総武快速線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
総武本線 > 総武快速線
JR logo (east).svg 総武快速線
総武線快速の主力車両E217系電車(2009年撮影)
総武線快速の主力車両E217系電車
(2009年撮影)
総武快速線の路線図
路線総延長 39.2 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式直流
最高速度 120 km/h

総武快速線(そうぶかいそくせん)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)総武本線のうち、東京都墨田区錦糸町駅から千葉県千葉市中央区千葉駅までの複々線区間における快速線のこと。一般的には、総武本線の起点である東京都千代田区東京駅から千葉駅までの区間を指す。

運行系統名称としては「総武快速線」「総武線快速」「総武線(快速)」などと案内され、直通運転を行っている横須賀線と合わせて「横須賀・総武線快速」と呼ばれることもある。

概要[編集]

東京地区の電車特定区間内(E電)の運行系統の一つで、千葉県中・西部の各都市から東京都心への通勤路線のひとつとなっている。東京駅から馬喰町駅までは地下路線、錦糸町駅以東は線路別複々線のうちの快速線を走行して千葉駅に至る。

JRの前身である日本国有鉄道(国鉄)の通勤五方面作戦の一環として建設が行われ、1972年(昭和47年)の東京駅 - 錦糸町駅間の新線と錦糸町駅 - 津田沼駅間の複々線化の完成と同時に運転が開始された。その後1976年(昭和51年)の品川駅延伸を経て1980年(昭和55年)からは横須賀線[1]との直通運転が始まり、1981年(昭和56年)7月の複々線区間の千葉駅延伸、同年10月の稲毛駅停車開始によって現在の運行形態が築かれた[2]

一部の列車は千葉駅から外房線内房線総武本線(千葉以東)・成田線へ直通運転を行っている。

全区間が電車特定区間内であるが、編成の一部にクロスシートトイレを備えた近郊タイプの電車が用いられ、グリーン車も2両組み込まれている。

運転される列車は快速電車が主であり、このほか、銚子市など千葉県東部方面への特急列車や、成田国際空港への空港アクセス特急「成田エクスプレス」の走行ルートともなっている。新小岩駅以東では日本貨物鉄道(JR貨物)による貨物列車も運行され、また2010年(平成22年)3月まで日本国内最後の荷物列車が走っていた[3]

終夜運転は基本的に行われない(中央・総武線各駅停車は行われる)。 ラインカラーは横須賀線と共通であり、快速電車の車体色(通称:スカ色)の一部に近い色である)で案内されている。

路線図

歴史[編集]

複々線化前の快速[編集]

房総方面の国鉄の鉄道路線は、1953年(昭和28年)に「気動車化モデル線区」に選定されてある程度の近代化が進展していたが、電化の進展は1968年(昭和43年)までは総武本線の御茶ノ水駅 - 千葉駅までに過ぎず、他の路線は非電化の状況であった。千葉・房総方面において機関車牽引でない“電車”は中央緩行線に直通する総武線国電(御茶ノ水駅から千葉駅までの各駅に停車)と私鉄である京成電鉄の路線だけであり、それ以外は蒸気機関車ディーゼル機関車が走る、関東でも電化整備の遅れた地域であった。

1968年(昭和43年)3月28日に総武本線・成田線の千葉駅 - 佐倉駅 - 成田駅間の電化が完成し、同年7月13日に千葉駅 - 木更津駅間の電化が完成。同区間に電車が走れるようになり、同年10月1日のダイヤ改正から中央線の中野始発で成田駅・木更津駅へ毎日1時間に1 - 2本程度、総武線電車快速が走り始めた。

国電区間内の停車駅は中野駅 - (中央緩行線内各駅停車) - 御茶ノ水駅・秋葉原駅・両国駅・新小岩駅・市川駅・船橋駅・津田沼駅・千葉駅で、車両は各駅停車と同じくカナリアイエロー色の101系電車を使用していた。このころは複々線化される前であり、この快速は現在の総武快速線とは本質的には異なるものといえるが、停車駅など後の総武快速線に踏襲されている部分もある。

