近畿日本鉄道

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近畿日本鉄道株式会社
Kintetsu Corporation

近畿日本鉄道 本社
種類 株式会社
市場情報
東証1部 9041
大証1部 9041
名証1部 9041
略称 近鉄
本社所在地 543-8585
大阪府大阪市天王寺区上本町六丁目1番55号
電話番号 06-6775-3444
設立 1944年(昭和19年)6月1日
業種 陸運業
事業内容 旅客鉄道事業 他
代表者 代表取締役会長 山口昌紀
代表取締役社長 小林哲也
代表取締役副社長 野口満彦
資本金 927億4,100万円
(2008年3月31日現在)
売上高 単独:2,939億5,000万円(2008年3月期)
連結:9,253億1,400万円(2008年3月期)
総資産 1兆4,965億2800万円
(2008年3月期)
従業員数 8,293名
(2008年3月31日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 3.8%
日本生命保険相互会社 3.4%
株式会社三菱東京UFJ銀行 2.3%
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 1.7%
三菱UFJ信託銀行株式会社 1.3%
明治安田生命保険相互会社 1.2%
三井住友海上火災保険株式会社 1.0%
株式会社南都銀行 0.9%
株式会社大林組 0.8%
東京海上日動火災保険株式会社 0.8%
主要子会社 近鉄グループを参照
関係する人物 金森又一郎
岩下清周
種田虎雄
佐伯勇
外部リンク www.kintetsu.co.jp/ (K's PLAZA)
www.kintetsu.jp/ (企業情報)
  

近畿日本鉄道株式会社(きんきにっぽんてつどう、英称 Kintetsu Corporation)とは、大阪府奈良県京都府三重県愛知県の2府3県[1]に跨る営業路線網を持つ大手私鉄である。JRグループを除く日本の鉄道事業者(民営鉄道)の中では最長の路線網を持つ。

一般的には略して近鉄(きんてつ、Kintetsu)と呼ばれている。かつては近日(きんにち)と称した(略称・ロゴについても参照)。多数の企業を擁する近鉄グループを抱え、様々な事業を行っている。

目次

[編集] 歴史

近畿日本鉄道の母体ともいえる大阪電気軌道(大軌)は、1910年9月16日に大阪奈良を結ぶ路線を敷設すべく奈良軌道として設立され、同年10月に大阪電気軌道へ改称した。そして生駒トンネルを難工事の末に完成させ、1914年に最初の路線である上本町 - 奈良間を開業させた(現在の奈良線)。

その後、1927年には天理橿原神宮方面への路線網を確立した。同年に伊勢を目指すため参宮急行電鉄(参急)を設立し、1931年に宇治山田まで開通、大阪から伊勢神宮への日帰り参拝を可能とした(現在の大阪線山田線)。さらに、伊勢電気鉄道(伊勢電)の合併、関西急行電鉄(関急電)の設立により、1938年には名古屋へのルートを確立した(現在の名古屋線)。

戦時中の陸上交通事業調整法により周辺の鉄道会社と次々に合併し、さらに、大阪電気軌道は参宮急行電鉄や関西急行電鉄などと統合して、1940年に関西急行鉄道(関急)へ再編され、1府4県に総延長437kmの路線を有する一大私鉄となった。1943年には現在の近鉄南大阪線などを経営していて、既に関急の資本下に置かれていた大阪鉄道(大鉄)を合併し、この時点で現在の近畿日本鉄道の原型となる路線網が確立された。

1944年には国からの強い要請を受け、長い歴史を有する南海鉄道(南海)と合併(双方が解散した上で新会社として設立)する形で今に至る近畿日本鉄道(近鉄)が発足、資本金23,147万円、総延長約630kmの路線を有する日本最大の民営鉄道会社となった。この時点では上本町・名古屋・天王寺・難波の4営業局体制であった。

だが、こうして国からの要請に応える形で発足した近畿日本鉄道であるが、その天王寺営業局は元大阪鉄道の社員、難波営業局は元南海鉄道の社員をそのまま引き継いだような形となった[2]ため、いかにも無理矢理まとめたという印象が当初から強く、特に南海は歴史的にも社風が全く異なる会社を、強引に戦時体制の名でつないだようなものであり、戦後の労働運動の高まりとともに、難波営業局では分離運動が盛り上がった。なお大鉄は、昭和初期には既に大軌の傘下となっていて、大軌の路線との直通運転も行っていた。

そのため、会社発足3年目の1947年に難波・天王寺営業局管轄の旧・南海鉄道の路線を、旧・南海の系列会社であった高野山電気鉄道(現在の南海高野線高野下 - 極楽橋間と鋼索線極楽橋 - 高野山間を運営していた)が改称した南海電気鉄道へ譲渡し、関西急行鉄道時代の路線網に復することになった。

その後、奈良電気鉄道(奈良電)や信貴生駒電鉄、三重電気鉄道(三重電・もともとは三重交通の鉄道線を承継)などの合併により、1965年には現在の路線網がほぼ完成した。

太平洋戦争の終戦2年目に当たる1947年10月には、早くも上本町 - 近鉄名古屋間に有料特急の運転を開始している。これは日本における有料特急列車の戦後初の復活であり、現在の近鉄特急の元となった。

元伊勢電気鉄道・関西急行電鉄の路線により成立した名古屋線は軌間1,067mmの狭軌であり、近畿日本鉄道の主流となる元大阪電気軌道・参宮急行電鉄によって建設された大阪線・山田線などといった路線群は軌間1,435mmの標準軌であって線路幅が異なっていたため、名阪間の直通客は途中の伊勢中川駅で乗り換えを強いられていた。この問題については、第2次世界大戦後に名古屋線の改軌が計画され、橋梁架け替えに伴う線路移設などと併せて準備工事が徐々に進められていたが、1959年9月の伊勢湾台風による被災を機に、当時の社長であった佐伯勇の判断で改軌工事が復旧工事と同時進行で当初の計画を前倒しして実施されることになった。この復旧・改軌工事は、最も手間の掛かる枕木の交換作業などの準備が前もってかなりの規模で進められていて、かつ架け替え工事が実施された揖斐川長良川木曽川の各橋梁がいずれも台風で致命的な被害を受けずに済んだ、という幸運も手伝って、被災からわずか2か月後の同年11月27日に名古屋線および鈴鹿線の工事が完了し、さらに同年12月には新造の10100系ビスタカーによる名阪間直通特急の運転が開始された。

1970年に大阪の千里丘陵で日本万国博覧会(大阪万博)が開催されることになり、万博来場者を奈良伊勢志摩など沿線観光地へ誘致する計画を立て、孤立路線だった志摩線の改良と鳥羽線建設による直通化に取り組み、同年3月に完成させた。さらに同月には、難波線も完成し、1947年6月1日の南海分離以来となる悲願の難波乗り入れを自力で果たした。

特急列車網も整備され、1958年には2階建て車両を連結した「ビスタカー」、1988年には「アーバンライナー」などといった、特色・個性あふれる車両を登場させている(その他の車両の登場年は年表参照)。

2009年3月20日には大阪難波まで延伸開業した阪神なんば線との相互直通運転により、奈良方面から西宮神戸方面への乗り入れを開始した(当該路線の記事および他社線との直通運転も参照)。

[編集] 年表

本表では現在の近畿日本鉄道の母体会社である大阪電気軌道の創業より記述する。阪堺鉄道南海鉄道)・河陽鉄道(大阪鉄道)などの創業についてはそれぞれの記事を参照のこと。

