ジェームズ・ボンド
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ジェームズ・ボンド(James Bond)はイギリスの作家イアン・フレミング(1908年 - 1964年)のスパイ小説およびこれを原作とする映画の主人公である、イギリス秘密情報部のエース諜報員。海軍中佐でもあり、軍服の右袖にパラウイング(空挺降下徽章)を着用している設定もあることから、イギリス海兵隊の特殊舟艇部隊SBSの出身であることがわかる。
殺人許可証(任務遂行中は自分の一存で容疑者を殺めても不問にされ、外交問題に発展しても政府が庇ってくれる。この資格については「殺しのライセンス」という惹句でしばしば表現される)を与えられており、「00」のコードネームを持つ。愛国者。また余り知られていないことだが、「007は二度死ぬ」の原作小説でKissy Suzukiと言う名の日本女性と結婚後に男子をもうけている。子供の名前はJames Suzuki。残念ながら続編の短編小説「BlastFromThePast」でJamesSuzukiは007の敵に殺害される。
なお「007」は原語で「ダブルオーセブン」で、これが “正しい読み方” とされている。ただし日本では1970年代中頃までは「ゼロゼロセブン」と言っており[1]、映画も第1作から第7作『ダイヤモンドは永遠に』までは「ゼロゼロセブン」で公開されている。
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[編集] イアン・フレミングの原作小説
原作者のイアン・ランカスター・フレミングは1908年5月28日ロンドン生まれ。 ロイター通信社の記者、銀行の副頭取などの職業を転々としたのち、第二次世界大戦中はジョン・ゴドフリー提督の助手としてイギリス情報部(SOE―特別作戦部)に所属。対敵諜報工作に携わっており、この経験を活かして007を書いたと言われる。
「ジェームズ・ボンド」という、英語圏ではやや凡庸な印象の強い名前は、戦前の活劇映画的な、華やかな印象の名を、フレミングが意識的に避けたものである。「ジェームズ・ボンド」という名前はフレミングがイギリス情報部在職中のコードネームだったのではないか、といわれることもあるが、フレミングが愛読する「西インド諸島の鳥」の著者で鳥類学者の名前をいただいたというのが定説である。なおシリーズ第20作『ダイ・アナザー・デイ』ではボンドが鳥類研究の本を脇に挟みながら「鳥類学者だ」と身分を偽るシーンがある。
また、前出のイギリス情報部で諜報工作に関わっていた際に、情報部がフレミングに与えたコードネームが『くまのプーさん』の主人公の名前であった事からフレミングが勝手に「ジェームズ・ボンド」を名乗っていた、という説もある。
ちなみに鳥類学者のジェームズ・ボンドは1989年に亡くなった。
フレミングの小説「007シリーズ」は1953年4月13日、イギリスのジョナサン・ケープ社から出版された第1作『カジノ・ロワイヤル』に始まり、1964年8月12日にフレミングが亡くなるまで書き継がれる。
当初はそれなりの評価を得ながらもあまり売れなかった。そのため、フレミングは何度もシリーズを終了しようと考えるが、その度に映像化の話が出てきてシリーズは継続されることになった。本格的に売れ始めるのは1950年代後半で、そのきっかけは、フレミングと縁があったケネディ米大統領が『ロシアから愛をこめて』を愛読書のリストの中に入れたことだった(実際には007を愛読していたのはケネディ夫人のジャクリーンだったとも言われている)。
その作風は、従来のイギリスにおける主流であった重厚なリアリズム派スパイ小説とは対極にあり、華やかで享楽的な設定の中で、アメリカのハードボイルド小説の影響を受けたシビアな暴力やアクションを描くものであった(『カジノ・ロワイヤル』はその好例である)。
しかし、「悪役から美女を救い出す」凡庸なパターンにはまってしまった結果、1950年代末期以降の作品はマンネリ化し、誇大妄想的な設定が多くなった(1959年の『ゴールドフィンガー』など)。
超人的なプレイボーイのスパイをヒーローとし、グラマラスな美女を配した「洗練されたマッチョイズム」の物語は大衆の嗜好に合致し、また冷戦状況下では、東側ブロックを絶対悪に擬す安易な設定が濫用しやすかったことから、1950年代後半以降、膨大な量の007亜流小説が世界各国に氾濫した。映画・コミックへの影響も非常に多大である。
[編集] フレミング以外の作者
フレミングの死後、イギリスの作家キングスレー・エイミスが未亡人の許可を得てロバート・マーカムの名で『007/孫大佐』を書いた。シリーズ化される予定だったが、評判は芳しくなく、シリーズ化には至らなかった。
1977年には、映画『The Spy Who Loved Me(私を愛したスパイ)』のノベライゼーションが出版された(タイトルはJames Bond, the Spy Who Loved Me)。執筆したのは、脚本を担当した小説家クリストファー・ウッド。クリストファー・ウッドは、1979年に公開された『ムーンレイカー』の脚本も担当。同様にノベライゼーションを手がけた(タイトルはJames Bond and Moonraker)。映画シリーズで、脚本家がノベライゼーションを担当したのはこの二作だけ。
