サウジアラビア

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サウジアラビア王国
المملكة العربيّة السّعوديّة
サウジアラビアの国旗 サウジアラビア王国の国章
国旗 サウード家大紋章
国の標語 : لا إله إلا الله محمد رسول الله
(lā ilāhā illā-llāhu; muhammadu rasūlu-llāhi)
(アラビア語:アッラーの他に神はなし、ムハンマドはアッラーの使徒なり)
国歌 : アーシュ・アル=マリーク
サウジアラビアの位置
公用語 アラビア語
首都 リヤド
最大の都市 リヤド
政府
国王 アブドゥッラー・ビン=アブドゥルアズィーズ・アッ=サウード
首相 アブドゥッラー国王が兼任
面積
総計 1,960,582km²14位
水面積率 極僅か
人口
総計(2008年 25,721,000人(43位
人口密度 12.84人/km²
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 1兆8,037億[1]サウディ・リヤル (Riyal)
GDPMER
合計(2008年 4,816億[1]ドル(24位
GDPPPP
合計(2008年 5,933億[1]ドル(21位
1人当り 23,833[1]ドル
統一 1932年9月23日
通貨 サウディ・リヤル (Riyal)(SAR
時間帯 UTC +3(DST: なし)
ccTLD SA
国際電話番号 966

サウジアラビア王国 (المملكة العربيّة السّعوديّة)、通称サウジアラビア中東西アジア国家。首都はリヤドサウード家国王に頂く絶対君主制国家で、アラビア語による国名のアル=マムラカ・アル=アラビーヤ・アッ=スウーディーヤは「サウード家によるアラビアの王国」を意味する。石油(原油)を日本に多く輸出している。

目次

[編集] 国名

正式名称はالمملكة العربيّة السّعوديّة(アラビア語:ラテン文字転写 Al Mamlakatu al Arabiyati as[2] Saudiyati)、通称 Al Arabiya as Saudiya。

公式の英語表記は Kingdom of Saudi Arabia。通称 Saudi Arabia。

日本語の表記はサウジアラビア王国。通称サウジアラビアサウディアラビアともいう(「サウディアラビア」の表記がされることは少ない)。

国連加盟国で「統治王家の名前」を国名にしているただひとつの国家である。

[編集] 歴史

[編集] 地理

サウジアラビアの地図

アラビア半島の大部分を占め、紅海ペルシア湾に面する。中東地域においては最大級の面積を誇る。

北はクウェートイラクヨルダン、南はイエメンオマーンアラブ首長国連邦カタールと国境を接する。

国内には13の州があるが、知事(アミール)は、すべて王族が勅任されている。

[編集] 主要都市

[編集] 交通

西部にはイスラム教の2大聖地であるメッカマディーナがあり、世界各地から巡礼者が訪れる。観光目的の入国は団体ツアーのみ許可され個人には認められない。個人入国を認める査証は巡礼(ムスリムのみ)か政府や各種団体、現地企業の招聘による仕事の場合のみ発行される。女性は既婚者が原則で夫同伴、単独の場合は40歳以上である事が条件。

国営航空会社のサウジアラビア航空が世界各国を結んでいる他、外国航空会社がリヤードやジッダなどの主要都市に乗り入れている。

[編集] 経済

OPECの盟主的存在であり、石油などの天然資源の掘削と輸出が主な外貨獲得源(石油が外貨収入の約90%を占めている)となっている他、これらで獲得した外貨を世界各国で投資、運用している。

しかしながら製造業などは小規模なものしか存在せず、また巡礼者や業務渡航以外の一般観光客を受け入れていないことから、観光業による外貨獲得も非常に低い。この為、近年では政府主導でITなどを中心とした経済多角化を進めているが、依然として天然資源開発関連以外の分野においては外国資本導入が進んでいない。

[編集] 主な企業

[編集] 水資源

サウジアラビアは水資源が乏しく大きな水源地が無く、近隣諸国に水資源の輸入が可能な国もない。このため世界最大の海水淡水化プラント稼働国であり、特に人口密集地帯では海水淡水化プラントからの供給無しには生活できないほどである。アシュベールにある世界最大のプラントは日産100万トンを生産しており、国全体では年間で12億2千万m3の水を海水淡水化によって得ている。プラントの多くは1970~1980年代に建設されており2000年ごろから多くのプラントが老朽化を迎え始め、メンテナンスと建て替えのために多くの事業が日本を始めとする海外へ発注されている。

