フランク・チャーチ

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フランク・チャーチ
出身校 スタンフォード・ロー・スクール (J.D.)
スタンフォード大学 (B.A.)
現職 弁護士
所属政党 民主党
配偶者 ベサイン・クラーク・チャーチ

アメリカ合衆国上院議員
任期 1957年1月3日 - 1981年1月3日

任期 1979年1月3日 - 1981年1月3日
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フランク・フォレスター・チャーチ3世: Frank Forrester Church III1924年7月25日 - 1984年4月7日)は、アメリカ合衆国弁護士政治家アイダホ州選出の民主党上院議員。日本では、ロッキード事件の引き金役となった上院外交委員会多国籍企業小委員会(通称、チャーチ委員会)委員長として知られる。

生い立ちと初期の経歴[編集]

フランク・チャーチは1924年7月25日にアイダホ州ボイシで生まれる。若い頃彼はアイダホの上院議員、ウィリアム・ボーラを尊敬していた。チャーチはボイシ高校に入学、生徒会の会長を務めた。1942年にはスタンフォード大学に進学した。

1943年にチャーチは陸軍に入隊、情報部員として中国ビルマインド戦線に従軍した。1946年に軍を退役、再び大学に戻り1947年に学士号を取得した。

1947年にチャーチはベサイン・クラーク(元アイダホ州知事チェイス・A・クラークの娘)と結婚し、ハーバード・ロー・スクールに入学した。1年後スタンフォード・ロー・スクールに転学する。彼は背中の下部が痛み、原因はマサチューセッツの冬の寒さと考えたが痛みは治まらず、精巣癌と診断された[1]睾丸の一つと腺が切除されたが、余命2、3ヶ月と診断された。しかしながら別の医師によってエックス線治療が行われ、彼は快復した。この2度目の機会は彼が後に「人生自体、非常に危なっかしい提案であり、生き方は大きなチャンスを得る唯一の機会である。」と熟考させた。チャーチは1950年にスタンフォード・ロー・スクールを卒業し、ボイシで弁護士を開業した。

フランクとベサインには二人の息子、フランク・フォレスター・チャーチ4世とチェイス・クラーク・チャーチがいた。フォレストは2009年に死去した。チェイスはボイシに居住している。

政治経歴[編集]

1956年上院議員に32歳の若さで当選する。1967年マクガバンフルブライト両上院議員とともにベトナム戦争の解決を要請する声明を発表し、翌1970年5月共和党ジョン・シャーマン・クーパー上院議員とともにアメリカの一切の軍事介入禁止を求めた「クーパー・チャーチ修正案英語版」を提出して、一躍脚光を浴びた。

1973年チリサルバドール・アジェンデ政権崩壊を契機に、多国籍企業の活動が外交に与える影響が大きいとして上院外交委員会の下に多国籍企業小委員会が設置されると、チャーチは小委員長に選出される。チャーチは、アジェンデ政権崩壊に関与した企業と中央情報局(CIA)の関係を追及した。1974年アメリカの資源外交とメジャーの癒着に関して、石油メジャー15社を対象に公聴会を開催。1975年CIAの内外における非合法活動が明るみに出た際、情報機関の活動を監督する「情報活動調査特別委員会」(こちらも通称は「チャーチ委員会」)が上院に設置されると同委員長を兼務し、同年11月CIAが5件の外国要人暗殺に関与したことを報告し、1978年外国情報評価法の制定に寄与した。

ロッキード事件関連では、チャーチ委員会にロッキード社のコーチャン英語版副社長を喚問し、厳しく追及し、日本政府高官に対するトライスター機売り込みに関する情報を聞き出した。

1984年1月膵臓癌のため入院し、同年4月7日メリーランド州ベセスダの自宅で死去。59歳。

参照[編集]

外部リンク[編集]

党職
先代:
デヴィッド・ワース・クラーク
アイダホ州選出上院議員民主党候補
(第3部)

1956年(当選), 1962年(当選), 1968年(当選),
1974年(当選), 1980年(落選)
次代:
ジョン・V・エヴァンズ
議会
先代:
ハーマン・ウェルカー
アイダホ州選出上院議員(第3部)
1957年1月3日 - 1981年1月3日
同職:ヘンリー・ドウォーシャク, レン・ジョーダン, ジム・マクルーア
次代:
スティーヴ・シムズ
公職
先代:
ハリソン・A・ウィリアムズ
(D-ニュージャージー州)
上院高齢化問題特別委員会委員長
1971年 - 1979年
次代:
ロートン・チルズ
(D-フロリダ州)
先代:
ジョン・スパークマン
(D-アラバマ州)
上院外交委員会委員長
1979年 - 1981年
次代:
チャールズ・H・パーシー
(R-イリノイ州)
名誉職
先代:
ラッセル・ロング
(D-ルイジアナ州)
最年少の議員
1957年 - 1961年
次代:
ジョン・タワー
(R-テキサス州)