ジェームズ・ボンド

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ジェームズ・ボンドJames Bond)はイギリス作家イアン・フレミング1908年 - 1964年)のスパイ小説およびこれを原作とする映画の主人公である、イギリス秘密情報部のエース諜報員。海軍中佐でもあり、軍服の右袖にパラウイング(空挺降下徽章)を着用している設定もあることから、イギリス海兵隊の特殊舟艇部隊SBSの出身であることがわかる。海軍中佐時代にリクルートされMI6に入る。MI6とはMilitary Intelligence 6課(海外担当)の略で、ユニバーサルエクスポート社が仮の姿。(現在MI6はテムズ川Vaxhallにたたずみ、The World Is Not Enoughではその実際のビルも登場するが、以前はロンドン市内のある雑居ビルが入口であった。そこも輸入業者を名乗っていた。)  ちなみにMI5課は国内担当=Avengers のJohn Steedなど)の00課所属。 00(ダブルオー)課とは英単語のSpoof(担ぐ、だます=自分の身分などを詐称して相手に接近し、国家を揺るがす敵国や外敵の機密情報を盗み出す)からきている。00は正式なコードネームではない。ダブルオー課の7番目の役人の意味。

殺人許可証(任務遂行中は自分の一存で容疑者を殺めても不問にされ、外交問題に発展しても政府が庇ってくれる。この資格については「殺しのライセンス」という惹句でしばしば表現される)を与えられている。愛国者。また「007は二度死ぬ」の原作小説でKissy Suzukiと言う名の日本女性と結婚後に男子をもうけている。子供の名前はJames Suzuki。しかし続編の短編小説「BlastFromThePast」でJamesSuzukiは007の敵に殺害される。

なお「007」は原語で「ダブルオーセブン」で、これが “正しい読み方” とされている。ただし日本では1970年代中頃までは「ゼロゼロセブン」と言っており[1]、映画も第1作から第7作『ダイヤモンドは永遠に』までは「ゼロゼロセブン」で公開されている[2]

目次

[編集] イアン・フレミングの原作小説

原作者のイアン・ランカスター・フレミングは1908年5月28日ロンドン生まれ。 ロイター通信社の記者、銀行の副頭取などの職業を転々としたのち、第二次世界大戦中はジョン・ゴドフリー提督の助手としてイギリス情報部(SOE―特別作戦部)に所属。対敵諜報工作に携わっており、この経験を活かして007を書いたと言われる。

「ジェームズ・ボンド」という、英語圏ではやや凡庸な印象の強い名前は、戦前の活劇映画的な、華やかな印象の名を、フレミングが意識的に避けたものである。「ジェームズ・ボンド」という名前はフレミングがイギリス情報部在職中のコードネームだったのではないか、といわれることもあるが、フレミングが愛読する「西インド諸島の鳥」の著者で鳥類学者の名前をいただいたというのが定説である(ちなみにこちらのジェームズ・ボンドは1989年に亡くなっている)。なおシリーズ第20作『ダイ・アナザー・デイ』ではボンドが鳥類研究の本を脇に挟みながら「鳥類学者だ」と身分を偽るシーンがある。

また、前出のイギリス情報部で諜報工作に関わっていた際に、情報部がフレミングに与えたコードネームが『くまのプーさん』の主人公の名前であった事からフレミングが勝手に「ジェームズ・ボンド」を名乗っていた、という説もある。

フレミングの小説「007シリーズ」は1953年4月13日、イギリスのジョナサン・ケープ社から出版された第1作『カジノ・ロワイヤル』に始まり、1964年8月12日にフレミングが亡くなるまで書き継がれる。

当初はそれなりの評価を得ながらもあまり売れなかった。そのため、フレミングは何度もシリーズを終了しようと考えるが、その度に映像化の話が出てきてシリーズは継続されることになった。本格的に売れ始めるのは1950年代後半で、そのきっかけは、フレミングと縁があったケネディ米大統領が『ロシアから愛をこめて』を愛読書のリストの中に入れたことだった(実際には007を愛読していたのはケネディ夫人のジャクリーンだったとも言われている)。

その作風は、従来のイギリスにおける主流であった重厚なリアリズムスパイ小説とは対極にあり、華やかで享楽的な設定の中で、アメリカのハードボイルド小説の影響を受けたシビアな暴力やアクションを描くものであった(『カジノ・ロワイヤル』はその好例である)。

しかし、「悪役から美女を救い出す」凡庸なパターンにはまってしまった結果、1950年代末期以降の作品はマンネリ化し、誇大妄想的な設定が多くなった(1959年の『ゴールドフィンガー』など)。

超人的なプレイボーイのスパイをヒーローとし、グラマラスな美女を配した「洗練されたマッチョイズム」の物語は大衆の嗜好に合致し、また冷戦状況下では、東側ブロックを絶対悪に擬す安易な設定が濫用しやすかったことから、1950年代後半以降、膨大な量の007亜流小説が世界各国に氾濫した。映画・コミックへの影響も非常に多大である。

[編集] フレミング以外の作者

フレミングの死後、イギリスの作家キングスレー・エイミスが未亡人の許可を得てロバート・マーカムの名で『007/孫大佐』を書いた。シリーズ化される予定だったが、評判は芳しくなく、シリーズ化には至らなかった。

1977年には、映画『The Spy Who Loved Me(私を愛したスパイ)』のノベライゼーションが出版された(タイトルはJames Bond, the Spy Who Loved Me)。執筆したのは、脚本を担当した小説家クリストファー・ウッド。クリストファー・ウッドは、1979年に公開された『ムーンレイカー』の脚本も担当。同様にノベライゼーションを手がけた(タイトルはJames Bond and Moonraker)。映画シリーズで、脚本家がノベライゼーションを担当したのはこの二作だけ。