首都リヤドなど内陸部でも毎年九月ごろになると数日は雨が降る。都市部では排水路などの設備がまったく無いため、雨が降ると都市の低地が水没する。毎年水害によって数十人の死者が出ている。 砂漠気候であるため洪水が起きても数日たてば再び乾燥してしまい、水資源としては意味が無い。

[編集] 政治

サウード家による絶対君主制ワッハーブ主義に基づく厳格なイスラム教義を国の根幹としている。要職は王族が独占しており、ギネスブックには王族の数が世界最大と記載されている。アブドゥッラー現国王は第2世代であるが現在は第6世代まで誕生している。

国内の13の州には勅任の知事(アミール)が就任するがサウード家出身者以外の就任は認められていない。

建国以来、長年にわたって不文憲法国であるが、事実上クルアーン(コーラン)が憲法に位置付けられている。また、内閣国会も存在せず、勅令が法律公布と同義となり、行政も勅令の他、クルアーンやシャリーア(イスラム法)に則って施行されてきたが、1993年3月1日(イスラム暦1412年シャアバーン月27日)に公布された統治基本法が憲法のような役割を果たすようになった。 クルアーンが最上位の存在であり統治基本法よりも上位にあることに変りは無いが、統治基本法は憲法未制定のドイツにおける基本法のような物で実質的な近代憲法の体裁を取っている。統治基本法第1条で「憲法はコーランおよびスンナとする」と明記されているが、サウジアラビア大使館は統治基本法が憲法であると説明している。 同時に諮問評議会法や地方行政法も発布され近代成文法としての体裁を持つようになった。[3] これに伴い、選挙が行われ内閣国会に相当する諮問評議会が設置され地方議会も設置された。

中央銀行1952年に設立されたサウジアラビア通貨庁(Saudi Arabian Monetary Agency (SAMA))であり、政府系投資ファンドとしても知られている。

厳重な報道管制を敷いており、内政に関する外国マスメディアの取材を一切許さない。特に王族に関する批判的な記事は検閲で禁じられている。世界の長者番付が掲載されアブドゥッラー現国王の資産が公開されたビジネス誌『フォーブス』が国内で発禁となっている。日本ではNHKクローズアップ現代』が2006年12月にようやく許された程度である[4]

前時代的な法制度や人権侵害に対しては欧米諸国だけでなく、他のイスラム諸国からも抗議が尽きない、しかし、石油禁輸などの報復が度々実行されているため、これらの報復を恐れて国交断絶や経済制裁などを発動する国は皆無となっている。

[編集] 外交

ソビエト社会主義共和国連邦が最初に認め、事実上計画経済をとるにも関わらず(en:Economy of Saudi Arabia)、君主制のために独立後、冷戦時を経てアメリカ合衆国イギリスなどの西側諸国との関係が深く、特に中東では珍しい親米国家。一方でイスラム教国の盟主的な存在であることから、ユダヤ人国家であるイスラエルを承認していない。しかし両国ともにアメリカやイギリスとの関係が深いことから表面的には対立を避けていることもあり、お互いに無視しているような状態である。

また、歴史的な関係が深く、ともに王室が存在しているスペインとは王室同士の交流が頻繁にあるなど友好関係が深い。

なお、イスラム国家に対する対立の歴史がない日本とも特に1960年代高度経済成長以降日本がエネルギー外交を進めることもあり、石油の輸出入などの貿易を含め敵対的でない関係にある。

しかし、サウジアラビアには人権について大きな問題があるため(表向きは日本と違いすぎる気候と政情の不安)宮内庁は日本皇室のサウジアラビアへの接近には極めて慎重である。反面、内閣等の経済的理由からの強い要望で2回の皇太子訪問がなされた。

[編集] 司法

サウジアラビアでは宗教が法律となりコーランに基づくイスラム法(シャリーア法)により統治が行われている。しかし、実際は部族的慣習がそのまま社会的慣習となっているケースが多く、数々の矛盾を孕んでいるため、他のイスラム圏では見られない独特の環境を生み出している。

通常の警察とは別に勧善懲悪委員会と呼ばれる宗教警察が厳しい取り締まりを行っており、違反者は外国人であっても問答無用で逮捕される。特に公のイベント(ブックフェアなど)では、必ずといっていいほど宗教警察とのトラブルが起こる。

原則的に女性と男性は完全に区別されている。女性による自動車の運転の禁止(イスラムでは禁じられていない)や公共の場所でのアバヤ(ベール)、ヒジャーブ(スカーフ)、ニカーブ(顔のベール)の着用は一般にサウジアラビアの習慣について語る際にしばし用いられる特徴的なことであろう。

