阪急京都本線

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阪急京都本線
9300系(茨木市 - 南茨木間)
9300系(茨木市 - 南茨木間)
阪急京都本線の路線図
路線総延長 45.3 km
軌間 1435 mm
電圧 1500 V (直流)
最高速度 110 km/h
exKBHFa exKBHFa exKBHFa
旧 梅田駅
xKRZh xKRZh xKRZh
JR西東海道本線
ELEVa + xKBFla
ELEVa + xKBFla
ELEVa
ELEVa + KBHFxa
ELEVa + KBHFxa + KBFma
ELEVa
ELEVa + xKBFra
ELEVa + xKBFra
ELEVa
2.4 梅田駅 接続は下記
emhKRZ emhKRZ emhKRZ
阪神北大阪線
hKRZt hKRZt hKRZt
大阪市営地下鉄御堂筋線
hSTR ABZlf-ELEV ABZlg-ELEV
hKRZ hKRZ hKRZ
JR西:梅田貨物線
hSTR
HST-ELEV + HSTl2
HST-ELEV + HSTl2
HST-ELEV
HST-ELEV + HSTr2
HST-ELEV + HSTr2
HST-ELEV
中津駅
hSTR eHST-ELEV eHST-ELEV
新淀川駅 1926年廃止
WBRÜCKE-ELEVe WBRÜCKE-ELEVe WBRÜCKE-ELEVe
淀川
ABZrg ABZrf STR
CPICl CPICm CPICr
0.0 十三駅
STR STR STRlf
神戸本線
STR STRlf STRq
宝塚本線
STR
大阪市営地下鉄:御堂筋線
KRZh
HBHF-ELEV + HUB81
HBHF-ELEV + HUB81
HBHF-ELEV
西中島南方駅
BHF + HUB84
BHF + HUB84
BHF
HUB61
1.9 南方駅
KRZu
JR西:東海道本線(JR京都線
BHF
3.2 崇禅寺駅
tKHSTa STR
天下茶屋駅
tSTR STR
↑↓大阪市営地下鉄:堺筋線
tHST STR
天神橋筋六丁目駅
TUNNELe STR
STRlf ABZlg
千里線
BHF
4.2 淡路駅
KRZu
JR西:おおさか東線
ABZlf STRlg
千里線↓
STR KHSTe
北千里駅
KRZh
JR東海東海道新幹線
BRÜCKE+BHF
6.3 上新庄駅
BHF
7.2 相川駅
DST
東吹田信号所
KDSTl ABZrf
大阪市営地下鉄東吹田検車場
BHF
9.4 正雀駅
ABZlf KDSTr
正雀工場
eBHF
10.9 摂津市駅 (建設中)
BHF + HUB84
BHF + HUB84
BHF
HUB64
12.9 南茨木駅
KRZh
HBHF-ELEV + HUB83
HBHF-ELEV + HUB83
HBHF-ELEV
大阪モノレール線
AKRZu
近畿自動車道
KRZh
JR貨物:東海道本線貨物線
BRÜCKE+BHF
14.8 茨木市駅
BHF
16.8 総持寺駅
BHF
17.3 富田駅
BRÜCKE+BHF
20.6 高槻市駅
STRlg-ELEV ELEVa
JR東海:東海道新幹線↓
hSTR BHF-ELEV
24.9 上牧駅
hSTR BHF-ELEV
25.7 水無瀬駅
ehGRENZE ehGRENZE exGRENZE legende
大阪府京都府
hSTR BHF-ELEV
27.7 大山崎駅
STRrf-ELEV ELEVe
JR東海:東海道新幹線↑
STRrg KRZu STRrf
JR西:東海道本線(JR京都線)
AKRZu
名神高速道路
eBHF
新駅予定 (建設中)
BHF
31.7 長岡天神駅
BHF
33.6 西向日駅
BHF
35.0 東向日駅
BHF
36.3 洛西口駅
ABZlf STRlg
BHF KDSTe
38.0 桂駅桂車庫
ABZlf STRq
嵐山線
WBRÜCKE
桂川
BHF
40.1 西京極駅
TUNNELa
emtKRZ uexBHFq
京都市電西大路線
HUB63
tBHF + HUB82
tBHF + HUB82
tBHF
41.9 西院駅
uSTRrg + HUB26
uSTRrg + HUB26
uSTRrg
mtKRZ uSTRq
京福嵐山本線
uHST + HUB83
uHST + HUB83
uHST
tSTR
西院駅
umKRZh tKRZh
JR西:山陰本線
uHSTe + HUB81
uHSTe + HUB81
uHSTe
tSTR
四条大宮駅
HUB26 emtKRZ uexBHFq
京都市電:千本線
HUB62
tBHF + HUB82
tBHF + HUB82
tBHF
43.3 大宮駅
tSTR
tSTR
京都市営地下鉄烏丸線
tBHFq + HUB81
tBHFq + HUB81
tBHFq
tKRZt
四条駅
HUB26 emtKRZ uexBHFq
京都市電:烏丸線
HUB62
tBHF + HUB82
tBHF + HUB82
tBHF
44.4 烏丸駅
tSTR
emtKRZ uexBHFq
京都市電:河原町線
tKBHFe + HUB81
tKBHFe + HUB81
tKBHFe
45.3 河原町駅
WASSERq + HUB26
WASSERq + HUB26
WASSERq
鴨川
tSTRq
tBHFq + HUB83
tBHFq + HUB83
tBHFq
tSTRq
祇園四条駅 京阪京阪本線

大阪・梅田付近の接続路線

hSTR + POINTERl
hSTR + POINTERl
hSTR
阪急神戸宝塚
御堂筋線
tSTR + POINTERr
tSTR + POINTERr
tSTR
hSTR
京都本線
延伸計画線
extSTR + POINTERr
extSTR + POINTERr
extSTR
tSTR hSTR
東海道本線
東海道本線
extSTR tSTR hSTR hÜWo+l
 (JR京都線
JR神戸 ←
extSTR tSTR hSTR hSTR tSTRrg
谷町線
宝塚線
hÜWo+r extSTR tSTR KBFe-ELEV hSTR tSTR
阪急 梅田駅
大阪駅
hABZ3lf xtKRZh HBHF-ELEV tKRZh hSTRq hABZ3rf tKRZh
大阪環状線
大阪環状線
extSTR tSTR tSTR
阪神 梅田駅
tSTRq xtKRZt tKBHFr tBHF tSTRrg tSTRq tSTRrf
梅田駅 M16
阪神本線
extSTR tSTR tBHF
東梅田駅 T20
Y11 西梅田駅
tKBHFxa tSTR tSTRlf tSTRq tSTRq
→谷町線
北新地駅
tSTRq tKRZt tBHFq tKRZt tSTRq tSTRq tSTRq
北新地駅
JR東西線
tSTR tSTR
JR東西線
四つ橋線
tSTR tSTR
御堂筋線

京都本線(きょうとほんせん)は、大阪府大阪市淀川区十三駅から京都府京都市下京区河原町駅[1]までを結ぶ阪急電鉄鉄道路線。京都本線自体を指して、あるいはその支線を含めて通称京都線と呼ばれる。また、軌道法準拠で開業した神宝線と区別する意味で、かつては鉄道線とも呼ばれた。

