阪急宝塚本線

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阪急宝塚本線
普通列車雲雀丘花屋敷行(6000系)
普通列車雲雀丘花屋敷行(6000系
阪急宝塚本線の路線図
路線総延長 24.5 km
軌間 1435 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式 (直流)
最高速度 100 km/h
exKBHFa exKBHFa exKBHFa
旧 梅田駅
xKRZh xKRZh xKRZh
JR西東海道本線
ELEVa + xKBFla
ELEVa + xKBFla
ELEVa
ELEVa + exSTR
ELEVa + exSTR + KBFma
ELEVa
ELEVa + xKBFra
ELEVa + xKBFra
ELEVa
0.0 梅田駅 接続は下記
emhKRZ emhKRZ emhKRZ uexSTRlg
阪神北大阪線
tHSTq hKRZt hKRZt hKRZt uxmKRZt
大阪市営地下鉄御堂筋線
hSTR ABZlf-ELEV ABZlg-ELEV uexSTR
地下鉄中津駅
hKRZ hKRZ hKRZ uxmKRZo
JR西:東海道本線梅田貨物線
hSTR
BHF-ELEV + BHFl2
BHF-ELEV + BHFl2 + HUB84
BHF-ELEV
BHF-ELEV + BHFr2
BHF-ELEV + BHFr2 + HUB25
BHF-ELEV
uexBHF + HUB82
uexBHF + HUB82
uexBHF
0.9 中津駅
hSTR
eBHF-ELEV + eBHFl2
eBHF-ELEV + eBHFl2
eBHF-ELEV
eBHF-ELEV + eBHFr2
eBHF-ELEV + eBHFr2
eBHF-ELEV
uexSTRlf
新淀川駅 1926年廃止
WASSERq WBRÜCKE-ELEVe WBRÜCKE-ELEVe WBRÜCKE-ELEVe
淀川
ABZrg ABZrf STR
CPICl CPICm CPICr
2.4 十三駅
STRrf STR STRlf
京都本線神戸本線
KRZo
JR西:北方貨物線
KRZh
JR西:山陽新幹線
exSTRrg eABZrf
exBHF
ELEVa + BHF
ELEVa + BHF
ELEVa
4.4 三国駅
exWBRÜCKE WBRÜCKE-ELEVe
神崎川
exSTRlf eABZlg
BHF
6.0 庄内駅
BHF
7.5 服部駅
ELEVa
BHF-ELEV
8.7 曽根駅
BHF-ELEV
9.5 岡町駅
BHF-ELEV
10.5 豊中駅
ELEVe STRrg-ELEV STRlg-ELEV
大阪モノレール線
BHF + HUB84
BHF + HUB84
BHF
BHF-ELEV + HUB82
BHF-ELEV + HUB82
BHF-ELEV
KHSTe
11.9 蛍池駅 大阪空港駅
KRZh STRrf-ELEV FLUG
大阪国際空港
AKRZu
中国自動車道
STRrg ABZrf
BHFl2 BHFr2
13.5 石橋駅
STRrg STRrf STR
箕面線
KHSTe ELEVa
箕面駅
BHF-ELEV
15.9 池田駅
ehWGRENZE exGRENZE legende
猪名川 大阪府兵庫県
hSTR STRrg
JR西:福知山線(JR宝塚線)
HELEVa hABZ3lg ABZlg-ELEV STR
能勢電鉄妙見線
KBFe-ELEV + KBHFxe
KBFe-ELEV + KBHFxe + HUB84
KBFe-ELEV
BHF-ELEV + HUB25
BHF-ELEV + HUB25
BHF-ELEV
HUB64 STR
17.2 川西能勢口駅
exSTRlf ehKRZ
exKBHFr + HUB62
exKBHFr + HUB62
exKBHFr
BHF + HUB82
BHF + HUB82
BHF
左:川西国鉄前駅 1981年廃止
ELEVe STR
右:川西池田駅
uexBHFl + HUB84
uexBHFl + HUB84
uexBHFl
eBHF + HUB82
eBHF + HUB82
eBHF
ÜWc2 ÜWor
花屋敷駅 1962年廃止
STR ÜWo+l ÜWc4
日本無軌道電車
BHF STR
18.2 雲雀丘花屋敷駅
eBHF STR
雲雀丘駅 1961年廃止
ABZlf KRZu KDSTr
平井車庫
eBHF LUECKE
平井駅 1944年廃止
BHF LUECKE
19.7 山本駅
BHF LUECKE
21.5 中山駅
BHF LUECKE
22.4 売布神社駅
AKRZu AKRZu
中国自動車道
BHF LUECKE
23.3 清荒神駅
STRrg KRZo STRrf
STR ABZrg-ELEV hSTRq
今津線
BHF + HUB84
BHF + HUB84
BHF
KBFe-ELEV + HUB82
KBFe-ELEV + HUB82
KBFe-ELEV
24.5 宝塚駅
STR
JR西:福知山線(JR宝塚線)