1981年に発表された『メルトダウン作戦 Licence Renewed』から、ジョン・ガードナーがフレミングを引き継ぐ形で「007シリーズ」を再開させた。ガードナーによる新・「007シリーズ」は、当初は好評を得たものの、作品が発表される度に評価は低下していった。独自に展開しているうちに映画シリーズとは全くかけ離れたものになってしまったのが原因と思われる。その後1996年からレイモンド・ベンソンがシリーズ3代目の作家として作品を発表したが、6作目(『赤い刺青の男 The Man with the Red Tattoo』)で007作家を辞めることになった。これを引き継ぐ作家は未定のようである。
なお、2002年にベンソンが『007/赤い刺青の男』を発表した際、日本を舞台とした内容であったことから、日本の一部マスコミが映画の次回作は日本が舞台かと騒いだが、この両者のオリジナル作品が映画化されたことはなく、逆に映画の脚本を基にしたノベライゼーション版をオリジナルに併行して発表しているにすぎない。だが、舞台とされる香川県直島町では町や県を挙げてのロケ誘致をはじめていて、町内には007資料館まで作ってしまうほどの力の入れようである(もうひとつの舞台とされる北海道の登別温泉でも直島ほどではないがロケ誘致が行なわれている)。
[編集] 007シリーズ小説一覧
[編集] イアン・フレミング作品
日本では井上一夫によってすべてが翻訳された。
[編集] 長編
- 『カジノ・ロワイヤル』Casino Royale(1953年)
- 『死ぬのは奴らだ』Live and Let Die(1954年)
- 『ムーンレイカー』Moonraker(1955年)
- 『ダイヤモンドは永遠に』Diamonds Are Forever(1956年)
- 『ロシアから愛をこめて』From Russia, With Love(1957年)(映画化作品のタイトルは「ロシアより」であるが、原作は「ロシアから」である)
- 『ドクター・ノオ』Doctor No(1958年)
- 『ゴールドフィンガー』Goldfinger(1959年)
- 『サンダーボール作戦』Thunderball(1961年)
- 『わたしを愛したスパイ』The Spy Who Loved Me(1962年)
- 『女王陛下の007』On Her Majesty's Secret Service(1963年)(初版は「女王陛下の007号」)
- 『007は二度死ぬ』You Only Live Twice(1964年)(初版は「007号は二度死ぬ」)
- 『黄金の銃をもつ男』The Man With the Golden Gun(1965年)(映画化作品のタイトルは「黄金銃」であるが、原作は「黄金の銃」である)
[編集] 短編集
- 『バラと拳銃』For Your Eyes Only(1960年)(旧タイトル『007号の冒険』)
- 「バラと拳銃」From a View to a Kill
- 「読後焼却すべし」For Your Eyes Only
- 「危険」Risico
- 「珍魚ヒルデブラント」The Hildebrand Rarity
- 「ナッソーの夜」Quantum of Solace(2008年22作目「慰めの報酬」の原作)
- 『オクトパシー』Octopussy and the Living Daylights(1966年)(旧タイトル『007/ベルリン脱出』)
- 「オクトパシー」Octopussy
- 「所有者はある女性」The Property of a Lady
- 「ベルリン脱出」The Living Daylights
[編集] その他の作者による007小説
[編集] ロバート・マーカム(キングスレー・エイミス)作品
- 『007/孫大佐』Colonel Sun(1968年)
[編集] ジョン・ガードナー作品
- 『メルトダウン作戦』License Renewed(1981年)
- 『スペクターの逆襲』For Special Services(1982年)
- 『アイスブレーカー』Icebreaker(1983年)
- 『独立戦争ゲーム』Role of Honour(1984年)
- 『不死身な奴はいない』Nobody Lives Forever(1986年)
- 『覚悟はいいかね、ボンド君』No Deals, Mr. Bond(1987年)
- 『スコーピアスの謎』Scorpius(1987年)
- 『ミンサザイ作戦 準備完了』Win, Lose or Die(1989年)
- 『紳士らしく死ね』Brokenclaw(1990年)
- 『The Man From Barbarossa』(1991年)
- 『Death is Forever』(1992年)
- 『Never Send Flowers』(1993年)
- 『SeaFire』(1994年)
- 『COLD』(1996年)アメリカ版は『Cold Fall』
[編集] レイモンド・ベンソン作品
- 『007/ゼロ・マイナス・テン』Zero Minus Ten(1997年)
- 『007/ファクト・オブ・デス』The Facts of Death(1998年)
- 『007/ハイタイム・トゥ・キル』High Time to Kill(1999年)#Doubleshot(2000年)
- 『Never Dream of Dying』(2001年)
- 『007/赤い刺青の男』The Man with the Red Tattoo(2002年)
- 短編(未収録)
[編集] ジョン・ピアースン作品
- 『ジェイムズ・ボンド伝』James Bond/The Authorised Biography of 007(1973年)