大阪と京都を淀川右岸の直線コースで結んでいる。上牧 - 大山崎間は東海道新幹線と並行している。また、西院 - 河原町間は地下線であり、このうち西院 - 大宮間は1931年に開業した関西初の地下線となっている。

京都と大阪でそれぞれ一番の繁華街である、四条河原町界隈と梅田界隈を乗り換えなしで移動できるのが特徴である。

目次

[編集] 路線データ

[編集] 運行形態

京都本線の正式な起点は十三駅であるが、運行上、京都線の列車は梅田駅を始発・終着としており、梅田 - 十三間は宝塚本線複々線の東側2線に乗り入れる形となっている。この区間は休止となった阪急北野線の復活という形で免許が申請されており、用地の問題からホームが設置できなかった中津駅には京都線の列車は停車しない。淡路 - 高槻市間には千里線を経て大阪市営地下鉄堺筋線天下茶屋駅方面と直通運転する列車がある。平日朝には堺筋準急が河原町駅から、夕方には茨木市まで運転される。また、梅田 - 淡路間には千里線を経て北千里方面と直通運転する列車も多く存在する。昼間は10分間隔、ラッシュ時は20分間隔をベースにして運転される。時間帯によって走る列車種別や停車駅が変わることや、運転系統が複雑なことから、慣れない利用者にはわかりにくいのが難点である。これは阪神本線と似通っている。

千里線とは運用面で一体化されており、また歴史的経緯からも開業以来一体で運営されてきたものであるため、千里線の運用も本項に併せて記載する。

京阪本線と同様に、大阪方面行が下り、京都方面行が上りとなっている。これに対し、神宝線はその逆で梅田方面が上りとなっている。

2007年3月17日に6年ぶりのダイヤ改正が行われ、特急の淡路停車、快速特急(通勤特急との統合)と急行の廃止(準急への格下げ)、データイム時の準急の新設などが行われた[2]

列車編成は快速急行準急普通の一部列車を除いて、8両編成で運用されている(詳細は以下の種別ごとの記述や使用車両を参照)。

以下に各種別の詳細を示す。現行の停車駅は駅一覧を参照のこと。

[編集] 通勤特急

平日の朝ラッシュ時と夕方以降に運行され、2007年3月17日のダイヤ改正前までは最も停車駅の少ない列車であった。

1997年3月1日までは、当時の特急の停車駅に高槻市を加えた駅(梅田・十三・高槻市・大宮 - 河原町間の各駅)に停車し、平日の朝夕ラッシュ時に運転されていた。同月の改正ですべての特急が高槻市に停車するようになったため、「通勤特急」の種別は一旦廃止されたが、2001年3月24日の改正で特急停車駅が大幅に変更されたことに伴い、廃止前と同じ停車駅で復活した。

2007年3月17日のダイヤ改正で長岡天神西院が停車駅に加わり、同改正まで運行されていた快速特急よりも停車駅が多くなった。また、西院と大宮は特急通過駅のため、本格的に快速急行に酷似した千鳥停車化が促進される。

6300系9300系で運転され、女性専用車両が設定される。なお、9300系も使用されるようになったのは、2008年7月7日からである。 すべての列車が梅田 - 河原町間の運転で、区間運転の列車の設定はない。

[編集] 特急

京都線の代表的種別で、基本的に平日の昼間から夕方の時間帯に、土曜・休日は早朝・深夜を除くほぼ終日運行される。通勤特急の停車駅である西院と大宮には停車しない。全列車が梅田 - 河原町間の運転で、区間運転の列車の設定はない。

昼間においては上り列車は茨木市で普通(高槻市発着)、高槻市と桂で準急、下り列車は桂と茨木市で準急に緩急接続する。

3ドア車両の9300系・8300系7300系5300系3300系と2ドア車両の6300系で運用される。昼間の特急の3ドア車と6300系の運用比率は、特急の停車駅が増えた関係や6300系の一部が9300系に置き換えられた関係で近年では3ドア車での運用が多くなっており、3ドア車がそれぞれ数本連続して運用される時間帯もあり、また土曜・休日の夜間はすべて3ドア車で運行されている。

また、平日のみ女性専用車両が設定される。当初は6300系のみ設定されていたが、2008年7月7日からは「2人掛けの座席のある2ドア・3ドア車両」と設定が変更され、3ドア車の9300系にも設定されている。ただし、検査などの都合で3ドア・オールロングシート車両(8300系・7300系・5300系・3300系)による代走となる場合が頻繁にあり、この場合は女性専用車両の設定はない。なお、3ドア・オールロングシート車による代走に伴う女性専用車両の設定なしの案内は駅の行先案内表示機や到着放送(いずれも女性専用車両の案内が省略されている)以外では行われない。

なお、登場当時の6300系の一部の編成には特急の表示幕がオレンジ一色の幕に白文字で特急というものも存在していた。

戦後は1950年10月1日に運転を開始、2001年3月24日改正までは特急が最速の種別で、1997年3月1日までは大阪市内 - 京都市内間ノンストップであった。当時の停車駅は梅田・十三・大宮 - 河原町間の各駅であった。約30分間ノンストップのため阪急では唯一車掌が検札(車内改札)を実施していた。翌2日より並走するJR京都線新快速高槻に停車するのに対抗して高槻市に停車するようになった。なお、当時の京阪間の優等列車は特急と急行の2本立てであり、現在の特急停車駅は、結果的に当時の急行から京都市内2駅(西院・大宮)を通過にしただけである。

[編集] 快速急行

朝夕ラッシュと夜間の時間帯に運行される。1997年3月2日改正で運転を開始(停車駅は梅田・十三・高槻市・桂・大宮 - 河原町間の各駅)、2001年3月24日改正以降はそれ以前の急行と同じ停車駅となった(淡路・茨木市・長岡天神・西院が追加)。しかし、特急系統の停車駅増加に伴い全列車が終着駅まで先着できるようになり、(かつての急行より)速達性は向上している。上下ともに特急系統よりも初電が早く、終電が遅くまで運転される。

8両編成運転が基本であり、9300系が使われることもある。朝ラッシュ時には10両編成で運転される列車もある。

大半の列車が全区間運転するが、一部は長岡天神発梅田行(平日のみ)、茨木市発梅田(休日のみ)・河原町(平日のみ)行、淡路発梅田行(平日のみ)も運転されている。なお、茨木市発河原町行は6300系または9300系で運用される。

[編集] 準急

ほぼ終日運行される。急行に代わって2007年3月17日のダイヤ改正で設定された。

一部を除き梅田 - 河原町間で運転される。平日朝には梅田 - 茨木市間の列車が運転されており、1本のみある上り列車は終着の茨木市で始発の快速急行に接続し、また平日夜間に梅田発高槻市行が運転されている。土曜・休日の朝には長岡天神発梅田行が運転される。

昼間の需要がやや少ないために7両編成、もしくは8両編成で運行されている。

かつては現在と異なる形態で運転されていた(下記参照)。

[編集] 堺筋準急

平日朝・夕方ラッシュ時に大阪市営地下鉄堺筋線(天下茶屋 - 天神橋筋六丁目間)・阪急千里線(天神橋筋六丁目 - 淡路間)の直通列車として運転される。2007年3月17日改正で従来の堺筋急行・堺筋快速急行に代わって設定された。

