アル・パチーノ

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Al Pacino
アル・パチーノ
本名 Alfredo James Pacino
国籍 アメリカ合衆国
職業 俳優
ジャンル 映画舞台テレビドラマ
活動期間 1966年-
活動内容 1966年:映画初出演
1972年:『ゴッドファーザー
1980年代:極度の低迷期
1989年刑事ドラマで映画復帰
1992年:念願のアカデミー賞
1996年:映画初監督
2008年デ・ニーロと再共演
主な作品
スケアクロウ』・『セルピコ』・『狼たちの午後
スカーフェイス』・『カリートの道
セント・オブ・ウーマン/夢の香り
ヒート』・『リチャードを探して』・『フェイク
インサイダー』・『エニイ・ギブン・サンデー
ヴェニスの商人』・『オーシャンズ13
ゴッドファーザー』三部作

アル・パチーノAlfredo James “Al” Pacino, 1940年4月25日 - )は、アメリカ合衆国映画俳優舞台俳優である。ニューヨークブロンクス出身。イタリア系アメリカ人映画ゴッドファーザー』シリーズ、『スケアクロウ』、『狼たちの午後』、テレビドラマエンジェルス・イン・アメリカ』、シェイクスピア作品をはじめとする舞台劇などで歴史に残る名演技と数多くの受賞歴を残す、現代最高の演技派俳優として君臨している。

目次

経歴・人物

シチリア移民の子として生まれるが、2歳の頃に両親が離婚し、少年時代は非常に貧しく不憫な生活を送る。若い頃はニューヨーク市内で自転車便やビルの清掃稼業、映画館アルバイトなど様々な職業を渡り歩いていた。この頃に後々名コンビとして知られるジョン・カザールと親交を結んだ。

26歳からリー・ストラスバーグ主宰のアクターズ・スタジオで演技を学んだが、オーディションに行くためのバス代もないほど貧しかった時もあったという。しかし次第に舞台で活躍。

1969年の映画『ナタリーの朝』でデビュー。1971年の『哀しみの街かど』でヘロイン中毒の青年を演じて注目されるようになる。その後フランシス・フォード・コッポラ監督作品『ゴッドファーザー』で世間にその名と実力を轟かせた。その後もシドニー・ルメット監督の『セルピコ』と『狼たちの午後』で主演を務める傍ら『ゴッドファーザー』の続編となる『ゴッドファーザーPARTII』に主演。1972年から1975年にかけて4年連続でアカデミー賞にノミネート。名実ともに大スターとなる。

しかし、彼の悲願はアカデミー主演男優賞の受賞であった。どれほど名作への出演と観る者を魅了する演技を重ねようとノミネートこそされ、受賞は叶わなかった。この頃から、アカデミー賞狙いの過剰な演技が目立ち始め、業界関係者の反感を買ってしまう。現在でこそバイオレンス映画の傑作とされるブライアン・デ・パルマ監督による主演映画『スカーフェイス』も、公開当時は大失敗作と評され、興行成績も振るわなかった。1970年代後半から1980年代にかけて極度の不振に陥ったパチーノは一時期活動の場を舞台へと変え、地道にチャンスを待った。

1989年に『シー・オブ・ラブ』で映画に復帰すると、『ディック・トレイシー』、『ゴッドファーザーPARTIII』に出演し過去の名声を取り戻そうとするが、それぞれの作品が評価されず、興行成績も振るわなかったため、さらにチャンスを待つこととなった。

そして、1992年の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』で盲目の退役軍人を熱演。不振の原因となっていたアクの強さも圧倒的な存在感に好転。『摩天楼を夢みて』でのアカデミー助演男優賞と共にアカデミー主演男優賞にノミネート。クリント・イーストウッド監督の『許されざる者』が作品賞を初めとした各部門の賞を独占する状況にありながらも、第65回アカデミー賞において長年の悲願であった主演男優賞を獲得。燦々とした名声を再び取り戻した。

55歳を超えてからも『フェイク』、『インサイダー』などの名作佳作に出演。1996年の『リチャードを探して』では監督も務めた。1994年にはヴェネチア国際映画祭の経歴賞を、還暦を迎えた2001年には、ゴールデングローブ賞において生涯功労賞に相当するセシル・B・デミル賞を受賞。共演したジョニー・デップラッセル・クロウジェイミー・フォックスなど、現在第一線で活躍する俳優たちに多大な影響を与えている。

マーロン・ブランドジーン・ハックマンなど、パチーノのそれを上回る存在感を持つ俳優でなければ存在そのものが掻き消されてしまうため、助演を務めることは少ない。しかし、2007年公開の『オーシャンズ13』ではジョージ・クルーニーブラッド・ピットマット・デイモンなどのスター俳優たちの中で助演に徹し、ホテルのオーナーを演じた。

演技のスタイルと役作り

映画スターとしては比較的小柄(167cm)というハンディキャップを抱えながらも、画面を所狭しと駆け回り、見る者を圧倒するエネルギッシュで強烈な演技と、悲壮感や哀愁の漂う演技という、両極端のスタイルを併せ持っているのが特徴である。それぞれのスタイルを象徴する作品として、前者は『スカーフェイス』、『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』、『ヒート』、後者は『ゴッドファーザー』、『フェイク』、『カリートの道』が挙げられる。『ゴッドファーザー』では、どこか陰のある堅気の青年から冷酷なドンへと変貌を遂げる過程を、力強い眼力で表現した。

パチーノ自身がインタビューで語ったところによると、『セルピコ』は、モデルとなった実在の人物と3週間一緒に生活を共にしたり、『狼たちの午後』では、逆に脚本を徹底研究し、モデルとなった実在の人物とは一切面会せず、独自に役を作りあげるなど、役作りの面においても、外見から徹底的に役に対してアプローチするロバート・デ・ニーロのようなスタイルと、シナリオから役を追究し、特別なアプローチを避けるアンソニー・ホプキンスのような両極にあるスタイルを持ち合わせている。

同じインタビューにて、「あなたが今まで演じてきた役の中で、どの役が一番自分に似合っていますか?」という質問に、「どの役が一番自分に似合うということはない。すべて私の一部なのだ」と語った。

ロバート・デ・ニーロとの関係

現代映画界の最高の演技派俳優であるロバート・デ・ニーロとは様々な焦点から比較対象にされる。具体的な理由と経緯は不明であるが、世代が近いこと、ニューシネマで名をはせたこと、『ゴッドファーザーPARTII』で父子役を務めたこと、さらに共にイタリア系アメリカ人である事が推測される。

デ・ニーロとは第67回アカデミー賞授賞式において作品賞のプレゼンターを務めた。その際二人は『ゴッドファーザー』の「メインテーマ」に乗って壇上に登場した。奇遇だが、パチーノの母方の祖父は『ゴッドファーザーPARTII』の中でロバート・デ・ニーロ扮するビトー・コルレオーネの出生地としているコルレオーネ村の出身であることを、パチーノ本人が明かしている。

一時は共演作がない(『ゴッドファーザーPARTII』では直接の共演はなかった)ことや、メディア及びファンが2人を最大のライバルであると捉えた影響から不仲と噂されたが、1995年公開の『ヒート』における初共演は大きな話題を呼び、大ヒットを記録。その後も公の場でツーショット写真が撮影されるなど仲は良い。2008年公開の『Righteous Kill』では再び共演。

私生活・エピソード

出演作品

外部リンク