また、特急列車の歴史は近鉄特急史を、各路線の歴史は各路線ごとの項目を参照のこと。公式サイトの近鉄ストーリーも参照のこと。

  • 1910年明治43年)9月16日 奈良軌道設立
  • 1910年(明治43年)10月15日 大阪電気軌道に社名変更
  • 1914年大正3年)4月30日 生駒トンネルの開削により上本町 - 奈良間開業
  • 1921年(大正10年)1月1日 天理軽便鉄道を買収
  • 1922年(大正11年)1月25日 生駒鋼索鉄道を合併、生駒鋼索線となる
  • 1923年(大正12年)3月21日 畝傍線(現在の橿原線)全通
  • 1926年(大正15年)6月11日 菖蒲池駅前にあやめ池遊園地を開園
  • 1926年(大正15年)9月16日 上本町ターミナルビル(初代)開業
  • 1927年昭和2年)7月1日 八木線(現在の大阪線布施 - 大和八木間)が全通
  • 1927年(昭和2年)9月28日 参宮急行電鉄を設立
  • 1928年(昭和3年)1月8日 大阪電気軌道が長谷鉄道を合併。長谷線となる
  • 1928年(昭和3年)11月15日 京阪電気鉄道と半分ずつ出資の合弁会社である奈良電気鉄道により、京都 - 西大寺(現在の京都線京都 - 大和西大寺間)が全通
  • 1929年(昭和4年)3月27日 大阪電気軌道が生駒山上遊園地を開園
  • 1929年(昭和4年)3月31日 大阪電気軌道が伊賀電気鉄道を合併、伊賀線となる
  • 1929年(昭和4年)5月25日 大阪電気軌道がバス営業開始(奈良春日奥山周遊線)
  • 1929年(昭和4年)8月1日 大阪電気軌道が吉野鉄道を合併、吉野線となる
  • 1930年(昭和5年)12月15日 大阪電気軌道の信貴線開業
  • 1930年(昭和5年)12月20日 参宮急行電鉄の桜井 - 山田(現在の伊勢市)間が全通し、上本町 - 山田間直通運転を開始
  • 1931年(昭和6年)3月17日 参宮急行電鉄の山田 - 宇治山田間が開業
  • 1932年(昭和7年)1月1日 上本町 - 宇治山田間に特急を運転開始
  • 1936年(昭和11年)1月24日 関西急行電鉄を設立
  • 1936年(昭和11年)9月15日 参宮急行電鉄が伊勢電気鉄道を合併、桑名 - 大神宮前間を伊勢線とする
  • 1938年(昭和13年)2月1日 大阪電気軌道の長谷線廃止
  • 1938年(昭和13年)6月20日 参宮急行電鉄が津線参急中川 - 江戸橋間を全通させ、伊勢線と接続
  • 1938年(昭和13年)6月26日 関西急行電鉄が桑名 - 関急名古屋(現在の近鉄名古屋)間を開業
  • 1940年(昭和15年)1月1日 参宮急行電鉄が関西急行電鉄を合併
  • 1940年(昭和15年)8月1日 参宮急行電鉄が養老鉄道を合併、養老線となる
  • 1941年(昭和16年)3月15日 大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併し、関西急行鉄道となる
  • 1942年(昭和17年)4月1日 電気供給事業を関西配電(現在の関西電力)に譲渡
  • 1942年(昭和17年)8月11日 元伊勢電気鉄道の路線の一部だった伊勢線の新松阪 - 大神宮前間が参宮線も含めた3路線競合区間ということもあり、不要不急線として廃止
  • 1943年(昭和18年)2月1日 大阪鉄道を合併。現在の南大阪線等の前身。この時、本社を上本町から旧大阪鉄道本社のあった阿部野橋に移転する
  • 1944年(昭和19年)4月1日 南和電気鉄道信貴山急行電鉄を合併
  • 1944年(昭和19年)6月1日 関西急行鉄道と南海鉄道が合併、近畿日本鉄道が発足。この時、4営業局体制(難波・天王寺・上本町・名古屋の各営業局)となる。難波営業局は旧南海鉄道本社に置かれる
  • 1947年(昭和22年)6月1日 旧・南海鉄道の路線(難波営業局管内全路線と天王寺営業局管内のうち阪堺線・上町線・平野線)を高野山電気鉄道改め南海電気鉄道へ譲渡
  • 1947年(昭和22年)10月8日 名阪特急運転開始
  • 1948年(昭和23年)3月31日 河内花園駅構内で追突事故
  • 1948年(昭和23年)7月18日 特急で車内販売開始
  • 1949年(昭和24年)12月1日 プロ野球球団近鉄パールス(後の大阪近鉄バファローズ、現在はオリックス球団と統合してオリックス・バファローズ)発足
  • 1950年(昭和25年)8月22日 タクシー事業を近鉄タクシーに分社
  • 1954年(昭和29年)10月1日 旅行業を近畿日本航空観光(現・近畿日本ツーリスト)に譲渡
  • 1956年(昭和31年)9月28日 名古屋線川原町 - 諏訪 - 四日市 - 海山道間が新線に切り換えられ、国鉄四日市駅を経由しなくなる。同駅北に存在した半径100mの急曲線(善光寺カーブ)も解消され、同線の速度向上と車両大型化に貢献した
  • 1956年(昭和31年)12月8日 大阪線上本町 - 布施間の複々線化が完成
  • 1958年(昭和33年)7月11日 伊勢特急に2階建て車両付きの特急「ビスタカー」が登場
  • 1959年(昭和34年)3月6日 毎日放送テレビで自社提供番組「真珠の小箱」の放送開始(2004年3月27日、2,314回で終了)
  • 1959年(昭和34年)9月26日 伊勢湾台風により被災。不通区間多数
  • 1959年(昭和34年)11月27日 名古屋線全線復旧と同時に同線標準軌化。なお同線の支線は当時の神戸線(現・鈴鹿線)を除き狭軌で復旧
  • 1959年(昭和34年)12月12日 名阪特急の直通運転を開始。伊勢中川駅での乗り換え解消。「ビスタカー2世」登場
  • 1960年(昭和35年)3月26日 電子計算機による特急座席予約業務開始
  • 1960年(昭和35年)9月15日 日本初の2階建てバス「ビスタコーチ」の営業を開始
  • 1960年(昭和35年)12月1日 大和文華館が開館
  • 1961年(昭和36年)1月22日 伊勢線の残りの区間である江戸橋 - 新松阪間廃止。津市街の一部区間はしばらく三重交通バス専用道路とされ、代行バス的な運行が行われる
  • 1961年(昭和36年)3月29日 中川短絡線が開通。同線経由で上本町 - 名古屋間にノンストップ特急(甲特急)運転開始(乙特急の短絡線使用開始は1963年9月21日より)
  • 1962年(昭和37年)4月4日 2階建て団体列車用車両「あおぞら」登場
  • 1963年(昭和38年)10月1日 奈良電気鉄道を合併。京都線となる
  • 1964年(昭和39年)4月28日 信貴生駒スカイラインが全通
  • 1964年(昭和39年)7月23日 新生駒トンネルが開通
  • 1964年(昭和39年)10月1日 信貴生駒電鉄を合併、生駒線・東信貴鋼索線・田原本線となる。伊賀線伊賀神戸 - 西名張間を廃止
  • 1965年(昭和40年)4月1日 三重電気鉄道を合併、志摩線・北勢線・湯の山線・内部線・八王子線となる。現在の路線網がほぼ完成する
  • 1965年(昭和40年)7月1日 茨木バスの事業を譲り受ける
  • 1967年(昭和42年)3月26日 葛城索道線(葛城山ロープウェイ)営業開始
  • 1967年(昭和42年)12月4日 奈良線で近鉄初のATS使用開始
  • 1968年(昭和43年)12月20日 丹波橋駅での京阪電気鉄道との相互直通運転廃止
  • 1969年(昭和44年)9月21日 京都線・奈良線・橿原線・天理線・生駒線・田原本線の架線電圧を600Vから1,500Vに昇圧
  • 1969年(昭和44年)11月23日 上本町ターミナルビル新館第一期が完成(現在のビルの南半分。北半分は1973年6月15日に完成)
  • 1969年(昭和44年)12月5日 上本町に現本社ビルが完成。これにより本社が阿倍野橋から再度現在の上本町に戻る
  • 1970年(昭和45年)3月1日 鳥羽線全通。志摩線改軌完成。賢島への特急直通運転開始。上本町駅地下ホーム使用開始。また「近畿日本」を冠していた駅名を「近鉄 - 」に改める(近畿日本名古屋駅から近鉄名古屋駅へなど)
  • 1970年(昭和45年)3月9日 特急座席予約システム更新。即時発券開始。世界初の(指定券)特急券自動発売機実用化
  • 1970年(昭和45年)3月15日 難波線が開業。奈良線列車が延長運転される
  • 1970年(昭和45年)3月21日 近鉄難波(現・大阪難波) - 賢島間直通の特急の運転を開始
  • 1971年(昭和46年)10月25日 大阪線榊原温泉口 - 東青山間で特急同士が正面衝突
  • 1972年(昭和47年)6月1日 百貨店事業を株式会社近鉄百貨店に分社
  • 1975年(昭和50年)11月22日 新青山トンネルが開通、大阪線の全線複線化が完成
  • 1978年(昭和53年)12月30日ビスタカー3世(現・ビスタEX)」営業運転開始
  • 1983年(昭和58年)9月1日 東信貴鋼索線廃止
  • 1984年(昭和59年)9月3日 VVVFインバータ制御車、1250系(現・1420系)落成
  • 1985年(昭和60年)10月3日 上本町ターミナル整備が完成、近鉄劇場と都ホテル大阪が開業。テレメイトの運用を開始
  • 1986年(昭和61年)3月1日 VVVFインバータ搭載量産車、3200系営業運転開始
  • 1986年(昭和61年)10月1日 東大阪線(現在のけいはんな線)が開業。プリペイドカードパールカード」「パールカード11」発売開始
  • 1988年(昭和63年)3月18日 名阪特急に「アーバンライナー(現・アーバンライナーplus)」が登場し、120km/h運転を開始
  • 1988年(昭和63年)8月28日 京都市営地下鉄烏丸線と相互直通運転開始
  • 1988年(昭和63年)11月11日 阿部野橋ターミナルビルの増築が完成、高速バス発着場(あべの橋バスステーション)も開設
  • 1989年平成元年)10月3日 団体列車用車両「旧あおぞらII」が登場
  • 1990年(平成2年)3月15日 吉野特急に「さくらライナー」が登場。前後して駅係員・乗務員の制服を灰色地のものに変更
  • 1990年(平成2年)11月23日 団体列車用車両「」が登場
  • 1992年(平成4年)3月19日 特急用電車「ACE」が登場
  • 1994年(平成6年)3月15日 伊勢特急に「伊勢志摩ライナー」が登場し130km/h運転を開始
  • 1996年(平成8年)1月30日 公式ウェブサイト「K's PLAZA」開設
  • 1996年(平成8年)2月 2610系改造車にてデュアルシート車(L/Cカー)の試験を開始
  • 1997年(平成9年) 世界初のデュアルシート車(L/Cカー)の量産車、5800系登場
  • 1999年(平成11年)10月1日 自動車局(バス部門)を近鉄バス・近鉄観光バスに分社(2006年9月1日に近鉄観光バスは近鉄バスに統合)
  • 2000年(平成12年)3月15日 京都線・橿原線・天理線・奈良線で新型通勤車両「シリーズ21」営業運転開始。以後大阪線・南大阪線に登場
  • 2001年(平成13年)2月1日 関西共通乗車カードシステム「スルッとKANSAI」に参加、青山町以西でストアードフェアシステム開始
  • 2001年(平成13年)10月14日 青山町以西で「Jスルーカード」が利用可能に
  • 2002年(平成14年)3月20日 特急での車内販売を休止
  • 2003年(平成15年)3月6日 名阪特急に「アーバンライナーnext」登場(ただし2002年12月23日より団体列車で暫定営業)
  • 2003年(平成15年)4月1日 北勢線を三岐鉄道へ譲渡
  • 2003年(平成15年)6月28日 上本町・天王寺の各営業局を統合して大阪輸送統括部に、名古屋営業局は名古屋輸送統括部に名称変更し、3営業局体制から2輸送統括部体制に変更。また、駅業務・営業部門を近鉄ステーションサービスに分社(駅係員の制服も一新)
  • 2004年(平成16年)6月6日 近鉄あやめ池遊園地が閉園
  • 2004年(平成16年)11月30日 大阪近鉄バファローズの経営権をオリックス野球クラブ株式会社に売却。球団合併によりオリックス・バファローズとなる。その後も当球団の20%の株式を出資
  • 2005年(平成17年)12月1日 団体列車用車両「新あおぞらII」が運転開始。公式ホームページを鉄道情報と企業情報に分離
  • 2006年(平成18年)3月1日 近鉄ステーションサービスを合併し、駅業務を再直営化
  • 2006年(平成18年)3月27日 けいはんな線生駒 - 学研奈良登美ヶ丘間開業。東大阪線をけいはんな線に改称(既存路線名の改称は1963年の神戸線(現・鈴鹿線)以来43年ぶり)
  • 2006年(平成18年)11月3日 伊勢志摩発着の特急に限り車内販売を再開(土曜・休日の伊勢志摩ライナーに限る)
  • 2007年(平成19年)4月1日 ICカード「PiTaPa」サービス開始。同時に近鉄線で「ICOCA」も利用可能に
  • 2007年(平成19年)10月1日 伊賀線および養老線をそれぞれ伊賀鉄道養老鉄道(いずれも近鉄の子会社で、第二種鉄道事業者)に運営を移管。線路や車両などは近鉄が第三種鉄道事業者として保有
  • 2008年(平成20年)3月17日 GPSを用いた日本国内2例目となる「運転士支援システム」をワンマン列車など一部の列車を除く全列車に導入
  • 2008年(平成20年)6月14日 車上速度パターン照査式ATS (ATS-SP) を難波線全線と大阪線・京都線・南大阪線・名古屋線の一部区間で使用開始
  • 2008年(平成20年)9月15日 Jスルーカード・パールカードの発売を終了
  • 2009年(平成21年)3月20日 阪神なんば線と相互直通運転開始。近鉄難波駅を大阪難波駅、上本町駅を大阪上本町駅、富洲原駅を川越富洲原駅に改称