大阪・梅田付近の接続路線

hSTR + POINTERl
hSTR + POINTERl
hSTR
阪急神戸宝塚
御堂筋線
tSTR + POINTERr
tSTR + POINTERr
tSTR
hSTR
京都本線
延伸計画線
extSTR + POINTERr
extSTR + POINTERr
extSTR
tSTR hSTR
東海道本線
東海道本線
extSTR tSTR hSTR hÜWo+l
 (JR京都線
JR神戸 ←
extSTR tSTR hSTR hSTR tSTRrg
谷町線
宝塚線
hÜWo+r extSTR tSTR KBFe-ELEV hSTR tSTR
阪急 梅田駅
大阪駅
hABZ3lf xtKRZh HBHF-ELEV tKRZh hSTRq hABZ3rf tKRZh
大阪環状線
大阪環状線
extSTR tSTR tSTR
阪神 梅田駅
tSTRq xtKRZt tKBHFr tBHF tSTRrg tSTRq tSTRrf
梅田駅 M16
阪神本線
extSTR tSTR tBHF
東梅田駅 T20
Y11 西梅田駅
tKBHFxa tSTR tSTRlf tSTRq tSTRq
→谷町線
北新地駅
tSTRq tKRZt tBHFq tKRZt tSTRq tSTRq tSTRq
北新地駅
JR東西線
tSTR tSTR
JR東西線
四つ橋線
tSTR tSTR
御堂筋線

宝塚本線(たからづかほんせん)は、大阪府大阪市北区梅田駅から兵庫県宝塚市宝塚駅までを結ぶ阪急電鉄鉄道路線。宝塚本線自体を指して、またはその支線を含めて通称宝塚線と呼ばれる。

沿線は市街地・住宅地が続いており、大阪への通勤・通学路線となっている。当線と神戸線今津線で囲まれた、いわゆる阪急平野の北辺・東辺を成す。三国駅付近、曽根 - 豊中間、石橋 - 川西能勢口間、宝塚駅付近は高架化されている。

目次

[編集] 路線データ

  • 路線距離(営業キロ):24.5km
  • 軌間:1435mm
  • 駅数:19駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:
    • 複々線:梅田 - 十三間(東側複線は京都本線の列車が使用)
    • 複線:十三 - 宝塚間
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:100km/h
  • 車両基地平井車庫

[編集] 運行形態

梅田 - 宝塚間には普通のほか、ほぼ終日にわたって急行が運転されている。平日朝夕には、他に梅田 - 能勢電鉄日生中央間直通の特急日生エクスプレス通勤急行準急通勤準急が運転されている。

ダイヤ面では、戦後の昭和20年代から長い間、昼間15分ヘッド(梅田 - 宝塚間の急行、梅田 - 宝塚間の普通、梅田 - 池田間の普通が各1本ずつ)のダイヤが続いた(当時は車庫が池田にあった)。平井車庫を建設し池田から車庫を移転したうえで、池田駅高架化工事中には当駅の折り返し線が使えなかったため、池田発着の普通を暫定的に雲雀丘花屋敷まで延長するなどの変化はあったが、基本的には30年以上にわたって、昼間はほぼ同じパターンのダイヤで運転されてきた。これは、並行する国鉄福知山線(当時)が、都市近郊輸送をほとんど考慮しないダイヤであり、神戸線や京都線のような競争に晒されることがなかったことも一因とされる。

