ジョニー・デップ

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ジョニー・デップ
Johnny Depp
Johnny Depp
オースティン映画祭英語版の『ラム・ダイアリー』のプレミアムでのデップ(2011年10月)。
本名 ジョン・クリストファー・デップ2世
John Christopher Depp II
生年月日 1963年6月9日(51歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ケンタッキー州オーエンズボロ
身長 178cm
血液型 O型
職業 俳優ミュージシャンプロデューサー
ジャンル 映画
活動期間 1984年-
配偶者 ロリ・アン・アリソン(1983年 - 1985年)
著名な家族 パートナー:ヴァネッサ・パラディ(1998年 - 2012年)
長女:リリー=ローズ・メロディ(1999年 - )
長男:ジャック・ジョン・クリストファー(2002年 - )
主な作品
21ジャンプストリート
シザーハンズ
ギルバート・グレイプ
エド・ウッド
スリーピー・ホロウ
パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ
ネバーランド
チャーリーとチョコレート工場
スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師

ジョン・クリストファー・"ジョニー"・デップ2世: John Christopher "Johnny" Depp II1963年6月9日 - )は、アメリカ合衆国俳優ミュージシャン

日本ではジョニデと略されることもある[1]

生い立ち[編集]

ケンタッキー州オーエンズボロにて、土木作業員の父・ジョン・クリストファー・デップとウェイトレスの母・ベティ・スー・パーマーとの間に生まれる[2]。4人兄妹の末っ子で9歳上の兄ダン、7歳上の姉デビーと2歳上の姉クリスティーがいる。フランス人アイルランド人ドイツ人チェロキー族の血を引く[3][4]クリーク族の血を引いているとも言われている[5]

家庭の事情で頻繁に転居を繰り返し、7歳の時にフロリダ州ミラマーに定住。1978年に両親が離婚。子供時代はストレスのために自傷行為を繰り返したという[6]。12歳で酒を飲み始め[7]、14歳の頃からドラッグに手を染めるなど、どん底とも言える青年時代を送った。しかし、親友との死別をきっかけに足を洗う事を決意。16歳の時に高校を中退しミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせる。

キャリア[編集]

音楽活動[編集]

「The Kids」をリードギタリストとして率い、イギー・ポップの前座も務めた。バンドは商業的に成功を収め、さらに活動を本格化させるべくロサンゼルスに活動拠点を移し「Six Gun Method」と改名し様々なバンドとコラボレーションを行った[8]

近年では、オアシスの曲やローリング・ストーンズのアルバムにもギターで参加したほか、1995年にはバットホール・サーファーズギビー・ヘインズと共に「P」というバンドを結成しCDを発売した。

2010年にはイギリスのインディーズロックバンド・ベイビーバードのアルバムにも参加し、PV撮影の監督も行い、更には自らのレコードレーベル“UNISON MUSIC”を設立し、新人発掘を行っているらしい[9]

2012年10月には大手出版社ハーパーコリンズと共に出版レーベル「インフィニタム・ニヒル」(デップの映画製作会社と同名)を設立し、最初に出版物としてボブ・ディランの評論「The Unraveled Tales of Bob Dylan」(ダグラス・ブリンクリー著)をリリース。

初期の俳優活動[編集]

20歳の時に25歳のメイクアップ・アーティストのロリ・アン・アリソンと結婚。

その時に、彼女の元恋人であったニコラス・ケイジと知り合い、ケイジから俳優への転身を勧められた。その後ニコラス・ケイジのすすめで、付き添いとして足を運んだオーディションの会場で出演の打診を受け、1984年ホラー映画エルム街の悪夢』で初出演。その後ニコラス・ケイジの紹介で『プラトーン』の端役などで経験を積んだ。当初は俳優の仕事に対して消極的であったデップだが、尊敬する俳優のフレデリック・フォレストとの共演が転機となり、本格的に俳優への道を歩み出す。

製作側の説得によりフォックス放送テレビシリーズ21ジャンプストリート』に主演し、一躍ジュニアアイドルとして脚光を浴びる。それでも自分が商品として扱われることやテレビドラマでの役のイメージに縛られることを恐れたため、活動の場を映画のみとすることに決めた。