[編集] 路線網

広域路線図(クリックで拡大)

大阪市京都市名古屋市といった政令指定都市を始め、近畿地方大阪府東南部・奈良県京都府東海中部地方愛知県西部・三重県の各都市・観光地を結ぶ路線網を持つ。

総営業キロ程は、JRを除く日本の鉄道事業者中最長の508.2km(第三種鉄道事業として近鉄が施設を保有する伊賀線・養老線を含めると582.3km)におよび、続く2位463.3kmの路線網を擁する東武鉄道、3位444.2kmの名古屋鉄道(名鉄)とともに日本の大手私鉄御三家に数えられる(各キロ程は2008年12月28日現在)。

近畿日本鉄道の保有路線は、線路の幅では標準軌(1,435mm軌間)、狭軌(1,067mm軌間)、特殊狭軌(762mm軌間)の3つに分けられる。

近畿日本鉄道の直系母体である大軌は、路面電車と同じ軌道線扱いで開業したため、同様の形で先行して開業していた箕面有馬電気軌道阪神電気鉄道京阪電気鉄道京浜急行電鉄などと同じ標準軌を採用したが、同社が他社を買収して組み込んだ路線の多くは、内閣鉄道院 - 鉄道省 - 日本国有鉄道(国鉄)線と貨車直通運転を行っていた関係で、国鉄と同じ狭軌を採用した(名古屋線系統各線や田原本線のように、標準軌化した路線もある)。そして、762mm軌間の特殊狭軌線は軽便鉄道の流れを受け継いだものであるが、下津井電鉄線が廃止された1991年以降、日本では三重県の下記近鉄線と、近畿日本鉄道が三岐鉄道に譲渡した北勢線、それに専用鉄道を一般営業路線にした黒部峡谷鉄道本線程度しか存在していない。

電化方式は基本的に1500Vの直流電化架空電車線方式)となっているが、特殊狭軌各線は三重交通時代の流れを受け継いで750Vの架空電車線方式、けいはんな線は大阪市営地下鉄中央線と相互直通運転を行う関係で750Vの第三軌条方式となっている(ただし、けいはんな線に関しては大阪市営地下鉄の大阪市外区間への延伸を北大阪急行電鉄の例にならい、近鉄が担ったとみるべきものである)。

なお、田原本線や生駒鋼索線といった他の近鉄線とは徒歩連絡となる路線はあるが、東武の東上線・名鉄の瀬戸線西武多摩川線などのような同じ事業者の他の路線群と互いに乗り継ぐには、徒歩連絡ではなくバスや他社の鉄道などを利用するのが一般的なほど離れた孤立路線はない。ただし、過去には鳥羽線開業以前の志摩線が他の近鉄の路線群と離れた孤立路線となっていた。

また、関西・中部エリアでは唯一、JR2社(JR西日本JR東海)の在来線管内を直接結んでいる。

[編集] 現有路線

[編集] 標準軌 (1,435mm)

大阪・名古屋線系
奈良・京都線系


[編集] 狭軌 (1,067mm)

南大阪線系

[編集] 特殊狭軌 (762mm)

[編集] ケーブルカー

[編集] ロープウェイ

(ただし、近畿日本鉄道では「鉄軌道事業」ではなく、「付帯事業」のうちの「その他の事業」に分類している)

[編集] 廃線・譲渡・運営移管路線

近畿日本鉄道における廃止路線は、すべて他社を合併したことにより生まれた路線で、その廃止理由も既存路線と並行していることなどから、乗客・貨物が減少していたことによるものが大半である。なお、近畿日本鉄道の直系前身である大阪電気軌道(大軌)および関西急行鉄道(関急)時代に廃線になったものも含める。

[編集] 南海電気鉄道への譲渡路線

※いずれも、旧・関急サイドと旧・南海サイドの路線を分離するため、高野山電気鉄道改めた南海電気鉄道へ1947年6月1日に譲渡された。詳しくは南海電気鉄道#路線を参照。

[編集] 路線切替区間

単なる高架化などは除く。

[編集] 未成線

[編集] 他社線との直通運転

各線に乗り入れている車両については「近鉄に乗り入れる他社線車両」を参照。

[編集] 現在実施しているもの

[編集] 将来実施予定のもの

[編集] 過去の事例

  • 名古屋鉄道 : 名鉄各線と近鉄名古屋線系統各線
    • 近鉄名古屋駅と名鉄名古屋駅はともに地下駅だが、壁1枚および連絡改札で隣接している。1950年代まで連絡線があり、線路がつながっていた。名古屋線が狭軌だったこともあり、団体専用列車に関してのみ相互直通運転を実施し、近鉄側からは蒲郡豊川名鉄小坂井支線国鉄飯田線経由)・犬山など、名鉄側からは養老伊勢中川軌間の問題で、ここで乗り換えを要した)などへの観光列車が運行された。しかし、列車本数の増加、名鉄新名古屋駅改修工事など様々な不都合があり、直通列車は1950年8月 - 1952年9月の間のみ運転と、約2年間で打ち切られた。
  • 京阪電気鉄道 : 京阪本線宇治線と近鉄京都線
    • 京都線は戦前、京阪と近鉄の前身である大軌が共同出資した奈良電気鉄道の運営であった。戦前は大軌との間でしか直通運転が実施されていなかったが、戦時中に京都における空襲対策の一環として、お互いのターミナル駅を相互に使えるようにすることが掲げられたため、奈良電線堀内駅(後に近鉄丹波橋駅として復活)と京阪線丹波橋駅を後者に統合する工事が実施され、終戦直後の1945年12月に完成し、当時京阪を統合していた京阪神急行(後に京阪が再分離)・奈良電・近鉄3社間での直通運転が開始された。1963年に奈良電が近鉄へ統合された後もしばらく直通運転は継続されたが、1968年12月に廃止された。その理由は、丹波橋駅での線路容量不足と、近鉄京都線を京阪本線に先駆けて600Vから1,500Vに昇圧し、大型車投入も実施する予定があったためである。奈良電気鉄道#京阪電気鉄道との直通運転も参照のこと。
  • 大阪港トランスポートシステム : テクノポート線と近鉄東大阪線(当時)
    • 1997年12月18日大阪港 - コスモスクエア間が開業し、近鉄も大阪市営地下鉄中央線と共に乗り入れを開始したが、大阪港トランスポートシステムの鉄道事業運営方法の見直し(第一種から第三種鉄道事業者へ変更され、第二種鉄道事業者は大阪市交通局となり、一般営業上は交通局の路線に組み込まれた)により、2005年7月1日から営業上の乗り入れ相手ではなくなった。


