マルチェロ・マストロヤンニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Marcello Mastroianni
マルチェロ・マストロヤンニ
マルチェロ・マストロヤンニ
 1991年
本名 Marcello Vincenzo Domenico Mastroianni
生年月日 1924年9月22日
没年月日 1996年12月19日(満72歳没)
出生地 イタリアの旗 フォンターナ・リーリ
国籍 イタリア
血液型 A型
職業 俳優
活動期間 1945年-1996年
活動内容  映画
配偶者  あり
著名な家族 キアラ・マストロヤンニ(娘)
主な作品
映画
甘い生活
8 1/2
プレタポルテ』  

マルチェロ・ヴィンチェンツォ・ドメニコ・マストロヤンニMarcello Vincenzo Domenico Mastroianni, 1924年9月28日 - 1996年12月19日)は、20世紀イタリアを代表する映画俳優


プロフィール[編集]

生い立ち[編集]

1924年9月28日にイタリア北部の小都市、フォンターナ・リーリの家具職人の家に生まれたマストロヤンニは、イタリアの首都ローマと北部の工業都市トリノで育ち、その後第二次世界大戦イタリア軍の兵士として参戦した。

1943年9月8日にイタリアが連合国軍に降伏し、その後、北部がドイツ軍の占領下に入るとドイツ軍の捕虜収容所に入れられたものの、からくも脱出し、その後1945年までの間イタリア北部のヴェネツィアで隠遁生活を送る。

映画デビュー[編集]

第二次世界大戦が終結した1945年に演劇の世界に入り、ローマで映画の制作スタッフとして働くとともに、ローマ大学の演劇センターで俳優のレッスンを受け始める。その後イタリアを代表する巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ監督に才能を認められ、1947年にイタリアで公開された『レ・ミゼラブル』(原題:『I Miserabili』)で俳優としてのキャリアをスタートさせる。

世界的スター[編集]

その後は『バストで勝負』(1955年)や『女と男』(1957年)、 ルキノ・ヴィスコンティ監督の『白夜』(1957年)などに出演し、1959年に公開されたフェデリコ・フェリーニ監督の名作『甘い生活』(原題:『La Dolce vita』)で、ローマの上流階級を舞台に退廃的な生活を送るゴシップ記者を演じ、世界的な名声を得る。

ああ結婚(1962年)

その後もフェリーニ作品に頻繁に出演し、『8 1/2』(1963年)や『女の都』(1980年)、ローマにある巨大な映画撮影所「チネチッタ」のオープン50周年記念作品の『インテルビスタ』(1987年)など、多くの名作を残した。また、同じく多くの映画で典型的なイタリア美女を演じている女優ソフィア・ローレンとの共演も多く、前述の『バストで勝負』やヴィットリオ・デ・シーカ監督のコメディ『昨日・今日・明日』(1963年)、『ひまわり』(1970年)、ロバート・アルトマン監督の『プレタポルテ』(1994年)など多数の映画で共演している。

死去[編集]

1996年12月19日フランスパリの自宅ですい臓ガンで死去した。72歳没。葬儀はローマの教会国葬扱いで行われ、多くの共演者やファンが世界中から駆けつけた。

遺作は、ポルトガルの巨匠、マノエル・デ・オリヴェイラ監督の『世界の始まりへの旅』(1997年)。遺著(日本語版)に、アンナ・マリア・タトー聞き書きの『マストロヤンニ自伝 わが映画人生を語る』(押場靖志訳、小学館、2002年)がある。

受賞歴[編集]

『甘い生活』の新聞記者役に代表されるような、典型的な「イタリア人プレイボーイ」的な役を演じさせたら右に出るものはいないと言われたものの、二枚目ながら三枚目的な雰囲気を漂わせた、人間味溢れる演技が光る性格俳優としても評価が高く、『イタリア式離婚狂想曲』(1963年)で初のアカデミー主演男優賞にノミネートされ、その後も『特別な一日』(1978年)で同じく主演男優賞にノミネートされた。

『黒い瞳』(1988年)では同賞とカンヌ国際映画祭主演男優賞の両方にノミネートされ、アカデミー賞は逃したものの『ジェラシー』(1970年)に次いで2度目のカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞した。他にもゴールデングローブ賞各賞を2回、ヴェネツィア国際映画祭男優賞を1回受賞している。

私生活[編集]

結婚[編集]

若い頃からアニタ・エクバーグソフィア・ローレンフェイ・ダナウェイカトリーヌ・ドヌーヴなど多くの女優などと浮名を流したが、結婚は生涯で1度、1948年にイタリア人女優のフローラ・カラベッラとのみであった。しかし後年マストロヤンニはマスコミのインタビューで、「本当に自分が心底愛した女はエクバーグとドヌーブの2人だけだった」と語った。

子供[編集]

妻のフローラとの間に一女をもうけたほか、長年の愛人でフランス人女優のカトリーヌ・ドヌーヴとの間にも一女(女優のキアラ・マストロヤンニ)をもうけている。なお、『プレタポルテ』(1994年)など複数の作品でキアラと共演を行った上、ドヌーブとキアラの母子は晩年のマストロヤンニの看護も行い、臨終にも立会っている。

主な出演作[編集]

生涯で約170作に出演し、その多くがルキノ・ヴィスコンティ、ヴィットリオ・デ・シーカ、フェデリコ・フェリーニ、ミケランジェロ・アントニオーニニキータ・ミハルコフ、テオ・アンゲロプロス、エットーレ・スコラジュゼッペ・トルナトーレなどの名監督による作品である。また、長年の俳優活動において「低迷期」と評される期間がまったくないという、映画スターとして稀有な存在であった。

日本のCM出演[編集]

関連事項[編集]

外部リンク[編集]