- ボンド本人へのインタビューという形で、その生い立ちから『黄金の銃をもつ男』の後に至るまで公私に渡るボンドの半生を描いた大作。ボンドの活躍は全て実話で、イギリス情報部の委嘱を受けたフレミングが「ボンドをフィクションの人物と見せかけてソ連側の魔手から遠ざけるため」実話を小説化したという設定を取っている。本書内の設定によれば、小説シリーズ3作目の『ムーンレイカー』だけが「ボンドを架空の人物らしく印象づけるためのフィクション」であるという。なお本書のインタビューで、ボンドは自身を演じたショーン・コネリーについて「何だあの男は」などと批判的な発言をしている。
[編集] ノベライゼーション作品
- 『新・私を愛したスパイ』James Bond, the Spy Who Loved Me(1977年)(クリストファー・ウッド著)
- 『007とムーンレイカー』James Bond and Moonraker(1979年)(クリストファー・ウッド著)
- 『消されたライセンス』Licence to Kill(1989年)(ジョン・ガードナー著)
- 『ゴールデンアイ』Goldeneye(1995年)(ジョン・ガードナー著)
- 『トゥモロー・ネバー・ダイ』Tomorrow Never Dies(1997年)(レイモンド・ベンソン著)
- 『ワールド・イズ・ノット・イナフ』The World is Not Enough(1999年)(レイモンド・ベンソン著)
- 『007/ダイ・アナザー・デイ』Die Another Day(2002年)(レイモンド・ベンソン著)
[編集] 漫画作品
『ゴルゴ13』で有名なさいとう・たかをによって劇画化されている。『死ぬのは奴らだ』の敵ボス・ミスター・ビッグがブロフェルドに代わって『女王陛下の007』までのボスを務めるなど、大幅な脚色が施されたものとなっている。 『黄金の銃を持つ男』は、「原作や映画より、面白い」と評価されたことがある(『ファンタスティック・コレクション 007/オクトパシー 007の素晴らしき世界』より)
[編集] 漫画化された作品
※すべて「ボーイズライフ」掲載(後に二度コミック化)
- 『死ぬのは奴らだ』
- 『サンダーボール作戦』
- 『女王陛下の007』
- 『黄金銃を持つ男』
[編集] パロディ
- 『007は三度死ぬ』Sreshchu 007(アンドレイ・グリャシキ著)
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- 共産圏のブルガリアの作家グリャシキによって、冷戦中の1958年に「東側版ジェームズ・ボンド」としてスタートした諜報員アヴァクーム・ザーホフのシリーズはブルガリアで非常な人気を得た。そのザーホフを何と本家007と世界を股にかけて対決させた本作は、ザーホフ・シリーズ唯一の日本語翻訳作品である。ボンドの名が使えないため、作中では全て「007」表記で、原書ではトラブルをおもんばかって「07」と表記を変えていた。東側作品であるため、当然ながらソ連が主人公の味方、007は敵役で冷酷非情なプロの工作員として描写される。対してザーホフは寡黙で有能、身辺清潔な学者肌スパイとして描かれるが、KGBをはじめとする実際の東側上級工作員にも学者・研究者としての経歴を持つ者が多かった史実との符合は興味深いものがある。
- 『From the Nothing, With Love』(伊藤計劃著)
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- SFマガジン2008年4月号掲載の中篇小説。物語は「私」の重大な秘密とそれに関わる体験を、後日に文章として記述した形式として進行する。劇中には「ジェームズ・ボンド」や「M」等のシリーズの主要人物名が登場せず、「私」や「上司」と表記されている。掲載誌のアオリ文や説明文でも007関連作品とは一切書かれていないが[2]、内容は完全にボンドを主人公にした小説である。主役を交代しながらシリーズを重ねてきた007の映画版を元に、「様々な人物が演じた一人の諜報員」というスタイルを逆手にとった大胆な設定がなされている。なお一部の登場人物はアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」にちなんだ命名がなされているが、アクロイド殺しに関するある要素が作品の重要なキーにもなっている。
[編集] 007の日本への影響
「007」は、日本の漫画界にも影響を及ぼしている。さいとう・たかを『ゴルゴ13』は007の内容のように現実からかけ離れた設定ではないものの、「映画『007シリーズ』のエピゴーネン」とまで評されている(実際に著者のさいとう・たかをは先述の通り『007』を劇画化している)。特に、初期作品は007色が濃くなっている。
モンキー・パンチ原作の人気アニメ『ルパン三世』では、サブタイトルに007の映画題名を使用したものがある(例:『ルパン三世 (TV第2シリーズ)』第26話「バラとピストル」、第32話「ルパンは二度死ぬ」、第47話「女王陛下のズッコケ警部」、第50話「私が愛したルパン」、TVスペシャル第四弾『ルパン三世 ロシアより愛をこめて』など。また、TVスペシャル第十五弾『ルパン三世 お宝返却大作戦!!』には、当初『ダイヤモンドは永遠に』という仮題があった)。
ほかにも小説・漫画、メディア作品への影響は強く、「~愛をこめて」「わたしが愛した~」などのフレーズは頻繁に使用されている(例:青池保子「エロイカより愛をこめて」、沢田研二「ヤマトより愛をこめて」(映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』主題歌)など)、森口博子「水の星へ愛をこめて」(アニメ『機動戦士Ζガンダムオープニング』)。