[編集] 列車種別

列車種別と停車駅(クリックで拡大)

近鉄の路線には各駅に停車する普通のほかに、速達を目的とした列車種別が設定されている。

[編集] 特急

詳細は「近鉄特急」、「近鉄特急史」をそれぞれ参照

特急は近鉄の列車種別のうちで最上位の優等列車である。近鉄の看板列車であり、特に近鉄特急と呼称される。特急は全車座席指定席であり、利用するには運賃とは別に特急料金が必要である。近鉄の特急料金には指定席の料金が含まれる。特急料金は特別急行券の購入によって支払う。

近鉄の特急は走行路線・停車駅区別のための列車愛称を持たない。よって例えば、名古屋 - 大阪間を途中ノンストップで運行する特急は「名阪ノンストップ特急」と系統の通称で呼ばれる。

対して、特急に使用される車両は「アーバンライナー」「ビスタカー」「伊勢志摩ライナー」「さくらライナー」などの愛称を持つ。

[編集] 特急以外の優等列車

詳しくは、各種別および各路線の記事を参照のこと。

近鉄は、特急料金の必要な列車のほかに、運賃のみで利用可能な優等列車を以下の幹線に設定している。

設定される列車種別は次の通りである。

  • 快速急行 (Rapid Express)
    • 難波線・奈良線、大阪線・山田線・鳥羽線、南大阪線・吉野線(臨時列車)
  • 区間快速急行 (Suburban Rapid Express)
    • 大阪線・山田線、鳥羽線(臨時列車)
  • 急行 (Express)
    • すべての幹線
  • 区間急行 (Suburban Express)
    • 南大阪線
  • 準急 (Semi-Express)
    • 難波線・奈良線、京都線、大阪線、名古屋線、南大阪線・吉野線
  • 区間準急 (Suburban Semi-Express)
    • 難波線・奈良線
  • 普通 (Local)
    • 全線区

なお、上記列車種別のほかに鮮魚列車が大阪上本町 - 宇治山田間に設定されているが、この列車は魚介類行商人のための団体専用列車であり、一般客の利用はできない。

[編集] 列車種別の表示

列車種別は先頭車両前面の通過標識灯種別表示器(方向幕)で識別できる。かつては行先票や車側の種別表示灯(けいはんな線除く)が使用されていたが、1990年代までに種別表示器に置き換えられた。

通過標識灯の点灯パターンは以下の通りである。

  • 正面から見て両側が点灯 - 区間快速急行・快速急行以上の優等列車(団体・回送・試運転列車も含む)
  • 正面から見て右側が点灯 - 急行・区間急行・鮮魚列車
  • 正面から見て左側が点灯 - 準急・区間準急・配給列車[1]
  • 無点灯 - 普通
  • 正面から見て両側が赤点灯 - 回送(車庫入れ時)

準急の点灯パターンは京阪電気鉄道と、急行の点灯パターンは阪急電鉄と同じである。

通過標識灯と種別表示器の例として、快速急行、区間快速急行、急行、区間準急、普通の写真を示す。


[編集] 車両

近鉄を代表する車両(5800系

近鉄の車両形式は、保有路線の多さや規格の相違などの理由により、多種多様に及ぶ。詳しくは近畿日本鉄道の車両形式を参照のこと。

[編集] 車両基地

検車区・車庫

検修車庫・検修センター

[編集] 乗務員区所

列車区

  • 東花園列車区(奈良線)
  • 東生駒列車区(けいはんな線)
  • 西大寺列車区(奈良線、橿原線、京都線、生駒線、田原本線、天理線)
  • 新田辺列車区(奈良線〔西大寺 - 奈良のみ〕、橿原線、京都線、天理線)
  • 高安列車区(大阪線〔名張以西・特急は伊勢中川以西〕、名古屋線〔乙特急で津以南と名阪甲特急車掌業務のみ〕、信貴線)
  • 名張列車区(大阪線、山田線、名古屋線〔乙特急で津以南のみ〕)
  • 明星列車区(大阪線〔名張以東・特急は八木以東〕、名古屋線〔白塚以南〕、山田線、鳥羽線、志摩線)
  • 富吉列車区(名古屋線、山田線、鳥羽線、大阪線〔名阪甲特急車掌業務のみ〕)
  • 塩浜列車区(名古屋線、山田線、鳥羽線、湯の山線、鈴鹿線)
  • 白塚列車区(名古屋線、山田線、鳥羽線、大阪線〔乙特急で名張以東のみ〕)
  • 古市列車区(南大阪線、吉野線、道明寺線、長野線、御所線)
  • 六田列車区(南大阪線、吉野線、長野線、御所線)

奈良線担当乗務員(新田辺列車区を除く)は阪神なんば線の大阪難波駅 - 桜川駅間も担当する。

[編集] 駅管区

近鉄では駅業務を近鉄ステーションサービスに委託していた時代、業務円滑化・採算性向上のため全線を8管区に分割し管区支配人制を導入した。その後、同社が近鉄に合併されてからも管区支配人制度は続けられており、現在では各輸送統括部担当課と駅長との間に位置するポストとされている。また、管区支配人は駅長と兼務しているため、管区支配人を兼務している駅長駅には副駅長が配置されている。近鉄では駅長室の入口には、駅長、副駅長、首席助役と当務の助役の職名と氏名の書かれた表札がそれぞれ掲げられている。 管轄は以下の通り。

  • 大阪北管区(支配人は大阪上本町駅長が兼務)
    • 大阪難波-石切間
    • 布施-大阪教育大前間
    • 河内山本-高安山間
  • 大阪南管区(支配人は大阪阿部野橋駅長が兼務)
    • 大阪阿部野橋-浮孔間
    • 柏原-道明寺間
    • 古市-河内長野間
    • 尺土-近鉄御所間
  • 京都管区(支配人は京都駅長が兼務)
    • 京都-山田川間
  • 奈良北管区(支配人は大和西大寺駅長が兼務)
    • 生駒-近鉄奈良間
    • 高の原-笠縫間
    • 生駒-王寺間
    • 西田原本-新王寺間
    • 長田-学研奈良登美ヶ丘間
  • 奈良南管区(支配人は橿原神宮前駅長が兼務)
    • 関屋-西青山間
    • 新ノ口-橿原神宮前間
    • 坊城-吉野間
      • 分離独立前の伊賀線(現・伊賀鉄道)も管内であった。
  • 名古屋管区(支配人は近鉄名古屋駅長が兼務)
    • 近鉄名古屋-阿倉川間
  • 三重北管区(支配人は近鉄四日市駅長が兼務)
    • 川原町-桃園間
    • 近鉄四日市-湯の山温泉間
    • 近鉄四日市-内部間
    • 日永-西日野間
    • 伊勢若松-平田町間
  • 三重南管区(支配人は宇治山田駅長が兼務)
    • 伊勢中川-賢島間
    • 東青山-伊勢中川間

[編集] 運賃

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2007年10月1日現在。

基本普通運賃
キロ程 運賃(円) キロ程 運賃(円) キロ程 運賃(円)
初乗り3km 150 56 - 60 860 141 - 150 1,860
4 - 6 200 61 - 65 920 151 - 160 1,960
7 - 10 250 66 - 70 980 161 - 170 2,070
11 - 14 290 71 - 75 1,040 171 - 180 2,190
15 - 18 340 76 - 80 1,110 181 - 190 2,300
19 - 22 390 81 - 85 1,170 191 - 200 2,410
23 - 26 430 86 - 90 1,230 201 - 210 2,520
27 - 30 480 91 - 95 1,290 211 - 220 2,640
31 - 35 540 96 - 100 1,350 221 - 230 2,750
36 - 40 610 101 - 110 1,410 231 - 240 2,860
41 - 45 670 111 - 120 1,520 241 - 250 2,970
46 - 50 730 121 - 130 1,640
51 - 55 800 131 - 140 1,750