朝は河原町・高槻市→天下茶屋間に合わせて7本、夕方は天下茶屋→茨木市間に7本が運転される。夕方の茨木市行は淡路で快速急行河原町行に接続する(堺筋準急以外にその他、天下茶屋発淡路行、北千里行普通も一部は河原町行快速急行または普通、特急に接続する)。

なお、「堺筋準急」は便宜上の呼び方であり、表示幕は「準急」と表示される。車両は阪急側は2300系・6300系・9300系以外の8両編成のみ使用される。大阪市交の車両は原則として高槻市までの運転であることから、大阪市交の車両は使用されない(ただし、試運転で河原町、イベント列車で桂まで入線したことがある)。

[編集] 普通

各駅停車の種別で、終日運転される。運転系統は主に京都線内の梅田 - 河原町間(昼間時間帯は高槻市まで)と、千里線に乗り入れる梅田 - 淡路 - 北千里間、天下茶屋 - (堺筋線) - 天神橋筋六丁目 - 淡路 - 高槻市間である。原則として淡路で梅田発着の列車と堺筋線からの直通列車と相互接続を図っている。北千里行に関しては、梅田駅のLED(下段のスクロール)では「普通」ではなく「直通」と案内される(京都線の正雀・高槻市・桂・河原町行の普通と混合になり混乱が生じるため)。時間帯によっては正雀始発・終着の列車もある(この場合、堺筋線の直通列車は入出庫の関係上大阪市交車で運用されることが多い)。

8両編成がほとんどであるが、京阪間直通の列車を中心に7両編成も存在する。また天下茶屋発着の列車は2300系・6300系・9300系以外と大阪市交の66系のいずれも8両編成が使われる。なお、高槻市 - 長岡天神間を走行する列車に関しては2001年までは全列車が7両編成以下だった(これは水無瀬・上牧の両駅が7両編成対応ホームであったため)。

[編集] 過去の列車種別

過去には以下の列車種別が存在した。

[編集] 快速特急

2001年3月24日から2007年3月16日までの、土曜・休日の朝および全日の夕方・夜間の時間帯に運行された。2001年3月23日までの通勤特急の停車駅に桂を加えたもので、1997年3月2日 - 2001年3月23日の快速急行と同じ停車駅であったが、2007年3月17日のダイヤ改正で休止[2]された(実質的には通勤特急と統合)。原則として6300系で運転され、平日は大阪寄り5両目が女性専用車両となっていた。

[編集] 急行

2007年3月まで存在していた急行

2007年3月16日までの昼間と夕方の時間帯と平日深夜(上り1本のみ高槻市止まり〈梅田発高槻市行最終はその次の普通〉)に運行された。昼間時間帯は普通の運転のない高槻市 - 河原町間の各駅停車の代替となり、下りは桂と茨木市で、上りは高槻市と桂で特急と緩急接続していた。列車によっては7両編成で運転されることがあった。

終戦直後から存在する種別で、2007年3月17日の休止時点の停車駅は梅田・十三・淡路・南茨木・茨木市・高槻市 - 河原町間の各駅、2001年3月23日までの停車駅は梅田・十三・淡路・茨木市・高槻市・長岡天神(1979年3月5日改正までは平日朝夕のみの停車)・桂・西院 - 河原町間の各駅であり、現在運行されている快速急行がこの停車駅を踏襲している。また、サッカーJリーグの試合が行われる日には南茨木や西京極に、向日町競輪が行われる日は東向日に、それぞれ臨時停車することもあった。

1979年3月5日改正までは長岡天神には平日朝夕のみ停車していたが、停車駅の相違による種別の区分は行われず、ともに「急行」を名乗った。ただし、同駅通過の急行は種別板の「大阪 急 京都」の背景色が白色だったのに対し、長岡天神停車の急行は種別板の「大阪 急 京都」の行先部分の背景色が黄色になっていることで区別されていた。

こちらも2007年3月17日のダイヤ改正で休止となり、その代替として準急が設定された。

[編集] 堺筋快速急行

2001年3月24日から2007年3月16日の平日夕方ラッシュ時に、大阪市営地下鉄堺筋線・阪急千里線の直通列車として天下茶屋発河原町行3本のみの運転されていた。茨木市で快速特急を待避する列車もあった。

2007年3月16日のダイヤ改正で、淡路で快速急行河原町行に接続する観点から消滅し、その代替として堺筋準急が設定された。

[編集] 堺筋急行

1979年3月5日から2007年3月16日の平日朝ラッシュ時に大阪市営地下鉄堺筋線・阪急千里線の直通列車として河原町発天下茶屋行で運転されていたが、高槻市始発の列車も存在した。2001年3月24日改正以前は河原町行も運転され、停車駅は上り・下りとも同改正で設定された堺筋快速急行と同じであった。3300系への冷房改造・電動式行先種別表示装置取付が完了し急行運用にも本格的に進出するまでの間は5300系8両編成で限定運用されていた。

  • 上記の堺筋快速急行および堺筋急行は便宜上の呼び方であり、表示幕には「快速急行」「急行」と表示された。車両は2300系・6300系・9300系以外の8両編成のみ使用され、大阪市交の車両は使用されなかった。
  • 5300系の電動式表示幕が非装備だった時代は、車体側面の現在表示幕となっている部分には「堺筋  急行」と、表示可能な3か所のうち両端の2か所を点灯させて表示していた(残る1か所は2001年3月17日ダイヤ改正前まで設定のあった準急で、特急運用時には無表示となっていた)。

[編集] 旧・快速

1997年3月2日から2001年3月23日までの間に運転されていた。停車駅は、梅田・十三・淡路・茨木市・高槻市 - 河原町間の各駅。

高槻市以東の各駅から梅田方面への速達化を図るため、1997年3日のダイヤ改正で新設された。平日昼間のみの運行であった。当時、高槻市以西の急行停車駅以外にも南方崇禅寺に停車する準急が運転されており、途中から各駅に停車するものの、この2駅を通過するという違いが生じるため、急行と準急の中間の種別を設定する必要が生じたことが設定の理由である。2001年3月23日のダイヤ改正で休止された(実質的には急行へ改称)。

なお、「快速」の種別名称は、2007年度より行楽時の臨時列車の種別として復活する(後述)。

[編集] 旧・準急

1982年11月27日から2001年3月23日までの間に設定されていた。停車駅は高槻市・茨木市・淡路 - 梅田間の各駅。

平日朝は下りのみ茨木市始発で、土曜朝は1997年以降の下りのみ高槻市始発で運転された。なお、準急は2007年3月16日のダイヤ改正で急行に代わって復活した。

淡路にてスタフの交換が行われていた。

[編集] 臨時列車

現在、主に春・秋の行楽シーズンには、京都本線において臨時列車が運行されている。

[編集] 嵐山線直通臨時列車(2009年)

7000系嵐山行き臨時列車
2009年4月15日 崇禅寺駅にて

2009年春、嵐山誘客キャンペーンの一環として、神戸・宝塚本線・地下鉄堺筋線および、河原町 - 嵐山線嵐山間で運転された臨時列車である。前年度の運転が好評だったため2009年にも運転区間を拡大して設定された。

