中央情報局

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CIA紋章
バージニア州マクレーンにある中央情報局本部。従来は同州のラングレーだった

中央情報局(ちゅうおうじょうほうきょく、英:Central Intelligence Agency、略称:CIA)は、対外諜報活動を行うアメリカ合衆国情報機関である。中央情報局長官によって統括される。

概要[編集]

中央情報局(以下「CIA」)は、アメリカ合衆国大統領(以下「大統領」)の直轄組織であり、アメリカ軍からは独立して存在している。

CIA自身が収集した情報の他に、国家安全保障局国家偵察局国防省情報本部 (DIA)、各軍の情報部、財務省情報部、エネルギー省情報部といったアメリカ政府の情報機関から構成されるインテリジェンス・コミュニティーからの情報を集めて分析し、大統領と国家情報長官に報告する。

アメリカのインテリジェンス・コミュニティーは国家情報長官によって統括され、CIAはその「中央」にある情報機関である。

また、創設期からイスラエル諜報特務庁イギリス情報局秘密情報部とつながりが深く、また、米国、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの情報機関とは、アングロ・サクソン連合として横の連携がある。

活動内容[編集]

主としてアメリカ合衆国の外交政策・国防政策の決定に必要な諜報・謀略活動ヒューミント)を行う。スパイを擁する情報機関であるため活動内容には不明な点が多く、虚実の区別が難しく、諜報活動のために膨大な予算と権限を与えられているが、その用途などの詳細情報は明らかにされていない。

一般には以下のような活動があるといわれている。

  1. 情報収集活動 - 情報機関として行う基本的な活動
    • アメリカ軍が関与する戦闘地域へ潜入しての軍事的情報の収集 - 直接CIA構成員が現地へ潜入して行うものの他、局に所属する無人偵察機を使用したものを含む。
    • 経済情報の収集
    • 外国外交官の買収・懐柔・脅迫
    • 交戦中の敵国捕虜に対する尋問・拷問
  2. 情報操作
  3. 国家転覆を含む親米化工作、敵対国家の弱体化工作
    • アメリカ合衆国に敵対する指導者の暗殺
    • 潜在的敵対国にとっての反政府組織やゲリラなどの人材・資金面での援助、育成 - 内戦発生地域における親米組織への援助はこれにあたる。
    • アメリカ合衆国が攻撃対象とできる反米集団の育成
    • 反米政権打倒・“民主化”と称する親米政権樹立の援助

エージェントを政治家や官僚、軍人から、NPO活動家や宗教団体、留学生、芸術家、無職者に至るまで、非アメリカ国籍者をも組み込み、広範な職業に偽装させて全世界に配置しているという意見があり、末端のエージェントや職員は自分の活動の目的となる作戦の全容を開示されていない、もしくは虚偽の説明を受けていることも多いという考えもある。また、ジャーナリストテロの対象となるのを防止する意味と、報道の自由、中立性を担保する目的で、エージェントを報道関係者として偽装させないと主張がある。

また、他国の政権中枢と反政府勢力の双方に接触して政策決定をコントロールする分割統治方式を得意としているといわれ、目的達成のためにはアメリカ国民すら反感を持つような反社会集団の活用も辞さない。例えば1950年代にはチベットの反中武装闘争組織チュシ・ガンドゥクを支援していた[1]

アメリカ合衆国に敵対する指導者の暗殺に関しては、フォード大統領によって暗殺禁止の大統領令が出されたこともあるが、今では撤回され、パキスタンイエメンなどで無人偵察機プレデターイスラーム主義テロ組織の要人を暗殺している。

米軍が関与する戦闘地域へ潜入しての軍事的情報の収集に関しては、ベトナム・イラク・アフガン等での戦争において、局員は現地へ潜入し敵性ゲリラ・民兵・テロリストの情報収集を行い、その拠点や隠処の爆撃時機・座標を米軍へ通知している。しかし、不正確な情報であることもしばしばで、誤爆による多大な民間人の犠牲を招いている。

2001年9・11テロ後は、コマンド部隊によるテロリストの逮捕・殺害計画を極秘に企画していた。米政府の元高官によると、この計画は1972年ミュンヘンオリンピックで起きたイスラエル人選手の暗殺事件後にイスラエル諜報特務庁が実行した報復作戦に類似しているという[2]