1981年に発表された『メルトダウン作戦 Licence Renewed』から、ジョン・ガードナーがフレミングを引き継ぐ形で「007シリーズ」を再開させた。ガードナーによる新・「007シリーズ」は、当初は好評を得たものの、作品が発表される度に評価は低下していった。独自に展開しているうちに映画シリーズとは全くかけ離れたものになってしまったのが原因と思われる。その後1996年からレイモンド・ベンソンがシリーズ3代目の作家として作品を発表したが、6作目(『赤い刺青の男 The Man with the Red Tattoo』)で007作家を辞めることになった。これを引き継ぎ、2008年セバスチャン・フォークスが『猿の手を持つ悪魔 Devil May Care』を発表した。

なお、2002年にベンソンが『007/赤い刺青の男』を発表した際、日本を舞台とした内容であったことから、日本の一部マスコミが映画の次回作は日本が舞台かと騒いだが、この両者のオリジナル作品が映画化されたことはなく、逆に映画の脚本を基にしたノベライゼーション版をオリジナルに併行して発表しているにすぎない。だが、舞台とされる香川県直島町では町や県を挙げてのロケ誘致をはじめていて、町内には007資料館まで作ってしまうほどの力の入れようである(もうひとつの舞台とされる北海道の登別温泉でも直島ほどではないがロケ誘致が行なわれている)。

[編集] 007シリーズ小説一覧

[編集] イアン・フレミング作品

日本では井上一夫によってすべてが翻訳された。

[編集] 長編

  1. 『カジノ・ロワイヤル』Casino Royale1953年)(映画化作品「カジノ・ロワイヤル」)
  2. 『死ぬのは奴らだ』Live and Let Die1954年
  3. 『ムーンレイカー』Moonraker1955年
  4. 『ダイヤモンドは永遠に』Diamonds Are Forever1956年
  5. 『ロシアから愛をこめて』From Russia, With Love1957年)(映画化作品「ロシアより愛をこめて」)
  6. 『ドクター・ノオ』Doctor No1958年
  7. 『ゴールドフィンガー』Goldfinger1959年
  8. 『サンダーボール作戦』Thunderball1961年
  9. 『わたしを愛したスパイ』The Spy Who Loved Me1962年)(映画化作品「を愛したスパイ」)
  10. 『女王陛下の007』On Her Majesty's Secret Service1963年)(旧題『女王陛下の007号』)
  11. 『007は二度死ぬ』You Only Live Twice1964年)(旧題『007号は二度死ぬ』)
  12. 『黄金の銃をもつ男』The Man With the Golden Gun1965年)(映画化作品「黄金銃持つ男」)

[編集] 短編集

  • 『薔薇と拳銃』For Your Eyes Only1960年)(旧題1『007号の冒険』/旧題2『バラと拳銃』)
    • 「薔薇と拳銃」From a View to a Kill(旧題「バラと拳銃」/映像化作品「美しき獲物たち」)
    • 「読後焼却すべし」For Your Eyes Only(映像化作品「ユア・アイズ・オンリー」)
    • 「危険」Risico
    • 「珍魚ヒルデブラント」The Hildebrand Rarity(「007 消されたライセンス」に登場人物ミルトン・クレストを使用)
    • 「ナッソーの夜」Quantum of Solace(映像化作品「慰めの報酬」)


  • 『オクトパシー』Octopussy and the Living Daylights1966年)(旧題『007号/ベルリン脱出』)
    • 「オクトパシー」Octopussy(旧題「007号の追求」)(映像化作品「オクトパシー」)
    • 「所有者はある女性」The Property of a Lady(旧題「007号の商略」)
    • 「ベルリン脱出」The Living Daylights(旧題「007号/ベルリン脱出」)(映像化作品「リビング・デイライツ」)

[編集] その他の作者による007小説

[編集] ロバート・マーカム(キングスレー・エイミス)作品

  • 『007/孫大佐』Colonel Sun1968年

[編集] ジョン・ガードナー作品

  1. 『メルトダウン作戦』License Renewed1981年
  2. 『スペクターの逆襲』For Special Services1982年
  3. 『アイスブレーカー』Icebreaker1983年
  4. 『独立戦争ゲーム』Role of Honour1984年
  5. 『不死身な奴はいない』Nobody Lives Forever1986年
  6. 『覚悟はいいかね、ボンド君』No Deals, Mr. Bond1987年
  7. 『スコーピアスの謎』Scorpius1987年
  8. 『ミンサザイ作戦 準備完了』Win, Lose or Die1989年
  9. 『紳士らしく死ね』Brokenclaw1990年
  10. The Man From Barbarossa』(1991年
  11. Death is Forever』(1992年
  12. Never Send Flowers』(1993年
  13. SeaFire』(1994年
  14. COLD』(1996年)アメリカ版は『Cold Fall

[編集] レイモンド・ベンソン作品

  1. 『007/ゼロ・マイナス・テン』Zero Minus Ten1997年
  2. 『007/ファクト・オブ・デス』The Facts of Death1998年
  3. 『007/ハイタイム・トゥ・キル』High Time to Kill1999年
  4. Doubleshot』(2000年
  5. Never Dream of Dying』2001年
  6. 『007/赤い刺青の男The Man with the Red Tattoo2002年
  • 短編(未収録)
    • Blast from the Past』(1996年
    • Midsummer Night's Doom』(1999年
    • 『007/ライヴ・アット・ファイヴ』Live at Five1999年

[編集] セバスチャン・フォークス作品

  1. 『007/猿の手を持つ悪魔』Devil May Care2008年

[編集] ジョン・ピアースン作品

  • 『ジェイムズ・ボンド伝』James Bond/The Authorised Biography of 0071973年
    • ボンド本人へのインタビューという形で、その生い立ちから『黄金の銃をもつ男』の後に至るまで公私に渡るボンドの半生を描いた大作。ボンドの活躍は全て実話で、イギリス情報部の委嘱を受けたフレミングが「ボンドをフィクションの人物と見せかけてソ連側の魔手から遠ざけるため」実話を小説化したという設定を取っている。本書内の設定によれば、小説シリーズ3作目の『ムーンレイカー』だけが「ボンドを架空の人物らしく印象づけるためのフィクション」であるという。なお本書のインタビューで、ボンドは自身を演じたショーン・コネリーについて「何だあの男は」などと批判的な発言をしている。

