シリア

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シリア・アラブ共和国
الجمهوريّة العربيّة السّوريّة
シリアの国旗 シリアの国章
国旗 国章
国の標語:なし
国歌祖国を守る者たちよ
シリアの位置
公用語 アラビア語
首都 ダマスカス
最大の都市 ダマスカス
政府
大統領 バッシャール・アル=アサド
首相 ワーイル・ナーディル・アル=ハルキー
面積
総計 185,180km286位
水面積率 0.6%
人口
総計(2012年 22,400,000人(55位
人口密度 97人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 2兆5,497億[1]シリア・ポンド (YTL)
GDP (MER)
合計(2008年 548億[1]ドル(72位
GDP (PPP)
合計(2008年 944億[1]ドル(63位
1人あたり 4,748[1]ドル
建国
 - 宣言
 - 承認
フランスより
1944年1月1日
1946年4月17日
通貨 シリア・ポンド (YTL) (TRY)
時間帯 UTC +2(DST:+3)
ISO 3166-1 SY / SYR
ccTLD .sy
国際電話番号 963

シリア・アラブ共和国(シリア・アラブきょうわこく)、通称シリアは、中東西アジア共和制国家。北にトルコ、東にイラク、南にヨルダン、西にレバノン、南西にイスラエルと国境を接し、北西は東地中海に面する。首都はダマスカス。 「シリア」という言葉は、国境を持つ国家ではなく、周辺のレバノンやパレスチナを含めた地域(歴史的シリア大シリア、ローマ帝国のシリア属州)を指すこともある。

国名[編集]

正式名称は、アラビア語الجمهوريّة العربيّة السّوريّة翻字: al-Jumhūrīyah al-ʿArabīyah al-Sūrīyah)で、読みはアル=ジュムフーリーヤ・アル=アラビーヤ・アッ=スーリーヤ、通称 سوريا (Sūriyā スーリヤー)または سورية (Sūrīyah スーリーヤ)。

公式の英語表記は Syrian Arab Republic (シリアン・アラブ・レパブリック)。通称 Syria (シリア)。

日本語の表記はシリア・アラブ共和国。通称シリア

「シリア」の語源は不明だが、アッシリアの転訛とする説、ティルスの転訛とする説などがある。[2]

歴史[編集]

紀元前10世紀の建築を原型とするアレッポ城

アケメネス朝[編集]

セレウコス朝[編集]

ローマ帝国[編集]

イスラム帝国[編集]

661年ムアーウィヤカリフとなりウマイヤ朝創設。ダマスカス首都と定める。750年にウマイヤ朝が倒れると次いでアッバース朝の支配下となるが、アッバース朝が衰退するにつれ、地方政権が割拠するようになる。10世紀には東ローマ帝国が一時北シリアを奪還した。

セルジューク朝[編集]

ファーティマ朝の支配下にあったシリアをセルジューク朝が攻略。シリア・セルジューク朝(1085年 - 1117年)。

十字軍国家[編集]

1135年のシリア地方

1098年第1回十字軍セルジューク朝の支配下にあったシリア北西部のアンティオキアを攻略(アンティオキア攻囲戦)。地中海沿岸部を中心に、アンティオキア公国を初めとする十字軍国家が成立する。アンティオキア公国は1268年マムルーク朝に滅ぼされるまでイスラム諸勢力と併存した。

アイユーブ朝[編集]

1171年サラーフッディーン(サラディン)がアイユーブ朝を建国。

モンゴル帝国[編集]

マムルーク朝エジプト[編集]

オスマン帝国[編集]

OETA[編集]

独立・シリア王国[編集]

フランス委任統治領シリア[編集]

独立・シリア共和国[編集]

独立・シリア・アラブ共和国[編集]

アサド政権[編集]

ダマスカスの春[編集]

一般にシリアは大統領による個人独裁国家であるとみなされる事が多いが、実際はバアス党による一党独裁国家であり、その内実は、大統領や党・治安機関幹部による集団指導体制である。バッシャール・アル=アサドは大統領就任当初には、民主化も含む政治改革を訴えて、腐敗官僚の一掃、政治犯釈放、欧米との関係改善などを行い、シリア国内の改革派はバッシャールの政策を「ダマスカスの春英語版」と呼んだ。