映画俳優として[編集]

1990年公開の『クライ・ベイビー』で映画初主演を果たし、同年公開の『シザーハンズ』は大ヒットするが、その後の出演作品の興行収入と知名度は付随しなかった。しかし、『ギルバート・グレイプ』などのヒューマンドラマや『エド・ウッド』といった伝記映画に立て続けに出演し俳優としての実力を身につけた。

俳優業の傍ら、親族の出自(彼の母方の曾祖母は純血のチェロキー族であり、父も同じくチェロキー族の血を引く)からインディアンの問題に関心を持っていたデップは1997年に、マーロン・ブランドを招聘し映画『ブレイブ』を監督した。

1999年にこれまでの功績が認められハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに名前が刻まれる。

映画『ナインスゲート』で知り合ったヴァネッサ・パラディと交際。ヴァネッサ・パラディとの間に女児をもうけた。2003年にディズニー/ブエナビスタ共同制作の娯楽超大作『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』で興行面での大成功を収め、世界的な規模で爆発的な名声を獲得した[10]。同年の『ピープル』誌にて「最もセクシーな男性」に選出され、全米映画俳優組合賞主演男優賞を受賞、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。

2004年公開の『ネバーランド』でイギリスの作家ジェームス・マシュー・バリーを演じ、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。その後も基本的には性格俳優であり、パイレーツ・シリーズでファンとなった観客を驚かせるような企画、役柄にも取り組み続けている。

2007年公開の『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』で、初のミュージカル映画に出演。この作品でゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞し、アカデミー主演男優賞にもノミネートされた。

2009年の『ピープル』誌にて「最もセクシーな男性」に再び選出された。

2011年、妹のクリスティ・デンブロウスキーと共同で映画製作会社「インフィニタム・ニヒル (en:Infinitum Nihil)」を設立。『ラム・ダイアリー』が同社製作のデビュー作となった。

私生活[編集]

関係・家族[編集]

1983年に音楽活動の中で知り合ったロリ・アン・アリソンと結婚するが、1985年に離婚。その後も女優のジェニファー・グレイシェリリン・フェンウィノナ・ライダーや、スーパーモデルのケイト・モスとも交際していた。ちなみにウィノナ・ライダーと交際中、腕に「ウィノナ・フォーエヴァー」と刺青を施したが、破局後「ワィノ・フォーエヴァー(アル中よ永遠に)」に修正。

1998年からフランスの歌手兼女優のヴァネッサ・パラディとパートナー関係(婚姻はしていないが事実婚)であり、1999年5月27日に長女(リリー=ローズ・メロディ・デップ)が、2002年4月9日に長男(ジャック・ジョン・クリストファー・デップ三世)が誕生[11]。アメリカと南フランスの両方で生活をしていた。

2010年12月、英ザ・サン紙によると、撮影を終えてフランスに帰ると俗世間から自分を切り離し、家族との時間を邪魔されないように自宅では一切電話を使わないという[12]

2012年6月、ヴァネッサ・パラディと破局したと代理人が明らかにした[13]。2012年より、『ラム・ダイアリー』で共演したアンバー・ハードと交際が噂されている[14]

論争[編集]

1994年にニューヨーク市内のホテルで暴れ、備品を破壊して逮捕される[15]。また、1999年にはヴァネッサ・パラディロンドンで食事をしている時に、レストランまで追いかけてきたパパラッチと喧嘩をして逮捕された[16]

衣装[編集]

近年はベロアのテンガロンハットと茶縁でセルフレームのボストン型の眼鏡(もしくは同じフレームを使用したサングラス)に口髭のイメージが定着している。また自身のメガネフレーム(TartのArnel)はファッション誌に取り上げられるほどに人気を誇っている。腕に付けているビーズのブレスレットは愛娘からの手作りの贈り物である。

