標準軌

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標準軌(ひょうじゅんき、Standard gauge)は、鉄道線路軌間、すなわちレール頭頂部の内側の間隔が1435mm(4フィート8.5インチ[注釈 1])であるものを指す。ただし軌間の多少の差異は実用上あまり問題にならないため、レールウェイ・ガゼット・インターナショナルの統計では軌間1432mmから1445mmを標準軌としている[1]ヨーロッパ北アメリカ東アジアを中心に、世界で最も普及している軌間であり、20世紀末の時点では全世界の鉄道の約6割[注釈 2]が標準軌である[2]。標準軌より広い軌間を広軌、狭いものを狭軌と呼ぶ。

標準軌の起源[編集]

キリングワースの機関車

標準軌の起源は、北東イングランドキリングワース英語版炭鉱で用いられていた馬車軌道の軌間である。1814年ジョージ・スティーヴンソンがこの炭鉱鉄道のために蒸気機関車を製造した[3]。スティーブンソンはその後他の炭鉱向けにも機関車を製造し、1823年にはロバート・スチーブンソン・アンド・カンパニーを設立したが、ここで製造された機関車も同じ軌間で設計されていた。スティーブンソンは、各地の鉄道で同じ軌間を使ったほうが機関車や諸設備の量産に都合がよく、また将来これらの鉄道が相互に接続された時にも便利であると考えていた[4]1825年ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道で公共用の鉄道として初めて蒸気機関車が使われ、1830年には世界初の蒸気機関車による旅客用鉄道であるリバプール・アンド・マンチェスター鉄道が開業した。これらの鉄道でもスティーブンソンの機関車が用いられた[3]

キリングワース炭鉱の軌道の間隔は、当時の北東イングランドで一般的だった馬車の車輪の間隔と一致している。馬車の車輪間隔は、他の車両のつけたに沿って走れるように地域ごとに統一される傾向がある。馬車軌道の車両は通常の馬車をそのまま流用したため、軌間もこれによって決まった。なおキリングワースの車輪間隔の起源をさらに古代ローマの馬車にまで遡ることができるとする説もある[5]

踏面勾配

標準軌が4フィート8.5インチという半端な値である理由は、以下の説が有力である。もともとは4フィート8インチだったものが、蒸気機関車の使用により速度が増したことで、曲線をスムーズに曲がれるよう踏面勾配をつけた車輪が発明された。このためには車輪がある程度左右に動けるようにしなければならないため、軌間を半インチ広げたというものである。この拡大が行われた時期については諸説あり、キリングワース炭鉱の時点ですでに4フィート8.5インチだったとするものから、ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道で半インチ加えられたとするもの、リバプール・アンド・マンチェスター鉄道のレインヒル・トライアル前の線路改良で拡大が行われたとするものまである。もっとも、軌間の半インチ程度の差は実用上はあまり問題にならず、特に当時の炭鉱鉄道の工事や保線の精度からは誤差の範囲内であったともいえる[3]

その他の説明として、小池滋は以下のような説[注釈 3]を紹介している。この時代の炭鉱鉄道ではフランジのない一般道路用の馬車を走らせても脱線しないよう、外側に防護壁をつけたL字形レールを使っていたが、このレール外側の間隔をちょうど5フィートとしていた。フランジ付きの車輪を用いる鉄道車両では、レールの内側の間隔が重要となるが、それは外側の間隔から2本のレールの幅を除いたものであり、これが4フィート8.5インチという値になったという[6]

各地での普及[編集]

イギリス[編集]

リバプール・アンド・マンチェスター鉄道の成功の後、鉄道はイングランド各地で急速に普及した。こうした鉄道プロジェクトの多くにはジョージ・スティーブンソンや息子のロバート・スティーブンソンが関わっており、4フィート8.5インチの軌間が採用された[4]

