リヨン

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リヨン
 
市章(左) 市旗(右)

リヨン市街
フランス
地域圏Région ローヌ=アルプ地域圏(地域圏首府)
département ローヌ県(県庁所在地)
郡(arrondissement リヨン郡(郡庁所在地)
小郡(canton 14小郡庁所在地
INSEEコード 69381 - 69389
郵便番号 69001 - 69009
市長任期 ジェラール・コロン
2008年 - 2014年
面積 47,87km²
人口 467,400人
2005年
人口密度 9,868人/km²
Carte de localisation de リヨン
ファイル:Transparent3x3.gif
  

リヨンLyon)は、フランスの南東部に位置する都市で、ローヌ=アルプ地域圏の首府、ローヌ県県庁所在地である。

目次

[編集] 概要

リヨンの近郊にはリヨン市の人口を含め、164万8216人が住み(1999年)、都市圏としてはフランス第二の規模を持つ。

フランスにおける金融の中心地であり、多くのフランスの銀行の本店が置かれる。永井荷風横浜正金銀行の社員として滞在したこともある。

ローマ帝国ガリア属州の植民市ルグドゥヌムとして古代から栄えた物資の集散地であり、中世には市の立つ町としてヨーロッパでも有数の交易地として栄えた。また織物の産地としても知られる。旧市街はユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。

[編集] 地理

フルヴィエールの丘とサン・ジャン大教会
クレディ・リヨネタワー

北東から流れ込むローヌ川と、北から流れ込むソーヌ川がリヨンの南部で合流する。ソーヌ川の西側は石畳の街並みの残る旧市街で、リヨンの象徴ノートルダム大聖堂の建つフルヴィエールの丘がある。

ローヌ川の東側はクレディリヨネタワーを筆頭に近代的な建物が並ぶ地域である。

そのさらに東には、新興の住宅地域が広がっている。

リヨン歴史地区も参照

[編集] 歴史

紀元前43年に、ローマの植民市ルグドゥヌムとして建設され、2世紀にはガリアの中心都市としてさかえた。カロリング朝のもとに司教座がおかれ、後の何世紀もの間、大司教に支配され続けた。1245年第1リヨン公会議1274年には第2リヨン公会議がひらかれた。14世紀初めフランス王国に併合され、このころから絹織物の交易の一大中心地として発展した。フランス革命が始まると、反革命派が反乱を起こし、それを鎮圧した共和国軍がリヨンの大虐殺を引き起こした。工業化がはじまった19世紀前半にヨーロッパ最大の絹織物・繊維工業都市となった。第二次世界大戦中は、ドイツ軍に対するレジスタンス運動の拠点のひとつだった。戦後は北アフリカの旧フランス植民地から多くの移民をむかえた。

[編集] 政治

リヨンでは、1996年サミットが行われた。また、1989年以降国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)の本部が置かれている。

[編集] 交通

パールデュー駅

[編集] 鉄道

フランス国鉄TGV(Train à Grande Vitesse:テ・ジェ・ヴェ)が、最初に開通した街の一つであり、1981年パリとリヨンとを結び開業した。TGVはリヨン市内ではペラーシュ駅パールデュー駅(Part-Dieu) の二つの駅に停車する。

[編集] 航空

郊外にリヨン・サン=テグジュペリ国際空港(LYS)がある。この空港にもフランス国鉄の鉄道駅があり、TGVが停車する。この空港はかつて、リヨン・サトラス空港と呼ばれていたが、2000年にリヨン生まれのサン=テグジュペリ生誕100年を記念して改名された。

[編集] 公共交通

市内の交通として、バス地下鉄ケーブルカー路面電車がある。SYTRAL(Syndicat Mixte des Transports pour le Rhone et l'Agglomération Lyonnaise、ローヌ・リヨン都市圏輸送混合組合)が経営し、Keolis LyonSNCFグループに属する民間企業)がTCL(Transports en Commun Lyonnais、リヨン公共交通)の名称で運行管理を行っている。ヴィルユルバンヌやサン・プリエスト、ヴェニシューといった近隣自治体まで延びている路線もある。乗車券は定額で、一定時間内であればすべての交通機関(地下鉄、バス、トラム、ケーブルカー)で乗り換えは自由。乗客は地下鉄入り口あるいは車内にある刻印機で乗車券に時刻を刻印する。乗車券を持っていても刻印がないと検札時に高額の罰金を請求される。定期券はIC式を採用し、刻印機のセンサーに接触させることで乗車を記録させる。地下鉄の入口には改札機が無かったが、2005年ごろから一部の駅を皮切りに順次自動改札機が導入されている。パーク・アンド・ライドが整備されているのも特徴。

[編集] バス

一部の路線は電化されており、トロリーポール(2本)を載せたトロリーバス(連接型を含む。現在は走行用バッテリーまたは補助エンジンも搭載しており、車庫への帰路等では、架線がない場所を走っていることがある)が運行されている。また、主要な路線の中には、夜中まで運転している路線もある。