大阪市営地下鉄堺筋線と嵐山線を直通する臨時列車、ならびに京都本線河原町方面と嵐山線を直通する臨時列車は初の設定となる。宝塚本線系統は1970年の大阪万博時の通称エキスポ直通以来、約39年ぶりの宝塚本線との直通列車となる。神戸本線・宝塚本線と直通する列車は2008年の運転と同様に、往復共に列車を方向転換させるために梅田駅にも客扱いなし(運転停車)で乗り入れる。神宝線から京都線に乗り入れた車両は、2008年11月と同じく、神戸本線所属の7000系7017Fの6両編成が使用された[3][4][5]

運転区間・停車駅
※日付はそれぞれの運転日、河原町 - 嵐山間の列車を除き1日1往復の運転である。
川西能勢口 - 桂 - (各駅停車) - 嵐山
4月13日から15日(平日)。
豊中 - 桂 - (各駅停車) - 嵐山
4月16日17日(平日)。
高速神戸 - 三宮 - 桂 - (各駅停車) - 嵐山
4月20日21日(平日)。
西宮北口 - 桂 - (各駅停車) - 嵐山
4月22日から24日(平日)。 2008年の運転と異なり、武庫之荘 - 十三の各駅では乗降できない。
河原町 - 烏丸 - 桂 - (各駅停車) - 嵐山
5月2日から6日。嵐山行き10本・河原町行き12本の運転である。
天下茶屋 -(各駅停車)- 天神橋筋六丁目 - 桂 - (各駅停車) - 嵐山
5月16日17日の週末2日間。[6]

[編集] 嵐山線直通臨時列車(2008年)

2008年11月、阪急自身による嵐山誘客キャンペーンの一環として設定された臨時列車である。1970年の大阪万博時の通称エキスポ直通以来、約38年ぶりの神戸本線との直通列車となった。運転日は11月17日から21日までの5日間(すべて平日)で、1日1往復の運転であった[7][8]

運用された車両は神戸本線所属の7000系7017Fの6両編成で、ヘッドマークは急行の運行標識板に似た赤丸に「臨時」の赤文字と黒文字で右に「嵐山」、左に「西宮北口」のマークで、側面にはステッカーが貼付された。種別幕は「臨時」、方向幕は白地の表示であった。車内の停車駅案内図も、この臨時列車のための専用の停車駅案内図が用意された。

運転区間は西宮北口 - 十三 - 嵐山で、神戸本線西宮北口 - 十三間と嵐山線内は各駅に停車し、京都本線内(十三 - 桂間)はノンストップ運転となった。往復共に十三駅での客扱いは神戸本線ホームで行い、また列車を方向転換させるために梅田駅にも乗り入れたが運転停車とし、客扱いは行わなかった。嵐山駅到着後は夕方折り返しまで、そのまま駅に留置された。

停車駅
西宮北口 - (各駅停車) - 十三 - 桂 - (各駅停車) - 嵐山

[編集] 臨時快速「いい古都エクスプレス」

2007年3月17日のダイヤ改正での定期運転種別再編に伴い、後述の「臨時特急」に代わって2007年11月より設定された臨時列車。春・秋の行楽時の限定の臨時列車ではあるが、「快速」の名称が復活するのは約6年半ぶりである。愛称は以前の臨時特急の「いい古都エクスプレス」が継承された。

梅田 - 高槻市間は準急のダイヤで走り、高槻市 - 河原町間を臨時設定ダイヤ(停車駅は定期通勤特急と同様)で走る。快速が設定された分だけ高槻市 - 河原町間の準急(各駅停車)が減るため、梅田 - 高槻市間の普通が高槻市以東にも延長運転される。

上り列車は通常の準急の場合高槻市で特急を待避するが、この快速は長岡天神での特急待避となる。下りは準急と同様に茨木市で特急を待避する。旧「いい古都エクスプレス」と異なり、高槻市でのスタフの交換は実施されなかった。

2007年度・2008年度ともに11月後半の3連休のみの運転となっており、旧「いい古都エクスプレス」のように春季に運転された実績はない。

停車駅
梅田・十三・南方・淡路・上新庄・南茨木・茨木市・高槻市・長岡天神・桂・西院 - 河原町間の各駅

[編集] 臨時特急「いい古都エクスプレス」

前述の臨時快速の前身として、かつて京都本線にて行楽シーズンに運転されていた臨時列車である。

梅田 - 高槻市間は急行のダイヤで走り、高槻市 - 河原町間を臨時設定ダイヤで走る。通常の特急と同様に特急料金なしで利用することができる。2001年3月13日にそれまでの行楽期の臨時急行列車「嵯峨野エクスプレス」に代わる行楽期の臨時特急列車として新設されることが発表され、3月24日に春の「臨時特急」として運行を開始。また、同時に愛称の公募を行い、8月23日に愛称が「いい古都エクスプレス」に決定、11月11日から「いい古都エクスプレス」として運行を開始、臨時特急としては2007年3月17日のダイヤ改正まで運転されていた。

なお、臨時特急が設定された分だけ高槻市 - 河原町間の急行(各駅停車)が減るため、梅田 - 高槻市間の普通が高槻市 - 河原町(一部は桂)間で延長運転されていた。

通常、上り急行は高槻市で特急を待避するが、この列車は待避せずにそのまま逃げ切り河原町まで先着するダイヤであった。逆に下りは茨木市で特急に抜かれるため、(臨時)特急が(定期)特急を待避する珍しいケースが見られた。

新設当時は3月下旬 - 5月上旬と9月下旬 - 11月下旬の土曜・休日といったように比較的多くの日で運転されていたが、年々運転日が減少し、運転最終年となった2006年は4・5月上旬と11月下旬のみで、合わせて年10日以下となっていた。

阪急では、臨時列車については駅の発車案内板では「臨時」の表示は原則として行わない(列車の方向幕には「臨時○○」と表示する)が、この「いい古都エクスプレス」では乗客が混乱しないようにあえて駅の発車標でも「臨時特急」と表示していた。また、この列車は上り・下りとも高槻市にてスタフの交換が行われていた。

停車駅
梅田・十三・淡路・南茨木・茨木市・高槻市・大宮 - 河原町間の各駅

[編集] 臨時急行「嵯峨野エクスプレス」

かつて京都本線梅田 - 嵐山線嵐山間に行楽シーズンの日曜日と祝日のみに運行していた臨時急行である。

2001年3月24日のダイヤ改正まで毎年春と秋に嵐山への観光客輸送のために運転されていた。なお、運転最終日は2000年11月26日であった。現在の京都本線臨時列車である「いい古都エクスプレス」とは異なり、京都本線内は全区間臨時列車として運転された。嵐山線内は一部列車が線内折り返し列車の代わりに運転されていた。

1982年の秋は、桂駅改良工事の影響で、京都本線と嵐山線の直通運転が一時的に不可能となっていたため、梅田 - 嵐山間の直通急行は設定されず、代わりに梅田 - 桂間の臨時急行が設定された。運行標識板はもみじを模したデザインではなく、「桂 臨急 梅田」という、文字だけのシンプルなデザインのものが使用された。

