西宮北口駅

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西宮北口駅
南西口(2005年10月28日)
南西口(2005年10月28日)
にしのみや きたぐち
- Nishinomiya-kitaguchi
(阪急西宮ガーデンズ前)
所在地 兵庫県西宮市高松町
駅番号 HK-08
所属事業者 阪急電鉄
駅構造 地上駅(5号線のみ高架ホーム)
ホーム (神戸本線)4面4線
(今津北線)3面2線
(今津南線)1面1線
乗降人員
-統計年度-
97,187人/日
-2012年-
開業年月日 1920年大正9年)7月16日
乗入路線 2 路線
所属路線 神戸本線
キロ程 15.6km(梅田起点)
HK-07 武庫之荘 (3.3km)
(2.7km) 夙川 HK-09
所属路線 今津線
キロ程 7.7km(宝塚起点)
HK-23 門戸厄神 (1.3km)
(0.9km) 阪神国道 HK-22

西宮北口駅にしのみやきたぐちえきは、兵庫県西宮市高松町[1]にある、阪急電鉄。副駅名は阪急西宮ガーデンズ前。西宮市の中心駅の一つである。

利用可能な鉄道路線[編集]

  • 阪急電鉄
    • 神戸本線
    • 今津線
      • 俗に、当駅から宝塚方面に向かう列車は「今津(北)線」、今津方面に向かう列車は「今津(南)線」と呼ばれている。

概要[編集]

神戸本線と今津(北)線の間を直通運転する準急直通特急臨時急行を除く(後記「のりば」参照)全営業列車が停車する。また、神戸本線の急行通勤急行は当駅以西で各駅に停車する。

高級志向の商業施設や、文化施設が駅周辺に集中している。また大阪(梅田駅)と神戸(三宮駅)のほぼ中間に位置しており、乗客数は西宮市内の駅で最も多い。このため、2000年代以降は住宅地としての人気が急上昇しており、2011年度の「関西住みたい街(駅)ランキング」(調査:長谷工アーベスト関西支社)では、2010年度に続いて第1位となった[2]

歴史[編集]

阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道が、灘循環電気軌道を買収して十三線の名称で阪神間の新線を計画した際は、この地域は今より北の門戸厄神東光寺付近を経由する、現在の山陽新幹線および国道171号のルートに相当するルートで申請されていた。これは十三線の敷設が主に伊丹一帯の開発を名目としていたためであり、また十三線の申請以前に宝塚 - 西宮香櫨園(現在の阪神本線香櫨園駅付近)間の免許を箕面有馬電気軌道が所有していたため、それと接続する形を取ったからでもあった。

しかし阪神間を高速で結ぶ目的を達するため、同社は伊丹へは支線の伊丹線を開業させることで代替とし、南の塚口を経由する短絡ルートへ変更した。それに伴い宝塚から南下する計画線との接続点も変更され、結果両線の接続および車庫の設置を目的とし、当地に駅が開設されることになった。以上の経緯は阪神急行電鉄の項目も参照のこと。

開業時、駅は西宮町(1925年に市制施行で西宮市となる)の市街地から大きく離れ、武庫郡瓦木村(1942年に同市へ編入)に属する農村地帯に存在したが、当初より「瓦木」ではなく「西宮北口」を名乗った[3]。これは、宝塚からの支線(西宝線として1922年に開業)をさらに南下させ、西宮の市街地まで延伸させる計画があり、それとの接続点ともなる予定であったからだと言われている(阪急今津線も参照)。しかし、この西宮市街地への延伸計画は実現せず未成線となり、代わりに阪神本線への接続を図る計画が立てられ、それを1926年に実施して現在の今津線となった。前述したダイヤモンドクロスはこのとき生じている。

1946年(昭和21年)10月14日には、当駅のホームにおいて漫才師ミスワカナ(初代)が心臓発作のため急逝(享年36)するという出来事もあった。

年表[編集]

  • 1920年大正9年)7月16日 - 阪神急行電鉄神戸線(現在の阪急電鉄神戸本線)開通と同時に開業[2]
  • 1921年(大正10年)9月2日 - 西宝線として宝塚駅 - 当駅間開業[2]
  • 1926年(大正15年)12月18日 - 当駅 - 今津駅間が開業[2]。宝塚駅 - 今津駅間が今津線となる。神戸線と今津線の間で平面軌道交差が生じる(後述)。
  • 1984年昭和59年)3月25日 - 駅改装に伴い駅構内のダイヤモンドクロスが廃止。今津線の運行系統が当駅を境に分断される。
  • 1987年(昭和62年) - 橋上駅舎化[2]
  • 1995年平成7年)
  • 2009年(平成21年)1月17日 - 5号線ホームを8号線上の仮設ホームに移設[4]
  • 2010年(平成22年)12月5日 - 5号線ホーム高架化。改札口2か所増設(東改札口、南東改札口)。8号線上に踏切新設(西宮北口南踏切)。
  • 2013年(平成25年)12月21日 - 駅番号導入。

