ヤヒヤ・ジャメ

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ヤヒヤ・ジャメ
Yahya Jammeh
Yahya Jammeh.png

任期 1994年7月22日

出生 1965年5月25日(49歳)
政党 愛国再建同盟

ヤヒヤ・アブドゥル=アズィーズ・ジェムス・ジュンクング・ジャメ(Yahya Abdul-Aziz Jemus Junkung Jammeh、1965年5月25日 - )はガンビア共和国の政治家。第2代大統領。日本の外務省のホームページでは「ヤヤ・ジャメ」と表記されている[1]

来歴[編集]

1994年7月にガンビア軍中尉として起こした無血軍事クーデターにより、ダウダ・ジャワラ大統領から実権を掌握。軍事暫定統治評議会議長として、ガンビアを統治。それまでの腐敗政治を改めた功績により、1996年の民主選挙で大統領に選出された。政党として愛国再建同盟を設立し、2001年2006年2011年に再選されている。

2014年12月30日、ドバイ訪問中に軍の脱走兵と大統領警護隊の一部によるクーデターが発生。大統領府が攻撃を受けるが、当日中に鎮圧される[2]

政策[編集]

2008年5月、国内の同性愛者に対して国外退去か死刑かを選ばせる通告を発した[3]

2009年、親族の死に魔女が関与していると疑い、ギニアから呪術師を呼び寄せ魔女狩りを行う。魔女狩りによって1,000人以上の女性が拉致され、幻覚剤の投与や呪術師からの強姦を受け、少なくとも8人が死亡したとされる[4]。魔女狩りを恐れてセネガルに脱出する住民が相次ぎ、また、魔女狩りを批判した野党指導者をスパイ容疑で逮捕している[5]

2013年10月2日、それまで加盟していたイギリス連邦を「新植民地主義の機構」と批判。連邦からの脱退を宣言[6]し、2014年3月6日には英語を公用語から外すと発表した[7]

1995年台湾と国交を結んで以来、台湾の国際連合加盟を支持するなど友好関係を維持してきた[8]が、2013年11月14日に台湾との外交関係を解消すると発表[9]。これに対し、11月18には台湾もガンビアとの断交を発表した[10]

人物[編集]

保守的で厳格なムスリムとして知られている[3]。また、スポーツ好きとしても知られ、同じくスポーツ好きの馬英九台湾総統と会談した際には腕立て伏せ勝負を挑んでいる[11]

宗主国であるイギリスに対し、「象牙取引のためにガンビアに現れ、その後アフリカ人を売り始めた」「奴隷制を確立したイギリスに人権を語る資格はない」と発言している[7]

2007年エイズの治療薬を作ったと発表するが、実際にはハーブを煮出しただけのもので、専門家から「偽りの期待を抱かせる」として非難を受ける[12]

脚注[編集]

  1. ^ “外務省:ガンビア共和国”. 外務省. http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/gambia/data.html 2014年12月31日閲覧。 
  2. ^ “ガンビアでクーデター未遂、容疑者ら死亡”. msn. (2014年12月31日). http://www.msn.com/ja-jp/news/world/%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%93%E3%82%A2%E3%81%A7%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%BF%E3%83%BC%E6%9C%AA%E9%81%82%E3%80%81%E5%AE%B9%E7%96%91%E8%80%85%E3%82%89%E6%AD%BB%E4%BA%A1/ar-BBhnkXT 2014年12月31日閲覧。 
  3. ^ a b “President plans to kill off every single homosexual”. Africa news. (2008年5月17日). http://en.afrik.com/article13630.html 2014年12月31日閲覧。 
  4. ^ “ガンビアで大々的な「魔女狩り」、政府が支援か”. AFP通信. (2007年11月17日). http://www.afpbb.com/articles/-/2664522 2014年12月31日閲覧。 
  5. ^ “ガンビアで“魔女狩り” 千人連行、迫害と人権団体”. 47NEWS (共同通信). (2009年3月21日). http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009032101000195.html 2015年1月2日閲覧。 
  6. ^ “西アフリカのガンビア、英連邦から脱退”. 日本経済新聞. (2013年10月3日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM0301X_T01C13A0FF2000/ 2015年1月2日閲覧。 
  7. ^ a b “ガンビア大統領、「公用語から英語外す」と英語で発表”. AFP通信. (2013年3月15日). http://www.afpbb.com/articles/-/3010384 2015年1月2日閲覧。 
  8. ^ “陳水扁総統がガンビア共和国のジャメ大統領と会談”. 台北駐日経済文化代表処. (2007年12月6日). http://www.roc-taiwan.org/JP/ct.asp?xItem=47005&ctNode=1453&mp=202&nowPage=85&pagesize=30 2015年1月2日閲覧。 
  9. ^ “台湾にガンビアが断交通告 「国家の戦略的利益のため」”. 産経ニュース (産経新聞). (2013年11月15日). http://www.sankei.com/world/news/131115/wor1311150017-n1.html 2015年1月2日閲覧。 
  10. ^ “台湾もガンビアとの断交宣言”. 日本経済新聞. (2013年11月18日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM18014_Y3A111C1EB1000/ 2015年1月2日閲覧。 
  11. ^ “馬総統、ガンビア大統領と腕立て伏せ勝負”. 中央社フォーカス台湾. (2012年4月12日). http://japan.cna.com.tw/news/apol/201204120004.aspx 2015年1月2日閲覧。 
  12. ^ “ガンビアで公務員が週休3日に、「祈りの時間増やす」”. ロイター. (2014年1月21日). http://jp.reuters.com/article/idJPTYE90K01S20130121 2014年12月31日閲覧。 
公職
先代:
ダウダ・ジャワラ
ガンビアの旗 ガンビア共和国大統領
1996年まで軍事暫定統治評議会議長
第2代:1994 -
次代:
(現職)