京阪石山坂本線

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Keihan railway logo.svg石山坂本線
700形
石山坂本線で運用されている電車700形(石山寺駅)
概要
起終点 起点:石山寺駅
終点:坂本駅
駅数 21駅
運営
開業 1913年3月1日 (1913-03-01)
所有者 Keihan railway logo.svg京阪電気鉄道
使用車両 使用車両を参照
路線諸元
路線総延長 14.1 km (8.8 mi)
軌間 1,435 mm (4 ft 8 12 in)
電化 直流1,500 V 架空電車線方式
運行速度 最高70 km/h (43 mph)
路線図
Keihan Otsu Line Linemap.svg
停車場・施設・接続路線
KBHFa
0.0 石山寺駅
eBHF
0.1 螢谷駅 -1937
KRZu
東海道新幹線
BHF
0.7 唐橋前駅
STRlg STR
東海道本線琵琶湖線
1.4 京阪石山駅 (1) -2005
STR
石山駅
1.6 京阪石山駅 (2) 2005-
STRlf KRZo STRlg
BHF STR
2.4 粟津駅
BHF STR
2.8 瓦ヶ浜駅
BHF STR
3.3 中ノ庄駅
BHF STR
3.8 膳所本町駅
BHF STR
4.2 錦駅
4.7 京阪膳所駅
eSTR+c2 eABZg3
膳所駅
eABZg+1
東海道本線(琵琶湖線)
BHF
5.5 石場駅
BHF
6.0 島ノ関駅
eBHF
6.2 紺屋関駅 -1943
eBHF
6.5 大橋堀駅 -1943
exSTRc2 eABZg3
大津港
exSTR+1 eSTR+c4
琵琶湖航路
HUB62
HUB64
6.7 浜大津駅 1981-[* 1]
exSTRc2
uSTR HUB26
京津線
exSTR+1
浜大津駅 -1946[* 1]
exSTR
uSTR
浜大津駅 1946-1981[* 1]
exSTR ueBHF
 ? 川口駅 [* 2]
exSTR muBHFa
7.2 三井寺駅
exWBRÜCKE WASSERq WBRÜCKE
琵琶湖疏水
exHST STR
三井寺下駅
STR
江若鉄道
exSTR eBHF
7.7 別所駅 (1) -1967
exSHI1r BHF
8.0 別所駅 (2) 1967-
exvSTR- eBHF
8.2 山上駅 [* 3]
exvSTR- HUB63
8.5 皇子山駅
vexSTR-STR+l
KRZu tSTRaq
大津京駅
evSTR POINTER4 STR
湖西線
evSTR eBHF
8.7 漣駅 -1944
evSTR BHF
9.1 近江神宮前駅
evSTR KDSTl ABZrf
錦織車庫
evSTR BHF
10.0 南滋賀駅
vexHST-STR STR
滋賀駅
evSTR BHF
10.8 滋賀里駅
evSTR eBHF
11.2 水耕農場前駅 [* 4]
vexSTR-HST STR
唐崎駅
evSTR BHF
12.3 穴太駅
vexHST-STR STR
叡山駅
evSTR BHF
13.5 松ノ馬場駅
evSTR STR
坂本ケーブル
evSTR STR
ケーブル坂本駅
evSTR
14.1 坂本駅
vexSTR-HST
比叡山坂本駅
vexHST-STR
日吉駅

  1. ^ a b c 営業年は京津線の駅
    石山坂本線は当初より現在位置
  2. ^ 1937年以前に廃止
  3. ^ 1945年休止、1946年廃止
  4. ^ 1956年休止、1974年廃止

石山坂本線(いしやまさかもとせん)は、滋賀県大津市石山寺駅から坂本駅までを結ぶ京阪電気鉄道軌道路線。全区間が軌道法の適用を受けている。

京津線と合わせて大津線と総称されている。大津線ではラインカラーが採用されており、石山坂本線のラインカラーは緑色である。

公式の愛称ではないが、地元の人たちを中心に石坂線(いしざかせん)と呼ばれることもある。

全駅にてPiTaPaICOCAが利用できる[1]。一方、自動改札機を含めスルッとKANSAI対応カードは使用できない[2]