吉野線、志摩線、湯の山線、内部線、八王子線の各線内またはこれらの路線と他の路線に跨る区間の場合は、これらの路線の乗車キロ数の合計に応じて下表の金額を加算する。

普通運賃加算額
乗車キロ程 加算額(円)
1 - 10 20
11 - 30 30
31 - 60 40
61 - 50

伊勢市 - 宇治山田間を通って鳥羽線に跨る区間の場合は、鳥羽線内の乗車キロ数に応じて下表の金額を加算する(鳥羽線内だけまたは鳥羽線の駅 - 志摩線の駅間だけを乗車する場合は下表の金額を加算しない)。

鳥羽線加算額
乗車キロ程 加算額(円)
1 - 6 10
7 - 12 20
13 - 30

けいはんな線内または同線と他の路線を跨る区間の場合は、けいはんな線内の乗車キロに応じて下表の金額を加算する。

けいはんな線加算額
乗車キロ程 加算額(円)
1 - 3 40
4 - 6 60
7 - 10 70
11 - 14 90
15 - 18 110
19 130

鋼索線普通運賃

  • 生駒鋼索線
    • 宝山寺線(鳥居前 - 宝山寺)または山上線(宝山寺 - 生駒山上)のみ 280円
    • 宝山寺線・山上線を跨る場合 350円
  • 西信貴鋼索線 540円

[編集] 運賃計算の特例

運賃は、乗車経路通りキロ程を計算し算出するのが原則であるが、近鉄には以下のような特例が存在する。

  • 定期券・回数券・普通乗車券に適用
    • 田原本西田原本間、王寺新王寺間を徒歩連絡で乗車する場合は、キロ程を通算して運賃を算出する。
      • 例:大和八木-箸尾間を「大和八木-田原本(徒歩連絡)西田原本-箸尾」と乗車する場合
  • 定期券のみ適用
    • 安堂柏原南口間、堅下柏原間を徒歩連絡で乗車する場合は、キロ程を通算して運賃を算出する。
      • 例:五位堂-道明寺間を「五位堂-安堂(徒歩連絡)柏原南口-道明寺」と乗車する場合
    • 鶴橋大阪阿部野橋天王寺)間をJR(大阪環状線)をはさみ前後で近鉄線を利用する場合、近鉄線のキロ程を通算することができる。定期運賃は、先のキロ程を通算して算出した近鉄運賃にJR運賃を合算した額となる。
      • 例:河内小阪-河内天美間を「河内小阪-鶴橋(JR:大阪環状線)天王寺(徒歩連絡)大阪阿部野橋-河内天美」と乗車する場合
    • 奈良線河内永和以東と大阪線俊徳道以東の各駅を布施を通過する列車を利用し、鶴橋または大阪上本町で折り返す場合、発駅-鶴橋もしくは大阪上本町-着駅のキロ程を通算することができる。
      • 例:奈良線生駒駅-大阪線弥刀駅間を「生駒-(快速急行)-鶴橋-(普通)-弥刀」と乗車する場合、本来であれば生駒-鶴橋(布施)と布施(鶴橋)-弥刀という2枚の定期券が必要であるが、上記特例により生駒-鶴橋・鶴橋-弥刀間のキロ程を通算して算出した運賃で定期券を購入できる。この場合、定期券の発着駅名は「生駒-弥刀」で経由地に「鶴橋」と記載される。また、布施-鶴橋間での途中下車も可能
  • 回数券・普通乗車券のみ適用
    • 布施 - (奈良線) - 大和西大寺 - (橿原線) - 大和八木 - (大阪線) - 布施間の環状経路の一部を通る場合は、遠回りの経路でも乗車でき、指定がなければ最短経路で運賃が計算される。
      • 例:桜井-石切間を乗車する場合、大和西大寺を経由しても布施を経由しても最短経路の大和西大寺経由で計算した運賃で乗車できる。ただし、田原本線・生駒線を経由する「桜井-大和八木-田原本(徒歩)西田原本-新王寺(徒歩)王寺-生駒-石切」という経路の乗車は選択できない。
  • 回数券・普通乗車券・団体乗車券のみに適用
    • 奈良線河内永和以東と大阪線俊徳道以東の各駅を布施を通過する列車を利用する場合、鶴橋で折り返すことができる。
      • 例:奈良線生駒駅-大阪線弥刀駅間を「生駒-(快速急行)-鶴橋-(普通)-弥刀」と乗車する場合、上記特例により生駒-布施-弥刀の運賃で乗車できる。

[編集] 途中下車制度

現在の近鉄には定期券と生駒鋼索線(宝山寺駅でのみ可能)のみ途中下車制度が存在するが、2001年2月までは鉄道線でも途中下車指定駅(上本町・布施・生駒・大和西大寺・田原本・大和八木・橿原神宮前・伊勢中川・近鉄四日市・桑名)や長距離乗車券(制度廃止時点では片道運賃が1400円を超える区間の乗車券)で途中下車が可能であった。上本町・布施・生駒・大和西大寺・大和八木・近鉄四日市の各駅は近鉄百貨店利用者などに好評だったが、スルッとKANSAI導入に伴い廃止された。なお当時の長距離乗車券は有効期間が片道2日であったが、途中下車制度廃止時に1日に統一されている。

[編集] 阪神線方面との連絡乗車券

阪神電気鉄道との連絡乗車券は、奈良線系統の駅を中心に発売を開始したが、最も遠くは元町駅までしか発売できない。よって、元町駅で下車しないで神戸高速鉄道山陽電気鉄道神戸電鉄方面へ行こうとする場合は、大阪難波駅または元町駅までの乗車券を購入してから、不足分を降車駅で精算する必要がある。

[編集] 乗車カード・主な企画乗車券

以下の各項目を参照。

このほかに天理教信者の参拝向けに販売する普通割引切符があるが、天理教教会および天理教本部限定販売である。

[編集] 販売を終了した乗車カード

以下の各項目を参照。

[編集] 駅設備

[編集] 自動改札機

自動改札機の導入開始はきわめて早く、現在主流の磁気乗車券方式のものは1969年に試験導入が始まっており、これが本格実用化のきっかけとなった。その後1971年4月より、大阪阿部野橋駅など19の駅でサイバネ規格対応の自動改札機の本格導入が開始された[4]。また、それ以前にも光学読み取り式自動改札の試験が大阪阿部野橋駅で行われている[5]

しかしながら、近鉄には奈良や三重を中心にローカル駅や無人駅が多いという実情から、40年経った2009年現在でも全線全駅での自動改札の導入は行われていない。またスルッとKANSAIの導入も遅れ、結局は青山町以西の一部支線を除いたエリアでの導入となっている。さらに、東海エリアの駅に関してはつい最近まで主要駅を除いて自動改札が存在していなかったが、2007年4月のICカードPiTaPa」導入を機にこれらの駅の大半でも自動改札の導入が実施され、これらの駅では2枚対応改札(赤い改札)が導入された。またICカードに限れば、すべての特急停車駅と、志摩線中之郷駅以北の一部支線を除く全駅で利用が可能となった。

改札機のメーカーは、大阪線系・南大阪線系がオムロン、奈良線・京都橿原線系が東芝、名古屋線系が日本信号製と分けられている。

2007年11月28日に近畿日本鉄道は、鉄道向け自動改札システムの開発・実用化に関して、電気・電子・情報・通信分野における世界最大の学会であるIEEE(アメリカ電気電子学会)より、「IEEEマイルストーン」に認定され、同システムを共同で研究・開発してきた、大阪大学オムロン阪急電鉄と共に受賞したと発表した[4]。前述した自動改札機の試験導入が行われた大阪阿部野橋駅には、受賞記念の銘板が設置されている。

[編集] ICカードの対応

ICカードを用いた乗降(改札通過処理)については前述の通りだが、精算やチャージについてはすべての駅では対応しておらず、都市近郊の駅でも一部の駅でこれらの処理ができず、閑散区間に至っては主に主要駅でしか扱っていない。そのため、十分な残額が無いままで無人駅などへ乗車した場合、その駅での降車ができないケースがある。

精算機についてはPiTaPa導入開始以降、都心部や近郊区間の駅を中心にICカード対応のタイプへの置き換えが進んでおり、この機械ではICカードの精算やチャージが可能となっている。チャージに関してはこのほかにも、改札内のICカードチャージ機、改札外のICカード対応切符券売機で対応している。なお志摩線中之郷駅以南の利用可能駅では入出場から精算・チャージまですべて窓口対応のみとなっている(ただし、鵜方駅賢島駅には後に簡易改札機が設置されたため、入出場時に窓口対応となる駅は中之郷駅と志摩磯部駅の2駅である)。

[編集] 列車発着案内機器

反転式表示機(高田市駅)。
液晶ディスプレイ式の案内表示機(鶴橋駅)

