憲法

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憲法(けんぽう)とは、国家権力の組織や権限、統治の根本規範()となる基本原理・原則を定めた法規範をいう(「法的意味の憲法」)。ただし、法規範ではなく国家の政治的統一体の構造や組織そのものを指す場合もある(「事実的意味の憲法」)[1]

憲法学上の憲法概念の区分[編集]

事実的意味の憲法と「法的意味の憲法」[編集]

憲法学上、「憲法」の概念は、事実的意味として国家の政治的統一体の構造や組織を指す場合(「事実的意味の憲法」)と法的意味として国家の基本法・根本法を指す場合(「法的意味の憲法」)に分けられ、後者が法規範であるのに対して前者は事実状態そのものを指すもので混同すべきでないとされる[2]

そもそもドイツ語Verfassung英語のconstitutionには国家の政治的統一体の構造や組織そのものの意味が含まれている[3]。そのため、これらの概念が法的意味で区別して論じられる場合には、それぞれドイツ語ではVerfassungsgesetz、英語ではconstitutional lawと表現される[4]。通常、日本語で「憲法」というときは後者の法的意味の憲法を指し(「憲法律」と訳されることもある)[5]、事実的な意味の憲法(事実状態としての憲法)を指す場合には、「国制」、「政治体制」などという語を用いるのが一般的である。

憲法の概念を整理したものではカール・シュミットの『憲法学』(Verfassungslehre)が有名である。彼は憲法の概念を、絶対的な意味、相対的な意味、実定的な意味などに区別した。

絶対的意味とは、さらに次のように分類できる。

  1. 公共体の秩序そのもの
  2. 国家の政治体制
  3. 国家の統合のあり方
  4. 根本規範

1.-3.は上記の「事実的な意味」に相当する。特に、3.はルドルフ・スメントの統合理論に依拠した憲法概念であり、戦後の憲法学に大きな影響を与えた点で注意を要する。4.は「法的な意味」に相当する。

次に、相対的な意味とは、法体系上で他の規範(法)と比較して優越性が明確な表記を持つことをいう。特に最高法規性が認められていることをいう。

第三に、実定的意味とは憲法制定権力により行われた立法的な根本決定を指す。憲法制定権力により作られた権力(憲法を改正する権力)はこの根本決定に反することはできない。つまり、このような根本的決定は、憲法の相対的な意味においては、違憲立法審査権または改正禁止条項として現れる。

法的意味の憲法(「実質的意味の憲法」と形式的意味の憲法)[編集]

法概念としての憲法は実質的な意味と形式的な意味に区別されることがあり、これはドイツの通説を受け継いだものである。

実質的意味の憲法とは内容により憲法かそうでないかを区別するものである。すなわち、前述の憲法の絶対的な意味にあたる。例えば、イギリスでは「憲法」と表記された成文法がないが、人身保護法、王位継承法、議会法などの憲法の内容にあたる成文法が存在する。

形式的意味の憲法とは形式的に表記によって憲法かそうでないかを区別するものである。すなわち、前述の憲法の相対的な意味にあたる。憲法という形式を与えられた成文法(憲法典)を指す。形式的意味の憲法を持つのが成文憲法の国であり、これがないのが不文憲法の国である。第二次世界大戦後に独立した多くの国家は成文憲法をもつ。形式的な意味の憲法に含まれるものの実質的な意味の憲法に含まれないものとしては、「出血前に麻酔させることなく動物を殺すこと」を禁止したスイス憲法旧25条の2がしばしば引用される。

実質的意味の憲法の概念がなぜ必要かということを説明するためには、憲法学の対象は何かということを考えてみればよい。憲法学とは法制度から国家を認識する学問である。このとき、「憲法」という表記がないという理由で、他の成文法を対象から外してしまったら、少なくとも正確に認識することはできなくなる。つまり、実質的意味の憲法とは憲法学の対象を法体系の中で一線を画する概念である。この結果、法概念としての憲法はひとり憲法典のみではないことになるのである。

実質的意味の憲法(固有の意味の憲法と「立憲的意味の憲法」)[編集]

実質的意味の憲法に着目したとき、古今東西のいかなる国家にも一定の統治の秩序が存在する以上、統治の根本規範という意味での固有の意味の憲法(用語法として不適切との説もあるがすでに定着している)は存在するものである。しかし、その中で、特に、西欧近代以後において現れた専断的な権力を制限して広く国民の権利を保障するという立憲主義の思想に基づく憲法が立憲的意味の憲法である。カール・シュミット的に言えば、理想としての憲法である。これは、権力分立や人権保障など特定の理想・価値を謳うものしか憲法として認めないという態度であり、特にフランス革命アンシャン・レジームを打倒するイデオロギーとして機能した(アンシャン・レジームのフランスにおける王国基本法は固有の意味の憲法の典型であり立憲的意味を有しない)。もともと西欧近代に特殊であるこれらの価値は、他の文化圏を啓蒙(西欧化)することによって、今日ではいくぶん普遍性を帯びるようになってきている。1992年では少なくとも、権力の集中よりも権力の分立が優れた統治体制であり、また、人権蹂躙よりも人権保障のほうが優れた統治体制であるという程度のコンセンサスは国際社会で成立しているものと思われる(これは必ずしも当然のことではない)。

