阪神競馬場

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阪神競馬場
スタンド
施設統計
所在地 兵庫県宝塚市駒の町1-1
開場 1907年
所有者 日本中央競馬会
管理・運用者 日本中央競馬会
コース
周り
馬場 芝・ダート
収容能力
8万人

阪神競馬場(はんしんけいばじょう)は、兵庫県宝塚市(一部西宮市)にある中央競馬競馬場である。施行者ならびに管理者は日本中央競馬会(JRA)である。競馬場の最寄駅から仁川(にがわ)とも呼ばれる。

アメリカイリノイ州アーリントンパーク競馬場と姉妹提携を結んでおり、阪神競馬場ではアーリントンカップ(GIII)、アーリントンパーク競馬場ではハンシンカップ(Hanshin Cup, GIII)が開催されている。

目次

[編集] コースの概要

空から見た阪神競馬場

芝コースは、内回りが1周1,689m、直線356.5m。外回りが1周2,089m、直線473.6m(いずれもAコース使用時)。フルゲートは18頭(1,200m・2,000m・3,000mは16頭)。ダートコースは1周1,517.6m、直線352.5m、フルゲートは16頭。 コースは全体におむすび型。第3コーナーが直角に曲がるのがポイント。

かつてはコース全体が平坦であったが、1991年平成3年)の改修で4コーナーからゴール手前にかけて上り坂が設けられた。

現在は、平地競走において、芝1,200m、1,400m、1,600m、1,800m、2,000m、2,200m、2,400m、2,600m、3,000m、3,200m、ダート1,200m、1,400m、1,800m、2,000m、2,600m[1]、障害競走においては芝3,000m、3,140m、3,800m、3,900m、芝→ダート2,970m、3,110mの競走距離が設定可能である。過去には、3コーナーのポケットからスタートする芝2500mの距離設定が存在したが、2006年12月の改修工事に伴い、廃止された。

このうち、春に開催する牝馬三冠競走の第1弾・桜花賞と初冬に開催する2歳牝馬限定の阪神ジュベナイルフィリーズの競走距離である芝1,600mのコースについて、スタート地点の1コーナーのポケットから2コーナーかけて窮屈であるため内外で不利が発生することが多かった。

これを解消するために、59億8500万円の費用を投じて、隣接する新明和工業工場跡地を買収し、2006年(平成18年)の12月開催(12月2日から開催の「第3回阪神競馬」)から新たに芝外回りコースが設けられた。この改修により、芝1,600mのスタート地点も向正面に変更され、芝コースについては新たに芝外回り1,400m[1]、1,600m、1,800m、2,400m、2,600m[1]、3,200m[1]の競走距離が、更にダートも2,000mの競走距離が新設された[2]。芝外回りの最終コーナーから決勝線までの直線が、中央競馬の右回り競馬場としては最長距離(473.6m/JRAでは3番目・第1位が新潟の芝外回り、第2位が東京の最終直線)になった。

芝外回りコースは3コーナーから4コーナーにかけて682mにも及ぶ長いカーブが大きな特徴であり、これはJRAのどの競馬場よりも長い3~4コーナーカーブとされている。

阪神競馬場のリニューアルオープン記念ポスターは2枚用意している。1枚はオール阪神・巨人がキャラクターのポスター(阪神の身長が巨人より高くなっているもの・ポスタータイトルは大きなったなあ・阪神くんである)で、もう1つのポスターは馬場が大きくなることとプロレスラーのジャイアント馬場に掛け合わせた、言わば駄洒落的なポスター(ジャイアント馬場の足が印刷されている)である。

上記の工事は2005年(平成17年)4月から開始され、内回りコースと外回りコースを結合する工事を実施する2006年(平成18年)6月~9月の開催のみ関西の他場(京都・中京)に振替された。新・阪神競馬場のバックストレッチのハロン棒は新潟同様に内と外で距離が変わる為に2種類のハロン棒を合体させたものが使用されている。

また、内回りと外回りの結合点付近に川が流れているため、国内では埼玉県の地方競馬場・浦和競馬場に続き2か所目(なお、廃止になった大阪・春木競馬場も含めれば3か所目となる。)、中央競馬の競馬場としては史上初めて、橋上に馬場を通して競馬を行う。

スタンドは柱番号が24番までと、東京競馬場(柱番号54番まで)、中山競馬場(柱番号45番まで)、京都競馬場(柱番号42番まで)と比較して小振りである分、セントウルガーデン、スカイパークステージをはじめとしたスタンド外のエリアが広く、開放感のある競馬場となっている。かつてはスカイブルーステークスというレースも行われていた。