ホームに設置されているタイプに関しては2008年秋現在もソラリー(パタパタ)式が主流である。しかし一部の主要駅ではLCD(液晶ディスプレイ)やLEDタイプのものに交換され、さらに奈良線系統においては2009年3月の阪神なんば線開通に伴い、主に表示する情報量が格段に増えることなどからLCDタイプのものへの交換が一部の駅を除いて行われた。このLCDタイプは奈良線以外では大阪阿部野橋駅桃山御陵前駅などにも設置されている。なお都心部やその近郊区間での下位種別しか停車しない駅などではほとんどが列車の通過到着を知らせるだけのLED一段タイプのものであるほか、閑散区間の駅や支線の駅に至っては全く設置されていない場合がほとんどである。このほか、生駒ケーブルでは昔ながらの行灯式が現在でも使用されている。

また、近鉄特有のものとして、主にターミナル駅のホーム階段付近やコンコース、改札などに設置されている各方面別の発車案内を表示するブラウン管式や液晶式の表示装置が存在する。早い所では1970年代から設置されていたもので、長らくブラウン管タイプが使用されていたが、最近になって大半が液晶式に交換されている。また、この液晶式表示装置はダイヤの乱れなどが発生した時に、運行情報を表示する機能も導入される予定である。このほか、一部の主要駅では列車運行情報専用(平常運転時は旅客案内用)の液晶ディスプレイが設置されている[6]

列車発着案内機器をはじめ、方向幕駅名標などにおける、固有名詞のローマ字表記については、近年大手私鉄各社で小文字を利用した表記方法(例:「Ōsaka」「Kyōto」「Nagoya」など)が広がる中、南海電気鉄道と同様に、現在でもすべて大文字表記(例:「ŌSAKA-NAMBA」「KINTETSU-NARA」など)の、鉄道掲示規程に準じた表記方法となっている。なお、2000年代以降に設置された案内サインの多くには、日本語英語のほかに簡体字およびハングルでの案内が印字されており、また2009年以降に設置された案内板・駅名標には、それまで数年間用いられた新ゴに代わり、ユニバーサルデザイン対応フォントが採用されている。

[編集] バリアフリー対応

バリアフリー対応のため、特急停車駅など主要駅、都心部や近郊区間の駅ではエレベーターエスカレータスロープ、障害者対応トイレなどの設置が逐次進められている。しかし、前述の通り所有駅数が多いという実情から、閑散駅ではなかなか対応が進まないのが現状である。

[編集] トイレの設置

大半の駅で設置されている。水洗式や障害者対応トイレの整備が進められている一方で、利用者が比較的多いにも関わらず汲み取り式のままの駅も多数残存する。また、三重県を中心に閑散区間の駅で駅員配置駅だったものが無人駅化される際に、清掃・維持費用の観点からトイレそのものを撤去したケースも複数存在する。しかし、これらに該当する駅が多かった北勢線・養老線・伊賀線が経営分離されたことで、近鉄としての水洗化率・トイレ設置率は大幅に向上している。

トイレットペーパーの設置に関しては関西エリアと東海エリアで対応が異なっており、関西エリアでは紙の備え付けはせず、別途入口付近の自販機で購入する方式を採っているが、東海エリアではローカル駅においてもロール式が備え付けられている。ただし、2008年冬ごろからは関西エリアでもトイレットペーパーの設置が進んでいる。

[編集] 特急券・定期券の販売

特急停車駅においては特急券は有人窓口、自動券売機など、何らかの形で常時発売されている。これらの駅では定期券も発売されている場合が多いが、観光地の駅や山間部の駅などでは必ずしもその限りではない。また、本線格の路線においては優等種別の停車駅や特に利用客の多い駅、学生利用の多い駅などに有人の定期券・特急券発売窓口を設置している。また、定期券についてはローカル駅などで事前予約による販売のみを行う駅も存在する。

最近では「定期券・特急券自動発売機」の設置が進められている。この機械の導入により、これまでの有人窓口と比べて販売時間が大幅に拡大した(基本的に早朝から深夜まで購入可能)ものの、新規の通学定期券やバス連絡定期券、各種割引きっぷが買えなくなるデメリットも発生している。特急停車駅ではない駅の中にはこの機械の設置に替えて有人窓口の営業時間を大幅縮小、または廃止、臨時営業とする駅も出てきている(機械の代替設置を行わず、特急券・定期券類が完全に買えなくなった駅も存在する)。また、2008年10月には自動発売機の整備と有人窓口の廃止縮小を軸とした販売窓口の一斉整理が全線で行われている。

[編集] 構内店舗・売店

大半の特急停車駅やある程度の乗降客がある駅にはコンコース・ホーム上などに駅売店「Pocket Plat」を、ターミナル駅などにはコンビニタイプの売店「K Plat」が営業している。かつては「365」というブランドで展開しており、現在でも一部の駅の自動販売機コーナーなどにその名残りがある。また、最近ではターミナル駅でのエキナカ事業の拡充に取り組んでおり、大和西大寺駅京都駅大阪難波駅などでは様々な業種の店舗が立ち並ぶようになっている。しかし、その一方では乗降客の減少した駅での店舗廃止も進めている。

[編集] テレビモニター

奈良県内では近鉄グループのケーブルテレビ局、「近鉄ケーブルネットワーク (KCN)」がケーブルテレビ・インターネット事業を行っており、それの宣伝を兼ねる目的で、奈良県内の主要駅やスタジオにもっとも近い東生駒駅には多数のテレビを壁状に配置し、様々なチャンネルを同時に視聴できるようにしたテレビモニターが設置されている。基本的に音は出ないが、大和西大寺駅などに設置されているものは中央に大型のハイビジョンテレビが据えられ(主にNHK奈良総合が放映されている)、これのみスピーカーから音声が発信されている。特徴的な設置物であるがゆえに待ち合わせに利用されるケースも見受けられる。

[編集] その他

[編集] 奈良県・三重県における近鉄

近鉄が多く路線を保有する奈良県および三重県においては、近鉄はJRよりはるかに運転速度・規格・本数などで勝っている面が多い。また、同県のある地区にJRと近鉄の2社の代表駅がそれぞれ別の場所に設けられている場合、JRの駅前は閑散しているのに対して、近鉄の駅前は賑やかというのが一般的である(四日市駅近鉄四日市駅奈良駅近鉄奈良駅など)。旧国鉄の時代から国有鉄道の意義が低く、近鉄の意義が高かったからである。

これは、同地区の国鉄線を建設したのが元々関西鉄道参宮鉄道などといった私鉄であり、鉄道国有法に基いてそれを国有化した後は一地方路線扱いとしてほとんど投資がなされなかったため、国鉄時代には近鉄と並行する関西本線奈良線などは都市近郊路線にもかかわらず、非電化単線の時代が長く続いているといった状況となったからである。これに対して、近鉄の元となる大阪電気軌道・参宮急行電鉄は、始めから高規格の高速運転を行う路線として主要路線を建設し、さらに買収路線(伊勢電気鉄道を買収した名古屋線奈良電気鉄道を買収した京都線など)を含めて何度も複線化・線形改良などを行い、速達列車を多く設定したため、輸送において国鉄よりはるかに優位に立つことができた。

現在では、JR西日本が「アーバンネットワーク」の一部(大和路線・奈良線・おおさか東線和歌山線桜井線)で近鉄との対抗として速達列車を設定したり、名古屋 - 鳥羽間にJR東海快速みえ」を走らせたりするなど、国鉄時代に比べて大きく改善されているが、それでも近鉄が有利である区間が多い。

そのため、奈良・三重両県において近鉄グループ鉄道バスなどの交通事業において強い影響力を持ち、現在の両県は近鉄なしでは語れない状況にあるといえる。一例として、古くから皇室関係の奈良・三重方面への移動には京都や近鉄名古屋から近鉄を利用することが多く、このことからお召し列車の運行実績も他私鉄に比べて多い。また、毎年1月4日内閣総理大臣伊勢神宮参拝に関しても慣例的に近鉄特急が利用される。

近年ではJR東海が展開する、「うましうるわし奈良」キャンペーンにも協力しており、近鉄の駅構内や車内において、同キャンペーンの広告を、2社共同で出稿しているものもある。

また両県においては交通事業の他に、近鉄百貨店に代表される流通事業や、近鉄不動産に代表される不動産・開発事業など、近鉄グループの影響を大きく受けているとも言える。他に南都銀行奈良テレビ放送柿の葉寿司本舗たなか、三重テレビ放送など、グループ企業ではないものの、近鉄との関わりの強い企業も非常に多い。

[編集] 国鉄・JRとの関係

近鉄は大軌子会社の参急発足のころから、それまで関西私鉄の多くがもっていた対抗意識から国鉄の駅との連絡に消極的であったのに対し、積極的な連絡を図ろうとした。その名残で特に三重県には、津駅松阪駅伊勢市駅などといったように、JRと近鉄が同じ構内を共同で管理する駅が多く存在する。さらに名古屋線などの前身である伊勢電気鉄道、南大阪線などの前身である大阪鉄道、吉野線の前身である吉野鉄道などといった会社も、元は「国鉄と貨物の連携輸送を行うこと」を目的に設立されたことから、それらの会社が建設した路線にも桑名駅柏原駅吉野口駅など、JRの駅への乗り入れている駅がいくつか存在している。他にも鶴橋駅近鉄名古屋駅のように、JR線との乗り換え改札口を設けている駅もある。一方で近年は桜井駅京都駅のようにJRと改札が分離された事例もある。他に近鉄四日市駅のように、かつては国鉄四日市駅に近接していたものが、名古屋線の付け替えにより独自の駅に分離したケースもある。また前述した通り、スルッとKANSAIの導入には最初は消極的であったり、JR西日本の「Jスルーカード」が近鉄線でも利用可能だった、という関係もある。

