ショーン・コネリー

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ショーン・コネリー
Sean Connery
Sean Connery
2011年
本名 Thomas Sean Connery
生年月日 1930年8月25日(84歳)
出生地 スコットランドの旗 スコットランド エディンバラ
国籍 イギリスの旗 イギリス
身長 189 cm
職業 俳優製作
ジャンル 映画
活動期間 1954年 -
活動内容 1954年:デビュー
1962年:『007
1987年:アカデミー賞受賞
1999年:ナイト授与
2006年:引退宣言
配偶者 Diane Cilento (1962 - 1973) ※離婚
Micheline Roquebrune (1975 - )
公式サイト SeanConnery.com
主な作品
『007』シリーズ
史上最大の作戦
オリエント急行殺人事件
遠すぎた橋』『薔薇の名前
アンタッチャブル
インディ・ジョーンズ
レッド・オクトーバーを追え!
ザ・ロック
リーグ・オブ・レジェンド
備考
初代ジェームズ・ボンド

サー・トマス・ショーン・コネリーSir Thomas Sean Connery, 1930年8月25日 - )は、スコットランド出身の映画俳優。『007』シリーズの初代ジェームズ・ボンド役で一躍有名となり、その他のアメリカ映画にも多数出演している。公称身長188cm

プロフィール[編集]

スコットランド・エディンバラアイルランド系の家庭に生まれる。先祖の地はアイルランド東部ウェックスフォード州[1]

最初に得た仕事は牛乳配達であった[2][3]。その後イギリス海軍に従軍するも、健康上の理由で除隊し、トラック運転手、労働者、美術モデル[4][5]ライフガードなど種々の仕事を経験。1953年にはミスター・ユニバース・コンテストの重量上げ部門で3位入賞したが、その時に出場者の一人に演技の道に進むように勧められる。1954年からテレビや劇団に出演するようになる。

スコットランド人としての矜持を強く持ち、その独特のアクセントを矯正したことは一度もなく、ジェームズ・ボンド役を引き受ける際もアクセントを矯正しないことを絶対条件とした。このため、ボンドは原作に於いてスコットランド出身という設定が付け加えられた。ボンド以外の役柄もスコットランド出身という設定に変更したものが多い(『風とライオン』等)

1961年、ジェームズ・ボンド役としてイオン・プロと5本の作品に出演する契約を交わし、翌1962年の『007 ドクター・ノオ』で知名度は世界的に上昇した。5作出演の契約遂行後も2度の返り咲きで計7本の作品でボンド役を務める。ボンド、或いはボンドのパロディ的役どころ(例:『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』、『ザ・ロック』等)を演じることには積極的であるが、プロデューサーであるアルバート・R・ブロッコリハリー・サルツマンとの仲は芳しくなく、シリーズへの復帰には消極的であった。

ネバーセイ・ネバーアゲイン』は彼らの干渉を受けずに自ら製作した作品である。

直接の後任俳優の一人、ロジャー・ムーアとは無名時代からの友人であり、ともに共演を望んだほどの仲良しである。

『007』降板後も様々なジャンルの映画に出演し、1987年には『アンタッチャブル』でアカデミー助演男優賞を受賞。

1998年にブロードウェイで『'Art'』を製作し、トニー賞 演劇作品賞を受賞。

2000年にイギリスのエリザベス女王からナイトの称号を与えられたが、スコットランドの分離独立を主張するスコットランド国民党の熱烈な支持者でもある。授与式には、民族衣装キルトで正装して現れた。なお、彼は「スコットランドが独立するまで私は死んでもスコットランドに帰らない」とまで明言している[3]

2006年アメリカ映画協会(AFI:American Film Institute)の生涯功労賞を受賞したのを機に、俳優業引退を宣言した[6]

2008年、78歳の誕生日にエディンバラ国際ブックフェスティバルで自伝[7]を発表し、発表会見にはスコットランド国民党のアレックス・サモンド党首も出席した[3]

私生活[編集]

1962年に女優のダイアン・シレント(Diane Cilento)[8]と結婚し、息子のジェイソン・コネリー(後に俳優となる)[9]をもうけるが、1973年に離婚。1975年にはフランス人アーティストのMicheline Roquebruneと再婚している。

1965年の『PLAYBOY』のインタビューで、「女性を殴るのは別に悪いとは思わない」と発言し、シレントへの暴力疑惑が起こるが、コネリーはこれを否定した。シレントはこの件に関して沈黙を守ってきたが、2005年になって、翌年出版の自伝[10]の中で、11年間の結婚期間中、肉体的・精神的に虐待されてきたと暴露した[11]。1965年には、アルメニアで撮影中、現地の結婚式に招かれ、酔って帰ったところを先に帰っていた夫に殴られたという[12][13]。2008年、シレントは、コネリーが一人息子のジェイソンに対して、自立して生計を立てるよう、8千5百万ポンドの財産のうち1ペニーたりとも相続させないと言ったと語った[14][15]。しかし、コネリーはこれを否定し、息子との関係は良好であると語り、暴力疑惑についても争う用意があることを明らかにした。また、離婚した際にジェイソンおよびシレントの娘の教育費として8万5千ポンドの信託財産を設けたが、今日では当然もっと増えているはずだと主張した[16]。ジェイソン本人も、父は暴君ではなく、父が稼いだ金をどうしようと父次第だと述べた[17]。しかし、シレントはコネリーが34歳のとき、セラピーで(当時は合法だった)LSDを使い、それが虐待を引き起こしたと主張した[18][19][20]