[編集] 映画 007シリーズ
[編集] 概要
1954年に『カジノ・ロワイヤル』がモノクロ短編テレビドラマ化された(米CBS放送「クライマックス」の1エピソード 主演:バリー・ネルソン 役名は「ジミー・ボンド」でCIAスパイ)が、1950年代を通じてそれ以外の映像化の例は確認されていない。このドラマで敵役ル・シッフルを演じたのは、『M』『暗殺者の家』『マルタの鷹』などの映画で知られる名優ピーター・ローレだった。
その後、1960年代初頭に二人のプロデューサーが007に関心を抱いたことで本格的な映画化が始まった。
[編集] イオン・プロダクション
1960年頃、フレミングの原作を読んだプロデューサーのアルバート・R・ブロッコリは、「これは映画化に向いている」と感じ、フレミングに交渉を求めた。しかし、フレミングは映像権を一足先にハリー・サルツマンに売り渡していた。ブロッコリは直ちにハリー・サルツマンと接触、二人は手を組んで映画製作会社イオン・プロダクション(EON Productions)を設立し、協力して007映画の製作に当たることになった。
[編集] シリーズ化の成功
当時刊行されていた007シリーズの小説の中で最初の映画化作品を検討した結果『ドクター・ノオ』が最も映像化に向いていると判断され、ユナイテッド・アーティスツを配給会社に職人肌の監督テレンス・ヤングを当てて映画化した(1962年公開。邦題は『007は殺しの番号』)。
この映画は低予算作品ながらも予想以上の大ヒットとなり、特に主役のジェームズ・ボンドを演じたショーン・コネリーはこの一作で成功、ボンドは彼の当たり役となった。モンティ・ノーマン作曲、ジョン・バリー演奏の「ジェームズ・ボンドのテーマ」も大好評で、以後の作品のオープニングでボンドを狙う銃口が逆にボンドに撃たれて血を流すシーン(通称「ガンバレル・シークエンス」)と共に必ず流されるようになった。
この作品のヒットに影響され、1960年代中期には「007もどき」のB級スパイ映画が世界各国で濫造されたが、一つとして007を超える成功を収めたものはなかった。
『ドクター・ノオ』以後、イオン・プロダクションによってプロデュースされる007映画は、主演俳優を幾度か変えつつも現在に至るまで人気シリーズとして存続している。シリーズでも特に有名な作品として、シリーズ第2作『007 ロシアより愛をこめて』(初公開時の邦題は『007危機一発』、1963年)が挙げられる。
[編集] 原作からの変質
1970年代初期以降の作品、特にロジャー・ムーア時代の作品は、フレミングの小説から題名のみを借りたシナリオライターによるオリジナルストーリーで、原作とはほとんど無関係となっている。
内容は、派手な設定とグラマラスなボンドガール、大物俳優のゲスト出演をセットとした、エンターテインメントの王道とも言うべきもので、設定は全般にマンネリズムの傾向が強くなって行く。それが「行き過ぎ」と批判されると、「原点回帰」と銘打って再び初期のようなハードな内容の作品が製作されるが、やがてまた派手なストーリーが製作されるというパターンが繰り返されている。
なお、各作品作成時の国際情勢・各国国内情勢が各作品に多かれ少なかれ影響されてはいるが、トム・クランシーなど国際情勢に精通する一部の人物からは批判的な目を向けられている。しかしながら、各作品は娯楽作品に徹し、敵役は実在の国家政府や犯罪組織、産業、企業などとはかけ離れた存在の設定が多い。
また、冷戦時代の作品でも現実の外交関係を考慮してかソ連政府それ自体を主敵とした作品は少ない。例として1983年のシリーズ第13作『オクトパシー』ではソ連政府の急進派政治家を敵の一つとする、あるいは1964年のシリーズ第2作『ロシアより愛を込めて』では二次的な敵であったため、いずれも「主敵」ではない。ただし、1995年のシリーズ第17作『ゴールデンアイ』では冒頭での任務はソ連の神経ガス工場の破壊任務であったが、これはむしろ冷戦終結後の時代との対比のための設定であろう。逆に1978年のシリーズ第10作『私を愛したスパイ』ではソ連スパイと協力して敵を倒した。冷戦時代、各作品でのソ連などの共産圏の扱いは、「雪解けのバロメーター」とされた。
[編集] ブロッコリとサルツマンの反目
アルバート・R・ブロッコリとハリー・サルツマンは、1970年代初期まで共同プロデューサーを務めていたが、ブロッコリの娯楽路線に原作派で文芸趣味のあるサルツマンは次第に反発するようになる。レン・デイトンが007へのアンチテーゼとして執筆した難解なスパイ小説『イプクレス・ファイル』をマイケル・ケイン主演で『国際諜報局』(監督:シドニー・フューリー、1965年)として映画化させたのは、他ならぬサルツマンだった。
サルツマンの意見を元に製作され、リアリティやロマンチシズムへの傾倒があった『女王陛下の007』の興行成績が芳しくなかった一方、続いてブロッコリの意見を元に製作された荒唐無稽で派手なストーリーの『ダイヤモンドは永遠に』の興行成績が良かったことから、ブロッコリが主導権を握るようになった。
結局、サルツマンはイオン・プロダクションから離脱し、それ以降、イオン・プロダクションはアルバート・R・ブロッコリとその一族が支配することになる。
[編集] 製作国の位置付け
