ジェームス・マシュー・バリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジェームス・マシュー・バリー

初代准男爵、サー・ジェームス・マシュー・バリー(Sir James Matthew Barrie, 1st Baronet, OM1860年5月9日 - 1937年6月19日)は、スコットランド・キリミュア生まれのイギリス劇作家童話作家、ファンタジー作家。「バリ」と表記されることもある。『ピーター・パン』の作者として著名。

年譜[編集]

  • 1860年 - 織工の父、石工の娘の母のもとで誕生。姉と兄がいた。エディンバラ大学を卒業。ノッティンガムの新聞社に勤めながら雑誌への寄稿などを行っていた。
  • 1885年 - ロンドンに行き文筆業に専念。
  • 1888年 -『オールド・リヒト物語』を発表、有名になる。
  • 1894年 - 女優のメアリ・アンセルと結婚する。
  • 1900年 -『トミーとグリゼル』出版、ケンジントン公園の知り合い・デイヴィス夫妻の息子たち(5人兄弟)をサレーの別荘に招待。
  • 1902年 -『小さな白い鳥』(第13章から第18章にピーターパンが出演。なおモデルはデイヴィス夫人・シルビアとその長男・ジョージとされる)を出版。1900年頃から劇作をするようになった。
  • 1904年 - 戯曲『ピーター・パン 大人になりたがらない少年』(3幕)を執筆。この作品は大成功した。
  • 1906年 -『ケンジントン公園のピーター・パン』(『小さな白い鳥』から抜粋)を出版。
  • 1909年 - 離婚。デイヴィス夫妻死亡により子供2人を養子にする。
  • 1911年 - さまざまな版の最終版として小説『ピーター・パンとウェンディ』を執筆、刊行した。
  • 1912年 - ケンジントン公園に養子マイケルをモデルにしたピーターパンの像を建てる。
  • 1913年 - ジョージ5世から爵位(准男爵Baronet)。
  • 1919年 - セント・アンドルーズ大学の学長に就任。
  • 1921年 - 養子・マイケルが20歳の若さで溺死。
  • 1922年 - メリット勲章(the Order of Merit)授与される。
  • 1928年 - 戯曲『ピーター・パン』5幕版を出版。
  • 1930年 - エディンバラ大学の学長に就任(1937年、学長辞任)。
  • 1937年 - 死去

著作[編集]

小説[編集]

  • 『小さな白い鳥』"The Little White Bird"(1902年)
  • 『ケンジントン公園のピーターパン』"Peter Pan in Kensington Gardens"(1906年)
  • 『ピーターパンとウェンディ』 "Peter and Wendy"(1911年)

翻訳[編集]

  • 鈴木重敏、東逸子 訳『小さな白い鳥』パロル舎 ISBN 4894192713
  • F.D. ベッドフォード 画  石井桃子 訳『ピーター・パンとウェンディ』 福音館文庫 福音館書店 ISBN 4834006220

関連映画[編集]

  • 映画『ネバーランド』Finding Neverland (2004年、アメリカ/イギリス)

関連書[編集]

  • アンドリュー バーキン 鈴木重敏 訳『ロスト・ボーイズ』J.M.バリとピーター・パン誕生の物語 新書館 ISBN 4403230156
  • 鈴木重敏著『ピーター・パン写真集―ネバーランドの少年たち』 新書館 ISBN 4403010393

関連項目[編集]

外部リンク[編集]