駅構造[編集]

神戸線ホームと今津(北)線ホームは橋上駅であるが、今津(南)線ホームにあたる5号線のみ高架駅となっている。改札口は、7号線ホーム横の北西口が廃止されて以降、長らく2階コンコースに南側1か所・北側1か所の計2か所であったが、5号線ホーム高架化完成に合わせて南側2か所・北側1か所、5号線ホーム南端1か所の計4か所に増設された[2]。阪急電鉄の駅で、改札が4ヶ所ある駅は珍しいケースである[2]

橋上駅舎の外周には、環状のペデストリアンデッキが設けられており、神戸線と今津線の2線によって分かれる4つの駅周辺地域を自由に行き来できるようになっている[2]。東半分は橋上駅舎化された際に開通していた[2]ものの、西半分は資材置き場などとして使用されたまま20年以上放置されていたが、2005年11月下旬になってようやく開通した[2]

2010年12月に5号線が高架化されてからは、5号線ホームがペデストリアンデッキと同一階となり、南側のペデストリアンデッキが駅構内により分断されている[2]。このため、当駅の南東側と南西側の間を通行する場合には地平部に降りる必要があるが、動線の機能補償として、地上階に自由通路と踏切(西宮北口南踏切)、コンコース階とつなぐ2基のエレベーター(各13人乗り)が設置されている[2]。南東側と南西側を行き来する場合でも、ペデストリアンデッキからエレベーターで地上に降り、自由通路と踏切を通過して行き来することができる[2]

以前は、南北に分断された今津線を高架化によって再度繋げる計画があり、その計画では今津線ホームが3階部分を通ることを想定していたために、橋上駅舎を支持する一部の柱はその計画に対応して太くなっている。しかし今津南線の5号線ホームは2階部に建設されたため、南北の線路が再び繋がる可能性は事実上無くなっている[5]

高架化される前の5号線ホーム北側(1号線降車ホーム南側)の連絡通路部には臨時改札口があった。この臨時改札口は、阪急西宮スタジアムでのイベント開催時(主にプロ野球阪急ブレーブス(現在のオリックス・バファローズ)公式戦、西宮競輪やコンサートなど)に使用されたが、阪急西宮スタジアム閉鎖により使用される見込みがなくなったことから後にシャッターの2/3は撤去され、出入口の付いた壁となっていたが、5号線ホームの高架化に合わせて取り壊された。また、橋上駅舎化されてからも暫くは7号線降車ホーム横(現在の北西口出入口付近)に旧来の西改札口が残存していたため、その名残で7号線降車ホームとコンコースを連絡するエスカレーターは2基設置されている。

のりば[編集]

