自由

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インドの父と呼ばれたガンジーは植民地支配からの自由を訴えそれを実現した

自由(じゆう、: freedom, liberty)とは、他のものから拘束・支配を受けないで、自己自身の本性に従うことをいう。ここでは、「自由奔放」、「無邪気」と捉えられる自由(: free, freewheeling)については説明しない。

目次

[編集] 「フリーダム」と「リバティ」

「フリーダム; freedom」と「リバティ; liberty」は、ともに自由と訳される。現在、この2つの語はほぼ同じ意味で用いられるが、その意味合いは微妙に異なっている。

フリーは古英語frēo に由来し、束縛や拘束がなく義務を免除された状態、すなわち自由の消極的側面 (しなくてよい)が強調される。一方リバティはラテン語libertas が語源であり、選択や行動・発言の権利が保障された状態、つまり積極的側面(してよろしい)に比重が置かれる。

両者の共通点は、現在的意味合いの自由とは異なる意味で用いられた点である。freedom および liberty の用法にも残っているが、近世までは特権を意味する語であった。民衆の持ちえない権利を有している状態が freedom または liberty であった。1729年に出版された辞書によれば、権利付与や時効によって得られる高貴なる者の特権と定義され、但し書きで「一部で、各人が思うように行動できる力という意味でも用いられてきている」と言及されている[1]

[編集] 近現代における自由

近代における自由の概念は、他者の意志にではなく、自己自身の意志に従って行為することとして捉えることができる。この自由概念が封建的な身分制からの解放という思想を導き、ヨーロッパにおける市民革命を育んだ。社会契約説では、政府による統治がその正当性を獲得するのは、社会契約に対する被統治者の同意によるとされた上、社会契約を破った政府に対しては、これを覆す権利(革命権)があると説かれている。

自由はまた他者の自由とも衝突する。他者の自由を尊重せず勝手な振る舞いをしてはならない、という考え方は、J.S.ミル『自由論』の中で表明され、今日他者危害の原則として広く支持されている自由観である。

エーリッヒ・フロムは、ナチズム・日本軍国主義が台頭していた1941年に世に問うた著書『自由からの逃走』の中で、孤独と無力感にさいなまれた大衆が、他者との関係、指導者との関係を求めて全体主義を信奉することになると記した[2]

アイザイア・バーリンは、「二つの自由概念」において、他者から拘束を受けない消極的自由と、自己自身に対して自己実現を課す積極的自由とを区別したが、フロムが消極的自由の対照概念として挙げた積極的自由の概念も、他者との連帯を求めるが故に究極的には全体主義へ繋がるとしている。

[編集] 哲学

イマヌエル・カントは、『純粋理性批判』において自然の因果系列とは独立にあらたな系列を始める絶対的開始の能力として超越論的自由を論じた。この超越論的自由は理論理性においては単に消極的に想定可能であるだけであったが、『実践理性批判』においては道徳法則に自ら従う実践的自由を積極的に論じた。

[編集] 訳語の由来

中国では本来、「自由」は、好き勝手や自由気ままという意味で用いられた。日本も当初は、二条河原の落書の「自由出家」や「自由狼藉」のように、中国と同じ用法で用いられていた。 福沢諭吉がリバティを訳するに際して、仏教用語より「自由」を選んだ。初めは、「御免」と訳す予定であったが、上意の意味が濃すぎると考え、あらためた。朝鮮語や中国語でも「自由」という単語が使われているが両言語ともに日本語と同様、近代以降元の漢文由来の意味より、日本語から流入した日本人による訳語としての意味が確立した。

[編集] いろいろな自由

日本国憲法には以下のような自由権が謳われている。

[編集] 脚注

  1. ^ 松浦高嶺『イギリス近代史論集』第4章「18世紀のイギリス」、山川出版社、2005年。
  2. ^ デュルケームは、ギリシア語の anomos(法がないこと)に由来するアノミー概念を提唱し、制限のない自由が個々人をかえって不安定に陥れることを問題とした。

[編集] 関連項目

ウィキクォート
ウィキクォート自由に関する引用句集があります。
ウィクショナリー
ウィクショナリー自由の項目があります。