しかし1981年(昭和56年)、国鉄福知山線の尼崎 - 宝塚間が電化、さらに1986年(昭和61年)11月には福知山線の全線電化が完成し、同改正より昼間20分ヘッドで電車が走り出すと、宝塚線も国鉄との競争に直面するようになった。このため1986年(昭和61年)12月には白紙ダイヤ改正が実施され、昼間10分ヘッド(梅田 - 宝塚間の急行、梅田 - 雲雀丘花屋敷間の普通と梅田 - 池田間の普通を交互に運転)として急行を大増発するなど、福知山線を意識したダイヤとなった。

その後は現在に至るまで、並行するJR福知山線を強く意識したダイヤを構築している。昼間の優等列車の10分間隔運転というスタイルは1986年(昭和61年)以来、基本的に変わりはないが、近年は輸送形態や社会情勢の変化などにより、後述の通り、速達系列車の内容を変更する改正を頻繁に行うようになっている。

2006年10月28日に神戸線系統のダイヤ改正と同時に行われたダイヤ改正では快速急行の廃止(後述)に加え、

  • 宝塚駅における今津線との同一ホーム乗り継ぎを拡大。
  • 川西能勢口駅における能勢電鉄妙見線との接続を改善。

が行われた。詳細:神戸線におけるATS(自動列車停止装置)の改良と、神戸線・宝塚線のダイヤ改正について(阪急ニュースリリース)

以下に種別ごとの詳細を示す。現行の停車駅は駅一覧を参照。

[編集] 特急日生エクスプレス

朝ラッシュ時に日生中央→梅田、夕ラッシュ時に梅田→日生中央で運行される。宝塚本線最優等種別で、平日に上下それぞれ7本ずつのみの運行。梅田行きの一部は、川西能勢口で増結し10両編成で運転される。

車両は8000系6000系6002F・6005F・6006F・6011F・6012Fの限定運用である(対応車両は列車無線アンテナが2つついているのですぐわかる)。

1997年11月改正で運転を開始した。開始当初は、平日に上下それぞれ3本ずつの本数だったが、能勢電鉄沿線の乗客が、川西能勢口駅でJR福知山線(JR宝塚線)川西池田駅へ逸走するのを少しでも食い止める施策として、本数が増やされてきた。

[編集] 通勤急行

平日の朝ラッシュ時のみ運行で、梅田 - 宝塚間で運転される。梅田行きのうち3本と宝塚方面行きは10両編成で運転され、雲雀丘花屋敷で増結・解放が行われる。

川西能勢口始発梅田行きの列車もあり、8000系もしくは6000系(6002F・6005F・6006F・6011F・6012F)+梅田寄増結2両の10両で運転される。

1997年11月改正で運転を開始。当時は平日の朝ラッシュ時のみで、宝塚 - 服部間の各駅と十三・梅田に停車した。

[編集] 急行

終日運行の代表的種別。基本的に梅田 - 宝塚間で運転されるが、平日深夜には雲雀丘花屋敷行きも存在する。昼間時間帯については特急・快速急行が設定されていた時期は同種別に置き換えられていたが、2006年10月28日のダイヤ改正から昼間の運転も復活した。宝塚線の優等列車としては最も古く、1932年10月に登場した。かつては十三 - 石橋間無停車で豊中と蛍池は通過していた(石橋以遠は各駅停車)。

なお、宝塚本線の急行で梅田 - 宝塚間を利用する場合、実際には梅田から神戸本線の特急に乗車し、西宮北口今津線に乗り換えるよりも多少時間がかかる。そのため、今津線経由で行く場合の方が宝塚に先着するという現象が起きている。その原因としては、次のようなことが挙げられる。

