とされてきたものを覆す研究も提示されている[注釈 1]。また二輪の自転車よりも三輪以上の自転車がより早く製作されていたと考えられている[注釈 2]

安全型自転車の出現まで[編集]

自転車の祖先に当たる乗り物、またその着想についてはこれまでもさまざまな説が浮上しては否定されてきた。現在ではドライジーネ (Draisine) が、実際に製作されたことが確認できる二輪自転車の祖先とされる。これは、1817年ドイツカール・フォン・ドライスによって発明された木製の乗り物で、前輪の向きを変えることができるハンドルと、前後同じ直径の二つの車輪を備えている。クランクペダルチェーンといった駆動装置はなく、足で直接地面を蹴って走るものであった。この乗り物は間もなくデニス・ジョンソン (Denis Johnson) によってイギリスで改良され、ホビーホースなどと呼ばれた。

1861年フランスミショー型が発売された[注釈 3]。これは現在の小児用の三輪車と同じようにペダルを前輪に直接取り付けたものであった。ピエール・ミショーオリビエ兄弟より出資を受けて製造販売を始めたもので、これは初めて工業製品として量産された自転車でもある。なお、ミショー型については、ミショーの元で雇用されていたピエール・ラルマンが「自分こそがペダル付き二輪車の発明者であり、ミショーにそのアイデアを盗用された」と主張し、1866年アメリカにて特許を取得している。

1870年頃、英国ジェームズ・スターレーが、スピードを追求するために前輪を巨大化させたペニー・ファージング型自転車を発売し好評を博したため、多くのメーカーが追随。前輪は拡大を続け、直径が1.5メートルを超えるものも出現した。当時盛んに行われたレースなどスポーツ用に特化したもので、長距離のクロスカントリーライドまで行われた。しかし極端に重心位置が高いため安定性が悪く、乗車中は乗員の足がまったく地面に届かないことなどにより日常用としては運用が困難であり、転倒すれば高所より頭から落ちるような危険な乗り物であった。日本ではだるま車などと呼ばれた。

1879年に英国人ヘンリー・ジョン・ローソン (Harry John Lawson) により後輪をチェーンで駆動し、座席(サドル)の高さが低いため重心が低く、乗員の足が容易に地面に届く物が製作され、ビシクレットBicyclette…二つの小輪)と名付けられた。これが英語の Bicycle の元となった[注釈 4]

マキャモンによる初期の安全型

1884年スターレー・アンド・サットン (Starley & Sutton)、ハンバーマキャモン (McCammon)、BSAなどがビシクレットに改良を加えた自転車を発売する。

1885年にジェームズ・スターレーの甥ジョン・ケンプ・スターレーが「ローバー安全型自転車 (Rover Safety Bicycle)」の販売を開始する。側面から見て菱形のシルエットを持つダイヤモンド型のフレームを持ち、現在の自転車に近い姿になった。

1888年ジョン・ボイド・ダンロップが空気入りタイヤを実用化。その後フリーホイール機構が普及し、自転車の基本がほぼ完成された。

本節の参考文献[編集]

  • 岸本孝『自転車の事典 : 走るクスリ?』文園社、2002年 ISBN 4-89336-177-5
  • 佐野裕二『自転車の文化史 : 市民権のない5,500万台』文一総合出版、1985年 ISBN 4-8299-1107-7
  • 自転車産業振興協会編『自転車の一世紀 : 日本自転車産業史』、1973年
  • 自転車産業振興協会編『自転車実用便覧 : 改訂版 』自転車産業振興協会、1971年
  • 自転車産業振興協会編『自転車実用便覧 : 第4版』自転車産業振興協会、1982年
  • ドラゴスラフ アンドリッチ・ブランコ ガブリッチ『自転車の歴史 : 200年の歩み…誕生から未来車へ』ベースボール・マガジン社、1981年 ISBN 4-583-02929-2
  • 鳥山新一『すばらしい自転車』日本放送出版協会、1973年

構造[編集]