概要[編集]

当線は地元大津市民の生活の足になっているほか、沿線には豊富な観光資源を有することから(後述)、観光客の移動手段としても利用されている。

浜大津 - 三井寺間は併用軌道となっている。三井寺 - 坂本間は、鉄道線規格で建設されたため山麓をほぼ直線で通り起伏が多い。一方で京阪膳所以南は市内電車風に市街地を縫うように路線が敷設されている。

当初、京津線と2線あわせて年間15億円程度の赤字が出ていたため、地元自治体(大津市など)との間で今後の運営のあり方についての協議の場が持たれた。京阪は同線の経営を本社から分離し、独立採算制をとる分社化を検討しており、当初2004年秋に分社化を予定していたが、この時は分社化しても収支改善が見込めずすぐに経営に行き詰まるとして見送られ、経費削減を図り収支が均衡した時点で分社化することになっている[3]

その後の経営合理化と、沿線の人口増加、昼間の電車の増発(発車間隔の短縮化)、ラッピング車両の運行、おでん電車やビール電車などのイベント列車(詳細後述)の運行などのサービス向上により、2013年時点で収支は大幅に改善している[4]

また2013年にNHK大津放送局が制作した、当線を舞台にした3部オムニバス形式の地域密着ドラマ『石坂線物語』が近畿地区で放送され、元々ローカル電車であった当線及び沿線の地域資源に改めて注目が当たり、関西地域での認知度が上昇した。その後、このドラマ『石坂線物語』は2014年2月にNHKで全国放送された[5]

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):14.1km
  • 軌間:1435mm
  • 駅数:21駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:70km/h

運行形態[編集]

電車は2両編成で、昼間時間帯は石山寺駅 - 坂本駅間全線直通と石山寺駅 - 近江神宮前駅間の区間運転の電車が交互に運行されており、石山寺駅 - 近江神宮前駅間では7 - 8分間隔、近江神宮前駅 - 坂本駅間では15分間隔となっている(全線7 - 8分間隔となる時間帯もある)。昼間のほか夜にも石山寺駅 - 近江神宮前駅間運転の電車がある。ワンマン運転を行っているが、朝ラッシュ時には車掌(列車防護要員)も乗務している。これらの関係で15分間隔で運転している京津線とは1本おきに浜大津駅で相互接続を取る形になる(基本的に京津線とは昼間時間帯を中心に坂本発石山寺行きならびに、石山寺発近江神宮前行きと相互接続を取る形になるため、京津線から近江神宮前駅 - 坂本駅間への利用者は、さらに7分程度待たされることになる)。

また、駅での業務を行うステーションスタッフも、無人駅の多い近江神宮前駅 - 坂本駅間で電車に添乗し、集改札業務を行っている。列車内で運賃を収受せず、有人駅では改札口を利用する。車掌が乗務するツーマン運転を行っていた頃は、浜大津駅・京阪石山駅など一部の駅を除いて、使用済み乗車券は原則として車掌または運転士が回収する手法をとっていた。

かつては急行・準急を中心に京津線との直通列車もあったが、浜大津駅統合の際に廃止された。駅統合により、両線相互間が同一ホーム上で乗り換えできるようになり、所要時間の短縮が可能となったが、京津線から坂本方面(あるいはその逆)へは駅統合を機に若干短縮されたのに対し、京津線から石山寺方面(あるいはその逆)へは、浜大津駅2番線に到着した京津線電車をいったん引き上げてから、改めて同駅1番線に転線し終わるのとほぼ同じタイミングで同駅2番線に石山寺行き電車が到着するダイヤであったため、駅統合後も所要時間は直通列車とほぼ変わらなかった。