運転区間(2000年11月時点)
  • 梅田→嵐山 9 - 11時台 計10本程度…嵐山駅到着後は折り返し桂行普通となり、桂到着後は桂車庫へ入庫するか、梅田まで回送され再び嵐山行として運転されるか、そのまま折り返し嵐山線内を普通列車として往復する、のいずれかである。
  • 嵐山→梅田 14 - 17時台 計15本程度…梅田駅到着後は桂車庫への回送列車となる。
上記はいずれも15分間隔で運転されていた。また、梅田行は淡路で特急を待避していた。
停車駅
梅田・十三・淡路・茨木市・高槻市・長岡天神・桂 - 嵐山間の各駅
使用車両
基本的に6両編成であり、京都本線普通用の編成を使用していたが、不足する分については普通・急行用8両編成の梅田方2両を切り離して捻出していた(3300系・5300系・7300系・8300系の8両編成の一部は2両と6両に分割できるようになっている)。これにより、8両編成の予備車に余裕がなくなるため、6300系の予備車が昼間の急行運用に就くことがあった。

[編集] 大阪万博輸送列車

1970年に千里丘陵で開催された日本万国博覧会の期間中は、観客輸送として臨時列車群が運行された。そのうち、運用上特記されるものを記す。

[編集] エキスポ準急

梅田 - 千里線北千里間と大阪市営地下鉄堺筋線動物園前 - 千里線北千里間に設定されていた。これには大阪市交通局の車両も充当されていた。同局所属車が阪急線内を通過運転したのはこの列車のみである(現在では入出庫に伴う回送による通過運転はある)。なお、この列車が他事業者の路線ではあるが、地下鉄車両が日本で3番目に優等列車として運行した事例であった(最初の事例は都営地下鉄浅草線京浜急行電鉄乗り入れ列車、2番目は当時の営団東西線での快速運転)。

停車駅
梅田系統:梅田・十三・淡路・吹田・関大前・南千里・万国博西口・北千里
動物園前系統:動物園前 - 天神橋筋六丁目間の各駅・淡路・吹田・関大前・南千里・万国博西口・北千里

[編集] エキスポ直通

万国博会場から神戸線・宝塚線に直通した列車で、十三駅の引き上げ線で折り返した。運転区間は千里線万国博西口(万国博開催時に営業していた臨時駅) - 宝塚線宝塚間と万国博西口 - 神戸高速線高速神戸間であった。

停車駅
宝塚線系統:万国博西口・南千里・関大前・吹田・淡路・十三・曽根・豊中・石橋 - 雲雀丘花屋敷間の各駅・宝塚
神戸線系統:万国博西口・南千里・関大前・吹田・淡路・十三・園田・塚口・西宮北口・六甲・三宮 - 高速神戸間の各駅

[編集] 歌劇特急

1950年から1968年まで京都 - 宝塚間を神戸線・今津線経由で直通する、通称「歌劇特急(かげき特急)」が運転されていた。

1950年3月21日に不定期直通特急列車として運転を開始。運転開始当初は西宮北口駅構内に神戸方向から今津線に直通する連絡線が存在しており、列車は一旦平面交差を通過してからスイッチバックで今津線に入線していた。しかし、同駅の大改造による宝塚線経由での運転や三複線工事による運休などを経て、神戸高速鉄道開通に伴う神戸線のダイヤ改正を目前に控えた1968年2月25日に廃止された。なお、この列車に関しては特定の愛称はなく、1954年頃から通称として『歌劇特急』や『歌劇号』と呼ばれるようになった。

[編集] 乗務員

京都線の乗務員は主に淡路駅桂駅で交代する。なお、同線から千里線を経て大阪市営地下鉄堺筋線に直通する列車は天神橋筋六丁目駅大阪市交通局の職員と交代する。

[編集] 使用車両

京都線で使用される車両は以下のとおり。各種別ごとの編成・使用車両については、運行形態章の各種別の節も参照。神宝線の車両と区別するために、阪急所属車両の番号の2桁目は3になっている。

京都線の車両は、臨時列車を除いて基本的に8両編成および7両編成で構成されている。

特急と通勤特急は8両編成のみで運転される。快速急行は基本的に8両編成で運転されるが、平日朝の一部列車は梅田方に2両増結して10両編成で運転される。準急はダイヤによって7両のものと8両のものが存在している。

普通は原則として7両編成で運転され、一部8両編成で運転されるが、堺筋線直通列車はすべて8両編成である。京都線のホームには7両の列車の停車しない部分には先端である旨と7両の列車のダイヤが示された看板が掲げられている。ちなみに、現在河原町駅の2号線に限り8両編成の列車が発着できない。なお、現行ダイヤでは同駅の2号線から発車する列車は6時27分発(平日および土曜・休日共通)の普通梅田行の1本だけである。

開業の経緯や、京都線・千里線が地下鉄堺筋線と直通運転を行う関係で、京都線系統の路線で用いられる車両は、現在でも神戸線宝塚線系統(神宝線)で用いられる車両とは、その規格や電装品の製造会社(神宝線は東芝、京都線は東洋電機製造)などに差違が見られる。ただし、接地開閉器継電器箱、蓄電池クーラー(いずれも9300系以外)、列車無線、デジタル式速度計などは東芝製である。詳しくは神宝線の項目を参照のこと。

編成の向きは、3複線区間となる梅田 - 十三間を基準に「前パンタグラフの先頭車は梅田寄り」となっているため、京都線に限っては前パンタグラフの車両は「下り方面の先頭」となる。なお、京阪線では前パンタグラフの先頭車は出町柳三条寄りで、京都線とは逆向きである。

[編集] 歴史

京都本線は、元々昭和初期に大阪 - 京都間を高速で結ぶ新線として、当時の京阪電気鉄道が設立した子会社の新京阪鉄道によって開業した。

[編集] 建設の経緯

京阪電気鉄道は、大阪 - 京都間に現在京阪本線となっている路線を1910年には開業させていた。しかし、これはアメリカインターアーバンに準ずる路面電車を発展させた形の都市間電車で、既にあった沿線の市街地を縫うように敷設されたため、曲線が多く、高速運転には向いていなかった。同様な路線として、阪神電気鉄道1908年に開業させた阪神本線があり、どちらも「株式会社」をもじり「カーブ式会社」と皮肉られた。

しかし、1920年阪神急行電鉄(阪急)が阪神本線に並行して神戸線を敷設した。これは人口の少ない山添いルートを一直線に走り抜けるもので、高速運転が可能な線形だった。この結果、阪神と阪急の両社はこれ以降熾烈な乗客競争を繰り広げることになった。この様子を阪急の免許申請時から見ていた京阪電気鉄道では、自社の路線においてもそのような事態になることを避けるため、おりしも電気鉄道の敷設がブームであり、淀川の北側(西岸)の人口過疎地域に阪急神戸線と同じような高速運転可能な路線の敷設出願が各社から出されたのに対し、自社線の防衛に主眼を置いて出願を行った。また当時、国鉄の運営と私鉄の管轄を担っていた鉄道省も阪神間のような熾烈な競争になることを憂慮していた。結果として京阪に免許が与えられ、新線の建設に当たることとなった。