フレーム
フレームは自転車を構成する各部品が組み付けられる車台である。自転車のフレームは伝統的にフロントフォークとセットで製造され、流通してきた歴史があり、公的な強度・耐久性試験もフレームとフロントフォークを組み付けた状態で行われる[1]。この場合、フロントフォークを含めた構造物はフレームセットと呼ばれる。一方、競技用の特殊な自転車においてはフロントフォークを含まないフレーム単体で製造、販売されることもある。フロントフォークとフレームはステアリングコラムと呼ばれる軸構造によって回転可能に接続され、ヘッドパーツと呼ばれる転がり軸受け構造によって滑らかに操舵できるようになっている。
車輪
ホイールタイヤによって構成される。ホイールのハブリムとの間は金属製のワイヤースポークによって支えられるのが一般的である。ハブには滑らかに回転するために転がり軸受け構造を採用するものが一般的である。タイヤは中空で、円形の断面形状を持つものが一般的である。2輪の自転車では前輪が操舵、後輪が駆動を受け持つ構成が一般的となっているが、ベロシペードおよびペニー・ファージングまでは駆動と操舵の両方を前輪で行っていた。リカンベントの一部には駆動と操舵の両方を前輪で受け持つ構成の車種があるほか、前輪で駆動し後輪で操舵するものもある。
乗車装置
ストレートハンドル(バーエンドバー付き)
2輪の自転車では、操舵ハンドルは棒状でフロントフォークの最上部に固定され、フロントフォークを直接回転させる構造のものが一般的である。操舵に必要な機能以外にも、強くこぐ際には運転者が上体を支えるよりどころとしての機能を持つため、用途によりさまざまな形態がある。3輪以上の自転車では、リンク機構によって操作を操舵輪に伝達する構造を持つものが多い。
運転者が座る部分はまたがって座るサドル型が一般的で、前方が細く、後方が広くなっている形状のものがほとんどである。運転者が体重をかける割合が少ない用途では、こぎやすさを重視して細長く、運転者の体重の多くをサドルに乗せる乗車姿勢の車種では幅が広く作られていて、スプリングを備えたものもある。リカンベントでは運転者の背中までの広い範囲を支える椅子型のものが多い。
ハンドサイクルを除けば、運転者が動力を与えるのにはクランクの先端に回転可能に支持されたペダルで行われる。単純な平板状のものは踏み込む力だけを動力とするが、革紐などによって足を固定するトゥクリップや、クリートと呼ばれる金具を備えた靴を固定するビンディングペダルによって、踏み込む力だけでなく足を引き上げる力も動力として利用できるペダルもある。クランクには運転者の体格や体力、車体各部の寸法などに応じて選択できるように、いくつかの異なる長さのバリエーションを持つ製品もある。
駆動装置
外装型変速機の外観 横型パンタグラフ式
内装型14段変速機の内部構造
運転者の足や腕によって回転されるクランクはボトムブラケットと呼ばれる軸受け構造で支持される。
クランクの回転はローラーチェーンスプロケットの組合せにより駆動輪へと伝達されるものが一般的である。19世紀末の安全型自転車が登場するまでは前輪の軸がクランクと直結しているものが通常であった。また、初期の自転車用チェーンはブロックチェーン (block chain) と呼ばれるもので、現在用いられているローラーチェーンとは構造が異なる。
スプロケットのうちクランクと同軸にあるスプロケットは自転車においてはチェーンホイールと呼び、単に「スプロケット」と呼ぶ場合は駆動輪と同軸にある被駆動スプロケットを指す。駆動輪のスプロケット軸にはフリーホイールが内蔵されていて、クランクを止めて惰性で走行することができる車種がほとんどである。フリーホイールは安全型自転車の後期になって普及した一方、トラック自転車競技室内自転車競技に用いられる自転車には現代でもフリーホイールは組み込まれていない。
変速機をもつ車種もあり、チェーンホイールとスプロケットの組合せを複数持ち、チェーンを掛け替える方式の外装変速機と、ハブ内部に歯車を持ち、スプロケットの回転速度を増速あるいは減速してホイールに伝達する内装変速機がある。外装変速機には複数のスプロケットをまとめてハブから分離することができる構造のものがあり、カセットスプロケットと呼ばれる。
ブレーキ
サイドプル・キャリパーブレーキ(デュアルピボットタイプ)
多くの場合はハンドルバーの端部に備えられたレバーで操作し、コントロールケーブルやリンク機構で操作が伝達される。クランクを逆転させることで作動するコースターブレーキと呼ばれるものも一部で採用されている。エラストマー製の摩擦材がリムを挟んで制動する構造や、ハブにと同軸に備えられた円筒を帯状の摩擦材を巻き付けて制動する構造のものが多く採用されている。
日本では公道を走行する自転車にはブレーキ装置を前後両輪に備えることが義務づけられている[2]
その他の付属物