通勤五方面作戦[編集]

前史[編集]

高度経済成長を迎えたころ、総武線も朝のラッシュ時を中心に他の東京近郊の主要路線同様、混雑をきわめていた。千葉鉄道管理局でも様々な計画案が立案されていた。一例として 1962年(昭和37年)に発表された段階案[4]では、

  • 旧型車両8輌編成を101系10輌編成に置き換え、2割の輸送力増強を図る。
  • 新宿駅での中央線上り快速電車と同様に、新小岩駅(案)に島式ホームを増設し交互発着を行うことで運転間隔を20秒短縮、さらに2割の輸送力増強を図る。
  • 1965年(昭和40年) - 1970年(昭和45年)の間に御茶ノ水駅 - 市川駅、市川駅 - 津田沼駅、津田沼駅 - 千葉駅の3区間に分けて複々線化。急行線では1962年(昭和37年)より25分の時間短縮を図る。停車駅は市川駅、船橋駅、津田沼駅、千葉駅を予定。ただし、東京都内は未定とした。さらに貨物列車も分離し輸送力を2倍とする。

このほかにも、当時最高混雑区間であった亀戸駅 - 新小岩駅を先行して複々線化する案などがあった。

作戦開始[編集]

1964年(昭和39年)になると「通勤五方面作戦」と称する都市近郊各線輸送力増強計画の一環として、総武本線では快速線と緩行線を分ける複々線化を計画した。快速線新設に関する計画は以下のとおりである。

  1. 横須賀線品川駅 - )東京駅 - 錦糸町駅を地下トンネルで新設。東京駅 - 錦糸町駅間に新日本橋駅馬喰町駅を設置する。
    • 東京駅 - 両国駅間の建設ルート案は、1.在来線に腹付線増する(工費約380億円)、2.神田川上に高架線を建設して神田駅に入る(工費約320億円)、3.地下線を建設し東京駅に直通する(工費約210億円・金額は計画当時の予定額)が出され、建設費用および運行距離のもっとも短い地下線案に決定した。なお東京駅への乗り入れには、従来から東京駅方面への乗換駅であった秋葉原駅の混雑を緩和する目的もあった[2]
    • 総武トンネル(東京駅-品川駅間は東京トンネル)と称するこのトンネルは、国鉄初の都市内トンネルとなった。軟弱地盤を通過することから大半がシールド工法によって建設され、隅田川との交差部はケーソン9基を両岸に仮設した築島から沈下させ、水中で次々に水平方向に押し進めることでケーソンを接続する築島ケーソン工法がとられた。
    • 同トンネルから複々線へのアプローチが設けられたのは両国駅構内だが、連続する急勾配のためホーム設置は見送られた。
    • この区間は信号見通し距離の確保が困難であったため、保安装置に国鉄在来線では初となる車内信号方式の自動列車制御装置(ATC)を導入した[5]
    • 長大トンネル[6]のため、乗り入れ車両はA基準対応車両のみとされ、新製車両はつとめてA-A基準対応とすることが定められた[7]。このため、A-A基準に準拠して新製された113系1000番台183系が投入された[8]。なお、両国駅および新宿発着の房総急行で使用していた153系165系については、保安装置が対応していないため地下区間への乗り入れは行わない[9]こととした。
  2. 錦糸町駅 - 千葉駅間を複々線化。前述の東京駅 - 錦糸町駅間とあわせ、快速電車などを運行する。
    • 高架・盛り土・切り通しにて複々線化・立体交差化。亀戸駅 - 新小岩駅間には、亀戸駅から南下し小名木川駅方面へ向かう貨物線に接続する単線(路盤は複線に対応)の線路を別途建設。
      • 両国駅 - 錦糸町駅間は開業以来デッキガーダーによる高架線となっていたが、地盤沈下および老朽化のため新規に高架線を建設。
    • 市川駅と錦糸町駅での優等列車待避を可能とする。ただし、錦糸町駅については当面全列車が停車することから通過線は敷設しない。
    • 貨物取扱駅を小名木川駅・越中島駅・新小岩駅・西船橋駅に集約し、両国・錦糸町・亀戸・平井・小岩・市川・下総中山・船橋・津田沼の貨物取扱業務を廃止する。
  3. 総武快速線および房総ローカル線運用の113系、房総特急の183系、房総急行の153系、165系を収容する幕張電車区津田沼駅 - 幕張駅間に新設。地下駅である東京駅の電留線機能を錦糸町駅構内の客車操車場跡に設置。