  • 営業キロ自体がそもそも、宝塚本線経由よりも、神戸本線 - (西宮北口駅) - 今津線経由のほうがやや短い。
  • 宝塚本線は神戸本線や京都本線よりも曲線区間がかなり多いこと。2000年に最高速度を90km/hから100km/hに引き上げる直接の理由となった三国駅の移設(同駅移設前は同駅北側に30km/h制限のカーブがあった)など都市計画にあわせて曲線改良を進めているが、庄内駅南側、服部 - 曽根間(55km/h制限)、豊中 - 蛍池間(60km/h制限)、川西能勢口 - 宝塚間の連続曲線が存在する。なお、一時期存在した特急・快速急行は、川西能勢口 - 宝塚間で停車駅を減らしたものだが、連続曲線区間のため、日生エクスプレスの能勢電鉄区間における通過のような速度であった。また、豊中・蛍池通過時代と比較すると、旧性能車の更新による運用改良、最高速度の100km/hへの引き上げもあって、所要時間が伸びたわけではない。

但し、今津線経由での乗車を奨励(促進)する案内活動は、誤乗車防止や混雑の分散によるためか、実際には行われていない。なお、宝塚線が混雑し全般的に利用が集中する平日朝ラッシュ時上りについては、宝塚駅から今津線・神戸線経由で梅田行きの準急列車が別途運行されている(詳細は神戸本線を参照)。

[編集] 通勤準急

梅田 - 箕面線箕面間での運転で、平日の朝ラッシュ時のみ運行。宝塚線内の停車駅は急行と同じであるので、実質的には箕面方面への急行運転といえる。

1997年11月改正で運転を開始。当時は平日の朝夕ラッシュ時のみで、宝塚(・箕面) - 豊中間の各駅と庄内 - 梅田間の各駅に停車した。

[編集] 準急

平日の朝ラッシュ時に宝塚→梅田方面のみに運行。すべての電車が曽根で普通に連絡する。かつては現在の急行の停車駅と三国に停車していたが、現在の準急は三国には停車せず、急行の停車駅に加えて岡町、曽根、中津に停車するようになった。

なお、宝塚からは朝に今津線・神戸本線経由の準急も運行されているが、梅田までの所要時間は川西能勢口経由より数分短い(今津線・神戸本線経由の準急については阪急今津線を参照)。

[編集] 普通

梅田 - 雲雀丘花屋敷の運転が基本。その他早朝・深夜には梅田 - 宝塚、平日夕方ラッシュには梅田 - 箕面(箕面線)を運転する列車もあり、朝ラッシュや夜間には池田や豊中を終点、川西能勢口を始発とする列車もある。平日の昼間と土曜・休日は毎時6本の運転。平日のラッシュ時以外は後続の急行よりも終点まで先着する。かつては曽根 - 梅田間の区間列車もあった。

[編集] 宝塚本線の特急

[編集] 特急の設定まで

JRが国鉄であった時代には、宝塚本線には定期運転の特急は設定されてこなかった。国鉄時代の福知山線は本数・速度・運賃の面で阪急に劣っていたため同じ梅田(大阪) - 宝塚の間を結んでは競合が成立するライバルとは言えず、同区間の輸送は阪急の独り勝ち状態が続いており、定期運転の特急を敢えて設定する必要は無かったからである。1980年代までの宝塚本線は、日中は梅田 - 宝塚間の急行と普通、梅田 - 池田間(後に雲雀丘花屋敷まで延長)の普通がそれぞれ15分間隔で運転されていた程度であった。

だが、福知山線はJRとなって以降は増発などで利便性が大幅に向上したため、福知山線へと乗客が流出した。このことから、これに対抗するため、阪急側も1990年頃から日中の急行を増発するなどして対抗した。しかし所要時間は敵わなかったことなどで目立った効果が表れず、抜本的な対策を取る必要が生じた。

[編集] 特急の設定へ

そのため、1995年に初めて梅田 - 宝塚間で定期運転の特急が設定された(停車駅:十三・石橋・川西能勢口)。その後、1997年のダイヤ改正で雲雀丘花屋敷を停車駅に追加、2000年のダイヤ改正で停車駅を十三・豊中・石橋・池田・川西能勢口・山本としてデータイムにも設定して増発され、ラッシュ時には通勤特急が運転されるようになった(停車駅:雲雀丘花屋敷・川西能勢口・池田・石橋・十三※梅田行きのみの運転)。