1・2 神戸本線(下り) 神戸(三宮)六甲新開地山陽電鉄線明石姫路)方面
3・4 神戸本線(上り) 大阪(梅田)十三伊丹京都北千里方面
5 今津(南)線 今津阪神国道方面
6・7 今津(北)線 宝塚門戸厄神甲東園仁川川西能勢口箕面方面
(6号線はラッシュ時のみ使用)
神戸本線:1 - 4号線
待避設備を持つ4面4線(うち島式ホーム2面)となっており、ホーム有効長はいずれも10両編成に対応している。1号線と4号線は両側をホームで挟む構成であり、外側のホームは降車専用となっている。3・4号線ホームは、降車ホームを若干削って拡幅された。また、1号線の大阪側と2号線の神戸側には折り返し線が隣接して設けられている。配線上では1号線と4号線が待避線、2号線と3号線が主本線であるが、混雑緩和と降車専用ホームの有効活用のため、2006年10月28日のダイヤ改正までは基本的に待避列車を主本線の2・3号線に入れ、速達列車を待避線の1・4号線に入れて追い越す形を基本としていた。現行ダイヤでは特急のスピードアップに合わせて、日中は基本的に特急が主本線の2・3号線、普通が待避線の1・4号線に入線している。
今津(南)線:5号線
単式ホーム1面1線で、有効長は3両編成に対応している。このホームのみ高架構造となっており、コンコースと同じレベルで接続し、スムーズな乗り換えを可能としている。5号線は今津線の分断により当初は地上部に設けられ、ホーム真下には半地下構造の改札外通路が設置されていた。なお、5号線のすぐ隣にあり、今津線車両の入出庫に使用されている8号線は高架化されず地平部に残されている。高架工事は駅近辺の線路高架化と共に実施されたが、駅部分については国土交通省の鉄道駅総合改善事業として行われたため、国や自治体から補助金の拠出を受けるため阪急グループの第三セクターである北大阪急行電鉄が工事に関係する施設を保有して事業主体となり阪急が受託する形で工事が実施された[6]。この5号線の高架化工事の際には、2009年1月17日から2010年12月5日まで、5号線を閉鎖した上で旅客列車は全て8号線に設置された仮設ホームに発着するようになり、この仮設ホームも旅客案内上は「5号線ホーム」としていた。
今津(北)線:6・7号線
頭端式ホーム3面2線で、有効長は6両編成に対応している。両端が降車専用、中央が乗車ホームとなっている。神戸本線4号線降車ホームとは壁一つ隔てて繋がっており、非常用の扉も設けられている。主に7号線を使用し、6号線は朝・夕方 - 夜間と臨時列車(主に阪神競馬開催日夕方の増発)の運転時に使用する。
6号線降車ホーム東側に神戸本線との渡り線(社内呼称9号線)があり、今津(北)線車両の入出庫と直通列車(直通特急・臨時急行・準急)が使用するが、ホームが存在しないことから上記直通列車は通過扱いとしている。渡り線のカーブ内側に沿った引き上げ線は西宮車庫の車両の入れ替えに使用されている。

配線図[編集]

阪急西宮北口駅配線図
↑ 今津線(今津南線)
今津方面

神戸本線
梅田方面
阪急西宮北口駅配線図
神戸本線
三宮方面
↓ 今津線(今津北線)
宝塚方面
凡例
出典:『鉄道ピクトリアル』2010年8月臨時増刊号 巻末付属の阪急電鉄線路配線略図による


店舗[編集]

改札内には多数の店舗があり、コンコース内だけでもブックファースト551蓬莱・喫茶店・雑貨店などが軒を連ねている。また、6・7号線ホーム宝塚方にはイートインベーカリー「フレッズカフェ」(当初はマクドナルドであった)や化粧雑貨店「カラーフィールド」、QB HOUSE、同ホーム階段側にはasnas阪急そば 若菜がそれぞれ営業している。

橋上駅舎化以前[編集]

1987年に橋上駅舎化される以前は、各ホームが離れた状態で設置されていた。駅開業当初は構内踏切で各ホームを連絡していたが、危険が伴うので後に地下道が設けられ、各ホームの連絡はこちらを使用するようになった。ただし、構内踏切も今津線分断化まではラッシュ時や阪急西宮球場(のちの阪急西宮スタジアム)での野球・競輪やイベント開催時には使用されていた。改札口は、神戸本線北側に地下の東改札口と地上の西改札口、元臨時改札口付近に設置された地上の南改札口の、計3か所あった。また、地下道上の明かり取り窓の上には花壇が設けられていた。これらの地下道は、1984年平面交差解消後も1年間使用され、1985年の橋上駅舎落成により閉鎖された。さらに、神戸本線と今津線の列車同士が衝突するのを避けるため、それぞれの平面交差手前に脱線転轍器(脱線ポイント)が設けられていた。