イオン・プロ製作のシリーズの内、第10作『私を愛したスパイ』までの作品は、一般にイギリス映画と見なされている[3][4]。 主役がイギリスの情報部のスパイであること、イギリス人の俳優や制作スタッフを多く雇用し、ロンドンにあるスタジオで撮影をしていること、そしてプレミア公開が通常ニューヨークに先立ってロンドンで行われ[5]、その多くにイギリス王室のメンバーが列席することなどもその理由である。その一方で、ハリウッドのユナイテッド・アーティスツが、共同製作および配給を行っていることを指摘[6]し、そのために純粋なイギリス映画とは言えないのではないかという意見もある[7]。
『私を愛したスパイ』以後では、『ムーンレイカー』がスタジオ撮影の大半がフランスで行われたことから、英仏合作。ユナイテッド・アーティスツがメトロ・ゴールドウィン・メイヤーに買収されて以降の『ユア・アイズ・オンリー』から『ダイ・アナザー・デイ』までは、英米合作。その次の『カジノ・ロワイヤル』は英米独チェコの合作とされることもある[8]。
[編集] 怪映画『カジノ・ロワイヤル』
007小説のシリーズ第1作『カジノ・ロワイヤル』は、1960年代、権利関係の錯綜からイオン・プロは映画化権利を押さえることができなかった。
この映画はコロムビアが製作権を獲得し、ジョン・ヒューストンら5人の監督によって共同で映画化された(1967年)。だが実際にはさらに多数の監督が関わっているとも言われ、製作過程は混乱の上に混乱を極めた。デヴィッド・ニーヴン、ピーター・セラーズら実力派の名優を総動員しながら、結果としては原作から別次元に逸脱した奇想天外なドタバタパロディ作品として作られている。ストーリーはもはや筋の通ったものとして理解することは困難なほど破綻しており、最初から最後までギャグとジョークと人を食った展開が連発されるナンセンスものの怪作である。当時のスパイ映画の流行もあってか一応の収益は上げたものの、公開当時は奇異な映画として見られ(後述のとおり音楽など評価された部分も有ったが)、大ヒット作とはならなかった。
だが1980年代以降この作品は、1960年代中期のポップ・カルチャーの影響を色濃く残すユニークな映画としてカルト的評価を受けるようになっており、近年のヒット映画『オースティン・パワーズ』シリーズにも強い影響を与えている。イオン・プロ系007シリーズとは異なった観客層からの評価の高い作品である。
イオン・プロは後に「カジノ・ロワイヤル」の映画化権を取得し、2006年に原作に比較的近いシリアスな設定で映画化した。これは1967年版とはまったくの別物と見なければならない。
[編集] 『ネバーセイ・ネバーアゲイン』
1982年に、007映画から離れていたショーン・コネリー主演で『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(アーヴィン・カーシュナー監督)が製作された。タイトルはコネリーの妻がコネリーを激励するために言った一言に由来する。コネリーが「二度とボンドはやりたくない」と言うのに対して、妻は「“決して” とは決して言わないこと」(Never say “never” again) という格言で返して逆にこれを奨めたという。
これは1961年にフレミングが書いた『サンダーボール作戦』(1965年にイオン・プロダクションのシリーズ第4作としてテレンス・ヤング監督、コネリー主演で映画化)のイオン・プロダクションから離れた形での再映画化である。この作品も権利関係の混乱による産物であり、以後、イオン・プロダクション以外で007映画は製作されていない(上記の様な理由から、007映画にはおなじみのオープニングテーマとガンバレル・シークエンスは、本作品には使用されていない)。
2000年頃に『ネバーセイ・ネバーアゲイン』のプロデューサーとソニーが組んで、イオン・プロダクションとは無関係の新007シリーズを製作すると発表した。イオン・プロダクションとメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(ユナイテッド・アーティスツを買収)はこれに反発し、事態は法廷闘争に持ちこまれた。最終的にソニーは新007の製作を断念、その代替としてかヴィン・ディーゼル主演のスパイアクション大作『トリプルX』を製作した。これをシリーズ化するかと見られていたソニーだが、意表を突くかのように経営難に陥ったメトロ・ゴールドウィン・メイヤーを買収したため、ソニーは本家『007』映画の製作に携われるようになった。
[編集] メイン・タイトル
映画シリーズは当初からタイトル・デザインのユニークさでも知られた。タイポグラフィ(字体)が変幻自在なソウル・バスやカイル・クーパーとは異なる独自のスタイルが今日まで一貫している。
第1作『ドクター・ノオ』ではスタンリー・ドーネン作品で知られていたモーリス・ビンダーを招聘した幾何学パターンを用いたアニメーション作品。第2~3作ではロバート・ブラウンジョンが女性の身体に文字や作品のワンシーンが投射されるという奇抜な映像を提供し、女性をモチーフにしたエロティックなスタイルが確立された(ブラウンジョンはタイトル・デザイナーとしては寡作で、007シリーズ2作の他には『スパイがいっぱい』(1965年)と『将軍たちの夜』(1967年)があるだけである)。
第4作『サンダーボール作戦』からはビンダーが再び担当し、女性のシルエットを多用したスタイルが続くが、1991年にビンダーが亡くなり、『ゴールデンアイ』以降はビンダーの助手で1980年代からマドンナやヴァン・ヘイレンのミュージック・ビデオを多数手がけているダニエル・クラインマンが、デジタル合成を駆使しつつビンダー/ブラウンジョンのスタイルを受け継いだ。
