ナウル
座標: 南緯0度32分 東経166度56分 / 南緯0.533度 東経166.933度
- ナウル共和国
- Republik Naoero (ナウル語)
Republic of Nauru (英語) -

画像がありません (国旗) (国章) - 国の標語:God's Will First
(英語: 神意を第一に) - 国歌:ナウル我が祖国

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公用語 英語、ナウル語 ¹ 首都 ヤレン地区(政庁所在地) ² 最大の都市 デニゴムドゥ地区(最大の居住地) ² 独立
- 日付英豪新の信託統治から
1968年1月31日通貨 オーストラリア・ドル(AUD) 時間帯 UTC +12(DST:なし) ISO 3166-1 NR / NRU ccTLD .nr 国際電話番号 674 - 注1 : 公用語に関する情報が錯綜しており、未確定。
注2 : 政庁所在地、最大の居住地のいずれも「都市」ではなく「地区」であり、ナウルには自治体や公式の首都は存在しない。
ナウル共和国(ナウルきょうわこく)、通称ナウルは、太平洋南西部に浮かぶ珊瑚礁のナウル島にある共和国で、イギリス連邦加盟国である。国土面積は21km²であり、バチカン市国、モナコ公国に次いで面積が小さい。また人口も、国際連合経済社会局人口部の作成した『世界の人口推計 2010年版』によると10,210人であり、バチカン市国、ツバルに次いで人口が少ない。
目次 |
概要 [編集]
アホウドリを始めとする海鳥の糞の堆積によってできたリン鉱石の採掘によって栄えた。世界で最も高い生活水準を享受し、税金を徴収されず、医療、教育は無料、年金制度(老齢年金ではなくベーシックインカムとして全年齢層に対する給与としての支給)を始めとした手厚い社会福祉を提供していたが、20世紀末に鉱石が枯渇しそれらはすべて破綻、基本的インフラを維持するのでさえ困難な深刻な経済崩壊が発生している。
国名 [編集]
正式名称は、Republik Naoero (ナウル語)。「ナウル」とはナウル語の「Anáoero(「私は砂浜に行く」の意)」が由来とされる。
公式の英語表記は、Republic of Nauru 。通称、Nauru 。
日本語による表記は、ナウル共和国。通称、ナウル。また、漢字では「瑙魯」と表記する。旧称はプレザント島(Pleasant Island)。
歴史 [編集]
- ポリネシア人とメラネシア人がナウル島の先住民である。
- 1798年 イギリスの捕鯨船ハンター号の船長ジョン・ファーンがナウル島を発見、プレザント島と命名。
- 1888年 ドイツ領となる。翌年、豊富なリン鉱石が発見された。
- 1906年 リン鉱石の採掘が始まる。
- 1914年 第一次世界大戦の過程でオーストラリアが島を占領。イギリスの支配下に入る。
- 1920年 国際連盟委任統治領となる。イギリス、オーストラリア、ニュージーランド3国の委任統治下にあったが、リン鉱石はイギリスが採掘していた。
- 1940年 第二次世界大戦が始まり、ドイツの仮装巡洋艦がナウルのイギリス商船を攻撃。
- 1942年 日本軍が占領。
- 1946年 1月1日にアメリカ合衆国が占領。
- 1947年 国際連合信託統治領になる。
- 1968年 1月31日、イギリス連邦内の共和国として独立(1970年まではリン鉱石の権利がイギリスに残っていた)。ナウルの首長、ハマー・デロバートが初代大統領になる。
- 1976年 バーナード・ドウィヨゴが大統領に就任(~1978年)。
- 1987年 南太平洋非核地帯設置条約に調印。
- 1989年 初めてリン鉱石の産出量が減少する。
- 1999年 地球温暖化による海面上昇を解決するため国連に加盟。ただし、ナウルは中華民国を国家承認しているため、同国と対立する中国の妨害にあって加盟が危うかった。隣国のキリバスと同時加盟だが、キリバスは中国と国交を持っていたにも拘らず、ナウル加盟を支持していたため、巻き添えになりかけた(キリバスも後に中国と断交し中華民国と国交を結ぶ)。このころには唯一の収入源ともいえるリン鉱石がほぼ枯渇したため、諸外国からの援助取り付けのための政治活動を活発化させる。