[編集] 新京阪鉄道による建設・開業

当初は京阪本線森小路駅(現在の千林駅に相当)から支線を分岐させて、新京阪線上新庄駅予定地から南へ延長した路線に赤川で合流させ、城東線(後の大阪環状線桜ノ宮駅天満駅を経由して梅田まで延伸し、同地に総合ターミナル駅を作ろうという構想(天神橋駅開業後に京阪本線は野江駅分岐、新京阪線は天神橋駅からの延伸に計画変更し、1932年に断念、1942年に免許失効。京阪梅田線も参照)を打ち出したが、城東線の高架化が関東大震災復興工事優先投資の方針から遅れることになったため、梅田延伸に関して高架化に伴う跡地の利用を考えていた京阪では、この新線は当面は実現不可能と考えて、代替地を探すことにした。

ちょうど新京阪線の計画がたった頃の1921年に、阪急神戸線・宝塚線十三駅から分岐して千里山駅までを結ぶ北大阪電気鉄道(現在は淡路駅を境に、西は京都線、北は千里線)という私鉄路線が開業していた。京阪ではこの会社を買収して同社が持っていた淡路 - 天神橋(天六)間の免許を利用することを考えた。同社の路線は1923年に新京阪へすべて譲渡され、1925年に天神橋駅(現在の天神橋筋六丁目駅) - 淡路間が開業した。その後、京都側は地下線で開業させる予定であったが、昭和天皇の即位大典に間に合わせるため、急遽西院に仮のターミナル駅を設けることにし、1928年に天神橋 - 西院間の全線が開業した。

[編集] 京阪電気鉄道への統合

しかし、昭和金融恐慌世界恐慌の影響で、この新京阪鉄道や阪和電気鉄道(現:JR阪和線)・奈良電気鉄道(現:近鉄京都線)などに多額の投資を行った京阪電気鉄道の経営が危うくなった。その上、新京阪鉄道の路線は京都側のターミナルが仮の西院駅で、大阪側の天神橋駅も同じように市街地の縁にあってどちらも利便性が悪かったことと、沿線の人口も前述のような理由で多くなかったことから、利用客が伸びずに同社はもっとひどい苦境に陥った。このため、新京阪鉄道は1930年に京阪電気鉄道に合併されて同社の新京阪線となり、経営を一本化した上で再建を図ることにした。そのため、京都側の地下線の完成も急がれることになった。その京都側ターミナルである大宮駅までの地下線による延伸は1931年に完成したが、これは大阪市営地下鉄開業の1933年よりも早く、関西では初の地下鉄道路線でもあった。

なお、新京阪鉄道は西向日町駅(現:西向日駅)から分岐して伏見・山科を経て滋賀県大津市の馬場に至る路線と、大宮駅からさらに京都市の地下を貫通する路線の免許も収得していた。このうち後者は戦後に河原町駅へ阪急によって路線延長がなされる際に活用された。さらに京阪では、その大津市馬場から鈴鹿山脈を越えて名古屋に至る名古屋急行電鉄の建設計画も持っていたが、恐慌のため立ち消えとなった。

[編集] 高速運転

沿線の人口が少ないため、同線は都市間輸送に注力するしかなく、天神橋 - 大宮間を34分で結ぶ超特急などといった高速運転を行う列車を集中的に走らせることにした。その代わりに京阪本線では速達列車を設定せず急行や普通を増発することにして都市間輸送と沿線輸送を棲み分ける運用にした。その速さは同社の保有するデイ100形電車による速達列車が当時の鉄道省線で最速の特急列車「つばめ」を抜いたと言う逸話が残るほどであった(阪急100形電車も参照のこと)。

また、1937年に国鉄東海道本線京都 - 吹田間の電化が完成(吹田 - 須磨間は1934年に完成)し、京阪間をノンストップの36分で結ぶ急行電車(急電)が走るようになると、京阪では両線ともに列車の本数を増やし、運賃の値下げまで行うなどして対抗した。さらに1934年からは、天神橋 - 大宮間運転の列車のほか、同列車と淡路駅で解結を行うことにして、阪急線と接続させるため十三駅を発着駅にする列車も設定した。

[編集] 京阪神急行電鉄への統合後

戦時中の交通統制のため、京阪電気鉄道と阪神急行電鉄は1943年に合併して京阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)となり、新京阪線も同社の運営となった。戦後、京阪電気鉄道は1949年に再び分離発足することになるが、この際に新京阪線の電車は1945年から宝塚線へ乗り入れを行って梅田発着となっていたことなどを公式の理由として、同線と支線の千里山線(現在の千里線の淡路以北)・十三支線(現在の京都本線の淡路以西)・嵐山線は阪急の路線として存置することになった。

当時の毎日新聞(1948年2月27日)によれば、この決定を行った当時、京阪神急行電鉄の役員会における旧阪神急行電鉄出身役員は9名、旧京阪電気鉄道出身役員は4名であったとされ、この優勢を利用して役員の多数決により阪急による新京阪線系統および未成の梅田線用地の強奪とも言うべき残留が決定されたとの見方が示されている。事の真相はともかく、この残留によって京阪電鉄→京阪神急行電鉄時代には京都 - 大阪間で定期券を持っていれば必要に応じ両線を自由に選択できた乗客にとっては、大きな利便性が失われる結果となった。

この時、路線名が現在の京都本線となった。またこのような経緯から、京都本線系統の路線を除いた阪急各線をその頭一字を取って神宝線と総称し、お互いを区別することがある。

路線名が京都本線に改称されてからも、京都本線の起点は長らく天神橋駅のままであったが、いわゆる三複線(宝塚本線の梅田 - 十三間複々線化工事)が完成したのを機に、天神橋 - 淡路間を千里山線に変更するとともに、京都本線は十三支線を編入し、十三が起点となった。

上牧駅前後から大山崎駅にかけて一部高架区間があるが、これは並行する東海道新幹線の建設に併せて造られたもので、高架化工事中の1963年4月から12月までの間、先に完成していた同線の高架線路を借りて列車の運行を行っていたことがある。新幹線の線路を走った阪急電車の項目も参照。

東海道本線とは当初から互いにスピード競争を行って乗客獲得競争を行っていたが、国鉄末期以降はスピードアップや新型車両の投入により、スピード競争では敗北し、さらにJR化後は新快速高槻駅に停車させるなど、スピードを維持したまま停車駅を増やしたため、阪急京都線も途中駅にこまめに停車して集客する方法に方針転換する。まず1989年12月16日にすべての電車が15分間隔であったものを、特急を20分おきに減便し、急行を10分おきへと増便、1997年3月2日にはすべての特急が高槻市停車となった。