さらに浜大津駅統合(1981年4月12日ダイヤ改正)以前における浜大津駅 - 坂本駅間では、同区間折り返し列車と全線直通を日中1時間あたり2往復ずつ設定していたが、これは前者の場合、石山寺駅 - 浜大津駅間では京津線直通準急または急行がその代替を担っていたためである[6]。しかし同駅統合に伴うダイヤ改正で日中毎時4往復とも全線直通に揃えられた。

このほか毎年、冬季に「おでんde電車」[7]、夏季に「ビールde電車」[8]などのイベント列車が運行されている。

使用車両[編集]

2014年現在600・700形は、その過半数がラッピング車両化されている。各形式の項目を参照されたい。

過去の使用車両[編集]

沿線の主な観光地[編集]

歴史[編集]

石山坂本線は大津電車軌道によって開業した。最初の開業区間は大津(現在の浜大津) - 膳所(現在の膳所本町)間で1913年3月1日のことだった。これは官設鉄道として建設され、前日まで国鉄が大津線として旅客営業をしていた大津(後の浜大津) - 馬場(現在の膳所)間を電化および三線軌条化したものである。膳所から順次延伸され、1914年には浜大津 - 石山(現在の石山寺)間が開通した。石山から先、南郷まで特許を取得していたが風致上の関係で着工は難航し1915年に失効[9][10]。京阪電気鉄道に合併されるまで螢谷 - 石山寺間にモーターボートを運航して連絡していた[10]

大津電車軌道は1927年に太湖汽船と合併して琵琶湖鉄道汽船となり、同年に石山 - 坂本間が開通した。またこの年、後に近江鉄道八日市線となる湖南鉄道を合併している。これらは琵琶湖に勢力を拡大していた京阪電気鉄道への対抗策として行われたものであった。三井寺 - 坂本間の路線は高速電気鉄道を指向した設計で、将来は堅田から草津まで琵琶湖南岸を半周する路線とすることをめざしていた。車両も路面電車規格ではなく郊外電車規格の100形が用意された。

しかし、期待に反して坂本延長線は乗客がきわめて少なく、投資が回収できなかったことから、1929年に湖南汽船の仲介もあり京阪電気鉄道の傘下に入ることになり、旧・湖南鉄道の鉄道路線を八日市鉄道に、汽船部門を京阪系の湖南汽船から改称した太湖汽船(現在の琵琶湖汽船で前出の太湖汽船とは別)に譲渡して京阪電気鉄道に合併、同社の石山坂本線となった(坂本駅からの堅田方向への未成区間0.4kmは1930年6月25日付けで事業廃止された[11])。

合併後は石山方面と直通し、持て余していた100形は京阪本線に転属し800型(初代)となった。800型は京阪最後の木造車として京阪本線や晩年は交野線で使われ続け、廃車されるまで大津の地に戻ることはなかった。廃車後機器類が350形に流用され、復帰を果たした。

1997年、京津線の京都市営地下鉄東西線乗り入れ開始に伴い、石山坂本線も架線電圧を1500Vに昇圧した。

年表[編集]