自転車の利用[編集]

日本国外の状況[編集]

自転車に乗る小学生

自転車利用は各国それぞれに固有の特徴がある。

ヨーロッパ諸国では自転車の利用が非常に盛んな国が多い。オランダは常に吹く強い風で、ドイツは市街地路面が石畳で、また路面が雪や氷で覆われることの多い国々で、一見悪条件の中で、自転車利用が促進されている。単に自転車に乗ることに優しい自然環境があるからではなく、交通政策や観光政策等、自転車を利用しようとする人々の努力がそこにあり、これにより交通手段としての自転車利用が促進される。

オランダ、デンマークスウェーデン、ドイツなど多くの国で自転車交通教育の推進によって自転車交通が促進されている。通行規則は自動車やバスなど同じ道路を走る他の車両の規則と一体として整備され、全ての車両の運転者に等しく、車道での安全走行が、規則として徹底される。自転車または二輪車のための専用レーン整備が進められる一方で、それがない場合でも、自転車が車道を走行する車両交通規則として実施されている。

オランダやデンマークでは通勤利用者に対する購入時の金銭的補助がある。スイスでは山岳地帯であるにもかかわらず、自転車観光ルートを充実させ、ルートガイドを徹底することにより、自転車による観光が推進されている。ドイツ、オランダ、サンフランシスコなど、鉄道車両などの公共交通機関に折りたたみや分解などをすることなくそのままの状態で自転車を持ち込むことができる場所も多い。これにより自転車で最終目的地に到達できる可能性が増す。

近年、共有自転車(コミュニティサイクル、バイシクルシェアリング)を都市内で大規模に導入する動きもみられ、パリヴェリブはその中でも代表例で、利用者・台数が多い[要出典]

欧州諸国では、1990年代以降自転車が環境や健康にもたらす効果を重視し、自転車を都市交通の重要な担い手と位置づけている。

北米(アメリカ合衆国カナダ)は典型的な車社会でニューヨーク・サンフランシスコなどの一部の都市を除きレジャー・スポーツでの自転車利用が中心である。土地に余裕があるので都市部には自転車レーンが設けられている道路が多く、趣味としてのサイクリングが広く楽しまれている。

南アメリカコロンビアの首都ボゴタは、市長提唱による自転車交通推進によって短期間に欧州的な自転車都市となった。長年毎週日曜日には中心の7番街でシクロ・ビア(自転車天国)と呼ばれる自転車中心に歩行者やローラースケーターたちへの道路の開放が行われてきたが、1990年代後半以降は地域を拡大し、さらに大規模に行われるようになった[3]

中華人民共和国では1990年代に自転車交通の混沌がいわれていたが、2000年代になると車道における自転車レーン整備が促進されるようになった。[要出典](電動アシストではない)電動自転車が自転車としての位置づけでかなり普及し活況を呈している。

インドでも自転車は多く利用されている。インドは自転車生産でも世界有数の国となっている。

日本の状況[編集]

日本の自転車普及率は世界的に見ても高い。保有台数は8655万台で、人口1.5人あたり1台にのぼる(2005年)。これは西欧で特に自転車利用が多いオランダ(人口0.9人当たり1台)、ドイツ(同1.2人)、に次いでベルギー(同1.9人)と同等の水準であり、アメリカ中国イギリスフランスイタリアといった国々を上回る[4]