結婚、就職、旅行など全ての行為について、父またはその男兄弟、夫などの「男性保護者」の許可が必要であり、女性個人の自由な選択の余地は殆ど無い。例えば強姦された女性は鞭打ち200回、禁固6月の刑に処せられた。これに抗議した女性の弁護士は資格を剥奪され国外退去となった。

裁判はアラビア語のみで行われ、被告がアラビア語を理解できなくても通訳無しで一方的に進められる。また、証人はイスラム教徒の男性がアラビア語で証言しなければ証拠能力を認めない。このため、外国人労働者には極めて不利な裁判になっている。また、幼児は割礼を強要される。名誉殺人なども存在しているとされる。

そのほか人に対して、飲酒やポルノ類の持込などに対しては重刑が課せられる。イスラム思想に則り法整備をしており、麻薬強姦殺人においては斬首刑窃盗においては手首切断や、飲酒においては鞭打ち刑などの身体刑を行っており、また裁判についても被告人が理解できない言語で公判が進められたりと公平でない上、判決を容認しない場合は弁護士などは資格を剥奪される。西欧各国のメディアより非難されている。

2005年5月にはスリランカから出稼ぎに来ていたリザナ・ナシカというメイド(事件当時17歳)が赤ん坊にミルクを与えた際に気管に詰まり、メイドが救命措置を取ったが死亡してしまい、事故死ではなく殺人であるとされ死刑が宣告された、スリランカ政府をはじめ人権団体の支援を受けて弁護人が付いて裁判が行われ2年近い裁判のすえに、控訴期限直前の2007年7月に執行停止の判決が出された、しかし、執行停止のまま死刑判決が覆されないまま拘留され続け、2008年6月に斬首刑が公開処刑で行われた。リザナ・ナシカの年齢については19歳と報道されたが、彼女は18未満の出稼ぎ労働禁止の法律を誤魔化すために年齢を詐称していたため19歳として裁判にかけられた。[5]

マホメットの慣例に従い9歳女子との結婚・セックスを認めるというイスラーム法が存在するため、10歳前後での早婚も公に認められている。無論この場合、結婚は両家の親族によって設定されたものであり、本人の意思は反映されていない[6][7]。一例ではあるが親の借金のかたに結婚させられる幼い少女も存在し[8]、彼女は8歳であるが、上記のイスラーム法に定められた年齢になるまでセックスを行わないことを条件に結婚の継続が承認されている[9]。これに関しては批判も少なくないが、サウジのウラマー(イスラーム法学者、実質的なイスラームの聖職者)達で構成される、高位聖職者評議会の議長アブドゥル・アズィーズ・アル・シェイフ(古典アラビア語転写:abdu a[10]l-azizi al-shaykhu、古典アラビア語口語読み:abdulaziz alsheykh)が、イスラーム法上10歳の少女でも結婚・セックスの対象とすることができ、批判者は少女への不正義を行っていると逆に批判した[11]

名誉殺人は罪に問われない、家族を他の宗教に改宗させようとした外国人とその家族を射殺した男は名誉殺人として無罪になった。

ディヤットと呼ばれる制度があり、被害者の法定相続人が加害者を免責した場合は罪に問われない。これは金銭によって示談になった場合にも適用される。

司法は原則としてワッハーブ派に基づいて執行されることになっているが、東部州のシーア派住民は法務省の下位機関であるシーア派裁判所のシーア派の裁判官(カーディー)による裁判権が認められている。このため、一国に二種類の刑法と民法が存在するという複雑な事情があり、どちらの裁判所によって判決が出されるかによって適用される法律が異なる場合もある。ただし、シーア派に認められているのは24条の刑法と婚姻、遺産相続、ワクフのみであり、ワッハーブ派住民とシーア派住民の間で訴訟になった場合にはワッハーブ派の法が優先される差別的な状況になっている。

[編集] 人権

サウジアラビアにおいては前近代的なイスラーム法に基づく人権侵害が数多く報告されており、国際社会からの批判を浴びている。これはサウジアラビアでは宗教が法律と融合しイスラム教を擁護する法としてのイスラム法が規定され、それに基づいて行政が執行されているためである。このため近年は欧米諸国からのみならず他のアラブ諸国からも人権擁護の声が寄せられる。

そもそも、サウジアラビアには人権という概念そのものが存在しない。サウジアラビアには憲法が無く、憲法の代わりとなるクルアーンについても、ワッハーブ主義的な解釈によれば、クルアーンは人間が意思の自由を持ち得るとの主張は異端であると定義しているため、法律の根幹において人権が完全に否定されている。ワッハーブ主義の教義自体がコモン・ロー大陸法の理論とは根幹から異なるがために、人権侵害どころか人権という概念そのものを憲法が否定している状態となっている。