一方で、グレート・ウェスタン鉄道では、広軌のほうが優れているというイザムバード・キングダム・ブルネル技師長の主張により7フィート4分の1インチ(2140mm)という軌間を採用した[7]。4フィート8.5インチ軌間の鉄道網とと7フィート4分の1インチ軌間の鉄道網は1844年グロスターで初めて接し、これにより異軌間で直通運転ができないことの不利益が顕在化した[8]。4フィート8.5インチと7フィート4分の1インチのどちらの軌間がふさわしいかは、技術者のみならず社交界や議会を巻き込んだ大きな論戦となった。なおイースト・アングリア地方のイースタン・カウンティズ鉄道英語版も、技師長ジョン・ブレイスウェイトの見解により5フィート(1524mm)軌間を採用していたが、他社との直通のため1844年には全線を4フィート8.5インチに改軌した[9]

標準軌(1435mm)と広軌(2140mm)の三線軌条

1845年に王立委員会は、国防上の観点からも軌間の統一を法制化すべきと勧告した[10]。また広軌のほうが蒸気機関車の性能がよいことは認めつつも、その差はわずかであり、4フィート8.5インチ軌間が7フィート4分の1インチ軌間より多数派であることを理由として、より好ましいとした[11]。引き続き1846年に軌間法で、グレートブリテン島の新規路線は4フィート8.5インチの軌間で建設されるべしと定めた[8]。ただしコーンウォールデヴォンドーセットサマセットの各州のみは例外とされた[10][注釈 4]。グレート・ウェスタン鉄道の広軌路線は少しづつ標準軌に改軌され、ロンドンからエクセターまでの幹線は三線軌条化された。最終的には1892年に全線改軌が完了し、グレートブリテン島の軌間は標準軌で統一された[12]

19世紀にはイギリス領の一部だったアイルランドでは、鉄道建設の初期の段階から4フィート8.5インチの他にも様々な広軌が用いられていたが、1846年の軌間法で5フィート3インチ(1600mm)が標準とされた[13]

大陸ヨーロッパ[編集]

イギリスに少し遅れて鉄道を開業させた大陸ヨーロッパ諸国では、初期の鉄道に関してスティーブンソン親子らイギリス人技術者の指導を仰いだ例が多い。また蒸気機関車も、スティーブンソン社をはじめとするイギリス製のものを輸入するか、ライセンスを受けて製造した。こうした鉄道は1435mm軌間となった[14]

ただし、一部の国や地域では、独自の観点から広軌を導入したところもある。オランダホラント鉄道オランダ語版オランダ・ライン鉄道オランダ語版バーデン大公国邦有鉄道スイスチューリッヒ-バーデン間の鉄道は、最初広軌で建設された。しかし周辺の鉄道がみな1435mm軌間を採用したことから、直通運転の必要のため同じ軌間に改軌した[15][16]

なおフランスにおいては、公式にはレールの中心の間隔を1500mmとする規格が採用されていた。このためレール内側の間隔(軌間)はレールの幅によって変わってしまうことになった。鉄道会社に出された建設許可では、レール内側の間隔は1440mmから1450mmとなっている[16]。フランスの軌間は厳密にはドイツやベルギーなどとは少し異なったが、この程度の差であれば実用上は直通運転に支障はなかった。その後20世紀初頭になって正式に1435mm軌間に改められた[17]

1886年ベルンで開催された鉄道規格統一会議において、ドイツ、フランス、イタリアオーストリア=ハンガリー、スイスの各国は、今後建設される鉄道路線の軌間は1435mm以上1440mm以下(直線区間)とすることで合意した[10]

一方で、スペインではブルネルの、ロシア帝国ではアメリカ人技術者ジョージ・ワシントン・ホイッスラー英語版の提言を元に、それぞれ広軌を採用した[18][19][16]。両国があえて広軌を選んだ背景には、ナポレオン戦争の教訓を元に、他国に侵略された際に鉄道を利用されないようにするため故意に直通不可能な軌間にしたとする説もある[19][20]ポルトガルも隣国スペインと同様に広軌を採用した[21]。ただし、ロシア帝国主権下のポーランド立憲王国でポーランド人により建設されたワルシャワ・ウィーン鉄道ポーランド語版は1435mm軌間であった[22]。その後もロシア・旧ソビエト連邦[注釈 5]イベリア半島の鉄道は標準軌に改軌されることはなく現代に至っている[18]。ただしスペインの高速鉄道は、将来のフランスなど他国の高速鉄道との接続を考慮して、標準軌で建設された[21]

