ホアキン・フェニックス
| ホアキン・フェニックス Joaquin Phoenix |
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| 本名 | ホアキン・ラファエル・フェニックス (旧姓:ボトム) |
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| 別名 | リーフ・フェニックス | ||||||||||
| 生年月日 | 1974年10月28日(37歳) | ||||||||||
| 出生地 | プエルトリコ自治連邦区 サンフアン市 |
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| 国籍 | |||||||||||
| 民族 | ロシア/ユダヤ/ハンガリー系アメリカ人 | ||||||||||
| 活動期間 | 1982年 - | ||||||||||
| 活動内容 | 役者・歌手 | ||||||||||
| 家族 | リバー・フェニックス(兄) レイン・フェニックス(姉) サマー・フェニックス(妹) ケイシー・アフレック(義弟) |
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| 主な作品 | |||||||||||
| 『グラディエーター』 『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』 |
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ホアキン・ラファエル・フェニックス(Joaquin Rafael Phoenix、1974年10月28日 - )は、アメリカ合衆国の俳優。かつてはリーフ・フェニックス(Leaf Phoenix)の芸名で活動していた[1]。役者一家として知られるフェニックス家の次男で、早世した映画俳優リバー・フェニックスは兄、女優レイン・フェニックスは姉、女優サマー・フェニックスは妹にあたる。
『スペースキャンプ』への出演から子役としての経歴を積み始める。26歳の時に出演した『グラディエーター』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、若手の個性派俳優として注目を受けた。その後も『サイン』『ホテル・ルワンダ』などの話題作に出演を続け、2006年に『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』でゴールデングローブ賞主演男優賞とグラミー賞を受賞、俳優としての名声を確立した。2008年10月27日には歌手への転向を宣言してアメリカの映画界を騒然とさせたが[2][3]、後にモキュメンタリー作品の為の芝居であった事が公表された[4]。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 生い立ち
プエルトリコのサンフアンにて生まれる。父ジョン・リー・ボトムはカリフォルニア州フォンタナ出身[5]の元カトリック教徒[6]で、宗教団体「神の子供たち(Chidren of God)」の宣教師であった[7]。母アイリン・シャローンはニューヨーク州ブロンクス出身の東欧系ユダヤ人(ハンガリー系とロシア系のハーフ)で、同じく宣教師として活動していた。
1969年、両親は結婚時に「神の子供たち」に入信し、熱心な信徒として活動した。ホアキンがプエルトリコという土地で生まれたのも同団体のコミュニティが南米に形成されていたからで、特に祖先の出自などとは関係ない。後に兄のリバー・フェニックスは幼少時に目撃した同団体の腐敗と異常性を告発しているが、1978年に両親も信仰心を失って団体を離脱した。一家は新しい生活の為にフェニックスという名字に改名してアメリカに戻り、まだ4歳だったホアキンは生まれ故郷から引き離されている。
[編集] 芸能一家として
アメリカから戻った一家だったが、生活基盤を失った状態では貧困に苦しむより他になかった。両親は共働きで生活費を工面しようとしたが5人兄妹を育てるのは苦しく、兄妹も街頭に出て歌や演奏を行って金銭を恵んで貰う日々を送った。そんな折に兄妹の一人が子役を探していた俳優事務所の社員からエキストラとして雇われ、CMに出演する機会を得た[8]。これを契機に兄妹はそれぞれ子役から芸能界への道を進むが、ホアキンは子役に進む兄弟達と距離を置いて父と南米を回る旅に出ており、この経験から現在でもスペイン語を流暢に話す事ができる。
1982年、自らも俳優の道に進む決意を固め、兄が出演していたテレビシリーズで初演を果たしている。当初はリーフ・フェニックスという名義で活動していたが、15歳の時から本名と組み合わせたホアキン・フェニックスを使用するようになった[9]。映画出演は1986年の『スペースキャンプ』で、翌年には『ラスキーズ』で初主演を務めている。1980年代後半から1990年代後半にかけ、映画やテレビで子役として出演を重ねていった。
1993年に兄リバー・フェニックスとジョニー・デップの所有するナイトクラブを訪れたが、そこで兄が麻薬の大量服用で死亡する事件が起きる。事件現場にも居合わせていたホアキンが平静さを失って救急隊員に電話している通話記録が繰り返しテレビで放映され、マスコミの過剰な取材攻勢に嫌気が差して一時的に映画界から距離を置いた。翌年に友人の薦めで俳優に復帰し[10]、ガス・ヴァン・サント監督の『誘う女』(1995年)やオリバー・ストーン監督の『Uターン』(1997年)などで憂鬱な雰囲気を持った青年を演じ、印象的な脇役として記憶された。また『秘密の絆』(1997年)では再び主演を務めた。