[編集] ノベライゼーション作品

  1. 『新・私を愛したスパイ』James Bond, the Spy Who Loved Me1977年)(クリストファー・ウッド著)
  2. 『007とムーンレイカー』James Bond and Moonraker1979年)(クリストファー・ウッド著)
  3. 『消されたライセンス』Licence to Kill1989年)(ジョン・ガードナー著)
  4. 『ゴールデンアイ』Goldeneye1995年)(ジョン・ガードナー著)
  5. 『トゥモロー・ネバー・ダイ』Tomorrow Never Dies1997年)(レイモンド・ベンソン著)
  6. 『ワールド・イズ・ノット・イナフ』The World is Not Enough1999年)(レイモンド・ベンソン著)
  7. 『007/ダイ・アナザー・デイ』Die Another Day2002年)(レイモンド・ベンソン著)

[編集] 漫画作品

ゴルゴ13』で有名なさいとう・たかをによって劇画化されている。『死ぬのは奴らだ』の敵ボス・ミスター・ビッグがブロフェルドに代わって『女王陛下の007』までのボスを務めるなど、大幅な脚色が施されたものとなっている。 『黄金の銃を持つ男』は、「原作や映画より、面白い」と評価されたことがある(『ファンタスティック・コレクション 007/オクトパシー 007の素晴らしき世界』より)

[編集] 漫画化された作品

※すべて「ボーイズライフ」掲載(後に二度コミック化)

  • 『死ぬのは奴らだ』
  • 『サンダーボール作戦』
  • 『女王陛下の007』
  • 『黄金銃を持つ男』

[編集] パロディ

共産圏のブルガリアの作家グリャシキによって、冷戦中の1958年に「東側版ジェームズ・ボンド」としてスタートした諜報員アヴァクーム・ザーホフのシリーズはブルガリアで非常な人気を得た。そのザーホフを何と本家007と世界を股にかけて対決させた本作は、ザーホフ・シリーズ唯一の日本語翻訳作品である。ボンドの名が使えないため、作中では全て「007」表記で、原書ではトラブルをおもんばかって「07」と表記を変えていた。東側作品であるため、当然ながらソ連が主人公の味方、007は敵役で冷酷非情なプロの工作員として描写される。対してザーホフは寡黙で有能、身辺清潔な学者肌スパイとして描かれるが、KGBをはじめとする実際の東側上級工作員にも学者・研究者としての経歴を持つ者が多かった史実との符合は興味深いものがある。
東郷隆による日本版007パロディー。大阪商工会議所に所属する『殺人許可証を持つ丁稚』を主人公に描かれる奇想天外なスパイアクションコメディー小説。シリーズの一部は、007原作小説または映画のシノプシスをなぞりながら、日本を舞台にした「関西対関東の東西対決」というパロディストーリーになっている。
SFマガジン2008年4月号掲載の中篇小説。物語は「私」の重大な秘密とそれに関わる体験を、後日に文章として記述した形式として進行する。劇中には「ジェームズ・ボンド」や「M」等のシリーズの主要人物名が登場せず、「私」や「上司」と表記されている。掲載誌のアオリ文や説明文でも007関連作品とは一切書かれていないが[3]、内容は完全にボンドを主人公にした小説である。主役を交代しながらシリーズを重ねてきた007の映画版を元に、「様々な人物が演じた一人の諜報員」というスタイルを逆手にとった大胆な設定がなされている。なお一部の登場人物はアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」にちなんだ命名がなされているが、アクロイド殺しに関するある要素が作品の重要なキーにもなっている。

[編集] 007の日本への影響

「007」は、日本のメディアにも多大な影響を及ぼしている。

初公開と同時代の映画界では、宝石強盗団とダイヤGメン刑事とのアクションがあるスパイ風味の怪獣映画「宇宙大怪獣ドゴラ」や、「国際秘密警察シリーズ」(ともに1963年製作)など。

TV界では、秘密装備を施した車両が登場する「スパイキャッチャーJ3」(1965年)や、女好きの秘密調査員が活躍する「37階の男」(1968年)などが草分けとして挙げられる。

アニメでは「スカイヤーズ5」(1966年)、また「ルパン三世 (TV第2シリーズ)」(1975年)では、サブタイトルに007の映画題名を使用したものが多い(例:第26話「バラとピストル」、第32話「ルパンは二度死ぬ」、第47話「女王陛下のズッコケ警部」、第50話「私が愛したルパン」、TVスペシャル第四弾『ルパン三世 ロシアより愛をこめて』など。また、TVスペシャル第十五弾『ルパン三世 お宝返却大作戦!!』には、当初『ダイヤモンドは永遠に』という仮題があった)。

ほかにも小説・漫画、メディア作品への影響は強く、「サイボーグ009」(1963年)は「007」にヒントを得た命名、また「~愛をこめて」「わたしが愛した~」などのフレーズは多くの作品において、頻繁に使用されている(例:青池保子エロイカより愛をこめて」、沢田研二ヤマトより愛をこめて」(映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』主題歌)、森口博子水の星へ愛をこめて」(アニメ『機動戦士Ζガンダム』オープニングテーマ)など)。

作品のテーマ曲でもある「ジェームズ・ボンドのテーマ (James Bond Theme)」に東京音頭の冒頭部分と似ているフレーズがあり、東京音頭そのものが都心で見直されるきっかけともなった。

