梅田

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西梅田
中之島・梅田方面(北浜から望む)
中之島・梅田の夜景

梅田(うめだ)とは、大阪市北区にあるJR大阪駅梅田駅を中心とした一帯の地域の名称である。JRの他、阪急電車阪神電車、地下鉄の駅があり、ホテル、百貨店、事務所ビル、歓楽街などが集積している。

梅田から南へ4km程度離れた難波を中心とした一帯を「ミナミ」と呼ぶのに対し、梅田周辺を「キタ」という。

概要[編集]

大阪駅前

梅田という地名は、厳密にはJR大阪駅とその南側一帯を指すが(例えば阪急梅田駅が立地するのは芝田である)、梅田の名称はJR大阪駅の東側や北側の駅名・ビル名・店舗名などかなり広い地域で使われており、西日本最大の繁華街である。その規模は総売上高が全国で新宿に次いで2位、百貨店面積では日本一となっている。

この地域にはJR大阪駅のほか、阪急および阪神梅田駅市営地下鉄梅田駅東梅田駅西梅田駅、JR北新地駅が立地しており交通の要衝となっているほか、百貨店・ホテル・オフィスビルなどが林立している。主要道路の下にはホワイティうめだディアモール大阪といった地下街があり、隣接ビル地下にある商業施設群のほか、堂島地区の「堂島地下センター」とも結合しており、あわせて一大地下街を形成している。

2014年現在、新しい百貨店の開業、再開発地区の完成予定もあり、至る所で建設工事が行われている。この開発にまつわる諸問題については大阪2011年問題も参照。

梅田にあるビルはハービスOSAKAの190mが最も高いが、北方向に位置する大阪国際空港(伊丹空港)の着陸進路にあたることから航空法による高さ規制がなされており、同法第49条による制限表面により梅田周辺では200mを超えるようなビルの建築は困難である。なお、制限表面は伊丹空港からの半径16.5kmまでは50m離れるごとに1m緩和されるため、梅田でも北側の方が制限がより厳しくなっている。

歴史[編集]

1955年(昭和30年)頃の大阪駅前の夜景

江戸時代以前は下原と呼ばれる低湿地帯で、泥土を埋め立てて田畑地を拓いたことから「埋田」と呼ばれ、後世になって字面が悪いので産土神である綱敷天神社露天神社に縁のある梅の字を埋田に当てて「梅田」となったと言われている[1]

1764年曾根崎新地から北へ伸びて梅田墓地(現大深町梅田貨物駅)へ至る「梅田道」が開かれたが、周辺は田畑ばかりの「ドタ」と呼ばれる寂れた土地で、西成郡曾根崎村の一部にすぎなかった。

1874年に開業した大阪駅は「梅田すてんしょ」などと呼ばれたが、梅田が正式に地名となったのは1900年の大字改編の時で、大阪市北区大字曾根崎(曾根崎村は1897年に大阪市北区へ編入された)の一部が梅田町・東梅田町・西梅田町・北梅田町となった。1906年阪神電気鉄道乗り入れ、1910年箕面有馬電気軌道開業など、鉄道の発達と共に飛躍的に発展した。

開業時の大阪駅は現在の大阪中央郵便局がある辺りに位置していたが、大阪駅の移転に伴って梅田の中心も東へ移動した。現在西梅田と呼ばれる梅田二丁目が当初の梅田の中心で、後に開業する西梅田駅ですら東梅田町に含まれる程である。ちなみに、阪神梅田駅も東梅田町、東梅田駅は曾根崎中に位置し、阪急梅田駅・大阪市営地下鉄梅田駅が位置する芝田・角田町は旧 西成郡北野村の一部である。なお、広大なJR貨物梅田駅は南西部が北梅田町となる他、北西部の中津南通が旧 西成郡下三番村の一部、中西部の佐藤町、北東部の牛丸町、中東部の大深町、南東部の松本町が旧 北野村の一部となるが、現在は大深町に統合されている。

梅田の範囲[編集]

現行町名によらず、大阪駅・梅田駅を中心にその周辺一帯は大阪で一番の繁華街を形成しているため、この地域全体を一般に「梅田」と呼んでいる。一般に梅田と呼ばれている地域は、現行町名の梅田以外に、芝田茶屋町鶴野町中崎西二丁目、角田町小松原町堂山町太融寺町曽根崎曽根崎新地大深町大淀中1-1あたりになるが、「梅田」の知名度が非常に高いため「梅田」を冠したビル名、店舗名はこれらの地以外にも存在する。

大規模施設である阪急梅田駅梅田スカイビル梅田センタービル、旧JR梅田貨物駅も住所は梅田ではない。特に梅田スカイビルは、現在、住居表示の梅田がある北区に属しているが、この地域は以前大淀区であり、後に北区に統合された地域である。

各地区の紹介[編集]

大阪ステーションシティ[編集]