アメリカ合衆国にある自身の所属するゴルフクラブのクラブ会員ネームプレートには、自身の名前ではなく「007」というネームプレートが掲げられている[要出典]

主な出演作品[編集]

公開年 邦題/原題 役名 備考
1957 地獄特急
Hell Drivers
ジョニー
虎の行動
Action of the Tiger
マイク
1959 四つの願い
Darby O'Gill and the Little People
マイケル・マクブライド
ターザンの決斗
Tarzan's Greatest Adventure
オバニオン
1961 ダイナミック作戦
On the Fiddle
ペドラー・パスコー
殴り込み愚連隊
The Frightend City
パディ・ダミオン
1962 史上最大の作戦
The Longest Day
フラナガン一等兵
007 ドクター・ノオ
Dr. No
ジェームズ・ボンド 『007は殺しの番号』改題
1963 007 ロシアより愛をこめて
From Russia with Love
ジェームズ・ボンド 『007 / 危機一発』改題
1964 マーニー
Marnie
マーク・ラトランド
わらの女
Woman of Straw
アンソニー・リッチモンド
007 ゴールドフィンガー
Goldfinger
ジェームズ・ボンド
1965
The Hill
ジョー・ロバーツ
007 サンダーボール作戦
Thunderball
ジェームズ・ボンド
1966 素晴らしき男
A Fine Madness
サムソン・シリトウ
1967 007は二度死ぬ
You Only Live Twice
ジェームズ・ボンド
1968 シャラコ
Shalako
シャラコ
1969 SOS北極... 赤いテント
La tenda rossa
ロアール・アムンセン DVDでは『SOS北極 レッドテント』と表記
1970 男の闘い
The Molly Maguires
ジャック・キーオ
1971 007 ダイヤモンドは永遠に
Diamonds Are Forever
ジェームズ・ボンド
ショーン・コネリー/盗聴作戦
The Anderson Tapes
ジョン・アンダーソン
1972 怒りの刑事
The Offence
ジョンソン巡査部長
1974 未来惑星ザルドス
Zardoz
ゼッド
オリエント急行殺人事件
Murder on the Orient Express
アーバスノット大佐
1975 オスロ国際空港/ダブル・ハイジャック
Ransom
ニルス・タルヴィク保安部長
風とライオン
Wind and the Lion
ライズリー
王になろうとした男
The Man Who Would Be King
ダニエル・ドレヴォット
1976 ロビンとマリアン
Robin and Marian
ロビン・フッド
いとしき暗殺者
The Next Man
1977 遠すぎた橋
A Bridge Too Far
ロイ・アーカート少将
1979 大列車強盗
The Great Train Robbery
エドワード・ピアース/ジョン・シムズ/ジェフリー
メテオ
Meteor
ポール・ブラッドリー博士
さらばキューバ
Cuba
ロバート・ダプス少佐
1981 アウトランド
Outland
ウィリアム・T・オニール保安官
バンデットQ
Time Bandits
アガメムノン王/消防士
1982 氷壁の女
Five Days One Summer
ダグラス・メレディス
シークレット・レンズ
WRONG is RIGHT
パトリック・ホール
1983 ネバーセイ・ネバーアゲイン
Never Say Never Again
ジェームズ・ボンド
1984 勇者の剣
Sword of the Valiant
緑の騎士
1986 ハイランダー 悪魔の戦士
Highlander
フアン・ラミレス
薔薇の名前
Der Name der Rose
バスカヴィルのウィリアム
1987 アンタッチャブル
The Untouchables
ジム・マローン アカデミー助演男優賞 受賞
ゴールデングローブ賞 助演男優賞 受賞
1988 プレシディオの男たち
The Presidio
アラン・コルドウェル
1989 インディ・ジョーンズ/最後の聖戦
Indiana Jones and the Last Crusade
ヘンリー・ジョーンズ教授
ファミリービジネス
Family Business
ジェシー・マクマレン
1990 レッド・オクトーバーを追え!
The Hunt for Red October
マルコ・ラミウス艦長
ロシア・ハウス
The Russia House
バーソロミュー・スコット・ブレア
ハイランダー2 甦る戦士
Highlander II: The Quickening
ラミレス
1991 ロビン・フッド
Robin Hood: Prince of Thieves
リチャード1世
ザ・スタンド
Medicine Man
ロバート・キャンベル博士 兼製作総指揮
1993 ライジング・サン
Rising Sun
ジョン・コナー 兼製作総指揮
1994 グッドマン・イン・アフリカ
A Goodman in Africa
アレックス・マーレイ
1995 理由
Just Cause
ポール・アームストロング
トゥルーナイト
First Knight
アーサー王
1996 ドラゴンハート
Dragonheart
ドレイコ 声の出演
ザ・ロック
The Rock
ジョン・パトリック・メイソン 兼製作総指揮
1998 アベンジャーズ
The Avengers
オーガスト・デ・ウィンター卿
マイ・ハート、マイ・ラブ
Playing by Heart
ポール
1999 エントラップメント
Entrapment
ロバート・“マック”・マクドゥガル 兼製作
2000 小説家を見つけたら
Finding Forrester
ウィリアム・フォレスター 兼製作
2003 リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い
The League of Extraordinary Gentlemen
アラン・クォーターメイン 兼製作総指揮
2005 ビリー・ザ・ヴェット
Sir Billi The Vet
声の出演