- 2001年 オーストラリアに向かったアフガニスタン難民を受け入れる。その見返りとして、オーストラリアから援助を引き出した。しかし、難民はオーストラリア入りを希望していたため、2003年末にはハンガーストライキによる抗議が始まる。結局、難民はオーストラリアに引き渡された。
- 2002年 中華民国との国交を断絶し、中華人民共和国と国交樹立。中華人民共和国から1億3000万ドルの援助を引き出した。
- 2003年 2月21日、BBC放送が諸外国からナウルへの通信が途絶したとのニュースを配信。政変やクーデターが推測されたが、資金的な事情で通信設備が維持できなくなったことが後に判明。
- 2004年 オーストラリアから1,700万ドルの無償資金供与を受ける。
- 2005年 5月、中華民国と復交。同時に中華人民共和国と再び国交断絶した。
- 2006年 4月、中華民国の援助でエア・ナウルのボーイング737旅客機を購入。以前所有していた旅客機は財政危機によりオーストラリアで差し押さえられていた。
- 2007年 12月、マーカス・スティーブン前海洋資源庁担当大臣兼通信大臣兼スポーツ大臣が新大統領に選出された。
地理 [編集]
ニューギニア島から東に2000kmの位置にある周囲19kmのナウル島が国土である。赤道よりわずかに40km南に位置し、ミクロネシアに属するが、周囲の島からは孤立している。例えば北東のギルバート諸島からは約500km、南西のソロモン諸島からは約1000km離れている。
面積は21km²。
ナウル島はサンゴ礁であるが、形態としては裾礁にあたる。島の中央部は良質のリン鉱石(グアノ)からなる台地であり、採鉱用の一時的な施設を除くほぼすべての建造物は海岸沿いに並んでいる。台地は島の面積の約80%を占めており、標高は約70mである。
リン鉱石は数百万年の間堆積した海鳥の糞に由来する。掘削跡は下層基岩の石灰岩が露出しており、90年に及ぶ風化と浸食により広大なカルスト地形を形成した。特に浸食のひどい所ではピナクルという柱状の岩が多数そびえ立ち、島の中央部は耕作はおろか一切の車両が通行できないほど荒廃している。
気候 [編集]
南緯0度32分 東経166度55分 にあり、ケッペンの気候区分では熱帯雨林気候(Af)に属しており、一年中気温、降水量ともに変化がない。ただし、年ごとの降水量の差は大きい。1月の平均気温は27.9℃、7月は27.8℃である。年間降水量は1994mm。
ナウル島には河川が存在せず、水資源は有史以来雨水に頼っていた。雨水は屋上に設置された貯水タンクに集められているが、ナウル公益庁(Nauru's Utilities Agency)が運用する3つの海水淡水化プラント稼働後はこれらに大半を依存している。
地方行政区分 [編集]
詳細は「ナウルの行政区画」を参照
ナウルは14の地区に分けられる。地区は以下の通り。
ヤレン地区に政庁があることから、一般にナウルの首都はヤレンとされる。しかしナウルには行政上都市は存在せず、従って公的に定められた首都も存在しない。ヤレン地区の人口は2004年現在で1100人。
政治 [編集]
内政 [編集]
国会の定員は18人。国会議員は3年ごとに選出される。共和制を採り、国会議員の中から大統領を選出する。大統領が内閣を任命する。複数の政党が存在し、民主党とナウル党が主要政党である。
長年デ・ロバートが大統領と評議会議長を独占してきたが、1989年に行われた選挙で、ドウィヨゴが新大統領に就任した。その後2004年にはルドウィグ・スコティ大統領が選出されたが、2007年12月に、マーカス・スティーブン前海洋資源庁担当大臣兼通信大臣兼スポーツ大臣が新大統領に選出された。
外交 [編集]
- オーストラリアや日本、韓国、台湾などが主要貿易相手国であり、援助も受けていることからこれらの国々との経済的関係が強く、外交的関係も深い。なお、イギリス連邦の加盟国である。