2001年3月24日のダイヤ改正では大幅な停車駅の見直しと種別の整理が行われた。特急を通勤特急に、快速急行を快速特急に、急行を快速急行に、快速を急行に改称の上で南茨木にも停車させ、特急は停車駅を快速特急よりも多く快速急行よりも少なくして、各優等列車の停車駅を従来のほぼ2倍にし、特急を事実上それまでの急行と同等の列車にした(この点については2007年の淡路駅の追加停車でその様相がさらに色濃くなった)。同時に準急と行楽期の「嵯峨野エクスプレス」を廃止し、行楽期の臨時特急を新設した。また河原町駅の2番ホームを除く線内全駅が8両編成対応となった。これにより高槻市から河原町までの区間において平日ダイヤの昼間は一部列車が減便(従来の特急は実質廃止)、休日ダイヤでも京阪間直通優等列車の総本数は減少(特急・急行で1時間当たり8本が特急6本に、25%減少)した。また、特急の所要時間も十三 - 大宮間ノンストップ時代の38分から5 - 6分延びて、下り44分、上り43分が標準的な所要時間となっており、これは同月23日以前の急行の所要時間と2 - 3分程度しか変わらない程スピードダウンしている。

[編集] 年表

  • 1916年大正5年)9月1日 北大阪電気鉄道が天神橋 - 淡路 - 千里山間の地方鉄道法に基づく路線免許を取得。
  • 1919年(大正8年)9月12日 北大阪電気鉄道が十三 - 淡路間の地方鉄道法に基づく路線免許を取得。
  • 1921年(大正10年)4月1日 北大阪電気鉄道が十三 - 淡路 - 豊津間を開業。大半は旧東海道本線の路線敷を利用した。
  • 1923年(大正12年)4月1日 新京阪鉄道が北大阪電気鉄道の鉄道路線を譲り受ける。
  • 1925年(大正14年)10月15日 新京阪鉄道が天神橋(現在の天神橋筋六丁目) - 淡路間を開業。
  • 1928年昭和3年)1月16日 淡路 - 高槻町(現在の高槻市)間が開業。全線の架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。
  • 1928年(昭和3年)11月1日 高槻町 - 西院間が開業。
  • 1930年(昭和5年)4月21日 天神橋 - 西院間に超特急を運転開始。途中淡路のみの停車(行楽期は嵐山線との接続駅である桂にも停車)で京阪間を34分にて結んだ。
  • 1930年(昭和5年)9月15日 京阪電気鉄道が新京阪鉄道を合併。天神橋 - 西院間が新京阪線、十三 - 淡路間が十三(支)線となる。吹田町駅を京阪吹田駅に改称。
  • 1931年(昭和6年)3月31日 関西初の地下線として西院 - 京阪京都(現在の大宮)間が開業。
  • 1934年(昭和9年)5月13日 上牧桜井ノ駅駅開業。
  • 1934年(昭和9年)9月1日 新京阪線の急行を十三まで運転開始、十三で阪神急行電鉄と接続。
  • 1936年(昭和11年)4月15日 総持寺前駅開業。
  • 1938年(昭和13年) 超特急を廃止して特急に統合。
  • 1939年(昭和14年)5月16日 桜井ノ駅駅開業。上牧桜井ノ駅駅を上牧駅と改称。
  • 1943年(昭和18年)1月1日 高槻町駅を高槻市駅と改称。
  • 1943年(昭和18年)10月1日 阪神急行電鉄が京阪電気鉄道を合併し京阪神急行電鉄が発足。京阪京都駅を京阪神京都駅[9]、京阪吹田駅を吹田東口駅と改称。
  • 1944年(昭和19年)4月8日 十三駅より宝塚本線に乗り入れ、梅田駅を発着駅とする急行を設定。
  • 1945年(昭和20年)6月7日 梅田直通急行が新淀川橋梁上で爆撃被災、以後、直通運転休止。
  • 1946年(昭和21年)2月1日 東向日町 - 桂間に物集女(もずめ)駅開業。
  • 1948年(昭和23年)1月1日 茨木町駅を茨木市駅、総持寺前駅を総持寺駅、桜井ノ駅駅を水無瀬駅と改称。
  • 1948年(昭和23年)3月1日 物集女駅廃止。
  • 1948年(昭和23年)8月11日 爆撃で休止されていた梅田直通急行再開。
  • 1949年(昭和24年)12月1日 京阪電気鉄道が分離。新京阪線は京阪神急行電鉄の路線となり、京都本線と改称。最高速度を110km/hへ引き上げる認可を受ける。
  • 1949年(昭和24年)12月3日 神戸 - 京都直通の特急の運転開始。
  • 1950年(昭和25年)10月1日 大阪(天神橋) - 京都間に特急運転復活。
  • 1954年(昭和29年)5月1日 吹田東口駅を相川駅と改称。
  • 1955年(昭和30年)12月 十三線南方 - 崇禅寺間の曲線改良工事。
  • 1956年(昭和31年)1月31日 十三線南方 - 崇禅寺間の国鉄跨線橋付近曲線改良工事完成。
  • 1956年(昭和31年)4月16日 大阪(梅田) - 京都間に特急新設、所要時間38分、30分間隔。天神橋発着特急の運転休止。
  • 1957年(昭和32年)7月1日 富田町駅を富田駅と改称。
  • 1959年(昭和34年)2月18日 宝塚本線梅田 - 十三間が複々線化。新設の東側2線を京都線が使用開始。十三 - 淡路間の十三線と併せ、十三 - 阪急京都間を京都本線とする。天神橋 - 淡路間は千里山線(後の千里線)に組み込まれる。
  • 1963年(昭和38年)4月24日 東海道新幹線の高架線が完成し、並行する阪急京都線側も高架化するため仮線として上牧 - 大山崎間で新幹線線路の借用開始。同区間に存在した駅に関しても仮設ホームを設置して営業。
  • 1963年(昭和38年)6月17日 大宮 - 河原町間が開業し全通。京阪神京都駅を大宮駅と改称。特急は15分間隔運転となり、所要時間は42分。
  • 1963年(昭和38年)12月29日 上牧 - 大山崎間の高架化完成。新幹線線路の借用終了。
  • 1965年(昭和40年)7月22日 2800系の増備完了により、特急の所要時間を42分から39分に短縮。
  • 1969年(昭和44年)8月24日 十三駅のデッドセクション廃止。
  • 1969年(昭和44年)12月6日 大阪市営地下鉄堺筋線との相互直通運転開始。
  • 1970年(昭和45年)3月8日 南茨木駅開業。
  • 1971年(昭和46年)11月28日 特急の所要時間を38分に短縮(最速記録)。P-6の急行運用終了。
  • 1972年(昭和47年)10月1日 東向日町駅を東向日駅、西向日町駅を西向日駅と改称。
  • 1973年(昭和48年)3月 P-6の定期運用終了。
  • 1976年(昭和51年)9月23日 ダイヤ改正で十三駅7号線廃止。京都線の全列車が梅田発着となる。
  • 1979年(昭和54年)3月5日 堺筋急行を運転開始。長岡天神にすべての急行が停車。
  • 1982年(昭和57年)11月27日 平日朝の通勤時間帯に茨木市発梅田行の準急を新設。茨木市・高槻市両駅高架化工事のため、特急のスピードダウンを実施。
  • 1989年平成元年)12月16日 ダイヤ改正により平日昼間の特急を15分間隔から20分間隔に減便、急行・普通を10分間隔に増発。休日は従来通り特急・急行は15分間隔での運転。
  • 1997年(平成9年)3月2日 十三・淡路・茨木市・高槻市 - 河原町間各駅に停車する快速を新設。通勤特急にあわせ特急を高槻市駅に終日停車(同時に通勤特急は廃止)。平日は特急・急行・快速を20分間隔で運転。
  • 2001年(平成13年)3月24日 ダイヤ改正により開業以来続いた列車体系を大幅に変更し、従来の特急を通勤特急に、快速急行を快速特急に改称、停車駅が快速特急より多く快速急行より少ない特急および行楽期の臨時特急を新設。また、従来の急行を快速急行に、快速を急行に改称の上、南茨木駅にも追加停車。また、準急と行楽期の「嵯峨野エクスプレス」を廃止。平日および土曜・休日とも昼間は特急・急行・普通を10分間隔で運転。この結果、従来の特急と急行が統合され、高槻市から河原町までは減便を達成した。
  • 2001年(平成13年)11月11日 行楽期の臨時特急に「いい古都エクスプレス」の愛称を付けて運転を開始。
  • 2003年(平成15年)3月16日 洛西口駅が開業(廃止された物集女駅跡地とほぼ同じ位置)。
  • 2007年(平成19年)3月17日 特急が淡路に停車し、従来の急行を南方と上新庄に停車させて準急とするなど、6年ぶりの大幅なダイヤ改正を実施。同時に行楽期の「いい古都エクスプレス」も臨時特急から臨時快速に格下げ。