改革では反汚職キャンペーンなどの面で多少の成果があったものの、基本的には、改革に反対するバアス党内の守旧派や軍部の抵抗で思うように進展せず、また2003年イラク戦争アメリカ軍の圧倒的な軍事力で隣国の同じバアス党政権のサッダーム・フセイン体制がわずか1ヶ月足らずで武力で崩壊させられたことを受けて、以後、一転して体制の引き締め政策が行われ、デモ活動や集会の禁止、民主活動家の逮捕・禁固刑判決、言論統制の強化、移動の自由制限など、民主化とは逆行する道を歩む。近年、レバノン問題で欧米との対決姿勢を鮮明にしてからは、この傾向がますます強くなった。理由としては、グルジアなどで、いわゆる「色の革命」といわれる民主化運動により、時の強権的政権が次々と転覆したことに脅威を覚えたからだと見られている。

  • 2005年 - レバノンより、シリア軍撤退
  • 2007年 - バッシャール・アル=アサド、大統領信任投票で99%の得票率で再選、2期目就任。
  • 2008年 - 隣国レバノンとの間に正式な外交関係樹立。大使館設置で合意。

シリア内戦[編集]

戦闘で破壊された車両(アレッポ2012年

2011年の反政府勢力としては、「シリア国民評議会英語版」(SNC)、「民主的変革のための全国調整委員会英語版」(NCC)の二つの全国組織が結成されている。反体制派の「自由将校団運動」(Free Officers Movement)のニックネームを持つ「自由シリア軍」(FSA)という武装組織もつくられている。さらに、地方でも中央組織に加わっていない組織が作られている。2012年11月にはこれらを統合するシリア国民連合が結成され、政権側との対立が続いている。

2012年の反政府武装勢力の大攻勢により、北部の最重要都市アレッポが孤立し、首都ダマスカスの中心部でも激しい戦闘が発生して、自爆攻撃により国防相や治安機関幹部などの政府要人が殺害されるなど、一時は政権崩壊間近との憶測もあったが、反体制派各派の内紛やロシアやイランによる援助継続の他、ヒズボラを始めとしたシーア派武装勢力による支援もあり、2013年初頭からは政権側が盛り返して、3月には反政府支配地域に孤立していたアレッポへの補給路を切り開き、5月には反体制派の補給拠点であったクサイルを奪還した。政権側が攻勢を強めるなか、8月に何者かによって首都ダマスカス郊外で化学兵器が使用され、一時は米仏を中心にシリアへの空爆が検討されたが、シリア政府が化学兵器禁止条約に加入し、該当兵器の全廃を確約したため、空爆は回避された。2013年末頃からは、レバノン国境地帯で政権側による大攻勢が始まり、翌2014年の4月末日までに要域をほぼ奪還した。また5月9日には停戦交渉に基づき、政権側による厳しい包囲下におかれていたホムス旧市街から反政府勢力が撤退した。これによって政権側は、反政府勢力によって革命の首都と呼ばれていたホムス市における統制を完全に回復した。ダマスカス近郊など、地域によっては政権側と反政府武装勢力との停戦の兆しも見られる一方、東部のラッカ県・デリゾール県等では政権側が駆逐された後、アルカイダ系反政府勢力のイラクとシリアのイスラム国が完全に他の武装勢力を放逐し、独自の支配権を築く等、内戦の様相も変化しつつある。

2011年から続く内戦と、それにまつわる殺害、人権侵害の発生以来、シリアは中東諸国・国際社会からの孤立を深めている。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチなどによると、シリアの人権状況は現在、世界最悪の水準である。国際NGOフリーダム・ハウスは、毎年発表する「世界の自由度」調査の結果を基にシリアは「自由ではない」と断じた。現在も継続する危機を受けて英国、カナダ、フランス、イタリア、ドイツ、チュニジア、リビア、米国、ベルギー、スペイン、湾岸諸国などの国々が、シリアとの外交関係を断絶した[4]。他方で同盟国であるロシア及びイランが、同国のレバノンにおける主要同盟勢力であるヒズボラとともに、アサド政権の最大支援国となり、反政府勢力との戦闘に必要な財政支援と武器を供給している。