母親の名と、二人の子供の名、数字の3、またアルファベットの刺青を施している。なおアルファベットについては、単純に好きな文字だからと話している。

2011年5月、BANG Media Internationalによると、過去にハット・パーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたことがあるほどの帽子好きだが、その数は桁違いでパリに所有するアパートの二部屋を占領しているという。しかし、数が多すぎるためにパートナーのヴァネッサ・パラディから増えすぎた帽子を処分するように言われている。関係者は、デップはどの帽子も気に入っているから他の家に移すのではないかと語っている[17]

また、眼鏡のコレクターでもあり、これまで出演した映画『ニック・オブ・タイム』(不明)、『ナインス・ゲート』、『トランセンデンス』(2作ともBerkshire Chaseのセル巻き)、『シークレット・ウィンドウ』(TartのArnel)、『パブリック・エネミーズ』で着用していた眼鏡は全て自身の私物である。

ファンとの交流[編集]

アメリカのサインコレクター雑誌『オートグラフ・マガジン』が発表した「ファンにサインする際に態度が丁寧な映画俳優」で3年連続1位に輝いている。同誌は「穏やかで気さくにサインをしつつ、ファンに話し掛けて親しくなろうとする」「プレミア会場でもレストランでも、映画のロケ中でもほとんど、最高に気前良くサインしてくれる人物」と評価している。

交友関係[編集]

監督のティム・バートンとは公私共に友情を築いており、バートンとは映画制作の際は作品の共通認識が出来る程である。『アリス・イン・ワンダーランド』のマッドハッター役での出演の際はバートンと打ち合わせもしていないにも関わらず、互いがイメージしたマッドハッターのデザイン画が細部に亘るまで類似していた[18]

バートンとのタッグ8作目となる『ダーク・シャドウ』のプレミアでは、「監督がまたいろいろ考えているようだけど、彼が仕掛けることなら、僕はいつでものるよ」と発言している[19]

ノエル・ギャラガーとも仲が良く、ケイト・モスとの3人でミック・ジャガーの別荘などに寄ったりなどのバカンスを楽しんだり、オアシスのアルバム『ビィ・ヒア・ナウ』に収録の「フェイド・イン-アウト」ではスライドギターを弾いている。

資産・金銭[編集]

ハリウッドの中でも数々のヒット作を持つジョニー・デップだが、そのギャラや年収も破格の額を稼いでいる。

2008年6月、経済誌『フォーブス』が発表した2007年6月から2008年6月までの1年間の中で映画出演を含めたあらゆる仕事でハリウッドにおいて最も稼いだスターを発表したランキングでデップは72億円を稼ぎ、ランクインしている。同誌の2009年度に発表されたランキングでも約27億円を稼ぎ、俳優部門で第10位にランクインしている。

2009年11月、BANG Media Internationalによると、パイレーツ・オブ・カリビアン第4弾『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』に2100万ポンド(日本円で約31億円)のギャラで出演することを決めた。この高額なギャラをディズニーが支払えるのは3作目まで出演していたオーランド・ブルームキーラ・ナイトレイなどが4作目には出演しないと明言しているため、その分のギャラが浮いたためではないかといわれている[20]

2010年9月、『フォーブス』誌が2009年からの1年間で「最も高額なギャラを獲得したハリウッドの俳優」のランキングを発表し、5,000万ドル(約42億5,000万円)以上を稼いで1位にランクインした[21]

2010年2月、米『バニティー・フェア』誌が2010年に「最も稼いだ映画関係者トップ40」を発表し、デップは1億ドル(日本円で約80億円)を稼ぎ、2位にランクインした。内訳は世界中で大ヒットを記録した映画『アリス・イン・ワンダーランド』の出演料が4,000万ドル(日本円で約32億円)、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』の前払い金が3,500万ドル(日本円で約28億円)、アンジェリーナ・ジョリーと共演した映画『ツーリスト』が2,000万ドル(日本円で約16億円)、残りが過去作からの収入となっている[22]

2011年8月、『フォーブス』誌が2010年の5月1日から2011年5月1日までの1年間で「最も稼いだハリウッド俳優」のランキングを発表し、推定5,000万ドル(日本円で約40億円)を稼いで2位にランクインした[23][24]

寄付・逸話[編集]