北アメリカ[編集]

アメリカ合衆国の初期の鉄道では、イギリス製機関車を用いた北東部を中心に、4フィート8.5インチ軌間が普及した。ただしイギリスの影響力はヨーロッパほど強くなく、ペンシルベニア州オハイオ州では4フィート10インチ(1473mm)[注釈 6]、南部諸州では5フィート(1542mm)の軌間が主流となった。ニューヨーク州と内陸を結ぶエリー鉄道などは6フィート(1829mm)という広い軌間を採用した[23]1860年の時点で、4フィート8.5インチ軌間の鉄道は全体の54%にすぎなかった[24]

これが統一されるきっかけとなったのが、南北戦争大陸横断鉄道の建設である。南北戦争では、軌間の異なる鉄道の間で乗り換えや貨物の積み替えが必要となることが、軍需輸送上の大きな問題点となった。大陸横断鉄道については、1862年太平洋鉄道法英語版が制定された際には、エイブラハム・リンカーン大統領はその軌間について5フィートを想定していたようである[25]。しかし1863年の法律では、大陸横断鉄道の軌間は4フィート8.5インチとすることが定められた。その他の鉄道も順次4フィート8.5インチの標準軌に改軌され、1886年にはアメリカ合衆国の主要鉄道は標準軌に統一された[24]

カナダでは当初、イギリス植民地に多く見られる5フィート6インチ(1676mm)軌間が使われていた。しかしアメリカ合衆国との直通の必要から、1870年代に標準軌に改軌された[25]

東アジア[編集]

中国(大陸)[編集]

中国)で最初の本格的な鉄道[注釈 7]1881年に開業した唐胥線中国語版である。これは炭鉱の石炭輸送用の短距離路線にすぎなかったが、イギリス人技術者クロード・ウィリアム・キンダー英語版の主張により1435mm軌間で建設された。これは将来北京奉天(現瀋陽)を結ぶ京奉線の一部となることを見越したものであった[26]。以後中国の鉄道網は、中国人によるものも外国資本によるものも含め、ほぼ標準軌で建設されてゆくことになる[27]

ただし、ロシア東清鉄道のみは、シベリア鉄道と同じ広軌であった。日露戦争で東清鉄道の南半分が日本の南満州鉄道となると、この部分は標準軌に改軌され、長春駅が境界駅となった[28]満州事変ののち、東清鉄道の後身である中東鉄道が満州国によって国有化され満州国有鉄道となると、1937年までに全線が標準軌に改軌された[29]

中華人民共和国の成立後、中国の鉄道網は拡大を続けており、20世紀末の時点で標準軌鉄道の路線長はアメリカ合衆国に次ぎ世界第2位となっている[30]

朝鮮半島[編集]

朝鮮半島での鉄道建設は、日韓併合以前から日本の主導で行われていたが、その軌間は日本本国とは異なり標準軌であった。1896年朝鮮王国政府の定めた国内鉄道規則では、軌間は4フィート8インチ半とすることにされていた。その後1911年鴨緑江橋梁が開通し、中国側の安奉線も狭軌から標準軌に改軌されたことで、中国の標準軌鉄道網との直通が可能になった[31]

日本[編集]

日本では、1872年の鉄道開業時に3フィート6インチ(1067mm)の狭軌を選択した。これを国際標準軌(当時の日本では「広軌」と呼んだ)へ改軌する提案が何度か行われた。最初は1887年の陸軍の建議があり、1909年以降は後藤新平仙石貢らが改軌を主張した。軌間を巡る政策は内閣の交替のたびに二転三転したが、原敬内閣成立後の1919年に国鉄の改軌計画は放棄された。一方で、1899年大師電気鉄道を皮切りとして、1900年代以降に建設された私鉄や公営の路面電車といった電気鉄道路線では国際標準軌を採用した例が多くある。