政治[編集]

国会議事堂

シリアは共和制大統領制をとる国家である。現行憲法である「シリア・アラブ共和国憲法」は2012年に改正されたもので、国家を社会主義人民民主主義国家とし、バアス党(アラブ社会主義復興党)を「国家を指導する政党」と定めた1973年憲法の条文は、現行憲法では削除されている。

元首[編集]

国家元首である大統領は、バアス党の提案を受け人民議会が1名を大統領候補とし、国民投票で承認するという選任方法を採っている。大統領の任期は7年で、ムスリムでなければならず、また再選の制限は特に無かったが、2011年以来のシリア騒乱の初期に政権側から示された妥協案の一つである憲法改正により、バアス党の専権であった大統領候補者提案権は削除され、人民議会議員35名以上の文書による支持が新たな候補者要件となった。また、2任期の制限が設けられた(但し、憲法改正以前に遡っての適用ではない為、現職のバッシャール・アル=アサドは実質3任期目である)。

行政[編集]

首相は大統領により任命される。内閣に相当する閣僚評議会のメンバーは、大統領が任命する。

立法[編集]

立法府たる議会一院制で、正式名称は「人民議会」。定数は250議席。人民議会議員は国民の直接選挙(15選挙区)で選出され、任期は4年である。定数250議席のうち、127議席は労働者農民の代表でなければならないと規定されている。

大統領は絶対的な必要性がある場合は、人民議会の閉会中でも立法権も行使することができ、シリア軍の最高司令官も兼任する。

1973年に制定されたシリア・アラブ共和国憲法では、第8条においてバアス党が「国家を指導する政党」と規定され、バアス党によるヘゲモニー政党制が採られていたが。2011年より始まったアラブの春による一連の改革要求や反政府活動に応える形で2012年に憲法の場本的改正が行われ、前記の規定は削除された。またこれに先立つ2011年8月に政党法および選挙法が制定・施行され、複数政党制が導入された。ただバアス党は、現在もアラブ社会主義連合党英語版シリア共産党英語版などの諸政党と協力関係にあり、与党連合「国民進歩戦線英語版」(NPF)を結成している(国民進歩戦線議長はバアス党書記長)。非合法政党はクルド人勢力が大半。

司法[編集]

司法制度はフランス法およびオスマン帝国法を基礎としている。イスラーム法家族法の分野で用いられている。大統領を議長とする最高司法評議会が置かれており、裁判所判事の任命に当たる。最高司法機関は最高憲法裁判所である。

軍事[編集]

シリアはアラブの世界ではエジプトに次ぐ軍事大国として知られる。シリアは徴兵制が敷かれており、男子の兵役義務がある。また敵国であるイスラエルの侵攻を防ぐために、旧東側諸国の武器を重装備しており、主に友好国であるロシアから武器を調達している。

シリア軍の総兵力は現役約32万人、予備役は50万人である。陸軍の総兵力は約21万5000人、海軍総兵力約5000人+予備役約4000人、空軍総兵力約7万人、防空軍総兵力約4万人である。 また、これらの正規軍の他にイスラエルの侵攻に備えて、ゲリラ戦を行う為に複数の民兵組織が組織されている。

シリアの軍事予算に占める割合は国家予算の一割に当たり、膨大な軍事費の為にシリアの財政を非常に圧迫している。またハマースヒズブッラーPFLPなどのテロ組織、ゲリラ組織への資金援助、武器援助などを加えると軍事費は更に膨大なものとなっている。

国際関係[編集]

青で塗られている諸国にはシリアの外交使節が派遣されている。

国家安全保障及び、アラブ諸国の間での影響力の増大、イスラエルからのゴラン高原返還を確実にすることが、バッシャール・アル=アサド大統領の外交政策の主要目的である。シリアは、歴史上の多くの局面においてトルコ、イスラエル、イラク、レバノンなどの地理的・文化的隣国との間の激しい緊張関係を経験してきた。

