羅生門 (1950年の映画)

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羅生門
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
橋本忍
製作 箕浦甚吾
出演者 三船敏郎
森雅之
京マチ子
志村喬
音楽 早坂文雄
撮影 宮川一夫
編集 西田重雄
配給 日本の旗 大映
公開 日本の旗 1950年8月26日
上映時間 88分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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羅生門』(らしょうもん)は、1950年昭和25年)に公開された日本映画である。黒澤明監督作品。モノクロ

概要[編集]

原作は芥川龍之介の短編小説 『藪の中』だが、同 『羅生門』にも題材を借りる。映画芸術協会に所属していた黒澤明監督が『静かなる決闘』に次いで大映で製作した作品である。人間のエゴ剥き出しの業の醜さを、初めて太陽に直接カメラを向けたという画期的な宮川一夫の撮影、早坂文雄ポレロ調の音楽など、最高のスタッフと出演者によって描かれた。

本作の作劇は、「対立する複数の視点から同じ出来事を全く違う風に回想し、真実がどうだったのか観客を混乱させる」という法廷心理劇のような手法が用いられており、これはアメリカや中国など、多くの国の映画やフィクションに影響を与えている。

国内の評価はキネマ旬報ベストテン第5位にランクインされる程度だが、海外では高い評価を得た。1951年9月、ヴェネツィア国際映画祭グランプリを受賞、黒澤明日本映画が世界に紹介されるきっかけとなった。また、日本映画初となるアカデミー賞名誉賞も受賞している。

1959年キネマ旬報社が発表した「日本映画60年を代表する最高作品ベストテン」に第12位にランクインされた。1982年、過去のグランプリ作品中最高の栄誉金獅子賞(Career Golden Lion)に選ばれた。1989年文藝春秋発表の「大アンケートによる日本映画ベスト150」では第4位にランクインされ、1999年にキネ旬発表の「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編」には第5位にランキングされた(同じ順位に『幕末太陽伝』)。

あらすじ[編集]

平安時代。荒れ果てた都の羅生門で、杣売り旅法師が放心状態で座り込んでいた。そこへ雨宿りのために下人がやって来る。下人は退屈しのぎに、2人がかかわりを持つことになったある事件の顛末を聞く。

ある日、杣売りが山に薪を取りに行っていると、武士・金沢武弘の死体を発見した。そのそばには、「市女笠」、踏みにじられた「侍烏帽子」、切られた「縄」、そして「赤地織の守袋」が落ちており、またそこにあるはずの金沢の「太刀」と妻の「短刀」がなくなっていた。杣売りは検非違使に届け出た。旅法師が検非違使に呼び出され、殺害された武士が妻・真砂と一緒に旅をしているところを見たと証言した。

やがて、武士殺害の下手人として、盗賊の多襄丸が連行されてくる。多襄丸は女を奪うため、武士を木に縛りつけ、女を手籠めにしたが、女が「生き残った方のものとなる」と言ったため、武士と一対一の決闘をし勝利した。しかし、その間に女は逃げてしまったと証言した。短刀の行方は知らないという。

しばらくして、生き残っていた武士の妻が検非違使に連れて来られた。妻によると、自分を手籠めにした後、多襄丸は夫を殺さずに逃亡したという。だが、眼前で他の男に抱かれた自分を見る夫の目は軽蔑に染まっており、妻は思わず自分を殺すよう訴えた。あまりのつらさに意識を失い、しばらくして目を覚ましたときには、夫には短刀が刺さって死んでいた。自分は後を追って死のうとしたが死ねなかった、と証言した。

そして、夫の証言を得るため、巫女が呼ばれる。巫女を通じて夫の霊は、妻は多襄丸に手籠めにされた後、多襄丸に情を移し、自らの夫を殺すように彼に言ったのだと回顧した。そして、これをきいた多襄丸は激昂し、妻を生かすか殺すか夫が決めていいと言ってきたのだという。しかし、それを聞いた妻は逃亡した。多襄丸も姿を消し、一人残された自分は無念のあまり、妻の短刀で自害したと証言した。

だが、杣売りは、下人に「3人とも嘘をついている」と言う。杣売りは実は事件を目撃していたのだ。そして、杣売りが下人に語る事件の当事者たちの姿はあまりにも無様で、あさはかなものであった。