1938年に始まった弾丸列車計画では、広軌(1435mm)の新線を建設する予定であったが、一部のトンネルなどが着工されたのみで中止された。1950年代には、東海道本線の輸送力逼迫に対する対策として複々線化、狭軌別線、広軌(1435mm)別線の3案が比較された結果、広軌別線案が採用され、1964年東海道新幹線として開業した。その後の各新幹線も1435mm軌間で建設され、1067mm軌間の在来線との直通は不可能だった。しかしJR東日本1992年以降奥羽本線田沢湖線の一部を改軌し、「ミニ新幹線」として直通運転を行なっている。

台湾[編集]

台湾で最初の鉄道は1891年基隆 - 台北間の鉄道であり、軌間は3フィート6インチだった。その後の日本統治時代中華民国時代とも、鉄道は1067mmまたはそれ未満の狭軌が用いられ続けた[32]。しかし2007年開業の台湾高速鉄道は標準軌が採用され、日本やスペインと同様、高速鉄道と在来線で軌間が異なることになった。

オーストラリア[編集]

1945年のクラップ報告書による標準軌路線と改軌予定路線の図

イギリスの植民地だったオーストラリアでは、1901年の連邦成立まで後の各州がそれぞれ自治政府を有しており、鉄道政策もばらばらに行われていた。ニューサウスウェールズ植民地ではアイルランド出身の技術者により5フィート3インチ(1600mm)軌間が採用され、ビクトリア南オーストラリア植民地もこれにならった。しかしニューサウスウェールズでは技術者がスコットランド出身者に交代した後に4フィート8.5インチ軌間に変更したため、隣の植民地と軌間が異なってしまった。遅れて鉄道を開業させたクイーンズランド西オーストラリア、それに南オーストラリアの一部などでは、建設費の安い3フィート6インチ(1067mm)軌間を使ったため、オーストラリア大陸には3種類の軌間が混在することになった[33][34]

1901年の連邦成立後、連邦政府は軌間を標準軌へ統一しようとしたが、その動きは遅かった。1917年ポートオーガスタカルグーリーの間で開通した大陸横断鉄道は、両端で接続する鉄道が狭軌だったにも関わらず、標準軌で建設された。1950年代以降に主要路線の改軌(三線軌条化なども含む)が本格化した。シドニー - パース間が標準軌で直通可能になったのは1969年であり、1995年には5大都市(州都)がすべて標準軌鉄道で結ばれた[33]

中央アジア[編集]

東アジアと西アジア・ヨーロッパの標準軌鉄道は直接には結ばれておらず、旧ソ連の1520mm軌間の鉄道を介する必要がある。しかしカザフスタントルクメニスタンで新たに標準軌鉄道を建設することにより、中国とイランの標準軌鉄道を接続する計画がある[35]。またこれとは別に、キルギスタジキスタンアフガニスタン経由でも、中国とイランを標準軌で結ぶことも計画されている[36]

標準軌を採用している国[編集]

各国の軌間。水色が標準軌

標準軌を主な軌間として採用している国・地域は以下の通り。なお同国内でも一部の地方や軽便鉄道、都市部の地下鉄路面電車などではこれと異なる軌間も用いられていることがある。

ヨーロッパ[編集]

アジア[編集]

アフリカ[編集]

北アメリカ[編集]

南アメリカ[編集]

オセアニア[編集]

都市鉄道[編集]

路面電車や地下鉄などの都市鉄道でのみ標準軌が採用されている例。

国別の路線長一覧[編集]

標準軌鉄道の存在する国・地域とその路線長、同国内での割合は以下の通り。ただし路線長や割合に関しては、どの路線を計上するかや距離の算出基準により異なるため、ここでは岡雅行・山田俊明による20世紀末時点でのもの[38][44](Railway Gazette Railway Directory 2001を元に補正、1432mmから1445mmを標準軌とする)とザ・ワールド・ファクトブックウェブ版[45]によるものを掲載した。