[編集] アクセス

阪急今津線仁川駅から専用地下道で徒歩5分。

  • かつては横断歩道を渡るなどせねばならず、渋滞と交通整理が付きものだったが、現在は専用地下道が整備され、雨天でも場内まで傘を差さずに向かうことができる。
  • 大阪、神戸方面からは西宮北口駅で今津線に乗り換えとなる。
  • 阪神競馬開催日は、メインレース終了時から17時頃まで、概ね10分間隔で仁川始発の梅田行き臨時急行(停車駅:塚口十三)が運転される。また、今津線内(西宮北口-宝塚間)の各駅停車は、通常は10分間隔での運転のところ、16時から17時30分頃までは4~6分間隔で運転される。

[編集] 歴史

1907年明治40年)に、現在の西宮市の鳴尾浜の両岸に作られた、関西競馬倶楽部によって開催された西浜の関西競馬倶楽部競馬場と鳴尾速歩競馬会によって開催された東浜の関西速歩競馬場がルーツ(この2つの競馬場を総称し、鳴尾競馬場と呼んでいた)。馬券発売禁止時代に、馬政局の命令により両倶楽部は合併され、阪神競馬倶楽部となり、1910年(明治43年)、関西速歩競馬場は廃止となる。1916年大正5年)に阪神電気鉄道が競馬場の内側に2面の野球場(鳴尾球場)を含む総合運動場を作り、翌年に「全国中等学校優勝野球大会」を開催する。

1937年昭和12年)に日本競馬会阪神競馬場と改称する。1943年(昭和18年)、隣にあった川西航空機が軍用機を製造していたため用地を接収され阪神競馬場は廃止となる。このとき武庫郡良元村の逆瀬川付近(現在の宝塚ゴルフ倶楽部を含む用地)に移転する計画がもち上がり、厩舎や調教コースの一部は完成していたが、終戦後にゴルフ場が連合軍に接収されたため、代わりの場所として、仁川の川西航空機軍需工場(宝塚工場)跡に新競馬場を建設し1949年(昭和24年)に完成した。但し当初はあくまで暫定的な競馬場として考えられており、将来的には当初予定の場所に本式の競馬場を建設する計画だったが、結局実現せずに現在に至る。その様な経緯により、当初は京阪神競馬(現・京阪神不動産株式会社)の私有物だったが、1955年(昭和30年)に、前述の競馬場予定地と交換する形でJRAに譲渡している。同社は現在、ウインズビル(梅田、神戸、京都、難波)をJRAに賃貸している。

1995年(平成7年)1月17日阪神・淡路大震災で壊滅的被害を受ける。パドックの屋根が大きく傾き、芝、ダートの各コースにもひびが入った。無事であった厩舎地区は被災者の避難場所として使用された。このために2月25日から4月16日の1回、2回阪神競馬は京都競馬場へ、5月20日から6月11日の3回阪神競馬は中京競馬場で(但し、震災直後の1月21日22日の京都競馬が取りやめとなったので、その分の代替開催を震災復興支援レースとして6月3日4日=宝塚記念を開催=に割り当てた)、9月9日から10月1日の4回阪神競馬は京都競馬場でそれぞれ代替開催された。これに伴って、GI級競走の桜花賞および宝塚記念が京都競馬場での開催となった。大震災から11か月後の12月2日に阪神競馬を再開した。

1996年(平成8年)以後、これまで阪神に割り当てられていた5~6月の開催が中京競馬場と開催節交換となり、6~7月の開催に変更された。これは以下の理由[要出典]が考えられている。

  • 中京競馬場の名物レースである高松宮杯(現:高松宮記念)が、JRAGIレースに昇格したこと
    同レースはそれまで2000mで行われていたが、JRAGI昇格に伴い1200mに短縮し、春のスプリント王決定戦に性質を変更したことから、春のGI級戦線の終盤戦に開催時期を変更した(なお、現在はマイル路線を含む短距離の総合的なローテーション確立のため3月最終週に変更。)。
  • 宝塚記念等の主要重賞レースに3歳馬(2000年までは数え4歳)の出走を促すためのローテーションの確保
    日本ダービーから宝塚記念まで旧来は中1週しか開いていなかったが、1996年(平成8年)当時は中1か月程度になった。しかしそうすると夏季を休養に当てる3歳馬を含む主力馬の出走がより困難になるということで2000年(平成12年)にもう一度日程を見直して6月最終週に変更した。
  • 関東・関西とも6月中旬~9月初旬に3か月間連続でローカル開催にするよりも、7月初旬の開催まで4大競馬場(主場)での開催を確保し、売り上げの増大を図る。

2008年4月13日に行われた第68回桜花賞競走において、1着に12番人気のレジネッタ、2着に15番人気のエフティマイア、3着に5番人気のソーマジックが入り、3連単の配当は7,002,920円(4080通り中3161番人気)を記録した。この配当は、阪神競馬史上歴代1位で、当時の3連単におけるJRA歴代6位の高配当となった。

馬場内は、2008年9月14日より施設が閉鎖されたため、入場できなくなっている。

2009年12月5日(土)の第5回開催より、ハイビジョン対応の2面マルチターフビジョンにて映像提供する予定である。2009年6月29日、JRAより発表された。阪神競馬場に新ターフビジョン!