[編集] 快速急行への格下げ、そして休止へ

しかし、2003年8月のダイヤ改正で特急の運行を休止し、蛍池と雲雀丘花屋敷を停車駅に加えた快速急行へと格下げされた(以後、日生エクスプレスを除いて、特急は運転されていない)。その快速急行も2006年10月のダイヤ改正で運行休止された。結果的には、11年を経て1995年以前の運転体系に近づいている。

これは宝塚本線にはカーブが多く、梅田・十三 - 宝塚間を移動する際に宝塚本線のみを利用する場合と、神戸本線(梅田・十三 - 西宮北口)と今津(北)線(西宮北口 - 宝塚)を乗り継ぐ場合とで所要時間がそれほど変わらないことに起因するとされる。この区間では、上り・下りともに多くの時間帯で、先に発車する列車が先に終点に到着する状態となっており、特に平日の朝夕の時間帯に至っては、宝塚線の列車の遅れが慢性化していることもあり、神戸本線と今津(北)線を経由するほうが先に終点に到着できる場合が多い。2009年現在の標準的な日中ダイヤにおいては、梅田→宝塚間では1分、宝塚→梅田間は3分、神戸本線・今津(北)線経由のほうが、宝塚本線経由よりも所要時間が短い。

また、2003年12月に、JRの福知山線中山寺駅快速が停車するようになり、中山や売布神社を通過する優等列車の設定が、得策ではなくなってきたことも考えられる。

[編集] 正月の臨時特急

正月三が日(暦の関係で1月4日ないし5日までの年がある。また、2004年までは十日戎の時期の週末にも実施されていた)は、正月特別ダイヤで運行する。かつては「初詣特急」と名付けられた臨時特急(停車駅:十三・石橋・川西能勢口・中山・清荒神)が運転されていたが、現在は昼間時10分間隔で急行宝塚行き・普通宝塚行き(普通列車は庄内で急行の通過待ち)が交互に発車するダイヤとなっている。

このほか、春秋の行楽期の日曜・祝日に、午前と夕方のみ臨時特急(停車駅:十三・石橋・川西能勢口)が、1980年代初頭までは箕面線直通の臨時準急も運転されていた。また、快速急行運転期間には清荒神に臨時停車することもあった。

[編集] 過去の運行概況

なお、2000年6月4日から2003年8月29日までの停車駅についても記載しておく。

2003年のダイヤ改正で以下の列車種別に変更が加えられた。

  • 特急日生エクスプレス:改正前の特急日生エクスプレス停車駅に池田駅を追加。川西能勢口まで改正前の通勤特急と同じ、川西能勢口から能勢電鉄線内は日生急行と同じ。
  • 快速急行:改正前の特急停車駅に蛍池駅、雲雀丘花屋敷駅を追加。
  • 急行:改正前の急行停車駅に蛍池駅を追加。改正前の準急と同じ。
  • 準急:改正前の準急停車駅に中津駅、曽根駅、岡町駅を追加。下り列車は廃止。

2006年のダイヤ改正で以下の列車種別が廃止された。

  • 快速急行:2006年10月28日のダイヤ改正で運行中止となり、昼間の優等列車は急行に格下げされた。中止以前は、昼間時間帯のみ10分間隔で梅田 - 宝塚間で運転されていた。停車駅は急行停車駅から中山駅、売布神社駅、清荒神駅を除いたもの。

[編集] 使用車両

箕面線を含め、すべて平井車庫の車両である。

  • 3000系・3100系 - 3100系は箕面線用。
  • 5100系
  • 6000系 - 8両編成5本が日生エクスプレス運用に対応している。
  • 7000系
  • 8000系 - 全車が日生エクスプレス運用に対応している。8両編成(8004 - 8007F)の宝塚寄り2両はセミクロスシート。
  • 9000系 - 2編成目の9001Fが平井車庫に配置された。2007年9月18日から使用開始となった。