[編集] 駅一覧

凡例
●:停車、|:通過
普通:各駅に停車するため省略。
接続路線名の()内の英数字は駅番号を表す。
駅名 駅間キロ 十三からの営業キロ 準急 堺筋準急 快速急行 特急 通勤特急 接続路線 所在地
梅田駅 - 2.4 堺筋線天下茶屋方面 阪神電気鉄道本線
大阪市営地下鉄御堂筋線 (M16)、谷町線東梅田駅:T20)、四つ橋線西梅田駅:Y11)
西日本旅客鉄道東海道本線JR京都線JR神戸線JR宝塚線)・大阪環状線大阪駅)、JR東西線北新地駅
大阪府 大阪市
北区
十三駅 2.4 0.0 阪急電鉄宝塚本線神戸本線 大阪市
淀川区
南方駅 1.9 1.9 大阪市営地下鉄:御堂筋線(西中島南方駅:M14)
崇禅寺駅 1.3 3.2   大阪市
東淀川区
淡路駅 1.0 4.2 阪急電鉄:千里線
上新庄駅 2.1 6.3  
相川駅 0.9 7.2  
東吹田信号所 1.1 (8.3)   吹田市
正雀駅 1.1 9.4 西日本旅客鉄道:東海道本線(JR京都線)(岸辺駅 摂津市
摂津市駅 1.5 10.9           2010年春開業予定
南茨木駅 2.0 12.9 大阪高速鉄道大阪モノレール線 (19) 茨木市
茨木市駅 1.9 14.8  
総持寺駅 1.4 16.2  
富田駅 1.1 17.3 西日本旅客鉄道:東海道本線(JR京都線)(摂津富田駅 高槻市
高槻市駅 3.3 20.6 西日本旅客鉄道:東海道本線(JR京都線)(高槻駅
上牧駅 4.3 24.9  
水無瀬駅 0.8 25.7   三島郡
島本町
大山崎駅 2.0 27.7 西日本旅客鉄道:東海道本線(JR京都線)(山崎駅 京都府 乙訓郡
大山崎町
新駅 2.5 30.2           2012年度末開業予定 長岡京市
長岡天神駅 4.0 31.7  
西向日駅 1.9 33.6   向日市
東向日駅 1.4 35.0 西日本旅客鉄道:東海道本線(JR京都線)(向日町駅
洛西口駅 1.3 36.3 西日本旅客鉄道:東海道本線(JR京都線)(桂川駅 京都市
西京区
桂駅 1.7 38.0 阪急電鉄:嵐山線
西京極駅
(西京極総合運動公園前)
2.1 40.1   京都市
右京区
西院駅 1.8 41.9 京福電気鉄道嵐山本線(西院駅)
大宮駅 1.4 43.3 京福電気鉄道:嵐山本線(四条大宮駅 京都市
中京区
烏丸駅 1.1 44.4 京都市営地下鉄:烏丸線四条駅:K09) 京都市
下京区
河原町駅 0.9 45.3 京阪電気鉄道:京阪本線祇園四条駅

[編集] 新駅計画

以下の区間において新駅を設置することが発表されている。

[編集] その他

  • 2004年10月の近畿地方交通審議会答申第8号において、京都線と神戸線の相互直通運転が「既存施設の改良に関し検討すべき主な事業」[13]の一つに挙げられている。なお、神戸線との直通列車は、かつて神戸線・今津線経由で京都 - 宝塚間を直通する「歌劇特急」や、それとは別に戦後から昭和30年代までは神戸 - 京都間を直通する特急があった。さらに2008年秋、2009年春には前述のように神戸線・京都線・嵐山線の直通列車が運転された。
  • 朝ラッシュ時の最混雑区間は上新庄→淡路間である。宝塚線・神戸線の最混雑区間は十三手前であるが、京都線は大阪都心方面へ堺筋線経由のパイバスルートがあるため。なお、通過人員が最も少ない駅間は長岡天神-大山崎間である。
  • 京都本線の架線方式であるが、シンプルカテナリー架線である十三 - 淡路間を除き、すべてコンパウンドカテナリー架線となっている。なお、名目上宝塚本線の一部となっている梅田 - 十三間はコンパウンドカテナリー架線となっている。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』(電気車研究会)では十三起点で記載。
  2. ^ a b http://holdings.hankyu-hanshin.co.jp/ir/data/ER200612151N1.pdf
  3. ^ 「阪急 川西能勢口〜嵐山線直通臨時列車を運転」鉄道ファン railf.jp
  4. ^ http://holdings.hankyu-hanshin.co.jp/ir/data/ER200903242N1.pdf
  5. ^ http://holdings.hankyu-hanshin.co.jp/ir/data/ER200904092N2.pdf
  6. ^ 当初は5月23日24日も運転予定であったが、新型インフルエンザが蔓延している影響を受けて中止となった。
  7. ^ 「阪急 西宮北口—嵐山間 直通臨時列車を運行」鉄道ファン railf.jp
  8. ^ http://holdings.hankyu-hanshin.co.jp/ir/data/ER200810241N1.pdf
  9. ^ 両社の合併後、1949年の京阪電気鉄道再分離までは「阪急」と「京阪」の略称はともに公式的には用いられなくなり、「京阪神急行」ないし「京阪神」が代わりの略称として定められた。
  10. ^ http://holdings.hankyu-hanshin.co.jp/ir/data/ER200605262N2.pdf
  11. ^ http://holdings.hankyu-hanshin.co.jp/ir/data/ER200810281N2.pdf
  12. ^ http://holdings.hankyu-hanshin.co.jp/ir/data/ER200808011N2.pdf
  13. ^ http://www.kkt.mlit.go.jp/shingi/pdf/8-5-2.pdf

[編集] 参考文献

  • 『阪急ワールド全集4 阪急ステーション』阪急電鉄コミュニケーション事業部、2001年。
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