CM[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 英語版より
  2. ^ From the Co-op with love.. the days Sir Sean earned £1 a week”. The Scotsman (2005年11月21日). 2007年9月29日閲覧。
  3. ^ a b c “英俳優ショーン・コネリー、78歳の誕生日に自伝を発表”. AFPBB News. (2008年8月27日). http://www.afpbb.com/article/entertainment/news-entertainment/2511787/3264951 2009年7月16日閲覧。 
  4. ^ Even as an unknown, Sean was still a draw”. The Scotsman (2003年8月22日). 2007年9月29日閲覧。
  5. ^ “青年ショーン・コネリーの油彩画発見、美術モデル時代の半裸像”. AFPBB News. (2007年10月26日). http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2303222/2281578 2009年7月16日閲覧。 
  6. ^ シネマトゥデイ (2006年4月18日). “ショーン・コネリー、俳優を引退”. 2009年1月11日閲覧。
  7. ^ Connery, Sean (2008-8-21) (英語). Being a Scot. Weidenfeld & Nicolson. ISBN 9780297855408. 
  8. ^ Dianne Cilento - インターネット・ムービー・データベース(英語)
  9. ^ Jason Connery - インターネット・ムービー・データベース(英語)
  10. ^ Cilento, Dianne (2006-5-4) (英語). My Nine Lives. Michael Joseph Ltd. ISBN 9780718149253. 
  11. ^ “Diane Cilento says Sean Connery abused her” (英語). UPI.com. (2005年9月4日). http://www.upi.com/Entertainment_News/2005/09/24/Diane-Cilento-says-Sean-Connery-abused-her/UPI-80841127618681/ 2009年8月1日閲覧。 
  12. ^ “The pain of Mrs Bond” (英語). Times Online. (2006年4月30日). http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/scotland/article710646.ece 2009年8月1日閲覧。 
  13. ^ Clark, Joan (2006年8月14日). “Yes, Connery did beat me unconscious” (英語). Mail Online. http://www.dailymail.co.uk/femail/article-400436/Yes-Connery-em-did-em-beat-unconscious.html 2009年8月1日閲覧。 
  14. ^ “Sean Connery: you’re on your own, 003½” (英語). Times Online. (2008年7月20日). http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article4364310.ece 2009年8月1日閲覧。 
  15. ^ Hull, Liz (2008年7月21日). “Tight Bond: You won't get a penny of my millions, Sean Connery told son” (英語). Mail Online. http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-1036798/Tight-Bond-You-wont-penny-millions-Sean-Connery-told-son.html 2009年8月1日閲覧。 
  16. ^ Cable, Simon (2008年7月20日). “Sean Connery brands ex-wife 'insane woman' after claims he snubbed son in will” (英語). Mail Online. http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-1037254/Sean-Connery-brands-ex-wife-insane-woman-claims-snubbed-son-will.html 2009年8月1日閲覧。 
  17. ^ Borland, Sophie (2008年7月27日). “'My father is NOT a tyrant,' says Sean Connery's son” (英語). Mail Online. http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-1038968/My-father-NOT-tyrant-says-Sean-Connerys-son.html 2009年8月1日閲覧。 
  18. ^ Scott, Paul (2008年8月8日). “Sean Connery: The story of a brilliant but deeply flawed man” (英語). Mail Online. http://www.dailymail.co.uk/news/article-1043053/Sean-Connery-The-story-brilliant-deeply-flawed-man.html 2009年8月1日閲覧。 
  19. ^ “Connery ex-wife alleges LSD use, violence” (英語). UPI.com. (2008年8月9日). http://www.upi.com/Entertainment_News/2008/08/09/Connery-ex-wife-alleges-LSD-use-violence/UPI-78761218299617/ 2009年8月1日閲覧。 
  20. ^ “女は殴ってもいい!と妻をボコボコ?…封印されたショーン・コネリーの過去”. シネマトゥデイ. (2008年8月13日). http://www.cinematoday.jp/page/N0014856 2009年8月5日閲覧。 

外部リンク[編集]