[編集] 歴史

[編集] 開業 - 戦前

阪急電鉄のルーツというべき路線である。JR福知山線の前身で、尼崎を起点とし福知山舞鶴方面への鉄道路線を営業していた阪鶴鉄道の大阪直接乗り入れ計画を、同社国有化の際に引き継いだ箕面有馬電気軌道が1910年に梅田 - 宝塚間を開業させたのが始まりである。当初はその名の通り、宝塚からさらに西進し有馬温泉のある神戸北郊の有馬まで敷設する計画だったが、宿泊客の減少を恐れた有馬温泉の旅館業者から反対を受けたことや、宝塚 - 有馬は六甲山系の起伏のある地形であり、建設コストもかかることから1913年に断念している。

開業当初、阪神本線京阪本線のように2大都市間を結んでいるわけでも沿線に大きい都市があるわけでもないこの路線は、畑以外何も無いようなところを走ることから「ミミズ電車」と皮肉られて採算性に疑問の声も多かった。しかし、同社の専務(実質の会社代表で、後に社長となる)であった小林一三は路線が開業するやいなや沿線開発を積極的に推し進め、住宅地や遊楽施設をつくり上げて乗客獲得に成功する。これは、日本の私鉄経営モデルの模範となった。

なお神戸線が1920年に開業した後は、しばらく乗客数が低迷した同線のほうへ社の重点が置かれるようになり、同線の中古車が宝塚線に回されたりすることもあった。優等列車の運転も、神戸線より2年遅れて実施されている。さらに梅田 - 十三間では宝塚線と神戸線の運賃が1942年まで異なっており(神戸線のほうが数銭高く、基本的に同区間の移動では宝塚線を使う必要があった)、同区間で満員の宝塚線電車をがら空きの神戸線電車が追い抜くこともあった。これは乗客から不評であったという。

また、池田以西の利用客は長らく少なく、平井(後に山本へ統合して廃止)・山本・売布神社などといった駅のプラットホームは2両編成が停車する分の長さしかなく、3両編成の電車は通過していた。さらに2両編成の場合でも、車掌に対して降りる旨を伝えておかないと、通過することがあったという。

1932年(昭和7年)より、宝塚本線にも急行が設定されるようになった(所要時間35分)。数年後にはわずかながら所要時間を短縮し、最新鋭の320形電車を投入するなどの積極策に出ている。これは、阪神の系列の阪神国道自動車(阪国バス、現・阪神バス)が、大阪 - 宝塚間に直通バスを走らせたことに対抗するものであったとされる。宝塚本線にとって、競争らしい競争はこの後、国鉄福知山線の電化まではなかった(ただし、阪国バスには阪急も出資していた)。

[編集] 戦中 - 昭和末期

戦中には軍需輸送などで乗客数が急増し、5両編成の運転も開始された。しかし戦後にはさらに急増する沿線人口に輸送力の増強が追いつかず、250%を超える殺人的な混雑に悩まされることになった。乗客の不満は大きく、1956年2月2日には車両故障を端緒とした暴動が発生するまでに至った(庄内事件)。このため、戦前からある伊丹線の延伸計画や後述の新線計画などバイパス路線の建設構想がいくつか持ち上がった。しかし、これらが実現することはなく、カーブの改良と車両の大型化、長編成化で乗り切った。1982年(昭和57年)、阪急で最初の10両編成運転を行ったのも、宝塚線であった。

[編集] 平成期

国鉄福知山線が複線電化され、民営化して輸送力を大幅につけてからはライバルとしてしのぎを削ることになる。

宝塚本線では、正月の初詣輸送で臨時に運転されるものを除いては、特急の設定がなかったが、1995年に十三・石橋・川西能勢口に停車する特急が梅田 - 宝塚間で運転開始された。平日ラッシュ時間帯に4本(朝・上り2本、夕・下り2本)設定された。1997年には、能勢電鉄に直通運転する特急日生エクスプレスが新設された。その代わり本線特急は平日2本(朝・上り2本)に減便されている。列車は8、10両編成で運転されている。

2000年、三国・豊中駅付近の高架化が完成したことを機に行われたダイヤ改正では、最高速度も100km/hに引き上げられ、特急の運転時間帯が全日の昼間に拡大された。停車駅に豊中・池田・山本を追加し、20分間隔の運行となった。また、梅田 - 宝塚間で、十三・石橋 - 雲雀丘花屋敷間の全駅に停車する通勤特急を平日朝のラッシュ時間帯に上り2本運行開始した。

