富田駅 (大阪府)

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富田駅*
駅舎(南口)
駅舎(南口)
とんだ - Tonda
HK-70 総持寺 (1.1km)
(3.3km) 高槻市 HK-72
所在地 大阪府高槻市富田町一丁目
駅番号 HK-71
所属事業者 阪急電鉄
所属路線 京都本線
キロ程 17.3km(十三起点)
梅田から19.7km
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
20,714人/日
-2012年-
開業年月日 1928年昭和3年)1月16日
乗換 摂津富田駅JR京都線)**
* 1957年に富田町駅から改称
** 公式には案内されないが徒歩圏内
北口
ホーム
旧駅舎(1980年)

富田駅とんだえきは、大阪府高槻市富田町一丁目にある、阪急電鉄京都本線

駅構造[編集]

相対式2面2線のホームの間に上り用通過線1本、合計2面3線を備えた地上駅

駅舎(改札口)は地下にあり、改札をくぐってから地上のホームに到達する形式となっている。地下と各ホームを結ぶ階段から京都側は、各ホーム共に幅員がかなり狭い。

バリアフリーへの対応として、2008年平成20年)3月に地下改札内と上り(大阪方面行き)ホーム、地下改札外と地上(南口)をそれぞれ連絡するエレベーターが、さらに2009年(平成21年)2月には地下改札内と下り(京都方面行き)ホームを連絡するエレベーターが設置された。北口には階段しかなく、エレベーターを利用するには駅前の踏切を横断して南口に回ることになる。なお、エスカレーターは設置されていない。

なお、かつては階段の使用が困難な利用客のためにホームへ直接つながるスロープ式の入口(インターホンで駅員を呼び出して利用する)があったが、エレベーターの設置に伴い使用停止となった。

また、上りホームの京都寄りには定期券専用の無人出口が設置されていた。当駅の無人出口は、1981年(昭和56年)に地下改札口が完成するまでは一旦構内踏切を経由して下りホーム側に渡り、再び踏切を北側に渡る必要があった。当駅の場合は大阪府立高槻養護学校(現・大阪府立高槻支援学校)の制服を着用した生徒と、松下電器産業・松下電子工業(現・パナソニック)の社章を着用した社員向けに供用されていた。2001年(平成13年)頃の廃止直前期には、係員を配置した上で朝のラッシュ時のみ利用されていた。現在は完全に壁で仕切られ通行できなくなったが、短柱の痕跡から出口の跡を確認することができる。

トイレは大阪方面行きホームにのみ設置されている。老朽化に伴い2007年(平成19年)3月に改修され、多機能タイプも併設された。

のりば[編集]

(北側) 京都本線(上り) 京都(河原町)高槻市嵐山方面
(南側) 京都本線(下り) 大阪(梅田)天下茶屋北千里神戸宝塚方面

※のりば番号は設定されていない。

通過線について[編集]

当駅には上り(京都方面行き)ホームに限り通過線がある。阪急全線で他に通過線が設けられている駅は、神戸本線六甲駅しかない[1]

この通過線が生まれた背景には、1982年昭和57年)当時に地上駅だった北隣の高槻市駅高架化事業に端を発する。これは近隣の踏切で起こる渋滞の解消を目的に高槻市の主導で行われたものだが、工事の用地を確保するため同駅の上りの待避線が撤去されたため、阪急が市側から市道を借り受けて当駅の上りホームに待避線と仮設のホームを設けた。

当初は高槻市駅の高架化が完成するまでの暫定処置だったが、1993年(平成5年)に高架化工事が完成したあともそのままの状態で今日を迎えている。平日朝夕のラッシュ時を中心に優等列車の待避にも活用されているが、2007年(平成19年)3月のダイヤ改正では一旦廃止され、2010年(平成22年)3月に復活した。

高槻市駅の高架化事業に先駆けて、1981年(昭和56年)には当駅の地下駅舎化工事も行われた。なお、市の主導による当駅の高架化の構想もあるが、計画は具体化していない。

利用状況[編集]

2011年(平成23年)の1日平均乗降人員(平日)は20,652人である[2]。阪急電鉄全体では、第43位。

駅周辺[編集]

バスターミナル[編集]

小寺池図書館のとなりに高槻市営バス回転場がある。また北側のJR富田駅バス停も利用することができる。

  • 行き先:
    • 津之江経由JR高槻南口
    • 芝生住宅・三中前循環
    • 栄町
    • 車庫前

歴史[編集]

  • 1928年昭和3年)1月16日 - 新京阪鉄道淡路駅 - 高槻町(現・高槻市)駅間延伸と同時に富田町駅として開業。開業当時も待避線があったが1933年までに撤去された。
  • 1930年(昭和5年)9月15日 - 会社合併により京阪電気鉄道新京阪線の駅となる。
  • 1943年(昭和18年)10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)の駅となる。
  • 1949年(昭和24年)12月1日 - 新京阪線が京都本線に改称され、当駅もその所属となる。
  • 1957年(昭和32年)7月1日 - 富田町が高槻市に編入されたために富田駅に改称。
  • 1981年(昭和56年)12月20日 - 地下駅舎が完成、使用開始となる。
  • 1982年(昭和57年)11月27日 - 高槻市駅高架化工事に伴い、当駅京都方面行きホームに仮待避線を設置。11月ダイヤ改正より実際に待避を開始。
  • 2013年平成25年)12月21日 - 駅番号導入。

隣の駅[編集]

阪急電鉄
京都本線
快速特急・直通特急・特急・通勤特急・快速急行・快速・準急
通過
普通
総持寺駅 (HK-70) - 富田駅 (HK-71) - 高槻市駅 (HK-72)

脚注[編集]

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  1. ^ 六甲駅のものは、新幹線の多くの駅と同様に上下線に一つずつ設けられている。
  2. ^ 駅別乗降人員(上位50位) - 阪急電鉄公式サイト

関連項目[編集]

外部リンク[編集]