香櫨園駅
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| 香櫨園駅* | |
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香櫨園駅駅舎(南側から撮影)
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| こうろえん - Koroen | |
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◄西宮 (1.1km)
(1.2km) 打出►
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| 所在地 | 兵庫県西宮市松下町 |
| 所属事業者 | 阪神電気鉄道 |
| 所属路線 | 本線 |
| キロ程 | 17.8km(梅田起点) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
10,667人/日 -2005年- |
| 開業年月日 | 1907年(明治40年)4月1日 |
| 備考 | * 2001年に香枦園駅から改称 |
香櫨園駅(こうろえんえき)は、兵庫県西宮市にある、阪神電気鉄道本線の駅。2001年までは「香枦園」と表記した。
当駅は近畿の駅百選に選ばれている(第4回選定)。
目次 |
[編集] 駅構造
相対式2面2線のホームを持つ高架駅である。改札口は、1階に1ヶ所のみあり、ホームは2階にある。駅舎やホームは、地上駅時代の駅舎をそのまま保存、活用してほしいという周辺住民の声に配慮し、明治時代を思わせるレトロな装飾がなされている。
夙川を跨ぐ構造になっており、川の真上の部分には上下ホームに扉で仕切られた、通称「お立ち台」があり、乗客は自由に出入りできる。特に、北側の上りホームのお立ち台からは、夙川の堤防に植えられている桜並木を眺めることができ、開花シーズンには電車を待つ間に花見が楽しめる。この部分の屋根は、高架化前の旧駅の改札口上屋を模した形状となっている(参考)。
ホーム有効長は阪神車両6連に対応した120メートル。近鉄車6連の停止位置を表す「近6」の表示が神戸側のホーム端よりおよそ1両分離れた位置にある。現在神戸方面行きの優等列車は停車しないので、下りホームは4両分のみが使用されている。
| 1 | ■■本線(上り) | 尼崎・大阪(梅田)・難波・奈良方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■本線(下り) | 神戸(三宮)・明石・姫路方面 |
※実際には上記ののりば番号標はない。
| ← 梅田方面 |
→ 三宮・元町方面 |
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| 凡例 出典:[1] |
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[編集] 駅周辺
北口
南口
- 西宮市大谷記念美術館
- 辰馬考古資料館
- 西宮市立中央図書館
- 香櫨園浜(御前浜公園)
[編集] バス路線
阪急バスに「阪神香櫨園」という名前のバス停が存在するが、駅からは東に離れている。現在は土曜日に1本バスが発着するのみ。
[編集] 駅名の由来
香櫨園という駅名は、大阪の商人である香野蔵治と櫨山慶次郎によって、1907年に造作された遊園地「香櫨園」の最寄駅であったことから名付けられた。遊園地の詳細については香櫨園遊園地の項目を参照。
このため、香櫨園というのは元々地名ではないが、現在では、この香櫨園駅、西宮市立香櫨園小学校、私立香櫨園幼稚園などに残る。しかし、西宮七園を構成する高級邸宅街としてブランド性が高いため、マンション名などには今でも盛んに用いられている。その為、マンションが目立ち、かつてと比べると邸宅は減少しつつあるが、それは香櫨園に限ったことではなく全国の大都市圏の高級住宅地共通のことであり、今でも灘五郷の酒造家などの邸宅を見ることができる。西宮市大谷記念美術館もその名の示すとおり、個人の邸宅とコレクションを基にする美術館である。
[編集] 利用状況
2007年度の1日の乗降客数は10,015人で、さくら夙川駅開業等の影響により減少している。
1日の乗降客数の推移
- 1991年:12,615人
- 1992年:11,660人
- 1993年:12,153人
- 1994年:11,678人
- 1995年:10,304人
- 1996年:10,045人
- 1997年:9,411人
- 1998年:9,153人
- 1999年:10,330人
- 2000年:10,934人
- 2001年:10,941人
- 2002年:11,010人
- 2003年:10,822人
- 2004年:10,773人
- 2005年:10,667人
- 2006年:11,096人
[編集] 歴史
- 1907年(明治40年)4月1日 - 香枦園駅として開業。
- 1995年(平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災発生により阪神電鉄本線が運休し、当駅も一時営業休止。
- 1995年(平成7年)1月26日 - 甲子園 - 青木間運転再開により、香枦園駅の営業再開(同年6月26日に全線復旧)。
- 1998年(平成10年)5月30日 - 下り線のみ高架駅となる。
- 2001年(平成13年)3月3日 - 上り線も高架駅となる。同時に駅名を香枦園駅から香櫨園駅に改称。
- 2006年(平成18年)10月28日 - 準急が通過となる。代わりに区間特急停車駅となる。
なお、ここから苦楽園に至る区間で阪神電鉄傘下の摂津電気自動車によるトロリーバス敷設計画も生まれたが、それに対抗する形で阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)は甲陽線を建設した。結局、阪神の計画は頓挫した。
下り線が高架化されたときの駅名標は「香櫨園」の下にカッコ書きで「(枦)」と書かれており、将来の改称を先取りする形になっていた。上り線が高架化されたときの駅名標は「香櫨園」だけで、のちに下り線の駅名標からも「(枦)」が取り除かれた。[2]
2006年10月28日のダイヤ改正で、区間特急の停車駅となった(但し平日朝ラッシュ時の梅田行きのみの運転のため、平日の朝ラッシュ時以降、および土休日に停車する優等列車はない)が、これに伴いそれまで停車していた準急は通過扱いとなった。この改正により梅田方面への所要時間は大幅に短縮された。その反面、区間特急の隣駅、甲子園駅以西の下り準急の運転が中止されたため、神戸方面へは昼間時が10分ヘッドであるのに対し朝ラッシュ時は14分ヘッドとなっている。これは当駅の利用者の多くが大阪へ向かう通勤客であり、神戸方面行きの通勤需要及び昼間時の利用が比較的少ないことが関係していると思われる。このダイヤ改正により、香櫨園駅が区間特急以外の全ての優等列車が通過するのに対し、隣の西宮駅は区間特急以外の全ての優等列車が停車するという、全く逆の停車パターンとなった。
改正同日には、阪急では夙川駅に特急を停車させるダイヤ改正が行われた。経営統合することになる阪急・阪神がともに、JR神戸線のさくら夙川駅の開業に向けた対策をとったことによるものである。
なお、1908年に『鉄道唱歌』の作詞者である大和田建樹が阪神電鉄の依頼を受けて作成した『阪神電車唱歌』(全22番)では、以下のように香櫨園が歌われた。
[編集] 隣の駅
[編集] 参照
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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