プラサス・デ・ソベラニア

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北アフリカにあるスペイン領を示した地図

プラサス・デ・ソベラニアスペイン語Plazas de soberanía、「主権の及ぶ土地」)は、19世紀から20世紀にかけて用いられた、スペインが北アフリカに領有する地域を指す歴史的名称である。時には北アフリカにあるスペイン領全てを指す名称として使われるかもしれないが、現時点では廃れた名称である。

概要[編集]

プラサス・デ・ソベラニアは大小5つに分けられる。セウタメリリャの2つの自治都市、チャファリナス諸島ペニョン・デ・アルセマスペニョン・デ・ベレス・デ・ラ・ゴメラである。これらから遠く離れた、セウタ沖合いの小さな無人島ペレヒル島は2002年に起きたペレヒル島事件(es、モロッコが島を不法占拠した)の舞台となった場所である。これらは以後述べるように、スペインの主権が及ぶ地域である。スペインが北アフリカに領有する地域は、歴史上のものであったことはなく、本質的には『誰のものでもない土地』(en)である。同様に、アルボラン島はスペインとモロッコ両国が伝統的に主権の及ぶ地としているが、行政上はアルメリア県に属している。

現在の地位[編集]

1995年、セウタとメリリャは自治州と同格の自治都市へ格上げされた。これ以外の小さな島々は駐留するスペイン軍以外の定住人口はなく、スペイン政府直轄地となっている。小さな島々はセウタやメリリャの一部であったことはなく、どの県にも属さず、特殊な状況にある。プラサス・デ・ソベラニアはスペイン本土と同様に、EUの一部である。プラサス・デ・ソベラニアはしばしばリーフ族から攻撃されてきた。1936年の反共和制軍事クーデター後、初めてバンド・ナシオナル(es、右派の反共和制集団)が行動を開始したのは、プラサス・デ・ソベラニアにてであった。

1956年、スペインはモロッコ王国の独立を承認しスペイン保護領モロッコを廃止した。保護領成立以前からスペインが支配するプラサス・デ・ソベラニアは保護領に含まれていなかったので、その地位に変化はなかった。

スペインが北アフリカに領有する地域は、大モロッコ思想を持つモロッコの国土回復運動の標的となっている。しかしスペインはその主権についてモロッコと交渉したことは一度もない。