子供思いでも知られるデップは2008年に娘のリリー・ローズが腎臓病で入院したロンドンのグレート・オーモンド・ストリート病院をひそかに訪れ、「娘の命を救ってくれたお礼」として100万ポンド(日本円で約2億900万円)を寄付した。さらに娘が助かったことに感激して2007年11月には同病院を映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャック・スパロウの衣装を着て、患者の子供達におとぎ話を聞かせるサプライズも起こしている[25]

2009年11月、WENNによると、映画でブレイクするきっかけを作ってくれたニコラス・ケイジが財政難で苦しんでいるのを知り、協力を惜しまない意向を示している[26]

デップは過去に太っ腹なチップを残すセレブとして話題になっており、シカゴのレストランで映画『パブリック・エネミーズ』のレッドカーペット・イベントを祝って監督やキャストと食事をしていて、大人数での食事だったこともあるが4000ドル(日本円で約32万8,000円)という高額なチップを払っている。当時のレストランのウェイターは「デップは15人のグループで食事をしに来た。チップは12人で均等に分けた。これまでウェイターを務めたセレブの中でデップが一番」と語っている[27][28]

2010年2月、ハリウッドのきらびやかなライフスタイルから離れ、フランスで恋人のヴァネッサ・パラディと子どもたちと住んでいるデップだが、カリブに島を買ったのは衝動買いだったという。デップは「僕の人生のすべてのことと同じで計画はしていなかった。なんとなく起こったこと。恋人と子どもたちと一緒にバケーションに行って、島が売りに出されてるって聞いたんだ。この島なら誰かにジロジロ見られず、カメラを向けられたり、指をさされたりすることもない。ありのままの自分でいられる場所だと思った」とコメントしている[29]

2010年10月、メール・オンラインによると、ロンドン郊外グリニッジにある小学校に通うベアトリス・デラプちゃんが小学校の近くで撮影をしているジャック船長宛てに「わたしたちは海賊見習いです。先生たちに反乱を起こすつもりなので助けに来てください!」と応援をお願いする手紙を書いたところ、手紙をもらったデップはジャック船長の姿で海賊たちを引き連れてベアトリスちゃんの小学校にサプライズで訪問し、ベアトリスちゃんの手紙を取り出して「これを書いたベアトリス、出ておいで」と声を掛け、「今日は反乱を起こすべきじゃないな、警察がおれを見張っているんだ」と反乱中止を伝えたという[30]

2010年10月、英大衆紙『The Sun』によると、デップはポケットマネーで防寒用のジャケットを500着購入し、『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』のスタッフにプレゼントしたという[31]

海外での映画撮影の場合、ハリウッドの役者は控え室やロケ先の家としてトレーラーを使用することが一般的となっているが、2010年11月、デイリー・スター紙によるとデップが『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』の撮影時に控え室として当初、用意されていたトレーラーに不満を示したところ100万ポンド(日本円で約1億3,170万円)の予算でインテリアデザイナーを雇っていいとの許しを得て、高価なアンティークや手編みのじゅうたん、モロッコ風のランプ、クッション、鏡、モザイクタイルなどが運び込まれ、モロッコテイストの豪華な楽屋に大改造したという[32]

主な出演作品[編集]

映画[編集]