ヨーロッパ
国・地域 岡 & 山田 ザ・ワールド・ファクトブック 備考
アルバニア 447km (100%) 339km (100%)
イギリス 17932km (097%) 16151km (098%) 他に1600mm軌間(北アイルランド)。
イタリア 18630km (095%) 18611km (092%) 他に950mm軌間など。
ウクライナ 49km (0.2%) 0km (000%) 最多は1520/1524mm軌間。
オーストリア 5993km (089%) 5927km (093%) 他に1000mm軌間など。
オランダ 3494km (100%) 2896km (100%)
ギリシア 1617km (062%) 1565km (061%) 他に1000mm軌間など。
クロアチア 2699km (098%) 2722km (100%)
コソヴォ -[注 1] 430km (100%)
スイス 3790km (069%) 3846km (079%) 他に1000mm軌間など。
スウェーデン 12861km (097%) 11568km (099%)
スペイン 758km (5.0%) 1392km (9.1%) 最多は1668mm軌間。
スロバキア 3507km (091%) 3473km (096%) 他に1000mm、1520mm軌間など。
スロベニア 1201km (100%) 1228km (100%)
セルビア -[注 1] 3379km (100%)
チェコ 9716km (099%) 9449km (100%)
デンマーク 2860km (100%) 2667km (100%)
ドイツ 47710km (097%) 41722km (099%)
ノルウェー 4242km (099%) 4169km (100%)
バチカン市国 1km (100%) 鉄道の記載なし
ハンガリー 8902km (098%) 7802km (097%)
フランス 30310km (097%) 29473km (099%)
ブルガリア 4357km (091%) 4072km (098%)
ベラルーシ 20km (0.3%) 25km (0.5%) 最多は1520mm
ベルギー 3631km (092%) 3233km (100%) 他に1000mm軌間(岡 & 山田)。
ボスニア・ヘルツェゴビナ 1043km (100%) 601km (100%)
ポーランド 21936km (093%) 19029km (098%) 他に1524mm軌間など。
ポルトガル 28km (0.9%) 0km (000%) 都市鉄道のみ(岡 & 山田)。最多は1668mm軌間。
マケドニア 699km (100%) 699km (100%)
モナコ 2km (100%) 鉄道の記載なし
モンテネグロ -[注 1] 250km (100%)
ユーゴスラビア 4031km (097%) -[注 2]
リトアニア 22km (1.1%) 0km (000%) 最多は1520mm軌間。
リヒテンシュタイン 19km (100%) 9km (100%)
ルクセンブルク 280km (100%) 275km (100%)
ルーマニア 11235km (096%) 10645km (099%)
ロシア 112km (0.1%) 0km (000%) 都市鉄道のみ(岡 & 山田)。最多は1520mm軌間。
  1. ^ a b c 「ユーゴスラビア」として記載。
  2. ^ コソヴォ、セルビア、モンテネグロの各項参照
アジア
国・地域 岡 & 山田 ザ・ワールド・ファクトブック 備考
イスラエル 610km (100%) 975km (100%)
イラク 2032km (100%) 2272km (100%)
イラン 6448km (099%) 8348km (099%)
インド 66km (0.1%) 0km (000%) 最多は1676mm軌間、他に1000mmなど。
カザフスタン 107km (0.8%) 0km(000%) 最多は1520mm軌間。
サウジアラビア 1394km (100%) 1378km (100%)
シリア 1771km (084%) 1801km (088%) 他に1050mm軌間。
シンガポール 91km (070%) 鉄道の記載なし 都市鉄道のみ(岡 & 山田)。
タイ 24km (0.6%) 29km (0.7%) 都市鉄道のみ(岡 & 山田)。最多は1000mm軌間。