[編集] 名古屋鉄道との関係

他社線との直通運転の過去の事例で前述したように、名古屋鉄道(名鉄)との間では、かつて名古屋線が狭軌であった時代に、名古屋駅の地下連絡線を通り、名鉄 - 近鉄間両社直通の臨時観光列車の相互乗り入れをしていたこともあった。その後、名古屋線が改軌されたことなどの理由により、相互乗り入れは中止したが、現在も近鉄名古屋駅の地下コンコース内には、名鉄名古屋駅への連絡改札口が設けられている。

しかしその一方、名鉄との間では、一時期激しく対立したこともあった。戦前では伊勢電を巡る争いが最も大きなものであったが、戦後では石川県における北陸鉄道支援を名鉄が行った際に、近鉄では北陸鉄道に対抗するバス路線の敷設を目論んで北陸日本交通という会社を設立しようとしたり(これは後に、同社を合併して近鉄の子会社化した北日本観光自動車のバス路線網拡大へ方針転換するが、国の方針で却下された)、近鉄が大垣から岐阜・羽島への新線敷設を計画した(養老鉄道養老線を参照)のに対抗して、名鉄が岐阜から養老・羽島に至るモノレール建設を発表(後に羽島線の建設へ変更)したという事例がある。伊勢湾にフェリー航路を新設するに当たっては、営業免許を巡って両社共激しく競合したが(当時の新聞紙上では「伊勢湾海戦」と揶揄された)、これも国の仲裁により、伊勢湾フェリーが両社折半で設立されることになった。

これらの対立が解消して、協力関係に入ったのは1980年代のことだった。現在は近鉄の駅構内や車内広告、および「近鉄時刻表」などにおいて、主に博物館明治村リトルワールドや、中部国際空港行き特急「ミュースカイ」など名鉄グループの広告が、また名鉄の駅構内や車内広告、および「名鉄時刻表」などにおいては、主に志摩スペイン村など伊勢志摩地区の観光広告や、近鉄名阪特急「アーバンライナー」など、近鉄グループの広告が掲載されるようになった。

また1997年から2006年までの間、南海電気鉄道と共に3社の鉄道路線・およびグループ各社の交通機関も利用可能であった、乗り放題切符「3・3・SUNフリーきっぷ」も発売されていた。

[編集] ストライキ

小田急電鉄京浜急行電鉄西武鉄道などと同様に、原則労働組合は列車運行のストライキを行わない方針を採っている(集改札ストライキはあり)。1980年代後半当時のテレビニュースやストライキ情報では、ストライキを予定していた近鉄が集改札ストに変更すると「戦術ダウン」と報道されることもあった。ただし、名阪ノンストップ特急の利用者が低迷した時代は、それに関してのみ例外として運休とされていたことがあった。

[編集] 略称・ロゴについて

  • 近畿日本鉄道が発足した直後は「近鉄」と呼ばず「近畿日本」や「近日」と称し、社名を冠した駅名も1944年6月の発足後1970年2月までは「近鉄○○」でなく「近畿日本○○」となっていた(1970年3月以降に開設された近鉄難波駅(現・大阪難波駅)、近鉄日本橋駅近鉄宮津駅を除く。近鉄丹波橋駅も、1968年12月から1970年2月までの短期間ながら「近畿日本丹波橋駅」と名乗っていた)。これは、元々滋賀県近江鉄道が「近鉄」(おうてつ)の略称を使用していたため、誤解を防ぐ観点から使用しにくかったからではないかといわれている。しかし「近鉄」の愛称が早くから使われるようになったためか、1948年には「近畿日本鉄道百貨店」を「近鉄百貨店」と改称し、1949年に発足した近畿日本鉄道出資の球団は「近鉄パールス」を名乗った。なお、傍系の旅行会社近畿日本ツーリストには、「近畿日本」の名が残っている。また、近畿ニッポンレンタカーという会社もグループに存在する(この場合、近畿日本鉄道の「近畿」とニッポンレンタカーの「ニッポン」である)。
  • 近鉄本社(当時は大阪阿部野橋駅)や近鉄百貨店などに書かれていた「近鉄」の文字は、1967年3月まで「鉄」を「金」編に「失」でなく「矢」にした物(鉃、元は「」を表す字)にしていた。「金を失う」が「金が矢のように集まる」になるという縁起担ぎが理由であったが、後にその看板を見た小学生が「鉄」の字を間違って覚えてしまうと沿線住民などから指摘され、正式な表記に直している。またほぼ同時期に本社を再度上本町に戻している。なお、現在のJR四国を除いたJR各社も同じような理由により、ロゴでは「鉄」の字を「鉃」にしている。
  • 英文社名は以前は“Kinki Nippon Railway Co., Ltd.”であったが、2003年6月28日から“Kintetsu Corporation”に変更している。また同時期に略称の「近鉄」ロゴのデザインが変わったほか、正式社名用の書体デザインも登場している。この表記は、乗務員の制帽及び駅員の制帽及び職帽の帽章にも用いられている。駅員は一時期「近鉄ステーションサービス」に分社化していたときは「Kintetsu Station Service」の表記だった。
  • スルッとKANSAIJスルーでカードに印字される符号はKTである。

[編集] 旧国名・会社略称を冠した駅名の扱い

国鉄との連絡運輸や近傍の他事業者の駅との区別のために、旧国名や会社名(「近鉄」、前述の通り1970年以前は「近畿日本」)を冠称とした駅名が複数存在するが、伊賀神戸駅伊勢若松駅などごく一部の例外を除いて長らく路線図方向板方向幕案内放送では一切省略されてきた(ただし、南大阪線・吉野線などの旧・天王寺営業局管内の駅の旧国名については、路線図では記載されていた。河内松原駅大和上市駅など)。これについて、路線図は2004年3月以降、旧国名や会社名を含む正式な駅名に変更され、続いて案内放送などは同年6月1日以降、河内長野・伊賀神戸・伊賀上野を除き以下のように変更された。

  • 案内放送 … 旧国名のみ冠して放送する。ただし、2度繰り返す場合は、2度目の旧国名は省略できる。会社名は省略して放送する。
    • 例「次は、大和西大寺、西大寺です。」「次は、河内長野、河内長野です。」
  • 方向幕 … 旧国名のみ小さく表記したものに順次置き換わっているが、旧来の省略したままのものも多く見られる。会社名は省略する。
    • 例「普通|大和西大寺」「急行|名古屋」
  • 駅名標・運賃表 … 旧国名・会社名とも小さく表記する。
    • 例「大和西大寺」「大阪難波」

なお、大阪阿部野橋・大阪難波・大阪上本町の「大阪」についても、旧国名と同様の扱いとなっている。

「近鉄時刻表」の行先表示欄の駅名は、2008年号まで旧国名・会社名とも省略された従来の表記が残っていたが、2009年号は会社名のみ略した表記に変わっている。

  • 追記:「河内○○駅」の表記について
    • 駅名標、駅舎看板、方向幕の一部には3通りの「河内○○」の表記が存在するので、その区別を例を挙げて説明する。
    1. 「河内」の文字が大文字…(例)「河内長野駅」
      河内長野市」が存在する。
    2. 「河内」の文字が小文字で縦書き…(例)「河内松原駅」「河内天美駅」(ともに現在は駅名標を除く)
    3. 「河内」の文字が小文字で横書き…(例)「河内国分駅」「河内永和駅」など
      「河内松原市」「河内天美市」「河内国分市」というのは存在しない。ただし「松原市」は存在する(方向幕に関しては「河内松原行」が存在しないため、この表示方法は存在しない)。
    • 2 のパターンについては旧・天王寺営業局管内特有の表記であったが、同営業局が上本町営業局と統合され大阪輸送統括部となったこともあり、徐々に 3 のパターンへの移行が進められている。
    • 車内放送に関しては、上記 1 に限り「次は、河内長野、河内長野です。」となるが、2と3に関しては「次は、河内○○、○○です。」となる。

[編集] プロ野球球団

近鉄のプロ野球事業は、公式には1949年結成の「近鉄パールス(後の近鉄バファローズ→大阪近鉄バファローズ、現:オリックス・バファローズ)」からとされているが、既述の通り1944年の発足から1947年までは旧・南海鉄道を合併していたため、南海軍(1938年発足。現:福岡ソフトバンクホークス)を改めた「近畿日本軍」が近鉄の球団経営史の嚆矢となる。

戦後、近畿日本軍は社章「大いなる和」にちなみ「グレートリング」と改称。1947年6月のシーズン途中、近鉄から南海電気鉄道の分離発足(歴史の節参照)に伴い、同球団は近鉄から南海の傘下に移り、同社の社章「羽車」にちなみ、「南海ホークス」と改称した。