公開年 日本語題
原題
役名 備考
1984 エルム街の悪夢
A Nightmare On Elm Street
グレン・ランツ
1985 マイアミ・ホットリゾート
Private Resort
ジャック・マーシャル
1986 プラトーン
Platoon
ガーター・ラーナー
殺しに熱きテキーラを
Slow Burn
ドニー・フレイシャー テレビ映画
1990 クライ・ベイビー
Cry-Baby
ウェイド・”クライ・ベイビー”・ウォーカー
シザーハンズ
Edward Scissorhands
エドワード・シザーハンズ ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
1991 エルム街の悪夢 ザ・ファイナルナイトメア
Freddy's Dead: The Final Nightmare
テレビの中の少年 カメオ出演
1992 Stuff 監督
短編映画
1993 ギルバート・グレイプ
What's Eating Gilbert Grape
ギルバート・グレイプ
妹の恋人
Benny & Joon
サム ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
アリゾナ・ドリーム
Arizona Dream
アクセル・ブラックマー
1994 エド・ウッド
Ed Wood
エド・ウッド ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
1995 ニック・オブ・タイム
Nick Of Time
ジーン・ワトソン
デッドマン
Dead Man
ウィリアム・ブレイク
ドンファン
Don Juan DeMarco
ドン・ファン/ジョン・R・デ・マルコ
1996 ザ・カンヌ・プレイヤー
Cannes Man
本人
1997 フェイク
Donnie Brasco
ジョー・ピストーネ/ドニー・ブラスコ
ブレイブ
The Brave
ラファエル 兼監督・脚本
1998 ラスベガスをやっつけろ
Fear And Loathing In Las Vegas
ラウル・デューク
GO!GO!L.A.
L.A. Without A Map
本人/ウィリアム・ブレイク クレジット表記なし
1999 スリーピー・ホロウ
Sleepy Hollow
イカボッド・クレーン
ノイズ
The Astronaut's Wife
スペンサー・アマコスト
ビートニク
The Source
ナレーション ドキュメンタリー
ナインスゲート
The Ninth Gate
ディーン・コルソ
2000 ショコラ
Chocolate
ルー
夜になるまえに
Before Night Falls
ボンボン/ビクター中尉
2001 フロム・ヘル
From Hell
フレッド・アバーライン
耳に残るは君の歌声
The Man Who Cried
チェーザー
ブロウ
Blow
ジョージ・ユング
2002 ロスト・イン・ラ・マンチャ
Lost In La Mancha
本人/トビー ドキュメンタリー
クレジット表記なし
2003 レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード
Once Upon A Time In Mexico
シェルダン・ジェフリー・サンズ
パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち
Pirates Of The Caribbean: The Curse Of The Black Pearl
ジャック・スパロウ アカデミー主演男優賞ノミネート
ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
英国アカデミー賞 主演男優賞ノミネート
2004 フレンチなしあわせのみつけ方
Ils Se Marierent Et Eurent Beaucoup D'enfants
見知らぬ男 カメオ出演
ネバーランド
Finding Neverland
ジェームス・マシュー・バリ アカデミー主演男優賞ノミネート
ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ドラマ部門)ノミネート
英国アカデミー賞 主演男優賞ノミネート
シークレット ウインドウ
Secret Window
モート・レイニー
2005 リバティーン
The Libertine
ロチェスター
チャーリーとチョコレート工場
Charlie and the Chocolate Factory
ウィリー・ウォンカ ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
ティム・バートンのコープスブライド
Corpse Bride
ビクター・ヴァン・ドート 声の出演
2006 Deep Sea 3D ナレーション ドキュメンタリー
パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト
Pirates Of The Caribbean: Dead Man's Chest
ジャック・スパロウ ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)ノミネート
2007 パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド
Pirates Of The Caribbean: At World's End
ジャック・スパロウ
スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師
Sweeney Todd: The Demon Barber of Fleet Street
スウィーニー・トッド/ベンジャミン・バーカー ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)受賞
アカデミー主演男優賞ノミネート
2008 Gonzo: The Life and Work of Dr. Hunter S. Thompson ナレーション
2009 パブリック・エネミーズ
Public Enemies
ジョン・デリンジャー
Dr.パルナサスの鏡
The Imaginarium of Doctor Parnassus
トニー
2010 アリス・イン・ワンダーランド
Alice in Wonderland
帽子屋(マッドハッター)
ツーリスト
The Tourist
フランク
ドアーズ/まぼろしの世界
When You're Strange
ナレーション
2011 ランゴ
Rango
ランゴ 声の出演、兼製作
パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉
Pirates of the Caribbean: On Stranger Tides
ジャック・スパロウ
ジャックとジル
Jack and Jill
本人 カメオ出演
ラム・ダイアリー
The Rum Diary
ポール・ケンプ 兼製作
ヒューゴの不思議な発明
Hugo
N/A 製作のみ
2012 21ジャンプストリート
21 Jump Street
カメオ出演
ダーク・シャドウ
Dark Shadows
バーナバス・コリンズ 兼製作
2013 ローン・レンジャー
The Lone Ranger
トント 兼製作総指揮
2014 トランセンデンス
Transcendence
ウィル

