ガンビア

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ガンビア共和国
Republic of The Gambia
ガンビアの国旗 Coat of Arms of The Gambia.svg
国旗 国章
国の標語:Progress, Peace, Prosperity
(英語: 進歩、平和、繁栄)
国歌わが祖国ガンビアのために(For The Gambia, Our Homeland)
ガンビアの位置
公用語 英語
首都 バンジュール
最大の都市 セレクンダ
政府
大統領 ヤヒヤ・ジャメ
副大統領 イサトウ・ンジエ=サイディ
面積
総計 11,300km2159位
水面積率 11.5%
人口
総計(2011年 1,780,000人(???位
人口密度 137人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 139億[1]ダラシ
GDP(MER
合計(2008年 8億[1]ドル(167位
GDP(PPP
合計(2008年 22億[1]ドル(160位
1人あたり 1,389[1]ドル
独立
 - 日付
イギリスから
1965年2月18日
通貨 ダラシGMD
時間帯 UTC (0)(DST:なし)
ISO 3166-1 GM / GMB
ccTLD .gm
国際電話番号 220

ガンビア共和国(ガンビアきょうわこく、Republic of The Gambia)、通称ガンビアは、西アフリカ西岸に位置する共和制国家2013年までイギリス連邦加盟国であった。西は大西洋に面し、北大西洋に面したガンビア川の河口を除いた全土をセネガルに取り囲まれている。首都はバンジュール

国名[編集]

正式名称は Republic of The Gambia (リパブリック・オブ・ザ・ガンビア)。通称 The Gambia (ザ・ガンビア)。

日本語の表記は、ガンビア共和国。通称ガンビア。漢字による当て字は岡比亜

歴史[編集]

ガーナ王国[編集]

10世紀から13世紀頃までガーナ王国に属していた。

マリ帝国[編集]

13世紀から15世紀まではマリ帝国に属した。13世紀にマリンケ族の商人がイスラム教を広め、18世紀まで強い影響力を持っていた。

植民地時代[編集]

15世紀中頃、ポルトガル人ガンビア川下流域に商業拠点を建設した。16世紀にイギリスが進出、その後フランスと争った末、1783年に植民地となる。1821年en:Gambia Colony and Protectorateが成立。奴隷貿易が行われていた植民地支配の痕跡をとどめる遺構の数々は、「クンタ・キンテ島と関連遺跡群」として、ユネスコ世界遺産に登録されている。

1959年ダウダ・ジャワラマリンケ人の支持により、人民進歩党英語版(PPP)を結成。

独立[編集]

1963年ジャワラが首相になり、自治権を獲得。1965年英王を元首とする立憲君主国英連邦王国)として独立。1970年共和制に移行し、ジャワラが大統領に就任した。1981年7月に軍副将軍によるクーデターが起こるも、セネガル軍の介入により鎮圧される。1982年2月1日セネガルとセネガンビア国家連合を形成したが、1989年9月両国の関係悪化に伴い国家連合を解体した。

クーデター・軍政期[編集]

1994年7月ヤヒヤ・ジャメ中尉による無血軍事クーデターが発生し、長期政権となっていたジャワラ大統領はセネガルへと亡命している。軍政となったが1996年9月に大統領選挙でジャメ大統領が当選。1997年1月に国民議会選挙の実施により民政へと復帰した。

政治[編集]

第2代大統領ヤヒヤ・ジャメ

ガンビアは共和制大統領制を採用する立憲国家である。現行憲法1970年4月24日に制定され、幾度かの改正を経たもの。

国家元首である大統領は国民による直接選挙で選出され、任期は5年。再選制限はない。大統領の強大な権力は憲法により保障されている。副大統領職あり。

行政府たる内閣は閣僚で構成されるが、実際の行政権は大統領が行使し、内閣はその執行機関に過ぎない。よってその権力は極めて小さく、大統領の補佐機関であるといえる。首相職もなく、全閣僚は大統領が任免する。

立法府一院制の国民議会で、53議席により構成される。うち48議席は国民の直接選挙、残りは5議席は大統領が任命する。議員任期は5年。

最高司法機関は最高裁判所である。

主要政党には、1996年設立の愛国再建同盟 (APRC) があり、ヤヒヤ・ジャメ大統領の下、強力な支配体制を敷いている。その他にも人民進歩党英語版(PPP)、統一民主党(UDP)などがある。

ヤヒヤ・ジャメ大統領の夢にて先祖が告げたとされるエイズ治療薬(ハーブ香辛料からなる薬湯)に、効果があると感染者からの声があがっている一方、医療専門家らの間では「患者たちに誤った希望を抱かせる」との懸念が広がっている。

国際関係[編集]