 基本統治法には「第26条 人間の権利 王国イスラム法にのっとり人間の権利を保護するものとする」と明文化されているが、ここに定める人間の権利とはイスラム法における権利であって現代人権思想における人権とは異なる概念である。無論、そのイスラム法における権利が、現代人権思想における人権と同程度かそれ以上のものであるならば、問題はないが、実際にはイスラム法における権利は、現代人権思想における人権に及ばないため、問題がおきる。

具体例として、女性や同性愛者などの性的自由の抑圧、人体の切断や公開の斬首刑などの刑罰、イスラム教ワッハーブ主義以外のすべての信仰を「邪教」と断じ、禁止していたが、基本統治法以降は建前上は存在を認めるようになった。しかし、存在を認めただけで差別は合法的に存続している。また、雇用主による外国人就労者に対するパスポートの取り上げ(スポンサー制度)も横行しており、国際労働機関 (ILO) から再三に渡り改善勧告を受けている。近年、スポンサー制度を一括管理する民間機関の設置が議論されているが、本格的な実施には至っていない。

[編集] 言語

言語は公用語が古典アラビア語で、日常生活での共通口語は、サウジアラビアの現代口語アラビア語変種である。

[編集] 宗教

マディーナの聖預言者モスク

宗教はイスラム教ワッハーブ派国教である。このため、国民が他の宗教を信仰することは禁じられており、サウジアラビア国籍の取得の際にもイスラム教ワッハーブ派への改宗が義務付けられている。このため、少なくとも建前上はサウジアラビア国民はイスラム教徒が100%であるが、これは政府の要職をワッハーブ派が独占しており、他の宗派や宗教の存在を公式に認めていないことによる歪な建前による物である。実際には国内に多数のシーア派は住んでおり、財団法人中東経済研究所の調査によると、シーア派はイランと地理的に近い東部州に多く東部州の人口の42.5%を占めており、サウジ全土では6.4%になると推定されている。 多数のシーア派の居住する東部地方はアハサーと呼ばれていた土地でサウジアラビアに征服され併合された土地である。 初代国王アブドルアジーズは東部州を併合するのに際しシーア派住民による一定の自治を認めたが、時代と共に自治権を奪われ建前上は存在しないことにされてしまったという経緯がある。このため長年にわたりシーア派の宗教機関は非合法な存在とされてきた。

湾岸戦争以降は他の宗派を容認する方向へ方針転換を行い、反体制運動を行っていたシーア派と和解した。現代では一応は法律上も他の宗教の存在を公式に認めている。しかし、キリスト教徒はムスリムの半分の価値しか認めないなど差別的なシステムは続いている。代表例としてディヤットにおける身代金の算定基準や事故や保険に於ける慰謝料の算定基準などがある。しかし、他宗教の容認は国政の一層のイスラーム化を求めるイスラーム主義の改革運動の激化を引き起こし、サウジアラビア人によるイスラーム主義武装闘争派のテロを引き起こした。このため、各個人や集団による私的なジハードを禁止するために国王の勅令が無ければ禁止とする法令が出された。

また、イエメンに近い南部のアブハー等もシーア派(イスマーイール派ザイド派)が多いとみられる。スンニ派の中にも、マーリク学派やワッハーブ派ではないハンバル学派もいるようである。また近年、他宗教の信仰が解禁されたとも考えられ、シーア派に対する抑圧が幾分弱まったとも、国民の4%はキリスト教徒だとも言われているがこれは数十万人のアメリカ軍関係者と外国人を統計に含めているためである。

西部にはイスラム教の聖地であるマッカがあり、世界各地から巡礼者が訪れることもあってイスラム世界においての影響力が大きい。

[編集] 教育

イスラム教を国教とする祭政一致国家のため宗教教育が重視されるが、自然科学や実技については不十分とされる。初等教育の段階でクルアーン(コーラン)の朗誦、講義を受ける。高等教育ではコンピューターや金融など第3次産業に関わるカリキュラムが組まれる。一方で初の工科系大学である2009年に100億ドルの基金を持つサウジアラビア王立科学技術大学en:KAUSTが設立される予定である。

宗教教育では「イスラム以外の教えは誤りで地獄に落ちる」と規定して[12]ジハードをイスラムの重要な要素(またサウジアラビア建国とつながり深いため)として教えているため、同時多発テロイラク戦争などで多数のテロリストを「輸出」することになった。