21世紀に入ると、「アラブの春」とそれに続くシリア内戦以前の段階において、中東地域の複数の国家との関係改善に成功し、現在はイラン、北朝鮮、中国、ロシア、パレスチナ自治政府、イエメン、レバノン、スーダン、イラクと緊密な関係を維持している。それらの諸国は、反政府勢力との内戦でシリア政府を支援する数少ない国々となっている[5]

対外関係では、政権はバアス党の伝統として「アラブの大義」「パレスチナを含むイスラエルによる全アラブ占領地の解放」を前面に押し出した主張をすることが多い。

イスラエルとの関係[編集]

シリアは1981年以来隣国イスラエルが主権を主張するゴラン高原を、シリア固有の領土であると主張している。シリア政府は同領土の返還を要求し続けている。

イスラエルを牽制するため、1976年以降レバノンに軍を進め以後駐留を続けたが、レバノン国内からの反対(杉の革命)と国際的圧力により、2005年3月に軍と情報機関の完全撤退を表明した。軍は4月12日までに完全撤退した。情報機関の撤退については不明である。 レバノンの反シリア派は、同国で頻発する政治テロの犯人はシリアであると非難している。

また、ハマースヒズボッラーイスラーム・ジハード等の欧米諸国やイスラエルが「テロ組織」と呼ぶ組織を支援しており、アメリカからは「テロ支援国家」に指定されている。首都ダマスカスにハマースやその他のパレスチナ・ゲリラの拠点があり、武器援助や軍事訓練拠点を提供しているとされる。

イラクとの関係[編集]

隣国イラクを巡っては、アメリカ軍により指名手配されているサッダーム旧政権幹部を多数匿っているとされる。また、シリアがイラクへと越境してくるアル=カーイダなどのテロリストの通り道になっていると米国政府から非難されている。イラク治安筋によるとダマスカスラタキアには、イラクへと密入国する外国人テロリストの手配者がいるとされ、そのほとんどが国境付近での密貿易で生計を立てているという。

米陸軍士官学校ウェストポイントはイラク北部のシンジャールで見つかったアル=カーイダの文書を元に報告書を作成した。それによると、現在までにシリアからイラクに入ったテロリストは590人で、約100人のシリア人手配者がテロリストの密入国を手助けしているという。動機は金銭目的、イスラーム原理主義を支持しているなどの理由であるという。テロリストの出身国は遠くはモロッコ、リビア、アルジェリア、イエメン、近くはサウジアラビアで、彼らは密入国の手数料として2500ドルを支払い、国境付近に到着すると偽造パスポートを受け取り、地元民の協力とガイドでイラクへと越境している。また、彼らのほとんどがアラブ諸国出身者であり、アラブ民族主義、あるいは侵略された同胞ムスリムを助けるジハードの遂行のためにイラクへ入国したとされる。特に、イラク国境地域の住民はイラク北西部に住むスンナ派部族とは親戚関係にあり、ジャジーラ方言のアラビア語を喋るなど、イラクとの関係は深く、「外国人の占領下に置かれている同胞」への同情からテロリストを支援しているとされている。

シリア政府は、2003年対イラク開戦時には越境する「アラブ人義勇兵」を放置していたが、同年4月以降までに密輸業者を取り締まるなどの対策を講じた。が、部族民や地元政府、治安当局者まで業者に賄賂で買収されてしまっており、効果があがっていないとされる。もっとも外国人テロリストの越境数が多かったのは、2004年のファッルージャの戦闘時で、大半がサウジ人であったという。[6]

イラクでは、元大統領サッダーム・フセインの出身部族がスンニ派であることに加え、サッダーム旧政権時代の与党であったイラク・バアス党の中核支持層もスンニ派に属し、これがイラク国内で多数派の十二イマーム派を押さえる形になっていたのとは対照的に、シリアではアサド大統領の出身部族はイスラームの少数宗派であるアラウィー派に属し、シリア・バアス党の中核支持層はアラウィー派のほか、キリスト教徒ドゥルーズ派イスマーイール派などの少数宗派であり、これらが多数派であるスンナ派を抑える形になっている。