隣国のセネガルと関係が深く、かつて1982年から1989年までセネガンビア国家連合を形成していたが、方向性の不一致により解散した。しかし現在は再び良好な関係にある。

ガンビアはパレスチナを国家承認しており、イスラエルの存在を認めていない。背景としてガンビア国民のほとんどがイスラム教徒であるため、同じイスラム教徒であるパレスチナ人に対して非常に同情的であることが挙げられる。またガンビアの大統領ヤヒヤ・ジャメは厳格なイスラーム主義者かつ、徹底した反米・反イスラエル主義者でもあり、ガザ紛争 (2008年-2009年)においてはイスラエルを激しく非難している。このため、同じ反米路線を採る国であるイランシリアベネズエラといった国との関係を強化している。

また世界で数少ない、中華民国台湾)の承認国でもあった。しかし、2013年11月15日、ガンビアは台湾と国交を断絶したことが判明した。「国家の戦略的利益のため」としている[2]

地方行政区分[編集]

ガンビアの行政区分

ガンビアは5つの地方と1つの市に分かれる

  1. バンジュール (Banjul)
  2. ガンビア川上流地方(Upper River)
  3. ガンビア川中流地方(Central River)
  4. ガンビア川下流地方(Lower River)
  5. ノースバンク地方(North Bank)
  6. 西部地方 (Western)

主要都市[編集]

主要な都市はバンジュール(首都)やセレクンダがある。

地理[編集]

ガンビアの地図
ガンビアの衛星写真

ガンビア川の両側に国土を有し、最大幅は48kmに過ぎない。アフリカ大陸最小の国で1,300平方kmをガンビア川が占める。ガンビアはかつてイギリス領であり、イギリスとフランスが1889年にガンビア川の約200マイルをイギリス領とすることで合意した。

国土の大部分がサバンナ地帯である。

経済[編集]

農業が主で落花生が主要生産品。近年観光業がさかんになり、英語が通じることもあってヨーロッパ諸国から気軽に行ける観光地となっている。

交通[編集]

3,000トン級の船舶が内陸のジャンジャンブレアまで航行可能である。バンジュールにあるユンダン国際空港アメリカスペースシャトルが不時着できるよう、NASA1989年に改修した。バンジュール港はアフリカ西海岸で有数の天然港である。

国民[編集]

ガンビア女性とその子供

民族[編集]

2003年のセンサスによれば、マンディンカ人が42%、フラ人が18%、ウォロフ人が16%、ジョラ人が10%、セラフリ人が2%、その他のアフリカ系民族が4%、非アフリカ人が1%となっている[3]アクと呼ばれる解放奴隷クレオール人も少数だが存在する。

アレックス・ヘイリー原作のアメリカ黒人奴隷を描いたドラマ、『ルーツ』に登場するクンタ・キンテもガンビア出身のマンディンカ人がモデルとなっている。

言語[編集]

公用語英語だが、マンディンカ語フラニ語ウォロフ語などが日常的に使われている。

宗教[編集]

ムスリムが90%、キリスト教が8%、アフリカ在来宗教が2%となっている[3]

教育[編集]

教育制度はイギリスの制度を基にしている。2010年の推計によれば、15歳以上の国民の識字率は50%(男性:60% 女性:40.4%)である[3]。2011年の教育支出はGDPの3.9%だった[3]

高等教育機関として、バンジュール郊外のカニフィングガンビア大学(1999年)が存在する。

文化[編集]

世界遺産[編集]

ガンビア国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が2件登録されている。

祝祭日[編集]

祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日 New Year's day
ヒジュラ暦第12月10日から タバスキ Tobaski 2005年は1月21日
2月18日 独立記念日 Independence Day 祝日
3月25日 聖金曜日 Good Friday 日付は2005年
3月27日 復活祭 Easter 日付は2005年
5月1日 メーデー Labour day
ヒジュラ暦第3月12日 預言者生誕祭 Prophet's Birthday 2005年は4月21日
7月22日 共和国の日 Republic Day 祝日
8月15日 聖母被昇天 Holy Maria day
ヒジュラ暦第10月1日~3日 イード・アル=フィトル
ラマダーン明けの祝日)
Eid-Al-Fitr 2005年は11月3日~5日
12月25日 クリスマス Christmas Day

通信とメディア[編集]

国営のGRTSはガンビアで唯一の放送局である。

脚註[編集]

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  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年7月18日閲覧([1]
  2. ^ “台湾にガンビアが断交通告 「国家の戦略的利益のため」”. 産経新聞. (2013年11月15日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/131115/chn13111511340004-n1.htm 2013年11月15日閲覧。 
  3. ^ a b c d CIA World Factbook "Gambia"2013年7月3日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]