2006年5月、「テロリスト関係者若しくはそれらと接触した人物」をアメリカ入国の際に拉致し、国内法の及ばない地域(シリアグァンタナモ米軍基地)の秘密収容所に、取調べを口実に収監していた事が判明して、アムネスティ・インターナショナルや母国政府が調査に乗り出す事態になっている。2006年9月、ジョージ・W・ブッシュ大統領は秘密施設の存在を認め、この秘密施設でのCIAによる取調べを「CIAプログラム」と表現した。

日本への関与[編集]

日本占領期から、児玉誉士夫笹川良一岸信介田中清玄正力松太郎(元読売新聞社社主)などをエージェントとして、揺籃期の自由民主党に活動資金を提供し、政治及びマスメディアを利用し、国内のアメリカニゼーションと政府の親米化に一役買った[3][4][5]

2006年7月18日に公開されたアメリカ国務省編纂の外交史料集によると、冷戦時代にはアメリカ政府の反共政策に基づき日本の親米勢力や左派穏健勢力に秘密資金を提供していた[6]。秘密資金の提供を受けたのは岸信介池田勇人両政権下の自民党有力者と社会党右派(後に民社党を結党する勢力)とみられている。この結果、右派が民社党をつくり、日本社会党は弱体化することになった[7][8]

冷戦終結後、双子の赤字に苦しむアメリカ政府による人員や経費の削減等のため危機に直面したCIAは、日本等の友好国の経済情報などの非軍事分野での情報収集と分析を始めた。1990年4月には長官のウェブスターが「日本やヨーロッパ諸国の経済上の競争相手に対する情報戦略を扱う企画調整室を設けた」と発言し、1992年4月には長官のゲーツが「業務の約4割、予算の2/3は経済分野に当てる」と演説した[9]。2011年には、上級オフィサーで2000年に没したロバート・クロウリーが遺した協力者一覧「クロウリーファイル」の「C」の節に、ジェラルド・カーティスが掲載されている事が明らかになり、対日工作者の一人であると名指しされている[10]

日本の指定暴力団ともコネクションを持つとされる[11]日本共産党には、岸の系列から統一協会へ関与していると主張された[12]。エージェントの正力松太郎を使って日本全土を縦断する一大反共軍事通信網を構築する構想があったとされる[13][14]。(→正力マイクロ波事件

歴史[編集]

第二次世界大戦中の1942年に改組設立されたOffice of Strategic Services(OSS、戦略事務局)がCentral Intelligence Group(CIG、中央情報グループ)及びOffice of Political Coordination(OPC、政策調整局)を経て1947年に成立した国家安全保障法により改組され誕生した。

第二次世界大戦終了後、アレン・ダレスはドイツから多数のナチス将校を招聘して、CIAのソ連東欧での情報収集と工作活動の本格化を図った。1950年代から1960年代にかけては、社会主義・共産主義化しつつあったイラングアテマラコンゴキューバなどに対してクーデター・要人暗殺などを含んだ工作活動を積極的に展開した。

2001年よりブッシュ政権下では、CIAは機能が発揮されていないという指摘もある。ブッシュ政権下で勢力を増したネオコンなど保守強硬派は、CIAからの情報を軽視しており(プレイム事件など)、国防省情報本部を重視して、CIAはインテリジェンス・コミュニティーの主流派から外れた。こうした流れは、2010年頃まで続いた[15]

ポーター・J・ゴスは、それまでの最上級幹部を全て辞めさせ、大統領の政策に異議を唱えることを禁じる命令を出した。これによって、CIAの職員は2005年までに総員の半数が5年以下の経験しか持たない組織になった[3]

組織[編集]

  • 職員数 - 約20,000人(はっきりした数字は定まらない。)

国家秘密本部[編集]

旧工作本部。ヒューミントに従事する。

  • 核拡散部
  • 対テロ・センター
  • 防諜センター
  • 麻薬対策センター
  • CIS部
  • 欧州部
  • 近東・南アジア部
  • 東アジア部
  • アフリカ・中南米部
  • 技術支援部


情報本部[編集]