1949年、グレートリングを所有したこととプロ野球人気がきっかけとなり、近鉄は再び球団経営に乗り出し、新たにパールスを発足させた。

[編集] 乗務員と運転業務

  • 近鉄全線では乗務員同士の停車駅確認合図を義務付けており、原則として場内信号機・出発信号機(ただし、進行現示が定位の駅を除く)がない駅の停車時に、車掌が運転士に対して電鈴1打の合図を送り(南大阪線系統ではその後「各停」「停車」「ブレーキ」いずれかを通告)、それを聞いた運転士は、運転台正面のに設置されている運転士支援システムを指差し確認し(運転士によっては指差し喚呼)、車掌に対し車内電話で「○○停車」と伝え、停車する。なお、駅によっては車内電話で伝えた後、電鈴1打の合図を車掌に対して行う。奈良線においては大阪難波布施八戸ノ里東花園瓢箪山石切生駒東生駒学園前大和西大寺近鉄奈良以外の各駅で行う。
  • 優等列車の通過待ちの時、待避する列車の乗務員は必ずホームに立ち列車監視を行う。その時運転士はブレーキハンドルを常用ブレーキ最大位置にセットし、リバースハンドル(主幹制御器に取り付ける前進・後進の切り替えハンドル)を所持してホームに立つ。なお、固定式ツーハンドル列車の場合、リバースハンドルの代わりにマスコンキー(固定式ハンドルを動かすために使う鍵)を所持する。
  • 近鉄では、電車の駅進入時に運転士と駅員との敬礼を行わない。ただし、乗務員間では行っている。
  • 乗客の乗降終了後、閉扉時には運転士も後方を確認する。必要に応じ車掌に電鈴1打で合図を送る(駆け込み乗車等などで再開扉を合図する際は電鈴を連打する)。ホームが右側の場合であっても、運転士は運転席を離れ、窓から顔を出し後方を確認する。
  • 停止信号で電車が停止する際、大方の鉄道事業者では車内放送で「信号待ちです。しばらくお待ちください。」と放送するが、近鉄では「停止信号です。しばらくお待ちください。」と放送する。
  • 列車の案内放送は基本的に「行先・種別」の順である。また、普通は大阪輸送統括部管内のみ「各駅停車」と案内される。名古屋輸送統括部管内では「普通電車」と案内されるが、口頭放送では人によって「各駅停車」の表現も使われる。
  • 2009年3月20日の阪神なんば線開通により、正式駅名が「大阪難波」「大阪上本町」に変更されるまで、名古屋輸送統括部(大阪線の西青山以東)では難波行と上本町行の場合は、「大阪難波」行などと「大阪」を強調する意味で用いられていた(大阪輸送統括部の管轄路線では「大阪」の冠名を用いることはほとんどなかった)。阿部野橋行は正式駅名が「大阪阿部野橋」のため、すべての場合において「大阪阿部野橋」行と案内される。
  • 大手私鉄ではなく在阪私鉄では珍しく車掌は終着駅(終端駅含む)に着く際は「終点」や「終着」ではなく「この電車はこの駅まで」とアナウンスする。ただし、名古屋輸送統括部管内や南大阪線系統(旧・天王寺営業局管内)では、終端駅到着時に限りこのフレーズが省かれることもある。また、阪神線に直通する列車の場合は大阪難波駅到着直前に「この電車は阪神直通○○行き○○(種別)です」とアナウンスする。
  • 運転士は乗務の際にブレーキハンドルとリバースハンドルを入れた「ハンドル袋」を必ず携行する。これは、ダイヤの一部に多層建て列車があるためで、例えば2+2+4の8両組成だと、3ユニットとなるので、ハンドル袋を3つ携行する。特に大阪線では、名古屋運輸統括部まで長距離乗務を行うため必ず携行する。
  • 列車の運転取りやめは「運休」ではなく、「運転取り消し」と称する。
  • GPSを使用した列車位置検知システムを2008年3月17日より採用した。これはJR貨物に次いで2例目である。
  • 担当乗務員以外の係員(列車区助役・運輸係員・保線作業員など)が乗務員室に入る場合、必ず「立入証」と書かれた腕章を着用する。なお、駅助役が添乗する場合のみ職帽で判別できるため「立入証」の携帯は省略される。

[編集] ダイヤ

  • JRを除く関西の私鉄ではダイヤ改正(変更)の頻度が高い部類で、毎年3月に規模の大小関係なしにダイヤ改正が実施される(時刻表も同時期に刊行される)。1993年には、京都線近鉄宮津駅の開業・志摩線複線化工事の進捗・同年10月の伊勢神宮式年遷宮における輸送対応に伴って9月にもダイヤ改正が実施された。なお、近鉄では「ダイヤ改正」ではなく「ダイヤ変更」という言い方を使用しているが、2007年3月に実施したものには「ダイヤ改正」という言葉を用いた。同年7月に伊賀線が再度ダイヤを変えた時から従来どおり「ダイヤ変更」となった。
  • 大晦日から正月にかけて毎年終夜運転越年ダイヤ)が実施される。特に大阪線や名古屋線に関しては宇治山田駅(一部五十鈴川駅鳥羽駅賢島駅)発着の特急が大幅に増発される。また、南大阪線に関しても大阪阿部野橋 - 橿原神宮前間の特急が大幅に増発される。これらを総じて「越年特急」とPRしていることが多い。特急の本数が圧倒的に多くなるために、通常ダイヤでは停車しない駅(桜井駅古市駅など)でも特別停車を行う。
    • この越年特急のPRとして、過去には近鉄にまつわる著名人をCMで出演させた時期もあった。特に1999年(平成11年)の初詣PRでは、近鉄バファローズ(当時)の大塚晶則投手が「背番号11」にちなんで登場した。

[編集] ワンマン運転

  • 近鉄は近畿・東海地方に広大な路線を保有しているが、その中には不採算路線も保有している。このため、大手私鉄の中では比較的早くからワンマン運転を行って経費削減を図ってきた。1990年代頃から長期不況による乗客の減少が目立ち、支線のほとんどがワンマン化されたほか、南大阪線や山田線のような幹線でも、普通列車に関しては輸送量が少なく2両編成の列車も多いため、ワンマン運転が行われつつある。このような現象は近鉄に限らず、近年の大手私鉄や神戸電鉄といった大都市近郊の私鉄にも共通して見られるものである。特に採算性の厳しい路線(伊賀線養老線)においては、上下分離方式(経営は子会社=伊賀鉄道養老鉄道、施設は近鉄)の形式を採っている。
  • ワンマン運転を行う路線のうち、名古屋線 - 山田線 - 鳥羽線 - 志摩線の系統のみは、無人駅においてドアカット(1両目後乗り・前降り)を実施した上で、運転士が運賃精算を行う(駅員配置駅のみすべてのドアが開く)。それ以外の路線では、無人駅においてもすべてのドアを開けており、運転士は運賃精算などに一切関わらず、完全に利用者の良心に任せる姿勢であるが、時々不正乗車対策として無人駅のホーム上に臨時で係員を配備し、有人駅同様の集札・発券対応を行うこともある。

[編集] イベント

[編集] 業務提携ほか

[編集] 近鉄に関連する人物

[編集] 近鉄に関連する企業

近鉄百貨店近畿日本ツーリストなど傘下のグループ企業各社については、近鉄グループを参照のこと。

[編集] 提供番組

近鉄は大規模な鉄道事業者ではあるが、テレビやラジオの番組スポンサーになった経験は少ない方である。かつては全国ネットでも放送された、近鉄単独提供の紀行番組「真珠の小箱」が有名で、この番組に関しては45年間の長きに亘り放送されたが、この番組も終了した(ただし現在サンテレビにて近鉄提供で「真珠の小箱」を再放送中)。

現在は、奈良テレビの一部時間の天気予報のスポンサーになっている程度で、他はスポットCMが中心である。同様に近鉄グループの各企業も、テレビCMにはあまり積極的ではない。ただし近年では、テレビ大阪や奈良テレビ・三重テレビなどが制作する、近鉄沿線の奈良大和路・伊勢志摩を取り上げる単発の旅行番組を提供することもある。また、阪神なんば線の開業前後からサンテレビでスポットCMが流されている。

以下のすべての番組が既に終了している。

[編集] イメージキャラクター

[編集] 関連項目


[編集] 脚注

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  1. ^ 第三種鉄道事業者として近鉄が施設を保有する養老鉄道養老線を含めれば岐阜県も入る。
  2. ^ ただし、現在阪堺電気軌道の運営となっている元南海鉄道の軌道線(阪堺線上町線)は天王寺営業局の管轄だった。
  3. ^姫路と奈良・伊勢結ぶ 近鉄、山陽に乗り入れ計画神戸新聞 2008年7月9日
  4. ^ a b 鉄道向け自動改札システムが権威ある『IEEE マイルストーン』に認定
  5. ^ 近鉄以外では東京急行電鉄東横線元住吉駅や京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄千里線北千里駅でも行われた。
  6. ^運行状況等をお伝えする液晶ディスプレイを主要駅に設置します』近鉄ニュースリリース 2009年2月20日

[編集] 外部リンク

マルチメディア
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