[編集] 映画 007シリーズ

[編集] 概要

6代目ボンド役を務めるダニエル・クレイグ

1954年に『カジノ・ロワイヤル』がモノクロ短編テレビドラマ化された(米CBS放送「クライマックス」の1エピソード 主演:バリー・ネルソン 役名は「ジミー・ボンド」でCIAスパイ)が、1950年代を通じてそれ以外の映像化の例は確認されていない。このドラマで敵役ル・シッフルを演じたのは、『M』『暗殺者の家』『マルタの鷹』などの映画で知られる名優ピーター・ローレだった。

その後、1960年代初頭に二人のプロデューサーが007に関心を抱いたことで本格的な映画化が始まった。

[編集] イオン・プロダクション

1960年頃、フレミングの原作を読んだプロデューサーのアルバート・R・ブロッコリは、「これは映画化に向いている」と感じ、フレミングに交渉を求めた。しかし、フレミングは映像権を一足先にハリー・サルツマンに売り渡していた。ブロッコリは直ちにハリー・サルツマンと接触、二人は手を組んで映画製作会社イオン・プロダクション(EON Productions)を設立し、協力して007映画の製作に当たることになった。EONはEverything Or Nothingの頭文字である。

[編集] シリーズ化の成功

当時刊行されていた007シリーズの小説の中で最初の映画化作品を検討した結果『ドクター・ノオ』が最も映像化に向いていると判断され、ユナイテッド・アーティスツを配給会社に職人肌の監督テレンス・ヤングを当てて映画化した(1962年公開。邦題は『007は殺しの番号』)。

ショーン・コネリー(1980年撮影)

この映画は低予算作品ながらも予想以上の大ヒットとなり、特に主役のジェームズ・ボンドを演じたショーン・コネリーはこの一作で成功、ボンドは彼の当たり役となった。モンティ・ノーマン作曲、ジョン・バリー演奏の「ジェームズ・ボンドのテーマ」も大好評で、以後の作品のオープニングでボンドを狙う銃口が逆にボンドに撃たれて血を流すシーン(通称「ガンバレル・シークエンス」)と共に必ず流されるようになった。3作目までこのシーンで登場してくる人物はスタントマンのボブ・シモンズで、ショーンコネリーではない。

この作品のヒットに影響され、1960年代中期には「007もどき」のB級スパイ映画が世界各国で濫造されたが、一つとして007を超える成功を収めたものはなかった。

『ドクター・ノオ』以後、イオン・プロダクションによってプロデュースされる007映画は、主演俳優を幾度か変えつつも現在に至るまで人気シリーズとして存続している。シリーズでも特に有名な作品として、シリーズ第2作『007 ロシアより愛をこめて』(初公開時の邦題は『007危機一発』、1963年)が挙げられる。

[編集] 原作からの変質

1970年代初期以降の作品、特にロジャー・ムーア時代の作品は、フレミングの小説から題名のみを借りたシナリオライターによるオリジナルストーリーで、原作とはほとんど無関係となっている。

内容は、派手な設定とグラマラスなボンドガール、大物俳優のゲスト出演をセットとした、エンターテインメントの王道とも言うべきもので、設定は全般にマンネリズムの傾向が強くなって行く。それが「行き過ぎ」と批判されると、「原点回帰」と銘打って再び初期のようなハードな内容の作品が製作されるが、やがてまた派手なストーリーが製作されるというパターンが繰り返されている。

なお、各作品作成時の国際情勢・各国国内情勢が各作品に多かれ少なかれ影響されてはいるが、トム・クランシーなど国際情勢に精通する一部の人物からは批判的な目を向けられている。しかしながら、各作品は娯楽作品に徹し、敵役は実在の国家政府や犯罪組織、産業、企業などとはかけ離れた存在の設定が多い。

また、冷戦時代の作品でも現実の外交関係を考慮してかソ連政府それ自体を主敵とした作品は少ない。例として1983年のシリーズ第13作『オクトパシー』ではソ連政府の急進派政治家を敵の一つとする、あるいは1964年のシリーズ第2作『ロシアより愛を込めて』では二次的な敵であったため、いずれも「主敵」ではない。ただし、1995年のシリーズ第17作『ゴールデンアイ』では冒頭での任務はソ連の神経ガス工場の破壊任務であったが、これはむしろ冷戦終結後の時代との対比のための設定であろう。

逆に1978年のシリーズ第10作『私を愛したスパイ』ではソ連スパイと協力して敵を倒した。1987年の第15作『リビング・デイライツ』でも、KGBの内部抗争を一方と協力して制している。

冷戦時代、各作品でのソ連などの共産圏の扱いは、「雪解けのバロメーター」とされた。

[編集] ブロッコリとサルツマンの反目

アルバート・R・ブロッコリとハリー・サルツマンは、1970年代初期まで共同プロデューサーを務めていたが、ブロッコリの娯楽路線に原作派で文芸趣味のあるサルツマンは次第に反発するようになる。レン・デイトンが007へのアンチテーゼとして執筆した難解なスパイ小説『イプクレス・ファイル』をマイケル・ケイン主演で『国際諜報局』(監督:シドニー・フューリー、1965年)として映画化させたのは、他ならぬサルツマンだった。

サルツマンの意見を元に製作され、リアリティやロマンチシズムへの傾倒があった『女王陛下の007』の興行成績が芳しくなかった一方、続いてブロッコリの意見を元に製作された荒唐無稽で派手なストーリーの『ダイヤモンドは永遠に』の興行成績が良かったことから、ブロッコリが主導権を握るようになった。

結局、サルツマンはイオン・プロダクションから離脱(副業のレストラン経営に失敗、007シリーズの版権を売り払う決断を下す。その後すべてをアルバート・R・ブロッコリが買収)し、それ以降、イオン・プロダクションはアルバート・R・ブロッコリとその一族が支配することになる。