複々線化後[編集]

  • 1972年(昭和47年)7月15日
    • 錦糸町駅 - 津田沼駅間複々線化完成に伴い総武快速線運行開始。総武快速線用車両として113系電車を投入した。快速線には上記の快速列車の停車駅であった新小岩駅市川駅船橋駅・津田沼駅と、東京方面と御茶ノ水方面の分岐駅となった錦糸町駅にホームを設置した。西船橋駅のホーム設置は見送られた。
    • また、従来両国駅および中央本線新宿駅より運転されていた急行列車を振り分け、格上げする形で特急列車さざなみ」・「わかしお」が新設された。
    • 津田沼駅までの複々線化であったので、津田沼駅 - 千葉駅間は各駅停車と快速・特急などが同じ線路を利用した。なお、快速は津田沼駅 - 千葉駅間はノンストップであった。
    • 快速については全車禁煙となった。
    • 電動方向幕による行先表示を実施し、サボ運用を廃止した。
  • 1975年(昭和50年)3月10日:同日実施のダイヤ改正により、エル特急「しおさい」・「あやめ」運行開始。
  • 1976年(昭和51年)10月1日:東京駅の混雑緩和のため、未供用の東京駅 - 品川駅間の地下線を活用し、朝夕のラッシュ時に品川駅乗り入れを開始。後に朝夕ラッシュ時以外にも乗り入れ時間帯が拡大された。
  • 1980年(昭和55年)10月1日:東海道本線SM分離により横須賀線との相互直通運転を開始。同時に横須賀線と編成を合わせるためグリーン車2両を連結開始。
  • 1981年(昭和56年)7月6日:津田沼駅 - 千葉駅間の複々線化工事が終了。複々線化以前は快速通過駅であった稲毛駅にホームを建設。10月1日のダイヤ改正より稲毛駅に快速が停車することとなった。
  • 1984年(昭和59年)7月19日:東京駅 - 津田沼駅間で「ホームライナー津田沼」の運行を開始。
  • 1987年(昭和62年)4月1日国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道に継承。
  • 1991年(平成3年)3月19日:特急「成田エクスプレス」の運行開始。成田空港へは「成田エクスプレス」(1時間に1 - 2本)と快速(1時間に1本)が乗り入れるようになった。特急「さざなみ」「わかしお」は臨時列車をのぞいて、前年に東京駅まで乗り入れるようになった京葉線経由になり、総武快速線を走行しなくなる。
  • 1999年(平成11年)12月3日:113系電車がステンレス製車両E217系電車に置き換えられ、同時に最高速度も100km/hから120km/hに引き上げられた。これにより、東京駅 - 千葉駅間の所要時間が平均2 - 3分短縮され、最速で38分になった。
  • 2004年(平成16年)2月29日:ATCの設備老朽化に伴い、品川駅 - 錦糸町駅間の保安装置をATCから地上信号方式のATS-Pに、閉塞方式を車内信号閉塞式から複線自動閉塞式へそれぞれ変更。すでに東京トンネルを挟む横須賀線や総武快速線の区間ではATS-Pが導入されていたことから、保安装置の一本化が実現した。
  • 2010年(平成22年)3月12日:この日を最後に荷物列車が廃止される。