[編集] 地下鉄

  • A線 - 街の南西にある国鉄ペラーシュ駅からリヨン市庁舎(オテル・ドゥ・ヴィル)、大学の集まるラ・ドゥワに近いシャルペンヌ駅を経由し、リヨン東郊ヴォ・オン・ブランのラ・ソワ(T3に接続)に至る路線。3両編成、片側3扉のゴムタイヤ式車両(但し鉄輪も併用)で、車内は全席クロスシート。全線複線。
  • B線 - シャルペンヌ駅から南へ、国鉄パールデュー駅を経由し、サッカー・フランスワールドカップの会場となったジェルランスタジアムに至る路線。(ただし、1998年のワールドカップ開催当時はスタジアムへの路線はできておらず、2000年に完成。)車両はA線と同じ。全線複線。
  • C線 - リヨン市庁舎(オテル・ドゥ・ヴィル)から北西方面、クロワ・ルッスを経由してキュイール駅(カリュイール=エ=キュイール)にいたる路線。途中、クロワ・ルッス駅までの2駅間は急勾配のためラックレールが敷かれており、アプト式地下鉄となっている。車体はA線、B線用とほぼ同一(車内は全席クロスシート)だが、アプト式のためゴムタイヤ式ではない(オテル・ドゥ・ヴィル〜クロワ・ルッス間のトンネル内急勾配ばかりでなく、平坦露地や橋梁上を走る区間も長い。そのため、故障や凍結その他の原因で車輪が空転・滑走するときレール上に砂を撒く装置を、前輪前方の床直下に備えている。鉄輪でなくては砂との摩擦に耐えられない)。全線複線だがキュイール駅付近のみ単線。
  • D線 - リヨン市内を北西から南東へ横断。国鉄駅ガール・ドゥ・ヴェーズから、ヴィウ・リヨン、ベルクールを経由し国鉄ガール・ドゥ・ヴェニシュー駅へ至る路線。車両は2両編成で無人運転(車体はA線、B線とほぼ同じ)のため、前面展望が楽しめる。

[編集] ケーブルカー

フルヴィエールの丘へ登るケーブルカーで、フルヴィエール・ノートルダム聖堂への路線と、ローマ劇場への2路線がある。

[編集] 路面電車

2000年に、低床、低騒音の最新の車両となって復活した。T1号線はモンロシェ駅を始発とし、ペラーシュ駅、パールデュー駅を経由してラ・ドゥワに至る。T2号線はペラーシュ駅を始発とし、ジャン・マセ、グランジュ・ブランシュを経てリヨン東郊のサン・プリエスト・ベル・エールへ至る。T1号線はモンロシェから更に南へ、コンフリュオン博物館(建設中)まで1駅区間の延長が予定されている他、旧リヨン東鉄道の線路跡を利用したT3号線LEA。パール・デュー駅東口~メイジュー産業地区)が2006年12月に、ジェット・ドォー・プラス・ピエール・マンデス・フランスからマンゲットまでを結ぶT4号線が2009年4月にそれぞれ開業した。

[編集] 文化

フルヴィエールの夜

[編集] フルヴィエールの夜

毎年夏の夜、フルヴィエールの丘にあるローマ劇場で、フルヴィエールの夜(la Nuit de Fourvière)というイベントが行われる。連日のように、著名なアーティストのコンサートや演劇が催される。

[編集] 光の祭典

毎年12月8日には、光の祭典(Fête des Lumières)が行われる。これは、ペストがアルプス以北の欧州で1348年から1353年に流行した際、リヨンのひとびとがフルヴィエールの丘にあるノートルダム聖堂のマリア像に祈りを捧げたところ、流行が治まったことに由来するという。この日の夜はリヨン市内の家々の窓際(感謝の捧げ物としてのロウソクなので、本来はフルヴィエールの丘に面した窓のみ。現在はそれにこだわらない)はろうそくの灯りで彩られ、建物や道路はイルミネーションで飾られる。(時間を決めて、各家庭と街の不急の照明を消灯する。ライトアップされたノートルダム聖堂と、窓々のロウソクの明かりが幻想的である。)

[編集] 食文化

[編集] 食材

生産者が朝市に直接やって来て出店したり、市内の食料品店に常連として出品・販売したりする範囲をその都市の食文化経済圏と呼ぶことにすれば、ブレスの鶏肉、ナンチュアのエクルビス等、リヨン食文化経済圏は世界に名を知られる農産物の美味でも知られている。秋の狩猟期にはジビエ(野生の鳥や獣)も豊富で、朝市で家庭の主婦があれこれ品定めする姿が目に付く。

[編集] 料理と飲み物

フランスがまだヨーロッパの片田舎であった頃、文化の中心地イタリアのメディチ家仕込みの宮廷料理をリヨンは我が物とした。一方で、郷土色豊かな家庭料理にも見るべき物が多い。

リヨン食文化経済圏に、ワインの名産地も数え切れない。とりわけ「リヨンを流れる3番目の河」とおどけられるボジョレのワインは、リヨンの大量消費が育て上げたものである。

[編集] レストラン

「食通の街リヨン」、場末のブラッスリーに至るまで、他都市のそれと較べて食の質は高い。レストランガイドとして有名なギド・ミシュラン Guide Michelin の三つ星がリヨン市内にひとつもないことを、リヨンっ子はとても不満に思っている(同誌の採点基準には、客室の雰囲気・豪華さやトイレの設備・広さ等も入っている)。味だけならば、他都市の三つ星レストランを凌駕する店は複数ある。(そのためもあってリヨンっ子はギド・ミシュラン不信で、ゴ・ミヨー Guide Gault Millau の方を高く評価している。)

市内ばかりでなく、リヨンから日帰りできる距離に有名料理店「ポール・ボキューズ」・「アラン・シャペル」・「ピラミッド」・「トロワグロ」等々があり、日本からも食べ歩きに訪れる食通が後を絶たない。

[編集] 製菓ワールドカップ

2年に一度、奇数年の1月にSIRHA(シラ)国際外食産業見本市が開かれ、この中で製菓ワールドカップ(la Coupe du Monde de la Patisserie)が開催される。各国代表として一流のパティシエ達が3人1チームで参加し、飴細工、チョコレート、氷彫刻の3種目で世界一を競う。

[編集] スポーツ

[編集] 姉妹都市

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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