前掲した普及率の高い西欧諸国が自動車やバスと同等の車両という認識であるのに対し、日本においては歩道を通行し限られた短距離の移動に利用する歩行者の延長線上のものという認識が一般にはなされている(当然ながら法律上は車両と定義されている)。都市部では公共交通機関が発達している一方、自動車交通中心の交通政策が貫かれ自転車が交通手段として明確に位置づけられていないなど日本独特の環境によるものではあるが、車両という認識の欠如により無謀運転や交通違反、深刻な事故などが社会問題となり、2000年代中ごろから法令改正や取締り強化、啓発などが行われている。

自転車と職業[編集]

自転車でパトロールするイギリスの警察官

自転車を使う職業の代表は郵便配達だが、英国では1880年に自転車による郵便配達が始められ、現在でも約3万7000人の配達員が自転車を利用している。自転車便など、都市部における輸送手段として利用されることもある。新聞配達や出前などといった職業上の利用もある。

英国の警察1896年から自転車によるパトロールを始めた。日本の警察は自動車とオートバイによるパトロールに切り替えているが、交通渋滞の激しい都心部では自転車の機動性を鑑みてあえて自転車によるパトロールを行っている場合もある。国によっては交通渋滞の多い都市で自転車パトロールを復活させるところもある(アメリカではニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコの各市警に「バイシクルユニット」という専従のチームがあり、「POLICE」のマーキングを入れた警察専用のMTBも製造されている。このフレームは当然、公用であり国内では市販されない)。

自転車と軍隊[編集]

折り畳み自転車を背負った第一次大戦時のイタリア兵

自転車に乗った兵は、純粋な歩兵に比べて移動速度に優れる。騎兵自動車に比べれば遅いが、自転車自体のコストは車や馬よりも安く付き、さらに水や飼料、燃料を必要としないという利点がある。さらに、兵への訓練も遥かに簡単である。このため、自転車は多くの軍で利用されることとなった。

自転車が戦争に利用されたのはボーア戦争が始まりで、英軍・ボーア軍ともに斥候に自転車を使った。第一次世界大戦ではドイツ軍フランス軍が兵の移動に自転車を利用した。第二次世界大戦ではイギリス陸軍空挺部隊が輸送機内でかさばらない折り畳み自転車を使用していた。大日本帝国陸軍日中戦争で5万人の自転車歩兵を動員。マレー半島攻略作戦など南方作戦の働きから「銀輪部隊」と呼ばれるようになった。スイス陸軍では1891年から2001年にわたって自転車部隊を存続させた。

しかし、自転車は徒歩に比べれば楽ではあるが、移動に兵士の体力を消耗することに代わりはない。また、自転車に乗った状態はバランスが不安定で、側面が完全に露出しているため、攻撃に非常に脆いという欠点があった。そのため、自動車の普及が進み、大量の燃料も供給できるようになった現在では、自転車を戦闘部隊に配備する軍は限られるようになっている。

現在では北朝鮮当局が自転車部隊の存在を明らかにしており[5]韓国陸軍38度線の休戦ラインの監視部隊が徒歩より機動性があり、エンジン音がしないため接近に気づかれにくいMTBをパトロールに使用している。日本では航空自衛隊航空救難団が救難活動現場で使用するために民生用折り畳み自転車を保有している。

スポーツとしての自転車[編集]

競技
競走に使用できる乗り物が発明されるとそれによる競技が行われるようになるが、自転車もさまざまな形態の競技が実施されている。また各競技に最適化される形で自転車の構造も細分化されてきている。
競技でないもの
一般人が公道を時間を競わず制限時間内に完走することを目指すブルベ、センチュリーライドなどのサイクリングイベントも、数多く開催されている。

自転車と観光[編集]

自転車を用いて短いコースをゆっくり探索するポタリングは観光地において人気がある。数十キロ、数百キロといった都市間、さらに国から国へと移動する長距離の自転車旅行も行われている。自力での移動だけではなく、サイクルトレイン輪行など、公共交通機関に自転車を持ち込んで長距離移動することも行われる。また、観光地や都市においては駅前やバスターミナルなどの交通拠点近く、または街中にレンタサイクルショップが存在するところも多く、自家用車や公共交通機関でやってきた観光客が自転車を借りて付近を観光し散策することも広く行われている。