運行形態[編集]

以下では2013年3月16日改正までに至る総武快速線の運行形態について述べる[10]

複々線区間である錦糸町駅 - 千葉駅間では、すべての旅客駅にホームが設置されている総武緩行線に対し、総武快速線は快速停車駅にのみホームが設置されている。中央本線緩行線との直通運転を行う総武緩行線とはほぼ完全に分離されたダイヤが組まれており、緩急接続は特に考慮されていない。快速・通勤快速は11両または15両編成で運転されている。

停車駅表

特急[編集]

総武快速線は特急列車の走行経路ともなっており、現行ダイヤでは、成田国際空港へのアクセス特急「成田エクスプレス」、東京と千葉県東部地区とを結ぶ特急「しおさい」「あやめ」、千葉と甲信地方を結ぶ特急「あずさ」が運行されている。

このほか、臨時列車として、「新宿わかしお」「新宿さざなみ」が年末年始をのぞく毎週土曜・休日に、「日光」が多客期週末を中心に運行されている。

詳細は、各列車の記事を参照。

通勤ライナー[編集]

1984年(昭和59年)7月23日より、夜に運転される座席定員制の通勤ライナーとして「ホームライナー津田沼」の運行が開始された。後に運行区間の延伸により「ホームライナー千葉」と愛称が変更された。現行ダイヤでは千葉方面に1日4本運転され、うち3本が東京駅発、残りの1本が中央本線新宿駅発となっている。東京駅・秋葉原駅 - 津田沼駅間は途中の駅には停車しない。なお運行されるのは平日のみである。

通勤快速[編集]

通勤快速は、平日朝夜の通勤時間帯に運行されている、通常の快速よりも停車駅が少ない速達列車であり、1994年(平成6年)12月3日改正より運行を開始した[11]

上りは朝に成田線成田駅発横須賀線逗子駅行きと同線大船駅行きが1本ずつ、下りは夜に東京駅発成田駅行き2本が運転されている。錦糸町駅 - 千葉駅間では船橋駅のみに停車し、千葉駅以東では東千葉駅物井駅を通過、錦糸町駅以西では各駅に停車する。上り列車は先行列車を追い越さないため通常の快速と所要時間がほぼ同じである。下り列車は先行の快速千葉行きを市川駅で通過追い越しするため、快速よりも所要時間が短い。

快速[編集]

快速は、総武快速線での最も主要な列車種別である。

東京駅 - 錦糸町駅間は各駅に停車し、錦糸町駅 - 千葉駅間は快速線上にホームのある駅すべてに停車する。東京駅 - 千葉駅間を基本に運転されており、東京駅から横須賀線に直通する列車が多い。また、横須賀線 - 東京駅 - 津田沼駅間の区間列車も設定されている。平日朝ラッシュ時の東京方面は3 - 4分間隔で運行されており、日中時間帯は1時間あたり5 - 6本程度(うち1 - 2本程度は東京駅発着)、夕方の東京駅→千葉駅間は毎時10本前後(一部津田沼行き)運転されている。