なお、シリーズ各作品のガンバレル・シークエンスで、拳銃をしっかり狙って構えていたボンドは、ピアース・ブロスナンとダニエル・クレイグだけである。他のボンドたちは、よく見ると相手を正確に狙った構えができていないのだが、これはご愛敬であろう。
ボブ・シモンズは発砲が早い、ショーン、ジョージ、ロジャー(2種類とも)、ティモシーは位置が低い。
[編集] 音楽
007映画は、テーマ音楽・挿入歌にも秀逸なものが多いことで知られている。
イオン・プロダクションの007シリーズはモンティ・ノーマン作曲による「ジェームズ・ボンドのテーマ (James Bond Theme)」と、初期~中期の音楽監督ジョン・バリーのオーケストレーションが007サウンドの基本スタイルを作り上げた。
(わずかな例外を除けば)メインタイトルバックにはボーカル入りのテーマ曲がかかるのが通例になっており、時代ごとの一流ミュージシャン・歌手が参加。映画とともにテーマ曲もヒットした。
- イオン・プロ作品でのメインテーマ(括弧内は歌手名)
- 『007 ドクター・ノオ』James Bond Theme
- 『007 ロシアより愛をこめて』From Russia With Love(Matt Monro、男性)
- 『007 ゴールドフィンガー』Goldfinger(Shirley Bassey、女性)
- 『007 サンダーボール作戦』Thunderball(Tom Jones、男性)
- 『007は二度死ぬ』You Only Live Twice(Nancy Sinatra、女性)
- 『女王陛下の007』We Have All The Time In The World(Louis Armstrong、男性)*1
- 『007 ダイヤモンドは永遠に』Diamonds Are Forever(Shirley Bassey、女性)
- 『007 死ぬのは奴らだ』Live And Let Die(Paul McCartney&Wings、男性)*3
- 『007 黄金銃を持つ男』The Man With The Golden Gun(Lulu、女性)
- 『007 私を愛したスパイ』Nobody Does It Better(Carly Simon、女性)*2 *3 初のボンド本人についての曲
- 『007 ムーンレイカー』Moonraker(Shirley Bassey、女性)
- 『007 ユア・アイズ・オンリー』For Your Eyes Only(Sheena Easton、女性)*3 オープニングタイトルに歌手本人が登場
- 『007 オクトパシー』All Time High(Rita Coolidge、女性)*1 *2
- 『007 美しき獲物たち』A View To A Kill(Duran Duran、男性)全米1位を記録
- 『007 リビング・デイライツ』The Living Daylights(a-ha、男性)
- 『007 消されたライセンス』Licence To Kill(Gladys Knight、女性)
- 『007 ゴールデンアイ』Goldeneye(Tina Turner、女性)
- 『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』Tomorrow Never Dies(Sheryl Crow、女性)
- 『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』The World Is Not Enough(Garbage、女性)
- 『007 ダイ・アナザー・デイ』Die Another Day(Madonna、女性):テーマ曲を歌った歌手が劇中に端役で登場
- 『007 カジノ・ロワイヤル』You Know My Name(Chris Cornell、男性)*1 *2 19年ぶりの男性ボーカル
- *1 歌詞のどこにも作品名が言及されていない
- *2 曲名が映画のタイトルと異なる
- *3 アカデミー賞最優秀主題歌賞にノミネート
- 『サンダーボール作戦』の主題歌には当初「Mr. Kiss-Kiss Bang-Bang」という曲が用意されており、シャーリー・バッシーでこれを録音までしていた(後同じ曲をディオンヌ・ワーウィックであらためて録音している)。ところが公開日が近づくにつれプロデューサーが「曲名が映画のタイトルと異なり、歌詞で映画のタイトルを一言も言わず、しかもボンドの色男ぶりが女性の視点から語られる」という歌に不安を抱くようになり、急遽「Thunderball」 を書かせてこれを差し替え、「Mr. Kiss-Kiss Bang-Bang」の方はインストゥルメンタルとして劇中に挿入した。このため同映画はサウンドトラックの編集が間に合わず、公開当初は全編のほぼ半分が12トラックのうち7トラックのみを使った暫定版を使用していた。また「Thunderball」は大至急で作詞作曲されて録音されたため、トム・ジョーンズの本来の声域より高いキーで書かれていた。録音でラストの長いハイノートを得意の大音声で歌いきったジョーンズが、頭に血が上ってその場で卒倒してしまったというのは、本当にあった有名なエピソードである。
- メインテーマ曲を一番たくさん歌っているのはシャーリー・バッシー。『ゴールドフィンガー』『ダイヤモンドは永遠に』『ムーンレイカー』の3回。
