マリ帝国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
マリ帝国
ガーナ帝国 1230年年代 - 1645年 :en:Bamana Empire
ソンガイ帝国
ジョロフ王国
:en:Kaabu
:en:Empire of Great Fulo
マリの位置
全盛期のマリ帝国の版図(1350年頃)
公用語 マンディンカ語
首都 ニアニフランス語版、後にカンガバ英語版
皇帝
xxxx年 - xxxx年 不明
面積
1380年頃 1,100,000km²
人口
1450年頃 45,000,000人
変遷
建国 1230年代
ニアニからガンガバへの遷都 1559年
滅亡 1645年
通貨 砂金タカラガイなどもまた通貨として用いられた)
13世紀~15世紀初頭のマリ帝国とサハラ交易路

マリ帝国(まりていこく、1230年年代 - 1645年)は、現在のマリ共和国周辺の領域で栄えたマンディンカ族の国家。歴代の王は早くからイスラム教を受け入れていたとされる。首都ニジェール川最上流部のニアニフランス語版という説がある。ユネスコ人類の口承及び無形遺産の傑作 (enになっているマンデン憲章 (Charte du Mandenが憲法として定められていた。

歴史[編集]

1625年のマリ帝国と西アフリカ

帝国の創始者で、伝説的英雄スンジャータ・ケイタ (Sundiata Keitaは、マディンゴ族系のマリンケ族を統一し、1235年にはスースー族英語版スースー王国英語版との戦いに勝利した(en:Battle of Kirina)。

その後、サハラ砂漠を越えて北アフリカと岩塩布地奴隷、そして交易を行い、14世紀には西は大西洋岸まで、東はトンブクトゥガオまで、南はブレバンブクにある金鉱に達し最大の繁栄を極めた。14世紀には王のマンサ・ムーサ(マンサは「王の中の王」の意、在位:1312年 - 1337年)と、マンサ・スレイマン英語版(在位:1341年 - 1360年)のもとで帝国は最盛期を迎えた。当時マリを訪れたアラビア人の旅行家イブン・バットゥータは、「彼らの国はまったく安全である」ことに驚き、住民たちはもてなしが良く、正義感が強いことを称賛している。 なお、マンサ・ムーサは、1324年ムスリム(イスラム教徒)として数千人もの従者を引き連れてメッカ巡礼し(皇帝マンサ・ムーサのメッカ巡礼)、その道中のあちこちで大量の金の贈り物をしたために、カイロの金の相場が下落したという逸話がある。王はマリに戻ると、イスラム教とイスラム文化を進んで住民に広めている。

しかし、14世紀の後半からは聡明でない王が続き、そのため従属していた国々が相次いで離反した。また同じ頃、南方のモシ族・北方のトゥアレグ族が攻めてきたために大損害を受け、帝国は衰退していった。その後もソンガイ帝国庇護のもと地方小国家として続いていたが、1645年に滅亡した。

制度[編集]

帝国の経済基盤は、ニジェール川流域の肥沃な土地から取れるモロコシと、周辺のサバンナでの牧畜を中心とした農牧国家だったとされる一方で、交易地を多く持っていたため交易への課税にも拠っていた。とはいえ、諸王の権力と富を最も増大させたのは南部の金鉱からとれる金交易によるものであった。

帝国というが、中央集権体制の国家ではなく、マリを中心とする緩やかな連合国家であったとされる。

宗教[編集]

イスラーム教を受容したが、祖先信仰などの土着信仰も残っていた。帝国内のイスラーム神学者はマグリブ出身のアラブ人ベルベル人が多く、領域内から独自に育った神学者は少なかった。

マリ帝国のマンサ(王)の一覧[編集]

まだ知られていない王も多くいて、現在発掘が進められている。

  • Sundiata Keita (1240-1255)
  • Wali Keita (1255-1270)
  • Ouati Keita (1270-1274)
  • Khalifa Keita (1274-1275)
  • Abu Bakr (1275-1285)
  • Sakura (1285-1300)
  • Gao (1300-1305)
  • Mohammed ibn Gao (1305-1310)
  • Abubakari II (1310-1312)
  • Kankan Musa I (1312-1337)
  • Maghan (1337-1341)
  • Suleyman (1341-1360)
  • Kassa (1360)
  • Mari Diata II (1360-1374)
  • Musa II (1374-1387)
  • Maghan II (1387-1389)
  • Sandaki (1389-1390)
  • Madhan III (Mahmud I) (1390-1400)
  • Unknown Mansas (1400-1441)
  • Musa III (1440年代)
  • Ouali II (1460年代)
  • Mahmud II (1481-1496)
  • Mahmud III (1496-1559)
  • Mahmud IV (1590年代-1600年代)

参考文献[編集]

関連項目[編集]