京阪鋼索線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
京阪電気鉄道 鋼索線
(男山ケーブル)
鋼索線の車両
鋼索線の車両
路線総延長 0.4 km
軌間 1067 mm
停車場・施設・接続路線
京阪本線
0.0 八幡市駅
STR
SPLa
vTUNNEL2
SPLe
BRÜCKE
TUNNEL2
KBHFe
0.4 男山山上駅

鋼索線(こうさくせん)は、京都府八幡市八幡市駅から男山山上駅までを結ぶ京阪電気鉄道ケーブルカー男山ケーブルと呼ばれている。

男山の山上にある石清水八幡宮への足で、初詣客で賑わう1月の利用者数が全体の50%を占めている。正月の多客期は12.6km/h、それ以外の閑散期は8km/hの2速度で運転できるようになっている。車両の行き違いは全長108.7mの男山橋梁(トレッスル橋[1])上で行われる。また短距離ながらトンネルが1箇所あり、京阪に2箇所ある山岳トンネルの一つ(ほかに京津線逢坂山トンネル)である。

2001年車両が更新され、スルッとKANSAI対応カードが使用可能になった。なお、京阪電鉄の路線で唯一、PiTaPaが使用できない。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):0.4km
  • 方式:単線2両交走式
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:2駅(起終点駅含む)
  • 高低差:82m

運行形態[編集]

鋼索線車内からの景色。京阪本線の赤いトラス橋が架かる木津川、その向こう側に京滋バイパスの高架橋と宇治川、さらにその向こう側には京都競馬場横大路運動公園が見える。

通常時は30分間隔の運行で、所要時間は約3分。乗客がいる場合にのみ運行される不定期列車を含めると15分間隔である。例年、大晦日石清水祭前夜は、終夜運転が行われる。また正月三が日には約5分間隔の頻発運転が行われる。終発は通常18時45分発だが、正月三が日には20時00分まで繰り下がる。

運賃・乗車券の取り扱い[編集]

男山山上駅には改札は無いため、上り下り共に下の八幡市駅で切符の扱いを行う(スルッとKANSAIについてはその時点で差し引かれる)。金額が足りない場合は鋼索線の八幡市駅で精算することになっている。

運賃の取り扱いは、次のようになっている。

八幡市駅から乗る場合
往復乗車券は自動改札機に入れると出てくるが、片道乗車券を購入した場合は、その場で回収される。スルッとKANSAI共通カードは片道分のみ差し引かれる。
男山山上駅から乗る場合
八幡市駅で事前に往復乗車券を購入していた場合、あるいはスルッとKANSAI共通カードのときは、そのまま乗車し、八幡市駅降車後そのまま自動改札機に進み、出場。片道乗車の場合も、そのまま乗車し、八幡市駅降車後乗り越し精算機で片道運賃を支払い、出場証を受け取ってから自動改札機に進み、出場。
八幡市駅で鋼索線から京阪本線に乗り換える場合
鋼索線側の駅から出場後、京阪本線側の駅で別途乗車券を購入する必要がある(その逆は連絡乗車券の取り扱いあり)。

京阪線各駅から男山山上駅までの乗車券を発売しているが、かつては大津線各駅でも男山山上駅までの乗車券を発売していた。

歴史[編集]

1926年、男山索道によって開業した。男山鉄道に社名変更後、京阪電気鉄道の子会社となった。戦時中の1944年に廃止され資材が供出されるが、戦後の1955年に京阪電気鉄道直営で復活した。

男山索道の資本金は150万円と会社の規模に対して過大であり、建設費も他の鋼索鉄道と比べて割高であった。これは観光地などの有望な路線の免許を取得し、さらに自前で鉄道を建設して高値で転売するためであった。この会社の重役である野田儀一郎[2]はかつて才賀藤吉率いる才賀電機商会で支配人[3][4]をつとめていた人物であり、破綻後は独立してこのような商売をしていたと見られる。 京阪電気鉄道の太田光凞社長はそういう状況は把握しながらも未開業の路線の免許[5]大山崎 - 長尾間、1927年6月免許)を押さえられており競争線防止のために、そのままにしておくこともできず、やむをえず買い取ることになったという[6]

  • 1922年(大正11年)12月22日 鉄道免許状下付[7]
  • 1923年(大正12年)1月17日 男山索道会社設立[7][8]
  • 1926年(大正15年)6月22日 男山索道が八幡口 - 男山間を開業[9]
  • 1928年(昭和3年)5月28日 男山鉄道に社名変更。
  • 1929年(昭和4年)8月31日 京阪電気鉄道の子会社となる。
  • 1944年(昭和19年)2月11日 資材供出のため不要不急線として廃止。
  • 1955年(昭和30年)
    • 4月8日 京阪電気鉄道に八幡口(現・八幡市)- 八幡宮(現・男山山上)間敷設免許。
    • 12月3日 京阪電気鉄道が鋼索線として八幡口(現・八幡市)[10] - 八幡宮(現・男山山上)間再開業。
  • 1957年(昭和32年)1月1日 八幡口駅を八幡町駅に、八幡宮駅を男山山上駅に改称。
  • 1977年(昭和52年)11月1日 八幡町駅を八幡市駅に改称。
  • 2001年(平成13年)
    • 5月10日 新車両導入のため7月10日まで運休。
    • 6月13日14日 新車両搬入。
    • 7月11日 新車両運転開始。「スルッとKANSAI」導入。
  • 2012年(平成24年)
    • 8月14日 集中豪雨で路線ののり面が崩れ全面運休に、運休中は代行バスを運転。
    • 9月1日 運転再開。
    • 9月27日 牽引ワイヤーの交換のため午前9時から運休[11]

駅一覧[編集]

両駅とも京都府八幡市に所在。

駅名 営業キロ 接続路線
八幡市駅 0.0 京阪電気鉄道:京阪本線
男山山上駅 0.4  

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 余部鉄橋利活用検討会 第1回資料 (PDF) 34ページ目を参照。「大杉谷鉄橋」とも呼ばれる。
  2. ^ 『帝国銀行会社要録 : 附・職員録. 大正15年版』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  3. ^ 『日本電業者一覧. 明治43年』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  4. ^ 『人事興信録. 3版(明44.4刊)』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  5. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1927年6月29日「鉄道免許失効」『官報』1936年7月24日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ 小川功「京阪グループの系譜」『鉄道ピクトリアル』No.695 2000年12月号、112-113頁
  7. ^ a b 『地方鉄道及軌道一覧 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  8. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第32回』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  9. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1926年6月29日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 当時の駅名は今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図 10号 大阪』(新潮社、2009年)p.31による。
  11. ^ 出典・『K PRESS』2012年10月号「くらしのなかの京阪」より、8月14日ののり面崩落事故のお詫びと9月1日より運転再開も掲載

関連項目[編集]