JR西日本最大の乗降者数を誇るJR大阪駅とその構内にはALBi(旧ギャレ大阪西館)など数多くの店舗がある。南側中央口にはサウスゲートビルディングがあり、ホテルグランヴィア大阪大丸などが入居している。また北側にはJR大阪三越伊勢丹が主要テナントとして入居する「ノースゲートビルディング」があり、28階建ての事務所ビルを併設している。現在、大阪駅一帯は「大阪ステーションシティ」として再開発事業が進み、南側のサウスゲートビルディングノースゲートビルディングとの間の大阪駅ホーム上に日本最大規模のドームと橋上駅舎が作られた。現在では広々とした空間に外光を取り入れた新しい空間が生まれている。

ダイヤモンド地区[編集]

梅田一丁目

ダイヤモンド地区大阪駅南側の梅田一丁目を指し、地区北側の道路地下に阪神梅田駅、南側の国道2号線の地下にJR東西線北新地駅がある。地区内には、阪神百貨店大阪マルビルヒルトン大阪梅田DTタワー大阪駅前ビル(第1、第2、第3、第4)、新阪急ビルシネマコンプレックスを核テナントとする娯楽とショッピングビルのイーマなどが建つ。阪神百貨店の南側はかつては闇市の面影を残す民家の密集した薄暗い一帯であり、買収等再開発区画整理に非常に手間取ったが、今や高層ビルの建ち並ぶ近代的な区画となった。中でも初期に立てられたは大阪マルビルは、円筒形の独特な外観から梅田の象徴的存在であり、2003年まで最上部に設置されていた電光掲示板は梅田の名物でもあった(2005年10月4日に部分的に復活)。

西梅田地区[編集]

梅田二丁目・梅田三丁目・オオサカガーデンシティ

四つ橋筋より西側の梅田二丁目と梅田三丁目のオオサカガーデンシティの地域を指し、新しい街並みを形成している。1980年代から、阪神本線の地下化によって生じた跡地や旧国鉄梅田貨物南ヤード跡を再開発した地域で、そのうち、オオサカガーデンシティは1990年代以降、毎日新聞の大阪本社建設を嚆矢とし、ザ・リッツ・カールトン大阪が入居するハービスOSAKAや、オフィスビルといった施設が次々建設された。地域面積は10ha、就業人口は約25,000人の地区となった。2004年には、劇団四季専用劇場や高級ブランド店などが入居するハービスENT、ヒルトンプラザウエスト(旧ホテル阪神や新阪神ビルの跡地)の完成をもってこの地域の開発は一段落した。2008年、オオサカガーデンシティ南側のサンケイビル跡地に34階建てのブリーゼタワーが完成し、毎日新聞社も大阪本社隣接地に高さ99mのテナントオフィスビルを建設するなど、一帯は超高層ビル群を形成している。JR大阪駅の桜橋口を出てすぐ西にある大阪中央郵便局は、隣接地とあわせた超高層ビル化が予定されており、2014年10月現在は仮局舎と西梅田スクエアという期間限定のイベント広場になっている。

阪急梅田・北梅田地区[編集]

芝田一丁目・角田町・茶屋町・鶴野町・中崎西二丁目など

阪急電鉄最大のターミナルである阪急梅田駅を中心に東と北へ広がる地域。阪急グループの建物が多いため、俗に阪急村と呼ばれる。南側は阪急百貨店うめだ本店(地上187m41階建)、その東側には阪急メンズ大阪TOHOシネマズ梅田が入居するHEP NAVIOとファッションビルHEP FIVE、高層ビルの阪急グランドビルなどの阪急グループが経営する施設が立ち並ぶ。阪急梅田駅高架下にはショッピング街の阪急三番街、阪急三番街の北には古書店が軒を連ねる阪急古書のまち、飲食店や居酒屋が軒を連ねる阪急かっぱ横丁などがある。

阪急梅田駅の西側の芝田一丁目には大阪新阪急ホテル、その北側の北野阪急ビルには飲食店やフィットネスクラブが入居するDD HOUSE新阪急ホテルアネックスがある。芝田一丁目の北詰には阪急電鉄の本社がある。新御堂筋を東に超えた鶴野町・中崎西二丁目にも梅田と冠した高層ビルが立ち並び、梅田センタービルなど梅田と名の付くビルはさらに外延部にも広がっている。

阪急梅田駅すぐの北東側に位置する茶屋町は1990年代に入ってから急速に発展した地域。茶屋町が脚光を浴び始めたのは毎日放送が移転し、梅田ロフトができた頃からだといわれている。詳しくは茶屋町を参照。茶屋町には、池田泉州ホールディングスの本社が所在し、その傘下行として2010年5月に発足した池田泉州銀行の本店所在地となっている(営業窓口としては、同地にあった旧池田銀行・大阪梅田営業部を継承し、営業店名も大阪梅田営業部のままとなっている)。

大阪駅北地区[編集]

大深町・芝田二丁目

JR大阪駅北側の地域。芝田二丁目には済生会中津病院JR西日本本社などがある。広大なJR梅田貨物駅(梅田北ヤード)は現在再開発中で、この地区には「うめきた」の愛称が付けられた。これから最も発展の期待できる地区である。