憲法の本質[編集]

近代的な立憲主義においては、憲法の本質は基本的人権の保障にあり、国家権力の行使を拘束・制限し、権利自由の保障を図るためのものであるとされる。

  • 最高法規性
  • 制限規範
  • 授権規範

違憲審査と法源[編集]

法源論とは、法規範というものがどこから生じるか(法の渕源)、一般的に裁判官が裁判を行う際に基準となるものは何かという問題である。法文化や時代の違いによって法源は変わる。形式的に存在する法を法源とするとき、制定法、慣習法、判例法、条理の4種類がある。また法規範が生まれた事実が認められれば、それも法源とする

いわゆる大陸法系の国においては、制定法が主要な法源であるのに対し、いわゆる英米法系の国においては、裁判官による判例が第一次的な法源である。大陸法系の国においては、判例法は法源ではないと考えられている。ただし、大陸法系の国においても英米法系の国においても判例法は存在し、両者の違いは効力の差であると考えることもできる。換言すれば、ある国家で制定法が慣習法・判例法に優越するのか、慣習法・判例法を越えない範囲の制定法かの差である。

成文憲法は制定法の一種であるため、制定法が慣習法に優越する法文化の場合、違憲審査のときには唯一の法源となる。

制定法は慣習法と異なり、明確であり安定的であるという特長を有するが、そのために、歴史の変遷による事情の変更に当然についていくわけではないという短所を有する。このため、制定法ついては法規範と現実の間隙を埋める作業が必要となる。

それには、解釈と改正の2つの手法がある。解釈は、裁判官その他の法律家が、拡大解釈縮小解釈反対解釈類推解釈などの方法を用いることにより、制定法の意味内容を実質的に変更して、制定法を現実に適合させ法源とすることである。これに対し、改正は、憲法を法源として制定法の意味内容を変更する手続をとること(つまり、アクトゥス・コントラーリウスactus contrarius)を制定すること)によって、制定法を現実に適合させ新たに法源とすることである。

解釈は事案の内容に適した形で臨機応変に行えるという長所を有するが、民主的正統性に問題がある。これに対し、改正は正規の手続を経るために民主的正統性を完備するが、複雑な手続を必要とするために迂遠である(そのため、改正が必要でも放っておかれることが多い。このため、解釈が必要となる)。

憲法の解釈[編集]

憲法に解釈が必要なのは、時代の要請に応えるためという理由のほか、憲法の欠缺を埋め、また、憲法の規定を事案に沿って具体化するという理由からである。

一般的な解釈原理
一般に、法の解釈においては次の4つの解釈原理が認められている。
  • 文言解釈
  • 歴史的解釈
  • 体系的解釈
  • 目的論的解釈
憲法解釈の特殊原理
  • 憲法の一体性の原理
  • 実益調整の原理
  • 権限作用的正義の原理
  • 統合的効果の原理
  • 憲法の規範力の原理

憲法そのものの改正[編集]

憲法には、硬性憲法と軟性憲法がある。硬性憲法は普通の法律より改正手順をより厳しくしている憲法で、軟性憲法は憲法を普通の法律と同じように扱い、改正に特別な手順を必要としない憲法である。対して、イギリスの憲法は軟性憲法といわれていて不文憲法のため、改正すべき憲法がないという説もある。立憲的な意味の成文憲法では、改正手続きを憲法典中に持つ。

憲法の改正は時代に対応して行われており、環境権プライバシー知る権利など、新しく生まれた概念が盛り込まれた憲法も多い[6]

シャリーア憲法[編集]

一部のイスラム教国ではイスラム教の教典であるクルアーンが憲法と位置づけられている。1992年3月のサウジアラビアでは統治基本規則第1条で「憲法はクルアーンおよびスンナとする」と定められており、イスラム教の教典が不文憲法となっている国である。このため、憲法の改正はいかなる手続きをもってしても絶対にできない。

憲法の種類[編集]

形式的意味による分類[編集]

成文憲法(成典憲法)
憲法典として制定された憲法。第二次世界大戦後では、多くの国は成文憲法を有する。
不文憲法(不成典憲法)
憲法典として制定されていない憲法。イギリスが代表例である。憲法が成文の単一の法典という形式の法規範では存在せず、議会法などの主要な法律、憲法判例、憲法慣習、憲法習律の総体が実質的意味の憲法である。