『グラディエーター』(2000年)ではリドリー・スコット監督から主役の宿敵であるローマ皇帝コモドゥス役に抜擢され、ベテラン俳優である主演のラッセル・クロウに一歩も引かない怪演を見せた。同作でアカデミー賞やゴールデングローブ賞など名立たる映画賞の助演男優賞にノミネートされ、個性派俳優としての知名度を確立した。その後も『サイン』(2002年)、『ホテル・ルワンダ』(2004年)、『ヴィレッジ』(2004年)などの話題作に出演を続ける.[11]。またその間には『ブラザー・ベア』(2003年)で声優にも挑戦している。
そして『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2006年)でカントリー歌手のジョニー・キャッシュを劇中歌も自ら担当する熱演で演じきり、ゴールデングローブ賞主演男優賞とグラミー賞を同時受賞し、二度目のアカデミー賞ノミネートを受けた[12]。同年、映画芸術科学アカデミーからアカデミー会員に推挙された[13]。
[編集] 突然の歌手転向
2008年10月、故ポール・ニューマンのチャリティーイベントに出席した際、俳優業を引退してミュージシャンの道を進むと発言[14] 。当初はゴールデングローブ獲得に繋がったカントリーミュージックとの関連が噂されたが、ジャンルがヒップホップであった事から一層に世間の話題を集める事になった。俳優活動については2009年公開の『Two Lovers』が最後の映画出演となる。
歌手転向の動機については「俳優活動は疲れた」という趣旨の発言を行った。義弟ケイシー・アフレックが撮影しているドキュメンタリー映画の為の演技ではないかとする説も囁かれたが、本人は一貫して否定した。2009年3月13日に多くの噂が飛び交う中でラッパーとして最初のコンサートを開催、以前からは想像できない髭だらけの風貌で即興のラップを披露した。しかし途中で野次馬の罵声に激怒してステージをおり、観客につかみ掛かる騒動となった。
2010年9月8日、ドキュメンタリー映画の主演として監督のケイシー・アフレックとベネチア国際映画祭に出席する。映画祭でアフレックは作品の真偽について曖昧な返答を行っていたが、帰国後の9月17日にニューヨークタイムスで作品がモキュメンタリーであり、歌手転向も演出であったと語った。俳優復帰を受けてクリント・イーストウッド監督の『J・エドガー』への出演など、複数のオファーや憶測が飛び交った。
[編集] 復帰
2011年、ポール・トーマス・アンダーソン監督の次回作『The Master』(2012年公開予定)に出演する事を発表した。同作は新興宗教団体サイエントロジーへの批判要素を含めた風刺映画で、ホアキンの役柄はフィリップ・シーモア・ホフマン演じる新興宗教団体の教祖ラを補佐する教団幹部とされている。
[編集] 私生活
- 兄同様、厳格なベジタリアン(ヴィーガン)で[15]、撮影にどうしても必要だと納得しない限り、毛皮や皮も身につけないという。
- 自分の出演した映画は見ないと語っている[17]。
- モキュメンタリーでの演技が話題を集めたが、もともと変わり者としての部分はあったことも真実味を増す理由となった。
- 2006年に運転中に横転事故を起こして、たまたま通りかかった人物(偶然にも映画監督のヴェルナー・ヘルツォークであった)に助けられた。この時、車からはガソリンが漏れるなどかなり危険な状態にだったが、ホアキンは車中で煙草を吸って一服しようとした。ヴェルナーは驚いて「落ち着け(Just relax)」と叫んでライターを奪ったが、ホアキンは平然と「ええ、落ち着いてますよ(I am relaxed)」と答えたという。
- 役者だけでなく、プロモーション・ビデオの監督やテレビ番組の企画編集など多様な活動をしている。
[編集] 主な出演作品
| 公開年 | 邦題 原題 |
役名 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1984 | Backwards: The Riddle Of Dyslexia | ロビー・エルスワース | テレビ映画 リーフ・フェニックス名義 |
| 1986 | スペースキャンプ SpaceCamp |
マックス | リーフ・フェニックス名義 |
| 1987 | ラスキーズ Russkies |
ダニー | リーフ・フェニックス名義 |
| 1989 | バックマン家の人々 Parenthood |
ゲイリー・バックマン=ランプキン | リーフ・フェニックス名義 |
| 1995 | 誘う女 To Die For |
ジミー・エメット | |
| 1997 | Uターン U Turn |
トビー・N・タッカー (TNT) | |
| 秘密の絆 Inventing the Abbotts |
ダグ・ホルト | ||
| 1998 | 8mm 8mm |
マックス・カリフォルニア | |
| ムーンライト・ドライブ Clay Pigeons |
クレイ・ビッドウェル | ||
| リターン・トゥ・パラダイス Return to Paradise |