イラン・イスラーム共和国との関係[編集]

イラク・バアス党政権との対立関係やシリアは他のアラブ諸国と異なり非スンナ派政権である事から、イラン・イラク戦争ではイラクと戦争状態にあり、かつシーア派が国民の大多数を占めるイランを支持した背景があり、イランとは現在でも事実上の盟邦関係を継続中で、反米・反イスラエル、国際的孤立化にあるなど利害が一致する点が多い。最近は政治面の他、経済・軍事面でも一体化を強めつつある。

近年では、イランの他、ベネズエラスーダンキューバなどの反米路線の国との関係を強化している。

トルコ共和国との関係[編集]

シリアは隣国トルコ共和国のハタイ県を固有の領土であると主張している。

ソビエト連邦及びロシアとの関係[編集]

ロシアメドヴェージェフ大統領(当時)と会談するアサド大統領(2010年)。

ロシアは、ソ連時代の1980年にシリアとの間にソビエト・シリア友好協力条約締結しており、伝統的な友好国である。この同盟関係はソ連崩壊後もロシア連邦が引き継ぎ、ロシアは新鋭の防空兵器や弾道ミサイル等さまざまな武器・兵器を販売するなどシリアにとって最大の武器援助国となっている。また独立国家共同体(CIS)諸国以外で唯一のロシアの軍事施設がある[7]

シリア危機に際し、2013年9月9日にプーチン政権は米国によるシリア侵攻を回避するべくロシアセルゲイ・ラブロフ外相を通してシリアの化学兵器を国際管理下に置き、シリアの化学兵器禁止条約批准を提案した[8]。そして、9月12日にシリアのアサド大統領はさらに批准後の一ヶ月後に化学兵器情報を提供することにも同意した[9]

朝鮮民主主義人民共和国との関係[編集]

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)とはハーフィズ・アル=アサド政権時代からの伝統的友好国であり、軍事交流や弾道ミサイルなどの北朝鮮製兵器の買い手でもある。共同の核開発計画も行っているとされ、2007年にはイスラエル空軍が核開発施設と見られる建物を爆撃した。

シリアは北朝鮮との友好関係を考慮し、大韓民国と国交を有していない。

中華人民共和国との関係[編集]

中華人民共和国(中国)はシリア国内の資源開発や投資分野で関係を深めている。

アメリカ合衆国との関係[編集]

アメリカ合衆国はシリアが1990年湾岸戦争多国籍軍に参加し、1991年にアメリカ合衆国政府が主催した中東和平 マドリード会議以後、アメリカ合衆国政府が提案する中東和平プロセスを支持し、アメリカ合衆国政府が主導した国連安保理決議に基づいて2005年にレバノンから軍を撤退させたが、アメリカ合衆国政府はシリアがレバノンに軍を進駐させた1976年当時からシリアを「テロ支援国家」と認定し、2004年以後は経済制裁を実施し、2005年以後は在シリア大使を帰国させている[10]

2013年9月5日アメリカ合衆国上院外交委員会はシリアの化学兵器使用を理由に軍事行動を承認したが、議会承認なきままアメリカ軍はシリア侵攻の攻撃態勢に入っていた[11][12][13]

日本国との関係[編集]

シリア戦争の危機に際し、安倍晋三政権は米国のシリア侵攻に反対を表明せず、石破茂自民党幹事長はシリア側の化学兵器使用の確証ないままに「(米国から)説明を受け、国民に説明できるのであれば時を置かずに支持することが必要だ。」と発言し[14]、菅官房長官は8月29日の記者会見で、シリア政府による化学兵器を使用の根拠を問われ「さまざまな具体的情報があるが、関係国とのやり取りなので控える」としている[15]

地方行政区分[編集]