情報の評価・分析、情報資料の作成に従事する。

  • CIS分析部
  • 欧州分析部
  • 近東・南アジア分析部
  • 東アジア分析部
  • アフリカ・中南米分析部
  • 兵器科学研究部
  • グローバル問題部
  • 情報資源部
  • 外国指導者分析部


科学技術本部[編集]

技術的情報収集手段の研究・開発に従事する。

  • 技術システム研究・開発部
  • 傍受部
  • 技術保障部
  • 国外ラジオ放送部 (FBIS)

行政本部[編集]

CIAの総務、人事、訓練、要人警護、施設警戒に従事する。

  • 人事部
  • 要員訓練部
  • 警備部
  • 会計部
  • 情報保管・検索部
  • コンピュータ機材部
  • 通信部
  • 法務部
  • 監察部
  • 会計監査部
  • 秘書部
  • 会計計画部
  • CIA史編纂部
  • 暗号書簡部
  • 公表検討会議


CIA長官[編集]

2005年4月21日まで(ボーダー・J・ゴスの任期中)は長官はCIAだけでなく、アメリカのインテリジェンス・コミュニティーの統括役でもあったため、「局」の字がない“中央情報長官” (DCI; Director of Central Intelligence) と呼ばれていた。2005年4月21日以降は専属の“中央情報局長官” (DCIA; Director of the Central Intelligence Agency) となり、インテリジェンス・コミュニティーアメリカ合衆国国家情報長官が統括している。

これはThe Intelligence Reform and Terrorism Prevention Act of 2004(2004年の情報改革及びテロ予防法)により国家安全保障法が改正されたことを受けた措置である。副長官も、中央情報副長官DDCIがおり、通常は中将が任命される(もっともCIA本部で勤務するが)。CIAには副長官がおらず、次官だけ複数いる。例えば工作担当次官はDDO、情報担当次官はDDIなど。

なお、CIAの日々の業務はExective Director of the Central Intelligence Agency (EXDIR) が総括することとなっている(2004年4月時点での組織図では、CIA長官のDeputyとしてDDCI、EXDIRのDeputyとしてD/EXDIRが記載されている)。

歴代CIA長官[編集]

氏名 任期
シドニー・W・ソワーズ海軍少将 1946年1月23日 - 1946年6月10日
ホイト・S・ヴァンデンバーグ空軍中将 1946年6月10日 - 1947年5月1日
ロスコー・H・ヒレンケッター海軍少将 1947年5月1日 - 1950年10月7日
ウォルター・ベデル・スミス陸軍中将 1950年10月7日 - 1953年2月9日
アレン・ウェルシュ・ダレス 1953年2月26日 - 1961年11月29日
ジョン・マコーン 1961年11月29日 - 1965年4月28日
ウィリアム・F・レイボーン退役海軍中将 1965年4月28日 - 1966年6月30日
リチャード・ヘルムズ 1966年6月30日 - 1973年2月2日
ジェームズ・R・シュレシンジャー 1973年2月2日 - 1973年7月2日
ウィリアム・E・コルビー 1973年9月4日 - 1976年1月30日
ジョージ・H・W・ブッシュ 1976年1月30日 - 1977年1月20日
スタンズフィールド・ターナー退役海軍大将 1977年3月9日 - 1981年1月20日
ウィリアム・J・ケーシー 1981年1月28日 - 1987年1月29日
ウィリアム・ウェブスター 1987年5月26日 - 1991年8月31日
ロバート・M・ゲイツ 1991年11月6日 - 1993年1月20日
R・ジェームズ・ウルジー 1993年2月5日 - 1995年1月10日
ジョン・M・ドイッチ 1995年5月10日 - 1996年12月15日
ジョージ・J・テネット 1997年7月11日 - 2004年7月11日(2004年6月3日に辞任)
ジョン・E・マクラフリン 2004年7月11日 - 2004年9月24日
ポーター・J・ゴス 2004年9月24日 - 2006年5月5日
マイケル・ヘイデン 2006年5月5日 - 2009年1月20日
レオン・パネッタ 2009年1月20日 - 2011年6月30日
デヴィッド・ペトレイアス退役陸軍大将 2011年9月6日 - 2012年11月9日
ジョン・ブレナン英語版 2013年3月8日 - 現任

ヘルムズには McGarrah というミドルネームがあるが、本人が嫌って M をつけないとされる。

有名なCIA局員(長官を除く)[編集]

