ハマース

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パレスチナ問題
アラビア語:قضية فلسطينية
ヘブライ語:פלשתינאי הסכסוך הישראלי
戦争
中東戦争
第一次 第二次 第三次 第四次
国家
イスラエル パレスチナ自治区
国際連合 アメリカ
地域都市
パレスチナ エルサレム テルアビブ
宗教
イスラム教 サマリア人 キリスト教 ユダヤ教
主義
シオニズム イスラム原理主義
文書
バルフォア宣言 フサイン=マクマホン協定
サイクス・ピコ協定 パレスチナ分割決議
団体
ハマス リクード
人物
パレスチナ人の一覧 イスラエル人の一覧
ナセル ラビン ヤセル・アラファト

ハマースحماسḤamās)は、パレスチナイスラム主義団体で、パレスチナ解放運動の諸派のうち、いわゆるイスラム原理主義の代表的な組織、あるいは政党野党)である。1987年12月14日、ムスリム同胞団とイスラム・ジハードのパレスチナ支部に基づき、アフマド・ヤースィーンによって創設された(文化・啓蒙組織として、イスラエルにより公式登録)。日本の報道などでは「ハマス」と呼ばれる事が多い。

正式名称はイスラーム抵抗運動حركة المقاومة الاسلاميةHarakat al-Muqāwama al-Islāmīya)といい、各単語のアラビア文字の頭文字ح(Ḥ)、م(M)、ا(Ā)、س(S)を取ってحماس(ハマース、アラビア語で「熱情」という意味)と通称される。

アメリカ合衆国、欧州、サウジアラビアヨルダン(1999年にヨルダン当局により閉鎖)、シリアレバノンイラン等に支部を有する。シリアとレバノンには、教育キャンプが存在する。

目次

[編集] 概要

1980年代第1次インティファーダ時代に、ヤーセル・アラファートパレスチナ解放機構(PLO)と一線を画した民衆レベルでのイスラエル抵抗運動を組織、パレスチナ解放運動を広めた。

1990年代にはPLOが進める中東和平に反対した。和平がイスラエル側の推進者イツハク・ラビン暗殺をきっかけに崩壊に向かった後、2000年、右傾化したイスラエルによってパレスチナへの圧力が強まるとその抵抗運動の中心組織となり(第2次インティファーダ)、自爆テロ(Suicide bombing,直訳すると「自爆攻撃」だが、日本の報道では「テロ」と訳されることが多い)を犯し、多数のイスラエルの兵士・入植者に加えて一般市民を多数殺傷してきている。

これに対してイスラエル当局側はハマースを抑えこむ政策を取り、2004年3月22日、創設者のアフマド・ヤースィーン師が、彼の暗殺を目的としたイスラエル軍ヘリの攻撃により殺害された。翌日最高幹部のひとりアブドゥルアズィーズ・アッ=ランティースィーが後継者を宣言したが、同年4月17日にイスラエル軍ヘリの攻撃を受け暗殺された。

イスラエルや欧米側からは、ハマースは自爆テロばかりやる過激な連中であるという印象が広まっているが、パレスチナ住民にとっては、機能不全に陥っている自治政府にかわって、医療教育などの福祉をおこなっている自助組織の意味合いが強い。そういったこともあって、ハマースは、2004年12月から行われたパレスチナ地方議会選挙においては過半数の議席を獲得した。

また、2006年1月のパレスチナ評議会選挙でも貧困層を中心に支持を広げ、過半数の議席を占めるなど圧勝した。3月29日、ハマースのイスマイル・ハニーヤ首相となり、パレスチナの政権参加を果たした。これにより、中東和平プロセスは重大な局面を迎えた。

アメリカ合衆国EU日本などの先進国ではハマースが主権を握ったことについて中東和平の弊害になると思われている為、非難している。これらの各国はパレスチナへの援助を差し止めた(7月、日本は世界食糧計画などを介した形で再開)。

しかし、国際連帯運動(ISM)、パレスチナ・メディア・ウォッチ の活動家パトリック・オコナーによると、ハマースは政権参加後、おおむね停戦を守っていると指摘。2000年から2006年11月3日までの、パレスチナ側とイスラエル側の犠牲者数の比率は39:10である。しかし、2006年は258:10で、3月のハマースの政権参加後に限ると、762:10にまで差が広がったという(Israel's Large-Scale Killing of Palestinians Passes Unreported、英語)。にもかかわらず、米国やそのマスコミは一方的にハマースを非難し続けていると批判した。