  • 1913年(大正2年)
    • 3月1日 大津電車軌道が大津(現・浜大津) - 膳所(現・膳所本町)間を開業。この区間は国鉄貨物線と共用
    • 5月1日 膳所 - 別保(現・粟津)間が開業
    • 6月1日 大津駅を浜大津駅に改称。
  • 1914年(大正3年)
    • 1月12日 別保 - 石山駅前(現・京阪石山)間が開業
    • 1月17日 石山駅前 - 唐橋前間が開業。別保駅を移転し、粟津駅に改称。旧・別保駅付近に瓦ヶ浜駅開業。
    • 2月15日 唐橋前 - 螢谷(後に廃止)間が開業
    • 6月4日 螢谷 - 石山(現・石山寺)間が開業
  • 1922年(大正11年)5月7日 浜大津 - 三井寺間が開業
  • 1927年(昭和2年)
    • 1月21日 大津電車軌道が太湖汽船と合併、琵琶湖鉄道汽船となる
    • 5月15日 三井寺 - 兵営前(現・別所)間、山上(後に休止) - 松ノ馬場間が開業
    • 8月13日 松ノ馬場 - 坂本間が開業
    • 9月10日 兵営前 - 山上間が開業。これにより石山 - 坂本間が全通
  • 1929年(昭和4年)
    • 4月11日 京阪電気鉄道が琵琶湖鉄道汽船を合併。汽船部は太湖汽船に譲渡
    • 10月10日 山上 - 近江神宮前間に漣駅開業
  • 1930年(昭和5年)6月25日 坂本駅からの堅田方向へ未成線0.4km事業廃止
  • 1931年(昭和6年)10月5日 石山線石山 - 坂本線坂本間直通運転開始、三井寺駅乗り換えを解消
  • 1937年(昭和12年)8月20日 馬場駅を膳所駅前駅に、膳所駅を膳所本町駅に、螢谷駅を石山駅に統合し石山寺駅に改称
  • 1939年(昭和14年)6月20日 浜大津駅の京津線との連絡線が完成
  • 1940年(昭和15年)11月10日 兵営前駅を別所駅に改称
  • 1941年(昭和16年)2月1日 錦織駅を近江神宮前駅に改称
  • 1943年(昭和18年)
    • 8月20日 石山駅前 - 粟津間複線化
    • 10月1日 会社合併により京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)の路線となる
    • 11月10日 島ノ関 - 浜大津間の大橋堀駅、紺屋関駅廃止
  • 1944年(昭和19年)8月15日 瓦ヶ浜駅、錦駅、漣駅廃止
  • 1945年(昭和20年)
    • 1月10日 滋賀里駅を坂本方へ400m移設
    • 3月31日 滋賀里 - 坂本間が金属供出のため単線化
    • 5月15日 唐橋前駅、中ノ庄駅、三井寺駅、山上駅、穴太駅、松ノ馬場駅休止
    • 8月6日 唐橋前駅営業再開
    • 12月1日 中ノ庄駅営業再開。瓦ヶ浜駅再開業
    • 12月2日 三井寺駅営業再開
  • 1946年(昭和21年)
    • 3月1日 皇子山駅開業。休止中の山上駅廃止
    • 9月10日 穴太駅、松ノ馬場駅営業再開
  • 1947年(昭和22年)
    • 1月25日 浜大津 - 膳所間に江若鉄道車両が乗り入れを開始
    • 3月 滋賀里 - 穴太間再複線化
  • 1948年(昭和23年)
    • 1月1日 近江神宮前駅を錦織駅に改称
    • 7月10日 錦織駅を近江神宮前駅に改称
  • 1949年(昭和24年)12月1日 会社分離により、改めて京阪電気鉄道の路線となる
  • 1950年(昭和25年)10月1日 石山寺駅を石山螢谷駅に改称[12]
  • 1951年(昭和26年)12月25日 三条 - 石山蛍谷間の直通列車の運転再開[13]
  • 1953年(昭和28年)4月1日 石山螢谷駅を石山寺駅に、膳所駅前駅を京阪膳所駅に、石山駅前駅を京阪石山駅に改称[14]
  • 1955年(昭和30年)5月1日 滋賀里駅を水耕農場前駅に改称。400m浜大津方の旧駅を滋賀里駅として営業再開
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月10日 石山線と坂本線を統合・改称し石山坂本線とする[15]
    • 2月15日 滋賀里 - 穴太間の水耕農場前駅休止(1974年廃止)
  • 1957年(昭和32年)3月20日 石山坂本線の浜大津駅を「浜大津東口駅」と改称[16]
  • 1959年(昭和34年)
    • 1月20日 電車の集電装置(ポール)をホイール式からスライダー式に変更[17]
    • 9月1日 錦駅再開業
  • 1961年(昭和36年)9月16日 第2室戸台風で16時30分より運転中止、17日始発より平常運行[18]
  • 1965年(昭和40年)7月10日 江若鉄道車両の浜大津 - 膳所間乗り入れを廃止
  • 1966年(昭和41年)10月15日 大津線電車線のカテナリー化工事竣工[19]
  • 1967年(昭和42年)9月24日 別所駅を0.3km坂本方へ移設
  • 1968年(昭和43年)6月27日 国鉄膳所駅で起きた脱線転落事故のため浜大津 - 石山寺間が運休[20]
  • 1969年(昭和44年)11月1日 浜大津 - 膳所間を共用していた江若鉄道および国鉄が営業廃止
  • 1970年(昭和45年)8月23日 電車の集電装置をスライダー式ポールからパンタグラフに変更[21]
  • 1971年(昭和46年)8月15日 全列車を2両編成で運行するようになり、単行運転を廃止[22]
  • 1976年(昭和51年)10月 国鉄・江若鉄道と共用していた浜大津 - 膳所間の三線軌条のうち1本を撤去
  • 1981年(昭和56年)4月12日 浜大津駅が石山坂本線の駅と統合される。同時に京津線との直通運転(三条 - 石山寺)を廃止[23]
  • 1984年(昭和59年) 12月までに近江神宮 - 坂本間の全信号機(22機)に防雪フードを取り付け
  • 1985年(昭和60年)
    • 4月15日 坂本 - 浜大津間でATS使用開始
    • 10月1日 浜大津 - 石山寺間でATS使用開始
  • 1986年(昭和61年)
    • 3月17日 大津線列車無線電話使用開始[24]
    • 5月16日 浜大津駅の石山寺側に回生電流吸収装置を設置、使用開始(回生電流はインバーターで交流化して変圧後浜大津の駅の照明などに利用)
  • 1991年(平成3年)2月13日 浜大津 - 膳所間の用地11500m²を国鉄清算事業団より購入決定
  • 1993年(平成5年)
  • 1994年(平成6年)
    • 4月 滋賀里 - 穴太間に「自動車転落検知装置」を設置[26]
    • 12月1日 滋賀変電所の使用開始[27]
  • 1997年(平成9年)
    • 4月 - 8月 深夜、近江神宮 - 穴太間に1500Vを送電して600形・700形・800系の試運転が行われる
    • 7月1日 大津支社廃止
    • 9月30日 穴太 - 坂本間が52年ぶりに再複線化され京阪電気鉄道全線の複線化完成
    • 10月12日 架線電圧を600Vから1500Vに昇圧
      • この1500V昇圧による京津線への800系投入、それに伴う600形・700形の石山坂本線への配転、260形・350形の運用終了で石山坂本線の冷房車率と回生ブレーキ車率が100パーセント達成。これにより京阪電気鉄道の営業車両はすべて冷房車となった。
  • 1999年(平成11年)6月1日 大津線列車運行管理システム使用開始[28]
  • 2003年(平成15年)10月4日 ワンマン運転開始[29]
  • 2005年(平成17年)4月1日 京阪石山駅が西へ168m(営業キロ上は0.2km)移設され、相対式ホームから島式ホームとなる
  • 2006年(平成18年)3月18日 皇子山駅を52m北の湖西線高架下に移設
  • 2007年(平成19年)4月1日 PiTaPa導入[30]