[編集] 場内の施設

パドック
セントウル像

[編集] スタンド

1991年(平成3年)に改修された6階建てで、4階から6階は指定席となっており、2階から6階にかけては前面ガラス張りの冷暖房完備となっている。中央コンコースを挟んで東と西に分割されている。

指定席がある。

  • Sラウンジ(スーパービューラウンジ)
    スタンド6階 288席禁煙 3,300円(一般入場料別) JRAカードによる電話予約にて発売
  • Aシート(アペックスシート)
    スタンド4階 1134席禁煙 2,300円(一般入場料別) JRAカードによる電話予約にて発売
  • Bシート(ボナンザシート)
    スタンド5階 680席禁煙 1,800円(一般入場料別) JRAカードによる電話予約にて発売
  • Bシート(ボナンザシート)
    スタンド4階 1134席禁煙 2,000円(一般入場料込) 当日先着順にて発売

当日発売のBシートは開門前から発売される(ただしGI競走開催日は、開門約30分前から開門までは中断)ため、開門前からBシートエリアに入ることが出来る。ただし、開門後までBシートエリアを出ることは出来ない。

  • 車椅子専用指定席(5階Bシート内 4席禁煙 1,800円<一般入場料別 同伴者は1名まで無料> 当日先着順にて発売)

車椅子で観戦できる一般スペースは、東・西ウイング3階と、東ウイング2階にある。

シルバーシートがある。満65歳以上が対象。東ウイング3階に216席、東ウイング2階に138席があり、利用するには年齢を証明出来るものが必要となる。

[編集] ATM

1Fコンコース横にはりそな銀行現金自動預け払い機(ATM)が設置されており、りそな銀行、埼玉りそな銀行近畿大阪銀行のキャッシュカードでは終日(運用時間は9:00~17:00)無料で入出金ができる。

[編集] ホースレースiスポット

東ウイング1階にある。席数は26席で、利用料は500円(入場料別)である。各席にノートパソコンが設置されており、インターネットが使い放題になっているため、JRA-VAN NEXTなど、各種競馬情報を得ることが出来る。

また、携帯電話充電有料サービス(10分100円)を行っている。

[編集] 場内ミニFM

場内ではミニFM放送で各放送局の音声を送信している。周波数は以下のとおり。

[編集] パドック

パドックを観覧する場所の上を覆うように阪神競馬場特有の屋根がついており、雨天でも傘を差さずに観覧できる。ワールドスーパージョッキーズシリーズの表彰式や、トークショーなどもここで行われる。

[編集] セントウル像

スタンドの東にあるセントウルガーデンのセントウル像があり、阪神競馬場のシンボル的存在となっている[3]

[編集] 「宝塚競馬場」

宝塚市は競馬ブーム以降、「『阪神』では地名が分からない。だから『宝塚』に変えてもらいたい」と、阪神競馬場を「宝塚競馬場」に改名してもらおうという陳情をJRAに再三にわたって行っている。しかしながら「歴史」にもあるように、ルーツは鳴尾の阪神競馬場であり、競馬法上ではこの阪神競馬場が場所を移転して存続しているので、JRAがこの陳情に対し真剣に検討したことはない。宝塚市側では諦めきれず、市のホームページや、市で発行する広報紙や公文書等で「宝塚競馬場」と表記し、市内の道路標識での表記や阪急今津線仁川駅の副駅名も「宝塚(阪神)競馬場」にしている。

しかしながら、すでに「宝塚」の名を冠している「宝塚記念」があり、通称として『阪神』あるいは『仁川』がファンに定着している。

[編集] 主な競走

GI・JpnI
GII・JpnII
GIII・JpnIII
J・GII
J・GIII


特別競走


[編集] 主な誘導馬

現役馬
引退馬

[編集] 主な元所属調教師

1969年に栗東トレーニングセンターが開設されるまでは競馬場で調教が行われていた。

[編集] レコードタイム

  • †は基準タイム。

[編集] 芝コース(2歳)