ハマースはヤースィーンとランティースィーが相次いでイスラエル軍に殺害されたため、次のリーダーを安全のために公表しなかった。 しかし、2005年9月3日に軍事部門の司令官達を公表した。このトップにいるのが、ムハンマド・ディーフである。

事実上の最高指導者は、ハマース政治局長のハーリド・マシャアル1997年モサドに毒殺されかけたことがあるが、ヨルダン国交断絶をも視野に入れて解毒剤をイスラエルに要求したため、一命を取り留めた。その後ヨルダンを追われたが、パレスチナには入らず、シリアに逃れた。2007年5月21日、イスラエルのアビ・デヒテル警察長官(警察相)は、「見つけ次第、軍は彼を片づける」とマシャアルの暗殺実行を公言した。

また、デヒテルはハニーヤ首相についても、「(イスラエルに対する)攻撃命令を出している者の中にハニーヤが連なっているならば、彼も正当な(暗殺の)標的となる」と述べた。

2007年6月12日、ハマースはガザ地区の武力占拠に及び、ファタハとの挙国一致内閣は崩壊、事実上内戦状態に突入した。

同年7月、ハマース配下にあるTV局がイスラエルに抵抗することを呼びかけるミッキーマウスに酷似したキャラクター「ファルフル」が登場する子供向け番組の最終回が放送され、その中で「ファルフル」がイスラエル当局者に扮した男に暴行される映像が流された。「視聴者の子供に悪影響を与える」としてイスラエルが抗議声明を出している。

政権の座から追われた現在も、評議会では依然過半数を握っている。そのためファタハ側は評議会を開会せず、非常事態宣言を根拠に組閣している。ハマース側は「ハニーヤ内閣こそ正当政府」として、ガザでは単独で自治政府を運営して、内閣を組織しているが、イランシリア以外の国際社会が、いち早く西岸のファタハ単独内閣を承認したため、現在は孤立しているのが現状である。 また、連立政権時代は自制していたカッサーム・ロケット砲のよるイスラエル領内への攻撃も再開したため、イスラエル軍によるガザ攻撃を招く口実を与えてしまっている。

こうしたハマースの強硬一辺倒の態度に対して、かつて連立政府の報道官を務めたガーズィー・ハマド氏は現在のハマース指導部の対応を批判する文書を発表している。

シャリーアに基づく統治を目指しているため、当然のことながら現代国際社会において要求される水準の人権のうち、いくつかに対して反対しており、とりわけ同性愛者には敵対的である[1]。このためイスラエルによるパレスチナ強占に反対している国際社会の知識人であっても、ハマスに対する危惧が存在している。

[編集] 機構

[編集] 合法部門

ハマースは、当局の干渉を避けるために、4つの独立的な部門に分かれている。

  • ダヴァフ:インフラ拡張、メンバーの募集、宗教裁判、資金調達及び配分
  • 街頭行動の組織・調整部門
  • アマン:イスラエルの協力者に関する情報の収集
  • ア=アリャムプロパガンダ用のビラ、出版物の配布、テレビ・ラジオでの活動

ハマースの指導機関は、マジリス・アル=シューラ(評議会)である。政治局は、総合戦略を立案し、各部門の活動分野と機能を決定する。ラビタート・ウリャマ・フィラスティン(パレスチナ・ウラマー協会)は、イスラームの観点からハマースの活動に合法性を与える。

[編集] 非合法部門

武装闘争のための非合法部門は、以下の2つのグループに統合されている。

  • アル=ムジャーヒディーン・アル=ファリスティニウン(パレスチナ聖戦士):1987年のインティファーダ以来勢力を拡張し、反イスラエル闘争のリーダー的存在となった。
  • ジェハズ・アマン(保安部門):配下に執行機関であるマジドを有し、イスラエルの協力者の暗殺に従事している。

ハマースの機構には、シャヒード(自爆テロ)部隊も存在する。隊員は、イスラエルから被害を受け、ユダヤ人を憎悪する18歳から27歳の住民から選抜される。ハマースの宗教指導者は、イスラエル撃滅という聖なる目的で死ねば、天国に行けると彼らを納得させている。

ハマースの軍事部門には、イッズッディーン・アル=カッサーム大隊が存在し、イスラエル人及びその協力者の誘拐・暗殺に従事している。1992年以降の大規模なテロ活動の大部分は、同大隊の仕業とされている。

[編集] 関連項目