[編集] 製作国の位置付け

イオン・プロ製作のシリーズの内、第10作『私を愛したスパイ』までの作品は、一般にイギリス映画と見なされている[4][5]。 主役がイギリスの情報部のスパイであること、イギリス人の俳優や制作スタッフを多く雇用し、ロンドンにあるスタジオで撮影をしていること、そしてプレミア公開が通常ニューヨークに先立ってロンドンで行われ[6]、その多くにイギリス王室のメンバーが列席することなどもその理由である。その一方で、ハリウッドのユナイテッド・アーティスツが、共同製作および配給を行っていることを指摘[7]し、そのために純粋なイギリス映画とは言えないのではないかという意見もある[8]

アカデミー賞にボンド映画が受賞していることがあるので、アメリカ映画であるとする意見もある。

『私を愛したスパイ』以後では、『ムーンレイカー』がスタジオ撮影の大半がフランスで行われたことから、英仏合作。ユナイテッド・アーティスツがメトロ・ゴールドウィン・メイヤーに買収されて以降の『ユア・アイズ・オンリー』から『ダイ・アナザー・デイ』までは、英米合作。その次の『カジノ・ロワイヤル』は英米独チェコの合作とされることもある[9]

[編集] 怪映画『カジノロワイヤル』

007小説のシリーズ第1作『カジノ・ロワイヤル』は、1960年代、権利関係の錯綜からイオン・プロは映画化権利を押さえることができなかった。

この映画はコロムビアが製作権を獲得し、ジョン・ヒューストンら5人の監督によって共同で映画化された(1967年)。だが実際にはさらに多数の監督が関わっているとも言われ、製作過程は混乱の上に混乱を極めた。デヴィッド・ニーヴンピーター・セラーズら実力派の名優を総動員しながら、結果としては原作から別次元に逸脱した奇想天外なドタバタパロディ作品として作られている。ストーリーはもはや筋の通ったものとして理解することは困難なほど破綻しており、最初から最後までギャグとジョークと人を食った展開が連発されるナンセンスものの怪作である。当時のスパイ映画の流行もあってか一応の収益は上げたものの、公開当時は奇異な映画として見られ(後述のとおり音楽など評価された部分も有ったが)、大ヒット作とはならなかった。

だが1980年代以降この作品は、1960年代中期のポップ・カルチャーの影響を色濃く残すユニークな映画としてカルト的評価を受けるようになっており、近年のヒット映画『オースティン・パワーズ』シリーズにも強い影響を与えている。イオン・プロ系007シリーズとは異なった観客層からの評価の高い作品である。

イオン・プロは後に「カジノ・ロワイヤル」の映画化権を取得し、2006年に原作に比較的近いシリアスな設定で映画化した。これは1967年版とはまったくの別物と見なければならない。

[編集] ネバーセイ・ネバーアゲイン

1982年に、007映画から離れていたショーン・コネリー主演で『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(アーヴィン・カーシュナー監督)が製作された。タイトルはコネリーの妻がコネリーを激励するために言った一言に由来する。コネリーが「二度とボンドはやりたくない」と言うのに対して、妻は「“決して” とは決して言わないこと」(Never say “never” again) という格言で返して逆にこれを奨めたという。

これは1961年にフレミングが書いた『サンダーボール作戦』(1965年にイオン・プロダクションのシリーズ第4作としてテレンス・ヤング監督、コネリー主演で映画化)のイオン・プロダクションから離れた形での再映画化である。この作品も権利関係の混乱による産物であり、以後、イオン・プロダクション以外で007映画は製作されていない(上記の様な理由から、007映画にはおなじみのオープニングテーマとガンバレル・シークエンスは、本作品には使用されていない)。

2000年頃に『ネバーセイ・ネバーアゲイン』のプロデューサーとソニーが組んで、イオン・プロダクションとは無関係の新007シリーズを製作すると発表した。イオン・プロダクションとメトロ・ゴールドウィン・メイヤーユナイテッド・アーティスツを買収)はこれに反発し、事態は法廷闘争に持ちこまれた。最終的にソニーは新007の製作を断念、その代替としてかヴィン・ディーゼル主演のスパイアクション大作『トリプルX』を製作した。これをシリーズ化するかと見られていたソニーだが、意表を突くかのように経営難に陥ったメトロ・ゴールドウィン・メイヤーを買収したため、ソニーは本家『007』映画の製作に携われるようになった。

[編集] メイン・タイトル

映画シリーズは当初からタイトル・デザインのユニークさでも知られた。タイポグラフィ(字体)が変幻自在なソウル・バスカイル・クーパーとは異なる独自のスタイルが今日まで一貫している。
第1作『ドクター・ノオ』ではスタンリー・ドーネン作品で知られていたモーリス・ビンダーを招聘した円形を多用したアニメーション作品。第2~3作ではロバート・ブラウンジョンが女性の身体に文字や作品のワンシーンが投射されるという奇抜な映像を提供し、女性をモチーフにしたエロティックなスタイルが確立された(ブラウンジョンはタイトル・デザイナーとしては寡作で、007シリーズ2作の他には『スパイがいっぱい』(1965年)と『将軍たちの夜』(1967年)があるだけである)。
第4作『サンダーボール作戦』からはビンダーが再び担当し、女性のシルエットを多用したスタイルが続くが、1991年にビンダーが亡くなり、『ゴールデンアイ』以降はビンダーの助手で1980年代からマドンナヴァン・ヘイレンのミュージック・ビデオを多数手がけているダニエル・クラインマンが、デジタル合成を駆使しつつビンダー/ブラウンジョンのスタイルを受け継いだ。
ダニエル・クレイグ主演の21作『カジノ・ロワイヤル』からはよりモーショングラフィックを多用したスタイルに移行し、22作『慰めの報酬』で新たにアメリカのデザインカンパニーMK12が参入。それまでの特徴だったセクシーなイメージは保ちつつ、ビンダー~クラインマン担当作で不変だったタイポグラフィが新たに設計され、作品の最後に置かれたガンバレル・シークエンスでは画面が血に染まった後ボンドが円状の視野から立ち去る動作が加わった。この他MK12はモニター画面のデザインも担当するなど、カイル・クーパーが設立したイマジナリー・フォーシズ社と同じような役割で、タイトルだけでなく作品全体にも携わっている。