シリアの県

シリアには13の県がある。

  1. ダマスカス
  2. リーフ・ディマシュク県ダマスカス
  3. クネイトゥラ県クネイトゥラ
  4. ダルアー県ダルアー
  5. スワイダー県スワイダー
  6. ホムス県ホムス
  7. タルトゥース県タルトゥース
  8. ラタキア県ラタキア
  9. ハマー県ハマー
  10. イドリブ県イドリブ
  11. アレッポ県アレッポ
  12. ラッカ県ラッカ
  13. デリゾール県デリゾール
  14. ハサカ県ハサカ

地理[編集]

シリアの地図

地中海に面する一部を除いて、国土は隣国と地続きであり、北部ではトルコと、東部ではイラクと、南部ではヨルダンと、西部ではイスラエルレバノンとそれぞれ国境を接している。

国土の内、西部の地中海沿岸部には平野が広がっており、南部は肥沃な土地が広がっており、国内農業のほとんどを負担している。北部は半乾燥地帯、中部はアンチレバノン山脈が連なり、山岳地帯が大半であるが、乾燥地帯の延長上には、アラビア半島に続くシリア砂漠がある。国内最高峰はヘルモン山(2,814m)。国土を北から南にユーフラテス川が、南から北にオロンテス川が流れている。

気候は地中海沿岸部は典型的な地中海性気候(Cs)で、夏季は高温乾燥、冬季は温暖多雨である。内陸部に入るに従い乾燥の度合いが激しくなり(BS)、イラク国境周辺は砂漠気候(BW)となっている。この地域では冬季には氷点下まで下がり、降雪による積雪も見られるなど季節毎の差が激しい。ダマスカスの年平均気温は5.8℃(1月)、26.5℃(7月)、年降水量は158.5mm。

経済[編集]

現在のシリア経済は、バアス党の強力な計画経済により農業、商工業、鉱業ともに偏りがなくバランスが取れた形となっており、石油資源にも恵まれているが、米国による禁輸措置もあり経済は低迷状態が続いている。2004年現在の政府発表の国内失業率は20%を超えている。現在、中華人民共和国改革開放を手本として市場経済の導入を計っており、外国企業の投資受け入れやインターネット導入を進めている。

国民[編集]

伝統的な衣装に身を包んだダマスカスの市民

民族[編集]

住民は、アラブ人が90%で、その他にクルド人アルメニア人などがいる。アラブ人の中にはシリア語を母国語とする部族もいるため民族性も多様化している。少数民族としてネストリウス派アッシリア人)、北コーカサス系民族、南トルコ系民族もいる。

言語[編集]

言語は現代標準アラビア語公用語である。その他にもアラビア語の方言(レバント方言英語版イラク方言ナジュド方言北メソポタミア・アラビア語英語版)、シリア語典礼言語として)、クルド語アルメニア語現代アラム語英語版アッシリア現代アラム語現代西アラム語)が使われる。さらにフランス語もわりと広い範囲で使われている。

宗教[編集]


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  スンナ派 (69%)
  キリスト教 (11%)
  その他の宗教 (1%)

宗教は、イスラム教スンナ派が約70%、他のイスラム教の宗派(アラウィー派ドゥルーズ派イスマーイール派十二イマーム派など、これらの宗派は全てシーア派と看做す場合もあるが、アラウィー派ドゥルーズ派をシーア派に含めない場合もある。)が併せて約20%、キリスト教非カルケドン派シリア正教会東方正教会アンティオキア総主教庁東方典礼カトリックマロン典礼カトリック教会など)が約10%である。その他には、アレヴィー派ヤズィード派などの少数宗派が併せて約1パーセントほど信仰されている。

教育[編集]

文化[編集]

古代より文明が栄えた土地のため、また各文明の交流地点のため高度な文化が発達した。国内の各地にアッシリア帝国時代の遺跡が点在する。また西洋風の町並み・服装が浸透している。

また、反米・反イスラエル国家であるが、首都ダマスカスにはケンタッキーフライドチキンの店舗が存在する[16]

世界遺産[編集]

パルミラ遺跡

シリア国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が6件存在する[17][18]