テレビシリーズ[編集]

放送年 日本語題
原題
役名 備考
1985 Lady Blue ライオネル・ヴィランド 第4話「Beasts of Prey」
1987-1990 21ジャンプストリート
21 Jump Street
オフィサー・トーマス・“トム・ハンソン”・Jr 計82話出演
1987 Hotel ロブ・キャメロン 第4シーズン第15話「Unfinished Business」
2004 キング・オブ・ザ・ヒル
King of the Hill
ヨギ・ヴィクター 声の出演
第8シーズン第20話「Hank's Back」
2009 スポンジ・ボブ
SpongeBob SquarePants
ジャック・カフナ・ラグナ 声の出演
第6シーズン第11話「SpongeBob SquarePants vs. The Big One」

ミュージック・ビデオ[編集]

主な受賞[編集]

参加音楽作品[編集]

日本語吹き替え[編集]

日本語吹き替え版では当初は担当する声優がバラバラだったが、『エド・ウッド』で平田広明が起用されたことがきっかけで大半の作品で平田が声を務めている。

脚注[編集]

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  1. ^ ハリウッド映画人の収入番付発表!ジェームズ・キャメロン監督は1年で200億円超!ジョニデのギャラは1作当たり約30億円!”. シネマトゥデイ (2011年2月3日). 2011年3月7日閲覧。
  2. ^ Ancestry.com”. Johnny Depp family tree. 2008年8月24日閲覧。
  3. ^ Johnny Depp Zone”. Johnny's Cherokee heritage. 2008年8月24日閲覧。
  4. ^ Graham, Bob (2001年4月1日). “Why Johnny Depp Became an Expatriate, Disappointed in the U.S., the actor refuses to raise his daughter here”. San Francisco Chronicle. http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?file=/chronicle/archive/2001/04/01/PK108048.DTL 2008年8月24日閲覧。 
  5. ^ REUTERS”. J・デップ、ネイティブアメリカン役でコマネチ族の名誉家族に. 2008年11月5日閲覧。
  6. ^ Self Injury: A Struggle”. Famous Self-Injurers. 2006年7月3日閲覧。
  7. ^ Johnny Depp Biography”. 2009年8月15日閲覧。
  8. ^ Sleaze Roxx”. ROCK CITY ANGELS. 2006年7月3日閲覧。
  9. ^ ジョニー・デップがレコード会社設立?英国で新たな才能発掘中か”. MovieWalker (2010年6月21日). 2011年2月14日閲覧。
  10. ^ 日経エンタテインメント!』(日経BP社)の連載「負け組ハリウッドの肖像」より。
  11. ^ Baby boy for Depp and Paradis”. BBC News (2002年9月18日). 2008年11月21日閲覧。
  12. ^ “ジョニー・デップ、自宅では一切電話を使用せず!「我が家は電話禁止」と明かすが留守番電話にはしている。”. シネマトゥデイ. (2010年12月1日). http://www.cinematoday.jp/page/N0028657 2013年1月5日閲覧。 
  13. ^ “ジョニー・デップとヴァネッサ・パラディがついに破局 14年の関係に終止符 公式声明”. シネマトゥデイ. (2012年6月20日). http://www.cinematoday.jp/page/N0043249 2013年1月5日閲覧。 
  14. ^ “ジョニー・デップ、新恋人のため10億円以上の愛の巣をキャシュで購入”. シネマトゥデイ. (2012年12月7日). http://www.cinematoday.jp/page/N0048473 2013年1月5日閲覧。 
  15. ^ Moser, Margaret. Movie Stars Do the Dumbest Things (1st ed edition ed.). Renaissance Books. ISBN 158063107X. http://www.amazon.com/Movie-Stars-Do-Dumbest-Things/dp/B000H2MIQU/. 
  16. ^ Depp arrested after scuffle 1999-01-31.