駅一覧[編集]

  • 全駅滋賀県大津市に所在。
  • 普通列車のみ運転、全列車各駅に停車。
駅番号 駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線
OT01 石山寺駅 - 0.0  
OT02 唐橋前駅 0.7 0.7  
OT03 京阪石山駅 0.9 1.6 西日本旅客鉄道東海道本線琵琶湖線)(石山駅
OT04 粟津駅 0.8 2.4  
OT05 瓦ヶ浜駅 0.4 2.8  
OT06 中ノ庄駅 0.5 3.3  
OT07 膳所本町駅 0.5 3.8  
OT08 錦駅 0.4 4.2  
OT09 京阪膳所駅 0.5 4.7 西日本旅客鉄道:東海道本線(琵琶湖線)(膳所駅
OT10 石場駅 0.8 5.5  
OT11 島ノ関駅 0.5 6.0  
OT12 浜大津駅 0.7 6.7 京阪電気鉄道京津線
OT13 三井寺駅 0.5 7.2  
OT14 別所駅 0.8 8.0  
OT15 皇子山駅 0.5 8.5 西日本旅客鉄道:湖西線大津京駅
OT16 近江神宮前駅 0.6 9.1  
OT17 南滋賀駅 0.9 10.0  
OT18 滋賀里駅 0.8 10.8  
OT19 穴太駅 1.5 12.3  
OT20 松ノ馬場駅 1.2 13.5  
OT21 坂本駅 0.6 14.1 西日本旅客鉄道:湖西線比叡山坂本駅
比叡山鉄道比叡山鉄道ケーブル坂本駅