JR梅田貨物駅跡地(大深町)は、2001年大阪鉄道管理局→JR西日本本社の跡地にヨドバシ梅田が開業してから注目され始めた。現在は広大な貨物駅の敷地のほとんどで再開発が進んでいる。先行開発地区には複合施設グランフロント大阪2013年に街開きし、中核をなすナレッジキャピタルにはパナソニック大阪大学など多数の企業や大学、団体が入居しており、170~180m級の超高層ビルが4棟立ち並ぶ。大阪駅前に設けられる広大な駅前広場のうめきた広場と、大きなシンボル軸、賑わい軸が建設され、結ばれている。また、このエリアに地下鉄四つ橋線新大阪駅まで延伸して新駅を設ける計画もある。さらに、この新駅を通る梅田貨物線地下化、なにわ筋線も計画されている。この先行開発地区の街開き後は、残りの17ha余りの地区が2020年の完成を目途に再開発される予定である。

新梅田シティ[編集]

新梅田シティは大阪駅から見て北西にあるツインビル(梅田スカイビル)とウェスティンホテル大阪を中心とする地域。JR環状線福島駅・阪神本線福島駅の北約800mに位置し、梅田貨物駅(梅田北ヤード)の再開発地区の西に隣接している。積水ハウス東芝青木建設ダイハツディーゼルの所有地だったのを、1986年から、この4社の共同事業(大阪北梅田再開発事業)として再開発事業を着手し、整備された。梅田スカイビルは、ツインビルの上層が連結され、その上を「空中庭園」としている。庭園と言っても植物はなく屋上の展望デッキのことである。超高層ビルの屋上が展望台になっている所は珍しく、風を感じながら展望できる。ここから西梅田の超高層ビル全体を間近に見ることができるほか、生駒山六甲山、天気がよければ和歌山方面、明石海峡大橋などが眺められ、観光スポットになっている。かつては近くに朝日放送の大淀社屋(大阪タワー)もあったが、現在は解体され、中之島ほたるまちに移転している。

東梅田地区[編集]

小松原町・堂山町・曽根崎二丁目・太融寺町・兎我野町

JR大阪駅の東から東南わたる場所に位置し、曽根崎警察署大阪富国生命ビルなど大小のビルが多く建ち並ぶ地区。また阪急百貨店から東に伸びる阪急東通商店街小松原町堂山町)、曽根崎二丁目を南北に伸びる曽根崎お初天神通り商店街を中心とした歓楽街を指す。阪急東通商店街は、居酒屋などの飲食店が多く、パチンコ店やゲームセンター、風俗店なども数多く建ち並ぶ。曽根崎お初天神通り商店街は、露天神社(お初天神)に向かって南に伸びる商店街で、居酒屋や寿司屋、お好み焼き屋などが数多く建ち並ぶ、阪急東通商店街とは少し違う雰囲気をもった商店街である。堂山町は、ラブホテルや風俗関連の店が多い地域であり、西日本最大の同性愛者のコミュニティでもあり、競艇の場外舟券売場であるボートピア梅田がある。太融寺町プラザ梅田ビルには、ライブハウスプロレス場、大衆演劇などがある。

北新地[編集]

曽根崎新地一丁目・堂島一丁目

北新地曽根崎通国道2号)より南の地域で、中之島沿いのビジネス街に隣接しているため梅田には含めないこともある。バブル期には高級クラブなどが軒を連ね、上級の歓楽街として位置付けられていたが、近年は庶民的な居酒屋や飲食店なども増えている。歓楽街であるが性風俗店がなく、客引きも無いことから安心して飲みに行ける街としてバブルの頃とは違った人気がある。国道2号線の地下にはJR東西線 北新地駅がある。

地下街[編集]

梅田の地下街は北は茶屋町、南は堂島、東は堂山町、西はオオサカガーデンシティまで広がっている。構成する道路下の主な地下街はホワイティうめだディアモール大阪堂島地下センター。これに加えて、阪急三番街阪急百貨店阪神百貨店JR大阪駅大阪駅前ビル大阪富国生命ビル新阪急ビルハービスOSAKAなどのビルの地下階が地下街とほぼ一体化した巨大な繁華街を構成している。これらは地上にスペースを確保できないことから地下にスペースを求めたことで無計画に拡張・連結されたため、おのおのの連絡や統一性などが非常に悪い[2]

梅田地区内の交通[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

道路・高速道路[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 梅田の名の由来となった梅は、1871年まで太融寺町(現在は茶屋町に移転)にあった綱敷天神社御旅所境内の梅塚と呼ばれる紅梅のことである
  2. ^ 大阪・梅田の地下街 迷わず歩ける?朝日新聞デジタル 2012年2月19日03:00配信 2013年1月10日閲覧)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯34度42分0秒 東経135度29分49.2秒 / 北緯34.70000度 東経135.497000度 / 34.70000; 135.497000