  17. ^ “ジョニー・デップ、帽子コレクションが多すぎ!二部屋も占領してヴァネッサ・パラディから処分するよう言われる”. シネマトゥデイ. (2011年5月19日). http://www.cinematoday.jp/page/N0032402 2013年1月5日閲覧。 
  18. ^ 『アリス・イン・ワンダーランド』DVDのメイキング・インタビュー
  19. ^ “盟友バートン監督とジョニー・デップが最新作『ダーク・シャドウ』プレミアに登場!”. ムービーコレクション. (2012年5月10日). http://www.moviecollection.jp/news/detail.html?p=3915 2013年1月5日閲覧。 
  20. ^ “ジョニー・デップ、31億円のギャラで「パイレーツ4」への出演同意”. シネマトゥデイ. (2009年11月17日). http://www.cinematoday.jp/page/N0020852 2013年1月5日閲覧。 
  21. ^ “ジョニー・デップ、昨年で最も高額なギャラ獲得俳優のトップに”. シネマトゥデイ. (2010年9月11日). http://www.cinematoday.jp/page/N0026839 2013年1月5日閲覧。 
  22. ^ “ハリウッド映画人の収入番付発表!ジェームズ・キャメロン監督は1年で200億円超!ジョニデのギャラは1作当たり約30億円!”. シネマトゥデイ. (2011年2月3日). http://www.cinematoday.jp/page/N0030119 2013年1月5日閲覧。 
  23. ^ “レオナルド・デカプリオ、最も稼いでいるハリウッド俳優に!2位にはジョニー・デップ!-米フォーブス誌”. シネマトゥデイ. (2011年8月2日). http://www.cinematoday.jp/page/N0034259 2013年1月5日閲覧。 
  24. ^ “ハリウッド男優の所得番付トップ10発表!”. Movie Walker. (2011年8月3日). http://news.walkerplus.com/2011/0803/3/ 2013年1月5日閲覧。 
  25. ^ “ジョニー・デップ、ロンドンの小児病院に100万ポンドを寄付”. Cinema Cafe. net. (2008年1月21日). http://www.cinemacafe.net/article/2008/01/21/3180.html 2013年1月5日閲覧。 
  26. ^ “ジョニー・デップ、世話になった財政難のニコラス・ケイジに救いの手?”. シネマトゥデイ. (2009年11月14日). http://www.cinematoday.jp/page/N0020800 2013年1月5日閲覧。 
  27. ^ “ブレンダン・フレイザー、ペディキュアに大満足で高額なチップ”. シネマトゥデイ. (2011年2月27日). http://www.cinematoday.jp/page/N0030288 2013年1月5日閲覧。 
  28. ^ “太っ腹マット・デイモン、レストランで3万6,000円のチップ”. シネマトゥデイ. (2010年3月25日). http://www.cinematoday.jp/page/N0023328 2013年1月5日閲覧。 
  29. ^ “ジョニー・デップ、カリブ海に島を買ったのは突然の衝動買い”. シネマトゥデイ. (2010年2月26日). http://www.cinematoday.jp/page/N0022713 2013年1月5日閲覧。 
  30. ^ “ジョニー・デップ、ジャック・スパロウの格好でロンドンの学校を訪問”. シネマトゥデイ. (2010年10月8日). http://www.cinematoday.jp/page/N0027477 2013年1月5日閲覧。 
  31. ^ “ジョニー・デップ、スタッフ500人にあったか~いレインコートをプレゼント”. シネマトゥデイ. (2010年10月18日). http://www.cinematoday.jp/page/N0027695 2013年1月5日閲覧。 
  32. ^ “ジョニー・デップ、『パイレーツ・オブ・カリビアン』最新作で1億3,000万円以上の豪華楽屋用トレーラーを使用!”. シネマトゥデイ. (2010年11月25日). http://www.cinematoday.jp/page/N0028552 2013年1月5日閲覧。 
  33. ^ ジョニー・デップ、マリリン・マンソン新作に演奏参加 ギター&ドラムを担当”. ORICON STYLE (2012年3月22日). 2014年10月13日閲覧。
  34. ^ “ジョニー・デップ、マリリン・マンソンのライブにサプライズ参加”. 映画.com. (2012年4月16日). http://eiga.com/news/20120416/4/ 2013年1月5日閲覧。 

外部リンク[編集]