距離 タイム 競走馬 性別 斤量 騎手 記録年月日
1200m 1.08.6 エイムアットビップ 54kg 福永祐一 2007年9月22日
1400m 1.21.1 ゴールデンキャスト 54kg 武豊 2002年9月28日
1600m 1.33.1† ウオッカ 54kg 四位洋文 2006年12月3日
1800m 1.46.8 ホッコータキオン 54kg 飯田祐史 2008年9月20日
2000m 2.00.8 アグネスタキオン 54kg 河内洋 2000年12月23日

[編集] 芝コース(3歳以上)

距離 タイム 競走馬 性齢 斤量 騎手 記録年月日
1200m 1.07.1 ビリーヴ 牝4 54kg 岩田康誠 2002年9月8日
1400m 1.19.9 サクラバクシンオー 牡5 59kg 小島太 1994年10月29日
1600m 1.32.0 マイネルポライト 牡4 57kg 角田晃一 2007年6月16日
1800m 1.45.2 ラフィナール 牡4 57kg 武豊 2008年9月20日
2000m 1.58.1 タップダンスシチー 牡5 56kg 佐藤哲三 2002年9月7日
2200m 2.10.9 アスクコマンダー 牝4 55kg 武豊 2002年6月16日
2400m 2.24.7 リヴァプール 牝5 53kg 幸英明 2007年6月23日
3000m 3.02.5 ナリタトップロード 牡5 59kg 渡辺薫彦 2001年3月18日

[編集] ダートコース(2歳)

距離 タイム 競走馬 性別 斤量 騎手 記録年月日
1200m 1.11.0 マイネラロンハ 51kg 船曳文士 2007年12月22日
1400m 1.23.5 ラヴェリータ 54kg 四位洋文 2008年12月6日
1800m 1.52.0 プラチナメーン 55kg 東川公則 2007年12月23日

[編集] ダートコース(3歳以上)

距離 タイム 競走馬 性齢 斤量 騎手 記録年月日
1200m 1.09.7 セレクトグリーン 牡3 55kg 河内洋 1998年9月27日
1400m 1.21.9 ゴールドティアラ 牝4 55kg 武豊 2000年6月18日
1800m 1.48.5 サカラート 牡4 54kg 武豊 2004年7月10日
2000m 2.01.0 ワンダースピード 牡5 58kg 小牧太 2007年12月23日

[編集] 障害

距離 タイム 競走馬 性齢 斤量 騎手 記録年月日
芝3140m 3.26.4 コウエイトライ 牝7 60kg 小坂忠士 2008年9月20日
芝3800m 4.18.1† ファイブポインター 牡4 59kg 岡富俊一 1999年3月14日
芝3900m 4.19.8 ダンシングターナー 牡6 60kg 熊沢重文 2001年3月10日
ダ2970m 3.15.7 パルティアシチー 牡4 60kg 南井大志 2007年9月22日
ダ3110m 3.25.0 バトルブレーヴ 牡6 61kg 菊地昇吾 2008年7月5日

[編集] 以前行われていたコース

距離 タイム 競走馬 性齢 斤量 騎手 記録年月日
芝1600m 1.34.6 メジロドーベル 牝2 53kg 吉田豊 1996年12月1日
芝1600m 1.31.9 ローエングリン 牡4 58kg 後藤浩輝 2003年4月19日
芝2500m 2.30.4 カミノマジック 牡5 56kg 菊沢隆仁 1996年6月15日
芝3200m 3.22.6† ビワハヤヒデ 牡4 58kg 岡部幸雄 1994年4月24日
障芝3170m 3.27.4 ミレニアムスズカ 牡4 60kg 北沢伸也 2002年9月14日
障ダ3000m 3.16.3 スーパーシーザー 牡5 60kg 菊地昇吾 2002年4月6日
障ダ3140m 3.26.4 トウケイカントリー 牡4 60kg 今村康成 2005年3月20日
  • 芝1600mは、現在の内回りコースを使用していたもの
  • 芝3200mは、現在の内回りコースを2周していたもの(現在の3200mは外回り→内回り)
  • 1991年11月30日~2006年4月16日に行われ、現在は存在しないコースで掲載

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d 2009年現在は施行されていない。
  2. ^ 第4コーナーのポケット地点からの発走し芝を78m走ってダートに入る。2000mはダートでの基幹距離とされるが、札幌競馬場に芝コースが設けられた1989年以降、中央競馬にはダート2000mの設定をもつ競馬場はなかった。
  3. ^ 重賞のセントウルステークスが実施されるほか、グリーンチャンネルの競馬中継で阪神競馬場を表すアイコンにもなっている。

[編集] 外部リンク


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