- ロシア、ベネズエラ、ニカラグア以外では初めてグルジアにあるアブハジア共和国と南オセチア共和国の独立を認めた。
軍事 [編集]
軍隊は存在しない。
経済 [編集]
通貨 [編集]
オーストラリアドルを使用している。自国の通貨は存在しないため、通貨を発行する中央銀行も存在しない。
リンと対外援助 [編集]
輸出品目はリンのみ。1995年時点の輸出金額は3000万ドル。2005年時点の値は不明。輸入品目は、80%以上が食料品。貿易相手国はオーストラリアが50%を占める。
主な産業は鉱業。2002年時点でも5万5000トンのリンを採掘しており、99%以上を輸出している。他の産業分野はほとんど見るべきものはなく、例えば農業はココナツ栽培と養豚がわずかに見られる程度である。周辺を海に囲まれているにもかかわらず漁業はほとんど行われておらず、2002年時点の漁獲高はわずか20トンに過ぎない。 リン鉱石採掘の衰退による経済崩壊と財政破綻により、ナウルではインフラストラクチャーの維持すら困難となった。電力不足や燃料不足、飲料水不足が深刻化しており、鉱業に代わる産業どころか一定規模の企業すら存在しないことから諸外国からの援助が主要な外貨獲得源となっている。
高い失業率 [編集]
かつては漁業と農業で生計を立て貧しいながらも貧富の差もなく温和な生活を送っていた。しかしながらリン鉱石の輸出によりもたらされる不労所得が生活や文化を大きく変えてしまった。20世紀初頭から末までは鉱石の輸出によって、オーストラリアとニュージーランドを除くオセアニア諸国のなかではもっとも経済的に繁栄し、世界で最も高い国民所得を誇っていた。無税で、医療、教育制度は全て無料であり、全年齢層に年金が支給されていた。
当時はほぼすべての食料品と工業製品の調達はもちろん、政府職員を除くほぼすべての労働者も出稼ぎ外国人に依存しており、国民は働く必要がほとんどない状態だった。食事も中国人の経営するレストランで三食済ますといった生活だった。貿易依存度は輸出、輸入とも110%という値だった。
2011年の統計によると、島内の失業率は90%に達しているとされ、2007年に日本テレビの『世界の果てまでイッテQ!』の取材班が訪れた際には、日中の街中を無為にうろつき回る多数の島民の姿が映し出されていた[1]。これは1世紀近くにわたりリン鉱石の採掘権のみで働かずに収入を得ていたため、ほとんどの国民が労働を知らず、勤労意欲もないためである。これに政府は歯止めをかけようと現在[いつ?]国内の小学校の高学年で働き方を教える授業を行い、将来の国を担う子供たちの労働意欲を確かにしようという対策がなされている。ただし企業そのものさえほとんど存在しない上、インフラストラクチャーが整備されておらず、外国企業の誘致さえままならないため、成人男性に関しては何の対策も施せない状況が続いている。
オーストラリア政府はナウル国民に市民権を付与する旨申し出たが、ナウル政府はそれを保留している。経済的には崩壊同然だが、元来楽観的な国民性故に平和な生活が続いている。
経済的奇策 [編集]
1989年にリン鉱石の採掘量がはじめて減少し、21世紀に入ってリン鉱石がほぼ枯渇すると、政治的、経済的な奇策に走った。海外からの資金流入と国際金融業の参入を狙って、ほぼすべての規制を廃したが、マネーロンダリングの抜け穴になることを理由としてアメリカ合衆国から批判を浴び、頓挫した。対テロ戦争以降はアフガニスタンからオーストラリアに向かう難民を、外国政府による経済的支援の見返りに受け入れており、2005年時点ではイラク難民の比率が高い。
裕福だった時代から、グアムやサイパン、ハワイやオーストラリアなどの国外のリゾート地に、土地やホテル、マンションを所有している。平時には現地の企業等に貸しているが、これらの物件を所有する第一の目的は、非常時にナウル国民を避難させるためである。
リン鉱石 [編集]
