エドワード・G・ロビンソン

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エドワード・G・ロビンソン
Edward G. Robinson
Edward G. Robinson
十戒』(1956年)より
生年月日 1893年12月12日
没年月日 1973年1月26日(満79歳没)
出生地 ルーマニア王国の旗 ルーマニア王国 ブカレスト
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス
民族 ユダヤ人
職業 俳優
ジャンル 映画
活動期間 1915年 - 1973年
主な作品
犯罪王リコ』『飾窓の女
キー・ラーゴ』『ソイレント・グリーン

エドワード・G・ロビンソンEdward G. Robinson, 1893年12月12日 - 1973年1月26日)は、アメリカ合衆国俳優ハリウッドで性格俳優として活躍、50年の俳優生活で101本の映画に出演した。

[編集] 略歴

エドワード・G・ロビンソンはルーマニアブカレストにて、ユダヤ系の両親の間に生まれた。

1903年に家族と共にニューヨークへ移住。ニューヨーク市立大学シティカレッジで学んだ後、American Academy of Dramatic Artsで演技を学ぶ。1915年ブロードウェイ・デビューを果たし、舞台俳優として精力的に活動する。また並行して映画にも出ていたが、ほとんどが小さな役であった。

中年近くなった1930年、その後のギャング映画流行のはしりとなったマーヴィン・ルロイのギャング映画『犯罪王リコ』に主演、強烈な印象を残し、以後、ハリウッドのギャング映画には欠かせない存在となる。短躯にだみ声、ふてぶてしい悪役向けの人相で、ギャング役としての知名度は高かった。もっとも本人は高度なインテリジェンスの持ち主であり、8か国語を操るほどの才能があったという。正義漢、悪役、小市民の何れも巧みに演じ、またシリアスもコメディもこなす多才さで、1930年代から1940年代にかけ、ハリウッドで縦横に活躍した。ギャング映画やフィルム・ノワールでの名演は多い。

主演作にも著名作品が多いが、重要な助演者として出演したビリー・ワイルダーの『深夜の告白』の調査員役やジョン・ヒューストンの『キー・ラーゴ』での極悪ギャング役も、主役陣に匹敵する名演として高く評価されている。

しかし、1940年代後期以降の赤狩りの時期に、共産主義者と疑われてブラックリストに載せられてしまい、映画から離れざるを得なくなってしまう。私生活では絵画コレクターでもあったが、この時期には、当時の妻との離婚による慰謝料捻出のため、長年収集してきたコレクションを300万ドル余り(当時)で手放している。その間はブロードウェイに出演し、1950年代後半から再び映画に出始めるようになった。

1961年(昭和36年)に来日している。

晩年の名演としては、主演のスティーブ・マックイーンを向こうに張る老ギャンブラーとして堂々たる貫禄を見せた『シンシナティ・キッド』(1965年)が挙げられる。

1973年1月26日、79歳で死去。『ソイレント・グリーン』が遺作となった。現役時代にはその演技力への評価にも関わらず、アカデミー賞受賞に一度も至らなかったが、死後の約2ヶ月後に開催された第45回アカデミー賞で名誉賞が授与された。

[編集] 主な出演作品

[編集] 外部リンク

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