そのため「ジハードは国王の勅命によってなされるもの」との定義がサウジアラビアの王立イスラム法学会の学者による決定が「国民会議」で出され国王に受け入れられた。

また、シーア派を邪教とする教育が、シーア派を含むすべての国民に対して長らく行われてきたとされる。

2008年10月29日、これまで女性が学ぶことが困難であった医学経営学外国語などを教えるサウジアラビア初の女性専用の総合大学を創設することが国王アブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール・サウードによって決定され、リヤド郊外で起工式が行われた。しかし女性の教育拡大などに宗教指導者らは未だに強く反発しているのが現状である[13]

[編集] 文化

[編集] スポーツ

近隣の中東諸国同様サッカーが盛んであり、実際に中東、アジア内の強豪の1国として知られている。アジアカップの上位争いの常連であるだけでなく、FIFAワールドカップの常連としても知られている。

[編集] 大衆文化

1965年からテレビ放送が始まったが、宗教指導者がテレビに対して否定的見解を示しているため、現在でもアパートなどでテレビ不可を入居条件に明記している所がある。しかし、多くの市民は建物の隙間にアンテナを建てたり、近所からケーブルを引いたりしてこっそりと視聴していることが多く、表向きは否定されながらもテレビは広く民間に広まっている。娯楽番組の視聴には衛星放送が広く利用されており、同じアラビア語圏の番組が衛星放送を利用して視聴されている。 近年では国営放送でも日本のアニメを放送するなど非常に軟化した態度を示すようになったが、これに反発した宗教指導者が2001年にポケモン禁止令を出した。しかし、数年後に事件が鎮火すると再び放送されおり、ポケモン禁止直後にデジモンアドベンチャーが放送されるなど放送業界は柔軟な態度を示している。

[編集] 出版

サウジアラビアでは当局が許可した書籍でなければ販売することが出来ない。 2007年にはサウジアラビアの女性を主人公にした小説「リヤドの女たち」の発禁処分が解かれ、ベストセラーになるなど少しずつリベラル化してきている。

[編集] 軍事

基本統治法33条によればサウジアラビア軍が守るべき物の優先順位は「イスラム教義」「二聖モスク」「社会と祖国」であり国民や人権などの防衛は含まれていない。少なくとも建前の上では、国民と国民の権利を守ることを第一とした欧米の軍とは基本理念が異なる。

アメリカ軍と親密な関係を持ち、キング・ハリド軍事都市など国内にいくつものアメリカ軍基地を持っている。

兵站に必要な軍事施設同士の道路交通網などもアメリカによって整備されている。

装備はアメリカ式の物だけでなく世界中から様々な装備を採用しており、運用面で不自由しないのかと思うほど多種多様な兵器を装備している。特に、サウジアラビアしか採用しなかった兵器なども多く、まるで博物館のように多用な兵器を装備している。

湾岸戦争イラク戦争では後方基地としての役目を担っていた。

志願制であり、職業軍人により構成されている。

[編集] 脚注

  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ 形態音素としては通常の定冠詞alであるが、太陽音素であるsに同化され、asになる。
  3. ^ 統治基本法日本語訳文
  4. ^ "苦悩する石油大国〜サウジアラビア最新報告〜". クローズアップ現代. 日本放送協会 (2007-01-09). 2008-09-26 閲覧。
  5. ^ "斬首刑直前のメイドに法的支援". JANJAN (2007/07/30). 2008-10-27 閲覧。
  6. ^ フランス通信社 (2008-03-18). "Saudi 11-year-old marries 10-year-old cousin". BREITBART. 2008-09-26 閲覧。
  7. ^ "サウジで10歳の少年と9歳の少女が結婚!!". Latina@最新海外トピックス. ラティーナ (2008-04-12). 2008-09-26 閲覧。
  8. ^ 父親の借金清算で8歳女児結婚 サウジ、無効確認申し立て退ける
  9. ^ 8歳少女と47歳男性の結婚、裁判所が容認 サウジ
  10. ^ 但しこの定冠詞alの冒頭のaは母音の後なのでハムザトゥ・アル・ワスルとなり発音されない
  11. ^ 「10歳少女の結婚も法的に可能」、サウジのイスラム教最高指導者AFP・BBニュース、2009年1月16日付
  12. ^ サウディアラビアの後援を受けたイスラム団体の他宗教に対する態度もこのことを証明している。"第4章 イスラームにおける生き方". イスラーム研究その2. アラブ イスラーム学院 (2008-06-26). 2008-09-26 閲覧。
  13. ^ サウジに初の女子大創設へ 近代化目指し国王が決断 - MSN産経ニュース

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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