甲子園口駅
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| 甲子園口駅 | |
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南出口
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| こうしえんぐち - Kōshienguchi | |
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◄立花 (2.2km)
(2.5km) 西宮►
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| 所在地 | 兵庫県西宮市甲子園口二丁目2-36 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | ■東海道本線(JR神戸線) |
| キロ程 | 569.3km (東京起点) 大阪から12.9km |
| 電報略号 | コシ |
| 駅構造 | 地上駅(ホームは盛土上) |
| ホーム | 2面4線(乗降は2面3線のみ) |
| 乗車人員 -統計年度- |
19,668人/日(降車客含まず) -2007年- |
| 開業年月日 | 1934年(昭和9年)7月20日 |
| 備考 | みどりの窓口 有 |
甲子園口駅(こうしえんぐちえき)は、兵庫県西宮市甲子園口二丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線(JR神戸線)の駅。「エングチ」と呼ぶ人もいる。
目次 |
[編集] 概要
駅名となっている「甲子園口」は、当駅東方で武庫川から南西方向に分岐していた枝川が武庫川の改修工事により埋め立てられ、その土地を入手した阪神電気鉄道が「甲子園」としてスポーツ・レクリエーション・郊外住宅地の開発を行ったことに由来する。駅名からは甲子園球場に近い印象があり、甲子園(の住宅地)として開発された地域にも近いものの、実際は甲子園球場までは南西方向に2km弱の距離がある[1]。この駅から甲子園球場へは、駅の南側から出ている阪神電鉄バスを利用する必要がある。
「〜口」という駅名は「篠山口駅」(福知山線)・「川西能勢口駅」(阪急電鉄宝塚本線・能勢電鉄妙見線)などの類例が見られるように、「〜への入り口」という意味である。
北側と南東側は閑静な高級住宅街となっており、南側は昭和レトロな商店街などもある。以前は映画館が3軒も営業していた。北側駅舎は昭和初期の木造洋館がそのまま用いられ、瀟洒な街並みにマッチしている。
なお、駅所在地の現在の地名は西宮市甲子園口二丁目であるが、この地名をもとにして駅名が命名されたのではない。甲子園口一丁目 - 六丁目という町名は1950年になって駅名にちなんで名づけられたものであり、駅開業当時は武庫郡瓦木村下新田という地名だった。ただし、行政上の地名としての甲子園口は1950年以降の命名だが、新興住宅地として開発を進めるために付近一帯は新駅設置内定の頃から甲子園口と呼ばれてきた。
アーバンネットワークエリアに属しており、ICOCA及び提携ICカード利用可能駅である。
[編集] 駅構造
開業当初は1番のりばが下り外側線、2番のりばが下り内側線だったが、戦後に配線が変更され、1番のりばが下り内側線、2番のりばが大阪方面への折り返し線となり、下り外側線は戦時中に引かれた阪神武庫川線(駅は設置されず)を転用して引かれている。そのため下り外側線にはホームがない。
上り外側線側(4番のりば)はステンレス製の柵で封鎖されているが、ほぼ等間隔で取り外せるスペースが設けられており、団体列車や外側線列車が臨時停車する場合や緊急時に備えている。とはいえ、高校野球応援団体臨時列車も含め実際に使用されたことはない。
折り返し線(2番のりば)は、1986年11月1日の国鉄ダイヤ改正までは、昼間に毎時2 - 4本の折り返し電車があったために頻繁に使用されていたが、同改正で当駅発着の普通の大多数を神戸まで延長したため、以後定期列車については早朝・深夜のみの使用となっていた。ただし阪神大震災直後の部分営業時には普通電車や新快速(大阪以西は各駅に停車)の折り返しに頻繁に使用されていた。また、福知山線脱線事故後、福知山線列車運転再開までは暫定的に尼崎止まりとなっていた快速電車が、尼崎 - 当駅間は回送扱いで折り返しをしていた。
高架駅ではあるが改札口に通じる階段がホーム東端にしかないため、交通バリアフリー法による駅エレベーター設置要件(一日の乗降客数5,000人以上)に該当する駅でありながら、盛土高架であるためにコストの問題から未だにエレベーターが設置されていなかった為、JR西日本はホームを東側に延伸、移動させてエレベーターを設置することになった。
この工事の実施に際し盛土の掘削が必要となるため、2007年8月27日から2009年3月13日まで、一時2番のりばの使用が停止され、当駅折り返しの列車は運転区間の変更を行っていたが、工事完了に伴い2009年3月14日のダイヤ改正に合わせて2番のりばの使用、当駅折り返し列車の運行が再開された。
また3月29日にバリアフリー化記念式典が行われ、ホーム延伸部の使用が開始された。これに伴い、1・3番のりばのホーム有効長は12両となり、上下線共に普通列車の停車位置は階段・エレベーターのある大阪寄りに移動された。
| 1 | ■JR神戸線(下り内側線) | 三ノ宮・姫路方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■JR神戸線(上り折返線) | 尼崎・大阪・北新地方面(当駅折返し) |
| 3 | ■JR神戸線(上り内側線) | 尼崎・大阪・北新地方面 |
| 4 | □JR神戸線(上り外側線) | (通過列車のみのため閉鎖) |
[編集] 駅周辺
- 武庫川
- 武庫川女子大学 上甲子園キャンパス(甲子園会館)
- 甲子園口商店街
- 甲子園短期大学
- 甲子園学院中学校・高等学校
- 甲子園学院小学校
- 西宮市立上甲子園小学校
- 上甲子園幼稚園
- 甲子園口幼稚園
- 松山大学 温山記念会館(旧新田邸)
- リッツナーサリー:幼児英語
[編集] バス
- 南口 阪神バス 阪神甲子園方面
- (浜甲子園線)浜甲子園 行
- (鳴尾浜線)甲子園八番町経由 鳴尾浜 行
- (鳴尾浜線)阪神鳴尾駅前経由 鳴尾浜 行
- (高須東線)甲子園八番町経由 高須東第一 行
- (高須東線)阪神鳴尾駅前経由 高須東第一 行
- (武庫川団地線)甲子園八番町経由 武庫川団地南 行
- (武庫川団地線)阪神鳴尾駅前経由 武庫川団地南 行
[編集] 利用状況
2007年度の1日あたりの平均利用者数(乗車人員)は19,668人である。(兵庫県統計書より)
[編集] 歴史
吹田 - 須磨間での電気運転に伴い、塚本駅・立花駅などと同時に開設された。瓦木村の熱心な誘致運動が実ったものである。駅開設と同時に甲子園口土地区画整理組合が設置され、周辺の開発が推進されるようになった。
それに伴い駅の利用客も増加し、1941年(昭和16年)には隣駅西ノ宮(2007年に西宮と改称)のそれを追い抜いたが、西宮駅周辺の開発進展に伴い2005年(平成17年)に再逆転された。
[編集] 年表
- 1934年(昭和9年)7月20日 - 国有鉄道東海道本線の神崎(現・尼崎) - 西ノ宮(現・西宮)間に新設開業(吹田 - 須磨間電気運転開始と同時)。旅客取扱のみ。
- 1978年(昭和53年)3月 - 現在の駅舎に改築(2代目)。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
- 2003年(平成15年)11月1日 - ICカードICOCA供用開始。
[編集] 隣の駅
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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