神戸本線:1 - 4号線
南北に結ぶ今津線を挟んで、東側に神戸方面行きホーム(1・2号線)、西側に大阪方面行きホーム(3・4号線)が存在していた。1号線と4号線は現在と同様に両側をホームで挟む構成で、外側のホームが降車専用となっていた。ただし、当時は神戸側に折り返し線はなく、折り返しの車両はいったん神戸側に引き上げ、本線上で直接折り返しを行っていた。
既に宝塚本線京都本線で実施されていた10両編成運転を神戸本線でも実施するため、1984年に平面交差を解消。1985年に橋上駅舎化された際に、1・2号線ホームは現在の位置である3・4号線の南側に移動した。さらに地下道入口閉鎖工事とともにホームを延長して10両編成対応とした。また3・4号線も、大阪側にホームが延伸された。
今津線:5 - 7号線、旧8号線
上下線とも東西に結ぶ神戸本線を挟んで北側にあり、西側から7号線降車ホーム、7号線・6号線(宝塚方面)ホーム、5号線(今津方面)ホームとなっていた。当駅までの運行列車は基本的に7号線に入線していたが、すぐ隣の西宮車庫に入庫する列車は5号線で折り返していた。また、1977年に今津線6両編成化による駅改良工事を実施するまでは7号線の西側に旧8号線が存在しており、ラッシュ時の折り返し用に使用されていた。
1984年の平面交差解消後に、6号線の線路部分は埋められ、現在の6・7号線乗車用ホームとなった。また同様に旧5号線ホームは6号線降車ホームとなっている。なお、線路の位置自体は、6号線降車ホームを拡幅するため、後の工事で元の5号線よりも若干西側に移動している。
旧8号線は、かつては神戸本線上り線と線路が繋がっており、これらの線を使用して宝塚 - 神戸間直通列車が運行されていた。京都 - 宝塚間を神戸本線・今津線経由で直通する「歌劇特急」も、宝塚から京都へ向かう場合はこれらの線を経由していったん神戸本線に入線し、当駅での客扱いを行っていた。また、9号線と合わせてデルタ線(三角線)を形成していたことから、これを用いて京都線用の100形(P-6形)を方向転換したこともある。これらの神戸側の連絡線機能はいずれも昭和40年代初頭までに廃止され、折り返し専用となった。

ダイヤモンドクロス[編集]

ダイヤモンドクロス 今津線宝塚行の列車が神戸線を横切る
「高松ひなた緑地」に保存されているダイヤモンドクロス

当駅のダイヤモンドクロスとは、かつて1・2号線ホームの西側、3・4号線ホームの東側、5 - 7号線ホームの南側に存在していた、神戸本線と今津線が直角に交わる平面交差を指す。

1926年の今津線延伸当時は立体交差が技術的に難しかったこともあり、平面交差を採用した。路面電車同士や路面電車と鉄道線の平面交差は珍しくはなかったが、高速走行を前提とする路線同士が平面交差するものとしては日本唯一のものであった[2]

長らく神戸本線と今津線の運行ダイヤ作成上のネックであったが、神戸本線のラッシュ時の特急などの優等列車10両編成化に伴い、1984年に今津線側を分断してダイヤモンドクロスは消滅した[2]。以降今津線は当駅で今津(北)線と今津(南)線の2路線に分割された形となっている。

当時のレールの一部は、北神急行電鉄谷上車両基地に保存・展示されており、見学会の際などに公開されることがある。その他、阪急西宮ガーデンズ内の「阪急西宮ギャラリー」には1982年 - 1984年ごろの当駅周辺を再現した150分の1のジオラマが置かれ、駅北側にある「高松ひなた緑地」にはレールの実物が展示されている。


阪急西宮北口駅配線図(平面交差時代)
↑ 今津線 今津方面

神戸本線
梅田方面
阪急西宮北口駅配線図(平面交差時代)
神戸本線
三宮方面
↓ 今津線 宝塚方面
凡例
出典:川島 P.57による。
平面交差時代(1984年以前)の配線図。点線の線路のうち、神戸本線と今津線との連絡線は1968年に、8号線となった残りの線路は1977年に廃止され、水色のホームは降車専用ホームとなった。



利用状況[編集]

  • 2012年の平日1日平均乗降人員は97,187人(乗車人員:48,515人、降車人員:48,672人)である。この値は、阪急電鉄全線において、梅田駅、三宮駅に次ぐ第3位である[7]
  • 2012年の土日休日を含めた年間乗車人員は18,425,000人である。したがって、1日平均乗車人員は50,342人である。
    • 阪急西宮ガーデンズ開業以降、利用客は増加傾向にある。特に、開業直後にあたる2008年12月の乗降人員は1日平均約114,000人で、三宮駅を上回った[2]。2009年1月になってからも前年実績を2 - 3万人上回る数字を残している[8]