千葉駅からは以下の各線への直通列車も設定されている。

成田線鹿島線
佐倉駅までは総武本線を経由し、ほとんどは成田駅から空港支線に入り成田空港駅まで運行されている。成田空港駅発着列車は1991年(平成3年)3月改正より運行されており[11]、成田空港駅行き列車は「エアポート成田」愛称がついているが、成田空港発の列車には愛称が無い。1時間あたり1本以上(22往復)あるが、停車駅はほかの快速と同じである。
朝夕ラッシュ時には成田駅発着の列車も設定されており、平日には通勤快速(前述)が運転されている。
朝の上り1本のみ佐原駅発の列車が設定されている。佐原駅 - 佐倉駅間は付属4両編成で普通列車として運転され、佐倉駅で11両編成を増結する。
夜間に「エアポート成田」のうち1本の付属編成が鹿島線鹿島神宮駅まで直通している。佐倉駅で11両編成を解結し佐倉駅からは付属4両編成で普通として運行されている。鹿島神宮駅発の設定はなく、復路は鹿島神宮駅から佐原駅まで回送され佐原始発で運転されている。2004年(平成16年)10月16日改正までは特急「あやめ」が減便された代替として、日中に成田空港駅発着の列車の一部が成田駅で増解結を行い、付属4両編成が鹿島神宮駅まで直通運転していたが、現行の下り1本をのぞきすべて廃止された。
年末年始終夜運転では成田山初詣客向けに、津田沼駅・千葉駅・佐倉駅発着の一部列車を成田駅発着に変更する場合がある。
総武本線
佐倉駅までは前記の成田線直通列車に加え、朝夕には折り返し列車も運転されているが、佐倉駅以東への直通列車は成東駅発着の朝の上り1本と夜間の1往復のみである。このうち、朝の上りは佐倉駅 - 成東駅間でも快速運転を行い11両編成(佐倉駅で付属4両編成を増結)で運行されているが、夜の1往復は佐倉駅で成田空港駅発着の11両編成を増解結し、佐倉駅 - 成東駅間は付属4両編成で運行され各駅に停車する。かつては手前の八街駅までの乗り入れで、かつ付属4両編成のみで運転されていた。
内房線
内房線を走行するE217系
成田線に次いで直通運転が多く、一部時間をのぞき1時間あたり1本程度(16往復)ある。すべての列車が君津駅まで運転される。日中帯は蘇我駅で京葉線 - 外房線上総一ノ宮駅発着の快速列車に相互接続を行う列車がある。かつては姉ヶ崎駅2007年(平成19年)3月16日まで)・木更津駅発着[いつ?]の列車も設定されていた。「房総夏ダイヤ」実施時は快速「青い海」として館山駅発着で運転された列車もあった。
外房線
平日10往復、土休日9往復が運行されている。千葉駅 - 蘇我駅間は前記の内房線直通の列車も加わる。日中帯は京葉線直通の列車が主で、総武線直通は蘇我駅 - 上総一ノ宮駅間では5時間ほど運行されない。かつては勝浦駅1998年(平成10年)12月6日まで)・大原駅2004年(平成16年)10月15日まで)発着の列車も設定されていた。「房総夏ダイヤ」実施時は快速「白い砂」として安房鴨川駅発着で運転された列車もあった。

快速、通勤快速ともにダイヤ設定上はいわゆる電車ダイヤであり、運転上の主要駅以外では採時を行わない。

過去の列車[編集]

特別快速「エアポート成田」
1992年ごろまで、一部の「エアポート成田」が総武・成田線内で、特別快速として運行されていた。現在の通勤快速との違いは、新日本橋駅・馬喰町駅を通過していた一方で、津田沼駅に停車していたことであった。1991年頃には日曜日に限り、横須賀線の大船駅まで直通していたが、同線内は各駅に停車した。
快速「青い海」「白い砂」
1989年の房総夏季ダイヤまで運行されていた臨時快速列車。定期の内房線直通快速と外房線直通快速を安房鴨川駅まで延長運転したもので、内房線経由には「青い海」、外房線経由には「白い砂」の愛称が付けられていた。定期区間の停車駅は他の快速と同じであった。基本的には東京駅発着であったが、時期によっては、品川駅や両国駅発着であったり、横須賀線や中央本線へ直通する列車もあった。1990年以降の房総夏季ダイヤでは、内房線経由は「シーサイドライン内房」「ホリデー快速シーサイドライン内房」「ホリデー快速青い海」、外房線経由は「シーサイドライン外房」「ホリデー快速シーサイドライン外房」「ホリデー快速白い砂」などといった臨時快速列車が運行された。
荷物列車
2010年3月12日まで、両国駅 - 千葉駅間で内房線・外房線沿線への夕刊新聞輸送のために113系電車を使用した荷物列車が1本運転されていた[3]。なお、夕刊の休刊日は運休となっていた。