廃止駅[編集]

  • 螢谷駅:石山寺 - 唐橋前間(1937年8月20日に石山駅に統合され石山寺駅となる)
  • 紺屋関駅:島ノ関 - 浜大津間(大橋堀駅より石山寺寄りに位置。1943年11月10日廃止)
  • 大橋堀駅:島ノ関 - 浜大津間(紺屋関駅より坂本寄りに位置。1943年11月10日廃止)
  • 川口駅:浜大津 - 三井寺間(1937年以前に廃止)
  • 山上駅:別所 - 皇子山間(1945年5月15日休止、1946年3月1日廃止)
  • 漣駅:皇子山 - 近江神宮前間(1944年8月15日廃止)
  • 水耕農場前駅:滋賀里 - 穴太間(1956年2月15日休止、1974年廃止)

過去の接続路線[編集]

脚注および参考文献[編集]

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  1. ^ 自動改札機のない駅では縦型のカードリーダーで対応(入場用は青色、出場用は濃い目の橙色)。なお京阪線系統の駅では八幡市駅の臨時改札口にもこれと同じタイプのものが設置されている。
  2. ^ 石場・膳所本町・粟津はICカード専用のみ設置。浜大津駅の自動券売機のみスルッとKANSAI対応カードを使って石山坂本線の乗車券を購入することができる。また、「スルッとKANSAI 2day(3day)チケット」は大津線の一日乗車券「湖都古都・おおつ1dayきっぷ」と同様に、乗務員または駅係員に呈示することで利用できる。
  3. ^ “京阪大津線 分社化先送り 社員3分の1配転で収支改善”. Yahoo!ニュース (産経新聞). (2004年4月8日). オリジナル2004年7月10日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20040710155616/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040708-00000025-san-bus_all 
  4. ^ びわ湖放送2014年2月1日放映『滋賀経済NOW』特集「京阪電気鉄道大津線」より
  5. ^ 滋賀発地域ドラマ「石坂線物語」2014年2月16日に全国放送決定 - NHK大津放送局
  6. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編111頁
  7. ^ 大人気の大津線イベント列車「おでんde電車」をこの冬も運行します! (PDF) - 2012年12月19日 京阪電気鉄道 報道発表資料
  8. ^ 大津線でイベント列車「昭和レトロ ビールde電車」を運行します (PDF) - 2010年6月9日 京阪電気鉄道 報道発表資料
  9. ^ 森口誠之著『鉄道未成線を歩く私鉄編』JTB、2001年、p.180
  10. ^ a b 小川功『近江商人系金融機関の地元還元投融資 : 藤井善助による琵琶湖鉄道汽船の統合と解体 (PDF) 』1995年(滋賀大学学術情報リポジトリより)
  11. ^ 森口誠之著『鉄道未成線を歩く私鉄編』JTB、2001年、p.181
  12. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編210頁
  13. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編212頁
  14. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編214頁
  15. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編218頁
  16. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編218頁
  17. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編220頁
  18. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編222頁
  19. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編228頁
  20. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編230頁
  21. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編232頁
  22. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編234頁
  23. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編242頁
  24. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編244頁
  25. ^ 出典・「くらしの中の京阪」1993年12月号
  26. ^ 出典・「くらしの中の京阪」1994年5月号
  27. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編250頁
  28. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編254頁
  29. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編260頁
  30. ^ 出典・『京阪百年のあゆみ』資料編262頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]