最盛期には年間200万トンの鉱石を輸出していたナウルも資源の枯渇が進み、2002年時点で数万トン、2004年時点で数千トン規模にまで採掘量は減少した。枯渇した資源の回復は見込めないが、かつて掘削した岩滓を整理すれば、なお総量100万トン程度の資源量は確保できるという識者もいる。ただし、毎年のように続く政変、公務員への給料未払いなど混沌としたナウルの政治・経済情勢下では、長期的な視野を持って問題を整理、解決できる能力は全くないものと思われ、このまま閉山に向かうものと考えられていた。
国営のナウル・リン鉱石会社は「ナウル共和国リン鉱石会社(Republic of Nauru Phosphate、略称:RONPhos)」と改名。既に第一層のリンは掘り尽くされた(約1億トン)とされるが、第二層のリン地層(約2000万トン)が存在すると予想されている。これらの情報を基にRONPhosは2008年より採掘計画を策定中である。
情報・通信 [編集]
放送は国営ラジオ局があるほか、産業開発省管轄の国営テレビ局の「ナウルテレビ」がある。 インターネットはCenpacNetというプロバイダが主流である。 新聞は売店などでの販売が主流。
交通 [編集]
ナウルの交通も参照
国内 [編集]
自動車と自転車、スクーターが主な移動手段となっている。高速道路や地下鉄などは存在していない。鉱石を運ぶための鉄道は、資源の枯渇と共に廃線となっている。
路線バスについては、日中は約1~2時間おきに島の海岸部を1周する巡回するバスが、運賃無料で運行している。タクシーの乗車と同じ方式で、手を上げると止まり乗車できる。
国外 [編集]
フラッグ・キャリアのアワー航空(旧称・エア・ナウル)がナウル国際空港をベースに国際線を運航する。オーストラリアなどの近隣諸国からも各国の航空会社が乗り入れている。
国民 [編集]
詳細はナウルの国民を参照
人種構成 [編集]
人口は2011年時点で9,322人。住民はナウル人が58%、その他の太平洋の島の出身者が26%、華人が8%、ヨーロッパ人が8%である。
言語 [編集]
宗教 [編集]
宗教は、ほとんどがキリスト教。2/3がプロテスタントで、1/3がローマ・カトリックである。
健康 [編集]
国民の30%以上が糖尿病を患っており、人口比の罹患率は世界一である。南太平洋のほかの諸国全般と同様、太った人(特に女性)が魅力的とみなされる国民性がある。これは、「豊満な女性のほうが健康的で、子供をたくさん産める丈夫な体を持っている」と思われていることによる。
文化 [編集]
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | New Year's Day | |
| 1月31日 | 独立記念日 | Independence Day | 1968年のこの日に独立したことに由来 |
| 3月か4月 | 復活祭 | Easter | 変動祝日 |
| 5月17日 | 憲法記念日 | Constitution Day | 1968年のこの日に憲法が制定されたことに由来 |
| 10月26日 | アンガム・デー | Angam Day | 第一次大戦後の人口調査で、民族の存続に必要な1500人を下回っていることが判明したナウルの人口が、1932年のこの日に1500人に達したことを記念 |
| 12月25・26日 | クリスマス | Christmas |
脚注 [編集]
- ^ 世界の果てまでイッテQ! 2007年6月24日放送「Q:日本に一番人気のない国ってどんな国?」より
参考文献 [編集]
- ユートピアの崩壊 ナウル共和国―世界一裕福な島国が最貧国に転落するまで リュック・フォリエ (Luc Folliet) (著), 林 昌宏 (翻訳) 新泉社;(2011/1)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
政府
日本政府
- 日本外務省 - ナウル (日本語)
- 在フィジー日本国大使館 - 在ナウル大使館を兼轄 (日本語)
その他
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