使用車両[編集]

以下に示す車両はすべて電車である。快速・通勤快速はすべてグリーン車を2両連結した15両または11両の編成である。多くの列車が、15両編成で運転される。

E217系
  • 快速電車
    • E217系鎌倉車両センター所属、1994年12月3日-)
      • 横須賀線と共通運用であり、通称「スカ色」と呼ばれる青とクリーム色()の帯が巻かれている。この色は113系から継承されている。
      • 久里浜方から付属編成4両(増1 - 増4号車)・基本編成11両(1 - 11号車)の構成となっており、基本編成の4・5号車が2階建てグリーン車、それ以外が普通車である。普通車は4扉、ロングシートが基本であるが、基本編成の千葉寄りの3両(9・10・11号車)のみセミクロスシート。なお、このような基本・付属編成の構成となった経緯については横須賀線#普通列車の編成を参照。
快速電車の編成
(東京駅基準)
← 久里浜
千葉 →
付属編成 基本編成
増1 増2 増3 増4
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
  • 数字は号車番号を表す。
  • 4・5号車はグリーン車

PJRPJRNC

過去の使用車両[編集]

113系


データ[編集]

路線データ[編集]

東京駅 - 千葉駅間のもの。

  • 管轄・路線距離(営業キロ):全長39.2km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:10(錦糸町駅 - 千葉駅間では快速線上にある旅客駅のみ)
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 閉塞方式:複線自動閉塞式
  • 保安装置:ATS-P
    • かつては地下区間のみATCであった。この区間はATS-SNが併設されていない為、ATS-P未搭載車は運転できない。
  • 最高速度
    • 東京駅 - 錦糸町駅間 100km/h(ATC時代は90km/h)
    • 錦糸町駅 - 千葉駅間 優等列車130km/h、普通列車120km/h
  • 運転指令所:東京総合指令室(東京駅- 幕張駅間ATOS[12]


駅一覧[編集]

以下は東京駅 - 千葉駅間の快速線上の停車場(駅・信号場)および停車種別・接続路線などを一覧表としてまとめたものである。各駅停車については「中央・総武緩行線#駅一覧」参照。

  • (貨):貨物専用駅
  • 特定都区市内制度適用範囲の駅 : [山]東京山手線内[区]=東京都区内
  • 停車駅
  • 接続路線 : 東日本旅客鉄道の路線は貨物線を除き、運行系統上の名称(正式な路線名とは異なる)。駅名が異なる場合は⇒印で駅名を記す。
駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 快速 通勤快速 ホ丨ムライナ丨 接続路線・備考 所在地
[区][山] 東京駅 - 0.0 東日本旅客鉄道横須賀線〈直通運転〉・東北新幹線山形新幹線秋田新幹線上越新幹線長野新幹線中央線山手線京浜東北線東海道線京葉線
東海旅客鉄道東海道新幹線
東京地下鉄丸ノ内線
東京地下鉄:東西線大手町駅
東京地下鉄:千代田線二重橋前駅
東京都 千代田区
[区] 新日本橋駅 1.2 1.2 東京地下鉄:銀座線半蔵門線三越前駅 中央区
[区] 馬喰町駅 1.1 2.3 都営地下鉄浅草線東日本橋駅
都営地下鉄:新宿線馬喰横山駅
[区] 錦糸町駅 2.5 4.8 東日本旅客鉄道:総武線(各駅停車)
東京地下鉄:半蔵門線
墨田区
[区] 新小岩駅 5.2 10.0 東日本旅客鉄道:総武線(各駅停車) 葛飾区
新小岩信号場駅 - 10.5 東日本旅客鉄道:総武本線貨物支線(越中島支線新金貨物線
小岩駅 - 12.8 (上記の貨物支線の起点。旅客ホームは緩行線のみ) 江戸川区
市川駅 5.4 15.4 東日本旅客鉄道:総武線(各駅停車)
京成電鉄本線市川真間駅
千葉県 市川市
船橋駅 7.8 23.2 東日本旅客鉄道:総武線(各駅停車)
東武鉄道野田線
京成電鉄本線京成船橋駅
船橋市
津田沼駅 3.5 26.7 東日本旅客鉄道:総武線(各駅停車)
新京成電鉄新京成線新津田沼駅
習志野市
稲毛駅 9.2 35.9 東日本旅客鉄道:総武線(各駅停車) 千葉市
稲毛区
黒砂信号場 - 36.9  
千葉駅 3.3 39.2 東日本旅客鉄道:総武本線成田線外房線内房線
千葉都市モノレール1号線2号線
京成電鉄:千葉線京成千葉駅
千葉市
中央区