近年の1日平均乗降・乗車人員の推移は下記の通り。いずれも神戸線・今津線間の乗換人員は含まない。

1日平均乗降・乗車人員推移[9]
年次 平日限定
乗降人員
乗車人員
平日+土休日 平日限定
1995年(平成07年) 38,612
1996年(平成08年) 39,779
1997年(平成09年) 39,055
1998年(平成10年) 37,521
1999年(平成11年) 36,711
2000年(平成12年) 36,111
2001年(平成13年) 38,488
2002年(平成14年) 43,575
2003年(平成15年) 40,436
2004年(平成16年) 39,463
2005年(平成17年) 40,140
2006年(平成18年) 39,668
2007年(平成19年) 75,664 40,792 37,773
2008年(平成20年) 81,344 40,560 40,600
2009年(平成21年) 93,623 43,353 46,736
2010年(平成22年) 93,783 48,033 46,828
2011年(平成23年) 95,424 49,301 47,648
2012年(平成24年) 97,187 50,342 48,515

駅周辺[編集]

昔からの地元住民や、阪神間で「キタグチ」といえば西宮北口を指すが、2000年代以降は「ニシキタ」と呼ばれることの方が多い。開業当時は周囲に何もない駅だったとされているが、大阪や神戸への利便性や、高級住宅街のイメージも手伝い、戦後は急速に市街化が進展した。

駅の北西エリア、甲風園、北昭和町・南昭和町(旧昭和園)の一帯は西宮七園を構成するお屋敷街として、谷崎潤一郎の作品世界の雰囲気を伝えている。また多くの児童・生徒が通学に当駅を利用することから、大手から中小まで学習塾予備校が立地する関西有数の塾激戦区ともなっている。

駅南東側には阪急ブレーブス(現在のオリックス・バファローズ)の本拠地である阪急西宮球場(のちの阪急西宮スタジアム)があった。このため当駅にはその当時(「阪急西宮球場前」→)「阪急西宮スタジアム前」の副駅名が付けられていた。スタジアムは2002年をもって閉鎖され、2004年から2005年にかけ解体された。この跡地の再開発により誕生したのが阪急西宮ガーデンズである。

阪神大震災と駅前再開発[編集]

阪神・淡路大震災では、当駅周辺にも大きな被害を受けた。特に、古い木造建築が密集した駅の北東地区は壊滅的な被害を受けた[2]。また、阪急神戸本線が不通になっていた時期には、阪急西宮スタジアム前(現在の阪急西宮ガーデンズ北西駐輪場付近)が代替バスの発着場所となっており、毎日長蛇の列ができた。

阪神・淡路大震災前は、駅を基準に、概ね、以下のような特徴を有していた。

駅周辺は幅員の狭い道が非常に多かったことから(2000年代以降でもいくつか残されている)、戦後は路線バストラックなど大型車両の通行が困難を極めるようになり、周辺道路にも影響をおよぼすなど街の発展を阻害する状況に陥っていた[2]。そのため土地区画整理事業により現在の姿へと再開発することが震災前から計画されていたものの、周辺住民の猛反対により頓挫していた。だが、震災からの復興を機に駅周辺一帯が西宮市の土地区画整理事業の推進地区となり、併せて周辺住民の理解も得られたことから再開発が急速に進展した。

  • 北東地区:北東震災復興再開発事業が行われ、市場や商店街の跡地に地上18階建ての再開発ビル「アクタ西宮」が建設された[2]。また、駅東側を南北に結ぶアンダーパスが拡充整備され、周辺道路の交通事情が大幅に改善された[2]
  • 北西地区:銀行・証券会社・学習塾や飲食店がひしめき合う。震災による被害が少なく、甲風園や昭和園などの閑静な住宅街が残っている[2]
  • 南東地区:阪急西宮スタジアムなどのスポーツ施設が閉鎖・解体され、その跡地には西日本最大級のショッピングセンターである「阪急西宮ガーデンズ」が2008年11月26日に開業し、同時に駅直結のペデストリアンデッキが新設された[2]。さらに、阪急西宮ガーデンズ西側の隣接地に、甲南大学が新キャンパス「Konan CUBE 西宮」(マネジメント創造学部)を2009年4月に開設した[2][10]
  • 南西地区:新たに出口とロータリーが設けられ、シェルター型のバスターミナルが整備された[2]。駅に隣接する老朽化した公団住宅は取り壊され、その跡地に阪急不動産などによる高層分譲マンション、「ジオタワー西宮北口」(26階建て・194戸)が竣工した[2]。バスターミナル南側には南東側にあったマンションなどの立ち退きに伴う再開発ビル「プレラにしのみや」・兵庫県立芸術文化センター2005年10月開館)、芸術文化センターと駅を直結するペデストリアンデッキ、さらにその間のバスターミナル横には商業ビルとスポーツクラブ、高層タワーマンションが建設された[2]。スーパーは閉店し解体されたが、現状は更地のまま残され、新築分譲マンションのモデルルーム用地として活用されている。