2003年のダイヤ改正では本線特急と通勤特急が廃止され、急行を通勤急行に、準急を通勤準急に改称し、朝ラッシュ時のみの運転に変更された。十三・豊中 - 山本間の全駅に停車する快速急行、旧急行の通勤急行の停車駅に蛍池駅を追加した急行、中津・十三・曽根 - 宝塚間の全駅に停車する準急を、それぞれ梅田 - 宝塚間で運転開始した。

2006年には快速急行の運転も中止され、平日昼間ダイヤ及び休日ダイヤは雲雀丘花屋敷までが普通と急行がそれぞれ10分間隔にしか運転されなくなった正月特別ダイヤと同じダイヤとなった。結果的には、1995年ダイヤ改正直前に近い運転体系となっている。

[編集] 年表

  • 1910年(明治43年)3月10日 箕面有馬電気軌道が梅田 - 宝塚間を開業。
  • 1910年(明治43年)4月25日 蛍池駅開業。
  • 1912年(明治45年)5月30日 曽根駅開業。
  • 1913年(大正2年)4月8日 能勢口駅開業。
  • 1913年(大正2年)9月29日 豊中駅開業。
  • 1914年(大正3年)3月21日 売布神社駅開業。
  • 1916年(大正5年)8月5日 雲雀ヶ丘駅開業。
  • 1920年(大正9年)7月16日 十三駅より分岐して神戸線開業。梅田 - 十三間が同線電車と共用になる。
  • 1925年(大正14年)11月4日 中津駅開業。
  • 1926年(大正15年)7月2日 中津 - 十三間の新淀川駅廃止。
  • 1926年(大正15年)7月5日 梅田 - 十三間が高架化。複線の別線を新設し神戸線と分離。旧地上線の梅田駅から北野駅までを北野線とする。
  • 1932年(昭和7年)10月1日 急行の運行を開始。
  • 1944年(昭和19年)9月1日 雲雀ヶ丘 - 山本間の平井駅廃止(現在でも山本駅の駅名標には「山本(平井)」と書かれている。画像を参照)。
  • 1949年(昭和24年)1月1日 北野線休止。
  • 1951年(昭和26年)5月15日 庄内駅開業。
  • 1956年(昭和31年)2月2日 服部 - 庄内間で車両故障が発生したことを端緒に乗客による暴動が発生。大阪府警や小林米三阪急電鉄専務が説得するも運行不能となる(庄内事件)。車両大型化の契機となる。
  • 1959年(昭和34年)2月18日 北野線跡地を使用し梅田 - 十三間を複々線化。新設の東側2線を京都線が使用開始。
  • 1961年(昭和36年)1月16日 花屋敷 - 山本間の雲雀ヶ丘駅を廃止し、雲雀丘花屋敷駅開業。
  • 1962年(昭和37年)5月1日 能勢口 - 雲雀丘花屋敷間の花屋敷駅廃止。
  • 1965年(昭和40年)7月1日 能勢口駅を川西能勢口駅と改称。
  • 1969年(昭和44年)8月24日 架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。
  • 1969年(昭和44年)12月14日 石橋 - 池田間高架化。
  • 1978年(昭和53年)3月10日 全線を軌道法に基づく軌道から地方鉄道法に基づく鉄道に変更。
  • 1982年(昭和57年)3月29日 平日朝の雲雀丘花屋敷→梅田間の急行2本で、阪急最初の10両編成運転を開始。
  • 1986年(昭和61年)4月30日 池田駅高架化完成。
  • 1993年(平成5年)9月25日 宝塚駅高架化完成(今津線は7月18日高架化)。
  • 1995年(平成7年)6月4日 特急を梅田 - 宝塚間で平日ラッシュ時間帯に運転開始。
  • 1996年(平成8年)3月24日 川西能勢口駅高架化完成。
  • 1997年(平成9年)11月8日 豊中 - 曽根間の高架化完成。
  • 1997年(平成9年)11月17日 特急日生エクスプレスを運転開始。
  • 2000年(平成12年)3月20日 三国駅高架化完成。これに伴う三国駅の移転により、全線で0.1km短縮。
  • 2000年(平成12年)6月4日 特急を全日昼間運転に。平日朝ラッシュ時に通勤特急を運転開始。制限速度30が解除され、全線での最高速度が90km/hから100km/hへ引き上げられた。
  • 2003年(平成15年)8月30日 本線特急と通勤特急の運転を休止。
  • 2006年(平成18年)10月28日 快速急行の運行を中止。