なおメイン・タイトルでのプロダクション・クレジットは当初「Albert・R・Broccoli presents」としか入っていなかったが、第18作「007トゥモロー・ネバー・ダイ以後の作品には、シリ-ズに対しての貢献を称え「アルバート・R・ブロッコリのイオン・プロダクション提供」(Albert・R・Broccoli's EON productions limited presents)と入るようになった。

[編集] 音楽

007映画は、テーマ音楽・挿入歌にも秀逸なものが多いことで知られている。

イオン・プロダクションの007シリーズはモンティ・ノーマン作曲による「ジェームズ・ボンドのテーマ (James Bond Theme)」と、初期~中期の音楽監督ジョン・バリーのオーケストレーションが007サウンドの基本スタイルを作り上げた。 特に「ジェームズ・ボンドのテーマ (James Bond Theme)」は東京音頭によく似ているフレーズがあり、日本で作品が浸透する要因にもなった。

(わずかな例外を除けば)メインタイトルバックにはボーカル入りのテーマ曲がかかるのが通例になっており、時代ごとの一流ミュージシャン・歌手が参加。映画とともにテーマ曲もヒットした。

  • 『サンダーボール作戦』の主題歌には当初「Mr. Kiss-Kiss Bang-Bang」という曲が用意されており、シャーリー・バッシーでこれを録音までしていた(後同じ曲をディオンヌ・ワーウィックであらためて録音している)。ところが公開日が近づくにつれプロデューサーが「曲名が映画のタイトルと異なり、歌詞で映画のタイトルを一言も言わず、しかもボンドの色男ぶりが女性の視点から語られる」という歌に不安を抱くようになり、急遽「Thunderball」 を書かせてこれを差し替え、「Mr. Kiss-Kiss Bang-Bang」の方はインストゥルメンタルとして劇中に挿入した。このため同映画はサウンドトラックの編集が間に合わず、公開当初は全編のほぼ半分が12トラックのうち7トラックのみを使った暫定版を使用していた。また「Thunderball」は大至急で作詞作曲されて録音されたため、トム・ジョーンズの本来の声域より高いキーで書かれていた。録音でラストの長いハイノートを得意の大音声で歌いきったジョーンズが、頭に血が上ってその場で卒倒してしまったというのは、本当にあった有名なエピソードである。
  • メインテーマ曲を一番たくさん歌っているのはシャーリー・バッシー。『ゴールドフィンガー』『ダイヤモンドは永遠に』『ムーンレイカー』の3回。
  • 第1作『007 ドクター・ノオ』のオープニング曲は「ジェームズ・ボンドのテーマ」から「キングストン・カリプソ」にスイッチする珍しい構成で、ボーカルのメインテーマはない。しかし劇中では、「ジャンプ・アップ!」や「マンゴーの木の下で」など挿入歌も多い。第6作『女王陛下の007』もメインテーマはインストゥルメンタル曲だが、ルイ・アームストロングが歌った挿入歌「We Have All The Time In The World(愛はすべてをこえて)」が劇中とエンディングに流れ、印象深い。
  • 『ドクター・ノオ』『ロシアより愛をこめて』『女王陛下の007』はオープニング・ヴォーカル曲はなし、インストゥルメンタル曲であった。
  • エンディングは基本的にメイン・タイトル曲であったが、『007 リビング・デイライツ』より別のエンディング曲を使用するようになった。しかし、その後の作品でも対応はばらばらで一定していない。『007 私を愛したスパイ』では主題歌のマーチ・ヴァージョン、『007 ムーンレイカー』では主題歌のディスコ・ヴァージョンだった。
  • 『トゥモロー・ネバー・ダイ』以降の音楽を手がけるデヴィッド・アーノルドはもともと007映画の大ファンで、歴代テーマ曲のカバーアルバム『Shaken, and Stirred』を発表したことが起用のきっかけになった。

 イオン・プロ以外の007映画の音楽

[編集] Qの歴代秘密兵器

Q役をワールド・イズ・ノット・イナフまで演じたデスモンド・リュウェリン

科学者Qの発明した秘密兵器の一覧 ちなみにQは軍内部のQuarter Master(物資供給課の主任)の頭文字で、正式には彼個人の呼称ではない。 Qの本名は、ブースロイド少佐である。

[編集] 関連項目

[編集] シリーズ一覧

[編集] ショーン・コネリー主演作品

[編集] 概要

第1作から第5作まで出演の後、自主的に降板するが『女王陛下の007』の不評を受けて『007 ダイヤモンドは永遠に 』にて再びボンドを演じる。『ネバーセイ・ネバーアゲイン』に出演するのはそれから11年後のこと。

高性能の秘密兵器やボンドガール、アクションなど現在のシリーズのスタイルを確立。コネリー演じるボンドは原作とは違い完全なるタフガイでプレイボーイとして描かれている。独特の荒唐無稽さが全面に押し出されている。

なおショーン・コネリー主演作品の敵は『ゴールドフィンガー』以外犯罪組織「スペクター」(SPECTRE, SPecial Executive for Counter-intelligence, Terrorism, Revenge and Extortion、「対敵情報、テロ、復讐、強要のための特別機関」)である。(『ネバーセイ・ネバーアゲイン』も含む)

(日本初公開時の邦題は『007は殺しの番号』)
(日本初公開時の邦題は『007 危機一発』)