周辺施設[編集]


バス路線[編集]

南側バスターミナル

阪急バス

  • 1番のりば
  • 2番のりば
    • 11番(西宮市内線) 関西学院前甲東園 行【JR西宮・中村・上ヶ原六番町経由】
    • 12番(西宮市内線) 関西学院前・甲東園 行【能登町・上ヶ原六番町経由】
    • 15番(西宮市内線) 関西学院前・甲東園 行【能登町・神戸女学院西門前経由】
    • 16番(西宮市内線) 関西学院前・甲東園 行【能登町・愛宕山経由】
    • 19番(西宮市内線) 関西学院前・甲東園 行【JR西宮・中村・愛宕山経由】
  • 3番のりば
    • 22・23番(西宮市内線) 朝凪町 行【両度町・JR西宮・西宮市役所前(阪神西宮駅東口)・誠成公倫会館[※開館日のみ]経由】
    • 24番(西宮市内線) 朝凪町 行【西宮営業所前・JR西宮・西宮市役所前(阪神西宮駅東口)・誠成公倫会館[※開館日のみ]経由】

阪神バス

  • 1番のりば
    • 西宮北口線 阪神西宮 行【JR西宮(北口)・西宮市役所前(国道上)経由】
    • 甲子園西宮北口線 阪神甲子園 行【高畑町・国道上甲子園経由】
      • 上記2路線は阪急バスとの共同運行。
    • 西宮浜線 西宮浜方面 行【JR西宮(南口)・西宮市役所前(国道上)・阪神西宮経由】

北側バスターミナル

空港リムジンバス

作品における描写[編集]

隣の駅[編集]

阪急電鉄
神戸本線
特急
十三駅 (HK-03) - 西宮北口駅 (HK-08) - 夙川駅 (HK-09)
直通特急「あたご」・通勤特急・快速急行・急行(急行は当駅 - 三宮駅間の各駅に停車)
塚口駅 (HK-06) - 西宮北口駅 (HK-08) - 夙川駅 (HK-09)
直通特急「とげつ」・臨時急行・準急(今津北線から直通)
通過(神戸本線と今津北線との渡り線(連絡線)を通り、客扱いはしない)
通勤急行・普通
武庫之荘駅 (HK-07) - 西宮北口駅 (HK-08) - 夙川駅 (HK-09)
今津線(今津北線)
直通特急「とげつ」・臨時急行・準急(神戸本線へ直通)
通過(神戸本線と今津北線との渡り線(連絡線)を通り、客扱いはしない)
普通
門戸厄神駅 (HK-23) - 西宮北口駅 (HK-08)
今津線(今津南線)
西宮北口駅 (HK-08) - 阪神国道駅 (HK-22)
  • 直通特急「あたご」「とげつ」は、いずれも春・秋の行楽シーズンにのみ運転。

   開業時から戦中にかけては、西宮神社および廣田神社の最寄り駅として、西宮戎臨時駅が隣の夙川駅との間に設けられていたことがあった。

参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 駅北東に「北口町」があるが、当駅は高松町の区域である。駅名は町名にちなんだものではなく、町名が駅名にちなんだもの。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa 阪急電鉄の"駅とまち" (PDF) - 日本民営鉄道協会
  3. ^ 阪急神戸線の開業後の1934年(昭和9年)7月20日東海道本線JR神戸線)において同じ瓦木村へ設置された駅も「瓦木」ではなく、阪神電気鉄道が開発した甲子園にちなんで「甲子園口」を名乗っている。
  4. ^ 阪急今津線仮ホームに切替!(平成21年1月17日)(兵庫県)
  5. ^ 「南北再接続 夢にーー阪急今津線・西宮北口駅高架化」『朝日新聞』2010年11月27日朝刊、第13版、第29面。
  6. ^ 西宮市・阪急今津線立体交差化事業 (PDF) - 駅改良事業の施行者が「北大阪急行電鉄株式会社(第3セクター)」と記されている。
  7. ^ 阪急電鉄 鉄道情報ホームページ 駅別乗降人員(上位50位)
  8. ^ 阪急の乗降客数、西宮北口2位浮上-昨年12月「ガーデンズ」効果で三宮抜く - 日経ネット関西版
  9. ^ 西宮市統計書
  10. ^ 当初は2008年4月に開設を予定していたが、現地の遺跡調査により奈良時代井戸木簡などが発掘されたため延期された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]