- 第1作『007 ドクター・ノオ』のオープニング曲は「ジェームズ・ボンドのテーマ」から「キングストン・カリプソ」にスイッチする珍しい構成で、ボーカルのメインテーマはない。しかし劇中では、「ジャンプ・アップ!」や「マンゴーの木の下で」など挿入歌も多い。第6作『女王陛下の007』もメインテーマはインストゥルメンタル曲だが、ルイ・アームストロングが歌った挿入歌「We Have All The Time In The World(愛はすべてをこえて)」が劇中とエンディングに流れ、印象深い。
- 『ドクター・ノオ』『ロシアより愛をこめて』『女王陛下の007』はオープニング・ヴォーカル曲はなし、インストゥルメンタル曲であった。
- エンディングは基本的にメイン・タイトル曲であったが、『007 リビング・デイライツ』より別のエンディング曲を使用するようになった。しかし、その後の作品でも対応はばらばらで一定していない。『007 私を愛したスパイ』では主題歌のマーチ・ヴァージョン、『007 ムーンレイカー』では主題歌のディスコ・ヴァージョンだった。
- 『トゥモロー・ネバー・ダイ』以降の音楽を手がけるデヴィッド・アーノルドはもともと007映画の大ファンで、歴代テーマ曲のカバーアルバム『Shaken, not Stirres』を発表したことが起用のきっかけになった。
イオン・プロ以外の007映画の音楽
- 1967年のパロディ版『カジノ・ロワイヤル』は全編の作曲・編曲がバート・バカラック、演奏がハープ・アルバート&ティファナ・ブラスという、後年のソフト・ロックファンにとっては垂涎の組み合わせであった。「カジノ・ロワイヤル」「ボンド・ストリート」などのコミカルなインストゥルメンタルナンバーは現在でも人気があり、ダスティ・スプリングフィールドが挿入歌として歌った美しいバラード『The Look Of Love(恋の面影)』は、本家イオン・プロのナンバー以上のスタンダードとして歌い継がれている。
- 『ネバーセイ・ネバーアゲイン』の映画音楽は映画音楽界の大御所ミシェル・ルグランが担当、テーマ音楽もラニ・ホールが歌っており、本家イオン・プロ作品に勝るとも劣らない豪華なものである。ただしこの映画公開当時はサウンドトラックのアルバムが存在せず、映画音楽紹介番組では映画からの同録がそのまま放送されていた。ちなみに、ラニ・ホールはハープ・アルパートの妻である。
[編集] Qの歴代秘密兵器
- 『007 ドクター・ノオ』---
- 『007 ロシアより愛をこめて』---アタッシュケース(装備:銃弾チューブ、スプリング投げナイフ、コイン付紐、AR-7ライフル銃)
- 『007 ゴールドフィンガー』---小型発信機「ホーマー」、ワイヤーガン
- 『007 サンダーボール作戦』---ジェットパック、推進機能付き酸素ボンベ、小型酸素ボンベ、腕時計(ガイガーカウンター機能)、放射能カプセル
- 『007は二度死ぬ』---オートジャイロ「リトルネリー」(装備:ロケットランチャー、爆弾、火炎放射器)、ダーツ発射機能付シガレット
- 『女王陛下の007』---金庫用ロック解除装置、小型カメラ(79mm)
- 『007 ダイヤモンドは永遠に』---ワイヤーガン、指紋シール
- 『007 死ぬのは奴らだ』---腕時計(電磁石、ノコギリ機能)、圧縮ガス弾、サメ殺し用銃
- 『007 黄金銃を持つ男』---
- 『007 私を愛したスパイ』---銃内蔵ストック(スキーで使用する棒)、組み立て式水上バイク
- 『007 ムーンレイカー』---モーターボート(装備:魚雷、機雷、脱出用パラグライダー)、ゴンドラ「ボンドラ」(装備:操縦機能、ホバークラフト変型機能)、手首の筋肉の動きによって発射されるダーツ(装備:青いダーツは鋼鉄版を撃ち抜き、赤いダーツは猛毒が塗られており、刺さると30秒で死ぬ)
- 『007 ユア・アイズ・オンリー』---3-D・ビジュアル・アイデンティグラフ
- 『007 オクトパシー』---小型飛行機「アクロスター」、ワニ型小型潜水艇、硫酸ペン、無線発信機入りファベルジュの卵(発信機は007の腕時計の方向計器に反応)
- 『007 美しき獲物たち』---小型偵察用ロボット「スヌーパー」、流氷型潜水艦、X線透視サングラス、シェーバー型探知機
- 『007 リビング・デイライツ』---ピッキングキー、キーホルダー(装備:プラスチック爆弾、麻酔ガス)
- 『007 消されたライセンス』---カメラ型スナイパーライフル、練り歯磨き型プラスチック爆弾、タバコ型起爆装置、レーザー付きインスタントカメラ
- 『007 ゴールデンアイ』---ボールペン型爆弾、腕時計(起爆装置機能、レーザートーチ機能)、ワイヤー付きベルト、リモコン爆弾(腕時計で起爆)、レーザートーチ機能付きワイヤーガン
- 『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』---携帯電話(装備:ピッキングキー、指紋認証機、スタンガン、BMW750iL操縦機能)、腕時計(起爆装置機能)
- 『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』---Qボート(装備:魚雷、ジェット噴射機能、ナビゲーションシステム)、ピッキング用クレジットカード、緊急時防御機能付きジャケット、ワイヤー付き腕時計、X線透視サングラス
- 『007 ダイ・アナザー・デイ』---超高周波リング、サーフボード(装備:ワルサーP99、サイレンサー、C4爆薬、小型アンテナ)、小型酸素ボンベ、腕時計(起爆装置機能、レーザートーチ機能)、指紋照合キー