大韓民国 3517km (100%) 3381km (100%)
朝鮮民主主義人民共和国 3605km (080%) 5242km (100%) 他に760/762mm軌間など(岡 & 山田)。
中華人民共和国 60117km (093%) 86000km (100%) 台湾を含まず。他に760/762mm、1000mm軌間など(岡 & 山田)。
台湾 10km[注 1] (0.4%) 345km (22%) 最多は1067mm軌間。
トルコ 8715km (100%) 8699km (100%)
日本 3796km (014%) 4251km[注 2] (016%) 最多は1067mm軌間。
フィリピン 15km (3.5%) 0km (000%) 都市鉄道のみ(岡 & 山田)。最多は1067mm軌間。
ベトナム 480km (016%) 527km (020%) 最多は1000mm軌間。
マレーシア 27km (1.5%) 57km (3.1%) 都市鉄道のみ(岡 & 山田)。
レバノン 317km (079%) 319km (080%) 他に1050mm軌間。
  1. ^ 台湾高速鉄道開業前のデータであり、都市鉄道のみ。
  2. ^ 他に1067mm軌間との混合軌間486kmがあるとしている。
アフリカ
国・地域 岡 & 山田 ザ・ワールド・ファクトブック 備考
アルジェリア 3138km (074%) 2888km (073%) 他に1055mm軌間。
エジプト 5109km (098%) 5083km (100%)
ガボン 649km (100%) 649km (100%)
ギニア 236km (020%) 238km (020%) 最多は1000mm軌間。
チュニジア 546km (024%) 471km (022%) 最多は1000mm軌間。
ナイジェリア 53km (1.5%) 0km (000%) 最多は1067mm軌間。
モーリタニア 704km (100%) 728km (100%)
モロッコ 1907km (100%) 2067km (100%)
リベリア 345km (070%) 345km (080%) 他に1067mm軌間。
北アメリカ
国・地域 岡 & 山田 ザ・ワールド・ファクトブック 備考
アメリカ合衆国 265991km (100%) 224792km (100%)
カナダ 57586km (100%) 46552km (100%)
キューバ 約9700km (078%) 8322km (097%) サトウキビ運搬鉄道を含む。
グアテマラ 285km (027%) 0km (000%) 最多は914mm軌間。
ジャマイカ 272km (100%) 鉄道の記載なし
ドミニカ共和国 375km (050%) 142km (100%) 他に760/762mm、1067mm軌間など(岡 & 山田)。
メキシコ 17240km (100%) 17166km (100%)
南アメリカ
国・地域 岡 & 山田 ザ・ワールド・ファクトブック 備考
アルゼンチン 2826km (8.0%) 2780km (7.5%) 最多は1676mm軌間。他に1000mm軌間。
ウルグアイ 1903km (100%) 1641km (100%)
ガイアナ 40km (045%) 鉄道の記載なし
コロンビア 179km (011%) 150km (017%) 最多は950mm軌間。
スリナム 80km (048%) 鉄道の記載なし 他に1000mm軌間(岡 & 山田)。
チリ 38km (0.5%) 0km (000%) 都市鉄道のみ(岡 & 山田)。他に1676mm、1000mm軌間など。
パラグアイ 441km (042%) 36km (100%) 他に760/762mm、1000mm軌間など(岡 & 山田)。
ブラジル 194km (0.7%) 194km (0.7%) 最多は1000mm軌間。他に1600mm軌間。
ベネズエラ 819km (100%) 806km (100%)
ペルー 1725km (085%) 1772km (093%) 他に914mm軌間。
オセアニア
国・地域 岡 & 山田 ザ・ワールド・ファクトブック 備考
オーストラリア 21927km (044%) 21674km (056%) 他に1600mm、1067mm軌間など。
ニュージーランド 3km (0.1%) 0km (000%) 都市鉄道のみ(岡 & 山田)。最多は1067mm軌間。