要望・主張[編集]

  • 2007年(平成19年)に船橋市議会において、千葉県や沿線市町村が総武快速線の西船橋駅停車を要望していると、市の企画部長が答弁した[13]
  • 錦糸町駅 - 千葉駅間の最高速度は特急列車が130km/h、快速列車が120km/hとなっているが、これに対し、動労千葉は安全性の問題から高速運転の危険性を主張している[14]

参考文献[編集]

  • 「【特集】大都市圏JR線区の快速運転」、『鉄道ピクトリアル』第736号、電気車研究会、2003年9月。(RP2003-9と記す)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 正式な路線名は東京駅から大船駅までは東海道本線である。
  2. ^ a b RP2003-9 pp15-17 「大都市圏での快速運転の発達 ―国鉄時代を中心に―」
  3. ^ a b 新聞専用列車、3月で幕 経費削減「時代の流れ」 - 47NEWS、2010年2月9日付け、同月22日閲覧
  4. ^ 1962年(昭和37年)10月15日 読売新聞千葉版
  5. ^ 地上装置がATC-1C型、車上装置がATC-5型。なお、ATCでは上下線で搬送周波数が異なるため、内房線・外房線を一周すると車両の向きが逆になって列車運行ができないため、房総半島を一周する特急・快速列車の運行は不可能になった
  6. ^ 運輸省通達「電車の火災事故対策の通達の取扱いについて(鉄運第82号)」では、「長いずい道」とは「市街地の地下に設けられるもので延長1.5kmを越えるもの、山岳地帯に設けられるもので延長2kmを超えるもの、延長がそれぞれ前記以下でトンネル内の駅間が1kmを越えるもののいずれかに該当するトンネル」と規定されている。
  7. ^ 総武快速線の地下区間は、鉄運82号における「車両定規と建築定規の間隔が、側部において400ミリメートル末満のもの」には該当しないため、運輸省通達「電車の火災事故対策について(鉄運第81号)」の第二項の規定に該当する路線である。
  8. ^ 『鉄道ピクトリアル』1969年9月号「113系1000番台」、『鉄道ピクトリアル』1975年2月号「183系」、電気車研究会
  9. ^ 計画当初は房総地区での特急の設定は考慮されておらず、165系による急行列車の東京駅乗り入れと房総地区での循環運転および千葉駅での分割併合を予定していた(「房総東・西線の電化と輸送改善計画決まる」『鉄道ファン』1970年10月号 p16-17)。総武快速線開業後はATCの制約がないため、1975年ダイヤ改正まで急行「なぎさ」、急行「みさき」が房総半島を一周する優等列車として運行した。
  10. ^ 『JR時刻表』2013年3月号、交通新聞社
  11. ^ a b RP2003-9 p.49「JR各社の快速運転状況 JR東日本 東京圏」
  12. ^ 主要プロジェクト:東京圏輸送管理システム(ATOS) - JR東日本 東京電気システム開発工事事務所
  13. ^ 平成19年第2回船橋市議会定例会会議録
  14. ^ NEX (東京-空港)53分運転 を止めろ! - 日刊 動労千葉 No.6253

関連項目[編集]