- 『007 カジノ・ロワイヤル』---超小型発信機
[編集] 関連項目
[編集] シリーズ一覧
[編集] ショーン・コネリー主演作品
[編集] 概要
第1作から第5作まで出演の後、自主的に降板するが『女王陛下の007』の不評を受けて『007 ダイヤモンドは永遠に 』にて再びボンドを演じる。『ネバーセイ・ネバーアゲイン』に出演するのはそれから11年後のこと。
高性能の秘密兵器やボンドガール、アクションなど現在のシリーズのスタイルを確立。コネリー演じるボンドは原作とは違い完全なるタフガイでプレイボーイとして描かれている。独特の荒唐無稽さが全面に押し出されている。
- 第 1 作『007 ドクター・ノオ (Dr. No)』 1962年、テレンス・ヤング監督
- (日本初公開時の邦題は『007は殺しの番号』)
- 第 2 作『007 ロシアより愛をこめて (From Russia with Love)』 1963年、テレンス・ヤング監督
- (日本初公開時の邦題は『007 危機一発』)
- 第 3 作『007 ゴールドフィンガー (Goldfinger)』 1964年、ガイ・ハミルトン監督
- 第 4 作『007 サンダーボール作戦 (Thunderball)』 1965年、テレンス・ヤング監督
- 第 5 作『007は二度死ぬ (You Only Live Twice)』 1967年、ルイス・ギルバート監督
- 第 7 作『007 ダイヤモンドは永遠に (Diamonds Are Forever)』 1971年、ガイ・ハミルトン監督
[編集] ジョージ・レーゼンビー主演作品
[編集] 概要
コネリーの自主降板を受け2代目ボンドを襲名。しかし流暢にキングス・イングリッシュを話せないことやスタッフとのトラブルが相次ぎ、本人もマスコミのバッシングに嫌気がさし、3本契約で出演したのは本作のみ。興行成績も(収益予定の6割という。あくまで他作品と比べたらということで)振るわなかった。評価も賛否両論である。
[編集] ロジャー・ムーア主演作品
[編集] 概要
この時期から原作からかけ離れたボンドが誕生し、内容が過剰になる。この頃からボンドが無敵のヒーロー化し、激しいアクションを展開する娯楽作品が多く、ムーアボンド独特のユーモアセンスがいかんなく発揮されている。振るわないものもあったが、興業的にはおおむね好調であった。
- 第 8 作『007 死ぬのは奴らだ (Live and Let Die)』 1973年、ガイ・ハミルトン監督
- 第 9 作『007 黄金銃を持つ男 (The Man with the Golden Gun)』 1974年、ガイ・ハミルトン監督
- 第10作『007 私を愛したスパイ (The Spy Who Loved Me)』 1977年、ルイス・ギルバート監督
- 第11作『007 ムーンレイカー (Moonraker)』 1979年、ルイス・ギルバート監督
- 第12作『007 ユア・アイズ・オンリー (For Your Eyes Only)』 1981年、ジョン・グレン監督
- 第13作『007 オクトパシー (Octopussy)』 1983年、ジョン・グレン監督
- 第14作『007 美しき獲物たち (A View to a Kill)』 1985年、ジョン・グレン監督
[編集] ティモシー・ダルトン主演作品
[編集] 概要
原点回帰を目指すものとして制作され、過剰でユーモアの多かったムーアの作品群とは違い、シリアス路線で、人間くさい独自のボンド像が確立されている。ムーア時代のような華やかさがなかったせいか、この時期は興行成績不振が続いた。しかし、ダルトンボンドこそ原作にもっとも近いと評価する原作ファンも多く、見直されている。
- 第15作『007 リビング・デイライツ (The Living Daylights)』 1987年、ジョン・グレン監督
- 第16作『007 消されたライセンス (License to Kill)』 1989年、ジョン・グレン監督
[編集] ピアース・ブロスナン主演作品
[編集] 概要
ムーアの作品群と同じくボンド像は原作から離れたもので、内容も原作の世界観を逸脱したものとなった。シリアス路線とユーモア路線の中間のような作品が多く、東西冷戦が終結し、新たな形を模索し始めた時期である。また、設定の変化も多く、Mが女性になり、ボンドの愛銃が変わっている。世界的な大ヒットとなり、「ボンド復活」を成し遂げた。
- 第17作『007 ゴールデンアイ (Goldeneye)』 1995年、マーティン・キャンベル監督
- 第18作『007 トゥモロー・ネバー・ダイ (Tomorrow Never Dies)』 1997年、ロジャー・スポティスウッド監督
- 第19作『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ (The World Is Not Enough)』 1999年、マイケル・アプテッド監督
- 第20作『007 ダイ・アナザー・デイ (Die Another Day)』 2002年、リー・タマホリ監督
[編集] ダニエル・クレイグ主演作品
[編集] 概要
原点回帰を再び目指したもの。「リビング・デイライツ」以来初めてフレミングの長編を原作とした。
- 第21作『007 カジノ・ロワイヤル (Casino Royale)』 2006年、マーティン・キャンベル監督
- 第22作『007 慰めの報酬 (Quantum of Solace)』 2008年、マーク・フォースター監督