日本の標準軌路線[編集]

標準軌(東海道新幹線

日本で標準軌を採用しているのは、新幹線、JR田沢湖線等在来線のミニ新幹線区間、関西圏を中心とする大手私鉄、および東京(近郊を含む)の一部の地下鉄等である。日本に現存する標準軌幅の営業用路線はすべて電化路線であり、日本が領有していた外地を除くと、過去を含めても営業用の路線として非電化だったのは琴平電鉄塩江線が唯一の例である。なお、昭和中期ごろまではこの1,435mm軌間を「広軌」と呼ぶのが一般的であり、公文書上でも1,435mm軌間を広軌と表現していたこともあった。理由は、在来線に多く使用されている1,067mm軌間が標準的でありそれより広いためである。しかし近年では国際的な広軌幅の呼称との混同を防ぐため、日本において1,435mm軌間を意味するためには本項目の「標準軌」の用語が基本的に使用される。

この他、上掲社局の廃止路線にも該当例がある。

ローカルな用法[編集]

ローカルな用法として、1435mm以外の軌間が大部分を占める国や地域では、それらのうち最も主流な軌間を「標準軌」と呼ぶことがあった。例えば日本では、かつて旧国鉄在来線の軌間である1067mmが「標準軌」と呼ばれ、新幹線などの1435mm軌間を「広軌」と呼んだことがあった[1]。「標準軌」が1067mm軌間を指すか1435mm軌間を指すか分かりにくいため、1435mm軌間のことを「国際標準軌」(international standard gauge)と呼んで区別することもあった。現在の日本ではこの用法は廃れ、「標準軌」といえばほぼ間違いなく1435mm軌間のことを指す。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 1フィートの長さは地域により異なった。以下では特に断らない限りイングランドアメリカ合衆国のフィート(1フィート=約0.3048m)を意味する。
  2. ^ 国により統計年代や路線長の算出などの基準が異なるため、こうしたデータには曖昧さがある(岡 2002, pp. 13-14)。
  3. ^ ただし小池ははっきりした証拠に基づくものではなく、説明の一つとして紹介している。
  4. ^ これらはグレート・ウェスタン鉄道の末端部に位置する。
  5. ^ 第一次世界大戦ロシア革命第二次世界大戦による国境の移動などのため、ロシア・ソ連の広軌圏と中央ヨーロッパの標準軌圏との境界も移動している。また戦争中などの一時的な改軌もあった。
  6. ^ 4フィート8.5インチ軌間との差はわずかであり、直通運転も行われていた(岡 2002, p. 11)。
  7. ^ それ以前には1876年にイギリス人が無許可で建設した狭軌の呉淞鉄道がある。

出典[編集]

  1. ^ a b 岡 2002, p. 9
  2. ^ 岡 2002, pp. 12-14
  3. ^ a b c 岡 2002, pp. 5-8
  4. ^ a b 岡 2002, pp. 3-5
  5. ^ 青木 2008, p. 44
  6. ^ 小池 1980, p. 16
  7. ^ 小池 1980, p. 17
  8. ^ a b 岡 2002, pp. 8-10
  9. ^ 小池 1980, p. 18
  10. ^ a b c Metzeltin 1921, p. 122
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参考文献[編集]

  • 岡雅行; 山田俊明編 『ゲージの鉄道学』 古今書院、2002年ISBN 4-7722-3023-8 
    • 岡雅行、「ゲージの起源」、2-11頁。 
    • 岡雅行、「ゲージの勢力分布」、12-19頁。 
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  • 青木栄一 『鉄道の地理学』 WAVE出版2008年ISBN 978-4-87290-376-8 
  • 小池滋; 青木栄一; 和久田康雄編 『鉄道の世界史』 悠書館、2010年ISBN 978-4-903487-32-8 
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  • クリスティアン・ウォルマー; 安原和見、須川綾子訳 『世界鉄道史』、東京: 河出書房2012年 [2009年]。 
  • 海外鉄道技術協力協会編 『最新 世界の鉄道』 ぎょうせい、2005年ISBN 4-324-07626-X 
  • 小池滋 「ゲージの戦い」、『鉄道ピクトリアル』 (鉄道図書刊行会) 第30巻第9号16-20頁、1980年9月 
  • Metzeltin (1921), “Spur”, in Röll (ドイツ語), Enzyklopädie des Eisenbahnwesens, 9, Berlin/Wien: Urban & Schwarzenberg Verlag, pp. 121-126, http://www.zeno.org/nid/20011426675 

関連項目[編集]