自転車工業[編集]

世界各国に自転車メーカーが存在し、多くの自転車が製造されている。2011年には、世界の自転車市場の規模は610億ドルにのぼった[6]。2009年には全世界で一年に1億3000万台の自転車が販売され、そのうちの66%が中国で製造された[7]

自転車の製造は、自転車のフレーム自体やボールベアリングワッシャースプロケットなどの特別な部品の両方に高度な技術を必要とするため、金属加工技術の進歩を促し、他の高度な産業にも影響を与えた。これらの製造を通じて熟練した金属加工技術を身につけた労働者は、初期の自動車飛行機の開発に大きな役割を果たした。また、自転車製造業は機械化大量生産[8](のちにフォードゼネラル・モーターズも採用した)、垂直統合[9](のちにフォードも採用した)、積極的な広告[10]1898年の米国の雑誌のすべての広告のうち10%は自転車メーカーが占めていた)[11]道路改善のためのロビイング[12](などいくつもの産業モデルを開発し、他の産業に伝授する役割を果たした。また、自転車産業は年間のモデルチェンジを初めて採用し[13][14]、この方式はゼネラル・モーターズにも受け継がれ、大成功をおさめた[15]

初期の自転車は、ファッショナブルなエリートによって財力を誇示するために消費されるもののひとつであった[16]。そのため、バービー人形のように自転車それ自体よりもそれにつけるためのアクセサリー的なものの消費が多くなることがあった[17]

自転車の普及によって自転車メッセンジャー[18]、自転車教室などの新たな職業が生まれ、また自転車レースも開催されるようになった。自転車レースの形態はのちにオートバイレースや自動車レースへとつながっていった[19]

初期の自動車や飛行機の開発者には自転車によって機械製造の基礎を身に着けたものが多く、飛行機を発明したライト兄弟オハイオ州デイトンの自転車屋であった[20]。いくつかの自動車メーカーは自転車メーカーから成長してきたものである。イギリスローバーは1878年にStarley & Sutton Co. of Coventryとして創業したときは自転車メーカーであり、1901年に自動車の製造を開始した。同じくイギリスのモーリスも1910年の創業時は自転車メーカーであり、1913年に自動車メーカーとなった。チェコシュコダオーストリア=ハンガリー帝国時代の1895年にラウリン&クレメント社として創業したときは自転車メーカーで、自動車業進出は1901年のことであった。また、日本の本田技研工業は自転車メーカーではなかったが、自転車に搭載するモペッド用の補助エンジン制作からスタートして世界有数の自動車メーカーとなった企業である。

性能[編集]

エネルギー効率[編集]

自転車による移動は生物と機械の両方の中で、その移動に要するエネルギーの量に関して突出して効率的であり、人間がある距離をある速度で移動するのに必要なエネルギーの量で比べると自転車は徒歩の5分の1に過ぎないという定説がある[21]。1950年代の中期に、現在の「財団法人自転車産業振興協会自転車技術研究所」の前身にあたる「自転車生産技術開放研究室」がまとめた研究により、この数値はおおむね正しいことが確認された。この際には、被験者の呼気に含まれる二酸化炭素の量から消費カロリーを推算する手法が用いられた。ただし、これは平坦な舗装道路を前提とするという自転車にとって有利な条件での比較である。

こうした数値を基に、一般的な自転車で1kgの物体(車体を含む)を1km移動させるのに必要なカロリーは、おおよそ自動車の6分の1、ジャンボジェット機の4分の1程度しか必要ないとの試算もある[22]

速度記録[編集]

平地単独走行で全風圧を受けての最高到達速度記録はカナダのサム・ウィッティンガムが2008年にカウリング(風防)をつけたストリームライナーで達成した時速82.3マイル(時速132.5キロメートル)で、自身が保持していた時速81.02マイル(時速130.4キロメートル)の世界記録を6年ぶりに更新した。これはヒト一人のみの出力よる最高速度記録でもある。