[編集] ジョージ・レーゼンビー主演作品

[編集] 概要

コネリーの自主降板を受け2代目ボンドを襲名。撮影当時29歳という年齢は歴代ボンド最年少である。しかし流暢にクイーンズ・イングリッシュを話せないことやスタッフとのトラブルが相次ぎ、本人もマスコミのバッシングに嫌気がさし、3本契約で出演したのは本作のみ。興行成績も(収益予定の6割という。あくまで他作品と比べたらということで)振るわなかった。公開当初は酷評されたが、ストーリー展開が原作に忠実で、かつ秘密兵器の登場が少なくリアリティがあるという意味で、現在では逆にもっともボンド映画らしいボンド映画のひとつとして再評価されている作品でもある。

[編集] ロジャー・ムーア主演作品

[編集] 概要

世界的な情勢変化、原作をほぼ使い切ってしまったために小説からは離れたボンドが誕生し、映画作品としてエスカレートになってゆく。この頃からボンドが無敵のヒーロー化し、激しいアクションを展開する娯楽方向に向かう。加えてムーア・ボンド独特のイギリス的ユーモアセンスがいかんなく発揮されはじめる。公開される国数の増加、上映チケット代金の上昇も手伝って歴代No.1をはじめ上位を占める作品が多く生み出される。

Dr.No製作準備時、原作者の最も望んだボンド像はロジャーであった。完璧なクイーンズ・イングリッシュを話し、原作通りの長身でブルーの瞳、物腰の柔らかさと気品がにじみ出る立ち姿は小説で語られるジェームズ・ボンドとしてどれも完ぺきだった。 しかし当時人気TVシリーズでの契約があり、出演は見送られた。そんな製作陣にショーンを紹介した人物はロジャーであるとされている。(2人は親友である) その恩返しか、ショーンがボンドを降りる際、ロジャーに電話で「次から頼むよ」と語ったといわれている。 ちなみにロジャーはショーンの3つ年上。


「死ぬのは奴らだ」撮影時当時すでに45歳であり、過去のコネリー31歳、レーゼンビー29歳と比べると最も高齢のボンドデビューとなるが、とても若々しく新たな女性ファンを多くつかんだ。 引退したのは58歳と、ボンドを演じた年数も最も長かった。

[編集] ティモシー・ダルトン主演作品

[編集] 概要

原点回帰を目指すものとして制作され、過剰にユーモアの多かったムーアの作品群とは違い、シリアス路線で、人間くさい独自のボンド像が確立されている。ムーア時代のような華やかさがなかったせいか、この時期は興行成績不振が続いた。しかし、ダルトンボンドこそ原作にもっとも近いと評価する原作ファンも多く、見直されている。ちなみに4代目ボンドを拝命したのは40歳のとき。過去に『女王陛下の007』のときも一度オファーされたが、当時22歳のダルトンは「若すぎる」ということを理由に断った逸話は有名。それから10年余りのちに『007 ユア・アイズ・オンリー』よりボンドを務める予定であったものの、スケジュールの関係上実現しなかったという経緯があった。

ピアース・ブロスナン

[編集] ピアース・ブロスナン主演作品

[編集] 概要

ムーアの作品群と同じくボンド像は原作から離れたもので、内容も原作の世界観を逸脱したものとなった。シリアス路線とユーモア路線の中間のような作品が多く、東西冷戦が終結し、新たな形を模索し始めた時期である。また、設定の変化も多く、Mが女性になり、ボンドの愛銃がワルサーPPKからワルサーP99に変わっている(第18作後半から、なお最初のワルサーP99はイギリス情報部ではなく中国情報部の装備を借りた)。世界的な大ヒットとなり、「ボンド復活」を成し遂げた。5代目ボンド就任時は41歳。

[編集] ダニエル・クレイグ主演作品

[編集] 概要

原点回帰を再び目指したもの。「リビング・デイライツ」以来フレミングの作品を原作とした。グレイグが6代目ボンドを射止めたのは37歳のときであり、シリーズ史上はじめて金髪のボンドが誕生した。また単独で行動するボンドであるが「007 カジノ・ロワイヤル」では任務に上官が同行していた。

[編集] 番外編

[編集] パロディ作品

[編集] 他の00要員

007ことジェームズ・ボンドが主役なので、同様に殺人許可証(殺しのライセンス)を与えられている他の00要員が作中に登場する場面は小説・映画とも少なく、主に殉職する端役扱いが多い。映画『007 サンダーボール作戦』では00要員全員が出席する会議の場面があるが、007以外の顔はほとんど見えない。

映画版:

  • 002(ビル・フェアバンクス):1969年、スカラマンガに殺害される。『007 リビング・デイライツ』では冒頭の訓練シーンに登場するが殺されずにすむ。
  • 003:『007 美しき獲物たち』で調査中に殺害される(雪の中の死体として登場)。
  • 004:『007 リビング・デイライツ』で冒頭の訓練シーンで敵に殺される。
  • 006(アレック・トレヴェルヤン):コサック出身の孤児。第2次世界大戦中にイギリスがソ連の歓心を買うためにコサック民族をヨシフ・スターリンへのスケープゴートにした史実を基に作られたキャラクター。『007 ゴールデンアイ』でイギリスへの復讐心から二重スパイとなって裏切る。キューバでボンドと対決して命を落とす。
  • 008:映像として登場したことはないものの、よく挙げられる。『007 ゴールドフィンガー』では、ゴールドフィンガーを個人的な理由で追跡しようとするボンドに対し、Mは「008にその任務を与えるぞ」と諌めている。その後、ゴールドフィンガーに捕まってレーザー光線で殺されそうになった際、ボンドは「俺を殺しても008が引き継ぐ」と言っている。『007 リビング・デイライツ』で、ボンドがプーシキン将軍の暗殺を拒否する姿勢を見せた時、Mは「008に任務を与えるぞ」と脅している。Mによると008は「直感に惑わされず命令を遂行する男」ということになっている。
  • 009:『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』でレナードの頭に銃弾を撃ち込むが、殺害に失敗する。『007 オクトパシー』で調査中に殺害される(ピエロの格好でイギリス大使館に戻って殉職)。

フレミングの原作:

  • Moonrakerでは、00要員は三人(007、008、0011)いて、その中でもボンドが最年長ということになっている。008はBillという名前でベルリンで休養中、0011はシンガポールで2ヶ月前に消息を絶ったとなっている。
  • Golderfingerでも008の名前が挙がっている。そこでは、ボンドがゴールドフィンガーの追跡中に殉職した場合008が任務を引き継ぐということになっていた。
  • Thunderballでは、ボンドの休養中に009が00課の代理主任となっている。
  • On Her Majesty's Secret Serviceでは、元イギリス海兵隊員の006がいることになっていて、00課の秘書を巡ってボンドと争ったという。
  • 原作では他の00要員の話は挙がるものの、登場したことは一度もない。

[編集] ゲーム作品

[編集] RPG

アメリカ合衆国Victory Games社から1983年に「ジェームズ・ボンド007RPG」が発売されている。日本語訳は1985年にホビージャパンより発売。

※:ここで言うRPGはビデオゲームではなく、日本で言うところのテーブルトークRPGである。


[編集] ビデオゲーム

[編集] 概要

テレビゲーム史上に残るヒットを飛ばした『ゴールデンアイ 007』をはじめ、007のゲームは、現在に至っても発売され続けている。中でも、エレクトロニック・アーツが制作を手掛けた『007 エブリシング・オア・ナッシング』では、5代目ボンドのピアース・ブロスナンをはじめ、M役のジュディ・デンチ、Q役のジョン・クリーズなど映画の007シリーズのレギュラーキャストが、実際に声を吹き替えている事に付け加え、悪役ニコライ・ディアボロにハリウッド俳優のウィレム・デフォー、Qのアシスタントであるミス・ナガイ役に伊東美咲が出演している。尚、前作『007 ナイトファイア』では、小池栄子がボンドガールの一人マキコ・ハヤシの声優を担当している。

007シリーズのゲーム化権利はエレクトロニック・アーツ2010年まで保有することになっていたが、2006年に契約を破棄。以降は、アクティビジョンがゲーム化権利を保有する事となった。

[編集] ビデオゲーム作品一覧

[編集] 備考

2003年、レア社により、007のゲームが開発されていたが、内容が膨大なものとなり、制作に失敗している。

その内容は、

マイノリティ・リポート』などのように、犯罪を起こる前に止め、被害を防ぎ、また、死んでしまい刑を実行できなかった犯罪者にも、刑を実行するというものを完成させた近未来での出来事(『マイノリティ・リポート』との違いは、予知によって防ぐのではなく、タイムマシンによる歴史改変によって防ぐという点)。

007たちによって、捕らえられた犯罪者たちも、捕らえられてしまっていた。しかし、あるとき、そこの長官が、その犯罪者たちを使い、犯罪組織を結成。世界は、征服されてしまった。

世界は望みを007に託し、歴代007をタイムマシンにより呼び出す。

というものである。

特筆すべきは、その設定で、歴代007は、全部で5人(それぞれの役者が演じたもので、2代目は、1代目が休んでいた際の代わりという設定になっている)。その5人が各舞台(5大陸)で闘うが、最後の舞台(宇宙)では、選んだ二人の007以外は、洗脳され敵として現れるというもの。

また、雑魚キャラのバリエーションより、ボス(中ボス)の方が多いということもその特徴である。

[編集] パチンコ台

2007年4月にSANKYOからパチンコ台「CRフィーバー.007」がリリースされ、同年5月より全国のパチンコ店に設置されている。なおこの台にはパチンコ業界では初めてとなる時間とともに演出が変わるというリアルタイムクロック機能が付いている。

[編集] 007モデル商品

オメガ007モデル

[編集]

  1. ^ 第5作『007は二度死ぬ』の中でもタイガー田中がボンドのことを「ゼロゼロ」と呼んでいる。
  2. ^ 2008年10月にオンエアされた、第22作『慰めの報酬』とコカ・コーラ ゼロとのタイアップキャンペーンのCMでは、商品名にかけて「ゼロゼロセブン」とナレーションされた。
  3. ^ ただし作品の表紙には「史上最も有名な諜報員」というアオリがかかれている。
  4. ^ IMDb、All Movie Guide、allcinema ONLINEキネマ旬報DBではいずれもイギリスを製作国としている。
  5. ^ Roy Armes, "A Critical History of British Cinema", New York Oxford Univ. Press, 1978. ISBN 9780195200430
  6. ^ 第1作『ドクター・ノオ』のロンドン・プレミアは1962年10月で、アメリカ公開は翌1963年の5月。第2作『ロシアより愛をこめて』のロンドン・プレミアは1963年10月で、ニューヨーク公開は翌1964年の4月。第3作『ゴールドフィンガー』より、英米がほぼ同時期の公開となった(IMDbによる)。第14作『美しき獲物たち』では、初めてワールド・プレミアがアメリカのサンフランシスコ市で行われたが、これはロケに多大な協力をした同市ならびに市長に対し敬意を表してのものであった。
  7. ^ Sara Street, "British National Cinema", Routledge, 1997. ISBN 9780415067362
  8. ^ ロンドンのオープンカレッジで教鞭を取るジェームズ・チャップマンは、自著の中で、このような論法では『トム・ジョーンズの華麗な冒険』や『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』、『炎のランナー』もイギリス映画ではなくなってしまうとし、1930年代以来アメリカの映画会社がイギリス映画の製作に資本提供してきた事実を指摘した上で、ボンド映画はイギリス映画であるとしている(『ジェームズ・ボンドへの招待』 利根由起恵訳、徳間書店、2000年。ISBN 9784198611477)。
  9. ^ IMDbはこのようにしている。なお、『カジノ・ロワイヤル』製作の時点で、MGMはソニーの傘下になっていたが、これにより日本を共同製作の一つと数える例は見られない
  10. ^ スクウェア・エニックスがアクティビジョン・ブリザードの『007/慰めの報酬』を日本国内発売

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