  • J・C・キング大佐
  • リチャード・ビッセル
  • クレア・ジョージ (Clair Erloy George)
  • ルシアン・コネイン大佐 (Lucien Emile Phellipe Conein)
  • ジョン・リチャードソン (John Hammond "John" Richardson)
  • ロバート・エイムズ
  • ロバート・ベア
  • リチャード・ブリー (Richard Blee)
  • コファー・ブラック (Cofer Black)


CIAが主導ないし関与したとされる作戦・事件[編集]

1940年代[編集]

1950年代[編集]

1960年代[編集]

ベトナム戦争関連[編集]

1970年代[編集]

1980年代[編集]

1990年代[編集]

  • 1998年 - スーダンの製薬工場へのミサイル攻撃
    実際は製薬工場であった所をVXガスの製造工場であると主張してミサイル攻撃を行わせた。これはエジプト人情報提供者一人のみの情報を信用した結果であった。

2000年代[編集]

2010年代[編集]

この他にも全世界で親米反共工作(日本に対しても行われていた事[17]日本への関与で述べられている通り)を行うことによって、親米政権の確立、あるいは反米政権や特定社会集団の破壊に活躍してきた。なお、工作費用の捻出のために現地のみならず、アメリカ国内の黒人集住地域、ヒスパニック集住地域においても麻薬を販売する方式を未だに採用していること、および破壊工作に使用することから麻薬流通にも国際的に一役買っているとの主張もある。

CIAを取り扱ったフィクション[編集]

小説[編集]

※欧米の主なスパイ小説の殆どに登場している。日本でも『007』シリーズによって名が広まることとなった。

映画[編集]


ゲーム[編集]


テレビドラマ[編集]


漫画[編集]


アニメ[編集]

関連項目[編集]

  • 関係企業
  • 関係人物
  • 関係機関・協力機関
  • 類似機関


注記・参考資料[編集]

  1. ^ Lama Group Says It Got Money From C.I.A ニューヨークタイムス 1998年10月6日
  2. ^ CIAがひた隠す秘密暗殺部隊 ニューズウィーク 2009年7月15日
  3. ^ a b ティム・ワイナー「CIA秘録」文藝春秋
  4. ^ 角間隆 (1979). ドキュメント日商岩井. 徳間書店. 
  5. ^ 川端治 (1963). 自民党 その表と裹. 新日本出版社. 
  6. ^ Foreign Relations of the United States, 1964-1968, Vol. XXIX, Part 2, Japan(英語)
  7. ^ C.I.A. Spent Millions to Support Japanese Right in 50's and 60's New York Times, October 9, 1994(英語)
  8. ^ 左派弱体化狙い、秘密資金提供~CIAが50年前、日本の保革両勢力に U.S. FrontLine, 2006年07月19日
  9. ^ "田岡俊次著『日本を囲む軍事力の構図』 中経出版 2003年9月18日第1刷発行 ISBN 4-8061-1872-9
  10. ^ 2,619 CIA Sources: The Crowley Files
  11. ^ 松浦総三 (1977). 現代ジャーナリズム事件誌. 白川書院. 
  12. ^ 日本共産党 (1978). 韓国の謀略機関―国際勝共連合=統一協会. 日本共産党中央委員会出版局. 
  13. ^ 有馬哲夫 (2006). 日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」. 新潮社. 
  14. ^ 有馬哲夫 (2008). 原発・正力・CIA 機密文書で読む昭和裏面史. 新潮新書. 
  15. ^ 『米国が12月に公開した国家文書に注目せよ 2008年米国の対外政策を読む』2008年1月21日付配信 日経ビジネスオンライン
  16. ^ ジョビー・ウォリック『三重スパイ――CIAを震撼させたアルカイダの「モグラ」』太田出版, 2012年
  17. ^ ウィリアム・E.コルビー著、大前 正臣、 山岡 清二訳『栄光の男たち―コルビー元CIA長官回顧録』日本語版に寄せて、 政治広報センター、 1980年1月第1刷発行 ISBN B000J742DU、PP.1-5。

外部リンク[編集]

座標: 北緯38度57分7.5秒 西経77度8分42.57秒 / 北緯38.952083度 西経77.1451583度 / 38.952083; -77.1451583 (中央情報局本部)