標高差による位置エネルギーを利用した斜面降坂では2007年8月オーストリアのマルクス・シュテッケル(Markus Stöckl)がマウンテンバイクで達成した210km/hが記録されている。

平地での最高速度記録は1995年10月3日オランダのフレート・ロンペルベルフ(Fred Rompelberg)が記録した268km/hである。これは、前走する遮風板を付けた車の背後でスリップストリームに入り走行することで達成された。この種の挑戦は19世紀後期以来、幾度も記録更新が繰り返されてきた伝統的なものである。初期の例として、1899年アメリカのチャールズ・ミンソーン・マーフィー(Charles Minthorn Murphy)によるものが知られる。

注釈[編集]

  1. ^ こうした活動が行われている場のひとつに、International Cycling History Conference (ICHC) がある
  2. ^ 一例として、二輪自転車の原型であるドライジーネの発明者として知られるカール・フォン・ドライスが、それに先立って1813年に特許出願を試みた人力四輪車が挙げられる。ただしこの特許は認可されなかったという。
  3. ^ この1861年説は、ミショー一族に伝わる家伝書を根拠とする。これは個人的な記録であり、後年ミショーがオリビエとの間に権利上の対立を抱えていたことなどから、その信憑性に疑問を呈する意見もある。
  4. ^ なおこの名前の正しい英語発音は「バイサイクレット (bicyclette)」であり、英語のbicycle指小辞(t)teが付いた形となっている。当時の自転車の車輪が二つの内一つは巨大なものであることに対応した命名である。

脚注[編集]

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  1. ^ JIS D 9401 自転車−フレーム
  2. ^ 道路交通法施行規則 第九条の三 第六十三条の九第一項の総理的令で定める基準は、次の各号に掲げるとおりとする。
    1. 前車輪及び後車輪を制動すること。
    2. 乾燥した平たんな舗装路面において、制動初速度が十キロメートル毎時のとき、制動装置の操作を開始した場所から三メートル以内の距離で円滑に自転車を停止させる性能を有すること。
  3. ^ 「首都ボゴタ」幡谷則子/「コロンビアを知るための60章」p348 二村久則編著 明石書店 2011年6月30日初版第1刷
  4. ^ 自転車産業振興協会『自転車統計要覧』46版、2012年9月
  5. ^ NNA.ASIA 北朝鮮フォーカス
  6. ^ High Growth and Big Margins in the $61 Billion Bicycle Industry”. Seeking Alpha. 2011年10月24日閲覧。
  7. ^ The Business of Bicycles | Manufacturing | Opportunities | DARE - Because Entrepreneurs Do |”. DARE (2009年6月1日). 2011年10月24日閲覧。
  8. ^ Norcliffe, Glen. The Ride to Modernity: The Bicycle in Canada, 1869-1900 (Toronto: University of Toronto Press, 2001), pp.23, 106, & 108. GM's practice of sharing chassis, bodies, and other parts is exactly what the early bicycle manufacturer Pope was doing.
  9. ^ Norcliffe, p.106.
  10. ^ Norcliffe, pp.142–47.
  11. ^ Norcliffe, p.145.
  12. ^ Norcliffe, p.108.
  13. ^ Norcliffe, p.23.
  14. ^ Babaian, Sharon. The Most Benevolent Machine: A Historical Assessment of Cycles in Canada (Ottawa: National Museum of Science and Technology, 1998), p.97.
  15. ^ Babaian, p.98.
  16. ^ Norcliffe, pp.8, 12, 14, 23, 147–8, 187–8, 208, & 243–5.
  17. ^ Norcliffe, pp.23, 121, & 123.
  18. ^ Norcliffe, p.212.
  19. ^ Norcliffe, p.125.
  20. ^ The Wrights' bicycle shop” (2007年). 2007年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年2月5日閲覧。
  21. ^ 自転車産業振興協会 『自転車実用便覧 : 第5版』、1993年、1080頁。
  22. ^ 瀬戸圭祐 『自転車生活スタートガイド : 街乗り・通勤・ツーリング』 水曜社、2006年ISBN 978-4-88-065173-6

関連項目[編集]