スポーツ[編集]

オリンピックシリア選手団1948年ロンドンオリンピックから参加した。以後、中東戦争なども起こり、参加と不参加が続いたが、1980年モスクワオリンピック以降は参加を続けている。ただし、冬季オリンピックへの参加はまだない。

祝祭日[編集]

日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日 عيد راس السنة الميلادية
3月8日 3月8日革命記念日 ثورة الثامن من اذار バアス党による権力掌握を記念する
3月21日 母の日 عيد الأم
4月17日 独立記念日 عيد الجلاء フランス軍のシリア完全撤退の日を祝う
グレゴリオ暦イースター عيد الفصح غريغوري 新暦のイースター。移動祝日
ユリウス暦のイースター عيد الفصح اليوليوسي 移動祝日
5月1日 メーデー عيد العمال
5月6日 殉国者の日 عيد الشهداء 1916年オスマン帝国アフメト・ジェマル・パシャ
シリア民族主義者多数を処刑した記念日
10月6日 10月解放戦争記念日 حرب تشرين التحريرية 第四次中東戦争の開戦記念日
12月25日 クリスマス عيد الميلاد المجيد
犠牲祭 عيد الأضحى 移動祝日
断食明け大祭 عيد الفطر 移動祝日
預言者生誕祭 المولد النبوي 移動祝日

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ 牧英夫編著 『世界地名の語源』 自由国民社 1980年12月20日発行 12ページ
  3. ^ Report of the Commission Entrusted by the Council with the Study of the Frontier between Syria and Iraq” (1932年). 2013年7月8日閲覧。
  4. ^ http://www.haaretz.com/news/middle-east/assad-takes-a-page-out-of-russia-s-book-in-his-war-against-rebels-1.411789
  5. ^ http://sana.sy/eng/21/2012/11/26/454262.htm
  6. ^ http://www.guardian.co.uk/uslatest/story/0,,-7946319,00.html
  7. ^ 安蒜泰助『今のロシアがわかる本』三笠書房 知的生きかた文庫、2008年4月10日発行(147ページ) ISBN 978-4-8379-7668-4
  8. ^ “シリアに化学兵器禁止条約参加を要請 ロシアのラブロフ外相”. ハフィントン・ポスト. (2013年9月10日). http://www.huffingtonpost.jp/2013/09/09/russia_syria_n_3896103.html 2013年11月3日閲覧。 
  9. ^ “シリア、化学兵器引渡しは軍事介入撤回後に─アサド大統領=通信”. Reuters. (2013年9月12日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE98B01P20130912 2013年11月3日閲覧。 
  10. ^ 外務省. “各国・地域情勢>シリア”. 2008年8月26日閲覧。
  11. ^ “【シリア情勢】介入、地上軍投入せず最大90日 米上院委が条件付承認決議案採択”. 産経新聞. (2013年9月5日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/130905/amr13090509100000-n1.htm 2013年11月3日閲覧。 
  12. ^ “米大統領がシリア軍事行動に向けた姿勢崩さず、G20内の溝浮き彫り”. ロイター. (2013年9月6日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE98501J20130906 2013年11月3日閲覧。 
  13. ^ “ロシアでG20開幕、シリア介入各国の対立鮮明に”. CNN. (2013年9月6日). http://www.cnn.co.jp/world/35036892.html 2013年11月3日閲覧。 
  14. ^ 毎日jp. “シリア:化学兵器使用疑惑 菅官房長官「情勢悪化責任、アサド政権に」”. 2013年11月3日閲覧。
  15. ^ 毎日jp. “シリア:化学兵器使用疑惑 菅官房長官「情勢悪化責任、アサド政権に」”. 2013年11月3日閲覧。
  16. ^ http://commons.wikimedia.org/wiki/File:KFC-Damascus.JPG
  17. ^ http://whc.unesco.org/ja/list/?iso=sy&search=& 世界遺産センター-シリア
  18. ^ http://www.unesco.or.jp/isan/list/list_3/ 世界遺産一覧-五十音順国別リスト(サ行)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

日本政府
その他