改正手続による分類[編集]

硬性憲法
憲法改正手続に普通の法律改正以上に厳格な手続を要求する憲法。アメリカ合衆国憲法をはじめ多くの国家の憲法が属する。
軟性憲法
憲法改正が普通の法律改正と同様の手続で行いうる憲法をいう。イギリス憲法など少数の国家の憲法が属する。

制定主体による分類[編集]

制定の主体に着目して憲法を分類することもある。

欽定憲法
君主によって制定された憲法(大日本帝国憲法など)。
民定憲法
(直接または間接に)人民によって制定された憲法。
協約憲法
君主と人民により制定された憲法。
条約憲法
連邦国家の憲法がその構成主体間の条約によって成立した場合のもの(ビスマルク憲法アメリカ合衆国憲法など)

憲法の歴史[編集]

各国の歴史のそれぞれの時代、特に近代以降の諸制度を論述するときに法制面に注目した場合「憲法史」または「国制史」と呼ばれる。

比較憲法の論述では、憲法制定時に影響を与えた国と影響を受けた国のそれぞれの憲法の相互関係の系統を捉えることができる。

憲法の表記[編集]

語源[編集]

現代日本語における「憲法」とは、ドイツ語の「Verfassung」または「Konstitution」、英語フランス語の「Constitution」に対する訳語である。

中国語としての「憲法」の最初期の用例は春秋時代紀元前770年 - 紀元前476年)の左丘明が編纂したといわれる國語の晉語九:「賞善罰姦、國之憲法也」の一文である。

元来、日本にはこれに相当する概念がなかった。穂積陳重の『法窓夜話』によれば、1873年明治6年)に、箕作麟祥がフランス語の「Constitution」に「憲法」なる訳語を当てたのが始まりという。なお、1874年(明治7年)には地方の政治に関して「議院憲法」という名称の詔勅が出ている[7]

明治の当初は、「政体」[8]、「国法」、「国制」、「国体」、「朝綱」など、さまざまな訳語が使用されていたが、時代を経るにつれて「憲法」が定着してきた。上記のうち、「国制」という訳語は法史学において現在も用いられる。第二次世界大戦前の大日本帝国憲法下では、「国体」は天皇を中心とする日本のあり方としての意味で使われていた。

前述の通り、国家の統治や国家を拠所とする組織の基本原理・原則を定める根本規範としての固有の意味の憲法は、国家が国家である限り、明文化されているかどうかはともかく、何らかの形で存在するものである。この意味での憲法は古来から日本にも存在しており、飛鳥時代の本格的な大宝律令以来法典化されている。

もともと、「Verfassung」などの原語は、もののあり方とか状態とかを指す語であり、そこから転じて国家のあり方を示すようになった。つまり、もっとも基本的な意味は国家のあり方という意味である。日本語の「憲法」には「法」という概念が既に組み込まれているため、このような事実的なフェアファッスングの概念をともすれば捉えそこなうことがあるので注意が必要である。法史学で「国制」の語を用いるのはそのような事情を斟酌した結果であろう。1995年平成7年)改正前刑法77条(内乱罪の規定)には「朝憲」、改正後の同条には「国の統治機構」という語が用いられている。1935年昭和10年)の大審院五・一五事件判決では、朝憲紊乱とは国家の政治的基本的組織を不法に破壊することであるとされている。

憲法と国法[編集]

日本では「憲法(独:Verfassungsrecht)」と呼ばれる科目であるが、ドイツでは通常「国法(独:Staatsrecht)」と呼ばれる。

ドイツの憲法学で言う国法とは、次のものを総称する概念である。

  1. 国家の基盤を規律する法規範
  2. 最高国家機関の構造と活動を規律する法規範
  3. 市民の国家に対する権利を規律する法規範

各国の憲法[編集]

著名な憲法学者[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 佐藤幸治『憲法』青林書院 16~17頁
  2. ^ 佐藤幸治『憲法』青林書院 16~17頁
  3. ^ 佐藤幸治『憲法』青林書院 16~17頁
  4. ^ 佐藤幸治『憲法』青林書院 16~17頁
  5. ^ 芦部信喜『憲法学Ⅰ憲法総論』有斐閣 3頁
  6. ^ a b 『図解による法律用語辞典』 自由国民社(原著2006年2月26日)、補訂2版。ISBN 9784426401146
  7. ^ 板垣退助 監修『自由党史(上)』遠山茂樹、佐藤誠朗 校訂、岩波書店(岩波文庫)1992年、148~149頁
  8. ^ 政体書など。

関連項目[編集]

参考文献[編集]