エピソード[編集]

ヴェネツィア国際映画祭での受賞は急遽決定したものであり、授賞式ではその場に偶然居合わせた無関係の東洋人がトロフィーを受け取る代役を務めた。この姿は写真報道され、この無関係の東洋人が黒澤本人であるとの誤解を招いた。

本作の完成時、世間の評価もぱっとせず、大映社長(当時)の永田雅一も、「この映画はわけがわからん」と批判していた。しかし本作がヴェネツィアに出品されてグランプリを受賞すると、永田は一転してこれを自分の手柄のように語った。黒澤は後年このことを回想し、「まるで『羅生門』の映画そのものだ」と評している[1]

当時の日本はまだ米軍占領下にあり、このグランプリ受賞は、前年に古橋廣之進競泳で世界最高記録を樹立したのと共に、国際的な自信を全く失っていた日本人に、現代では想像も出来ぬ程の希望と光明を与えた。封切り時(昭和25年)の年間ベストテンでは、本作は五位の評価だった。『藪の中』素材の不信の主題が、混沌不信の世相だっただけに、かえって生々しすぎて高点をためらわせたのかもしれない。また受賞の1951年9月は対日平和条約成立と同年同月でもあった。この受賞と平和条約が映画人に自信と自由を与え、日本映画は昭和30年代の黄金時代へ入っていく[2]

下人役の上田吉二郎は、本作のグランプリ受賞後、葉書半分大の大きな名刺を作り、「グランプリ受賞の羅生門出演、上田吉二郎」と印刷して話題をまいた[3]

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

多襄丸:三船敏郎
都の内外に悪名が轟く盗賊。女好きとしても有名。真砂の美貌や気性の激しさに惹かれ、金沢夫婦を襲う。
金沢武弘:森雅之 
旅をしている武士。言葉巧みに多襄丸に山奥まで連れて行かれ、木に縛られ、妻を手籠めにされる。
真砂:京マチ子[4]
金沢の妻。一見、おとなしく貞淑な妻だが、内心では激しい気性を抱えている。
杣(そま)売り:志村喬
金沢の遺体の第一発見者。事件を目撃し、人間不信になるが、最後に人間らしさを取り戻し、捨て子を育てようと決心する。
旅法師:千秋実
生前の金沢を目撃していたため、検非違使に呼ばれる。杣売りの話を聞いて人間不信となるが、ラストの杣売りの行動に心を救われる。
下人:上田吉二郎
雨宿りの際に暇つぶしに杣売りの話を聞く。杣売りの偽善性を突き、人間のエゴイズムをさらけだす行動をラストにおこなう。
巫女:本間文子
巫女というより霊媒師。金沢の霊を呼び込み、証言をおこなう。
放免:加東大介
河原で倒れていた多襄丸を発見し、検非違使に連行する。

リメイク[編集]

暴行The Outrage アメリカ映画 1964年、オリジナル版『羅生門』の権利を正式に買い、この脚本を元に、舞台をメキシコに置き換えて再映画化された。

ウ・モーン・パー・ムアン』(U Mong Pa Meung、อุโมงค์ผาเมือง、英題:The Outrageタイ映画 2011年、オリジナル版『羅生門』の脚本をククリット・プラーモートが演劇用にタイ語に翻案した脚本を原作に、舞台を今から約500年前のタイに置き換えて映画化。

また、1971年(昭和46年)に松竹で、当時俳優として売り出し中の三船史郎三船敏郎の長男)の主演で、リメイク版『羅生門』の制作が発表されたが、準備中のまま完成には至らなかった。配役は次の予定であった。

脚注[編集]

  1. ^ 黒澤明 『蝦蟇の油』 自伝
  2. ^ 『週刊サンケイ臨時増刊 大殺陣 チャンバラ映画特集』、日高真也「繁栄のあとの無気力状態」(サンケイ出版)
  3. ^ 『日本映画の若き日々』(稲垣浩、毎日新聞社刊)
  4. ^ 当初、黒澤は真砂役に原節子を起用しようと考えていたが、京がこの役を熱望して眉毛を剃ってオーディションに臨んだため、京の熱意を黒澤が買い、京に決まった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]