ルイス・マクブライド | ||
| 2000 | 裏切り者 The Yards |
ウィリー・グティエレス | |
| クイルズ Quills |
クルミエ神父 | ||
| グラディエーター Gladiator |
コンモドゥス | アカデミー助演男優賞ノミネート ゴールデングローブ賞 助演男優賞ノミネート 英国アカデミー賞 助演男優賞ノミネート |
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| 2001 | 戦争のはじめかた Buffalo Soldiers |
レイ・エルウッド | |
| 2002 | サイン Signs |
メリル・ヘス | |
| 2003 | ブラザー・ベア Brother Bear |
ケナイ | 声の出演 |
| アンビリーバブル It's All About Love |
ジョン | ||
| 2004 | 炎のメモリアル Ladder 49 |
ジャック・モリソン | |
| ヴィレッジ The Village |
ルシアス・ハント | ||
| ホテル・ルワンダ Hotel Rwanda |
ジャック・ダグリッシュ | ||
| 2005 | ウォーク・ザ・ライン/君につづく道 Walk The Line |
ジョニー・キャッシュ | ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門)受賞 アカデミー主演男優賞ノミネート 英国アカデミー賞 主演男優賞ノミネート |
| 2006 | Earthlings | ナレーター | 声の出演 |
| 2007 | アンダーカヴァー We Own the Night |
ボビー・グリーン | |
| 帰らない日々 Reservation Road |
イーサン・ライナー | ||
| 2008 | トゥー・ラバーズ Two Lovers |
レナード | |
| 2010 | アイム・スティル・ヒア I'm Still Here |
ホアキン・フェニックス | |
| 2012 | The Master | フレディ・サットン |
[編集] 脚注
- ^ Contemporary theatre, film, and television, Gale Research Co., 2002, p. 213
- ^ “The Associated Press: Joaquin Phoenix confirms he's done with movies” 2008年11月4日閲覧。
- ^ “Joaquin Phoenix Calls It a Career? - E! Online”. 2008年11月4日閲覧。
- ^ Cieply, Michael (2010年9月16日). “Documentary? Better Call It Performance Art”. The New York Times
- ^ Contemporary theatre, film, and television, Gale Research Co., (2002), p. 213, ISBN 9780787663605
- ^ Naomi Pfefferman (2002年4月12日). “The Days of Summer”. Jewish Journal. 2007年9月1日閲覧。
- ^ Roberta and David Ritz (October1995). “Strange Days”. Us Magazine. 2007年9月1日閲覧。
- ^ Mary Rourke (2008年). “Iris Burton, 77; Hollywood agent represented child actors”. LA Times. 2008年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年4月11日閲覧。
- ^ Paul Fischer (2000年). “Gladiator”. Dark Horizons. 2007年8月22日閲覧。
- ^ John Clark (2007-09-6). “Quietly Making a Name”. Variety Magazine 2007年9月7日閲覧。
- ^ ホアキン・フェニックス - インターネット・ムービー・データベース(英語)
- ^ http://movies.about.com/od/awards/a/oscars013106.htm
- ^ Academy Invites 120 to Membership[リンク切れ]
- ^ “ホアキン・フェニックス、引退宣言!今後はミュージシャンとして活動”. シネマトゥデイ. 2008年10月30日閲覧。
- ^ “Joaquin Phoenix's Charity Work”. Look To The Stars. 2007年8月22日閲覧。
- ^ “End The Crisis In Darfur”. Amnesty International. 2007年8月22日閲覧。
- ^ Serena Kappes (2004 -September 29). “5 Things You Gotta Know About Joaquin Phoenix”. People Magazine. 2007年8月25日閲覧。