[編集] 新線計画

終戦直後、十三 - 豊中間の輸送力増強のため、神戸本線神崎川 - 曽根間に新線を建設して宝塚線の急行線とすることが計画され、1948年4月19日に神崎川 - 曽根間4.0kmの軌道事業特許を取得した。しかし、1960年代に、千里山線(現在の千里線)を延伸して箕面線と連絡する方針に転換し、急行新線建設の計画は中止された。ただし、この新しい計画も千里山線(南千里)と箕面線(桜井)の連絡についても双方を最短距離で結びたい阪急と千里ニュータウン北部(現在の北千里)の交通不便を解消したい大阪府側との思惑が一致せず実現しなかった。

1970年代に梅田と大阪空港とを結ぶ空港線が計画され、神崎川 - 曽根間の軌道特許をそれに生かすことも検討されたが、空港線の計画は中止された。同線の軌道特許は廃止されずに保持されたままであったが、2005年2月23日に阪急が工事施行認可申請を取り下げ、軌道特許が失効した。

[編集] 駅一覧

凡例
●:停車、|↑:通過、↑:片方向のみ運転。
特急日生…特急日生エクスプレス:平日朝夕のみ運転。
準急:梅田行きのみ運転。
普通:各駅に停車するため省略。
#印の駅は、列車待避が可能な駅。
駅名 駅間キロ 営業キロ 準急 通勤準急 急行 通勤急行 特急日生 接続路線 所在地
梅田駅 - 0.0 阪神電気鉄道:本線
大阪市営地下鉄:御堂筋線(M16)、谷町線東梅田駅:T20)、四つ橋線西梅田駅:Y11)
西日本旅客鉄道:東海道本線JR京都線JR神戸線JR宝塚線)・大阪環状線大阪駅)、JR東西線北新地駅
大阪府 大阪市北区
中津駅 0.9 0.9  
十三駅 1.5 2.4 阪急電鉄:神戸本線京都本線 大阪市淀川区
三国駅 2.0 4.4  
庄内駅# 1.6 6.0   豊中市
服部駅 1.5 7.5  
曽根駅# 1.2 8.7  
岡町駅 0.8 9.5  
豊中駅 1.0 10.5  
蛍池駅 1.4 11.9 大阪高速鉄道:大阪モノレール線(12)
石橋駅 1.6 13.5 阪急電鉄:箕面線 池田市
池田駅 2.4 15.9 箕面方面  
川西能勢口駅 1.3 17.2 能勢電鉄:妙見線
西日本旅客鉄道:福知山線(JR宝塚線)川西池田駅
兵庫県 川西市
雲雀丘花屋敷駅# 1.0 18.2 日生中央方面   宝塚市
山本駅 1.5 19.7  
中山駅 1.8 21.5  
売布神社駅 0.9 22.4  
清荒神駅 1.0 23.3  
宝塚駅 1.2 24.5 阪急電鉄:今津線
西日本旅客鉄道:福知山線(JR宝塚線)

[編集] 廃駅

駅名は廃止時のもの。

  • 新淀川駅(中津 - 十三間) - 1926年7月2日廃止。
  • 花屋敷駅(能勢口 - 雲雀丘花屋敷間) - 1962年5月1日、雲雀丘花屋敷駅に統合され廃止。
  • 雲雀丘駅(花屋敷 - 山本間) - 1961年1月16日廃止。
  • 平井駅(雲雀丘 - 山本間) - 1944年9月1日、山本駅に統合され廃止。

[編集] 過去の接続路線

[編集] 関連項目

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